第十章「天使との絆」
裕樹との会談からわずか5日後、エルシオールは相手の先手を打つために前線基地へと向かっている。
だが、僚艦はなく、エルシオール一隻だけで。それも抑止力としての「クロノ・ブレイク・キャノン」を装備して。
これは裕樹からの強い要望のためである。いくらこちらに協力してくれるといっても、リ・ガウスの人々を殺すのはいい気分がしないはずだ。その裕樹が相手の被害を最小限に抑えつつ、勝利する手段があるといったのだ。
皇国軍は当初これに反対したが、裕樹が「上手くいけば前線基地をこちらのものにできる」という発言が、結果として案を承認させる切り札となった。
今現在はクロノ・ドライブ中であって、ドライブ・アウトすれば前線基地が目の前、という距離にまで来ていた。
それまでの時間、ようは裕樹は暇で艦内をブラついているのである。
と、通りかかったティーラウンジで一人お茶しているちとせに呼び止められた。
「あ、裕樹さん。どうしたのですか?」
「いや、ただブラブラと・・・」
心なしか、随分と明るく見える。怪我から治ったばかりだというのに、だ。
「一緒にお茶しません?」
「まあ、別にいいけど・・・」
少し戸惑いながらちとせの向かい側に座る。
が、座ったはいいがその途端、ちとせが急にそわそわしだした。何か妙に居づらい空気を感じる。だが、座っていきなり立ち去るわけにもいかず、とりあえずミルクティーを頼んだ。
「あの・・・少し聞いてもいいですか?」
「ん、ああ、どうぞ」
口が開きかけて閉じるという行為を何度か繰り返したのち、ようやくちとせは話しかけてきた。
「その、春菜さんって、どういう人なんです?仲、いいんですか?」
気合を入れていたわりに平凡なことを聞かれ、一瞬だけ耳を疑った。
「どうって・・・まあ仲はいいよ。友達っていうか、戦友っていうか・・・まあ仲間だな」
「戦友・・・?」
あの少女に似つかわしくない単語を聞き、ちとせが問い返す。
「ああ、昔の戦争でね。春菜はIGに関してはものすごい才能があってさ、あのウイングバスターを作ったのも春菜さ」
随分すごいことを聞いてしまった気がする。見た目と中身は違うということか。
「へえ・・・春菜さんってすごいし、可愛いですよね。あの髪とか」
「うーん、まあそうなんだろうな・・・って何でそんな事聞くんだ?」
「え?いえ、別に・・・」
口ごもりながらごまかすちとせ。もっとも、裕樹はあまり気にしなかったが。
丁度、ミルクティーが運ばれてきた。
「じゃあ、あの、正樹さんって人は?」
「・・・そっか、ちとせは出撃してなかったんだよな」
「・・・?」
ちとせとしては言い逃れるために聞いただけなのだが、裕樹としてはかなり心苦しい事だ。もちろん、ちとせはそんなことは知るよしもなかった。
「正樹は・・・俺の戦友で、親友で・・・でも、今は、敵なんだ。____________データでメガロデュークを見ただろ?あの赤いIGに乗ってたのがアイツだ」
「・・・・・・」
そしてちとせは聞いた。正樹という人が裕樹にとって大切な友人で、けれど立場的に対立してしまったことを。
「・・・裕樹さん」
「ん?」
「なんで、裕樹さんは正樹さんと戦うんです?」
「なっ・・・なんでって、今言っただろ」
言ったことを即座に聞き返され、さすがに裕樹は少しムッとした。
が、ちとせの言いたいことはそこではないようだ。
「・・・裕樹さんは、正樹さんと戦いたいんですか?」
「・・・そんなわけ・・・ないだろ」
「じゃあ、どうして戦うんです?」
「・・・そうするしか、ないから・・・」
「戦いたく・・・ないのでしょう?」
ちとせの一つ一つの言葉を受け止めながら、裕樹は頷いた。
「なら、戦わないのがいいのでは?そこまで大切なご友人であるのなら」
「・・・けど」
「・・・戦いたくない人と、仕方ないから戦う・・・。それでは、いつか、お互いを滅ぼし合うことになります」
ちとせの言っていることは正しい。決して間違っていない。____________理想論としては。
「けど、ちとせ」
「・・・?」
「けど、俺は・・・もう正樹に刃を向けてしまったから。そして、アイツも・・・」
その覚悟の上で戦った。嘘ではない。
だが、やはり思い出すと、辛かった。
「・・・正樹さんとは、そんなに仲が良かったのですか?」
「・・・ああ、誰とも話さなかった、一人ぼっちの俺に声をかけてくれて・・・それに、アイツは俺と違って、しっかりしていたし・・・」
自分でも正樹のことを話していると明るくなっていくのがわかる。
と、不意に気配を感じ、柱の方をじっと見つめる。
ちとせは不思議に思っていたが、やがて観念したような顔でタクトとミルフィーユが現れた。
「・・・どの辺から聞いてた?」
「ちとせの『正樹さんって人は?』辺りかな」
裕樹の問いに至極当然といった感じで薄情するタクト。
「すみません。なんだか途中から出るに出れなくて・・・」
「いや、別にいいんだ。聞かれて困ることじゃないし」
この時、ちとせは初めから聞かれてなくて良かった。と、何度も心で呟いた。
「にしても・・・」
タクトはじっとこちらを見ながら席に着く。ミルフィーユも隣に座る。
「戦うのが辛いなら無理しなくていいんだけど?裕樹、君は立て前上、エンジェル隊なだけなんだから・・・」
「いや、いいんだ。大丈夫」
タクトの言葉を遮りつつ、話す。
「・・・最悪、覚悟してたから。・・・リ・ガウスを亡命した時から」
「え?」
「・・・俺はな、タクト。・・・俺には、たとえ親友と戦うことになってでも、やらなきゃいけないことがあるんだ」
「そんな事・・・」
「そうですよ裕樹さん、そんなのおかしいですよ」
まるで自分のことのように感じ、反してくれるミルフィーユが嬉しかった。
「けど・・・」
裕樹は少し考えながら、タクトとミルフィーユを交互に見た。
「もし、タクトが俺と同じ立場なら、きっとタクトも同じようにしてるよ。多分」
「それって、タクトさんに置き換えるとクールダラス副指令と戦ってもいいってことですか?」
「俺には、ちょっと想像できないな・・・」
「いや、きっとそうするよ。・・・タクトなら」
裕樹がやろうとしている事、裕樹が戦う目的、この時は誰も分からなかっただろう。
親友と戦ってまで、やるべき目的が。
けれど、それが裕樹の目的なのは事実だ。例え、他人が何を言おうとも。
「・・・なあ、ちょっと話変えていいか?」
「え?ああ、いいよ」
「そんじゃ・・・今さらだけど、よく通してくれたよな、俺の意見」
「クロノ・ブレイク・キャノンの事?」
「ああ」
「それだけ、裕樹の存在が重要視されてるって事じゃないか?」
「・・・そんなもんかね」
あまりそうは考えられない裕樹だったが、ミルフィーユが気になっていた疑問を投げかけた。
「それにしても裕樹さん、クロノ・ブレイク・キャノンなんか、いったいどうするんです?」
「そんなの決まってるだろ、ミルフィー」
「?」
首をかしげるミルフィーユに裕樹はさながらタクトのように、悪戯するような子供のように笑ってみせた。
「思いっきり、抑止力として使うんだ」
「・・・思いっきり抑止力?」
何だか言葉の使い方が違う気がする。
少し首をかしげるちとせを見、裕樹はミルクティーを口へ運ぶ。
「ま、前線基地の人たちを退避させるためだからな」
「基地はどうするんです?」
「春菜の情報だと、基地自体に攻撃能力は無いからな。うまくいけばこちらの基地に出来るかもしれない」
「・・・だから軍のやつらにあんなことを言ったのか」
ああ、と頷きさらにティーカップを口へ運ぶ。
「あの、裕樹さん。私もうひとつ聞きたいことが・・・」
おずおずしながら手を上げたちとせに、目線で承認する。
「以前、私とランファ先輩とミント先輩が敵の出現に巻き込まれて飛ばされた話ですけど、あれって何故だかわかります?シャープシューターには空間跳躍した記録が残ってないんです」
「ああ、それはつまり、リ・ガウスとこの世界の境界線に飛び込んで、そのまま閉鎖空間に入ってもう一回、EDENの世界にはじき出されたんだろ。それなら常に空間にいたことになるだろ?」
「・・・なるほど」
なんとなく理解したちとせに対し、相変わらずお気楽な顔で首をかしげているミルフィーユ。彼女らを見ながら裕樹はテイーカップのミルクティーを飲みほした。
「・・・じゃあ、俺はそろそろ格納庫に行くよ。もうしばらくで出撃だし、ウイングバスターの整備ぐらい自分も手伝わないと」
「そろそろって・・・まだ5時間はあるぞ?」
これまた当たり前といった顔で不思議そうに問いかけてくるタクトを見てると悲しくなってくる。
「・・・俺はエンジェル隊と違ってテンションを高めなくてもいいんだよ・・・。それに・・・な」
何かはよく分からなかったが、裕樹は有無をいわさず格納庫へ行ってしまった。後に残された者は、
「・・・なんだか、裕樹さん」
「・・・ええ」
「上手いこと、話を反らしたような・・・」
もう見えなくなった裕樹を、3人はそう思った。
数時間後、前線基地で正樹はかつての戦友、氷川京介(ひかわ きょうすけ)と再会していた。
「京介!?お前何でこんなところに・・・」
「やあ正樹、久しぶりだね。3年ぶり・・・かな」
紺色の瞳に茶色の髪。昔から何も変わっていない。
恐ろしいほどのマイペースぶりに、思わず正樹は脱力した。
「変わらねぇな、京介・・・」
「よく言われる。それにしても君が軍に帰ってきてくれるなんてさ・・・正直、嬉しいよ」
心の底からの笑顔。正樹も同じように笑み返す。
「・・・今じゃ京介のほうが階級上だな」
京介の着ている制服のワッペンを見ながら言った。そのマークは中佐である証。この前線基地の中ではかなり上の階級だ。
「僕は軍を辞めなかったからね。あわよくば裕樹も、と思ったんだけどね」
「・・・裕樹は、アイツは・・・」
「・・・知ってる。真っ先に知ったのは僕だから」
彼もまた、解放戦争時、裕樹や正樹と共に戦った戦友、エースパイロットと呼ばれた人物だった。だからこそ、彼の思いも正樹と同じなのだ。
「・・・くそっ」
思わず歯をくいしばる正樹。
「・・・説得するにしろ、捕獲するにしろ、・・・最悪、破壊するにしろ並のパイロットじゃ駄目だ」
「ああ、俺か京介か、・・・場合によってはあのディアグスのパイロットぐらい、だな」
「あのアスグ小隊の?確かにいい腕だね」
「でも・・・」
正樹はデッキハンガーの上からメガロデュークを見る。京介もそれに習う。
「機体的には、俺がやるしか・・・」
続きを言いかけた瞬間、基地中にサイレンが鳴り響いた。
「な、何だ!?」
「緊急警報!?」
『緊急警報発令!!方角Hプラスに敵大型戦艦・・・エルシオールです!!それに・・・ク、クロノ・ブレイク・キャノンを搭載!?』
オペレーターの声が驚愕しているのがわかる。
「なんだって!?」
「京介!俺はメガロデュークで先に出る!」
「わかった、僕もすぐに後を追うから!」
正樹はデッキからメガロデュークに飛び移り、そのままコックピットに入る。
(くそっ!クロノ・ブレイク・キャノンだと!?・・・裕樹・・・!!!)
各部電源を入れ、レバーを引き、ペダルを踏む。
そして、メガロデュークは機動した。