第四章「迫り来る者たち」

 

裕樹が話せるだけの話をした翌朝、タクトは朝食をとりに食堂へ向かった。食堂にはすでにミルフィーユ、ヴァニラ、ちとせがすでに席についていた。ミルフィーユがこちらに気づくと笑顔で手を振ってきたので自然と手を振り返す。

とりあえずタクトは、ハムトーストにスクランブルエッグ、コールスローサラダがセットになっているモーニングセットを頼み、トレイを持って3人の所へ向かう。

「タクトさん、おはようございます!」

「ああ、みんなおはよう」

「おはよう・・・ございます」

「おはようございます、タクトさん。よく眠れましたか?」

相変わらずミルフィーユは元気全開で、ヴァニラは静かで、ちとせは落ち着いた感じだ。ともあれ、みんな元気そうだ。

「まあそれなりにね。問題もいろいろあるけど後一日で白き月だからもう少しの我慢さ」

「白き月かぁ・・・一週間ぶりですね」

「・・・シヴァ陛下やノアさん・・・シャトヤーン様は元気でしょうか・・・」

「そうですね、シヴァ陛下たちにお会いするのも久しぶりですね。・・・そういえばタクトさん」

「ん?」

思い出したようにちとせが尋ねてきた。ま、話題の前後からおおよそはわかっているが。

「その、今回のことをシャトヤーン様たちに報告する際、朝倉さんはどうするのですか?」

「あ、そういえばどうするんです、タクトさん」

「うん、いろいろ考えたけど裕樹を信用して、裕樹にも会ってもらうことにしたよ。直接会ったほうがいろいろややこしくなくていいからね」

楽観的に聞こえるが、きっと真剣に考えて出した答えに違いないと思い、ちとせは特に反論しなかった。

「もちろん、俺からもフォローするけど・・・きっとみんなちとせみたいに疑うだろうからね、この艦みたいにはいかないさ」

「あ・・・の、その・・・」

昨日の失態を言われ、心なしか泣きそうな顔になるちとせ。それを見てタクトはあわててフォローする。

「いや、別にちとせを悪いっていうわけじゃないんだ。・・・みんな、シヴァ陛下やシャトヤーン様が大切だから危険なモノを近づけさせたくないんだ。・・・ちとせだってそうだろ?」

「は、はい・・・」

どことなくほっとしたような顔になるちとせ。

「ちょっと待ってください、タクトさん。裕樹さんは危険じゃないですよ。というかいい人です」

「・・・ミルフィー、そういうのは理屈じゃないんだ。正体不明で謎の力を持ってるとなれば大半の人は疑ってしまうものなんだ。・・・仕方ないよ」

「・・・でも、裕樹さんは・・・」

タクトは悲しげになっていくミルフィーユを慰めるように、それでいて諭すように話した。

「大丈夫だよ。俺がフォローするって言ったろ?これでも『皇国の英雄』なんていう名誉な呼び名をもらってるんだ。なんとかするさ」

「・・・タクトさん」

なんだか尊敬の眼差し、という感じで見つめられる。ほとんどそんな風に見られることがなかったので照れくさくなってしまい、思わず話題を変えた。

「そういえば、昨日の裕樹、すごかったよな」

「・・・裕樹さん・・・強いですね」

「強いなんてものじゃなかったよ。なんていうか・・・すごいの一言だ」

実は昨日、裕樹の許可を得て戦闘時のウイングバスターの映像を再生して見てみたのだ。(その際、ウイングバスターの機体コードが、SW−101だと教えてもらった)

して、その内容は凄まじいの一言だった。

裕樹は、機体の動かし方、反応速度、反射運動、空間把握能力、一瞬先の予測力と、全てにおいて超人の域にまで達しているほどの腕前だったのだ。特に接近戦のセンスが凄まじく、近距離では彼は敵なしと言えるほどだ。・・・・・・というより、彼の戦い方は普通ではない。なんというか、流れる(・・・)まま(・・)()機体を動かしている______流れ(・・)()感じて(・・・)それに反応している、というのが正しいだろう。

「・・・信じられませんよね、あそこまですごい腕前のパイロットは・・・」

もっとも、裕樹からすればちとせの射撃、及び狙撃技術のほうが神がかり的なものと見ているのだが。

「あーいうのを天才っていうのかな?」

「いや、彼は自分を過信しすぎてない。あれは努力の証だよ」

ちなみにミルフィーユは天才というなの天然。逆もまたしかり。

 

 

 

同時刻、裕樹は持参していたモニター付きの小型の通信機の回線を開いていた。モニターに写る人物は背丈が低く、大人しめの少女だった。青紫色のミディアムヘアー、長いもみあげを三つ編みにしているのが特徴だ。その少女の赤紫の瞳がモニター越しに裕樹をじっと見つめていた。

『それで、話しちゃったんですか?それもそっちの世界で英雄って呼ばれてる人にですか?』

「あ、ああ・・・。やっぱマズかったかな?」

モニターにうつる少女は少し困った顔をしながら話している。やはりすこし謙遜すぎたか。

『大丈夫ですよ。軍も動き出してしまいましたし、EDENを奪われるワケにはいきませんからね』

「わかってる。ありがとな、春菜」

言われて彼女、音無春菜(おとなし はるな)は嬉しそうにニッコリと笑った。

『どういたしまして。ところで、なんだか軍の上層部にウイングバスター、裕樹さんがEDENにいるってバレちゃいましたよ?なにをしたんですか?』

「・・・・・・戦った。IG部隊と二度ほど」

春菜の驚きの視線。それが段々と呆れている視線に変わっていく。その意図をあえて言葉にすると、「・・・何を考えているんですか?裕樹さんは・・・」______といったところか。

「いや、その・・・エルシオールって艦を助けるために仕方なくだな・・・」

『・・・けれど、裕樹さんのやろうとすることのためには介入しなかったほうが・・・』

「・・・わかってる。・・・けれど、理屈じゃなかったんだ、あの時は・・・」

『・・・?』

わかっている。敵の部隊を二度も撃退してしまったのだ。それにこの機体もそれなりに有名だ。おおっぴらに戦えば、まあそうなるだろう。

______けれど、あの時・・・確かに聞こえたんだ。

   アイツの、声が・・・・・・

   だから・・・・・・

『裕樹さん?』

「・・・ま、なんとかするよ。こんなところで死ぬわけにはいかないしな」

すると春菜は微笑んだ。自分の決意を理解し、受け止めてくれる事の肯定の微笑み。彼女が、今の自分に味方してくれるたった一人の協力者。

「ところで春菜。なんでリ・ガウスはEDENの世界に攻撃をしかけたんだ?このままだとEDENと開戦しちまうぞ?」

『それが・・・こちらでもよく分からないんです。噂を信じるならリ・ガウスの惑星の一つが攻撃を受けたのだとか』

「クロス・ゲート・ドライブも作り出せていないEDENがか?それこそ不可能な話だろ」

『ですよねぇ?・・・とりあえず、しばらくこっそり情報を集めておきますね』

「ああ、頼むな」

お互い少し微笑む。少し、和やかな気分になった。

『私も、今はこっちにいますけど、機会をみてそのうち裕樹さんのそばに行きますから。だから・・・それまで、無理、しないでくださいね?』

「うん、わかった。ウイングバスターも大切に乗るよ。春菜も気をつけてな。また連絡するから」

『はい、待ってますよ』

最後に、とびっきりの笑顔を見せてくれながらお互いの通信報告を終わらせた。

「・・・ふう、元気そうだったな、春菜・・・」

通信機をしまいながら思いにふける。本当は、こんなものを使う気はなかった。全部、自分一人でやろうと思った。その行動は今までの仲間や親友を裏切ることを意味していたから。

でも、それでも春菜は問答無用で協力してくれると言ってくれ、この通信機を渡してくれた。______正直、嬉しかった。いろんなものを含めて。

「・・・朝食、食べに行くか」

タクトには艦内を自由に回っていいと言われている。特に遠慮することなく、ゲストルームを後にした。

 

 

 

朝食後、白き月に着くまで裕樹は暇だったので探検気分でCDブロック辺りをうろついてみた。・・・が、

「それにしても・・・広いな。地図でももらうべきだったかな、これは」

焦ってないが冗談抜きで今、道に迷っていると自分で確信している。マジで広いうえに入り組んでいるのだからなおのことである。

ちなみに裕樹は今、Dブロックの倉庫辺りをうろうろしていた。

しぐさがよほど迷っているように見えたのだろうか、少しの笑いと共に後ろから声をかけられる。

「あら、あなた・・・フフッ、道に迷ったのかしら?噂のエースパイロットさん?」

大人の女性だった。見た目だけでなく、しぐさや雰囲気も全て含めたうえで。汚れのない白衣を着ていて左腕に赤い十字のワッペンをしている。恐らく船医なのだろう。

「あなたは?」

「ケーラよ。一応、この艦の船医ということになってるわ。専門はカウンセリングなんだけど」

よろしく、といった感じで握手を求めてきた。反射的に手をだす。

「えと、朝倉裕樹です。・・・よろしく」

「それで?こんなところで何をしているの?まさか、本当に迷ってるのかしら?」

「ええ・・・まあ。・・・ムチャクチャ広くて。地図をもらうべきでしたよ」

それを聞いてケーラは上品に笑う。大人というものなのだろうか。

「それは大変ね。すぐそこに医務室があるからいらっしゃい、コーヒーをごちそうするわ」

そう言いながら返答も待たずにケーラは歩きだした。やることもないし道にも迷っているので裕樹はそのまま後についていった。

 

 

 

医務室はとても清潔で、なのに薬品のニオイがしない。なんというか、さすがである。

と、そんなことを考えていると奥から見慣れた少女が現れた。

「あら、いたのヴァニラ」

「ケーラ先生・・・傷薬のストックを、置いておきました」

「ありがとうね」

「・・・・・あ」

と、ヴァニラがこちらの存在に気づいたようだ。以外な来客に少し驚いたのだろうか。だが、

「・・・では、私はこれで・・・失礼します」

早々とお辞儀をしてからさっさと医務室を出て行ってしまった。

「ゆっくりしていけばいいのに・・・。ああ、ごめんなさいね。適当に座っていてちょうだい」

「はあ」

言われるままにパイプ椅子に座る。しばらくするとケーラがコーヒーを持ってきてくれた。入れたてのいい香りが鼻の奥を刺激する。

「どうぞ」

「あ、どうも」

まずは一口。なかなかの絶品だ。こういう場所で飲むせいかやけに落ち着く。

______ふと、先程出て行った少女が少し気になった。

「無口なんですね、彼女」

「彼女?ああ、ヴァニラのことね。そうねえ・・・あの子はまだ14歳だけど、いろんなことを経験してきて、ある殊の訓練みたいなものね、無口なのは。・・・・・・気になるの?」

「少し・・・・・・あのくらいの年頃ならもっと明るくてもいいのに、あの()は・・・何か、悲しいような雰囲気を感じたんですよ」

「ふうん・・・いい洞察力ね、エースパイロットさん」

名前を名のったのに呼ばないのは警戒しているか、それとも彼女の癖なのかは、裕樹にはわからなかった。ケーラは足を組みつつコーヒーを口に運ぶ。

「この艦のパイロットや司令官さんたちはいろんな過去を経験して戦っているのよ」

「わかるんですか?」

「言ったでしょう?専門はカウンセリングなんだからわかっちゃうのよ、顔を見ればね。・・・もちろん、あなたもよ」

「・・・・・・」

無意識に警戒する。ミントとは違い、言葉で探りを入れられている。

「そんなに警戒しなくてもいいわよ。・・・ただね、あなたを見てると分かっちゃうのよ」

「・・・何がです?」

ケーラが何か言う前に、突如サイレンが鳴り響く。

『敵襲です!!総員、第一戦闘配備へ!!繰り返します・・・』

反射的に裕樹は立ち上がったが、裕樹は迷った。ある意味、ここでタクトたちの味方をすれば完全にリ・ガウスとは決別するだろう。いくら捨てた世界とはいえ、その世界の人たちと敵対する覚えはない。どうするべきか、考えがまとまらなかった。その時、ケーラが口を開いた。

「悩んでるのね・・・。けど、人はその時その時、正しいと思ったことを信じて行動するしかないのよ」

「・・・・・・」

「あなたがどう行動しようと私は止めないわ。けど・・・」

自然と続きを待った。

「もしよかったら・・・あの娘たちを、助けてもらえないかしら?」

「・・・ケーラ、先生?」

少しの間、沈黙が流れる。鳴り響くサイレンが妙にうるさかった。

「・・・ここを右に出てしばらく進めば格納庫があるわ。______助けてもらえるなら、行ってあげてちょうだい」

「・・・・・・」

(・・・正しいと、思うことを・・・)

そう、それは本能のままに。裕樹は、今の自分がなすべき事は、一つしかないことにあらためて気づく。ならば、あとは行動するのみだ。

「ありがとうがざいます。コーヒー、おいしかったです」

「待って」

走り出そうとする裕樹をケーラが呼び止める。裕樹は上半身だけ向き直った。

「あなたさえよければ、相談にのるわ。・・・あなたの過去についてもね」

笑いかけてくれるケーラに軽くお辞儀をし、裕樹は走りだした。

その後ろ姿を、ケーラはしばらく見つめていた。

(素直な青年。けど、純粋すぎるわ、彼)

 

 

 

 

『タクト!エンジェル隊スタンバイOKだよ!!』

「わかった、少し待機しててくれ」

フォルテからの通信を切り、敵部隊を見てみる。人型戦闘兵器、IGが大量に編成を組んでいる。

「ココ、敵部隊と通信はつながったか?」

「駄目です。向こうは完全に拒否しています」

「やるしか・・・ないな」

「ああ、ここでやられるわけにはいかないからね」

タクトとレスターは頷き合い、戦闘を覚悟する。

「裕樹は協力してくれないかな?」

「・・・全面的に味方するとは言ってないからな、強制はできんさ。・・・それに、亡命者なら戦いにくいだろう。自軍とは」

だが、それでも本音を言えば協力して欲しかった。彼がいるだけで戦闘は格段にラクになるだろう。

タクトは仕方なくその望みをあきらめた。

「仕方ない・・・エンジェル隊、はっ・・・」

『タクト!俺も出る!!』

「な・・・裕樹!?」

 

 

 

「今、俺はこれをすべきだ。・・・アンタ等と戦う!」

『・・・いいのかい?裕樹・・・』

モニター越しのタクトの顔を見つつ、ニカッと笑う。決意の証として。

「まかせとけ!それに、奴らとの戦闘は俺のほうが慣れてるからな」

『わかった、助かるよ。______みんな!聞いたとおりだ!裕樹と協力して戦ってくれ!!』

『了解ッ!!』

エンジェル隊全員が元気よく言った。誰一人として拒絶するものはいなかった。

各部電源を入れ、機体を起動させているとエンジェル隊から通信が入ってきた。

『裕樹さん!頑張りましょうね!!』

『裕樹、アテにしてるわよ!!』

『裕樹さん、今一度お力をお借りしますわ』

『裕樹、アンタの腕前、頼りにしてるよ』

『裕樹さん・・・無理は、しないでください・・・』

『・・・朝倉さん、信じてますから、私』

「・・・ミルフィー、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせ(・・・)、みんなも気をつけてな」

初めて、ちとせを名前で呼んだ。それは信じてくれるという気持ちのお返しで、裕樹がちとせを仲間として信じるという証だった。

『裕樹さん!クレータです』

「クレータさん?何か?」

『裕樹さんはそのまま上部に移動してください!紋章機の補給後用のカタパルトデッキがありますから!』

「わかった、ありがとう」

『よし・・・エンジェル隊、発進だ!!』

『エンジェル隊、発進するよ!』

直後、格納庫の下部デッキが開き、紋章機がハンガーにぶら下がるように出撃、発進した。

そして、ウイングバスターも上部カタパルトに到着する。

『ウイングバスター、発進どうぞ!・・・気をつけてください』

ココの気遣いの言葉を受け取り、ウイングバスターは発進する。

「朝倉裕樹、ウイングバスター、行くぞ!!」

かくして、白き翼の白銀の機体は紋章機と共に戦場へ向かった。