妖精と兵器(2)
そして、このジルコに関して、ある事件が起こった。
それは、食堂でだった。
そこにいたのはミルフィー、ランファ、ミント、以下その他大勢だった。
ミルフィーがクリームパスタを、ランファがランファスペシャルカレー(通常の1000倍の辛さを誇る)を食べていた。
「おや、珍しいねえ。ロマネティ筆頭副司令がおいでかい。」
おばちゃんの元気な声だ。
「まあな、ところでランファスペシャルなるものはあるか?」
ジルコが淡々と聞く。
「あ、え、あれでいいのかい。」
おばちゃんが怪訝そうな顔をする。
「ロマネティ筆頭副司令。どんなものがご存じなんですか?」
クーラが心配になったようだ。
「通常の1000倍辛いカレーなのだろ。名前はふざけているが、面白そうだな。」
ジルコは軽く頬を歪める。笑っているのだが、怖い顔だ。
「ちょっと、何か言った?」
ランファが怒ったようにいう。
「ロマネティ副司令、辛いものがお好きなんですね。」
ミルフィーが目を丸くしながら言う。
「…まあ、貴様が私に差し出す食い物よりはよほど食べる気にはなるな。」
そして、ランファスペシャルが来た。
「水はいらないんですか?」
クーラが苦笑しながら言う。彼自身もこの辛さには耐えられなかった経験があるのだ。
「別に。気遣いには感謝する。」
ジルコはそう言うと、食べだした。まるで、機械のように淡々と。
そして、5分後、彼は平気な表情で食べ終わった。
コトン
「た、食べきっちゃいましたよ。」
ルビナスが目を丸くする。
「へえ、あんた、辛いのが好きだったの。」
ランファが口を挟む。
「じゃあ、次は虹色ゼリー盛り合わせを。」
ランファを一方的に無視し、今度はミントお気に入りの劇甘ゼリーを頼んだ。
「ああ、そうそう。ブラマンシュがお気に入りだったそうだな。普通の人間には甘すぎるらしいが。」
そして、ゼリーも機械のように淡々と食べた。
「終了。桜葉、今私は激辛と激甘を淡々と食べた。これから何かわからないか?」
ジルコの突然の問いかけ。
「え、あ、あの…。」
ミルフィーは当然戸惑っている。
「他のものでもかまわん、何が言えるかな?」
やれやれといった表情で、ジルコは周りにも視線を向ける。
「な、何が言いたいのよ。」
「え、とおっしゃいますと…。」
「ブラマンシュ、クーラ。貴様らはわからんか?」
頭脳明晰な二人組の方を向く。
しばらく二人とも考えていたが、今回は、ミントの方が正しい解答にたどり着いた様だ。
「もしかして、……ロマネティ副司令。……味覚消失ですの?」
ミントの答えに、ジルコが拍手した。
「さすがだな。そう、私は味覚消失だ。」
ジルコは淡々と答える。
「なるほど、だからあれらを平気で食べられたのか……。」
ルビナスが納得した。
「知って欲しかったんですか?ならばもっとわかりやすく言えばいいのに……。」
クーラがいぶかしむ。
「簡単だよ、桜葉のバカがいつまでムダな努力を続けるか見物だった。しかしな、あまりにうっとおしいので、ばらしてやったんだよ。」
ジルコは無表情で語った。
「残念だったな、桜葉。食べ物で私を釣ろうという作戦が不可能なことを知って。」
続けて
「それとも、私に仕返しするためにやった毒入りだったのか?馬鹿な女だ。何で、私が貴様の作ったものを安心して食べる?馬鹿も休み休みにしろ!!」
最後は勝ち誇ったように言った。
「……。」
ミルフィーの目からは涙が止まらなかった。精一杯の善意を完全に悪意で返されたショックは大きすぎたのだ。
「……あんた!」
ガタッという音とともに、ランファが立ち上がった。
「何だ、フランボワーズ。」
「よくもそんな事が言えるわね。どうしたら一生懸命にあんたと仲良くしようとしたミルフィーの気持ちをそこまで無残に踏みにじれるのよ!」
ランファは叫んでいた。
「全く頭の悪い脳筋娘だ。私がいつ桜葉と仲良くしたいと言った?うるさいからうるさいといってやっただけだ。バカコンビどもが。」
ジルコは表情を崩さずに言った。
「こ、この…!」
言うが早いか、ランファはジルコにビンタを
ブンッ
……くらわそうとした。しかし、すさまじい風きりの音だけしかしなかった。
「!?」
ランファは手ごたえのなさを感じた。
「なかなか威力のありそうな攻撃だな。」
ジルコは先ほどの位置から一歩分ランファとの距離が開いた位置に立っていた。
「くっ。」
「ランファさん、いけません。」
クーラの引止めなど聞いていないランファはジルコの方へ向かい、またも攻撃をくらわせようとする。
「この!」
しかし、ジルコの回避性能はそれを凌駕していたため、かすりもしない。
(やれやれ、この女にも仕置きが必要だな...。)
いつまでも命中しないため、ランファは苛立ち、ついに大振りの蹴りをかまそうとする。しかし、これはまずかった。大振りの攻撃は隙ができる。
(バカめ!)
ジルコは薄く笑ってかわすと
シュッ
ジルコがランファの懐にもぐりこんで、初めて反撃らしいアッパー攻撃をした。
「ふんっ。」
ランファはそれを後ろに下がってかわした。
「そんな攻撃当たるもんですか。」
ランファはこの戦いで初めて気の強い笑みを浮かべた。
「たかが一回かわしたくらいで喜ぶか...。それも、お前本人を狙った攻撃でもないのにな……。」
「な、何ですって?」
その時だった。
スパッ
ランファの服の上半分が真ん中から縦に斬れたのは。そう、ジルコは持っていたメスでランファの服を斬り、戦闘喪失させる事を狙っていたのだ。
「キャッ!」
ランファは慌てて胸を両手で押さえる。
「……まあ、これで許してやるよ。」
(クーラに免じてな。)
ジルコはランファを見下ろしながら言った。
「おい、桜葉。」
ジルコは大声でミルフィーに語りかける。
「貴様は最低な奴だな。自分勝手な行為に及んで私の手を煩わせるだけではなく、友人までこんな目に合わせるんだからな。本当に運だけしか存在価値がないんだな。」
「……!!」
ミルフィーはあまりのジルコの仕打ちに言葉も出ず、涙を流しながら駆けていった。
「ミルフィーさん。」
ミントがミルフィーの後を追いかけた。
「…あんたって、…あんたって本当に最低ね!あんたなんか人間じゃないわ!」
ランファも泣きながら叫んでいた。
「ランファさん!」
クーラがいち早くランファを取り押さえようとする。
「おい、クーラ!どうしたんだ!」
クーラの友人、アジスが騒ぎを駆けつけてきた。
「説明は後です。君とルビナスも一緒にランファさんを。」
「鬼!悪魔!冷血生物!」
ランファはまだ叫んでいた。
そして、しばらく経った後、ランファのものらしき悲鳴と、大きな物音が鳴ったとか鳴らなかったとか。
これだけの事件がエルシオールを巻き込まないはずはなかった。
当然、タクトの耳にも。
ここはエルシオールのティーラウンジ。
「あの野郎!」
フォルテがダンッとテーブルを叩く。フォルテがこれほど怒りをあらわにするのは久しぶりだ。
「ひどすぎる…。…ミルフィー先輩があれほどの思いをこめたのに…。」
ちとせも目に涙を浮かべていた。
「…よし!」
タクトが立ち上がった。
「みんなに頼みがある。」
タクトはエンジェル隊に何やら指令を下したようだ。
その頃、ジルコ・ロマネティの部屋では。
コンコン
「どなた?」
ジルコにしては丁寧な口調だった。それもそのはず、監視カメラからアクアらしき人物がドアの前に立っているとわかるから。
「アクアです、ロマネティ筆頭副司令。」
アクアが返答する。すると、すぐにドアが開いた。
「よく来たな。用件は何かな。」
ジルコの顔色は変わらないが、少しはずんだ口調だ。
「はい……。」
「ん、どうした?何かあったのか?」
アクアの暗い表情に、ジルコは滅多にないほど本気で心配しているような表情になった。
「はい、マイヤーズ司令が一番ドッグに来るようにと……。」
「私にか?」
「はい……。」
やはりアクアにいつもの元気はない。
「そうか、わかった。なるべく早く行く。」
ジルコはそう言った。
そして、アクアがジルコの部屋から出て行った後
「さて……、準備をするか……。」
ジルコはそう言うと、インターフォンで誰かに連絡した。
そして、受話器を置く。
(マイヤーズ司令、あなたのお考えは理解しているんですよ。・・・全く、上官でもなければ殴り飛ばしているところですよ。)
ジルコは鮫のような笑いを浮かべた。
そして、一番ドッグにて。
「ロマネティ准将、到着しました。」
ジルコは丁寧にタクトに敬礼をしながら言った。
「ご苦労、ところで、何で君を呼んだかわかるかな?」
タクトはいつになく真剣な顔になった。
「私の研究に何か問題でも生じたのでしょうか?」
ジルコは淡々と答える。
「そうじゃない。……君は先日桜葉中尉やフランボワーズ中尉と一悶着あったそうだな。」
タクトが尋ねる。
「……ああ、二人とちょっとした口げんかをしただけです。大した事でもありませんよ。」
ジルコは相変わらず淡々と答える。
「桜葉中尉は昨日の昼以降から元気がない、君が何か言ったんじゃないのか?」
タクトはやや詰問的な表情になってきた。
「さあ、向こうが過剰反応しているだと思いますが?あの年頃の娘は針小棒大に物事をとらえますからねえ。困ったものです。」
一方、ジルコは淡々とした調子に変化はなかった。いつまでも自分の非を認めない事と、この事がタクトの怒りを大きくした事は間違いがない。
「お前、ふざけるのもいい加減にしろ。」
タクトが大声を上げて怒鳴った。
「私は真実を述べただけです。向こうが勝手にショックを受けた事については私の知った事ではありません。」
ジルコはどこまでも冷静だ。
「貴様―!」
タクトのパンチが飛んでくる。ランファのパンチを軽々とかわすジルコには通じない…と思ったら命中した。もっとも、よけなかっただけだが。
ジルコは顔面にパンチを受け、よろめいた。
「よくもミルフィーを……。」
タクトはジルコにはっきりと大きな怒りの顔を見せていた。
(全く、くだらねえな。)
ジルコは無表情で立ち上がった。
「来い、貴様にミルフィーを悲しませた償いをしてやる!お前に決闘を申し込む!」
タクトはなおも叫んでいた。
そして、一番ドッグのギャラリーには。
「た、大変。タクトさんを止めないと。」
ミルフィーは慌てている。
「ほら、ミルフィー。しっかり見てやりなよ。あいつの雄姿を。」
フォルテがミルフィーを制す。
「だって、フォルテさん。タクトさんが大変な事になっています。」
ミルフィーはなおも落ち着かない。
「タクトさんはミルフィー先輩のために戦っているんです。しっかり見てあげないとタクトさんがかわいそうです。」
ちとせもフォルテと一緒にミルフィーを制止する。
「そうよ、あいつの強さを考えるとタクトは勝てるとは思えないわ。だけど、アンタの敵討ちをするために戦いに挑む。・・・なんか、素敵だと思わない、ミルフィー。」
ランファは言いながら一人で盛り上がっていた。
「・・・タクトさんはミルフィーさんのために戦っています。・・・見守る事もタクトさんにとっての大きな喜びとなります・・・。」
ヴァニラも珍しく彼らの戦いを止める様子がない。
「そんなあ・・・、タクトさん、ダメです。戦いを止めて下さい。」
ミルフィーが上のギャラリーから叫ぶ。
「ミルフィー、見ててくれ。オレの戦いを。」
タクトは、ギャラリーのミルフィーに向かって言った。
「タクトさん……。」
ミルフィーは困惑していた。
(だめだ、こりゃ。そっちの世界に行っちゃってるな。マイヤーズ司令は。)
ジルコは頭を抱えたくなったろう。
「覚悟しろ!」
そうして、タクトとジルコの戦いは続けられた。とは言っても、ジルコとしては上官を殴るわけにもいかず、防戦一方だった。
(1,2発命中したか……。次に命中したら逃げるか……。)
ジルコは何らかの策を考えている。
「タクトさ〜ん、ロマネティ副司令〜。私のために争わないで下さ〜〜い。」
ミルフィーがギャラリーから大声で叫んだ。
(誰が貴様のために争ってるんだ!冗談ではない!ふざけんな!!)
ジルコの表情に怒りが表れた。思いを口にしなかっただけ、彼は理性を保ったのだ。
しかし、その怒りがタクトに攻撃のチャンスを与えた。
ボゴッ スドッ
なんと、タクトのパンチが2発も命中した。しかも、1発はほほにだ。これにはジルコもたまらず、派手に転倒する。
「グオッ!」
ジルコがこの戦いで初めて声らしい声を出した。
「どうだ!ミルフィーの痛みがわかったか。」
タクトが声を張り上げる。
(予定以上にくらったな。桜葉のアホセリフのせいだ……。もう嫌だ、……逃げよう。)
ジルコは突然、無言でタクトに走って向ってくる。
「来い、勝負だ。」
タクトは迎え撃とうとする。
しかし、ジルコはタクトをよけた。そして、
ガンッ
ジルコは壁を蹴ると、反対方向に高くジャンプした。
タクトが後ろの壁に目を向けた時には、ジルコはタクトを飛び越し、着地した。
(まずい!反撃される。)
タクトはそう思いながら元の方向へ振り向く。
すると、ジルコはドッグの出口へ向って高速で走っていた。
(あいつの目的はこれか!)
まんまと作戦がうまくいったジルコはタクトに背を向けたまま鮫のように笑う。
「待て!逃げる気か!!」
タクトはジルコを追いかけた。しかし、ジルコは十分に加速しているのに対し、タクトは反応が遅れた。おまけに、ジルコは非常に足が速い。当然追いつけない。
さらに、出口のドアが開いていた。タクトは、ここのドアを閉めて、外から鍵までかけさせていたのに。
こうなってはジルコに不利な条件はない。ジルコはドッグを出ると、ドアを閉め、部下のラピスに頼んで持ち出したマスターキーでドッグの鍵をかけた。
「くっ、しまった。」
タクトは閉じ込められた。
さすがに、状況が状況だけに、ギャラリーにいた人間もタクトの方へ向かった。
その頃、タクトから逃げ切ったジルコは、ある人物から何か受け取っていた。
「……これでいい……。殴られた甲斐があったってもんだ。」
ジルコは薄く笑う。
そう、ジルコはタクトが自分に対して暴力行為に及んだとして、示談に持ち込む作戦を取ったのだ。
その内容について、コスモエッジ隊隊長室、つまりトパーの部屋で会議が開かれた。
「マイヤーズ司令、これは問題ですよ。部下への暴力行為は、英雄とて許されるわけではないでしょう。」
ジルコがビデオを突きつける。
「じゃあ、君が桜葉中尉や、フランボワーズ中尉にした行為はどうなるのかな?」
タクトはジルコに反撃する。
「マイヤーズ司令、私が彼女らにそういうことをしたという物的証拠はどこにありますか?彼女らが逆に嘘をついている可能性だってあるじゃないですか?」
ジルコの発言は正当だった。
「それに、フランボワーズ中尉の場合は……、向こうからかかってきたからなあ……。」
トパーは苦笑いした。
ジルコはその発言に満足げにうなずく。
「ちょっと待て、じゃあ、こいつがミルフィーにしたことは許されるのか?それなら、ランファが向こうからやってきたのもこの男のでまかせって言ってもいいじゃないか。」
タクトは叫んだ。
「でも、それらは証拠が不十分ですよ。不十分な事をとりあげても仕方ないのです。それに、そういう傷ついたうんぬんは、本人の主観が入るものです。何度でも、申し上げますが、十分な証拠なしに人をどうこう言うのはどうかと思いますよ、マイヤーズ司令。」
ジルコは、口元に侮蔑したような笑みを浮かべる。
この状況では、タクトに勝ち目は薄い。ジルコには、綿密な作戦もあれば、それに積極的に協力してくれる人間も何人かいるのだ。そして、この部屋には、タクトの味方はいなかった。
「ロマネティ副司令、これは公にしませんよね。これを公にしたら……。」
アジス・シャルマーニュ副司令の発言だ。彼がジルコに密かに協力したのは、この争いに巻き込まれる事を嫌ったからだ。
「まあ、こんな醜聞、広まれば、どうなるかは言うまでもない。」
そう、三度の大戦により、疲弊している皇国軍でこんなスキャンダルが広まれば、ますます士気が低下するに違いない。それも、英雄として有名なタクト・マイヤーズがやったとなればどうなるかは想像に難くない。
「ただ、このままでは私が泣き寝入りせざるを得ない。それは許せない。」
ジルコは強く言う。はっきり言ってわざとらしい。
「ロマネティ副司令、ならばどうしたら良いとおっしゃられますか?」
クーラが呆れるような表情をジルコに向ける。顔には湿布が貼られている。
「マイヤーズ司令だったら、おわかりでしょう。」
ジルコはタクトに向って笑う。
「……。」
タクトとしては、沈黙せざるを得なかった。彼の要求を受け入れることは、ミルフィーの気持ちをフイにすることだ。しかし、ジルコの考えを見る限り、ジルコにミルフィーへの考えを改めさせる事はほぼ不可能だ。いや、むしろ今彼に無理に歩み寄りをさせる事はかえって良くないだろう。
「……わかった、ミルフィー達にはきちんと言っておくよ。」
タクトはため息をつきながら返事をした。
そして、帰ってきたタクトをティーラウンジで出迎えるのはエンジェル隊&コスモエッジ隊の人間だ。
「お帰りなさい、マイヤーズ司令。」
ルビナスがいつもの明るい声でタクトに声をかける。
「ああ……。」
タクトは力なく返事する。
「あれ……?」
話し合いがうまくいったと思ったルビナスは頭に?マークを浮かべる。
全体的な雰囲気も重苦しい。
「コラコラ、しけた顔するんじゃないよ。どうせ、うまくいくはずはないんだから。」
フォルテがタクトに声をかける。
「うん……。」
タクトの返事は力ない。
「そうですわ。ミルフィーさんはきっとあなたの事をわかってくださいますわ。」
ミントが気の聞いた一言をかける。
「そうよ、あんな冷血生物の言うことなんか気にしなければいいのよ。」
ランファもタクトを元気付けようとしている。
「……タクトさんは立派にがんばりました……。」
ヴァニラもポツリと言う。
「……あの人はどうしようもないんです……。」
ちとせは顔をうつむけながら言った。
「そうそう、ロマネティ副司令と仲良くできなくたって今までどおりなんですし。」
サフィエルも必死だ。
「差し引きプラスマイナス0ですよ。ねえ、兄さん。」
ルビナスがややピントはずれな慰め方をする。それに大きくうなずくサフィエル。
「……まあ、あなたが元気を出せばエンジェル隊はうまく動くでしょうから……。」
エメードも無愛想ながらタクトを気遣う。
「そうですよ、相性の悪い人間っていうのも実在する事がわかっていい勉強になりましたでしょ。……ほら、ミルフィー、元気な顔を見せてあげて、ね……。」
アクアがミルフィーを促す。
「……タクトさん。」
ミルフィーが口を開く。
「……ありがとうございます。」
突然お礼を言う。
「……。」
声が出ないタクト。
「ロマネティ副司令に嫌われるような事をした私が悪いのに、かばってくれて……。」
ミルフィーもうつむきながら言う。
「え、そんなことありませんよ。あの陰険極まりない仕打ちはロマネティ副司令が……。」
ルビナスが慌てて声をかける。
「ううん、そんな事はありません。私がしつこく追いかけたから……。」
ミルフィーは首を振る。
「ロマネティ副司令は仲良くする事を望んでもいなかったのに……。ダメですね、私。」
ミルフィーは続ける。
一瞬、空気が重くなる。
(ミルフィー……。)
アクアは思わず涙が出そうになった。
「ミルフィー、それは違うわ。あいつだって、アンタがどういう気持ちで近づいたかなんて知っているはずよ!」
ランファが重い雰囲気を壊す役割を果たす。
「そうですわ、あの方はミルフィーさんの『無駄な努力』とやらをごぞんじでしたわ。」
ミントが続ける。『無駄な努力』に皮肉をこめているのは言うまでもない。
「人の好意をそんなひどい形で嘲笑うなんて……。許せません。」
ちとせも怒っている。
「……あなたに罪はありません……。」
ヴァニラも優しく諭すように言う。
「たとえあの冷血副司令がどんなにアンタを迷惑に思おうが、あれは最低のやり方だよ、ミルフィー。あの野郎を許しちゃいけないよ。」
フォルテもミルフィーに喝を入れる。
「そうよ、ミルフィー。あんな男の風上にも置けない奴、いつかみんな仕返しすればいいのよ!」
ランファの発言はちょっと過激すぎる。
「みんな……。」
ミルフィーの顔に笑顔が戻り始めた。
「でも、やっぱりミルフィーにも原因はあるわ。」
アクアが何故か水を差す発言をする。
その瞬間だった。
ランファとフォルテがすごいオーラを発しながらアクアを見る。
「今なんて言った、アクア。もういっぺん言ってみな。」
フォルテが突然銃を向ける。
「!?」
突然の事にアクアは言葉が出なかった。
「フォ、フォフォフォフォフォフォ……フォルテさん!?」
ルビナスが震えながら反応する。別に笑っていない。
「あんたは少し黙っててくれないか、ルビナス。今、アクアと話してるんだ。」
フォルテは淡々と言う。
「銃を突きつけておいて何言ってんだ、てめえは。」
サフィエルが呆れたように言う。
「黙ってろと言ったろ、あたしを怒らせるな。」
アクアの方を向いたままサフィエルに言う。その迫力に押されたのか下を向いてボソボソ文句を言うサフィエル。
「……まあ、落ち着けよ、フォルテ。銃をぬいたままアクアも話せないよ……。」
タクトが適切なアドバイスをする。
そして、フォルテが銃を戻すと
「ありがとうございます、マイヤーズ司令。……フォルテさん、ミルフィーにも原因があると言いました。」
アクアはもう一度同じセリフを言った。
「私はロマネティ副司令にも同情の余地はあると思います。」
アクアは、はっきりと言った。
「ふーん、あんたはあの男に肩入れするんだ。」
フォルテは睨みながら言う。なまじ軽口なだけに余計怖い。
「それは違います、私もロマネティ副司令の行為そのものは間違っていると思います。」
アクアは毅然とした態度で言い返した。
「じゃあ、あんた、どっちの味方なのよ!」
ランファがアクアに睨みをきかせる。
「8割くらいはミルフィーの味方よ。」
アクアは冷静に言い返す。ただの軟弱なアイドルとはそこが違う。
「アクアさん、ミルフィー先輩に非がある2割というのはどういう事ですか?」
ちとせが勇気を出してやや落ち着いた口調でたずねる。
「ミルフィーに非があるというより、正確にはアタシを含んだミルフィー達に非があると言うのが正しいのかな。」
アクアは言い直す。
「それはどういう意味ですの?」
今まで口を挟まなかったミントが言う。
「うん、まずは、アタシ達が赴任してきた日のことを思い出してみて。」
アクアが返答する。続けて
「あたしが7番目のエンジェル隊員として『白き月』に来た時、みんなアタシのことを覗き見してたでしょ?」
アクアがそのシーンを思い出したからか、微笑みながらいう。
「……まあ、そうでしたわね。」
ミントが返答する。
「アタシはそんなのは気にならないんだけど、世の中にはそうされるのを嫌がる繊細な人もいるの。」
続けて
「ロマネティ副司令、あの赴任の日、かなり嫌な気分だったでしょうね。」
アクアは一転、暗い表情になる。
「いや、そこまで嫌がる奴っているか?」
フォルテが口を挟む。
「でもいるんですよ、フォルテさん。そういう人。アタシ、アイドル時代に見たことがあるんですから。」
アクアが反論する。
「そして、あの宇宙銀河公園での事件。ロマネティ副司令は大変怒っていたわ。」
少し間を空けて
「もちろん、みんなに悪意がない事を私はわかる。でも、彼にとってはあの行為は許されざるものなのよ。」
アクアはようやっと言い終えた。
「……そうですか……。」
ヴァニラが申しわけなさそうな顔をする。
「うん、ちょっと過激な方向に話が進みすぎたからね……。」
アクアはちょっと申しわけなさそうな顔をする。
「でも、だからと言って、ミルフィーが自分を責めることはないわ。だって、それ以上の行為をされたはずよ。むしろ、あそこまで好き勝手するのを許してはいけないと思うわ。」
アクアはミルフィーに言った。
「うん、あれはひどすぎます。」
ルビナスがようやっと回復したようだ。
「そうだぜ、ミルフィー。別にランファのバカ豚みたいに殴りかかるだけが反抗の意思じゃないんだ。無視も立派な反抗になる。向こうも文句がないんだし、お互い得だぜ。」
サフィエルもミルフィーにアドバイスをする。
「それはいいんだけどさ、……誰がバカ豚だって?」
ランファはこういうことには敏感だ。
「お前、今の俺の発言から誰の事かわからないのか?ホントにバカだな。」
サフィエルは挑発する。
「大体、お前はそうだ。いつもいつも状況をわきまえずに突っ走りやがって。自分がいかにバカな行為で他人に迷惑をかけているか少しは考えろ。」
サフィエルは挑発したい放題だ。
「この〜、いい加減にしなさいよ。」
ランファがサフィエルに向って突撃しようとする。
「……ドウドウ……。落ち着け……。」
エメードがランファを止める。
「アタシは馬か!」
ランファはますます怒る。
「……今はそれでもまだ許されるが、いずれ忍耐力をつけないといかん……。さもなくば、貴様いつか無駄死にするぞ……。」
エメードが淡々と言う。
「……まあ、エメードの言うことも一理あるねえ。」
フォルテが苦笑する。
つられて、ギャラリーにも笑いが……。
「……もう、……みんな笑いすぎ!」
ランファは口をとがらせた。
「ハハハ……ねえ、ミルフィー。わかったろ。みんな、君を心配してくれてるんだ。君をそろそろ元気を取り戻してくれよ。君がこれ以上あいつの事を気にする事はないってわかったんだろ。あいつだって、話しかけなければ文句は言えないはずだし。」
タクトが締めの言葉を言う。
「はい、わかりました。みなさん、ありがとうございます。」
ミルフィーは元気を取り戻した。めでたしめでたし......と言うには少し早い。