第七章「The Wars of Advance World

 

 

 

リ・ガウスの前線基地から正樹は今まさに出撃しようとしていた。本人の意思に関わらずである。

数分前に授与され、狙う相手がエルシオールと共に白き月にいるということが分かり、襲撃部隊と共に出撃することになった。

メガロデューク。赤い装甲色を持ち後翼を装備しないかわりに大型のバーニアユニットとブーストスラスターを搭載した突進力のある突撃機体。武装も強力なものを装備している。

正樹は各部電源を入れ、クラッカーエンジンを起動させる。光が発せられ、レーダーなどもしだいに起動してくると、自分が今から戦いに行くのだと自覚させられてくる。その相手が親友だということも。

『正樹、正樹!』

と、昔から馴染みある声が通信回線から聞こえてきた。

水瀬彩(みなせ あや)______正樹の幼馴染で共に戦ってきた戦友でもある。高めの身長とショートカットの髪が特徴である。

「なんだよ?」

『見事な言い草ね。あのね、アンタ軍人なら私情は・・・』

「わあってるよ。みなまで言うな」

『・・・一応、気をつけて行きなさいね』

「ああ・・・わかってる」

キツイ言い方だがこれが彩の優しさだとはわかっていた。

(やるしかねぇんだ・・・やるしか!)

「神崎正樹、メガロデューク、行くぜ!!」

かくして、真紅の機体であるメガロデュークはアスグやディアグスらと共にエルシオールを、そしてウイングバスターを倒すため、出撃した。

 

 

 

 

 

 

 

その数時間前、裕樹はトランスバール本星のトランスバール1のショッピングモールの繁華街をブラブラとうろついていた。

GC(ギャラクシー・クレジット)、通称ギャラは元より少しは持っていたし、シヴァから謝礼としてそれなりに貰っていたので金には困っていない。実際、明確に買う物は決まっていなかったが、何かを買おうとはしていた。

「うーん・・・やっぱミルフィーやランファたちに一緒に来てもらった方がよかったかな・・・」

言うまでもなく広い。そのうえ店も多く、トドメに人の海。エルシオールで迷うくらいなのだから当然迷った。

(しっかし、どうするかなー)

不意に昨日のミルフィーユの言葉が脳裏によみがえる。

______なんでもです!______

ミルフィーユはああは言ってくれたが果たしてどうしたものか。

「・・・・・・」

結局、他に参考なるものがないので自分の思った通りの物を買うことにした。

入ったのは小さな服屋。それもどちらかといえば女性向けだ。

「!いらっしゃいませ」

店員も、普通男一人で来られたことがないのか、少しだけ驚いた。他の女性客も少し驚いたようだが、すぐに意図の違う視線を向け始めた。

「・・・?」

ある意味当たり前かもしれないが、裕樹の整った顔立ちに格好つけない態度、髪型は非常に強力で、女性のガードを崩す必殺技となっている。これまたお約束で本人に自覚なし。

「いかがいたしましょうか?」

「うーん・・・」

裕樹はカウンターのテーブルの中のアクセサリーに目をやる。

(高すぎるのもなぁ・・・)

「彼女へのプレゼントですか?」

気をきかせて女性店員が話しかけてきた。

「え?いや、そんなんじゃない。ただ、・・・友達、へのプレゼントにって」

すると、ふと目にとまったものがあった。それは、透き通るように青く光る髪止め用のリボン。裕樹は彼女がリボンで髪を結んでいたことを思い出し、迷わずこれに決めた。

「すいません。この・・・青いリボンください」

「はい、このリメストのリボンですね。ありがとうございます。310ギャラです」

裕樹は500GC札で支払った。プレゼントとして買ったので店員は専用のケースに包装してくれた。

裕樹はそれを受け取り店を後にした。

「ま、こんなもんだろ」

「何がですか?」

「うおぁっ!?」

急に後ろから話しかけられ本当にビビッた。しかも渡すつもりの本人であるちとせである。

「な、なんだよちとせ。見張ってたのか?」

「一応ですが・・・」

「いちおう?」

そのワケは服装にあった。紺色のロングスカートに白いブラウス、その上から赤みの茶色のポンチョを羽織っている。年齢のワリに(現、18歳)大人っぽく見える。______まわりくどくなったが私服なのだ。

「・・・暇なのか?」

「・・・・・・」

それが実は他のエンジェル隊から、心配だからついて行ってあげて、と言われて来たのはとてもじゃないが言えなかった。

「ま、いいや。丁度いいところで会ったしな」

「え?」

裕樹は買ったばかりのリボンの入ったケースをちとせに差し出した。

「な、なんです?コレ」

「ちとせに。さっき買ったばかりだけど」

「え・・・え!?」

素直に驚く姿がなんだか可愛かった。

「ど、どうして・・・私に?」

「うーんなんていうか友好の証みたいなもんかな。なんかちとせとは、本当に仲良くなってるって気がしないから」

「わ、私は別に、そんな気は・・・」

「ま、ともかくちとせにあげるために買ったんだ。貰ってくれ」

ちとせは戸惑いながら包装されたケースを受け取ってくれた。

「・・・・・・あの、空けても・・・いいですか?」

「もちろん、どうぞ」

ちとせはどうしていいか、______というよりどういう表情をすればいいか分からずに中途半端な困ったような顔をしながら包装紙を解いていきケースを開けた。

「これは・・・リボン?それもリメストの?」

そういえば店員も同じようなことを言っていた。何かの有名なメーカーなのだろう。

驚きと喜びと嬉しさと戸惑いの入り混じった表情をかもし出していた。

「・・・着けてみたら?」

裕樹がそう言うと、ちとせは一瞬、とても嬉しそうな顔になり、いつも着けていた赤いリボンを解き、青く光るリメストのリボンで髪を結んだ。

「えと・・・どうですか?」

照れた表情で聞いてきた。その表情がなんとも可愛らしい。

「おお、似合う似合う!」

笑って答えるとちとせは何かはにかんだ表情で照れながら言ってくれた。

「あ、ありがとうございます。あさ・・・え、えと・・・ゆ・・・」

「?ゆ?」

何を言ってるのか裕樹にはまったく理解できなかった、これはちとせなりの友好の証なのだ。

「ゆ・・・裕樹・・・さん」

言われて気づいた。一度も名前で呼んでくれたことがなかった。だから呼んでくれたのだ。プレゼントのお礼に。

「やっと、呼んでくれたな」

ちとせは更に俯き、照れて真っ赤になってしまった。

 

 

 

 

それから一気に仲良くなった裕樹とちとせは繁華街を歩きまわった。ちとせの案内(ナビ)があるので裕樹も気楽だった。

こうして一緒に行動してわかったのだが、ちとせの真面目っぷりは仕事の顔ではなく、元々の性格が真面目なのだとわかった。裕樹からすれば常に気を張っているような状態である。とてもじゃないが真似できない。

そんなところも踏まえて、ちとせには感心するばかりだった。

やがて、繁華街を一通り歩きまわった。疲れが結構足にきている。

「・・・結構疲れたな」

「そろそろ帰りますか?」

「うん、そうだな______・・・ッッ!?」

途端、裕樹の目が一人の男を捕らえた。こんな所にいるハズのない、いや、いていいハズのない男、黒の長髪、上から下まで服色も黒に統一され、その上から更に黒の上着を着ている。

「あ、アイツは!?」

「裕樹さん!?」

次の瞬間、裕樹は人ごみを掻き分け裏路地のほうへと走り出した。

「ちょっ、裕樹さん!?どうしたんですか!?」

だが、今の裕樹にはそんなちとせの声は聞こえなかった。

(なんで・・・アイツが・・・っ!!)

 

 

 

 

 

 

人気のまったくない、少し広めの裏路地でその男は待っていた。必ず来るであろう青年を待つために。

やがて、その気配を感じ、振り返る。彼との距離はおよそ6,7メートル。

「来たか・・・」

低く、重々しい声が裏路地に響く。

「何故、お前がここにいる」

黒の男が振り返る。______何も変わっていなかった。その顔は。

裕樹が反射的にビーム状のダブルセイバーを構える。今度は出力も最高にして。

あわせるように男も右に火薬式の32口径の拳銃、左にビーム状の短剣を構えた。

「なつかしいな、裕樹。このような地で再会するとはな」

「黙れっ!!!!

その時、ようやくちとせが追いついてきた。

「ゆ、裕樹さん!一体どうし______

続きを言う前にその場の空気にちとせは凍りつく。裕樹がただならぬ殺気を発していたからだ。自分と以前対峙した時とは比べものにならない。

裕樹は膝を深く曲げ、ダブルセイバーを後ろに構える。

対する黒の男は体全体を少し曲げ、二つの武器を正面に構えた。刹那、

「ジェノスッッッ!!!!!!!!!

裕樹がその男の名を叫び、斬りかかった。その跳躍は一瞬にして7メートル近い距離をゼロにまで縮めた。

斬りかかってきたダブルセイバーの刃をジェノスは逆手に持った短剣で受け止め、側面から右の32口径を撃つ。それを裕樹は逆の刃で防ぎそのまま刃を回転させ短剣を弾き、下からすくい上げる形で斬り上げるもジェノスは後ろに大きく跳躍しながら32口径を4連射する。それを地すり斬撃による剣圧衝撃波で防ぐも、ジェノスは裕樹の目前まで跳躍し、斬りつけてきたがそれをバックステップで回避。再び距離をとる。

この間、時間にしてわずか3秒。あまりの速さにちとせは呆然となる。

「・・・君を見ているとまさに今の世の人々を見ているようだ」

「何をっ!!」

「いいか、人は同じ人間同士で命を奪い合う。戦いが戦いを呼び、永久に終わる事のない殺戮が続けられる。それがこの世界の真理だ。所詮、人は争い続ける存在なのだよ。・・・貴様と私が戦うようにな」

「ふざけるな!!その原因を作ったのはお前だろうが!!」

「それは一つの結果だよ」

ジェノスはあくまで落ち着いて話しているが、対する裕樹はいつものような落ち着きが無くなっている。

「第一、何故お前が生きてる!?お前はあの時・・・!!」

「殺したのか?本当に?その確証がどこにある」

「なっ・・・」

「君はあの時、ただ自身の力の暴走に身を委ねただけだろう」

「・・・ぐっ」

ちとせは見ているだけでもジェノスが相当な威圧感を持っていると感じている。

「さて・・・別に今日は君と戦いに来たわけではない。私にもやるべきことがあってね。今日のところは帰らせてもらうよ」

「ふざけるな!!そんなことさせるかよ!!!」

その返事とばかりにジェノスは拳銃を構え、______自分ではなく、ちとせを狙い撃った。

「しまっ・・・」

32口径の銃弾が容赦なく、ちとせの左太ももを打ち抜いた。

「きゃあああぁぁぁぁっっっっ!!!!!!

「ちとせっ!!!」

「あ・・・あ、あ・・・」

左足を押さえながらちとせは膝をつく。ジェノスは更に2連射、ちとせに放つ。それぞれの弾丸が左腕、右わき腹に突き刺さり、ちとせは声をあげることすら許されず、倒れた。

「ちとせ!!!!・・・ジェノスッッッ!!!!!!

すさまじい怒りを視線に込めたが、ジェノスはまったく気にせずに、睨みを流した。

「今、君がなんとかしなければ彼女は無事ではすまないだろう」

「くっ・・・!!」

唇を噛みしめる裕樹を尻目に、ジェノスは人ごみの中に消えた。

裕樹はダブルセイバーをしまいつつ、ちとせに駆け寄った。

「ちとせ、おいちとせ!!大丈夫か!?」

ちとせを抱きかかえつつ揺さぶると、ちとせは弱々しく目を開けた。

「う・・・あ・・・ゆうき、さん・・・」

意識が朦朧としている。このままでは危ない。急いで白き月まで戻らなければ。慣れぬ土地でどこにあるかわからない病院を探すより、そちらの方が確実性がある。

裕樹はちとせをためらいもなく抱き上げる。

「あ・・・あ・・・う、・・・ゆうき、さん・・・。わ・・・たし・・・?」

「大丈夫だ、絶対に助けるから!・・・少し、揺れるけど、我慢してくれ」

「・・・・・・は、い・・・」

ちとせは全身の力を抜き、裕樹に身を任せた。

裕樹はそれを感じつつ、衝撃を与えないよう気をつけながら全力で走った。

(必ず・・・必ず!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・もう、大丈夫です・・・」

あの後、裕樹はすぐに転送装置(トランスポート)で白き月に戻った。白き月の人たちは裕樹が息を切らしながら大怪我のちとせを抱えている姿にただただ、驚いていた。

すぐさま医務室に運ばれ、ヴァニラのナノマシンによる治療が行われたのだ。

ひとまず一命を取り留めたのだが、それでも裕樹の罪の意識は消えなかった。

「・・・しばらくは安静にしないといけません」

「・・・ありがとう、ヴァニラ・・・」

「いえ・・・」

しばらく、無言が続いた。裕樹は静かに眠っているちとせをただ、じっと見つめていた。

「・・・すまない、タクト」

「えっ?」

「俺の・・・せいだ・・・」

一層、深く落ち込んでいく。

「そんな、裕樹さんのせいじゃないですよ」

必死にミルフィーユは弁護してくれたが、誰もが事実を直視していた。______裕樹のせいだと。

「みんな、そうだよね?」

「・・・・・・」

「いや・・・」

ランファもミントもフォルテもヴァニラも、誰も何も言わなかった。みんな、心の奥底で裕樹のせいだと思っている。何せ自由行動にしたとたん、このザマだ。そして事情を説明しない裕樹にも非はあった。

もっとも裕樹からすれば、事情を話してしまえば彼等を深く巻き込んでしまうため、出来なかったのだが。

「・・・俺がいなければ、ちとせはこんなことにはならなかったはずだ・・・」

「そんな・・・」

救いを求めるようにタクトの名を呼んだ。

「・・・・・・」

しばしタクトは何も言わなかったが、やがて救いの手を差し出した。

「みんなの言いたいことは分かる。・・・でも、裕樹がいなければ、きっと俺たちは今ここにいないはずだ」

「・・・ッ!!」

それもまた事実だった。裕樹がいなければ彼等は恐らくリ・ガウスの艦隊にやられていただろう。

「タクトさん・・・」

「だから裕樹、そんなに自分を責めないでくれ」

タクトは励ますように優しく裕樹を諭した。

「君には何度も助けてもらってるんだ。・・・本当なら戦死していたかもしれない俺たちを、ね」

その言葉があまりにも文句のないほどに確信をついており、他のエンジェル隊も納得しかけた。______その時、

突如としてけたたましい警報が白き月中に響き渡った。

「な、なんだ!?」

戸惑う中、タクトのクロノ・クリスタルが点滅する。

『おいタクト!聞こえるか!?すぐにエルシオールに戻ってくれ!!』

「レスター!一体何なんだこの警報は!?」

『IGとかいう人型の機体と戦艦が白き月に向かっている!交戦に入るまで時間がないぞ!!』

「わかった、すぐに戻る!!」

タクトは回線を切ったのち、ちとせを除くエンジェル隊に向き直る。

「みんな、聞いての通りだ。エンジェル隊はこれよりIG部隊の迎撃に向かう!」

「「「了解!!」」」

エンジェル隊は即座にエルシオールへと向かう。

タクトもそれを追おうとしたが、踏み止まった。

「・・・裕樹、君は______

「俺も・・・すぐに行く」

その言葉に揺るぎない決意と怒りが込められていることにタクトは即座に気づいた。

「・・・わかった。じゃあ先に行くから」

振り返らずに先に行ったタクトの気配が遠くなっていくのを感じつつ、残った裕樹は今だに眠りについているちとせを見下ろし、呟く。

「・・・もう、誰も・・・死なせない。・・・死なせたくない・・・!!」

裕樹はエルシオールへと遅れて駆け出した。