「今年も来たわね、この日が」

「はい。気が引き締まる思いです」

「・・・頑張ります」

「なあ、ほんとーにやんのかい?」

「あら、フォルテさんは準備不足で負けてもよろしいんですの?」

 

ひとりひとり考える事は違う。けれど根っこの部分は同じ。5人の戦う少女は意を決し扉を開けた。

 

「はい! それじゃあ始めますよ〜!『ミルフィ〜の、お気楽くっきんぐすくーる!』バレンタイン特別編です〜!」

 

これは、6人の少女達(+α)が己の強き心をお菓子メーカーの策略によって振り回される激闘の記録である。

 

 

Girls Fight

〜男達は男達で男達の挽歌〜

 

 

さながらその場は戦場だった――――

食堂で翌日の仕込みを終えて出て行った女性乗組員(4X)は後に語る。

準備段階ではあったが、女の子達が一生懸命想いをこめてチョコを「作る」様子を

「エンジェル隊からアレをもらえる色男が羨ましいわねえ」

と微笑みながら話していた。

 

戦場なんて生易しい言葉じゃない。あれは地獄絵図だ――――

小腹が空いてつまみ食いをしようと食堂に行った男性乗組員は語る。

既に調理とは言えない、女の子達が一生懸命想いをこめてチョコを「壊す」様子を

「いくら可愛いからって、エンジェル隊からアレだけは貰いたくない」

と青ざめながら話していた。

 

 

「あれ? ミント。砂糖入れた?」

「いえいえミルフィーさん。わたくし特性の人口甘味料を使っておりますのよ」

「あ〜〜っ! ランファ! 鷹の爪は入れちゃ駄目だってぇ!」

「え〜? もういれちゃったんだけど。ピリッとしておいしいと思うんだけどなあ」

「ヴァニラ、そこで牛乳を入れるんだよ」

「…では、健康のためにそれを豆乳で代替します」

「ん〜、いい香りだねえ」

「フォルテさん!? ブランデー一瓶全部入れちゃったんですか!?」

「酒がたっぷりのほうがうまそうだろ?」

「ちとせもチョコレートケーキ?」

「いえ、ケーキに似せたお饅頭なんです。だからこれ、あんこなんですよ」

 

自分の道を突き進む我の強い乙女達は、お菓子作りを教わりに来たことなど忘れ、好き放題だった。

 

「できた〜〜!」

 

天使たちの歓喜の声が深夜の調理場に響き渡る。

 

「あたしとフォルテさんとヴァニラはあとオーブンで焼くだけっと♪」

ミルフィーユが食堂の大型のオーブンを操作して笑う。

大変だったけどみんなでお菓子作りをするのはとっても楽しい。年に一度だけ、だからこそ楽しい。

それでもやっぱり思う。毎月バレンタインがあればいいのに。

 

「タクトさんも喜んでくれるといいな」

心の中でポツリとつぶやいた。

「み、ミルフィーもタクトにあげるの?」

どうも口に出ていたようだ。蘭花に聞かれてしまった。

「『も』と言うことは、ランファさん『も』タクトさんにあげるということですわね?」

「おやおやランファ。道理で気合の入りようが違うと思った」

「ち、違いますよフォルテさん! ただアタシはアイツが一個ももらえないんじゃ寂しいだろうなあと思って慈悲をですねえ!」

真っ赤になって反論する蘭花だが、むきになればなるほど説得力が無くなっていく。

「可愛いですわよ、ランファさん」

「ランファさんの……ツンデレ」

ミント、ヴァニラが追撃を掛ける。

「ちょっとヴァニラ! ツンデレってのはどういうことよ!」

「‥ちょー萌え属性」

「先輩方は? どなたに差し上げるんですか?」

「ナイスちとせ! そ〜よ、人の事よりフォルテさんやミントは誰にあげるのよ!」

蘭花が反撃開始とばかりに話を返す。

「もちろん親愛なる司令官のタクトさんに日ごろの感謝をこめて、に決まってますわ」

「あたしもだよ。男にとってこういうのはステータスの一種だからねえ。たくさんのチョコを綺麗所から貰えばあいつの男も上がるだろ?」

「私も‥タクトさんです」

さらりと言ってしまう3人。それではからかいようが無いではないか。

自分ひとりだけ赤くなって言い訳して。なんだか少し恥ずかしくなった。

 

「ねえ、ちとせは?」

何気なくミルフィーユが口を挟む。その瞬間、ちとせが蒸気を噴いた。

「いえ、あの…」

そうよ! この子がいたじゃない! 蘭花は思わずミルフィーユに感謝した。この子なら自分の失態もチャラになるくらい恥ずかしがってくれる!

「タクトだろぉ? ほんと、可愛い子だねえ」

「へ、変な意味はなくてですね!? 私は純粋にタクトさんに対して‥」

「『愛情を注ぎ込んでいる』と、そう言いたい訳ですわね?」

「ち、違います!」

「お〜お〜、そんな一生懸命否定したらタクト泣くぞ」

「そ、その‥尊敬の念とひ、日ごろの感謝をこめて‥」

ちとせは既に半分涙目になって必死で言い繕っている。

話が逸れたのは嬉しいけど、ちとせも…これはうかうかしてられない。

って!違う!アタシは別にタクトのことなんて!

 

「‥ん? 何? このにおい‥」

自分に言い訳をしていると、何かにおってくる。これは…まさか!

「ミルフィー! オーブン見て!」

「ふぇ?」

 

深夜の食堂に爆発音と振動が響く。

その後、真っ黒いすすだらけの6人組が深夜の宇宙コンビニに現れ、大量の材料を買って出て行ったという。

食堂での騒動はまだまだ終わらないようだ………

 

 

 

 

 

―――翌朝、司令官タクト・マイヤーズはいつもより早起きだった。

「……さあ、戦いの始まりだ」

自分は自慢をするほどの人間ではない。勘当同然ではあるが上流貴族の生まれで、21歳の若さで艦隊司令官。

シヴァ女皇陛下や月の聖母シャトヤーン様を始め、お偉いさん方の信頼も厚い。妬まれるほどに。

絶対的不利の戦況の中クーデターを自分の隊だけでそのほとんどを鎮圧し、その後も軍の主力として何度も皇国を救った。

EDENの発見、開放。ヴァルファスク大戦の終結。

皇国の、いや、今や銀河の英雄。

それがこのオレ。英語で言うならば、「I’m Tact Mayers. I’s me!」とでも言ったところか。ふふふ。

そう、たかが英雄だ。自慢するほどの事じゃない。エンジェル隊や、レスターや、みんながいてこそのオレなんだ。

そう、されど英雄だ。今年こそは夢にまで見た大量のチョコレートの山が…!

 

英雄タクト・マイヤーズは、本当に庶民的な男であった…。

 

おかしい。

 

タクトは全力で駆ける。ブリッジへと。

扉を開けたら女性乗組員の列ができていた。

ずっと向こう、エレベーターホールの方から、今から向かおうとしているブリッジの方へと見事に長蛇の列が。

もちろん、それは自分へ向けられたものではない。

まさか、また今年も。そんなことがあっていいはずはない。

さあ着いたブリッジだ。

タクトは勢いよく扉を開け放った。

「おはよっ! レスター‥!!」

「おう、今日は早いな」

今も増え続けるカラフルな包装紙の山の横で、レスターが不機嫌そうな顔で振り向く。

こりゃ相当キてるな。

もしも遅刻していようものなら雷が落ちていただろう。

 

「ふ、副司令!これもらってください!」

「…」

次の女の子が嬉しそうにラッピングされたチョコを差し出す。

「‥わかったから、そこに置いて早く仕事に戻ってくれ」

積みあがるのを無視して仕事に打ち込んでた1年前とは流石に違うが。

「なぜ…なぜなんだレスターよ‥我が親友ながらなんだこの差は…」

 

「やっぱり副司令は普段からかっこいいからじゃないですか?」

「ココ!」

朝から随分な挨拶をしてくれるのは眼鏡のレーダー担当オペレーター。

「おはようございます、マイヤーズ司令。…ってその手は何ですか?」

 タクトの右手は自然と何かを要求するように差し出す格好で固定されていた。

「いや、ココならくれるかな〜と思って」

「あら、欲しかったですか? すいません、今年は用意してないんですよ。事前に行ってくれれば用意したんですけど…」

「そんな! せっかくのこんな日なのに! ‥はっ、アルモは?」

「アルモが副司令しか見えてないのは知ってるでしょう?」

「…そうでした」

こうして、朝から司令官のテンションは下がるばかりであった。

 

「おいタクト、下らん事を言ってないで早く仕事にかかれ!」

モテキングからの「下らん」という一言。

これはタクトの「何か」を切れさせるには十分だった。

「ちくしょおおおおおっ!!」

「おいタクトッ!?どこへ行く!?」

それには答えず、振り向かずにタクトはブリッジから逃走。

甘い香り漂うエルシオールを駆けていった―――

 

 

 

後編予告!?

 

銀河展望公園内、おでん屋台にて。

 

レスター「…続くものなのか?」

タクト 「最後まで書き終わらなかったから、としか言いようが無いだろ?」

レスター「忙しいくせにこんなくだらん事に時間書けてられる状態じゃないだろう? 連載の長編はどうした!?」

タクト 「こんなこととはなんだレスター! 自分はもてるからって! 年に一度のお祭りじゃないか!」

レスター「まったく…結局バレンタイン過ぎたくせに」

タクト 「それは突っ込むな」

レスター「そもそもまだ本編に入ってすらいないだろう?」

タクト 「そうだとも‥この後エンジェル隊が来てかわるがわるオレに愛をくれないと話が終わらないじゃないか」

レスター「理解できんな。たかが菓子メーカー業界の触れ込みだろ?」

タクト 「業界の策略だろうと男には大切なことなんだよ! って、おっちゃん聞いてよ。こいつ学生時代の頃さ‥」

レスター「おい、勝手に人の過去を掘り返すな。まったく、珍しく飲みに誘ってくると思ったら愚痴ばっかりいいやがって。そもそもおまえはな‥」

 

おっちゃん、困りつつもタクトの酒を注ぎ足していく。

 

 

はい、男たちの飲みトークはどうでもいいです。

今年もバレンタインの時期が来たので、記念小説を書くついでに加筆修正を入れました。

はたしてエンジェル隊のチョコ(?)はおいしくできたのか!?

エンジェル隊とタクトは幸せになれるのか!?

少なくともこの作品のジャンルには「ラブ」や「シリアス」はありません。

では後編で。                                              雛鸞