第五章「白翼の衝動」

 

 

6機の紋章機と一機のIGは編成をとらず、バラバラに飛びながら戦いの宇宙へと向かっていく。

IGと交戦に入る前、裕樹はふと思い出したように全ての紋章機と通信回線を開いた。

『どうしたんです?裕樹さん』

モニターに写ったミルフィーユの頭の上にある天使の輪がなんだか本当の天使と見間違ってしまう。無論、これはH.A.L.Oシステムの具現化によって発生しているのだが、裕樹はまだ知らなかった。

「・・・あ、そ、そう。あの機体、アスグって言うんだけどな、あの機体は武装からして遠距離戦闘ができない。だから・・・」

『ミントとちとせは遠距離射撃にまわったほうがいいってわけかい。なるほどねぇ』

自分の言いたいことフォルテがしっかり言ってくれたおかげで、続けるセリフが無くなってしまった。

『わかりましたわ。では私とちとせさんは支援にまわりますわ』

トリックマスターとシャープシューターは早々と旋回していった。

「・・・よしっ!アスグは俺が引き付けるから戦艦はまかせた!」

『まかしときなさいよ裕樹。アタシの実力を見せてあげるわ!』

「ああ、期待してる」

ウイングバスターは可変翼を広げ、驚異的な速度で敵部隊へと突撃していった。

「よおーっし!私たちも頑張りましょうね!!」

ミルフィーユの声に頷き、ラッキースター、カンフーファイター、ハッピートリガー、ハーベスターの4機も加速を開始した。

 

 

 

敵の射程外から支援攻撃を開始したミントとちとせは、アスグと呼ばれたIGの中に突撃し、突破していくウイングバスターの姿を見つめていた。

(強い・・・でも、恐れは感じない。むしろ、頼もしさを感じる・・・)

それは、あきらかなちとせの心情の変化だった。言う事は厳しいが何も間違ってない彼。眩しいほどに真っ直ぐな彼。たった数日一緒にいただけでそれを感じたのだ。だからこそ、ちとせは・・・

「・・・ミント先輩」

「何です?ちとせさん」

「私・・・朝倉さんを信じます。あの人が言わなかった事は、きっと私たちに迷惑がかかるからだって、______そう信じます、私は」

自分で決めた。だから信じる。______単純だが、その考え方は他の何にも影響されない意志の強さがある。

ミントもそれをしっかり見抜いた。

「なら、私も彼を信じますわ。・・・彼はもう、私たちの仲間ですから」

「ミント先輩・・・はい!!」

二人の天使の輪(HALOシステム)の輝きが、一層強まった。

 

 

 

 

 

驚異的な速さと強さで部隊を壊滅へと導いていくウイングバスターにリ・ガウスのパイロットたちは恐怖を確信する。

「つ、強すぎる!」

もちろんパイロットの腕のせいでもあるのだが機体性能が明らかに違うのが原因でもある。

ウイングバスターは運動性や加速力など、とにかく早さを極限まで追求した機体であり、それこそアスグ程度ではまるで追いつけない。せめてディアグスぐらいの性能がないとまるでだめだ。そうであったとして、例えウイングバスターをロックオンできたとしても裕樹の腕前のせいでライフル弾は全て避けられ、切り払われるのがオチである。

この、わずか一瞬の間に、ウイングバスターはプラズマカッターを抜き放ち、迫る。白き疾風が駆け抜けた直後、3機のアスグの手足が切断される。あわててライフル、マシンガンを放つが、砲撃を鮮やかに回避しつつ更に襲いかかってくる。ウイングバスターが右肩のスティンガーキャノンを構えた直後、砲口から閃光が走り、残った機体が次々と撃墜されていく。

「これが・・・解放戦争の英雄の力なのか・・・」

パイロットの一人が圧倒的な力の前に絶望の一言をもらした。______直後、

「私が行こう」

アスグの部隊の中で唯一、その後継機であるディアグスを駆る人物が進みでた。

「隊長!?」

「元より今回の作戦は大型戦艦、大型戦闘機、及び『白き翼』の偵察目的のはずだ。・・・すぐに撤退しろ」

「しかし、それでは・・・」

「心配するな、時間を稼ぐだけだ。急げよ」

こちらの意志が通じたのか残ったアスグたちは一斉に引いていく。

ディアグスはアスグを撃墜しながらやってくるウイングバスターに銃口をむける。

(まさか・・・あの人と戦うことになろうとはな)

そして、射程内に入ったウイングバスターに対して、ディアグスはビームライフルのトリガーを引きしぼった。

 

 

 

 

裕樹はアスグを切り裂いた直後に放たれたビームをかろやかにかわしつつ、手首のビームショットを放つも、相手のディアグスは教科書に載っているかのような正しい動きで対角線上に避けていく。

「!あのパイロット、他の奴とは動きがまるで違う!」

両機は互いの攻撃を対射角に移動しながら避けていたが、一瞬の隙をつき、ウイングバスターは両手にプラズマカッターを抜きつつディアグスに斬りかかった。ディアグスはシールドと実剣で受け止める。

と、直接通信が飛び込んでくる。

『・・・ッ・・・!!!ッ・・・な・・ぜ、あなたほどの人が、あなたの救った世界を裏切る!!』

「!?何をっ!?」

両手を外側へ回転させ、無防備な状態を強制的に作り出す、近接格闘術。

(ぐっ・・・これが、SCSか・・・!!!

SCS、スラッシャー・コンフィデンティアリティー・スキルの略称で、裕樹を最強と知らしめた操縦技法である。

せり合った瞬間、自らの向きに合わせて刃を回転させ、強制的に相手のガードを崩し、斬りつけるという常識外れなテクニックである。というより、SCSはまわりからすれば裕樹の鏡面の如く流れるような停止のない近接戦闘術を統して言われることが多い。

無防備なボディにキックを叩き込み、吹き飛ばす。そして隙を与えず接近するが、ディアグスの手首から突如放たれたミサイルに接近を阻まれる。

「っ!あの機体、特殊改造されている!?」

再度、発射されたミサイルを強引に切り裂き、再びせり合う。

『何故・・・亡命など!私は、あなたとは戦いたくはなかった!!』

「勝手なことを言うなっ!!!!

その場で再びSCSをかけ、正面からX字に斬りつけ、吹き飛ばす。

『ぐがぁっっ!!!!!

そこからさらに腰のファングランチャーを放ち追撃をかける。が、相手のディアグスは実弾を受けつつも体制を立て直した。

(あのディアグス・・・よほどの強化を施しているのか?)

裕樹は他の敵が撤退していくのを確認しつつ、ディアグスに向き直った。

「おい、アンタ」

『・・・・・・何用だ?』

「俺は、世界を捨てても、アンタ等と戦うつもりなんてこれっぽっちもない。これ以上、こちらに干渉するな!」

ディアグスのパイロットは思わず唇を噛みしめた。

『・・・ぐっ・・・!!どうして、どうして裏切ったんだ!』

その言葉が、自然と、裕樹の頭の中の撃鉄を落とした。

「裏切る・・・?勘違いするなよ、俺がリ・ガウスを裏切ったんじゃない。お前ら(リ・ガウス)が俺を裏切ったんだよ・・・!!!!!

『な・・・!?』

裕樹はそれ以上、何も言わず、アスグ2機が近づいてくるのを見、エルシオールへと後退していった。

アスグ2機はすぐにディアグスに取り付き、運んでいく。

『隊長!ご無事ですか!?』

「・・・大丈夫だ。それにしても、さすがだ・・・5年ものブランクをまるで感じさせない」

(しかし・・・あの人に一体何が・・・?)

ディアグスの隊長は考えを廻らせつつ、3機は空間の中へシフトした。

 

 

 

 

最後に退却した3機をモニターで確認し、ブリッジのタクトはほっと一息ついた。

「・・・なんとか退けたか」

「ああ。どう考えても裕樹のおかげだがな」

そんなことは誰の目から見てもあきらかだった。敵のアスグの大半を一人で倒したため、紋章機は敵艦の撃墜に専念できたのだ。

「まったくもってその通りだね。______アルモ、前紋章機とウイングバスターに帰艦命令を」

「了解です!」

徐々に帰艦してくる機体を見ながら、タクトは高速周天リンクモニターを閉じた。

「タクト」

唐突に、レスターに呼び止められる。

「ん?」

「お前・・・本当に裕樹をシヴァ陛下やシャトヤーン様に対面させるのか?向こうからすれば疑わしすぎる人物なんだぞ」

「だからこそだよ。そんな人物がシヴァ陛下やシャトヤーン様と直にお会いすればみんなもそう思わなくなるからね」

「・・・そうまでしてやる理由は?」

迫力の込められた顔で真剣に見つめてくる。でも、それでも捻じ曲げるつもりはなかった。

「・・・裕樹の話が本当なら、さっきの戦闘で裕樹は帰る場所をなくしたってことになる。なら、せめてこの艦が彼にとっての場所にさせたいんだ。____________帰る場所があるってことは、とても、大事な事だから・・・」

(・・・マイヤーズ司令?)

会話を聞いていたアルモは最後のタクトの言葉に不思議な違和感を感じた。

「・・・・・・わかった、好きにするがいいさ。けれど、重ねるな(・・・・)。奴は、お前じゃないんだ・・・」

無言で頷き、そして笑い合う。互いを本当によく知っているからこその信頼感。アルモが劣等感を抱いてしまうほどの絆の強さだった。

「じゃあ、俺はみんなをむかえに行ってくるよ」

「わかった。行ってこい」

いつも通りに、タクトはブリッジを後にした。

 

 

 

 

 

 

タクトが格納庫に着くと、エンジェル隊全員が裕樹をとり囲んでいた。

「すごいじゃない裕樹!大活躍じゃないの!!」

「ホント、すごいです〜」

女性陣に囲まれ、まんざらでもないように笑う。・・・顔がにやけないように注意しながら。

「はは、まあね」

「お疲れ、さまです・・・」

ヴァニラが気遣いの言葉をかけた直後、フォルテがタクトの存在に気づく。

「おや、タクトじゃないか」

「やあみんな、お疲れ様。特に裕樹、助かったよ。______ありがとう、君のおかげだ」

タクトの言葉がやけに嬉しく感じる。こんな気持ち、何年ぶりだろうか。

と、タクトが微笑みながら右手をこちらに向けてきた。

即座にその意図を理解した裕樹は高い位置でパンッと手を合わした。まるで、スポーツ選手が喜びを分かち合うある種の儀式のように。

それは、タクトが裕樹を仲間として、そして友人として認め、この艦が彼の帰る、帰ってくる場所となった証だった。

 

 

裕樹は、誰も、仲間のいない孤独な地で、仲間を、そして第二の______いや、唯一の故郷を得ることができたのだ。

 

 

 

 

 

 

一方、リ・ガウスではエルシオールにアスグ部隊がやられたという報告を聞き、京介は苦汁をおぼえた。

「被弾率ゼロで20機近いアスグ部隊を壊滅か・・・さすがに解放戦争の英雄、『白き翼』だね。5年近い年月にも関わらずブランクを感じさせない」

だが京介は正直、彼がここまでやるとは思わなかった。

いや、むしろやらなかったらこのまま彼を見逃してやれたのだ。なのに、彼は戦い、表に顔を出してしまった。ならば、軍人としての自分は、戦うしかないのだ。

すぐさま思考を切り替え、対抗策を何とかして捻りだそうとする。と、ある人物の顔がよぎった。

それは、裕樹にとって親友と呼べる存在。裕樹の戦いをずっとそばで見てきた彼ならあるいは・・・

「だけど、果たして行ってくれるだろうか、正樹(まさき)は・・・」

だが、現時点ではそれしか手段が思いつかない。京介は______賭けにでた。

 

 

 

 

 

 

裕樹はさっきまで部屋にいて春菜と通信をしていたが、急にタクトに呼び出され、あわてて通信機をしまいつつ、ブリッジまで顔をだした。

ブリッジに入った途端、エンジェル隊全員の視線が自分に集まった。少なくとも、居心地はよくない。

「ほら裕樹、見てみなよ」

「?」

そんなことをまるで気にしてないのか、タクトはのんきに話してくる。

言われるままに外の景色を見ると、そこにはいくつものまばゆい光を漂わせ、神々しささえ感じる星が、そこにあった。______言うまでもない、これが『白き月』だ。

「あれが、俺たちの第二の故郷さ」

「あれが・・・白き月・・・」

思わず見とれてしまった。そうさせるほどの美しさがあるのだ。

「その下にあるのがトランスバール本星だ」

充分美しい星なのだが、白き月と比べるとその差は明らかだ。

(比べるだけ失礼か)

思わず苦笑する。改めてトランスバール本星を見ると、星の外にまで人々の活気があふれているのがわかるようだ。それほど、活気にあふれていた。

「・・・いい星だな」

思わず、ポツリと言った。

タクトにレスター、それにエンジェル隊は何も言わずに頷いた。全員わかりきっていることだから。

 

 

 

裕樹が白き月に着く時。それはこれから始まる戦い、終わりなき永遠(エンドレス・オブ・エターニア)となる運命の戦いが始まることを意味していた。

 

 

全てはここから。______ここから、全てが始まった。