妖精と兵器(3)

 

 そして、その日の夜。クジラルームにて。

 アクアは一人、夜のクジラルームにいた。綺麗なプロポーションがわかる水着を着ており、その様子は誰かを待っている様子だった。

 そうしていると、アクアの待ち人が来たようだ。

 背が高いが、スラリとしたというには細すぎる体躯、ジルコ・ロマネティだ。

「待たせたな。」

 ジルコはご機嫌な様子だ。

「ようこそお越しくださいました、ロマネティ副司令。」

 アクアは満面の笑みを浮かべる。

「ふっ、今日はどうしたんだ?」

「ロマネティ副司令、……せっかくですから、アクアって呼んで下さい。」

 アクアは明るいが多少妖艶にも見える笑いを浮かべながら言った。

「……そうさせてもらうとするよ……、アクア。……、でも変な気分だな。」

 ジルコはやや気恥ずかしさを感じたようだ。

「ウフフ、慣れれば気軽に呼べますよ。」

 アクアが笑顔で言う。

「……そうか?わかった……。」

 ジルコはわずかに微笑んだ。彼でもこんな優しげな微笑ができるのかと、彼を知っている人は驚くに違いない。

「ロマネティ副司令がここに来たのは初めてじゃないんですか?」

「まあ、そうだな。エルシオールで見た場所と言えば、ブリッジ、この間初めて来た食堂、一番ドッグ、研究室、……あとは自分とトパーの部屋だな。」

 ジルコは答えた。

「ロマネティ副司令って……、もしかして泳ぎが……。」

 アクアは気まずそうに問いかけた。

「できないとでも思っているのか?……それは君の思い違いだ……。」

 彼のセリフは事実だった。彼が持つ驚異の運動神経は陸,海,山,宇宙空間と死角はなかった。

「……私は宇宙以外でも前線に立って戦った事があるからな……。」

 そう、彼は宇宙以外でも戦争の前線の指揮、時には自ら全線に立った経験が多数ある上、軍人として苦手分野はない。そして、彼はどこでも使える暗殺術の心得もかなりあるのだ。もちろん、暗殺術については語るわけがないのだが……。

「そうなんですか……。」

 アクアは戦争という言葉を聞いて、少し複雑になった。

「気にする事はない。それが仕事だからな。失敗すれば死ぬのは覚悟の上だ。まあ、ここをいちいち貸し切るのも面倒だし、それに今は忙しい。」

 ジルコはため息をついた。

「そうですよね、副司令ですものね。そうそう、お飲み物はいかがですか?」

 アクアはそういうと、ジルコにジュースを出した。

「ありがとう、それもあるが、もう一つある。」

 ジルコはジュースを取りながらいった。

「えっ、それは何ですか?」

「新しい兵器の研究さ。私はヴァル・ファスクの兵器を見てうらやましく思ったんだ。」

 ジルコは空を見上げながら言った。

「私は昔から優れた兵器を作りたいと願ってきた。それは、どの国の奴らも性能で越えられないような理想の兵器を。」

 ジルコが自分のこの夢を他人に語ったのは初めてだったろう。それも、アイドルの女性にである。

「君にならいえるよ、はっきり言って、今の皇国軍は腑抜けだ。『白き月』やシャトヤーン様は偽善に溺れている。マイヤーズ司令は大馬鹿だ。」

 彼の本音だ。

「こんな人達に国を繁栄させられるはずがない。この間、君は『白き月』がロストテクノロジーを軍に提供していれば、ネフューリアから守れたかも知れないって言ったね。」

 ジルコは穏やかな表情のまま、言った。

「ええ。」

「私は『白き月』がロストテクノロジーを軍に提供するのは当然しなければいけない行動だったと思う。でも、あの腑抜けた皇国軍では無理だろうな。」

 ジルコはアクアから視線をはずして冷笑する。

「ノアがいる今、むしろ『黒き月』を再生させ、無人艦の製造に着手した方がいい。シャトヤーン様のお言葉なら、民衆も納得した事だろう。」

 続けて

「どうしてか、簡単だ。無人艦は多少攻撃が単調であっても、退く事を考えないし、迷いもない。結果、トランスバールの腑抜け軍人よりは役に立つ。それに、奴らが破壊されても人は死なない。人道的にもいい話じゃないか。」

 ジルコは、最後の部分でアクアに優しい顔を向けなおした。

「確かに、無人艦が敵勢力を削ってくれれば人の犠牲は抑えられますね。」

 アクアが納得する。

「だが、敵も強い。ヴァル・ファスクを完全に滅ぼさなかった今、奴らを抑えておくためにはますますこちらも強化しなくてはならない。そして、人材的には無理だ。」

 アクアから顔をそむけて、厳しい表情で語る。続けて

600年前から戦ってきた敵だ、潰せるときに潰すのが正解だと思うがな……。」

 ジルコは肩をすくめた。

「……。」

 アクアはジルコの非情な発言に顔を暗くした。しかし、彼の言う事が間違いとも言えないだけに、辛い状況だ。

「全く、何がわかりあえる可能性だ。なきに等しい可能性にかけられるほど今のトランスバールに余裕があるつもりか。皇国の事を第一に考えているとは思えないよ。こんな綺麗事しか言えない連中や、危機意識のない連中が今の上層部や『白き月』には多すぎる。」

 ジルコは渋い顔になった。心の中では、今彼が批判した人間への怒りで燃えている。

「まあ、今はそういうわけだ。だから私は兵器を作り上げなくてはならない。どんな大艦隊の敵も数艦船で沈められるほどの。それは大変だが、楽しい事でもある。」

 ジルコは一転、笑顔になった。穏やかでも陰湿でもない、大きな笑みを。

「それに、『白き月』を説得して『黒き月』の再生も何とかしないとな……。力は持っているに越した事はない。」

 おそらく、この発言を聞いたものは、彼がエオニアの思想に共感したと思うだろう。ただし、彼はエオニアのような拡大主義的思考はない。

「それが、私の皇国に対する考え方と、私がすべきだと感じた行動だ。……これを君には聞いて欲しかった。理解できるかはわからないがな……。」

 ジルコはアクアに向き直った。

「だが、仕事はきちんとやった上でこなす必要がある。ま、出世のための行動を考えるとつまらない仕事も必要だ。」

 ジルコは多少、苦笑した。仕事と言うのは、自分の好きな事だけやればいいものではない。仕方のないことだ。

「……なるほど……。それじゃ、お忙しいでしょうね。」

 アクアがうなずいた。

「あと、今のお話ですが、私が100%理解できたかと言われると、それは自信がありません。でも、あなたのお考えも正しいと思います。」

 世の中に絶対的に正しいといえる意見は厳密にはない。それは、様々な価値観があるからだ。そう考えると、一応の筋が通ったこの意見も間違っているとは言えない。

「ところで、一つ気になっているのですが、ロマネティ副司令は、他人をに遠ざけているように見えるのですが……。」

 アクアが切り出してきた。彼女がこの男を呼んだのはこれを聞きたかったからだ。

 さすがに、アクアの部屋だとエンジェル隊に立ち聞きされる可能性がある。ならば、誰の部屋でもないクジラルームなら大丈夫だ。ここなら、立ち聞きはできないし、アクアにはお気に入りの場所だった。

 そこを貸し切りにするのに、彼女はある手段を使った。ジルコの本当の気持ちを聞くのに他者、特にタクトやエンジェル隊は邪魔なのだ。

「……別に。付き合う気がわかんからだ。……まあ、君以外のエンジェル隊の連中やマイヤーズ司令は仕事以外で付き合うのが嫌なだけだが……。」

 ジルコは苦笑する。まあ、彼らとジルコは全く合わないだろう。

「でも、お偉い方のパーティーとかでは結構、ご機嫌をとってらっしゃいましたよね。」

 アクアが指摘する。

「……それか。……まあ、出世に直接影響するからな。それに、人間性的に、マイヤーズ司令達よりは耐えられる。」

 ジルコは淡々と語った。

「エンジェル隊の士気を上げていけば、そちらでも出世できると思いますよ。少なくとも今は軍の方で『白き月』も重要視されてますし......。」

 アクアがなだめるように言う。

「私は、そういう人付き合いなんて本来やりたくないんだよ。だから、事務仕事はマイヤーズ司令抜きに、副司令の3人が中心となってやっている。それに、私は奴らの調教には向かない。……あの偽善者どもにまかせればいい。」

 彼は相変わらず淡々と語る。偽善者という部分だけわずかに語調が強まったが。

「事務仕事はこちらが中心なんだから、奴らの方は私の知ったことじゃないって言ってもいいはずだ。大人しくしていれば何もなくすむのにな......。」

 ジルコはため息をつく。

「......。」

 アクアは沈んだ顔になった。

(......やっぱり冷たい人ね......。)

 アクアは心の中でそう思ったが、しかし、ここでそれを言っても事は進まないどころか逆に悪化するのではないかとも思った。そもそも、ジルコ・ロマネティには感情でものを言っても無駄だ。彼は、理性、論理、策略を極端に重視する人間だからだ。

「でも、それでは仕事面で突っつかれた時に言い訳しにくいんじゃないんですか?事務仕事をいくら一生懸命やっているとしても、人付き合いがダメとなると......。」

 だから、アクアはいつもより考えてものを言わないといけない。そういう意味では、疲れる事だ。ただ、アクアとしてはやりがいもある。

「ああ、それは簡単だ。適材適所という言葉でかわせばいい。ただ批評したい奴らなどその発言で黙らせられる。馬鹿なお偉方なら努力しますでかわせばいい。」

 ジルコは淡々と答えた。

「この言葉は便利だぞ、......アクア......。自分の苦手分野をつつかれたら、得意分野を言って逃げるといい。」

 ジルコは笑いながら言う。彼なりにはアクアを気遣っているのだろう。それがかえってアクアを複雑な心境にさせている。彼は自分に好意を抱いていることはわかる。しかし、下手な事を言ったらどうなるかわからないし、好意を抱いているからこそ彼を傷つけたくない。また、彼を思うのなら、人付き合いの大事さを説かなくてはならない。だから、二つの感情に板ばさみになる。

(ふむ......どうしたのだろう?......だが、下手につっつくのはかわいそうだな......。)

 ジルコはアクアの浮かない顔に気づいた。しかし、思考的に内向型であるジルコはつっつこうとはしない。

 そうして沈黙が数十分続いた。

 最初に口を開いたのは、ジルコの方だった。

「......うむ、どうした?......難しい顔をして?」

 ジルコはいい加減耐えられなくなったようだ。とはいえ、普段の彼からは考えられないほど耐えた。効率を過剰重視するジルコには時間の無駄は耐えられないのだ。

「え......、あ、何でもありませんよ。」

 アクアは慌てて否定する。

「そうか......。......そうそう、桜葉のアホ、フランボワーズのバカ、シュトーレンのくそアマ対策だったら、レクチャーできるぞ。......ブラマンシュ対策は今考え中だがな。」

 ジルコ的には面白い会話を提供したつもりだろう。

「あ......はい。......って、別にそういうことで悩んでませんよ!」

 アクアは語気を強めた。

「別に嘘をつく必要はないぞ。」

「いえ、別に嘘をついてませんって。」

 このジルコの態度にはアクアも閉口した。

 これからまた数分間の沈黙。しかし、すぐにアクアは話題を思いついたようだ。

「ねえ、ロマネティ副司令?」

「なんだ?」

「以前、私のファンだって、おっしゃってくれましたよね?」

「ああ。そうだ。」

「どんな歌が好きですか?歌いますよ。」

「そうだな……、よし、君のデビュー曲の『碧き瞳』はどうだ。」

 ジルコが言う。

「そうですね、じゃあ歌いますよ。」

 アクアはそういうと、立ち上がり、歌い始めた。

 碧き瞳は、綺麗な青い瞳を持つ美しい青年に恋をした少女、という内容の歌詞だ。歌詞自体は陳腐なものだ。しかし、彼女の綺麗な声と曲は、そんな歌詞でさえも、まるで芸術品であるかのようなものに変えてしまう。

 歌い終わると、ジルコが拍手をする。

「ふむ、いつ聞いてもいい歌ですね。」

 明らかに二人のものではない声がした。

「!?......なんだ、貴様か......。」

 ジルコはその声の主を知り、ホッとしたようだ。

「そんなに怖い顔をしないで下さいな。私だって、ここにいるのは退屈なんですから。」

 クーラがため息をつく。あのときの湿布は取れたようだ。

「そうね、あなたの名前でクジラルームを借りたんですものね。」

 アクアが微笑む。

「……全く……。私だと疑われるのに……。」

 クーラはため息をつく。

「だって、私の名前だとロマネティ副司令と話すのにエンジェル隊の人達が覗きに来るかもしれないじゃない。」

 アクアが言う。

「それに、あなたの場合、引き受けざるを得ない理由があるものね。」

 アクアはクスリと笑った。

「……まあ、事故とはいえ、あの事は広めて欲しくないですねえ……。」

 クーラは苦笑した。

「ほう?貴様、何をしでかしたんだ。」

 ジルコは興味深げに言う。微笑がなんともイヤラシイ。

「……ノーコメントです。」

 クーラはやや不機嫌に返事する。

(誰のせいだと思ってんだか……。)

 そう、彼が顔にアザをつけたのも、アクアに脅迫めいたことをされているのも元をたどればジルコと関係があるのだ。

 

 さかのぼる事数日前。食堂にてジルコとランファの間でいざこざがあった。それでクーラは友人のアジスと一緒に暴れるランファを引っ張っていったのだ。このまま争っていたら今度こそ彼女が危険なのだ。

「何すんのよーー!離してーーー!!あいつを許せないーーーーーー!!!」

 ランファはまだ叫んでいる。

「ちょっと、ラン......」

「今の彼女には何を言っても無駄です。」

 そうして、クーラとアジスはランファを黙々と運び続ける。

「……まあ、こうしてロマネティ副司令から引き離した方が彼女のためだからなあ……。」

「あの人の辞書に『慈悲』という文字はありませんからねえ……。」

 アジスは身震いした。ジルコ.ロマネティの冷徹で残忍な人格なら本当にランファが動きを止めるまで攻撃し続けたであろう。ランファに怪我一つないことが奇跡に近いのだ。

 そして、運び続け、ランファの部屋の前に到着した。

「ランファ、部屋で落ち着いて考えてくれ。」

 アジスがなだめるようにいう。

「なんでよ!邪魔しないで!」

 いかにもランファらしい反応だ。

「ランファさん、ここであの人とやりあって勝つことができたと思いますか?……あの人は『殺戮兵器』と呼ばれるほどの人ですよ。」

 クーラもさすがに止めに入る。実際は、『冷徹なる暗殺兵器』という、ある意味ではもっと畏怖の対象となるふたつ名があるが、あえて言わない。

「そんなの関係ない!あたしの気がすまないのよ!」

 ランファの怒りはとどまるところを知らない。

「それに……、勝ったとしてミルフィーさんはどう思うでしょうね?喜んでくださるんでしょうか?」

「え……。それは……。」

 ランファが戸惑った。そう、この中ではミルフィーをタクトの次に良く知っているランファだからわかるのだ。喜ぶはずがないと。

「今です、アジス。」

 クーラはそのすきに大人しくなったランファを運ぼうとした。

「ま、待って。でも……。」

 ランファが抵抗しようと体を動かしたその時だった。

「あれ、何やってるの?」

 アクアが通りかかった。

「ああ、アクア。ちょっとランファさんを落ち着かせようと......うっ。」

 クーラが応答した瞬間にアジスがバランスを崩してしまった。そして

「きゃっ。」

ドシン

 3人仲良く転んだ。

「す、すまない。クーラ。」

 転ぶ原因となったアジスが謝る。

「ええ......。......ん?」

 クーラは転んだはずみで何かに触れてしまったようだ。

(何だこれ?……妙にむにゅむにゅしてるな……。)

「え、……ちょっとクーラ。」

 アクアはクーラの置かれている状況を理解したようだ。

「......え?......うそ?」

 ランファは気づいてしまった。誰かの手が自分の胸を直接揉んでしまっていることに。

「ん?アクア、どうしたんですか?」

 クーラは何も気づいていなかった。

「きゃあああああああああああああああああ!!」

バキッ

 ランファは絶叫とともに後ろに向かってアッパーカットを振り、見事に、揉んでしまった人間――――クーラの顔面に命中させた。

 超長身のクーラの体が宙にまい、壁にぶつかる。

 倒れるクーラ。そして、ランファは自分が何をしたのか気づいた。

「……!」

 ランファはいたたまれなさのあまり、部屋に逃げ帰ってしまった。

「ク、クーラ!」

 アクアが駆け寄る。

「痛たたたたた……。……ランファさんは?」

 クーラが起き上がる。

「ランファなら部屋に戻ったわ。で、……何もランファの胸を触る事なかったんじゃない。」

 アクアがクーラをにらみながら言う。

「……そうそう、いくら何でもやりすぎじゃないか。」

 アジスもクーラを非難する。

「え?私、ランファさんのおっぱいを揉んでしまったんですか?」

 クーラはようやく気づいたようだ。

「ああ。ロマネティ副司令がランファの服を縦に裂いたもんだから、乳は見えないけど直接触れるようになったじゃないか。俺が転倒したはずみでお前の手がランファの乳へ向かって伸びてたんだよ。……その様子だとわざと揉んだわけじゃないんだな……。」

 アジスは説明した。

「……そういうことでしたか……。それはまずいなあ……。」

 もちろん、クーラもわざと揉んだわけではない。だが、結果としてはおせじにもいい状況ではない。

(これはさすがに謝るべきだなあ……。)

 クーラは体勢を整えると

「ランファさんは部屋か……。落ち着いてからにした方がいいですね。」

 そういって、クーラはその場を去った。ジルコとタクトの喧嘩を調停しようとしていた時の顔のケガもこれだ。

 

 以上、クーラの回想シーンだ。

「……まあいい……。」

 ジルコはイヤラシイ笑みを崩さない。

「クーラが何をしたかなんてどうでもいい話よ。」

「それより、マーリン中尉。話を続けようじゃないか。クーラの奴がいる事情はわかった。」

 ジルコはアクアと話がしたいのだ。自分にとって大事な情報であれば、クーラから話してくるはずである。そうじゃないのなら、自分には何の利益にもならない話だろう。ジルコの冷静すぎる思考はそう判断したのだ。事情を知るアクアの様子からもクーラが何か自分に関係あることを隠しているという様子はうかがえない。ちなみに、アクアを苗字で呼んだのは、部外者のクーラが来たからだ。

「ええ、そうしましょう。……まだ肝心な事も言ってないし。」

「肝心な事?」

「……ミルフィーのことよ。」

 アクアはやや語気を強めた。

「……運だけ女の話か……。……どうしてもそんな話がしたいか?」

 ジルコは表情には表さないが、明らかに嫌そうな口調になっている。

「ええ、これはロマネティ副司令に聞かせないといけないんですもの。」

 そう、アクアはこの話を切り出したかったために、ジルコが歌って欲しいという歌を提供したのだ。会話を円滑に進めるために。

「わかった……。聞くとしよう。」

 ウンザリといった表情をするジルコ。

「わかりました。……ロマネティ副司令、実はあたし達、ロマネティ副司令がマイヤーズ司令達と決闘の事後処理をした後に集まったんですよ。」

 決闘の事後処理―――要は、ジルコがタクトに殴られるビデオを用いてタクトを逆に脅迫した部分の事だ。

「もしかして桜葉が何か暗殺計画でも企んでいたのか?」

 ジルコは鼻で笑った。もちろん、ミルフィーに自分の暗殺なんかできるわけがないという余裕の笑いだ。

「違いますよ!ミルフィー、こう言ってたんです。『ロマネティ副司令に嫌われるような事をした私が悪い』って。」

 アクアが少し大きな声で言った。

「ほう、あの桜葉がそんな事を……。」

「はい、そう言ってました。」

「……ふむ、あの左脳が入ってないとしか思えない桜葉でもまともにものを考える力がわずかにはあったのだな……。興味深い。」

 ジルコの関心を買ったようだ。

「まあ、本心からそんな事を思いついたとすればだがな。」

 しかし、ジルコ・ロマネティの思考では素直に信じるしかない。

「ちょっと待って下さい。私かあの子が嘘をついたとでも言うんですか?」

 アクアもこの発言には戸惑わずにいられない。

「しかし、君はともかく桜葉が嘘をついたという可能性も否定できまい。」

 ジルコは笑いながら返す。

「いいえ、あの子は嘘をついてません。ううん、あの子は嘘や隠し事ができない子なの。」

 アクアがきっぱりと否定する。

「なぜそう言える?」

「彼女と付き合ってみればわかります。そういう子なんです。」

 アクアの言う事は真実だ。だが、理論的には根拠もない。

「そういう演技している可能性もある。」

 ジルコはあっさりと否定する。

「ロマネティ副司令。ちょっといいですか?」

 クーラが口をはさむ。

「なんだ?」

 ジルコはクーラをみる。

「今のあなたの発言には矛盾があります。」

 クーラが指摘する。

「というと?」

 クーラは

「簡単な事です。『ものをまともに考える力がなきに等しい人間』が、そんな狡猾な演技なんてできますか?」

 これは正論だ。

「そうですよ、ロマネティ副司令。」

 クーラの冷静すぎるくらい冷静な指摘に、アクアもうなずいている。

「言われてみるとそうだな……。」

 ジルコはうなずいた。

「せめて、アクアが嘘をついたという論点ではどうかと?」

 クーラがニヤリと笑う。

「ちょ、ちょっと。クーラ。余計なこと言わないでよ。」

 アクアが口を尖らせる。

「別に私はアクアの味方をしたわけではなく、正しい方向に話を持っていきたかっただけですよ。」

 クーラが冷静に返事する。

「……なるほど。……だが、その方向に持っていくのは非効率的だ。」

 ジルコがニヤリと笑う。

「それはどうして?」

 クーラが首をかしげる。

「それはな、桜葉ならいくら傷つけてもマイヤーズ司令がいればどうということはないが、アクアはそうはいかんのだよ。」

「「?」」

 ジルコの説明に、二人は納得いかない表情だった。

「説明しよう。桜葉には、マイヤーズ司令という女の趣味は最悪だが、心の支えとなる人間がいる。」

 ジルコが淡々と説明を始める。

「マイヤーズ司令は桜葉の扱い方がうまい。だから、いくら心を傷つけてもあの人がいればなんと言う事はない。持ち直せるのだ。」

 なんとも非情な発言だ。

「それに、調子に乗っている桜葉にもいい薬にもなろう。世の中、貴様の思い通りになど行かないことにな。クックックック。」

 最後には笑っていた。

「……ねえ、ロマネティ副司令。怒りますよ……。」

 アクアが明らかに怒りの表情を浮かべる。クーラもこの最後の発言には頭を抱えてしまった。

「なぜだ、最終的には桜葉のためにもなろう。」

 ジルコは冷静に返す。

「ミルフィーがそんなに傷ついて、他の人達が気にしないとでも思うんですか?あたしだって、気になります。あなたはあたしまで傷つけた事になるんですよ!」

 アクアは語気を強めた。

「元はといえば、頼みもせんのに向こうが勝手にちょっかいをかけてきたのが悪い。それに、そんなことは本人しだいで気にならなくなるように努力できるだろ。」

 ジルコはここでも冷静に返す。

「気にするなですって?じゃあ、ロマネティ副司令は例えば仮にあたしがクーラの発言で傷ついても気にならないんですか?あたしに同情もしてくださらないんですか?」

 アクアは早口になっていた。

「ちょっと待ってください。何で私なんですか?」

 クーラの発言は見事に無視された。

「む……。……状況にもよるが、君のことが気にはなるなあ。」

 当然、ジルコはそう言わざるを得なかった。そりゃそうだろう、ファンならお気に入りのアイドルがそんな目に遭っていれば、その元凶を許せないに決まっている。

「ですよね、あたしに同情くらいはしてくれますよね。」

 アクアにわずかに笑顔が戻った。

「それはそうだ。だが、今回の件はどう考えても桜葉達に非がある。私は被害者なんだ。」

 ジルコは反論する。自分が何をしたかなんて考えてない。いや、あのくらいは見せしめとしては甘いとさえ思っているほどだ。

「……確かに元をたどればエンジェル隊の人達にもデリカシーのない行為はあります。神経質なあなたには耐え難いものがあったでしょう。」

 アクアは、ジルコの言いたい事は理解しているのでジルコの意見にも一応の理解は示す。

「でも、だからと言って、いくらでも傷つけていいなんて言い方はひどすぎます。タクトさんがフォローしてくれたから良かったけど、もし、タクトさんが失敗したらどうするつもりなんですか……。」

 アクアはジルコをまっすぐ見据えた。

「そこがマイヤーズ司令のお力だ。そのくらいの事が造作でもないから、『英雄』になれたのだろ。事務仕事は、レスター・クールダラスが中心になっていたというではないか。」

 ジルコは相変わらずだ。続けて

「落ち着け、アクア。私に必要なのは、事務仕事と兵器開発だ。決して、エンジェル隊との交流ではない。司令に加えて、3人も副司令がいるのだから、それぞれの苦手分野などしなくても事足りるはずだ。それだけ手厚くなっているのだ。」

 そう、今や皇国軍の要となったエンジェル隊や『白き月』をまとめる司令官を補佐する副官が一人と言うのがおかしいのだ。最も、レスター・クールダラスが外れたのは単なる権力抗争と、作者の都合だろうが……。

「わかったろ。……まあ、私が君と交流しようとしているのは、個人的な事であるが……。」

 ジルコは、そう言って締める。

「別に、アクアとの交流が個人的だなんて言わなくても……。」

 クーラが横槍をはさむ。

「いや、事実は素直に認める必要もある。そうじゃなければ、真実を言っても、説得力がなかろう。まあ……、それならアクアに強制できるものではないがな……。」

 ジルコがやや苦い表情で言う。

「私は、そちらの方は別にかまいませんよ。……でも、私も個人的には他の人達とも仲良くして欲しいなあと思います。」

 アクアがちらっとジルコの方を見る。

「それが彼にできるかというとねえ……。」

 クーラも首をすくめる。

「それは、できるなんて思ってないわよ。ロマネティ副司令にとってみれば自分がする必要ないって結論が出てしまってるし……。」

 アクアも同じポーズをとる。

「正論なのだからそれでいい。」

 ジルコは一人でうなずく。

「せめて、努力するフリでもしたら、アクアも感心したフリをして、思わせぶりな行動をとって、色目を使って誘惑するフリをしてくれるかもしれないのに……。」

 クーラが笑いながら言う。それはそうと、全部フリか……。

「ロマネティ副司令、今のはクーラのたわ言ですからね。」

 アクアが怒りの表情でいう。

「こいつにも困ったもんだ……。まあ、奴らと仲良くする以外の頼みならわりと聞けるがな……。」

 ジルコはあきれたように言う。

「欲しいものならある程度のものは買う事はできるぞ。ブランドのバッグでも、宝石でも、ベンツでも……。そういう品物のリクエストはないか?アクア。なお、クーラは自分で買え。わかったな。」

 ジルコが人のために散財するのが生まれて初めてなのは言うまでもない。

「あなたが人のために散財しようとするなんて……。きっと明日は天変地異が……。」

 クーラが茶々を入れる。まあ、驚くのは無理もないが。

「ふん。……私は出すべきところに出すだけだ。……おっと、それを桜葉たちに使うのはいいが、それを『ジルコ・ロマネティからのプレゼント』というのだけは勘弁してくれよ。あいつらを付け上がらせるのだけは我慢ならん。」

 ジルコの抜け目のなさは相変わらずだ。

「え、……そんなことはしませんよ。」

(そんなありきたりすぎる手段、誰が使うもんですか。)

「私は、あなたへの好意は受け取っておきます。ファンの人は大事にしないとね……。……でも、今は無理でも彼女たちと仲良くするように努力しようとしてくれたらすごく嬉しいです。」

 アクアはアイドルの必殺技(?)の一つ、うるんだ上目遣いでジルコを見る。多少は演技がかっているが、彼女の本心でもあるためか、ジルコのハートをきっちりキャッチしてしまった。ファンとはアイドルのそういう姿勢には極端に弱いものである。たとえ、それがどこまでも冷徹な人間であっても。

「う、うむ……。」

 ジルコもこれにはうなずかざるを得ない。

「ほう。……しかし、アクア。それを成し遂げた場合のごほうびはないんですか?」

 クーラがからかうように言う。

「え……。そうね……。」

 アクアが悩んだその時だった。

ハラリ

 アクアの水着の上が取れた。

「!?……キャッ。」

 トップレス状態になったことに気づいたアクアは慌てて胸を隠した。

「あ……。」

 ジルコもこの状況には戸惑うばかりだ。

「そして、もう一発。」

 クーラは後ろからアクアを押した。ご都合主義というものは怖い。ジルコの顔にアクアの胸が覆いかぶさるのだ。

「むぐ……。」

「いやあーーーーー!!」

 アクアは大声を上げてしまった。

 そのすきにクーラはアクアの水着の上の部分を投げて逃げ出す。

「おい!……くっ。」

 いつもは俊足のジルコも、体勢的に不利な状態と、アクアの胸に触ってしまったことによる興奮と戸惑いのおかげで、まんまと逃げられた。

(さっきのお返しですよ。アクアも私を利用した罰という事で……。)

 クーラは後ろ暗い笑顔を浮かべた。根に持つタイプだったのだ。

(……まあ、あの状況からならうまくやれば一気に近づけるでしょうがね……。)

 アクアとジルコが接近できる事を期待もしていたようだ。

 

「ちっ、逃げられたか。……あ、アクア……。これ……。」

 ジルコは、これまた見ている人が次の日に天変地異でも起きるんじゃないかと思うほど珍しく弱気な言葉遣いで、アクアに水着の上の部分を渡す。

「……は、はい……。」

 アクアは顔を赤くしながら後ろを向く。そして、つけ終わると

「……すまない。」

 ジルコは頭を下げた。

「え?」

 アクアは目を丸くしてしまった。

「こんなことになってしまって……。」

 ジルコはばつが悪そうに目を伏せる。

「え、ロマネティ副司令。あなたが悪いんじゃないんですからよして下さい。ね。」

 アクアも必死になって促す。

「いや、結果としてとはいえ、触ってしまったのは……。」

 ジルコは首を振りながら否定する。淡々とした言い方ではあるが、どこか申しわけなさそうな口調だ。照れのせいもあるのだろう。表情からはうかがえないが。

「……気にする事はないですよ……。」

(全く、クーラったら。あたし達への恨みを晴らすためにここまでやるなんて……。)

 アクアは心の中で怒りを浮かべながらジルコを弁護する。

「……しかし……。」

 論理上はアクアの言うとおりだし、自分の気がすまなかろうがどうだろうが、アクアがいいと言っている以上はそれでいいのだ。しかし、今のジルコは彼の人生では滅多にないほど理論でものを考えられない状態なのだ。

「……もしかして……、怒らずにきいてくれよ。」

 ジルコは立ち上がって、なだめるように言う。

「何ですか?」

 アクアも立ち上がる。

「実は……見られたかったとか?」

 今のジルコは見事に壊れていた。過剰な理性型はこういう時には頭が働かない。

「え、……やだ、ロマネティ副司令ったら。悪い冗談を。」

 アクアが笑いながら言う。さすがに本気で言ったとは思えないのだろう。だから、こうして乗ってやった。

「あ、……うん。……そ、そう。冗談だ。」

 状況を察したのか、ジルコは慌てながら言う。本当は本気だったのだが……。

「もう、それってセクハラなんですよ。気をつけて下さいね。」

 アクアはやんわりとたしなめた。

「……ああ、そうだな。すまん。」

 ジルコはさっきの勘違いのせいか余計にばつが悪そうにする。

「謝るのも、終わりにしましょ。見られたことはなしにできませんし、……ちょっとしたハプニングということで……。」

「……。」

 アクアがそう言うと、ジルコは無言でうなずいた。

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

 ようやっと、ジルコもまともに戻ったようだ。

「ロマネティ副司令。水着とかありませんか?」

 突然、アクアが上目遣いにたずねてくる。二人の身長上、立ち上がるとそうならざるを得ないが……。

「水着か?水着はないが、上半身さえ脱げば泳ぐのに支障はない。」

 ジルコが答えた。

「せっかくですし、一緒に泳ぎませんか?」

 アクアからの水上デートのお誘いという状況になっている。

「いいだろう……。だが、その前に……。」

 ジルコは振り向くと、何かを投げた。

ボフッ

「ゲホッ、ゴホッ。」

 せきこむ声がする。

「目障りなんで、出て行ってもらおうか。そこの二人組。」

 ジルコが言うと、そこにはトパーとクーラがいた。

「うう、ずいぶんきつい事を……。」

 クーラが文句を言う。

「メスを刺して欲しいか?」

 ジルコはサラッと言った。

「そんなに淡々と言わなくても……。」

 クーラは苦笑いを浮かべる。

「せっかくお前らを見守ってやってんのに……。」

 トパーの言い訳だ。

「見守るような優しい気持ちがあるなら、こっちが集中できる環境を整えてやるのが筋じゃないのか?」

 ジルコの論理的な口調の勝ちだ。

「この場を去りましょう。」

 クーラはそういって、トパーとともに去っていった。

「全く、こいつが出てこなければ進展もなかったくせに……。」

 トパーがぼやく。そう、アクアは家庭の事情で親戚中たらいまわしにされていたのを、クーラの実家、アプゾリューザイト家で拾われた過去があるのだ。だから、この二人が進展がない時は、クーラが何とかするつもりだった。ついでに、クーラは仕返しも果たした。

 

 

 邪魔者が去った後は二人の時間だ。

「さ、行きましょう。」

 アクアはジルコに笑顔で促す。

「うむ。」

 ジルコもまんざらでもない様子だった。

 そうして、二人で泳ぎ始める。

 その様は、恋人同士みたいだった。

「ファンサービスというのを受けるのもいいな。」

 ジルコは冷静だった。実際に、その通りだからだ。

「そうですね……。」

 アクア側にも、サービスの要素があった。もちろん、それだけではないが。

「しかし、こうして泳ぎ続けていると、一番人気だった『水の舞姫』を思い出すな。」

 『水の舞姫』。トランスバール暦410年に、アクアの出した曲の中でも最大級のヒットで、全宇宙中での売り上げが一億を越えたという。エオニアが追放されて、辺境にいた頃だ。

 それは、まさしくアクアにふさわしい歌詞と、明るく優しげな曲調だった。

「水で歌う舞姫は 今日も静かに祈ってる♪」

 アクアが歌詞を歌いだす。

「世界の平和を 幸せを♪」

 泳ぎながら歌うという器用なマネをする。

「プロモーションDVDもそんな感じだったな。」

 ジルコは思わず微笑んだ。

「ウフフフ。そうね。」

 ジルコに応えるように、アクアも微笑んだ。

 そうして、歌いながら水のデートを続ける。

 

 

「楽しかったです。」

 アクアが笑顔で迎える。

「こちらこそ。今日はありがとう。」

 冷たくて横柄なジルコも珍しく人に感謝の言葉を述べる。

「……マイヤーズ司令とエンジェル隊の連中がいなければ次の約束がとりつけられるが……。」

 ジルコはとたんに暗い表情になった。

「ロマネティ副司令。……研究のため、ご自分で生物の観察をしたいからとか言って、貸し切ればいいじゃないですか。……私もこっそり入ればいいんですから。」

 アクアが適切なアドバイスを送る。

「今日は、クーラの力を借りてしまいましたが……。……昔、私、両親が病死して、親戚中をたらいまわしにされていたところをクーラの実家に拾われたので、ちょっと様子を見たいと頼まれると断れなくて……。だからせめて、クーラの名前で貸し切らせてもらったんですよ。」

 アクアの身の上話だ。

「そうだったな……。まあ、奴なら口を割るまい。割ったらどうなるかわかっているはずだしな……。それに、マイヤーズ司令とのイザコザの件では、手を組んだ仲だしな。」

 そう、クーラは、ジルコの思い通りにさせるため、こっそり鍵を開けて、タクトがジルコを殴る様をこっそり写して、そのビデオをジルコに渡したのだ。彼としては、もめごと自体はどうでもいいのだが、自分が巻き込まれるのだけは嫌なのだ。

「なるほど。」

 アクアはやっぱりと思った。クーラは昔からどこか臆病なところがあった。そこが、彼の頭脳明晰さとつながっているのだが。

「最後に、ロマネティ副司令。」

 アクアは名残惜しそうな表情をする。演技かどうかはご想像に任せる。

「どうした。」

 こちらも同じように名残惜しそうにする。これは演技じゃないだろうが……。

「もう少し、みんなの前でも穏やかになれば、きっと何とかなりますよ。」

 アクアはにっこり笑う。

「奴らが私を苛立たせるのだよ。」

 ジルコはニヤッと笑う。

 そういうや否や、アクアは両手で水をすくった。

「かけるのは勘弁してくれよ。」

 ジルコは淡々とした調子で言う。

「見て欲しいんです、この水を。」

 アクアは優しく流れる水のように言う。

「水を?」

 ジルコはそう言って、水を凝視する。

「水って、不思議だと思いませんか?」

 アクアは突然、ひょんな事を言う。

「ん?」

 論理の支配する頭脳は当然ついていけない。

「冷たくて、透明で、柔らかで、でも優しくて。」

 アクアは水の性質について語りだした。続けて

「水は、時には冷たくてそっけないけど、でも、誰でも受け入れます。柔らかく、包むように。そして、水は生き物に欠かせないものです。」

 と言った。

「そうだな。」

 ジルコは相づちを打つが、余計な事は言わない。

「私、水って理想的な人間の心みたいだと思うんです。冷たさにも感じ取れる厳しさと、他人を素直に受け入れる柔らかさ。純粋な透明さ。そして、それらの根本となる生き物を支える優しさ。」

 アクアは真剣に、純粋に語る。彼女の今の心こそが水の状態なのかもしれない。

「ふむ。」

 ジルコは、詩的な表現は非常に苦手だが、それでも一生懸命に聞こうとする。

「ロマネティ副司令も、水をそういう風に見ていければ、いつか……。」

 アクアはそこで、水からジルコに視点を写した。

「そうか……。」

 ジルコは何とも言えなかった。

「今すぐには無理でも、目標を持って努力すればできます。あせらず、休まずに……。」

 アクアはそこで笑顔を向ける。

「……。」

 そうは言っても、彼にはきついように思えた。

「無理はしなくてかまいません。相性と言うのはありますし。努力する事が大事なんです。不可能ということもありますが。」

 アクアはジルコが絶望感に襲われないように優しく言う。

「まあ、やってみるよ。」

 ジルコはとりあえず返事した。やってみようという気が少しは湧いたからだ。

「ええ。がんばって。」

 アクアが激励の言葉を送る。

 

 夜のクジラルームは友達以上、恋人未満の二人の男女を優しく見守っている。優しいさざ波をバックミュージックとして。水が舞い、砂が静かにたたずんでいた。

 

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 後書き

 まずは、ここまで長ったらしい文章を読んでくださったみなさん、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

 ほのラブという感じのSS……ですね。アクアの自己紹介も兼ねて書いたから相当長いですね。ここで、アクアのパートナーであるジルコ・ロマネティについて軽く紹介します。

ジルコ.ロマネティ 

年齢:22(トランスバール暦413年)、身長:183cm、誕生日:9月9日(おとめ座) 、血液型:A型

 性格は、基本的に冷徹で神経質。しかし、アイドルマニアという設定が……。

 レスターの代わりにトランスバール皇国近衛軍衛星防衛艦隊兼エルシオール筆頭副司令となる。皇国軍での階級は准将である。

彼は、より効率的で強い兵器を作るために、『白き月』への赴任を自ら志願した。今の皇国や月の聖母のやり方を反対しており、皇国軍でもタカ派に属している。

イメージ声優:速水奨