恋の病

 

「よーし、今日の訓練はここまで。」

 エンジェル隊のリーダーのフォルテが、エンジェル隊の宇宙戦闘訓練の終了をさせた。それから、10分ほどして・・・。

「皆さん、お疲れ様でした〜。」

 ミルフィーは、はつらつとした声とともに、おやつを運んできた。そこにはエンジェル隊と、新しく編成されたコスモ・エッジ隊という部隊の面々がいた。

「今日のおやつはプチフールとハーブティーですよ〜。」

「僕も手伝いましたよ。」

 ミルフィーと一緒におやつを運んできた赤毛のソバージュヘアー男―――コスモ・エッジ隊の隊員の一人、ルビナスが口をはさんだ。

「いつも悪いねえ、ミルフィー。」

「えへへ。ルビナスさんも立派に手伝ってくれたんですよ。」

「ルビナスがねえ・・・。意外だよ。」

「なぜ、僕にはそんな言葉が・・・。」

 しばし、エンジェル隊とコスモ・エッジ隊のお茶会が進められた。

「あれ、そういえばヴァニラがいないな。」

 茶髪の男―――トパー・バーンシュタインが言った。年はフォルテよりやや下だが、貴族出身のため、身分は中佐で、エンジェル隊とコスモ・エッジ隊の隊長を勤めている。普段はいいかげんな男だが、隊員への心配を忘れないなどいい所もある。

 「そう言えば、いませんねえ。どうしたんでしょう?」

 ミルフィーも心配そうに言った。

「きっと、部屋かクジラルームにいらっしゃるのでしょう。」

 ミントは淡々と言った。

「じゃあ、入れ直してヴァニラさんのところに行きましょう。」

 ミルフィーはそう言うと、またキッチンへ戻った。なぜか、1セットじゃなかった。しばらくすると、新たにケーキとお茶をミルフィーではなく、ルビナスが運んでいた。そして、ヴァニラの部屋へついた。

「ヴァニラ、いる〜?」

 ミルフィーが声をかけたが、返事はなかった。

「あれ〜、ヴァニラはクジラルームかなあ?」

 そして、クジラルームへ行ってみる。

「クロミエさん、ヴァニラは来ていませんか?」

「いえ、ヴァニラさんは来ていませんが・・・。」

 そこにもヴァニラはいないようだった。

 

 その頃、ヴァニラは「ハーベスター」の清掃をしていた。黙々と・・・。ただ、ヴァニラに疲れが見える。しばらくたって、やっと終わったようだ。訓練が終わってから1時間が経過する。ようやく、ヴァニラは「ハーベスター」を後にする。そして、今度はクジラルームへ来た。クジラルームの動物たちの世話をしに行った。

「あ、ヴァニラさん。さっき、ミルフィーさんたちが探していましたよ。」

 クロミエの明るい声に、ヴァニラが振り返る。きりのいいところで手を止め、今度はミルフィーたちのところへ行ってみる。

 ヴァニラがミルフィー達のいる部屋に到着した。

「あ、ヴァニラ。探したよ。」

 ミルフィーが笑顔で声をかける。

「・・・、ご心配、おかけしました・・・。」

 ヴァニラが答える。やはり、少し疲れているみたいだ。

「なあ・・・、ヴァニラ。少し疲れているように見えるけど・・・。」

 トパーがいつになく、心配そうにヴァニラを見つめる。

「いえ・・・。」

 ただ、顔色はそんなに良くない。足元もふらついているようだ。

「とりあえず、ヴァニラ。ケーラ先生に見てもらいなよ。」

 フォルテに促され、ヴァニラはトパー、フォルテとともに医療室へ・・・。

 

 そして、しばらく診察してもらうと・・・。

「ヴァニラ・・・、あなた疲れているんじゃないの・・・。寝不足の症状も出ているし・・・。」

 女医のケーラもすごく心配している。ヴァニラはエンジェル隊の隊員であるから心配するのは当然なのだが、時々手伝いにも来てくれたりする事があるので、隊員の中でもケーラは一番気にかけていたのだ。

「いったい、どんな生活していたの?」

 ヴァニラが答えると、ケーラが呆れたようだ。

 なんと、ヴァニラはパイロットの訓練の他、医務室の世話、動物の手伝いをやっているのだ。それだけでなく、サフィエルやルビナスの紋章機の掃除までやらされていた。それを聞いたトパーとフォルテも呆れた。そして、サフィエルやルビナスを呼ぶ事にした。

 

「どうしたんですか、中佐?」

 突然呼ばれて驚いているサフィエルが問いた。

「お前ら、最近自分たちの紋章機の掃除をヴァニラにやらせているそうだな。」

「はい、それで・・・?」

 トパーに聞かれて、さも当然のように答えるルビナス。

「あんたたちねえ、なんでヴァニラに自分たちの紋章機の掃除までさせてるんだよ?」

「ちょっと頼んだらやってくれたんですよ。それで・・・。」

 フォルテのちと怖い尋ね方に少し怯えながらもルビナスは答えた。

「実はね、ヴァニラが過労気味なのよ。ところで、トパー隊長、今日の訓練とかおかしなところはなかったの?」

「えっと・・・、どうだっけ?フォルテさん。」

 本当に頼りない隊長だ。ケーラもフォルテもため息をついた。

「隊長ならもっと訓練をしっかりみていてくれないと困るよ。ヴァニラは確かにちょっと調子が悪そうだったよ。」

「あんなにきちんと動いているように見えるのになあ・・・。」

「それにしても、ヴァニラは過労気味だったのか・・・。気づかなかった。ヴァニラに紋章機の掃除はやらせないようにしないとなあ・・・。」

 サフィエルが答えた。さらに

「掃除するロボットでも購入しないとなあ・・・。金がかかる・・・。」

 サフィエルはヴァニラじゃなくて、自分の心配をしていた。

「というか、嫌だったら嫌って言ってくれればいいんですよ。黙ってやるからこんなになるんです。」

「お前、その言い方はないだろう!」

 ルビナスの小馬鹿にしたような言い方にトパーもかちんときたようだ。

「だって、そうじゃないですか。この人が能面のような冷たい顔をして、全くしゃべらないおかげで、

この人の考えていることってまったく理解できないじゃないですか。こんな機械みたいな人と付き合う私だって困りますよ。」

「このやろう!!」

「まあまあ、抑えて抑えて。」

 トパーがルビナスに殴りかかろうとしたのをフォルテが止める。ルビナスがホッとした。

「こいつにはあんたのヘナヘナパンチより、あたしのパンチのほうが良く聞くのさ。」

ゴッ!

 フォルテの右ストレートがルビナスの右ほほに命中し、ルビナスはひっくり返った。それをみたサフィエルがルビナスを心配して駆け寄る。

「よくも言ってくれたねえ。」

 フォルテの声に、サフィエルもルビナスも怖気づいたようだ。

「一生懸命に働いているヴァニラに向かって、そんな言い方する資格があんたにあるとでも思ってんのかい!」

 フォルテは冷静に言ったが、サフィエルやルビナス、特にルビナスには効果があまりないようだった。

(何で僕が殴られなければいけないんだ?間違っていないのに・・・。)

 ルビナスの表情には、全く反省の色がなかった。

「ちょ、ちょっと。シュトーレン中尉。」

 ケーラが、フォルテとルビナスの間に入る。その間もフォルテとルビナスのにらみ合いは続いた。このにらみ合いを見て、サフィエルも呆れたようだった。

(こりゃ、長引きそうだなあ・・・。何とかして早めに切り上げさせないと・・・。)

 ルビナスとフォルテの性格を知っているサフィエルならではの感想だった。ルビナスなら表面上は取り繕って切り抜けようとするだろう。しかし、フォルテの鋭い観察眼はルビナスの本心を見抜き、そう簡単には逃さないだろう。さらに悪いことに、この二人は性格的にも水と油だ。お互いを理解できるとは言いがたい。

「すいません、中佐。」

「どうした、サフィエル?」

「実は、俺たち二人に急用があったのを思い出しました。それで失礼させていただきます。さ、行くぞ、ルビナス。」

「ちょ、ちょっと待て。話はまだ終わってないぞ。」

「シュトーレン中尉の話を聞いている暇はないの。ヴァニラ、もう俺たちの紋章機の掃除はしなくていいぞ。悪かったな、じゃ。」

「じゃあな、がんばれよ。」

「お、おい・・・。」

 サフィエルは強引に引き上げていった。もちろん、ルビナスの首根っこをつかんで・・・。

(仕方がないよな・・・。)

 トパーもサフィエルの意図がわかっているだけに引き上げさせた。トパーとしてもここでルビナス達を説得するよりもヴァニラを安静にしてやりたかった。

「まあ、気持ちはわかるけどあいつらを説得させようとするのは不毛だぜ。こういっては何だけど、あの二人とフォルテさんはあまりにものの考え方が違いすぎるし・・・。あいつらよりも、ヴァニラのことを考えてやろうよ。ねっ。」

 フォルテは納得できないようだったが、引き下がった。

 ヴァニラが目を覚ますまで、トパーとフォルテは見守っていた。

「・・・・・。」

「お、ヴァニラ。目を覚ましたようだね。」

「大丈夫か?」

 フォルテは静かに笑い、トパーは満面の笑みを浮かべていた。

「・・・はい・・・。」

「それは良かったよ。」

 フォルテの返事はどこかそっけなかった。

「フォルテ、ちょっと冷たいんじゃないか?」

「そう思うかい。」

「なんか、その言い方は引っかかるなあ・・・。」

 もちろん、フォルテだって本当になんとも思わないわけではない。これがフォルテ流の優しさなのだ。とはいえ、トパーには理解しがたいものなのだが・・・。

 ヴァニラもどこか心配そうに2人のやり取りを見ている。とはいってもナノマシンペットの反応である。

 トパーがヴァニラの方に向き直って

「なあ、ヴァニラ。働き者なのはいいけど、もう少し休んでもいいんじゃないか?俺が言うのもなんだけどな。」

「・・・・・。」

 ヴァニラがまったく反応を変えないのを見て、ちと困惑した。

「ヴァニラ、あんたは確か神を信じていたよな。」

「・・・はい・・・。」

 フォルテに突然、話を切り替えられてトパーはさらに困惑した。

「あたしには、あんたの信じる神さまがあんたに向かって、もう少しゆとりを持てといっているように思うんだ。少なくとも、他人の分まで働くなというおぼしめしだと思う。そうじゃないと、あんたが人の働く分まで奪ってしまうことになりかねないからねえ。」

「・・・はい・・・。」

(なるほど・・・。そういう手があったか・・・。しかし、俺もヴァニラと仲良くする機会は逃さないぞ。)

「それと、もう一つ。」

「・・・・?」

 トパーが割り込んできた。

「もうすこし、みんなに話しかけて見てくれないかなあ?コスモ・エッジ隊の連中は確かにあまりいい性格じゃない奴らが多いけど、普通に話し掛ければそれなりに返事は返ってくると思うよ。まさか、エメードみたいな人間嫌いってわけじゃないよね。ハハハ。」

「いえ、別に・・・嫌いなわけではありません。」

「じゃあ、何で・・・。」

「それは・・・、私がナノマシーン使いとしては未熟だからです。」

「というと?」

「まだ、感情が乱れるとナノマシーンをコントロールできなくて・・・。」

 やっと、トパーの納得のいく解答が帰ってきた。

(そうか・・・。でも・・・。)

「まだそんなにガムシャラになる必要はないと思うよ。まだ若いんだし・・・。それに、無理しすぎるとかえって、機会を失って伸びなくなるかも・・・。今回体調が悪くなったのはそうならないようにという神さまのおぼしめしなのかもしれないよ・・・。」

 後半部分は少し、弱気になっている。

「・・・・・。」

「とりあえず、明日までゆっくり休んだほうがいいよ。ね、フォルテさん。」

「へえ、あんたも珍しくいい事言うじゃないかい。」

「たまにって何だよ。俺も一応上官なんだぞ。」

「それならもう少し上官らしくしてほしいもんだよ。」

「それもそうだな。」

 またもフォルテは呆れたようだった。

「!?」

 ヴァニラが声にならない声をあげた。

「ど、どうしたんだい、ヴァニラ?」

 フォルテが珍しく心配そうに声をあげた。

「・・・あ、あの・・・・。」

「うん?」

「さっきの・・・中佐と中尉のやりとりを聞いていたら・・・ちょっと・・・おかしかったので・・・。」

 上のつまらない漫才もどきのことなのだろう。

「ああ、なんだそれか。アハハハ。」

「そういう時はね、ヴァニラ、笑ってみればいいんだよ。」

 トパーがささやいた。

「・・・笑う・・・表情ですか・・・。」

「待て待て、トパー。・・・それはね、やめた方がいい。」

「何でだよ!?」

「・・・それを前にタクトがやったら、ヴァニラがすごく困った顔をして、セクハラしている気分になるって言ってたよ。」

「困ったヴァニラの顔か・・・。見てみたい気もするなあ・・・。」

「コラコラ。本当に困った隊長だ・・・。」

「さあ、そろそろヴァニラを寝かせたいから、2人とも出て行って。」

 ケーラが、この場を締めた。

 

 2日後の朝、ヴァニラは完全に回復したようだった。

「・・・ご迷惑を・・・おかけしました。」

 ヴァニラが礼儀正しく、頭を下げた。

「いいんだよ、ヴァニラ。エンジェル隊、エッジ隊の隊長ったってすることは何にもないんだから。」

「まあ、閑職だからな・・・。しかも、その若さで・・・。」

 トパーの友人で、近衛軍衛星防衛艦隊副司令となっているジルコ・ロマネティ准将がため息混じりに言った。こんな二人だが、不思議と仲がいい。

「何言ってんだよ、マイヤーズ総司令の友人のクールダラスとか言う男は、優秀で俺より年上なのに、まだ中佐だぞ。」

「お前なあ、いくら優秀でも庶民出身の奴と比べるなよ。」

 そう、トランスバールでは、貴族出身か庶民出身かで出世にも大きく差がある。廃太子エオニアのクーデター鎮圧や、失われたロストテクノロジーを誇る侵略者の集団、ヴァル・ファスクの撃墜で活躍したのは、タクト・マイヤーズとレスター・クールダラスという2人の若い指揮官であったが、タクトは貴族出身のために、平和主義者でボンクラでありながらすでに23の若さで少将になり、一方、レスターは庶民出身のために、優秀でありながら未だに23で中佐どまりだ。レスターの場合は、その性格などが、タクトと違った意味であまり好かれていないのもあるが・・・。

「ま、いいじゃないか。それより、今日から俺はヴァニラの仕事を手伝うことにするよ。」

「お前が?やっぱり女のことになると弱いんだなあ・・・。」

「・・・、女のこと・・・?」

 ヴァニラが、トパーをじっと見た。

「止めろよ、ジルコ。ヴァニラに変な印象を与えるなよ。」

「ま、いいか。ヴァニラを見ていると軍人としての自覚がさっぱりなのが丸見えだからな。手伝いの一人も必要だろう。」

ジルコがヴァニラに嫌味を言った。

「・・・・。」

 ヴァニラは無反応なままだ。

「ジルコ、いい加減にしろよ。ヴァニラ、俺と一緒に手伝うからな。」

「・・・ありがとうございます・・・。」

 ジルコを尻目に、トパーは部屋を出て行った。まずは、訓練の後だった。医務室の荷物運びだ。

「あ、中佐。これをここに運んで頂戴・・・。」

 主に、ケーラの指示で女性には辛いであろう、重い荷物運びをしていた。

「ヒイ・・・。こんな重いものを今まで三人でやっていたわけ?」

「ええ、そうよ。重いのよねえ、それ。」

 ケーラの返答と同時に、ヴァニラもうなずく。

(こりゃきついわ・・・。)

 ケーラ先生とヴァニラは女性、おまけに男であるジルコはひ弱である。いかに重い器具が負担かわかる。

「あれ、トパー。あんた、こんなところでなにやってんのよ?ずいぶん暇なのね。」

 蘭花が現れた。声が多少とげとげしい。

「やあ、蘭花。手伝わないか?お前なら、このでかい荷物も一人で楽勝だろう。」

 それは、器具の中でも最大級のものだった。

「こんなの女の子一人で運べるわけないじゃない。」

 蘭花は、さらに軽蔑したかのような声をあげた。

「お前なあ、怪物並みの筋力で、女の子はないだろう。」

「ちょっと、誰が怪物なのよ!」

 蘭花は頭の錘を投げた。しかし、トパーもさるもの、どこかで見たような体ののけぞりをして、回避した。

「このー、待ちなさい!」

 蘭花はトパーを追いかけ、トパーも自慢の逃げ足で回避。

「ちょっと、二人とも止めてよ。」

「ケーラ先生、だって。」

「元を正せば、お前が俺に向かってカンに触るようなことを言うからいけないんだろう。怪物のように暴れ回りやがって!」

「何よ、あんたみたいな怠け者がいい気になるんじゃないわよ。この閑職男。」

「お前こそ、その暴力癖何とかしろ。いつまでも彼氏できないぞ、怪物!もしかして、彼女か?」

「もうアッタマ来た。許せない。」

 この二人の喧嘩に、いつもは冷静なケーラが怒りを爆発させたようだ。

「ちょっと、いいかげんにしてちょうだい!!ここは医務室なのよ。喧嘩するなら、二人とも出てって頂戴!」

 そして、トパーに向き直ると、

「大佐、今度こういう騒ぎを起こしたら出て行ってもらいますからね!」

 トパーの凹む顔を見て、蘭花がクスリと笑う。

「蘭花もよ。二度と治療してあげませんからね。」

 今度は、トパーがニヤッと笑う。蘭花が悔しそうだ。そして、2人はそっぽ向き、蘭花は出て行った。

「相変わらずだなあ・・・。」

 ジルコが、今日2回目の盛大なため息を交えた一言を言った。

 

 このように、医務室ではトパーは失敗したが、クジラルームでは

「ヴァニラ、プールの掃除は俺がするから、お前は動物の世話でもしていてくれ。」

 そういうと、トパーはモップを持った。

「オラオラオラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 ギネスほどではないものの、多少暑苦しい声とともに、全力疾走で掃除をしていく。ヴァニラと違って、細かくゴシゴシとやらないせいか、早い!

 しかし、それでも結構きれいになっていた。

「結構きれいですね。」

 クロミエが感心したようだ。

「俺の編み出した掃除秘術だからな。」

 別に秘術というほどのものでもないのだが・・・。

 トパーが、ふとヴァニラの方を向くと、ヴァニラが動物の世話をしていた。そして、動物と接しているときのヴァニラの表情は笑っていた。

(か、かわいい〜〜〜。)

 トパーは、ヴァニラの笑顔をチラッとみた。そこに、クロミエがひそひそ声で話す。

「ヴァニラさんって、動物と接している時は、いつもああいうかわいらしい笑顔を向けるんですよ。」

 ヴァニラの笑顔は、口元がかすかにほころび、目も穏やかな状態になっているものだった。そのくらいの笑顔が、ヴァニラには会っている。

(よ〜〜し、撮ってやる!)

 トパーはヴァニラにこっそり近づいた。そして隠しカメラで撮った。その後

「ヴァニラの笑顔、撮っちゃった♪」

 トパーは、最近見つかったロストテクノロジーの一種であるインスタント現像で、ヴァニラの笑顔を現像した。ほんとうにかわいらしかった。

「・・・・・。」

 ヴァニラが、顔を真っ赤にしてすごく困ったような顔をしながら、トパーを追いかける。

「こっちだよ〜、ヴァニラちゃん♪」

 トパーも逃げる。楽しそうだ。

「ねえねえ、ヴァニラ。この笑顔を人に向ける方法がわかったんだけど、聞いてくれないか?」

 トパーは写真を後ろ手に隠しながら言った。

「・・・、何ですか・・・。」

 ヴァニラは後ろに回りこんで写真をとろうとする。しかし、とれない。

「それはな、他人を動物に思い込むことだと思う。例えば、俺はサルだとか、蘭花はメスゴリラだとか・・・。」

 言っていて、トパーは大笑いした。

「・・・、動物に・・・。」

「そう、動物にたとえるといいんだ。あ、でも蘭花の前で『メスゴリラ』とか言うなよ。言いたくなるのはわかるけど。」

「ひどい例えですね。」

 クロミエは思わず苦笑する。

「だって、ほかにいい例えがないんだもん。」

 そうして、日が暮れる。

「いやー、今日はヴァニラといっしょで楽しかったよ。また、一緒に手伝いや掃除をしようぜ。」

「・・・はい・・・。」

 ヴァニラ自身、こんなに遊んだのは久しぶりだ・・・。

「よーし、そこでスマイル。俺は?猿だ。猿をイメージして。」

 トパーとヴァニラはお互いに、お互いの顔をじっと見た。

(・・・猿をイメージ・・・。・・・イメージ・・・。・・・?・・・どうしたんだろう?胸が苦しくなる。顔も赤い。)

「ど、どうしたんだ、ヴァニラ。熱でもあるのか?」

 トパーはヴァニラの額に触れた。ヴァニラのますます顔が赤くなる。

(・・・、だ、だめ・・・。)

 こんなやりとりがしばらく続いた。しかし、ヴァニラはこの病気の正体にいつ気づくのだろうか?この、恋の病に・・・。

 

 こんな調子で、トパーの手伝いの日々を送る。当然、面白くないと思う人間も出てくる。

例えば、こんなシーンがある。

 ランファ、ミント、フォルテ、ちとせの4人が特別待機室に集まっていた。この待機室には、紋章機のパイロットか、司令官しかこられない。

「まったく頭にきちゃうわ!」

「どうしたんですの、ランファさん?」

「あいつよ、あのバカ隊長よ!」

「ああ、トパーの事か・・・。確かにバカだな・・・。」

 フォルテが鷹揚にうなずいた。

「そんな、身もふたもないことを・・・。仮にも上司ですよ・・・。」

 ちとせがあせる。

「貴族出身ってだけで、あんな男がアタシ達の上司になれるのが腹立たしいわ!」

 ランファの怒りは激しかった。ランファは貴族に対して少々偏見が強い。それも士官学校時代に、貴族の坊ちゃんに色々嫌味な扱いを受けてきた経験があるからだ。おまけに、庶民出身であるがために出世に遅れをとるということによる嫉妬心もなくはない。ミルフィーと違って、出世欲も強いランファにはたまったものではない。

 だが、理由はもう一つあった。

(あいつ・・・、仕事を何だと思ってんのよ!)

 それはランファの責任感の強い性格にある。トパーの無責任さは、ランファには許せないものなのだろう。この性格のおかげで、なかなかタクトとも仲良くできなかったのだ。

「まあ、アンタの気持ちもわかるけどねえ・・・。」

 フォルテがランファに優しくささやきかけるように返した。

(ランファとトパーか・・・。難しいだろうねえ・・・。)

 タクトは広い心の持ち主であるために、何とかランファと仲良くすることに成功したが、トパーはそんなに広い心の持ち主ではない。とはいえ、そんなにおごり高ぶってないトパーをフォルテはそんなに毛嫌いしていなかった。

「でも、ヴァニラのことを思いやって、あの子が一人でやってきた仕事を手伝うとか、いいところも見てやってもいいんじゃないかなあ。」

「え、隊長って、ヴァニラ先輩の仕事を手伝っていたんですか?」

 ちとせが思わず驚きの声を発した。ミントも驚いているようだった、

「それは・・・。」

 ランファも返す言葉がなかった。紋章機は、パイロットの精神状態で大きく性能が変わる。トパーの行為は、ヴァニラの精神状態に好影響を与えているのは間違いない。

(でも・・・、でも・・・。)

 とはいえ、ランファも素直にはなれなかった。

「あいつを素直に認めるのは、アンタの性格上難しいだろうね。ただ、突っかかるのも程々にしておいた方がいいよ。無駄に仲が悪くなるだけだからね。」

 フォルテの一言で、ランファは完全に沈黙したようだった。

 

 それからしばらくして

「ふい〜〜〜〜、仕事終了。」

 そういって、トパーは特別待機室にやってきた。トパーの他には、タクト、ジルコ、クラウゼル(以下クーラ)、

ミルフィー、ルビナス、ヴァニラが集まっていた。

「お疲れ様です、大佐。」

 ミルフィーの明るい声とともに、お菓子が振舞われた。さっきいた4人に振舞われたのと同じものだ。

「サンキュー!」

「いつも悪いですね、ミルフィーさん。」

 クーラが笑顔で答える。紫の長髪に、紫の眼、真っ白い肌が中性的、いや女性的な印象を与える。

 声は落ち着いた大人の男の声であり、身長も2メートル以上あるので、全体的に女性に見えることはないが・・・。しばらく、ヴァニラを除くこの部屋の住人は談笑をしていたが、トパーが

「そうそう、タクトさん、ジルコ、クーラ、ミルフィー、ルビー。この写真を見ないか?」

 そういって、トパーは一枚の写真を見せた。それは、ヴァニラの笑顔が写っている写真だった。

「これが、ヴァニラさんですか・・・。」

 クーラが驚きの声をあげる。見せられた他の全員も同様の声を上げる。ここで、ヴァニラは例のように、顔を赤らめながら写真をトパーから奪い取ろうとしたのは、いうまでもない。それをかわしてトパーがルビナスに向かって、ニヤリと笑いながら

「どうだ、ルビー。これでもヴァニラは機械か?」

「う・・・。でも、人に向けられないようでは、極度の偏執狂じゃないですか・・・。まともな人間とは言いにくいですよ・・・。」

 ルビナスの返事に、思わずカチンときた。とは言ってもカチンときたのは、ミルフィーだが・・・。

「ルビナスさん、それはひどすぎると思います。」

「あ、あの、ミルフィーさん・・・。怒らないで・・・。」

「待て待て、ミルフィー・・・、そうだ、ヴァニラちゃん。修行の成果を見せてやろうじゃないか・・・。」

 そして、トパーはヴァニラだけに聞こえるような小さな声で囁いた。

「ルビナスは確かクジャクだったよな。ルビナスはしゃべるクジャク・・・。」

 すると、見事なことに、ヴァニラはルビナスにあの写真と同じ、自然な笑顔を見せた。

「・・・・・・・。」

「な、ルビナス。見たろう。」

 ルビナスは唖然とした。

「まあ、トリックがあるんけどな。それは、笑顔を向ける対象を動物だと思い込むことなんだ・・・。

 見ての通り、ヴァニラちゃんは無類の動物好きだ・・・。」

「ちなみに、僕は何の動物に・・・。」

「そりゃあ、お前はクジャクだろう。その、ど派手な服は・・・。」

 ルビナスの服を見ると確かにそうだ。ラメ入りのスーツ、派手な原色のズボン、何より十二単のように見えるコート。軍人というより、派手な芸能人である。

「なるほど・・・。それなら納得。でも、大佐って意外と頭良いんですね。」

「意外って・・・、まあそうだな。」

「お前のその意外と賢い脳みそが少しは仕事に向けばいいのに・・・。」

「いいじゃないか、ジルコ。俺みたいな貴族が少しはいないと、出世競争はますます厳しくなる一方だろう。」

「それはそうですね・・・・。」

 クーラがまたもクスリと笑みをこぼした。

「ハハハ、全くトパーの言う通りだ。」

 タクトまで同調する。それは、タクト自身が今のトパーと同じで出世にあくせくするタイプの人間ではないからだ。

 ここで、レスターがいれば、この連中のやり取りに呆れる人間がもう一人増えるのだが、レスターは別艦隊の副官であるために、呆れるのは堅物なジルコ一人だった。

 そうして談笑していると、ミルフィーが言いにくそうに

「あの・・・、大佐。」

「何かね、ミルフィー君。」

 いきなり重役ぶるトパーだった。

「隊長・・・。」

 ルビナスが思わずずっこけた。

「あの・・・、ランファの事なんですが・・・。」

「え、ランファがどうかしたの?」

「大佐とランファは、仲が悪いそうですね。」

「ランファか・・・。あいつはちょっとね・・・。」

 トパーが顔を曇らせる。

「何かあったようだな。」

 タクトが口を挟む。

「そうだ、タクト司令は、ランファをどうおもいますか?」

「え、ランファか?」

「そうです。あいつを最初見たときに、むかつく女だとは思いませんでしたか?」

 珍しく真剣にたずねるトパーだった。

「え、そうは思わなかったけど・・・。」

 タクトが返す。

「大佐・・・。」

 トパーが珍しく荒れているのを見て、ミルフィーが言葉をなくしたようだ。最初はただランファをからかっているだけだと思ったからだ。

「あなたはランファさんがそれほどお嫌いなのですか?」

 クーラも心配になったのか、口を挟む。

「・・・まあ、ランファはお前にはぶりっ子しているんだろうけどな。」

 トパーが幾分、落ち着いてから返した。そして、続ける。

「あいつは人を見かけだけで決める女だからなあ・・・。しかも、なんか物の言い方がカンにさわるし・・・。」

「確かにそういうところはあるよなあ・・・・。」

 ジルコがうなずいた。ジルコはそこまでひどい扱いを受けなかったものの、トパーとのやりとりを見ていると、正直言ってトパーの気持ちもわかる気がする・・・。

「まあ、落ち着けよ、トパー。お前の気持ちは確かにわかる。」

 タクトがトパーをなだめるように言う。タクトもランファと仲良くするのには時間がかかった。仲良くするにはクーラやレスターのような色男でないと難しい面がある。おまけに、結構責任感が強いところもあり、タクトやトパーのようなオチャラケた人間にとってはいっそうとっつきにくい。

「でもさあ、根気よく付き合っていけば、俺もあいつと仲良くできるんだぜ。確かに、ランファは色男以外にはきついところもあるけど、あれでかわいいところもあるんだぜ。本人は認めたがらないみたいだけど。」

「だから、僕とは割合うまくいくんですね。」

 ルビナスが口を挟む。典型的なナルシストだ。それもあながち間違いでもないのだが・・・。

「まあ、僕は、ミルフィーさんやランファさんとはファッション方面ではけっこう仲良く話しますよ。」

 ルビナスが自慢する。ミルフィーも笑顔でうなずいている。

「ランファさんって、けっこうガードがお固いのでしょうね。」

 クーラが、ルビナス達の自慢話を断ち切るように話を戻した。ルビナスがしょげるが、そんな事はどうでもいい。

「まあ、そうだな。それにランファは貴族に対する反目も大きいからな。やっぱり、貴族出身という理由だけで出世する俺たちが気に入らないというのはあるんだろう。」

 タクトが続けた。

「でも、それをぶつけられる方はすごく嫌なんですよ!あいつはいつもいつも突っかかってくるし・・・。それに、人を見かけだけで決めるのもすごく嫌だし・・・。」

 トパーが激しく反論した。

(理屈ではわかっている事だ。俺自身、美女の方がいいし・・・。しかし、あの態度は許せない。俺も別に何も悪いわけでもないのに・・・。)

「まあ、俺がどうこう言っても仕方ないとは思うんだ。相性ってのはあるだろうし・・・。」

 タクトが優しげに語る。続けて、

「でもな、仲良くしなければ、一生そのまんまだと思う。それでもいいのか・・・?」

 といって、トパーの肩をたたいた。

「どうなんだろう・・・。」

 タクトの一言で、ランファに対するわだかまりは消えたわけではない。しかし、このまま仲良くできないことがいいのかということに疑問が湧いてきた。

「私は、大佐とランファに仲良くして欲しいです・・・。」

 ミルフィーが泣きそうな目で訴えてきた。

「・・・・・・。」

 ヴァニラもじっとトパーを見つめる。ミルフィーと同じ事を訴えるように・・・。

「うっ・・・。」

 トパーが珍しく罪悪感を抱いた。

「ただ、今すぐはむりでしょうね。ここまでこじれてしまうと・・・。」

 クーラが、静かに語った。

 トパーは黙っていたが、

「2人ともそんな顔するなよ。ま、まあいつかは・・・、な。」

 トパーもあまり自信なさそうな返事だった。

 

 それからも、トパーはヴァニラの手伝いを続けた。ここのところ、トパーとランファの喧嘩は目撃しなくなった。

(何だか、近頃落ち着いたなあ・・・。ランファがいないからか・・・。)

 トパーは微妙に淋しげだった。だが、彼にとっては、それよりはるかに重要な事があった。クジラルームで・・・。

「なあ、クロミエ。最近ヴァニラちゃんがおかしいんだ。」

「おかしいといいますと?」

「なんつうか、・・・こう・・・、最近、挨拶しても俺を避けるように・・・。」

「・・・、ああ、その事ですか。心配要りませんよ、バーンシュタイン中佐。」

「?」

「ヴァニラさんは、トパーさんの事が・・・。」

「うんうん。」

「・・・、ここまで言ってもわかりませんか?」

「・・・?」

 トパーはやっぱりバカだった。

 

 その頃、

「・・・・。」

 ヴァニラはボーッとしていた。

「ヴァニラ。」

 フォルテが呼ぶ。ヴァニラはボーッとしたままだ。

「ヴァ・二・ラ。」

 フォルテが少し大声でヴァニラの耳元で呼ぶ。

「・・・、はっ、フォルテさん・・・。」

 ヴァニラは気づいてフォルテの方へ振り向いた。

「どうしたんだい、ボーッとして・・・。」

「いえ・・・。」

 ヴァニラはトパーの事を考えていたのだ。ここのところ、ずっとそうなのだ。エンジェル隊員としての訓練の時は別として、他の仕事を手伝う時は、トパーの事が気にかかり、仕事にならない時があった。だから、最近トパーを避けるようになったのだが、それでも収まらない。

(私は・・・病気・・・?)

 まあ、病気である。恋の病だ。

「あーっ、もしかして、ヴァニラったら恋しちゃったの?」

 ランファが叫んだ。

(恋・・・・。)

「え、ヴァニラさんが恋?信じられん・・・。」

 ルビナスが少し失礼な事を少し大きな声で言った。サフィエルも驚いた様子だ。

「近々、謎の敵が現れそうだ・・・。」

 ジルコは失礼極まりない台詞をはいた。

「で、誰ですか?やっぱりトパーさんですかねえ?」

 ルビナスが遠慮なく言っているうちに、ヴァニラは待機室の外へ無言で走っていった。

「あらら、でも図星だったようですね・・・。」

 ルビナスが待機室の出口を見ていう。

「ん、どうしたんだ?」

 ヴァニラが走っていった直後に、トパーがやってきた。

(ヴァニラがこいつとねえ・・・。)

 ランファはため息をついた。

「・・・?どうなってんの?」

 トパーは首をかしげた。

「何と申し上げたらよろしいのやら・・・。とりあえず、あなたの疑問を解決するのに一番いい方法は、あなたがヴァニラさんに会って、彼女の回答をあせらずにじっくりとお話なさることです。そうすれば、おわかりになるかもしれません。さあ、お行きなさい。」

 クーラはトパーに忠告した。

「え、ああ・・・。」

 そういうと、トパーはヴァニラを探しにいった。

 トパーが出て行った後

「大佐にヴァニラさんの気持ちを伝えた方が良かったでしょうかねえ?」

 ルビナスが尋ねた。

「何言ってんのよ。そんな事したらヴァニラの気持ちはどうなんのよ!」

「ただ、トパーって、ああいう方面には頭が働きそうでいて、働かない人ですからねえ・・・。 ヴァニラさんの性格では、どう考えても告白なさりそうにありませんし・・・。ああいう忠告しか出来ないのがきつい・・・。」

 クーラのぼやきだった。

 

 一方、トパーは、ヴァニラをクジラルームで見つけた。今日残っている仕事は、ヴァニラがやる動物の世話だけだ。それ以外は、トパーがやっておいたのだ。

 ヴァニラは動物たちに、餌をやっている。

「よお、ヴァニラ。」

「・・・。」

「と、逃がさないよ〜だ。」

 そこにクロミエがやってきた。

「あれ、トパーさん、どうしたんですか?」

「おお、クロミエか。ちょっとヴァニラの二人で話したいんで、管理室を貸してくれ。」

「はい、わかりました。」

 クロミエは管理室の鍵を持ってきた。トパーはヴァニラを連れて、クジラルームの管理室に入った。

「すまないな、ヴァニラ。でも、是非答えて欲しい質問があるんだ。」

「はい・・・。」

「最近、君は俺を避けているよな。俺が何か君に悪い事をしたのか・・・。」

 トパーの問いは、いつになく真剣だ。

「・・・いえ・・・。」

 ヴァニラは首を横に振った。

「俺に嫌な事があったら言ってくれ。可能な限りは直すから・・・。」

「・・・いえ、嫌なところなんてありません。」

「それはホッとした。じゃあ、ランファとかにでも言われているのか?俺と会話したらただじゃおかないとか・・・。」

「・・・そんな事もありません・・・。」

「ヴァニラ、そういうことする奴はかばう必要はないんだぞ。いや、むしろそういうイジメをするような奴は排除した方が、ここのみんなのためにもなるよ。」

(やりそうな奴が結構いるからなあ・・・。)

 トパーは、心の中でため息をついた。

「いえ、本当にそんなことは・・・。」

 ヴァニラが答えた。

「じゃあ、そうでもなければなぜ?あ、いや、嫌なら答えなくてもいいんだぞ。」

 トパーは慌てながら言った。しばしの沈黙が流れる。

「大佐・・・。」

「どうした、ヴァニラ・・・。」

 初めてヴァニラから話す。

「私が今まで中佐を避けてきた理由ですが・・・・。」

「うん。」

「・・・、申し訳ありませんが今は申し上げられません。」

「そうか・・・。」

「でも、今までの事は本当です・・・。」

「わかってるよ。」

 そう言って、お開きになった。

(もう少し、時間がかかるかもなあ・・・。)

 トパーは残念そうだった。

 

 その夜、隊長室にて。トパーが珍しく物を考えている。

(俺は、なんでこんなにヴァニラの仕事とかを手伝うんだろう・・・。かわいい女の子だからか・・・?・・・、でも士官学校でも働き者のかわいい女の子がいたけど、手伝おうとは思わなかったし・・・。・・・、ていうか、その子にみんなで仕事押し付けて遊んでたんだよなあ・・・。)

 トパーは筋金入りの怠け者だった。

(じゃあ、何でだろう?もし、あれがミルフィーだったら?ちとせだったら?俺はあんなに積極的に彼女らの仕事を手伝おうとしたんだろうか?・・・、いやおそらく言われればやる程度だろう・・・。そうすると・・・、俺はヴァニラに特別な好意を抱いているという事か・・・。 でもそうなのか・・・?)

 トパーは自分については、それなりに考えられるようだ。

(ヴァニラのあの態度は・・・。・・・・・・、やめた。いずれ本人から何かあるだろう。)

 トパーの限界だった。彼は、自分が恋していることに気づけば、相手に対して積極的に行動する男だからきっと、ヴァニラの想いを見つけられるだろう。気づけばね・・・。

 

 一方、ヴァニラは・・・

(ランファさんたちが言っていた恋・・・。恋・・・。・・・、私は中佐に恋をしている・・・?)

 ヴァニラもまた自分を見つめるのに慣れてない。彼女が恋の意味を知った時にこそ、彼女が忘れた胸の温度を思い出すときなのだろう・・・。

 そのためには気長に育てるのもまた大事なことだ。