第八章「天使の詩」
「すまない、待たせた!」
息を切らしつつタクトはブリッジにたどり着いた。
「ようやく来たか」
「これでも全力さ。状況は!?どうなってる!?」
レスターはすぐに現在状況をモニターに表示させる。
「敵の部隊構成は戦艦が4隻、IGが多数だ。データが前の戦闘と一致している。
「同じ敵ってことか・・・」
タクトが思案している中、ココがレーダー上にアンノウンの機体が表示されているのに気づく。
「マイヤーズ司令!データ不明のアンノウン機が一機、IGの中心に確認!」
「不明・・・?アルモ、格納庫の裕樹につないでくれ」
「了解」
その際タクトは不明機体をモニターで確認する。
なにより赤い装甲色が目につく。さらに手首から突出した巨大な剣が異様に気になった。
「マイヤーズ司令、つながりました」
「裕樹、見たことのないIGがいるんだけど、知ってるかい?」
『・・・どんな機体?』
「えーっと、ほぼ真っ赤で手首のでっかい剣がすごいな」
なんとも見たままを伝えたためにレスターは脱力しそうになった。
「・・・もう少ししっかり伝えられんのか」
「精一杯頑張ったつもりなんだけどなぁ」
一応、モニターに写った映像を送ったが、裕樹は知らない、といった風に首をかしげた。
『・・・わからないけど、タクト、先に出る!』
「ウイングバスター、発進しました!」
「・・・なんか無視されたみたいだ」
なんとなく悲しくなったが、タクトもそろそろ真面目になる。
「よし・・・エンジェル隊も発進だ。ちとせがいないけど、なんとか踏ん張ってくれ」
『大丈夫ですよタクトさん。ちとせの分まで私たちが頑張りますから!!』
「うん、頼むよミルフィー。・・・エンジェル隊、発進!!」
「「「了解」」」
エルシオールの下部デッキが展開し、シャープシューターを除く紋章機5機が出撃した。
先行したウイングバスターは大軍のアスグとはち合っていた。
ウイングバスターは腰の「ファングランチャー」を構え、アスグの射程外から狙撃し続ける。うち4機を撃墜したところで接近に持ち込まれたのでプラズマカッターを抜き、斬りかかってきたアスグの右腕を切り裂き、そのまま動きを殺さず胴体を両断する。
「・・・ッッ!!」
回り込もうとしたアスグの動きを先読みし、ウイングバスターは可変翼を展開、すれ違いざまに3機のアスグを斬り刻んだ。
その最中、タクトから貰った映像データと一致する赤きIGが視界に入る。
「新型の機体・・・?・・・まさか・・・」
赤いIGは背中の大型バーニアを起動させ、接近する。
「来る・・・!!」
プラズマカッターと電磁波を帯びた巨大な実剣、スパークブレードがぶつかり合い、強烈な火花が周囲に散る。
「・・・・・・ッ!!!・・・裕樹ッ!!!」
「・・・!!」
接触回線から通じる、慣れ親しんだ声。______昔、背中を任せることのできた戦友の声。
だが、今は違った。互いの立場が違いすぎる。
モニターに映る見慣れた顔、緑色の髪、黄色の瞳、それが、どこか悲しかった。
「・・・正樹ッッ!!!」
「裕樹、どういうつもりだ!?なぜ亡命なんかしやがった!!」
互いに払いのけ、対角線の位置をとりつつ、手首のビームショット、メガロデュークはビームライフルを連射する。
メガロデュークの背部6連装ミサイルランチャーを頭部バルカンで迎撃し、弾幕をはる頃に、紋章機が追いつく。
「裕樹さん!」
「ミント!何機か残して後は戦艦を頼む!赤い奴は、俺がっ!!」
叫びつつ、再び正樹の乗るメガロデュークに斬りかかる。
『・・・みんな、裕樹の援護にミルフィーとランファが残ってくれ。あとの3人は戦艦に!』
通信から聞こえてきたタクトの指示通り、二手に別れ行動を開始する。
ウイングバスターとメガロデュークはせり合う形のまま、負けまいとスラスターを全開にして押し合う。
「裕樹!お前が亡命なんてしなければ、俺がこのメガロデュークに乗ることも、お前と戦うことだってなかったのにっ!!!!」
「・・・もう、リ・ガウスにはいられないんだ!あの世界に、アイツを救う手段は無かった!」
「だからその手段を探すためなら自分の世界を、仲間を、全部捨てられるってのか!?」
違う。捨てるつもりなんて無い。
あの世界は、自分たちの、大切な世界だ。
____________けれど、
「けど、俺には・・・っ!!・・・アイツが俺の全てなんだ!!」
「この・・・バッカヤロォッッ!!!!!」
拒絶にも似た親友の叫びは、完全に対立、もう同じ道を歩めぬ決別の意が込められていた。
それは両者の考え、思いの差があった。
過去を見つめる者と今を受け止めている者。それでも、昔は互いを理解し合えた。
だが、もうその時に戻ることは出来ない。昔を懐かしみ、過去を振り返ることはできても、戻ることは出来ない。
メガロデュークの両肩から大量の「エリミネート・クレイモア」を撃ち出され、堪らず後退する。そのいくつかは、絶妙なタイミングでラッキースターのビームファランクスが迎撃してくれた。
「すまない、助かったよミルフィー」
「どういたしまして。気をつけてください、裕樹さん」
続けてモニターにランファの顔が写し出される。
「ここはアタシたちが引き受けるから、アンタはその赤い奴をっ!!」
言いながら、アスグの攻撃をバレルロールしながら回避し、すれ違いざま、至近距離でミサイルを叩き込んでいた。
モニター越しに裕樹は二人に頷き、再び目の前のメガロデュークに集中する。
スティンガーキャノンでメガロデュークを狙うが、逆に胸部からのシャイン・ブラスターに阻まれ、回避を余儀なくされる。
「くそっ!なんでリ・ガウスはエルシオールを付け狙うんだ!!」
「お前がそこにいるからだ!!それも軍の命令なんだよっ!!」
その言葉に、裕樹の意識はすーっ、と冷めていった。
____________どうして俺を付け狙う?
どうして放っておいてくれない?
俺が何をしたっていうんだ!?
俺は・・・もう、俺のせいで誰も傷つけたくないのに・・・っっ!!
昔、何も知らなかった頃、裕樹は力を求めた。
「俺・・・もっと、強くなりたいんだ。自分のせいで誰かを傷つけるなんて、最低だから・・・」
まだ子供と呼べる頃。ただ、純粋にそう思った。
けど、皮肉にもその思いは裕樹の思いとは逆の方へと、強く作用してしまった。
その結果が、今の自分である。
また自分のせいなのだ。自分がいるだけで、周りの人たちに迷惑がかかる。だが、今回だけはいつもと違った。
その怒りを、ぶつけられるモノがある。
「そうか・・・そういうことかよ・・・。俺一人のためだけに・・・」
「裕樹!?どうしたのよ!?」
体の中から、瞳の奥から、例えようのない怒りが溢れてくる。ランファの声も耳に入っていなかった。
「リ・ガウス、もう・・・!!いい加減にしろぉぉぉっっっ!!!!!!!」
裕樹の瞳の奥で6つの結晶が収束し、無数の光の粒子と共にはじけ、解放した。
「・・・!?」
正樹だけでなく、タクトやエンジェル隊もモニターに映る裕樹の異変に気づいた。
瞳の色がまるで違う。水晶のように透き通る、輝く青の光を宿している。それは、どこか魅了されてしまうほどに恐ろしく綺麗だった。
その刹那、いや空虚と呼べるほどの間に、ウイングバスターは二刀のプラズマカッターで迫ろうとしていたアスグ5機を一瞬で斬り裂いた。______避けるどころか怯ませる暇さえ与えずに。
その滅びを与えるかのような螺旋の斬撃にランファは目を奪われた。
「な、何・・・あの動き・・・」
「・・・・・・」
ミルフィーユも唖然としている。自分も周りの人々から紋章機のエースパイロットなどと呼ばれているが、このような芸当は出来るわけがない。______ましてや、数十秒で敵部隊を壊滅に追い込むなど。
ウイングバスターに、背後からアスグが斬りかかろうとしたが、振り下ろすよりも早く、左右のプラズマカッターで頭部、胴体を切断する。そのまま後ろのディアグスを返す刃で3分割させ、3機目には左右からの一文字の斬撃を与える。
あまりの変容ぶりに正樹も唖然とする。
「なっ・・・」
残りのIGはメガロデュークだけとなる。
振り返りつつ後翼を展開させるウイングバスターの動きに、滅びの翼を垣間見た。
その光景をブリッジから見ていたタクトとレスターは絶句した。
「・・・ヤツは、鬼神か・・・?」
かろうじて出た言葉は非常に的を得ていた。
ブリッジの中が静寂に包まれているのは、レスターの言葉を誰もが納得してしまったからである。
「・・・なあ、レスター」
「な、なんだ?」
「俺は軍人として、一人の力だけでは戦局を変えることなんて無理だと思ってた。例えそれが紋章機であってもだ」
「・・・ああ」
「けど、今のを見せられると・・・軍人として、判断と理解に苦しむよ」
だが、不思議と恐怖を感じずにウイングバスターと裕樹を見ながら言ったタクトの言葉には、同時に何重もの考えが重なっていた。
「ああ・・・こんなものを見せられると、軍が黙っちゃいないぞ」
「抑止力としては考えてくれないかな?」
「・・・到底無理だろうな。逆もありえる」
「逆って・・・どういうことですか?」
黙って聞いていた二人の会話の意図が分からず、思わずアルモが聞き返す。
この際、戦闘中だということはあえて気にせず、タクトが説明する。
「危険因子・・・ってことさ」
「そんな・・・!!」
思わず声を上げるアルモを意識の外へやり、考えを廻らせる。
(けど・・・それなら紋章機だって・・・。______上手くやらないとな、でないと、)
裕樹の心は無心だった。
正樹が何かを叫んでも、周りが何を叫んでいても、何も気にならない。
そのせいか、かつてないほどに神経が研ぎ澄まされている。無数のクレイモアの軌道さえ読み取り、視覚的に避けられるほどにさえ。
怒涛の如き攻撃を、ウイングバスターは軌道ずらしと斬り払いだけで避けきった。
「バカな!?」
避けきれるはずのない攻撃を避けられ、正樹は驚愕する。
その一瞬の隙にウイングバスターはメガロデュークに強烈な斬撃を叩き込む。が、相手の重装甲の前に装甲を傷つけることしか出来なかった。
(堅い・・・ウイングバスターとはまるで正反対だ)
だが優位性を与えるには充分な一撃だった。
同じ頃、ミントたちも戦艦を撃墜し、こちらに戻ってきているのをレーダーで確認できた。
「・・・くそっ!こうなったら・・・!!」
メガロデュークはシャイン・ブラスターを発射してきた後、何を思ったか背を向けて飛び去っていく。
「正樹・・・引くつもりか?」
だが昔からの彼の性格を考えるとそうは思えない。その先に紋章機がいるのに遅れて気づくとその考えは即座に頭から掻き消えた。
(しまった!正樹のヤツ・・・!!)
戦艦を撃墜させ、トリックマスター、ハッピートリガー、ハーベスターはミルフィーユたちを援護しようと引き返してきたが、IGはほぼいなくなっていたため、あっけらかんとしていた。
「見事なまでに敵がいませんわね」
「まったくだ。まぁ楽できていいよ」
「・・・戦わないのに、こしたことはありません・・・」
3人はとりあえずエルシオールと合流するべく、紋章機を旋回させる。
次の瞬間、ハッピートリガーのレーダーがアラートに光る。
「なっ!?」
見れば赤いIGが信じられないほどの突進力で迫っている。
不意を突かれたために、急いで回避行動に移ったが、それよりも早くIGが迫る。
「フォルテさん逃げて!!」
ランファの声が耳に入る。フォルテの頭の中で最悪の事態が想像され、思わず唇を噛みしめる。だが、
「やめろぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!!」
それよりも早く、叫び声と共にウイングバスターが突撃してくる。
ハッピートリガーに振り下ろされるはずだったスパークブレードを、すんでのところで加速をのせ、切断する。
「ぐあっ!?な、なにぃ・・・!?」
「正樹ぃぃぃぃぃっっっ!!!!!!!」
そのまま胴体に蹴りを入れ、吹き飛ばす。そこをカンフーファイターが間髪入れずに攻める。
「このっ・・・アンカークローッ!!」
アンカークローがダイレクトにヒットし、メガロデュークは大きく吹き飛ぶ。更に隙を逃さず、絶妙のタイミングでラッキースターが回り込んだ。
「ランファ、避けて!!」
言われて即座にカンフーファイターが旋回する。そこにラッキースターの主砲が閃光を解き放つ。
「ハイパーキャノン、発射ぁ!!」
極太のビームは一瞬のうちにメガロデュークを捉える。が、予想に反して破壊したのは頭部だけで、これには撃った本人のミルフィーユも驚く。
「うそ!?この距離で外すなんて!!」
だがすでにボロボロのメガロデュークはたまらずに後退する。
「裕樹・・・・・・くそっ!!」
「・・・正樹・・・」
無意識のうちにウイングバスターは左手を伸ばしていた。メガロデュークもまた。だが、互いは決して触れ合うことなく、その距離は見えなくなるまでに離れていった。
「目標IG、この宙域より撤退しました!周囲に敵影、確認できません!」
「了解、何とか持ちこたえたな・・・」
ココの報告を受け、タクトは大きく息をついた。
『タクトさ〜ん・・・』
と、しょぼくれた顔のミルフィーユがモニターに表示された。
「どうした?ミルフィー」
『すいません・・・さっきの攻撃、失敗しちゃいました・・・』
「気にしなくていいよ、撤退させるだけで充分だから。それに、ミルフィーのせいじゃないからね。・・・なあレスター」
「ああ」
確信しきっている二人にミルフィーユは思わずキョトンとする。
『どういうことですか?』
「あの機体、ハイパーキャノンが直撃する瞬間、上半身だけを後ろに反らしたんだ。相当な腕前のパイロットだよ」
「けど、あの機体のパイロットの人、裕樹さんとお知り合いみたいでしたよ?」
タクトとレスターも少し気になった。リ・ガウスにおいての裕樹の存在について。
「なんにせよさっきは助かったよ裕樹」
「いや・・・まあ、ね」
フォルテの言葉に裕樹は笑顔で答えた。
その時、全員が裕樹の瞳がいつも通りの青い瞳に戻っているのに気づいた。
当然、聞いてみたかったが、裕樹がいくらか疲れた表情をしていたので、あえて聞かなかった。
『ともかく、みんなお疲れさま。帰艦してくれ』
「はいよ了解」
フォルテの一言で紋章機はエルシオールへと戻っていく。
(・・・・・・正樹・・・)
ウイングバスターは少しだけ、メガロデュークが撤退した方を見てから、エルシオールへと遅れて帰艦した。