「エンジェル隊、全員揃ったよ。」 フォルテの声がブリッジに響き渡った。

 

 

 

 

『銃撃の祈り子』

第2話

 

 

 

今、エルシオールは白き月の中に格納され、出発準備が刻々と進められている。

それは、新たなる出発を意味していた。

あの白き月の会議から約13時間が経過していて、エンジェル隊招集の命令が出たのはつい30分ほど前のことで、突然の召集命令だったにもかかわらず、きちんと定刻通り、何の文句もいわずブリッジにエンジェル隊全員が揃うことができたのは、なんだかんだで、一人一人がなんとなく出発するということがわかっていたからだと思う。

 

 

プシューッという音がして、最後にブリッジに入ってきたのは――

「まーったくもー。何なのよ、話って。」

―――えらく不機嫌な蘭花だった。

「えーっと・・・えらくぶっきらぼうな聞き方だね。 なんかあったのかい?」

腕を組み、じと目で睨み付けてくる不機嫌魔王。

「なんかあったのかい、じゃなーいっ!! あたしは早くシャワーを浴びたいのーっ!」

なるほど。おおかたトレーニングルームで汗を流した後なのだろう。

・・・にしても非常に機嫌が悪い。それほど蘭花にとってのシャワーは大切なものということの表れか。

「体がベタベタして気持ちが悪いのーっ! ねえタクト!用件は何?!的確に!簡潔に!10秒以内で!」

蘭花がズンズンと迫る。

「無茶苦茶いうなぁ・・・。 まぁ出来るだけ早く話すとするよ。」

だから頼むからそう威圧をかけ続けるのはやめてくれ。

蘭花はそれに対してフン、と鼻を鳴らして、わかってるわねといわんばかりにこう言った。

「言っとくけどタクト!もしこれで茶柱が立ったーとかつまらないことだったらあたしの一文字流星キック御見舞いしてやるんだからね!」

 

・・・何を言っているのやら。

 

(えっ、茶柱?それ位なら、かなり無茶しても一文字流星(略)は飛んできそうに無いな…)

タクトは内心笑いながらそう考えた。 と、その時。

「ふふふふふっ…」

意味ありげにミントが笑い出した。

・・・・・・・・

・・・・・・

・・・・

・・・

・・

「・・・・読んだね?」

タクトはミントを睨みつけながら言った。

ミントは、さりげなくタクトから目をそらし、意地悪く笑いながら、

「何の話だか、さ〜っぱりわかりませんわ。」

と、『嘘をついた。』確証は無いが、絶対そうだ。そうに違いない!

「…本当に?」

ミントは、本当に、爽やかな笑顔を浮かべて、

「えぇ、本当です。」

「本当に?」

「本当ですとも。」

 

 

「ホントにホントにホント?」

 

 

 

 

 

「あーもう!!うだうだ言ってないでとっとと話進めろーっ!!!!」

 

 

 

 

 

ゲフッ!!

 

 

 

 

 

 

 

ついに堪忍袋の緒が切れた蘭花の一文字(略)がタクトの脇腹を無慈悲にえぐった。

「あぁっ!!タクトさん!大丈夫ですか?!」

弧を描いて倒れるタクトにミルフィーユが駆け寄る。

 

「あぁ、大丈夫、大丈夫だよ。」

「いつみても容赦がありませんのね・・・」

「南無阿弥陀仏・・・」

物騒な言葉をつぶやくヴァニラ。

「…ぃってて…蘭花は相変わらず手加減ってものをしないなぁ…」

しばらくしてからタクトが呻く様につぶやいた。

「何よ!文句があるっていうの? 言ってご覧なさいよ。ほら。」 

ずい、と蘭花が前に出て、やはり腕組みをしながらこちらを見下ろした。

「いいえ…何にもございませんですよ…」

トホホとばかりにガックリとなったタクトに。

 

「おいコラ。起きろ。」

レスターがさらに追い討ちをかけた。

「なんだよレスター、君は目の前で思いっきり蹴飛ばされた親友を気遣う言葉はないのかい?」

レスターはフッと笑って、

「すまんな、俺は女に対して何度も負けてきた親友にもうこれ以上かける言葉は思い浮かばんのでな。」

「タクトさん… 今治療します。」

いつの間にやらいたヴァニラが治療に入る。

「まぁ、とにかくとっとと起きろ。 お前一番大事なこと忘れてどうするんだ。」

「忘れてないよ。今に言おうとしていたところだ。」

「なら良いがな。」

未だ起き上がらない親友に対する思いっきりの疑いの眼差しがそこにあった。

「そうなんだけど… レスター、1つ問題があるんだ。」

タクトにしてはいやに真剣な眼差しがレスターを捉えた。

「問題…? なんだ?」

「あぁ、それは…」

と、急に腰を当て、

「ち、ちょっと、…こ、腰が…」

「もう少しです… 少しお待ち下さい。」

ヴァニラはいまだ治療中。

「蘭花先輩も、いくらなんでも蹴るのはどうかと思いますが…。」

「フンッ!いいのよあんなやつ。」

「タ〜クトさ〜ん!しっかりしてくださ〜い!」

 

「あれだけの威力だ、しばらくかかりそうだな・・・」

レスターは、キックの被害者を横目で見ながら言った。

 

 

〜*〜

 

 

「話というのは他でもない。」

 

復活したタクトから、ようやく本題がエンジェル隊に告げられる時になった。

 

「ムーンエンジェル隊に、新しい任務が入った。エルシオールはあと少しでシェルフマ星系へ移動する事になる。」

「やっぱり、そういうことでしたのね。」

「シェルフマ・・・?聞いたこと無い名前だね。」

「・・・シェルフマ、・・・たしか、銀河系の中でトランスバールから一番遠い星だ、・・・と聞いたことがあります。」

「ヴァニラ、ご名答。 その通り、銀河系の中でトランスバールから一番遠い星だ。」

といっても、クロノ・ドライヴだと大して差はでないんだけどね、とタクトが付け足した。

「詳しい任務の説明をお願いします。」

聞いたのはちとせだった。

「わかった。 えーっと、こないだ話した強盗船団あるだろう?」

「あぁ。あの白き月の議題にまでなった強盗船団のことだね?」

言ったとたん、本当に少しではあるが、フォルテに力が入った気がした。

フォルテだけではなく、他のメンバーも同様だ。

「あぁ、それだ。俺たちは正式にその強盗船団を担当することになった。」

「あいよ了解。じゃあ、早速その…」

「あぁ、もちろん教えるつもりだ。そのことについて教えないとラチがあかないだろうしな。」

いつの間にやら横にいたレスターが口を挟んだ。

 

 

〜*〜

 

 

「あぁ、もちろんその強盗船団のことを教えないとラチがあかないだろうしな。」

と、タクトの後ろから一歩出てきたレスターが言った。

フォルテは、なんとなく、なんとなくだがこれが只事ではないことはわかっていた。

今だかつて、強盗船団の話題ごときが白き月にまで上ったことは無かったのだから。

「その強盗船団は最近、シェルフマ星系によく出没している。」

「で、そいつが何をやらかすんだい?」

「うん。そこなんだ。トランスバール皇国軍の軍事物資の輸送船がその強盗船団に襲撃された。物資は根こそぎ奪われてしまったしね。」

「おいおいタクト、だから『強盗船団』っていうんだろうが。」

「そう怒らないでくれよ、レスター。 こういうのは順序ってもんがある。」

「順序、ね・・・」 

レスターがジト目で言った。

「そういうこと。さて、問題はここからなんだ。」

「この強盗船団だが、被害を受けた船自体はほとんど損傷を受けていないし、人も誰一人死んでいない。 『一応』ね…」

 

一応…かい。考えられるのは、脳死、もしくは後遺症の残る大怪我、もしくは…

精神障害・・・のセンはいくらなんでも薄い、か・・・ まっ、その辺含めて聞いてみようかね。

 

「『一応』…かい。 なかなか意味深なことを言ってくれるじゃないか。どういうこどだい?」

「タクトさん、『一応』とはどういうことですか?」

「…気になります。」

「理由をお聞かせ下さい。」

 

ブリッジの誰もが先ほどの言葉に違和感を覚えたようで、みな口々に質問を投げかけていた。

タクトは、一呼吸開けて、

 

「…それは、 乗組員全員の人格が全て他の人格と入れ替わっているということだ。」

たしかに、そう言った。

 

反応は、目に見えて大きなものだった。

 

「…えっ?」

 

「…そ、そんな、ちょっと…嘘、…?」

 

「ちょっとまっておくれ、そりゃあ・・・厄介、だね・・・」

「人格が変わるって・・・えーっとぉ、それって、ミントがランファになって、ランファが・・・えーっと、えーっと・・・」

「ち、ちょっと!少し落ち着きなさいよ、ミルフィー!」

「そんなことが・・・・・・正直、信じられません。タクトさん、それは確かな情報なのですか?」

無理も無い・・・か。普通はすぐには飲み込めない話だ。

「少なくとも上から来たのはそういった情報だ。恐らく間違いはないだろう。」

「・・・それを、直す方法は、あるんですの?」

恐る恐るミントが尋ねた。

「・・・・・・残念だけど、今はなんとも・・・」

しばらくミントは考え込んでいたが、ついに、

「そうですか・・・」

と言ったきり、ミントはずっと考え込んでいた。

「ふぅ・・・」

やがてそんな様子を見かねたタクトは、ため息をついて、

「とりあえず、今は解散しよう。 今からクロノ・ドライヴに入る。到着予定時刻は90分後だ。みんな、自由にしていてくれ。」

そう言うしか無かった。

 

 

 

 

 

〜*〜

 

 

 

 

 

「うーん・・・」

「? どうしたんですか…?」

椅子の上で突然うなりだしたタクトに疑問を投げかけるヴァニラ。

タクトはヴァニラのほうを向いて、

「いや、強盗船団について、ちょっとね…」 重いトーンで言葉が出てきた。

タクトは軽いトーンで答えた。 つもりだった。

まいったなぁ・・・ここに来れば少しは緊張もとれると思ったんだけど。

 

ここ、とはヴァニラの部屋のことである。 結局行き着く所はここなのだ。

やっぱりいつ見ても部屋に無駄が無い。

これほどシンプル・オブ・ザ・ベストという言葉がぴったり来る部屋もそうあるまい。

「うん。やっぱりそうだ。」

自分で考え、自分で納得。

 

「…?なにか?」

覗き込んできたヴァニラに少しびっくりしながら。

「い、いや、なんでもない。大丈夫だよ。」

またも、出てきた言葉は、少し重いトーンだった。

 

「本当に、大丈夫なのですか・・・?」

タクトの反応に、心配そうな声で問いかけてくる。

「あぁ、大丈夫だよ。」

今度こそ、軽いトーンで言葉が出てきた。

 

しかし、ヴァニラにはそんなものとっくにバレているようで。

「なんだか、とても無理しているように見えますが…」

とピシャリと言われてしまった。

 

「はは…っ まいったな…」

タクトの口からでたそれは限りなく本音だった。

 

ヴァニラは少し考えた後。

「それでしたら… リラックスできるハーブティーを淹れてきましょうか?」

「あぁ、頼むよ。」

そう言った時。まさにその時だった。

 

 

 

ビーッ!ビーッ!

 

 

 

「総員、第一先頭配備!総員、第一戦闘配備!マイヤーズ指令!至急ブリッジまでおこし下さい!繰り返します!マイヤーズ指令!至急ブリッジまでおこしください!」

「「!?」」

「な・・・なんだ?!」

その、唐突のアルモの緊急戦闘配備連絡。それは、何の前触れも無く訪れた。

しばらく、タクトとヴァニラは、呆然としていた。

ここは、白き月の中、戦闘配備などする必要が無い。はずだ。

 

ピッピッ

「タクト、聞こえるか!」

レスターから緊急連絡が入った。

「あぁ、大丈夫だ。 それよりレスター、何が起きたんだ?!」

声が少し裏返ったが、そんなことを気にしている時ではない。

「わからん。…ともすれば、例の強盗船団かもしれん!」

「強盗船団?…まさか。ここは白き月の中だぞ?」

「あぁ、信じられないことだが、『たった10機の戦闘機』に白き月が襲撃されている!くそ、どうなってる!」 

レスターがここまで焦っているのは見たことが無い。

 

 

・・・ちょっとまて、・・・たった10機?

 

 

「被害状況は?!」

「本星自体は無い、が、・・・ここまで来ている、という以上、・・・すでに駐留艦隊4〜6隊は潰して来ている・・・と考えるのが妥当だろう。」

「・・・!!!」

その言葉を聞くが速いか、ヴァニラは自分の部屋を飛び出し、格納庫へ飛んでいった。

 

一方、タクトは言葉を失っていた。

と同時に、今度の強盗船団が、ただの強盗船団ではない事を思い知らされた。

 

実力や行動力はヴァルファスクと同じか、あるいは・・・

 

「とにかく速くブリッジに来い!詳しいことはそこで話す!」

通信は、そこで切れた。

タクトは、全力でブリッジに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

〜*〜

 

 

 

 

 

 

 

シュッという音と同時に、息を切らしながらタクトがブリッジに転がり込んできた。

「状況は?!」

レスターが振り向く。

「・・・妙なことに、ほとんど変わっていない。」

「・・・妙?どういうことだ?」

「考えても見ろ。 ここに来るまでに駐留艦隊を複数突破しているんだぞ?たった10機で駐留艦隊5隊近く落とすほどの戦闘力がありながら、白き月はおろか本星にも攻撃はされていない。敵は何を考えている!」

 

ピッ

 

「敵艦から通信です!」

「それは、今から敵さんに聞いてみることにしようか。」

 

今はそれしか手はない。

 

「それしかないか・・・   よしアルモ、繋いでくれ!」

「はい!」

アルモがとっさに繋ぐ。

画面には、サングラスをかけたような長髪の男が映し出された。

 

「諸君。お初にお目にかかるね。」

「あぁ、はじめまして・・・って所だな。 ・・・にしてもやけに急だね。事前に言ってくれればおもてなしもできたんだけど。」

「これはすまない。無粋なマネをしてしまった。 エルシオール、といったかな?我らはプレゼントを贈ったはずなんだが・・・。 プレゼントはお気に召しましたかな?」

 

「プレゼント・・・?  ・・・あの人格変更の事か!」

レスターがモニターの男をにらみつける。

「その通りだ。 届いているようで、なによりだ。」男は言った。

「時に、そちらの司令官殿はどこかな?」

「俺だ。」タクトが、一歩前に出て行った。

「そうか。なら話は早い。私の名前はアルコン。 アルコン=リデレクト。 シェルカラム帝国軍の幹部に名を連ねる者だ。お前の名は?」

 

 

タクトは、目の前の倒すべき目標を見据えながら―――

 

 

「タクトだ、タクト・マイヤーズだ。あいにくだがトランスバール皇国は負けはしない。それを今から示そう。 …にしても、やけに艦隊が少なすぎないか?」

「そんなことはない。10機でそちらの紋章機6機相手くらいは出来るぞ?」

 

 

アルコンは、目の前の潰すべき目標を見下げながら―――

 

 

「では、いまからトランスバール侵攻を始める。 せいぜいあがいて見せろ。マイヤーズ。」

 

ブツンッ!!

明らかな侵略声明を残し、通信は途絶えた。

 

「通信、途切れました!」

「…あの野郎、プレゼント、だと? ・・・ナメやがって・・・!」

タクトは、もう何も映っていないモニターを見つめながら、

 

「…恐らく、今奴の考えている事はひとつさ。

・・・そして、俺たちが今からやるべき事も一つだけだ。」 

アルモにそう命じた。

レスターは、ふぅ、とため息をつき、

「あぁ、そうだな。アルモ、回線をエンジェル隊につないでくれ。」

とだけ言った。

 

 

「回線、つながりました!」

 

「オッケー、エンジェル隊、聞こえるか!」

 

「あぁ、今までの話、全部聞かせてもらったよ。」

 

「そうか。とにかく時間が無い。行けるか?」

「任せてください!トランスバールはあたし達が守ります!」

 

「そうよ。あんな男なんかにやるもんですか!」

 

10機だなんて・・・ずいぶんとなめられたものですわね。」

 

「あたしらで返り討ちにしてやろうじゃないか。紋章機の力をなめるんじゃないよ!」

 

「・・・行きます!」

 

「平和なトランスバールを、あのような男に侵略されるわけには行きません!」

タクトは、一呼吸置いてから、

 

「よし、みんな、頼んだぞ!エンジェル隊、出撃!」

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 

 

 

――――戦闘を、開始した――――。

 

 

 

 

 

あとがきという名の言い訳。

どうも。もやしっこです。

長い間更新が滞ってすみませんでした。

なにしろパソがぶち壊れまして…

では、またお会いしましょう。