質問.前回の粗筋を教えてください
A1.みんなでバレンタインチョコを作ったんですよ。オーブンが爆発したけど楽しかったです。
(回答者:皇国近衛軍衛星防衛艦隊所属ムーン・エンジェル隊隊員ミルフィーユ・桜葉中尉)
A2.それはさながら地獄の光景だった。アレを食べさせられる男のことを思うと泣けてくる。生まれて初めて自分がもてない男であることに感謝したよ。
(回答者:皇国近衛軍衛星防衛艦隊旗艦エルシオール兵器部所属 匿名希望男性乗組員)
A3.朝、目が覚めたら親友でもある副司令官の目の前にチョコの山ができていたのに司令官であるオレはひとっつももらえなかったんだ。いくらなんでもひどすぎないか!? 何でアイツばっかりもてるんだよ!
(回答者:皇国近衛軍衛星防衛艦隊司令兼ムーン・エンジェル隊司令タクト・マイヤーズ准将)
A4.オレは甘いものはあまり好かんと言っているのにもかかわらず朝から女どもがひっきりなしに何かと持ってきやがる。イベントごとに熱中する女どもの気持ちはまだわからんでもないが、一番わからんのはタクトの奴だ。朝からぐちぐちと不健康極まりない。「下らん事を言ってないで仕事をしろ」と言った途端いきなり何事かわめき散らして泣きながら出て行きやがった。そういえばアルモも朝来たと思ったら何事かわめいて出て行ったな‥頼むから全員ちゃんと仕事をしてくれ。
(回答者:皇国近衛軍衛星防衛艦隊副司令レスター・クールダラス中佐)
A5.シャトヤーン様に教わってチョコレートを作ってみた。なかなか美味にできたぞ。ん? あげる相手? それは秘密だ。執政はどうしたかだと? 今日はルフトに押し付けて休みを取った。何か問題でもあるか?
(トランスバール皇国第15代皇王シヴァ・トランスバール)
結論.あまり参考にはならないようです
Girls Fight
〜男達は男達で男達の挽歌〜
「はぁ〜。起きて1時間でなんだけど‥オレの今日は‥いや、オレの1年間は既に敗北してしまったような気がする」
あの後、勢いよくブリッジを飛び出してタクトは銀河展望公園に来ていた。
あんなの目の前にして仕事なんてできるか。
今までは男の比率が多い通常の軍艦にいたからまだよかった。
レスターがチョコを貰う量もその分少なかったし、貰えない男のほうが多かったから。
しかしエルシオールはその8割以上が女性乗組員。まるでレスターがアイドルのようだった。
今勝手にタクトがレスターを相手に人気投票対決を心で挑んだ。
ちなみに現在のところの得票数はタクト:レスター=0:147。
まだ選挙は始まったばかりだ。
最終的にまだこの数倍は行くだろう。
「ああ‥この青い空はオレの悲しみの色のようだ…」
映像の晴天に向けて手を伸ばしそれらしく言ってみるが、むなしいばかりだ。
「はぁ…」
「はぁ…」
不意に溜息が重なった。後ろを振り返ると木の根元で落ち込んでいる若者が一人。
重なった溜息でお互いの存在を認識し、お互いの憂鬱理由も確信する。
「司令‥‥!」
「同志よ…!」
2人は往年の親友の再会のように握手を交わしたのだった。
「司令も見たんですよね? あのもてっぷり」
「じゃ、じゃあ君もブリッジでの惨劇を体験した仲間か‥!」
「…へ?」
「…はい?」
「あの、ブリッジ? クジラルームじゃなくて‥?」
「く、クジラルーム? まさか…」
嫌な予感がする。
まさか…他にもアイドルクラスが…そうだ。一人だけいたのだった…アイツが。
「し、司令‥ブリッジって…まさか‥‥」
青年もラスボスクラスの怪物の存在に思い当たったようだ。
既に青かった顔から更に血の気が引いていく。
「クロミエかっ!」
「副司令ですねっ!」
同時に正解を言い当て、より深い絶望のふちに叩き込まれる。
なぜなんだ…なぜこの広いエルシオール内で女性の人気は2極化してしまうんだ。
「所詮その程度なのか…オレたちなんて2大巨頭の前では虫のようにちっさい存在なのか…」
「司令はまだいいすよ‥エンジェル隊がいるじゃないすか。ぼくなんて整備班すよ…みんなアニーズのバレンタインコンサートに行っちゃいました。他に普段親しくしてる女の子もいないし‥」
確かにそれは悲しい。それに比べたら自分はましかも…ん?
「今‥君なんて言った?」
「へ? 整備班のみんなはアニーズの‥」
「その前だ!」
「ええと‥? 司令はエンジェル隊がいるから‥」
目を細めて下を向いて思い出しながらたどたどしく喋りだす。最後まで聞かず、叫んでいた。
「そうだ!!!!!」
「えっ!?…‥マイヤーズ司令?」
若者が目を開けて前を向いた時には既にタクトの姿はどこにもなかった―――
なぜ気がつかなかったんだ!
そう、オレにはエンジェル隊がいる!
なにも不特定多数から人気者になる必要なんて一切無かった。
何も恐れることなんて無かったじゃないか! 彼女達ならきっとオレにだって‥!
走りながら「カカオー!」と意味不明の歓声を上げて跳びあがり、タクトは更にスピードを上げた。
「今行くよみんな〜!」
「どこにもいないし…」
疲れ果て、司令官室に戻ってきてしまった。
さすがに部屋まで行って「チョコをください」とお願いするわけにもいかない。それは情けなさすぎる。
みんなの居そうなところを一通り回っては見たのだが…
「あ〜あ。もうなんか自分が嫌になってきたなあ。もっかい寝よ」
こうして、失意の司令官は枕を涙で濡らす事になったのだ――――――
CASE1.蘭花・フランボワーズの味覚
昼過ぎ、タクトはインターホンの音で目が覚めた。
「ん〜〜、は〜い誰?」
『何回呼び出しかけたと思ってんの! 早く開けなさいよ!!』
イライラ全開で怒鳴られた。
蘭花だ。一刻も早く扉を開けないといろんな意味で命が危ない。
「ご、ごめんランファ! ね、ねちゃっててその‥悪気は‥へ?」
殴られるかと思って一瞬身構えたが、それ以上怒鳴り声は響いてこなかった。
突き出された手には小さな包みが乗っている。可愛い包装紙とリボンが少し不器用にかかっている。
これはまさか…アレなのか? 何でも出来る証拠のアレなのか? 寝てる間に15日になっていなければそのはずだ。
思わず蘭花の顔を見ると、頬を染め、口をつぐんでそっぽを向いている。
か‥可愛い!
だ、騙されて無いだろうなオレ。
「ランファ…こ、これって‥?」
「い、言わせないでよ、チョコに決まってんでしょ! 司令官が誰からも貰えないんじゃさすがに可哀想だと思ったから、その…いらないの?」
「いるいる! いります!」
「感謝、しなさいよね」
「もちろんだよ! ありがとうランファ!!」
「な、何よ。泣く事ないでしょ?」
そう、あまりの嬉しさに思わずタクトは涙がこみ上げてきてしまっていた。
「いやぁ、ほんとうに嬉しくてさ‥」
感謝しろとは言ったがランファも泣くほど喜ばれるとは思ってなかった。先ほどの失態の追求もつい緩めになる。
「何度も呼び出したのよ? なんで通信きってたのよ」
「へ? ああ、そうか‥」
言われて初めて気がついた。
朝ブリッジ行って1分とたたず飛び出して、その後完全に職務放棄していたから。レスターから逃げるために全通信回線を切っていたのだった。
それが自分のチョコを貰う際の妨げになるとは。
くそ、いまいましい。レスターのやつめ。
「まっ、いいわ。食べてみてよタクト」
「いいの?」
「あたりまえでしょ」
許可を頂いてタクトはリボンを取った。慣れない作業だったのだろう。リボンは少し絡んで解け難く、包み紙はあまりにもあっけなくはらりと取れた。
けれどその不器用で一生懸命さが漂う手作業感がよりタクトの男心をくすぐった。
出てきたチョコレートは艶やかなこげ茶色。甘そうな芳香を放っていて、そういえば朝から何も食べていないタクトの空腹感を刺激する。
「おいしそうだなぁ。あ、この形‥ランファの髪飾り?」
「う、うん。うまくできてるといいんだけど」
「大丈夫。きっとおいしいよ。いただきま〜す」
うん、甘〜……く…ない? これ…? 舌上にある味蕾をピリピリと刺激するこの感覚は‥辛味?
いや、これは辛いなんてもんじゃない。
味としては口の中でとげのままウニを噛み砕いたかのような痛みが。
ふと、タクトの士官学校時代の格闘の授業を思い出した。
顔面にクリーンヒットをもらった時のあの衝撃を。
頭がしびれて‥そのまま意識が遠くなっていく…。
「どう? 甘いもの食べてると辛いものが食べたくなってくるでしょ? それなら両方一緒に味わえないかと思って」
辛い=hot=熱い。
アタシの熱い想いを込めてみたのよ。とはさすがに言い出せない。
どさっ
「へ? タクト? ちょ、ちょっと‥!」
「死ーん…」
「た、タクトー!?」
タクト、医務室送り。使用された凶器(鷹の爪)、3本。(チョコレート63gに対し)
CASE2.ヴァニラ・Hの健康
「は、ハバネロ様! それでは民衆に対してあまりにも…!」
タクトは勢いよく叫びながら跳ね起きた。夢見が悪かったのだろう。ひどい寝汗をかいていて、息は荒い。
「マイヤーズ司令…うなされてると思ったら、随分お茶目な夢を見てたのねえ」
少し離れたデスクから振り向いて笑っているのは女医のケーラだ。
「お茶目なんてもんじゃないですよ。圧政を敷く王様を諌めようとしたら自分が処刑されそうになって‥」
「はいはい、楽しそうでなによりね。伝言があるわよ、目が覚めたら伝えてって」
「‥誰からですか?」
「『乙女のチョコを食べて気絶するなんて、覚えときなさいよタクト!』だそうよ」
あのまま夢の世界にいたほうがなんぼかましだった。
「タクトさん、目が覚めたのですか?」
「あ、ヴァニラ。うん。胃薬も飲んだしもう大丈夫だよ」
「そうですか…あの、タクトさん」
ふと見ると心なしかヴァニラの顔が赤い。
これは‥もしや!?
「勤務時間が終わった後でと思っていましたが、今お渡しします」
机の下から紙袋を取り出し、中から箱を大切そうに取り出してタクトに手渡す。
蘭花のものと違い、華美な印象をまったく受けない包装と隙の無い綺麗なラッピング。そこがまた彼女らしい。
「オレにくれるの? うわあ、ありがとうヴァニラ!」
「‥バレンタインですから」
「あらあら、羨ましいわねえマイヤーズ司令」
中身は、シフォンケーキだ。ミルフィーユが作るヴァニラの好物でもある。
「うん、おいしそうだなあ。どうせなら今一緒に食べないかい?」
「マイヤーズ司令、医務室でおやつを食べる気?」
「はは‥そうですよねえ…」
やんわりと注意され、タクトは箱のふたを残念そうに閉じた。
「冗談よ。私にも分けてもらえない? いいかしら、ヴァニラ」
「はい。では、3人分切り分けましょう」
「いただきま〜す! …うん?」
漂ってくる香りにタクトはどうにも違和感を感じた。
本来広い大地を悠然と生きる牛の乳のコクとうまみが感じられるはずの生地はまろやかな畑の肉の香りが支配している。
これは…豆乳? 香りからして危険シグナルがタクトの頭の中で鳴り始める。しかし食べないわけにも‥! ええい!
………くあっ! すっぱ! 顎の下が! きゅって! きゅっっっって!! 痛ぁッ!
「‥‥っ‥! っ! っ!」
なんとか声に出すのは免れたが、このままでは不審がられる。笑顔で感想を言わなくては…!
「どうですか? おいしく‥ありませんか?」
ヴァニラが不安そうに聞いてくる。
「そ‥そんな事ない。おいしいよ、ヴァニラ。ありがとう」
言えた!
自分で自分を誉めたい気分になりながらも、タクトは忘れていた。
食べるのは自分だけではない事を。
「よかったじゃないヴァニラ。じゃあ私も頂くわ」
「はい。私も‥いただきます」
「あ…あぁ‥」
タクトの心配をよそに、2人の口に物体Xが収納されていく。
2人の笑顔が凍りつくのは一瞬だった。なんと言っていいかわからない沈黙に場が支配される。
まず動き出したのはヴァニラだった。フォークを置いて、不意に立ち上がる。
「…ごめんなさい。健康的だからと豆乳と黒酢を使ってしまいました」
平謝りしてそのまま場を片付け始める。
「そ、そう? 健康的でいいと思うわよ」
「う、うん。オレは嫌いじゃないよ。あっ、片付けないで! 全部、食べるよ」
捨てようとするヴァニラと捨てさせまいとするタクト。
テーブルの上で、お皿の引っ張り合いが始まる。
「これは…駄目です、タクトさん」
泣きそうな顔で首を振るヴァニラ。
そんな顔を見たらますますここで引き下がるわけには行かない。
「駄目なんかじゃないよ。ヴァニラがオレのために作ってくれてすごく嬉しかったもの。それなのに捨てられないよ。食べるから」
「でも…」
「頂きます、ヴァニラ」
ようやくお皿からヴァニラの手が離れ、改めてタクトは食べ始める。
すっぱくて大豆臭くてお世辞にもおいしいとは言えないはずで。
それをタクトは結局「ありがとう、嬉しいよ」と言いながら一皿最後まで食べた。
「食あたりで担ぎこまれた人のやる事じゃないわよ、マイヤーズ司令」
「いや、だってせっかくヴァニラが作ってくれたものですし」
「ふふ、確かに。今回の司令には100点満点を上げられるわね」
10分後、なんとか食べ終わったタクトがケーラと話をしていた。
「まさかあの子お菓子作りが下手だなんてね…」
「ほんと‥意外でしたよ」
「でもヴァニラ嬉しそうだったわよ。出て行くときも、最後までお礼言ってたじゃない」
「だったらいいんですが…」
用事があるというので、片づけを終えたヴァニラは何度も謝りながら医務室を出ていったのだ。
扉がしまった瞬間にタクトが前のめりに倒れたのは言うまでもない。
「はい、胃薬。頑張ったご褒美よ」
「ありがとうございます。あ、あの…あと3つ4ついただけますか?」
「どうしてそんなに? 投薬しすぎは逆に身体に悪いわよ」
「このパターンで行ったら他のエンジェル隊のみんなも油断できませんから」
「‥‥もてる男は大変ね、マイヤーズ司令」
そんな言葉言われたこと今までなかったな。
今朝までそれは憧れの称号だったはずなのに、なぜか素直に喜べない自分が居る。
腑に落ちない。
これがモテ魔王レスター・クールダラスの境地だ! …とは思えない。
納得がいかないまま、ヴァニラがくれたシフォンケーキの入った紙袋を持ってタクトは医務室を後にした。
「………ヴァニラちゃんのケーキ」
「…司令…ヴァニラちゃんから貰ったんですね?」
「……今日‥バレンタインと言う日に‥ヴァニラちゃんから…ヴァニラちゃんから…」
医務室を出たところで見た光景は異常の一言だった。
ずらりと男性クルーが勢ぞろいしている。
「き‥君ら…ヴぁ‥ヴァニラの親衛隊の‥?」
「そうです! 我ら『ヴァニラちゃん親衛隊』! そして我らの悲願『バレンタインにヴァニラちゃんから愛を貰う』を‥!」
「マイヤーズ司令‥! 貴方は我々のひ、悲願をあっさりと‥!」
親衛隊の幹部達が口々に言い募る。
「医務室から出てきたヴァニラちゃん‥赤くなってちょっぴり笑ってて‥マイヤーズ司令! うらやまにくらしいぃぃぃぃ!!」
「またそのヴァニラちゃんが可愛くて可愛くて…頬を染め小走りで駆けていくあの様子…うおおおおおお!!!」
「見たかお前らあの愛くるしさを!」
「「見ましたともー!!!」」
一人の幹部が右翼に控える一般隊員達に呼びかけると、涙ながらに熱い叫びが帰ってくる。
「撮ったか写真班あの可憐さを!?」
「「撮りましたともー!!!」」
別の幹部が左翼に控えるカメラを持った隊員達に呼びかけると、またも涙ながらの熱い叫びが帰ってくる。
「司令! ぞんなわげで、貴方にグッジョブど言いだい所でばありまずが、ぞれ以上に我々ば貴方が許ぜないんでずよ!」
「いや、そんな涙と鼻水だらけで演説されても…」
「我らみんなのヴァニラちゃんを独占するなど女神を女神とも思わぬ行い、もはや勘弁なりません。マイヤーズ司令、覚悟してください!」
「ちょっと‥話を聞いてよ‥」
だめだ。このままでは最悪殺される。
何か状況を打開する策を‥! タクトは右手に下がる重みに気がついた。
「そ、そうだ! ヴァニラから貰った手作りシフォンケーキがまだあるんだけど‥親衛隊のみんなでどう? オレは一切れ食べたからさ」
その瞬間、にじり寄ってきていた隊員達の足が止まった。
「‥マジですか?マイヤーズ司令」
「‥マジ」
静寂は一瞬だった。
次の瞬間熱狂が頑健なエルシオールの防壁を揺らした。
「お前らー! 今! 我々は! ヒガ! 悲願を! タッ! 達成したぞ!」
「「おおおおおおおおおおお!!!!!!!」」
隊長の喉も裂けよとばかりの叫び声は熱狂の渦を更に熱く加速していく。
「ヴァニラちゃんの! 愛が! 愛が詰まった! このケーキ! …え、まずは隊長の俺が一切れ…」
「「………」」
熱は急速に冷えきったツンドラ気候になる。
今まで高かった分の反動もあり、今にも隊長に襲い掛かりそうなほどに殺気立ってしまっている。
さすがにこれは無視できなかったのであろう。動物社会のように集団内で偉い順から食べていく、と言う目論見は外された。
だが、親衛隊隊長の瞳は更に赤く、熱く燃え上がっていた。
「ええい! お前らのヴァニラちゃんへの愛! しかと受け止めた! ああ、わかった、お前らにくれてやると言いたい所だが、だがしかし! 俺もヴァニラちゃんへの愛ではこの銀河中で誰にも負けない自信がある! もう隊長も幹部も一般兵も無い! 自らの愛の大きさだけが強い世界だ! 一口大に切れば20人は食べられよう。愛の為、同志達よ! 自らの愛こそヴァニラちゃんの愛を受けるにふさわしい想いだと証明してみせよ!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「隊長! やっぱあんた最高だぁあああ!」
「ちくしょう魅せるぜアンタ! 俺たちも負けないくらいのでっけえ愛を見せてやるよお!」
「おお! 来い来い! 誰にも負けんぞお!」
「愛してるよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「聖戦じゃあ! ジ・ハードじゃあ!!!」
エルシオール史上最も熱い戦いの火蓋が切って落とされた。
ちなみに元凶、タクト・マイヤーズは既に姿を消していた…。
タクト逃走。男性乗組員52名が血みどろなのに幸福そのものの顔で倒れていた。なお、そのうち腹痛を共に訴える者20名弱。
CASE3.烏丸ちとせの小倉
「なんなんだあの親衛隊たちは…まだなんか騒ぎがすごいし…問題にならなきゃいいけど」
味はともかくせっかくヴァニラがくれたのにもったいなかったかな? と思わなくも無いが。
あれはあれで、より喜んでくれる人の手に渡ったのだからよしとしようか。
「…しかし、なんだか視線が」
まさかまだ監視付きなのだろうか? 気付かない振りで角を曲がる。相手もとことこ付いてくるのを確認し、角で待ち受ける。
「さっきから誰だい?」
「きゃあっ!?」
短い悲鳴と共に倒れそうになる追跡者の手を思わず取って支えてやる。
それはタクトが良く知る黒髪の少女だった。
「あれ? ちとせだったのか」
「た、タクトさん…し、失礼いたしました!」
「いや‥いいんだけど‥どうしたの?」
「その…こ、声を掛ける機会を伺っていたのですが…」
真っ赤になってしどろもどろになるちとせを見ているとすごく可愛い。心が和む。
「あの…タクトさん‥手を‥」
「え!? あ、ああごめん!」
慌てて離すが、お互い真っ赤になってしまった。
「そ、それで…ちとせ。ど、どうしたの?」
「は、はい。その‥今日はバレンタインデーですから…これを‥」
「くれるの!?」
「ご、ご迷惑でなければ…」
「迷惑なんてとんでもないよ! ありがとうちとせ!」
いや〜、なんか自分の人生ものすごい上向きな気がするなあ。タクトはまたも自分の目が潤んでくるのを感じた。
レスターを羨んでいた半日前の自分が嘘のようだ。まあ数では圧倒的に負けてはいるのだが。
いやいや数じゃないさ! 数じゃない! ……もちろん味でもない。
こんな可愛い子達がオレの為に一生懸命お菓子を作ってくれたんだ!
そしてこんな顔をしてくれる! それだけでオレの人生幸せ絶頂なんじゃないだろうか。
こりゃ彼女ができるのも遠い日の夢じゃないかもしれない。
タクトは胸に燃え始めた希望の火を握り締めた。無限の力が沸いてくる。
それにちとせは料理も作れる。味も期待大!
「それじゃ食べてもいいかな?」
「こ、ここでですか?」
「いやあ、早く食べたくってさ」
実際、朝から激辛チョコと激酸味シフォンケーキ、そして胃薬しか食べてない。早くおいしいものが食べたい。
ちとせらしい落ち着きのあるデザインの包装紙。和紙でできているようだ。リボンは付いておらず、紙を上手に折って留めているみたいだ。
箱を開けて出てきた中身は‥
「へえ、ケーキか。ちとせって洋菓子も作れるんだね。おいしそう」
「いえ、和菓子ですよ」
「いや、オレにはイチゴのショートケーキにしか見えないんだけど」
「よく見てくださいタクトさん。これ、お饅頭なんですよ」
「ま…まんじゅう!?」
「はい!」
よく見ると、生クリームでもスポンジ生地でもない。饅頭の皮だ。
「……独創的だね…ちとせ」
これ以上の誉め言葉はタクトには見当たらなかった。
「蘭花先輩に言われたんです。『アンタはもっと自分の個性を生かしなさい』って」
「それで考えた挙げ句に…饅頭ケーキ?」
「へ‥変‥でしたか?」
うん、変だ! これは思いっきり変だ。見た目からはありえない。こんなにも見た目はケーキだというのに!
「そ、そんな事ないよ。うん、すごいなちとせは」
「そうですか? よかった‥」
心底ほっとした表情を浮かべる。それはいいのだが‥これを食べるのはやはり勇気が…。
「じゃあどうぞ。お饅頭ですからお手でどうぞ」
「え…あ、そうか。お饅頭だもんね」
生クリームいっぱいのケーキを手で掴んだらべとべとになる。これはそれを克服した新たな進化系とでも言おうか。いや、ただの饅頭なんだけど。
おもいっきり喉を鳴らし素手で掴み取る。やっぱり見た目と感触がまるっきり一致してない。
タクトはケーキ‥いや、饅頭をそっと割ってみた。
「って黒っ!」
「あんこです。先月末に宇宙大納言が安かったんですよ」
高級餡をふんだんに・・どころか、ケーキの内側が全部真っ黒って・・・全部あんこって・・・・
タクトはまたしても瞳が潤むのを感じた。
「た、食べさせてもらうよ。頂きま〜す♪」
「はい、どうぞ召し上がれ」
……………甘い。
タクトは薄皮饅頭が好きだ。
あんこたっぷりで皮は少なめ。ちなみにこしあん党。
だがこれはさすがにバランス云々の話すら超えている。あんこだけ食べている感がある。
あんこそのものは確かにおいしいのだが‥これだけ量が多いとなんだかくらくらしてくる。
耐えかねて皮部分だけを食べたが、見た目がケーキなのに饅頭の皮の味というギャップにどうにも舌が慣れず、食が進まない。
「タクトさん? おいしく…ありませんか?」
なぜだろう。タクトはデジャヴを感じた。さっきもこんな事になったような。
「おいしいよ! 滑らかなこしあん大好きなんだよ。ばーちゃんが作ってくれた味を思い出すって言うかさ」
こんな時も口の回る自分に乾杯。
「よかったぁ。さすがにちょっぴりあんこの量が多すぎたかと思ったんですけど…」
ちょっとどころじゃなく多いよ。
と一言言えたら。いや、言えない。
オレからは言えないよ‥‥
良くも悪くも、タクトは平凡な男の子だった。
「日ごろの感謝をと思ってタクトさんの為に頑張って工夫したんです。その…よかったらまた作っても構いませんか?」
「うん、ちとせなら大歓迎だよ!」
…和菓子か洋菓子か、見た目も味も統一していただけるのなら。
せっかくの腕も材料もどうにも台無しである。
タクトが部屋に帰って胃薬を飲んだのは言うまでもない。
タクト、胃薬服薬数3。チョコ(?)ゲット数3。残り胃薬数3。
CASE4.ミント・ブラマンシュの致死量
「まんじゅう怖い…」
静寂が支配する司令官室。
持ち主はデスクの椅子でグロッキーだった。
みんなの気持ちは嬉しいが、さすがに苦しい。
なぜ、普通にやれば普通においしくできる腕をもちながら3人とも個人の趣味に走ってぶち壊しにしてしまうのだろうか。
悲しい。あまりにも悲しすぎる。
彼女達の、心から相手を想う気持ちがそうさせたという事にはタクトは思い至らなかった。
だからこそ好意を寄せられているのにもかかわらず誰とも進展していないのだけれど。
『タクトさん、いらっしゃいますか?』
インターホンと同時にミントの声が聞こえる。
「ああミント。どうぞ、入って」
扉が開いて、高級そうなラッピングをされた袋を持ったミントが入ってくる。
「タクトさん。お待ちかねの物を愛の天使が持ってまいりましたわよ」
「はは、それは嬉しいな」
ミントの耳がピクンと跳ねる。
「あらあらタクトさん。大変なバレンタインデーだったようですわね」
「はは、まあね。でも味はともかくみんなのプレゼントは本当にうれしかったから」
「ならそんなに警戒なさらずとも。わたくしはそんなに特殊なものは入れておりませんわよ?」
「お見通し、か」
「隠せるのなら隠しても構いませんわ。さ、どうぞ召し上がれ」
ラッピングを取って綺麗なハート型のチョコが姿を現す。
テンパリングも完璧に行ったのだろう。艶やかな表面はいかにもおいしそうである。
だが。
見た目に騙される。は先ほどまでのタクトのパターンだった。
「ですからそのように警戒なさらないでくださいな。匂いをかごうと割って中身を見ようとわたくしは構いませんわよ?」
じゃあ遠慮なく…と断って嗅いでみる。
唐辛子の香りも豆乳の香りもしない。
当然手触りは饅頭とは違うし、蒸しても無い。
ハートの中心を割るのはさすがに躊躇われたので、左側のほうを少し割ってみる。
純度100%チョコにしか見えない。
ぱっと顔を輝かせてタクトはミントのほうを振り向いた。
「はっぴーバレンタインですわ。タクトさん、わたくしの気・持・ち。受け取ってくださいませ」
耳がピクンと持ち上がり、天使の頬笑みでウインクを投げかけるミントはタクトを感極ませるには十分だった。
「あ、ありがとうミント! いただきまーす! わぁ〜、甘くておいしい〜‥甘くて‥それでもって凄く‥甘くて…甘く…アマ…あ…!」
幸せにほんのり赤く染まっていた頬が少しずつ青ざめていく。
甘い! 甘すぎる!
「あらあら、タクトさん当たりを引いてしまわれましたか」
「あふひ!? ふみふふへふ!?(当たり!? どういうこと!?)」
「実は父にもチョコを作って贈ったんですの。その際普通の材料と普通の手際で作ったものと、砂糖の代わりにわたくし謹製『砂糖の1兆倍の甘味料』を使ったものと二つ作りましたの。どっちがどっちかわたくしにもわからないようにしてたんですのよ」
「へふはふふひはふへひひ!!(変なもの使ってるじゃん!)」
「いえいえ、以前タクトさんが試されて舌がしびれたのは1兆5千億倍の甘さを誇る甘味料でしたから。タクトさん用にだいぶランクを落としましたから平気でしょう?」
「ふんふふひふっへふは!(どんだけ使ったのさ!)」
「砂糖の代わりにですから砂糖と同量ですわ。当然じゃございませんか」
「ふうへふ!!?(同量!!?)」
テレパス能力のおかげで傍目には非常に器用に見える意思疎通をこなしつつ、タクトの意識はどんどん遠ざかっていった。
タクト、急性血糖上昇により医務室行き(本日2度目)。医師によるインスリン投与。
CASE5.フォルテ・シュトーレンの酩酊
「そう、私はキシリッチュのキャンペーンボーイ! まだ息があるぞ! 歯もある! …えっ、ここは!? 宇宙甘味料大戦は!?」
随分とはっきりとした寝言と目覚めの声だった。
「マイヤーズ司令、またスケールのおっきな夢ね」
「あ、ケーラ先生。オレ今インスリン帝国軍の尖兵にやられて?」
「…楽しそうね。洒落にならないところだったのよ? ミントは私から叱っておいたわ」
苦笑交じりで話すが、目は笑っていない。
「はっきり言って致死量を超えてたわ。とりあえず胃の内容物は全部出して洗浄したから」
「あはは‥そんなにやばいものだったのか…ダルノーさんが食べなくてよかったかも」
ダルノーの体調や年齢はわからないが、もしも糖分の制限を医師から受けているようならば本当に死人が出ていたかもしれない。
…って致死量!?
年齢とか体調とかの問題じゃないんだ!?
「マイヤーズ司令、今日は厄日なんじゃない?」
「いやあ、天国の中にいるようでもあるんですけどねえ。ほんと、オチさえつかなけりゃ」
「まったくね。ああ、そうそう。オチかどうかはわからないけど、目が覚めたら這ってでもブリッジに来いって副司令から凄い剣幕の伝言があったわよ」
「げっ! レスターのこと忘れてた!」
確かに、オチとしては十分といえるだろう。
「はい…じゃあ生きて帰れたらまた明日診てもらいにきます」
「期待しないで待ってるわ」
「タクト。何か言い訳する事はあるか?」
感情の篭らないレスターの事務的な訴追。
これは相当怒っている。
「‥‥死にかけてました」
本当だ。
だが、レスターの前では『そんな程度の事』で済まされる可能性もある。さすがにそれは無かったが、その前が最悪だった。
「そこの時間分はじゃあ酌量してやろう。朝のことに関してはどうだ?」
「そ、それはお前が無駄にもてるから‥!」
チャキっと金属音が鳴り、タクトのこめかみにレスター愛用の銃が突きつけられる。
横目でちらりと見ると、エネルギーは満タンで、安全装置も解除されている。
やけにまばゆくピカピカしているところを見ると、今日1日使う気一杯で磨いてたのに違いない。
胃に悪い怒り方してるよなあ、と他人事のように思う。
「なるほど、オレが悪いというんだな? タクト。いやあなんだか無性に引き金を引きたくなってきたな」
目尻をヒクヒク痙攣させながらレスターは凄い笑顔を作っている。
これはまずい。
「ちょっとまって! ごめん! オレが悪かった! もう妬んだりしないから! さすがにそれは死ぬってレスター!」
「ほう、認めたな?」
「‥え?」
「自分の非を認めたな、と言ったんだ」
「あの‥レス…ター‥さん?」
「これで心置きなく処刑ができるってもんだ」
「待ってくれレスター!! し、親友だろ!?」
本気だ! コイツは本気だ!
…これを黙ってみているブリッジのみんなもみんなだけど。
「オレの親友はヴァルファスク大戦の最後、クロノ・クエイク爆弾から全銀河を守って死んだ。以上」
「やめてくれ〜〜〜!!!」
唐突にプレッシャーが緩み、銃が外される。
た、助かった。タクトは腰が抜け、そのまま司令官席に倒れこむ。
「本当に、そのまま引き金を引いてしまいたいところだがここでお前を殺すと来客に無駄足を踏ませることになるんでな。非常に、残念だが」
念を押すところがまた怖い。
「って‥来客って?」
「シヴァ女皇陛下がいらっしゃるそうだ」
「ええっ!? な、なんでシヴァ様が!?」
「オレに聞くな。下賜されたいものがあるんだと」
「え‥? なんだろ」
女皇自ら手渡しに来る様な重要なもの。
タクトにはさっぱり見当が付かなかった。
「まさかチョコレート‥なんてそんなわけないよなあ」
「当たり前だろう。女皇陛下直々にだぞ? そんな下らん事で軽々しく宮殿を離れられてたまるか」
「下らんは余計だけどその通りだな。いったいなんだろう。とにかくよほどの物だよなあ…」
「マイヤーズ司令、クールダラス副司令。白き月から通信です」
通信オペレーターのアルモが振り向く。
白き月から。
シヴァ様のことと何か関係があるのだろうか。
「つないでくれ、アルモ」
「了解です。回線、メインモニターにつなぎます」
映し出されたのは…
『お久しぶりです、マイヤーズ司令』
「しゃ、シャトヤーン様! ご、ご無沙汰しています!」
ブリッジクルーも皆あわてて背筋を伸ばす。ただ、緊張しつつもみんな顔色だけはぱっと輝いた。
『みなさん、楽にしてください』
変わらぬシャトヤーンの包み込むようなやさしさにタクトもまた楽になった。
なんだかもたれていた胃まで軽くなったような気がする。
「それで‥シャトヤーン様。何かあったんですか? その‥シヴァ様がこちらにいらっしゃるとのことですし‥」
『ええ、そのことで。私とシヴァ陛下から心ばかりの贈り物をと思いまして』
「贈り物?」
シャトヤーンの言葉は、エルシオールの誰に対しても、あまりにも意外なものだった。
「はは‥まさかシャトヤーン様とシヴァ様からチョコを頂けるなんてなあ…オレって凄い幸せものなのかもしれない」
ブリッジから出て通路を歩きながら考える。
いったいいつからオレの人生こんなに日の当たるほうへ来たのかなあ。
もうちょっと人生に絶望した子どもだったような…。
「まっ昔の不幸なんてどうでもいっか。今はやっぱり目の前の幸せだよなあ」
「よっ、皇国一の幸せ者じゃないか!」
声をかけてきたのはフォルテだった。
「噂で聞いたよ? シャトヤーン様とシヴァ女皇陛下からチョコもらえるんだってねえ」
「‥話早いね」
今さっき通信があったばかりなのになんと言う早さだろうか。
この艦では機密とか無いんだろうな。と頭の隅で考える。
「それよりあんた今日はどこにいたのさ。通信しても繋がらないし、捜してもいないもんだからもう疲れちまったよ」
「あはは、ごめんごめん。いろいろあってさ。なんか用だった?」
「いや、今日はバレンタインだろ? 我らが司令官殿の男を上げるために人前でチョコ渡してやろうと捜してたんだけどね」
「フォルテもオレにくれるの?」
思わず差し出した手をフォルテに笑いながら振り払われた。
「女皇陛下と聖母様と、お2方からいただけるんだろ? あたしがあげる必要なんてもう無いよ」
「そんな…」
思わずがっくり肩を落とすタクトを見てフォルテが吹き出した。
「あはは、冗談だよ。どこにも居なかったから司令官室においてきたんだ。後で食べとくれ。じゃね」
「うん、ありがとフォルテ! またね」
フォルテらしさを感じ、ようやくまともにチョコをもらえた気がする。なんかちょっと感動して涙がこみ上げる。
今まで大変な事ばっかりだったしなあ。
それから司令官室への道のりは楽しかった。
「これかあ、フォルテのケーキ。へえ、意外にも美味しそうにできてる‥」
失礼な事を言っている気がしないでもないが。普通の白いお皿に乗っていて、ラップが掛けられているだけ。
フォルテらしい飾り気の無さだ。
「じゃあちょっと頂こうかな。シヴァ様の到着までまだ時間あるし」
気がつけばお腹も、早く養分を寄越せと盛大に鳴っている。
胃は完全に空っぽだ。
今か今かとぐるぐる音を立てて催促している。
「うわっ、すごいブランデーの香りだ!」
ラップを取った途端に芳醇な香りがあふれ出す。チョコレートブランデーケーキと言うやつだろう。
ちょっと香りがきつい気もするが、そこもフォルテらしい。
「じゃ、いただきま〜す! ‥‥うん! 美味い! やるなあフォルテ!」
空きっ腹の司令官に、ようやく至福のひと時が訪れたのである。
CASE6.シヴァ・トランスバールのセクハラ
『…れい‥マイヤーズ司令!』
「ひゃ‥ひゃいっ!?」
『司令! いったい何やってるんですか!?』
目が覚めた途端にアルモの叫び声が頭にずきずきと響く。
「え…えと‥?」
「タクトォッ!」
絶叫とともに司令官室の扉が蹴り開けられた。
レスターだ。既に右手の銃のトリガーに指が掛かっている。
「りぇ‥スタゃー!?」
副司令官権限を使えば何も蹴破らなくても開けられるものを。完全にレスターの怒りは臨界突破していた。
「! ‥この匂い…お前‥まさか酒を‥?」
「ふえっ? そ‥そんあはうあ‥あ‥フォうテのけーき‥?」
チュインッ!
「え…?」
一発。
タクトの髪の毛が2,3本はらりと散る。頭の痛みも忘れて背筋が凍った。
「…その馬鹿面に撃ち込んでやりたいところだが」
自らの左手で右手を押さえる。
そうでもしないと自分を抑えきれないのがよくわかる。
「シヴァ女皇陛下が格納庫でお待ちだというのに何をやっとるんだお前は!」
「え‥ええ!? も、もうしょんな時間…!?」
「お前の処刑は後回しにしてやる! 早く行けこの馬鹿!!!」
「うあああああっ!!?」
チュインチュインチュイン!!!
追い立てるように足元に連射され、タクトはかつてない速度で格納庫へと駆けていった…。
「す、すいましぇんシヴァひゃま〜!」
『格納庫まで走』記録は2分34秒61。
見事タクト新を打ち立てたものの、走り出した時点で既に最下位が決定しているかのような敗北感があった。
「うむ、遅い」
謝りながら駆け寄ると、シヴァが仏頂面を崩さずに一言で切り捨てた。
「も‥はぁ、はぁ‥もうひわへ‥ありましぇん…はぁ‥はぁ‥」
「まったく、司令官室で寝ていただと? 私をこのようなところで立たせて待たせるとは。いい度胸だな、タクト・マイヤーズ」
「す、すいません!」
別に勝手に上がりこんで謁見室を使っていても構わないはずなのだが。
格納庫で立ったまま待ち続けたのは半ばシヴァのタクトへの嫌がらせだった。
「ふふっ、そなたらしい。今回は許してやろう。クールダラスにもそなたの処刑は先送りにするに私から口を利いてやろう。相当怒っておったからな」
「はは‥助かります。…あの、『先送り』って?」
「さて、本題だが」
「は、はい」
はぐらかされた。
こっちとしては一命に関わることなのだが。
「バレンタインと言う事で私と母上からチョコレートを作ってきた。男女の別無くエルシオールクルー全員分ある。今日のうちに皆に配ってやってくれ」
「ありがとうございます。シヴァ陛下、シャトヤーン様御自らのお心遣い、艦を代表して感謝を奏します」
こんな時くらいは礼儀を重んじたような作法もとる。
お互いにとって半ばポーズでしかないのだが。
しかし、走ってきたせいか、動悸が治まらない。
空腹にアルコールを入れたせいもあるのだろう。
普段からめったに酔うことなんて無いんだが、頭痛とめまいは酷くなる一方だ。
シヴァに覚られないようにする事でタクトの頭はいっぱいだった。
「なに、そもそもここの乗組員は正規の軍人ではないからな。これは『白き月』から、日ごろの感謝の気持ちだ‥それと‥」
「はい?」
わずかに頬を染め、言いよどんだシヴァが懐から取り出したものは‥2つの小さな包み。
「これは私と母上から。そなたにだ」
「シヴァ様‥」
「嫌そうにしてはいたがノアにも手伝わせた。正真正銘私達3人の手作りだ」
ふっと笑った顔はシャトヤーンによく似て美しくて。
けれども年相応にあどけなくて。
シヴァは皇子として育てられ、今や皇王であるために普段からどうしても凛々しさのほうを表情に見出してしまう事が多い。
最近映像で見ることの出来る、熱心に執政に励む姿は子どもとは思えないことが多かった。
けれどこの時タクトには、シヴァの顔がとても可愛く愛おしく見えていた。
「………」
「どうした? マイヤーズ」
「ありがとうございますシヴァ様っ!」
「なっ!?」
あっと思う間も無くシヴァは抱きすくめられていた。しかも結構力強く。
「こ、こら! マイヤーズ! 何をする!」
「いやぁ〜、シヴァ様から本命チョコもらえるなんて幸せだなぁ〜オレって」
「だっ! 誰が本命だと言った! 離せ!」
「あれぇ? 違うんですかぁ〜?」
「ぐっ‥それは‥‥ん!?」
タクトの息が鼻にかかる。
酒臭い。
そう言えば最初少し口が回っていなかったり、馬鹿丁寧に礼をしていたりと普段に比べて妙な感じがあった。
「まさかそなた…酒に酔っているのか!?」
「そんな〜♪ 酔ってなんかいませんよ〜」
「ん〜、こりゃブランデー効きすぎたかねえ。…ま、美味けりゃいっか」
部屋でフォルテが自分用にあまったケーキを食べながらほろ酔い気分になっていた。
「まさかあいつ全部一気に食う事もないだろうしねえ」
朝からずっとお腹を空かせていた司令官の行動を読むことはできなかったのである。
「いいから離せ! 無礼者! は、離れろ! ‥た、タクト!」
「そんにゃ〜、シヴァ様のいけず〜」
タクトはそのまま頬ずりまでしてきた。ぞくぞくと全身に震えが走る。
ぷち。
その瞬間シヴァの緊張と羞恥のメーターが振り切れた。
「は‥放せ馬鹿者ォッ!」
普段は常に身辺警護のものがいるとはいえ、護身術なども習っておくものだ。
瞬時に背中を向けるように回転し、首投げを放った。
完全に正体を無くしていたタクトは返すこともできず見事に宙を舞った―――
「ではシヴァ陛下。あの馬鹿は公開処刑と言う事で!」
「うむ。それもいいが、あれを今処分しては困った事になるのも事実だ。‥このまま何も無かった事にすればよい」
「ですが! 陛下に不敬を働いたと言うのに無罪放免とは!」
「安心しろクールダラス。ちゃんと罰は与える」
「ぐっ…はい。お任せします」
「そなたも苦労しておるのだな…」
格納庫には行列ができていた。
シヴァとシャトヤーンからのチョコを配っているためだ。
「日頃の感謝の気持ちだ。受け取ってくれ」
「ありがとうございます陛下! シャトヤーン様にもどうかよろしくお伝えください!」
「うむ。では次の者」
さながらシヴァによるチョコレート手渡しイベントのようになってしまっているが。
その光景の中、場違いなオブジェがシヴァの横に置かれている。
『私は酔っ払いのエロ司令官です』
と書かれたプラカードを首から下げた艦長が正座させられていたそうな。
「ごめんなさいシヴァ様〜。お願いですからさらし者だけは〜」
「何を言う、それだけで済んでいること自体幸福だと思え」
「うう‥オレいったい何をやっちゃったんでしょうか‥」
受身も取れず頭から落ちたせいなのか。
それともふらふらに酔っていたせいなのか。
タクトにはチョコを手渡されてからの記憶が無かった。
目が覚めたらにっこり唇だけで笑いながら冷徹な視線を送ってくるシヴァと、『許されると思うなよ』と目で殺気を送る鬼のような形相のレスターだった。
どうも不敬を働いたらしい。
「‥タ‥いやその、マイヤーズ。」
「はい‥なんでしょうか」
また、何か罰を追加されるのだろうか。
そうではなかった。
「その…本当に何も覚えておらぬのだな?」
「はい…ごめんなさい…」
それを聞いてシヴァはどこか安堵の溜息をついた。
抱きしめられている時に思わず『タクト』などと呼んでしまった。
あれは不覚としか言いようがない。
「なら、もうよい。朝までそのままだ。よいな」
もちろん逃がすつもりなど無い。
言いながら監視用ビデオカメラを設置する。
「そんな修学旅行じゃあるまいし‥」
「よいな? マイヤーズ」
「はい…すいませんでした」
タクト・マイヤーズの夜は、まだまだ長い―――。
LAST CASE ミルフィーユ・桜葉の睡眠
「ふえ?」
目が覚めると部屋の中は真っ暗だった。
「あたし‥いつから寝ちゃってたんだろ‥? 今何時?」
時計を見ると、午前1時を回っている。
チョコレートケーキを作り終えてから部屋に帰ってそのまま丸1日眠ってしまったようだ。
「ああっもうこんな時間!? バレンタインデー終わっちゃった。はぁ、タクトさんにあげそびれちゃった」
もう寝てしまっているだろう。今から渡しに行ったらきっと迷惑だ。
そういえば今日は無断欠勤もしてしまってるような。
「残念だけど明日にしよう。タクトさんに、昨日渡せなくてごめんなさいって謝らなきゃ」
机の上に置いてある、ピンク色のリボンと花飾りで可愛らしくラッピングされた箱を一度見やって、ミルフィーユは再び眠りについた。
ちなみに彼女のケーキを贈る相手は、その頃格納庫で正座したままただただお腹を空かせていたという―――――。
こうして、天使達の戦いは幕を閉じた。
年に一度の魔法の日。
恋する乙女は、宇宙一のパティシェになる。
意中のあの人に熱い想いを、甘いチョコでコーティングして。
チョコが想いで溶けないうちに。込めた想いが冷めないうちに。
どうか――――――
お返しは3倍で。
こうして、男達の戦いは終焉を迎えた。
年に一度の審判の日。
もらえた人も、もらえなかった人も。
美味しい思いをしても、お世辞を言うことになっても。
意中のあの子から。
沢山の女の子から。
あいつには負けたくないと、闘志を燃やして。
普段見せない優しさを見せて。
男の子達も、頑張るんです。
どうか――――――
義理でもいいから愛をください。
エルシオール傷病者報告:14日、男性乗組員52名負傷により入院。内20人は食中毒を併発。原因は不明。52名全員が黙して理由を語らず。
司令のタクト・マイヤーズが翌15日早朝、格納庫で脚の痺れと空腹と寒さを訴え、医務室に運び込まれる。
こちらも原因は不明。
尚、司令のタクト・マイヤーズの減給を要請する。
以上。
報告者 エルシオール副司令官レスター・クールダラス中佐