プロローグ

 

 白く、白銀の色をした人型の機体が漆黒のような宇宙を銀色の矢のように進んでいた。

 その機体に乗るパイロット、朝倉裕樹(あさくら ゆうき)はレーダーを表示させ、近くに資源反応のある星がないかと調べる。が、特に見つからず、軽くため息をついた。

 少し焦ったが近くに補給の受けられそうな星はない。ならば仕方なく気を楽にした。

 焦ったってどうしようもないのだ。

 ならばいっそのこと開き直るしかないだろう。

 裕樹はシートを少し下げ、軽くのびをした。

 充分平和である。唯一、エネルギーがそろそろ切れかかっているのを除いてだが。

 ふと、長距離レーダーが多数の船を察知した。どうやら戦闘が行われているようだ。

 (厄介事は今はまずいな、ガス欠ぎりぎりだし)

 そう思い、機体の進路を大きく変えようとする。と、不意に頭の中に声が聞こえた気がした。______助けてあげて______と。さらに自分の頭の中の良心が援護射撃をしている。どうも逃げられそうになかった。

 半ばあきらめかけてレーダーに写っている大型の艦を見た。どうやら集中砲火を浴びているようだ。更に、その艦の周囲を艦を守るかのように飛んでいる大型の戦闘機が3機確認できた。

 (・・・仕方ない、行くか)

 そう思い、戦闘が行われている宙域に機体を向ける。それに応えるように機体が加速する。

 (どうせなら勝ってる方の味方をするほうが楽なんだかどな・・・)

 だがレーダーを見る限り、そんな事はありえなさそうだ。

 (・・・仕方、ない・・・か)

 裕樹は頭の中でそうぼやいた。

 

             第一章「ファーストコンタクト」

 

 儀礼艦エルシオールは今、多数の灰色の人型の戦闘機から集中砲火を受けていた。恐らく人が機械化したらあのような姿になるのだろうと容易にイメージ出来るほど、人の形に近かった。

 正体不明の敵の攻撃による衝撃でエルシオールは大きく揺れ、ブリッジに立っているタクト・マイヤーズはバランスを崩した。

 「シールド、30%まで低下!!もう長くもちません!!」

 「敵の攻撃、更に激しくなりました!」

 オペレーターのココとアルモが焦った表情で報告する。

 「どうするタクト!!紋章機3機とも危ないぞ!!」

 冷や汗をかきながらレスター・クールダラスが叫ぶ。

 「くっ・・・」

 タクトは思わず言葉をつまらせた。

 話は数時間前に遡る。

 タクト及びエンジェル隊はエルシオールに乗り、ブリス星系からアステロイドベルトに沿って南下したポイントの辺境宙域カレアの調査を終えたところであった。

 丁度その時、データにない正体不明の艦が空間を突き破って現れた。

 タクトは当初、交信を試みたが、いきなりの強力な艦主砲を挨拶代わりに受け取ったのだ。

 やむを得ずエンジェル隊を発進させたのだが、ランファのカンフーファイター、ミントのトリックマスター、ちとせのシャープシューターが敵のシフトしてくる空間にとびこんでしまい、行方不明となってしまったのだ。

 そんなワケで今、紋章機はミルフィーユのラッキースター、フォルテのハッピートリガー、そしてヴァニラのハーベスターの3機しかいなかった。しかも敵の攻撃が激しすぎて修理や補給に戻ることさえままならないでいた。なにより、エルシオールのシールドの調子が悪くなった時に襲ってきたのだ。これほど最悪なタイミングはない。

 そして今に至る。

 相手の人型の戦闘機は、大きさはおよそ20m強。手にしているマシンガンは一撃必殺の火力はもたないが、その連射速度と物量で確実にこちらの耐久力を削ぎ落としている。

 タクトが考えを捻らせていると、紋章機から通信が飛び込んでくる。

 「タクトさん!ラッキースターのエネルギーが切れそうです〜!」

 「こっちは弾切れだよ!何とかなんないのかい!!」

 「・・・ハーベスター、機体強度、半分まで低下・・・」

 その間にも敵の攻撃は休むどころか激しさを増していく。

 (っ・・・ここまでなのか・・・?)

 その考えを即座に振り払う。

 「いや、何か手があるはずだ!きっと何か、手が!」

 直後、新たな警報がブリッジに響いた。

 「今度はなんだ!」

 レスターがココに向かって叫ぶ。

 「はい!・・・えっ?あ、これは・・・?」

 「なんだ!なにがあった!?」

 「所属不明の機体が、信じられないほどの速度で接近しています!ですが、交戦中の敵とは違います!」

 その姿がモニターに映しだされる。

 「これも・・・人型の機体」

 「・・・所属不明・・・敵の援軍か?」

 「こいつは、いったい・・・」

 その機体が肉眼で見える位置にまで接近してきた。

 レスターは驚いているが、タクトはその機体をまじまじとみつめる。

 装甲色は白と白銀がメイン。機体の後部に細い6本の可変翼がみられ、両肩には3枚のスラスターが装備されており、腰と右肩に担ぐように巨大なランチャーを携えていた。

 「・・・何なんだ、あの機体は・・・?」

 するとその白い機体は可変翼をまさに翼のように広げ、急速に加速し、右手で腰のプラズマカッターを抜き放ち辺りの敵機をものすごい勢いで攻撃し始めた。

 その姿を見たタクトは思わず声を漏らす。

 「・・・翼・・・?」

 その機動性はタクトやレスターだけでなく、エンジェル隊をも唖然とさせた。

 この場にこそいないが、カンフーファイターの機動性ですら回避不能な弾膜を軽々とかわし、とにかくまあ斬るわ斬るわと、メッタ斬りというか、ともかく敵の部隊の半数以上をあっという間に全滅させてしまった。

 「味方・・・なのか?」

 「そうじゃない?ともかく助かるよな」

 とても司令官、というか軍人とは思えない緊張感のかけらもない感想を言う。もっとも助けられているのは事実なので完全に敵と判断することはないが。

 そうこうしているうちにその機体はプラズマカッターを主軸として、腰や右肩のランチャー(肩の方はビーム)に加え、手首からのビームショット、頭部のバルカン砲とありとあらゆる武装を駆使して残りの敵機、敵艦全てを全滅させてしまった。その総合的な戦闘力は、もはやトランスバール皇国最強といわれる紋章機を軽く上回っている。もっとも、あれだけの性能を誇る分、パイロットの腕もかなりのものだと思うが。

 ともかくあっという間だった。白い機体が現れてから敵が全滅するまで2分とかかっていない。

 全員が唖然とする中、タクトはいち早く我に返った。状況を気楽に見ていたために他の者より冷静さを取り戻すのが早い。

 「アルモ、あの機体のパイロットと通信をつないでくれ」

 「あ・・・りょ、了解!」

 「お、おいタクト!?」

 遅れて我に返ったレスターがあわてる。もっとも、典型的な朴念仁である彼らしい反応だ。

 「相手が誰であれとりあえずお礼は言わなくちゃな。助けてもらった身なんだし」

 レスターも認めている部分があるのかそれ以上何も言わなかった。

 「マイヤーズ司令、通信つながりました」

 「そうか、モニターに出してくれ」

 「いえ、それが・・・むこうは映像画面を斜断していて・・・」

 すこし変な感じがしたが気にはしなかった。

 (単に顔を見られたくないだけかもしれないしな)

 「わかった。音声だけでいい」

 「了解」

 アルモが言った通り、音声のみがその機体とつながった。

 「こちらは儀礼艦エルシオール艦長、及びムーンエンジェル隊の司令官、タクト・マイヤーズだ。誰かは知らないけどおかげで助かったよ。クルー全員を代表してお礼を言わせてほしい。どうもありがとう」

 すると、しばらくして向こうから返事が返ってきた。

 「いや、そんなことないさ。気にするなよ」

 低すぎず高すぎずの男の声だ。だが声だけで顔が見えず、先程とは違いタクトは何故かそのことが無性に気になった。

 「そうか、ありがとう。・・・ところで、君は誰だ?どこの軍に所属している?」

 再びしばらく間があった後、返事がきた。

 「・・・俺は軍人じゃない。それに、名乗るほどの者じゃない。・・・あなたほど名前が有名でもないんでね」

 通信を聞いていたフォルテが軽く口笛を吹いた。

 「今時めずらしいタイプの男だねぇ」

 「でも、悪い人じゃなさそうですね」

 「・・・・・・」

 会話が止まり、もう用は終わったと向こうは認識したらしく、白い人型の機体は移動し始めた。

 「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」

 「あ、ま、待った!」

 「・・・まだ何かあるのか?」

 反射的に呼び止めた。

 「その・・・何かお礼がしたいんだけど・・・」

 そのセリフにブリッジのクルーたちは驚き、レスターにいたっては怖い顔をこちらに向けているが、あえて気にしないでおく。

 「お礼・・・」

 向こうのパイロットの声がどこか驚きと喜びが入り混じった気配がしたので、タクトはここぞとばかりに追い討ちをかけた。

 「そ、そうだ!補給ぐらいならしてあげられるけど、それでどうだい?」

 一瞬の躊躇の後、どこか選択の余地がないかのような声で返事が返ってきた。

 「じゃあ・・・補給を頼めるか?」

 「お安いご用だ!じゃあ紋章機の後について言って格納庫に入ってくれ。・・・ええと・・・」

 その意図を理解してくれたのか、白い機体のパイロットは初めて名前を名乗ってくれた。

 「俺の名前は裕樹、朝倉裕樹だ。それと、この機体・・・ウイングバスターだ」

 「わかった。じゃあ裕樹、中で待ってるよ」

 そうして通信が閉じられる。言われた通りあの機体、ウイングバスターはラッキースターの後について格納庫へと入っていった。

 「じゃあレスター、後は頼んだよ」

 「・・・・・・もう好きにしろ」

 あきれ顔で大きくため息をつくレスターを横目にタクトはウキウキと格納庫へと向かった。

 

 ______この時、タクトの本心を見抜いたのは、レスターだけだった。

 

 格納庫へ着くとラッキースター、ハッピートリガー、ハーベスターはすでに着艦しており、そしてウイングバスターと呼ばれた機体も着艦していた。

 「あ、タクトさん」

 ミルフィーユ、フォルテ、ヴァニラの元気そうな顔を見て、タクトは思わず安堵の息をついた。

 「みんな、大丈夫か?けが、してない?」

 「はい!全然平気です!」

 「そうか・・・ともかく良かった。お疲れ様」

 「・・・タクトさん・・・ランファさんたちは、どうなったのですか・・・?」

 「ああ、今ブリッジで捜索してるよ。きっとすぐ見つかる」

 「・・・そうですか」

 3人はほっと胸をなで下ろした。

 「ランファたち・・・無事だといいけど」

 「大丈夫だよ、きっと」

 「ところであの機体のパイロットはまだかい?一言お礼が言いたくてねぇ」

 「うん、あ、出てくる・・・!」

 白い機体、ウイングバスターの胸のコックピットが開かれ、パイロットがデッキハンガーに現れた。

 中から出て来たのは見た目20歳ほどの青年だった。ジーンズにスニーカー、チェックのシャツに紺色のジャンパー、水色の髪をほんの少しだけ後ろで縛っているのが特徴的である。俗に言う、しっぽ頭というやつだ。その姿、というか服装を見る限り、とてもじゃないがパイロットスーツには見えない。もっとも、その点に関してはエンジェル隊も同じだが。

 ウイングバスターのパイロット、朝倉裕樹はデッキに降り立つと、整備班の視線を一身に受けながらタクトたちの方へ歩き出した。

 「よう、お前さん裕樹っつったね。ありがとな、おかげで命拾いしたよ」

 「ホント、ありがとうございます!!」

 「・・・・・・ありがとう・・・ございます」

 「いや、別にいいさ。こっちも補給してもらえるし」

 裕樹は少しだけ微笑みながら答えた。

 「改めてよろしく。朝倉裕樹だ」

 「私はミルフィーユ・桜葉です。ミルフィーでいいですよ!」

 「あたしはフォルテ・シュトーレンさ」

 「・・・ヴァニラ・Hです・・・」

 各々の自己紹介が終わる。その中、緑髪の少女、ヴァニラがじっと自分の顔を、______いや、自分の目を見つめているのに気づいた。この青い瞳が随分珍しいのは裕樹自身、自覚しているのだが。

 「・・・・・・」

 「・・・?何か?ヴァニラ」

 「・・・いえ、何でもないです」

 不思議に思ったが深くは考えなかった。どうせ会うのは今日限りなのだから。

 頃合を見計らってタクトが話し出す。

 「それにしてもあの機体、ウイングバスターだったっけ?人型の戦闘機なんて変わった機体だなぁ」

 「・・・まあそうだろな。タクトさんほどでも知らない・・・か」

 「『タクト』でいいよ」

 これがタクトらしさだった。タクトは階級や緊張というものをあまり好まず、和やかにほんわかとしたムードで他人と接するのが好きだった。だからどんな相手にでも気楽に呼んでほしいのだ。

 「わかった。タクトな」

 もはやミルフィーユたちにとっては見慣れた光景であった。

 「なあ裕樹。ものは相談だけど・・・あの機体、補給ついでに少し調べてもいいか?」

 「・・・・・・」

 まあ予測はしていたことだ。この司令官がその目的で自分を招いたことは薄々感づいていた。

 「別にいいけど・・・」

 許可をもらい、タクトはウイングバスターの前で待機していたクレータに向かって頷いた。

 「・・・じゃあ、後はクレータ班長にまかせて俺たちは休もうか」

 「・・・ま、まかせていいのか?」

 「大丈夫ですよ。クレータさんはすっごくいい人ですから」

 (・・・そんなワケのわからん基準で言われてもなぁ)

 初めからそうだったがどうもここの連中はストレートに変な感じがした。言い換えるならば、とてもじゃないが軍隊とは思えない。女性がパイロットということに違和感はない。だが見た目14,5歳ぐらいの少女に加え、ぽわーっとした少女は軍人には不似合いだった。ただ、フォルテという女性だけは違った。上に着ている制服の内側に今時珍しい火薬式のリボルバーを見たし、その歩き方からスカートの中にも小型の銃を忍ばせているだろう。

 ______もっとも、その程度なら裕樹にとって何の問題もなかった。

 タクトは前の二人と同じ感じだが、どこか、通じ合う“何か”を感じた。

 (これは・・・セフィラム?いや、違うな。もっと何か、別の・・・)

 

 

 「さ、座って座って。何頼む?」

 裕樹は言われるままに4人について行ったのだが、着いた先はカフェテリアだった。

 (・・・え?)

 「?どーしたんだい裕樹」

 「・・・カフェテリア?」

 「そうですよ、ここの紅茶はおいしいんですよ」

 「いや、そーじゃなくってね?」

 裕樹は4人を見渡してから改めて聞いてみる。

 「ここ、艦の中だよな?」

 「うん」

 「軍艦・・・だよな?」

 「まぁ、そうだねぇ」

 「なのにカフェテリア?」

 「はい!」

 「・・・紅茶?」

 「・・・おいしいです・・・」

 裕樹の思考はしばらく停止した。そして一言、

 「なんて艦だ、ここは・・・」

 「あはははは!!」

 タクトが思わず爆笑する。他の2人も笑っていた。ヴァニラのみ、本人ではなくいつのまにか右肩に乗っていたウサギのようなペットが笑っている。

 「ははっ・・・まあ、そうだよな。俺も初めてエルシオールに来た時も同じような事を言ってたよ。ま、普通はびっくりするよな」

 「いや、びっくりするとかじゃなくて・・・」

 「他にも食堂とか展望台公園とか海とかスーパーとかトレーニングルームとかもありますよ」

 「・・・・・・」

 今度は思考どころか体の動きが全て凍りつく。そして一言、

 「いや、軍艦として・・・しかも、海?」

 「まぁね、元々この艦は軍艦じゃなくて儀礼艦だからね」

 「儀礼艦・・・ふーん・・・」

 僅かな時間、思考をめぐらせた。

 「・・・そのワリにはどでかい主砲がついてたけど?」

 間違いなくクロノ・ブレイク・キャノンのことだ。これには説明に困る。

 「うーん・・・まあ、色々あるんだよ、イロイロ」

 「ふーん・・・まあ別にいいけどな」

 興味がないわけではないが別に自分には関係のない事なので気にしなかった。

 「あ、そうだ!裕樹さん、私のケーキ食べてみてください!」

 「ケーキ?」

 「はい!すぐに持って来ますね!」

 返事もしてないのにさっさと行ってしまう。まあ、食べないわけではないが。

 「ミルフィーユはケーキを作れるのか?」

 「ああ。ケーキだけじゃなくて料理ならなんでもおいしいんだ」

 嬉しそうに、それでいてまるで自分の事のようにタクトは教えてくれた。

 「へぇ、器用なんだな」

 「まあドジっぽいところもあるんだけどねぇ。・・・惚れるんじゃないよ?すでに予約済みだからね」

 ニヤニヤしながらまるで試しているかのようなフォルテの言葉が、魔性の雰囲気をにじませた。

 「いや、そんなことはないけど・・・誰?タクト?」

 隣を見るとタクトの顔が少しだけ赤く染まりつつ苦笑していた。

 図星だ。

 「・・・お似合いだな」

 「ありがと」

 「・・・裕樹さん」

 突如、ヴァニラに話しかけられ驚く。どうも不思議な雰囲気を持つ少女だ。苦手なわけではないのだが、何か、見透かされているような気がする。

 (・・・まさかな)

 「なんだいヴァニラ」

 「何を・・・飲みますか・・・?」

 特徴的な赤い瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚える。・・・やはり、少し考えすぎのようだ。

 「あ、じゃあミルクティーを」

 「・・・わかりました」

 まったく表情を変えず、一言、頷くとカウンターに向かい、やがてミルクティーとコーヒー3つ、あとレモンティーを持ってきてくれた。

 フォルテ、ミルフィーユ、タクトの席の前にコーヒーを置き、「・・・どうぞ」と呟きながらミルクティーを置いてこれた。彼女自身はレモンティーを飲むらしい。

 「ありがとう」

 そして一口、ほどよい紅茶の香りにミルクのまろやかさが口の中の広がる。______ようするに絶品だった。

 「お待たせです!」

 紅茶の味に浸っていると、丁度ミルフィーユがオードスタイルな生クリームイチゴケーキを持ってきてくれた。ミルフィーユは慣れた手つきで8つに切り分けた。

 「どうぞ裕樹さん」

 「ありがと」

 さっそく一口食べてみると、ほどよい甘さにふんわりとしたスポンジ生地、しつこくなくまろやかな生クリームが______ようするに格別の味だった。

 「どうですか?」

 「・・・おいしい。うん、すごくおいしいよミルフィーユ」

 「ミルフィーでいいですって」

 不思議な空気だった。何故か、自然とやすらげる。人の、心の温もりが直接伝わってくるかのようだ。

 (・・・なんか、久しぶりだな。こういう空気・・・)

 この艦が軍艦だということも忘れ、裕樹はささやかな時間を楽しんだ。

 

 

 

 その後、補給が完了し、裕樹はタクトたちと別れようとしていた。

 「じゃあ、俺はそろそろ・・・ケーキ、ごちそうさま」

 「エヘヘ、いつでも食べに来てくださいね!」

 それが気休めの挨拶ではなく、本気で思っていそうでなんだかおかしく思い、微笑した。

 「じゃあな裕樹。またどっかで会えるといいね」

 「戦場以外の場所が望ましいね」

 「同感だねぇ」

 本当にそうだ。こんなに気のいい連中なら遊ぶときには会いたいものだ。

 ______そう思った自分を、叱咤した。

 「・・・お気をつけて・・・」

 「ああ、ヴァニラも」

 すると肩に乗っているウサギが照れだした。おもしろい。

 「じゃあ裕樹、元気で」

 「ああ、タクトやみんなも。死ぬなよ」

 それだけ言って、裕樹は一度も振り返ることなく、ウイングバスターへと向かった。

 裕樹がコックピットに入るのに合わせて、ミルフィーユ、フォルテ、ヴァニラはブリッジへと移動する。

 が、タクトだけは、

 「・・・クレータ班長、解析は・・・」

 「こちらです」

 ウイングバスターの解析データを持って、遅れてブリッジへ向かった。

 

 「ウイングバスター、発進します」

 ウイングバスターが発進するのをタクトとエンジェル隊はブリッジで見ていた。宇宙に目立つ白銀の機体ものすごい速度で加速し、あっという間にレーダー範囲外まで行ってしまった。

 「・・・行っちゃいましたね」

 「そうだねぇ。ま、面白いやつだったよ」

 「・・・そうです、ね」

 「なーんか名残惜しいなぁ・・・」

 「・・・あのな」

 個性ある(ありすぎる)会話がブリッジに響き、レスターがたまらずストップをかけた。・・・つもりだった。

 「なんだか裕樹さんって、タクトさんに似てましたよね」

 「へ!?・・・どこが?」

 「そうさねミルフィー、顔だけならタクトよりはるかに上だよ?」

 「フォルテ・・・そんなアサッリと・・・」

 あまりに正直すぎる感想に嘆くタクト。すかさずミルフィーユがフォローをいれる。

 「なんていうか・・・空気?みたいなものがですよ」

 「・・・空気、ですか?」

 ヴァニラが小首をかしげる。と、いい加減、レスターが真剣に睨んできた。これ以上はマズイ。

 「タクト・・・」

 「わ、わかってるって。・・・ココ、アルモ、ランファたちは見つかったかい?」

 「いえ、それがまだ・・・」

 途端、エンジェル隊3人が少し元気を無くす。やはり心配なのだろう。

 「ココ、紋章機がロストした時の方向などから予想図を割り出してくれ」

 「すでに計算していますが・・・モニターに出しますか?」

 「頼むよ」

 「了解」

 表示されたモニターを見ると予測ポイントが9ヶ所も割り出されていた。タクトは頭を抱えるしかなかった。

 「どうするタクト。しらみつぶしにいくか?」

 「そんな!それじゃランファたちが・・・!」

 「安心しろ。紋章機は生命維持装置がある限りエンジンをやられていたとしても3日はもつ」

 とりあえず大丈夫なのだがミルフィーユの顔は曇ったままだ。もちろん早く助けたいのはタクトも同じだ。

 「・・・けれど、特に手がかりがあるわけじゃない。酷な言い方になるけどしらみつぶしに行くしかない。ココ、各ポイントを近い順にルート立てて移動してくれ。何よりも先に、ランファたちを救出する!」

 「了解。・・・次のポイントまで約1時間です。その後は約10分刻みで各ポイントを回れます」

 「わかった、エンジェル隊は第3戦闘配備で待機しててくれ。さっきみたいに戦闘に入る可能性がある」

 「了解だよタクト」

 フォルテは2人を連れて、早々とブリッジを後にした。

 「ふう・・・」

 「どうした、タクト」

 「いや、珍しく真面目に働いたから疲れてさ・・・」

 「・・・あのな・・・5分程しか喋ってないだろうがっ!!!」

 思わずココとアルモを始めとしてブリッジのクルーがクスクスと笑いだす。

 「まったく・・・」

 「あはは・・・っと、レスター」

 「今度はなんだ」

 「後で・・・司令官室に来てくれ。・・・話がある」

 「・・・了解した」

 元より、レスターはタクトが何について話があるかなど、当然のように理解していた。

 タクトは、何も言わずにブリッジを後にした。