第六章「青い瞳の信じるものは」
リ・ガウスの住人であり軍人、神崎正樹(かんざき まさき)は悩んでいた。
恋などの単純な悩みではなく、戦友であり親友であり心友でもある友のことだった。
彼は突然、自分にすら何も言わずに彼自身の愛機を奪ってリ・ガウスを亡命したのだ。何か理由があるのだと思ったが、軍人である以上、私的な考えは通されなかった。
彼はつい先程、任務を受けた。それは精神的にも、現実的にも不可能に近いほどの任務だった。
その内容とは______奪われたIG、機体コードSW−101、ウイングバスターの奪取、または破壊。そして機体を奪い、リ・ガウスを亡命した、正樹の無仁の親友、朝倉裕樹の抹殺だった。その理由は昔から誰よりも彼のそばにいて、彼の超人的な戦いを見てきたせいだった。
そのために正樹はEDENにある極秘に完成した前線基地へと飛ばされたのだ。
正樹は半ば無心で今まさに完成しようとしている、赤きIGに目をやった。
ウイングバスターの兄弟機でありながら、ウイングバスターを破壊するために機体コンセプトを大きく変更した、機体コード、SW−10A、メガロデューク。それが、自分に授与される機体だった。
(技量的に扱えないわけじゃねぇ。だが、俺に裕樹を殺せだと?そんなこと・・・・・・出来るわけねぇだろ)
もはや諦めかけている。別に心理的なことではない。根本的な実力に問題があるのだ。
勝てない。
裕樹と、本気で戦ったことはないが、それでもわかる。
俺は、勝てない。
戦うイメージすら浮かばない。ずっと、親友だったのだ。
喜怒哀楽も、生死も共に一緒だった。
______なんで、裕樹は亡命したんだろう・・・
俺や、仲間を捨ててまで・・・
もしかして・・・・・・
あのこと、なのか・・・?
アイツは・・・まだ縛られてるのか・・・?
正樹は、まだどこかに軍人として、迷いが渦巻いていた。
エルシオールが白き月に着いてから、タクトたちはすぐにシヴァとの謁見のために、白き月の謁見場へと足を運んだ。
彼らに着いて、裕樹は謁見場に入る。そこには、まだ小さな、だが女皇としてのオーラをかもし出している少女に、同じく無愛想そうな少女、そして威厳ある風格をもつ老兵に、まさに聖母と言えるだけの美しさを持った女性の、4人がいた。いうまでもなく、シヴァ、ノア、ルフト、そしてシャトヤーンである。
タクトたちはシヴァたちの前に進むと、列を作るなどお構いなしに好き勝手に立ち並んだ。まさにエンジェル隊らしさが出ていたが、裕樹は今回それに気づく余裕さえなかった。
あまりにも美しいシャトヤーンに目を奪われていたのだ。
さらっとしてとても薄い純白のドレスに、顔の正面にかかっているヴェール。地面に着くほどに長く、水質感、光質感にあふれているさらっとした薄い、少し青みのかかった緑色の髪。素肌を見せないところ。そして慈愛に満ちたライトパープルの瞳はこの世の人とは思えないほどに美しく、目だけでなく、体ごとこの女性に奪われる錯覚を感じるほどだった。
ランファはそんな裕樹に気づき、そっと耳打ちしてきた。
(どう?すっごい綺麗でしょ)
(・・・ああ、月の聖母って呼ばれるだけのことはあるな・・・)
(・・・手ぇ出しちゃダメよ)
(や、んなことはしねーよ。ただ・・純粋に綺麗だって思って・・・)
そんな裕樹を知ってか知らずか、シヴァが話し出した。
「みなの者、よくぞ戻った。みなが無事でよかった」
タクトが代表で話す。
「ありがとうございます、シヴァ様。みなの力に加え、彼のおかげでなんとか無事に帰ってくることができました」
「正体不明の助っ人・・・と報告を聞いたが・・・その者か?」
シヴァがこちらに目を向けた。合わせるようにエンジェル隊はシヴァと裕樹の直線上からどくように移動した。それに合わせ、裕樹は数歩、前に進んだ。
進むごとに二階の兵士が銃を構え、ルフトも警戒の色を出した。
だが、当の本人である裕樹はまったく気にしていなかった。それはシヴァ、ノア、シャトヤーンも同じである。ただ、ミルフィーユだけは悲しげな顔へと変わっていく。
「マイヤーズたちを何度も助けてくれたことにまず礼を言おう」
その言葉に合わせ、裕樹は左膝を地面につけ、しゃがむ。
「私がこの国を治める女皇、シヴァ・トランスバールだ。白き月、そしてトランスバールへようこそ」
「シャトヤーンと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「ノアよ。ま、テキトーに頼むわ」
個性ありすぎる3人だったが、タクトの話によればトランスバール、白き月、そして今は無き黒き月のトップ3人衆だそうだ。裕樹は最大限の敬意を払った。
「朝倉裕樹と申します。ご拝謁を賜り大変光栄に存じます」
あまりにもスラスラでた言葉にタクトたちはしばし絶句した。
「礼儀正しい方ですね」
こんどはシヴァに代わりシャトヤーンが話しかけてきた。あらためて聞いても声すら美しい。
どうやら、普通にしていいとタクトが言ってくれたので後は楽にした。
「報告で聞きましたが、裕樹さん。あなたは協力し、情報を提供する交換条件として、白き月での情報収集を行いたいとか・・・」
「ええ、そうです」
「何故ですか?もしよろしければ話してくれないでしょうか」
探りを入れてきたのではなく、本心から問うているのはわかる。だが、それでも裕樹は______言えなかった。
「・・・すいません」
一言で拒否したがシャトヤーンは気を悪くせずに、微笑みかけてくれた。
「よろしいのですよ。人には、言えないことというのが必ずあるものですから」
「・・・ありがとう、ございます」
裕樹は深々と頭を下げた。やはりこの人には器の大きさとして、勝てる気がしない。
「・・・では案内させましょう。ですが場所が場所です。失礼ですが、見張りの者を一人、つけさせてもらいますがよろしいでしょうか?」
「はい、わかっています」
「では・・・」
その時、タクトたちの中からすっと手が上がった。
「私が、やります」
「ちとせ?」
突然のことにタクトは驚きを隠せなかった。もしや、ちとせはまだ裕樹を疑いの目で見ているのだろうか。
だが、これにもシャトヤーンは気を悪くせずにちとせに向き直る。
「わかりました。ではちとせ、よろしくお願いしますね」
「はい、わかりました。じゃあ朝倉さん、ついて来てください」
「あ、ああ・・・」
裕樹はこの場にいる全員が自分ではなくちとせに視線が集中していることを感じつつ、部屋を出て行った。
二人の姿が完全に見えなくなったのを確認してからルフトがタクトに問いかけた。
「タクトよ、あ奴、朝倉裕樹という者・・・信用できるのか?」
「ええ、大丈夫です。数日、艦の中で共に過ごしましたが信用できる人物だと判断しました」
「大丈夫です!だって裕樹さん、悪い人には見えないですもん」
「ふむ、なるほどな」
一発でルフトは納得してしまった。自分ではなくミルフィーユの言葉を。
「・・・なんで俺よりもミルフィーを一発で信じるんですか?」
「何故って・・・彼女のほうが説得力があるからじゃよ」
「ルフト先生!普通に、しかも当然のように言わんでください!!」
「わかっとる。冗談じゃよ」
タクトは激しく脱力感に襲われた。
そんなやりとりに笑い合いながらもシヴァはノアが考え事をしているのに気づいた。
「ノア、どうしたのだ?」
「シヴァ・・・ちょっとね。・・・・・・そうね、タクト!」
思い立ったようにノアはタクトを呼ぶ。質問の答えをこれから明かすという意味をこめて。
「なんだいノア」
「直接このIGってやつを見てみたいわ。アイツの機体のところまで案内して」
「え、ああ・・・じゃあ、」
「まてマイヤーズ。私も行こう」
「では・・・私も参りましょう」
ノアに続きシヴァ、シャトヤーンまでもが行く気満々である。
これにはタクトも驚くしかない。
「え、ですが、しかし・・・」
「ルフト!後は頼むぞ」
「御意のままに」
有無を言わせない迫力を持つシヴァがそこにいた。
「ではまいるぞ、マイヤーズ」
「は、はあ・・・では」
いくら慣れ親しんでいるいといっても、やはり緊張してしまうのは無理もないだろう。
タクトは3人を連れて、エルシオールへと向かった。
裕樹は先程からずっと黙ったまま、ちとせのあとについて行っている。両者無言のままである。
別に構わないのだが、なんとなく空気が悪くなった気がして、ちとせに話しかけた。
「・・・なあちとせ」
「はい?」
「なんで・・・立候補したんだ?」
「しては、いけないのですか?」
「いや、べつにそういうわけじゃ・・・」
「ならいいじゃないですか。気にしないでください」
「・・・・・・」
もっともな意見だ。それに、今それについて聞いてもどうしようもない。
結局、ちとせはその理由を話してはくれなかった。
時間にしてやく10分、ようやく白き月のメインデータベースに着いた。
広い空間で中央に巨大なスクリーンがある。大量のキーボードはその前だ。
裕樹はさっそく情報収集を開始する。その様子を見張りとしてちとせはじっと眺めていた。
やがて映像と文字がスクリーンに表示される。内容は紋章機______というよりシステム、H.A.L.Oについて調べているようだ。機体性能や武装、その他のロスト・テクノロジーにつては見向きもしない。
「H.A.L.Oシステムは使用者の脳波データにより稼動、理論上限界なし・・・か。しかし脳波ってことは・・・やっぱり、操縦はそっちがメインか」
ちとせにはその意図がイマイチ理解できなかった。どうみても紋章機について調べているのではなくH.A.L.O、それも詳細ではなく純粋な効果についてのみ、といったところだ。
「人の思いの力だけでここまでの力を・・・やっぱコイツが要、だな。______にしてもH.A.L.O、天使の輪?・・・・・・前に見たミルフィーの頭の上のアレか・・・」
思ってもいられず、ちとせは直接尋ねてみた。
「・・・何、調べてるんですか?」
「ん?見ての通りだよ。H.A.L.Oシステムをメインに」
「それは分かりますけど・・・目的が全然わかりませんが」
と、部屋に響いていたキーボードを打つ音がピタリと止まる。
思わず、ちとせは一歩だけ身を引いた。
「・・・それを言え、と?」
「いえ、そういうわけでは・・・」
「なら、気にしないでくれ」
気のせいだろうか。今、空気の温度が一瞬にして何度か下がった気がした。
それ以後、裕樹は調べ終わるまで一時間程、何も言わなかった。
白き月のデータベースで調べ終え、白き月のゲストルームに案内された裕樹は、荷物から通信回線を開き、回線をつないだ。
______彼女は数分もたたないうちに出てくれた。前回は繋がるまえに切ってしまったのに。
「あ、裕樹さん?無事だったんですね、よかった〜。ケガ、してません?」
「春菜・・・ああ大丈夫。ケガもしてない、元気さ」
「ホッとしました・・・にしてもすごいですね。アスグ部隊を無傷で倒すなんて・・・」
「ああ、けど隊長機のディアグス、あのパイロットはいい腕だったぞ」
「へぇ・・・誰なんでしょうね」
本当に知らないという無垢な顔で首をかしげる。
「へぇって・・・春菜、知らないのか?なんか向こうは俺のことえらく知ってるって口振りだったぞ?」
「知りませんよ。______それで、どうしたんですか?急に」
危うく本題を忘れるところだった。そこらへん、春菜がしっかり戻してくれた。さすがである。
「ああ、実はついさっき・・・白き月のデータベースで調べたんだけど・・・」
「よく調べられましたね」
この場合の春菜の意味はすごいことを調べられたということではなく、正しくはよくそんな場所で調べる許可が出ましたね______という意味だ。
「ん・・・まあな。交換条件でだけど」
「で、どうだったんですか?」
「うん、やっぱりH.A.L.Oシステムを利用することになりそうだ。人の思念波、思いの力だけであそこまでの力を発揮できるんだ。これなら、きっと・・・」
「そうですね・・・けど、粒子体を形にできてもどうやって決まった粒子を一定の空間に?」
「・・・それは・・・まだ・・・」
「・・・すいません」
「いや、いいんだ。春菜の言う通りだしな」
「裕樹さん・・・」
一瞬沈んだ顔になったがすぐにとびっきりの嬉しそうな表情になる。コロコロ変わる表情がちいさな顔にミディアムヘアーと相まって実にかわいい。
裕樹はどこか癒された気分になった。
「あ、そうです裕樹さん」
急にパッといつもの表情に戻った。笑いたい気分だ。
「大変なんです。・・・大きい声じゃ言えないんですけど・・・正樹さんがそっちに行きます。軍属として」
「な・・・正樹が!?」
「はい、それでEDENにある前線基地に今はいるはずです」
「前線基地って・・・そんなものあったのか?」
「はい。それで正樹さん、裕樹さんのウイングバスターに対抗するべく開発されているIG、メガロデュークを授与されるとか」
「メガロデューク?どんなIGなんだ?ディアグスの後継機か?」
「いえ・・・正確にはウイングバスターの兄弟機です。でも機体のコンセプトはウイングバスターとはまるっきり正反対のタイプでした」
「・・・そっか、正樹が・・・」
「裕樹さん・・・」
春菜が心配そうな顔をしている。
「戦うんですか?・・・正樹さんと」
「・・・戦いたくない。当たり前だろ。______でもアイツがここまで攻めてきたら・・・戦うしかない」
「・・・・・・」
二人ともモニター越しに黙り込む。
仕方のないことなのだ。それくらい二人はわかっているのだが、それでも悲しかった。仲が良い友人でかつて共に命をかけて戦った戦友なのだ。だが、相手は軍人で自分は亡命者扱いだ。______戦わないわけには、いかなかった。
「・・・春菜」
「・・・はい?」
「春菜は・・・どうするんだ?」
今の事実が苦しくて、それを振り払うためのように、聞いてみた。気になるのも事実だが。
「・・・もうしばらくはこっちにいます。裕樹さんはそっちにいるしかないんですから、周りの人たちと仲良くしたほうがいいですよ」
「ああ・・・それな、タクト・マイヤーズや一部のエンジェル隊とは仲良くなれたんだが・・・」
「あの『皇国の英雄』って呼ばれてる人と?すごいじゃないですか。・・・ん?一部?」
「ああ・・・実は今だに疑われてる人がいるんだよ」
「誰なんです?」
「烏丸ちとせって娘さ。真面目な娘だよ、というかエンジェル隊のなかで一番真面目だな。______なぁ春菜、どうすればいい?俺、こーいうの苦手なんだよ」
「うーん・・・・・・多分裕樹さんらしく普通に接すればいいんじゃないですか?」
裕樹本人は気づいてないが、彼には自然と他人を信頼させ、安心させる存在になることができる不思議な魅力がある。そこらへん、春菜はよーっく知っている。
「・・・そうなのか?」
「そうですよ」
「うーん・・・まぁ春菜がそう言うんだからそうなんだろうな。わかった、なんとか頑張るよ」
(・・・えへへ)
なんだかんだ言いながら素直に自分の言うことを信じてくれる裕樹を見てると、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
「?どした、春菜?」
「何でもないですっ」
「?」
なんだかよくわからないが、春菜が楽しそうな笑顔をしているので特に気にしなかった。
「それじゃあ裕樹さん、また連絡くださいね。待ってますから」
「ああ、また連絡する」
お互い笑顔で通信を切った。
「いつも通り・・・ねえ」
ため息まじりに通信機をしまう。と、タイミングを見計らったようにタイミングよく、ゲストルームのドアがノックされる。
「うえ!?・・・は、はい?どうぞ・・・」
ぎくしゃくしながらなんとか返事すると、失礼しまーす、とミルフィーユが笑顔で入ってきた。手にはティーセットを持っている。
「裕樹さん!おやつ持ってきました〜」
「ミ、ミルフィーか・・・ありがとう」
以前頼んだ時のことを覚えててくれたのか、ミルクティーとチーズケーキが用意されている。
「はい!どうぞ」
「ありがとう。これも、ミルフィーの手作り?」
「そうですよ〜」
さっそく一口、口に運ぶ。言うまでもなく絶品の味。ミルクティーもおいしすぎる。
しばらく夢中で食べていたら、ミルフィーユが向かいの席に座ってきた。
「ごめんなさい、裕樹さん。なんか、ほとんど閉じ込めてるみたいで・・・」
「いや、いいさ。普通こんなもんだろ」
「あ、でも今タクトさんがなんとかしてくれてますよ」
「なんとかって?」
「えーと・・・とりあえずトランスバールを自由に歩き回れるように、とか」
すんなりとミルフィーは言ったが普通、軍属ではなくて正体不明の人物にここまでしてくれるものなのだろうか。ここまでくると裕樹はなんだか悪い気持ちになってきた。
「なんか・・・そこまでしてもらっていいのか?」
申し訳なく言ってみたが、それにミルフィーユは少し怒ったような顔で答えた。
「裕樹さん、好意は素直に受け取るものなんですよ」
なんていうか、彼女の考えはとてもシンプルだ。けれど、それがとても当たり前で、嬉しい。
裕樹は笑顔でそれに答えた。
(そっか。そうなるとしばらく自由か・・・)
ふと、先程の春菜との会話を思い出す。
「なあミルフィー」
「はい?なんですか?」
「その、例えばの話だ。・・・ミルフィーが、もしタクトから何かプレゼントされるとしたら・・・何を貰ったら嬉しい?」
「え?どうしたんですか?」
「いや、別に・・・で、どうなんだ?」
意図がわからなかったが、ミルフィーユは素直な気持ちで考えてみた。もっとも、すぐに答えが出てきたが。
「なんでもです!」
「な、なんでも?」
「はい、貰う物の価値よりもプレゼントしてくれるという行為のほうが嬉しいです。・・・だから私、タクトさんから貰ったものはずっと大事にしてますよ」
「うーん・・・なるほど」
なんだか他人のノロケ話を聞いただけのような気もするが、とりあえず参考になった。
「それにしても・・・」
「?」
「仲のいいカップルだな」
「えへへ、そうですか?なんだか照れます〜」
本当に照れながらティーセットをかたずけていく。
______そしてその一時間後、タクトからトランスバールを自由に動ける証として、『クロノ・クリスタル』を裕樹は受け取った。