第十二章「The Vision of Dreamland

 

 

 

彼との初めての出会いは戦場だった。

銃弾が飛び交い、命が失われていく戦場で、二人は出会った。

彼はその後も一人だった自分に声をかけてくれ、仲間の輪に入れてくれた。

彼のおかげで、いろいろな仲間にめぐり会えた。何より、彼自身が自分に興味があるようだった。

彼によれば自分はエースパイロット級の腕前らしい。______自覚は無かったが。

その後も、自分がリーダーに抜擢されると、すぐに信頼してくれ、仲間をまとめることが出来た。

 

戦争が終わった後も、彼はちょくちょく遊びに来てくれた。

自分と彼女の二人の暮らしを、笑いながら祝福してくれた。

いつしか、自分たちは親友になっていた。

どちらかが言い出したわけではない。

ただ、二人とも心で分かっていた。

______アイツは俺の親友なんだ、と。

だからこそ、互いの心にはいつも相手がいた。

それが当たり前だと、疑うことすらしなかった。

 

 

____________あの日までは____________

 

 

あの日の、あの雪と共に、自分の心は真っ白になった。

すべてが埋め尽くされた。

親友に対する、思いすら。

 

 

 

思えば、あの日からだった。

自分の心から親友が消え去ったのは。

それほどまでに、彼女の、美奈の存在が大きくて、奴の存在が許せなかった。

そして、次に会ったのは戦場だった。______互いを敵として。

どちらかが悪いわけではなかった。______けど、それでも、

二人は完全に対立してしまったのだ。______裕樹と正樹は・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前線基地での戦いから10日後、エルシオールはEDENのスカイパレスへと向かっていた。

あらたな敵、リ・ガウスについての情報や、その他の雑務的な内容も多々あった。

また、情報の内容も穏やかではないものが多いため、EDENの人々からも英雄と呼ばれているタクトが抜擢されたのだ。

が、当の本人である司令官は大して気にせず、自室でミルフィーユとまったりしていた。

「ん〜たまにはこんな風にのんびりするのもいいな〜」

「クス・・・タクトさん、いつでものんびりしてないですか?」

「そんなことないぞ。俺はいつでも真剣なんだから」

この場にレスターがいたら、____________なおさら悪いわっ!!____________というセリフが聞こえてきそうだ。

「そうですか〜?」

自分の顔を覗き込む形で、悪戯っぽく微笑む。

そんなミルフィーユを見て、タクトはそのままベッドに腰掛けているミルフィーユの太もも目指して頭を乗せた。

「タクトさん、どうしたんです?」

「いや、なんか急にミルフィーに膝枕して欲しくってさ・・・」

大して驚きもせず、ミルフィーユは笑いかけてくれる。

「そうだ!耳掃除してあげましょっか?」

「え、いいの?」

「はい!」

「じゃあ頼むよ」

ミルフィーユは机の上から耳かきを取り、再度自分の太ももにタクトの頭を乗せた。

頭を乗せると、タクトは静かに目を閉じた。

安心して自分に信頼しきってくれていると思うと、なんだか嬉しかった。

そしてミルフィーユは優しく手を沿え、耳掃除を始めた。

「んっ、よっ・・・と。どうですか?タクトさん」

「うん、気持ちいいよ・・・・・・・・・・・・太ももが」

「もうっ、タクトさん!」

 

そんな楽しい時間は、親友である真面目なあの方によって潰された。

 

「タァァァァァクトォォォォッッッッ!!!!!!!

勢いよく司令官室のドアが開けられた。

「キャッ!?」

そんなレスターに驚いたミルフィーユは思わず、すがすがしいまでの音を立て、耳かきを真下に突き刺した(・・・・・)

______ドスッ____________という音がした気がする。

「ぎぃゃやああああぁぁぁぁっっっ!!!!!?????

「きゃああああっっっ!!!!????タ、タクトさん〜!!!!!!

びきり、と真顔でこめかみあたりに効果音を鳴らすレスター。

「・・・何やってんだ、お前ら」

「えへ、耳そうじです」

ぽわん、と答えたミルフィーユを見てレスターは脱力感を覚える。

「・・・レスター、何か用?」

「『何か用?』、じゃない!!お前EDENに着くまでにまとめとく書類はどーした!!」

「お?もうまとめ終えてるぞ」

レスターは更にため息をつく。

「・・・だったら確認のために相談すると、お前が言っただろう。何故持ってこない?」

「アハハ、悪い悪い。今渡すよ」

タクトは立ち上がり、机の上の書類をまとめる。

「・・・ところでタクト」

「ん?」

「・・・いい加減、耳のソレを抜け・・・」

二人の後ろでミルフィーユが笑うのを必死でこらえていた。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、裕樹はヴァニラとはち会っていた。

「あ・・・裕樹さん・・・」

「やあヴァニラ。どこかに用事?」

「はい・・・クジラルームへ、動物たちのご飯をあげに」

「クジラルーム?そういや一度も行ったことないな」

「・・・裕樹さんも、一緒に行きますか・・・?」

「え、いいのか?」

「はい、では、私について来てください・・・」

ヴァニラはクルリと踵を返し、歩き出した。裕樹も少しあわてて後を追う。

しばらく歩き続けた。が、

(わ、話題がない・・・)

タクトから、ヴァニラはあまり自分から話さないと聞いていたが、裕樹としては何か話したかった。

「なあ、ヴァニラ」

「はい」

その場で立ち止まり、振り返ってこちらを見る。______あの、真紅の瞳で。

「あ、歩きながらでいいから」

「はい」

裕樹はヴァニラの横についた。

なのに、何故か裕樹はしばらく無言だった。

「・・・・・・」

「・・・裕樹さん・・・?」

「ヴァニラってさ、」

「・・・?」

「随分、変わった色の瞳をしてるよな」

もっとも、裕樹の青い瞳も相当珍しいのだが。

「・・・そう、ですか・・・?」

「あ、ごめん、気にしてた?」

「い、いえ、別に・・・」

少しあわてたヴァニラに優しく微笑み、裕樹は歩きだした。

(・・・?)

それ以上、話そうとしなかったので、ヴァニラも気にしなかったが、一体何を言おうとしたのだろう、と、ヴァニラは素朴に思った。

 

 

 

 

 

「・・・着きました、ここです」

「ここが・・・」

案内された部屋に裕樹は呆然とした。

その広すぎる大きさだけではない。

そこには、海があった。

波、潮風、潮の匂い・・・全てが存在した。

(なるほど、確かに海だわ)

裕樹は以前、ミルフィーユに言われたことを思い出していた。

と、そのまま海を眺めていると砂浜から一人の少年が歩いてきた。

「いらっしゃい、ヴァニラさん、それに・・・朝倉裕樹さん」

「え?」

見ず知らずの少年にいきなりフルネームで呼ばれ、少しギョッとした。が、すぐに冷静に考える。

(艦内で誰かが言いまわしたんだろ、きっと)

「では、私はこれで・・・」

「ああ、ありがとな、ヴァニラ」

行儀よくお辞儀をし、奥にある部屋へと向かっていった。

ヴァニラを見送った後、裕樹は少年に向き合った。

「さて、改めてよろしく。朝倉裕樹だ」

「クロミエ・クワルクと申します。よろしくお願いしますね」

突如、水面に水しぶきと共に超巨大なクジラの尾ヒレがあがった。

「クッ・・・クジラ!?」

「はい、僕は宇宙クジラのパートナーとして雇われています」

的外れな答えを聞きながらも妙に納得してしまった。

(ま、クジラルームだしな)

「宇宙クジラをご覧になるのは初めてですか?」

「ん、まあ普通のクジラなら見たことあるけど・・・」

「ミニもいますよ」

と、クロミエの横からヒョコッとミニサイズのクジラが現れた。

「へぇ、かわいいな」

しばらく黙っていた後、クロミエは唐突に話し出した。

「宇宙クジラは」

「うん?」

「人の心が読めるんです」

途端、裕樹から笑みが消えていく。

覗かれているような気配は無かった。セフィラムも意識していなかった。

「人と人の心の繋がりも・・・」

(・・・心のつながり・・・?)

瞬時に裕樹の頭の中に考えが広がっていく。

何故、わざわざそれを言うのか。

何故、それを言ったのか。

「・・・何で、そんなことを?」

「いえ、別に。ただ・・・」

「ただ?」

常に笑顔のまま、クロミエはさらりと言った。

「あなたの心に」

クロミエに合わせるように、宇宙クジラが鳴いた。

「強い、心の繋がりが見えたからです」

______・・・・・・・・・

______・・・・・・

______・・・

「・・・・・・そっか」

何故だろう。

この艦や、この艦の人たちと関わると、無性に思い出してしまう。記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

出会いは雪。

そして、別れも雪。

万年雪の星で、雪の中で、裕樹は、______

______彼女と出会い、そして、彼女を失った。

誰かが言った。

雪には、雪の一つ一つには人々の悲しみが込められている。

だから、その悲しみをなんとかしなければならない。

でないと、決してこの雪は止まらない。止みはしない。

けれど、彼女は雪が好きだった。

だから、自分も好きになった。

だが、その雪が全てを奪っていった。

何よりも、誰よりも、大切な人を・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッとして、裕樹は我に返った。

そして、不思議そうにこちらを見ているクロミエに聞いてみる。

「君も・・・ミントみたいにテレパスを?」

「いえ、僕は宇宙クジラを通して分かるんです」

「へえ、じゃあクロミエは宇宙クジラの考えていることが分かるのか?」

「他にも動物や植物のこともわかりますよ」

「・・・なんか、凄い特技だな・・・」

思わず怪訝顔をしてしまう。クロミエはさして気にしなかったが。

「さてと・・・」

「お帰りですか?」

「ああ、また今度ゆっくり寄らせてもらうよ」

「そうですか、またどうぞ。裕樹さん」

クロミエに笑みかけ、海を見てから、裕樹はクジラルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「んおを?」

ティーラウンジでお茶を楽しんでいると、妙な姿で現れたタクトを見て、フォルテはすっとんきょうな声を上げた。

一緒にいるランファとミントも見たことがないようなモノを見る目でタクトを見ている。

「何だいフォルテ?」

「いや、そんな普通に話しかけられてもねぇ・・・」

「どうしたのよタクト、その耳」

「血が出てますわよ」

正確には流れている、だが。

「いや、ミルフィーに耳かきしてもらったんだけどさ・・・」

「あははははっっ!!!!!それでそうなったわけ!?」

かなり豪快に笑ってくれるランファ。

「笑い事じゃないぞ」

「あの子もやるね」

「どーいう意味だ、フォルテ」

その間にも耳からドクドクと血が流れていく。

「あ、あのタクトさん?とりあえず医務室に行かれたほうがよろしいのでは?」

「ハッ、そうだよ、早く行かないとレスターにっ」

あわててタクトはその場を走り去っていった。

後に残ったのは血だまりである。

「・・・誰が拭くのよ、コレ・・・」

ランファのぼやきは、誰にも答えられなかった。

 

 

 

一方、当のタクトは除々によろめいていた。

「あ、いかん・・・血が足りない・・・」

 

 

 

 

 

 

 

その約10分後、タクトはようやくブリッジにやって来た。

「プッ」

「ブッ」

ココとアルモのむせ笑いを受けながら、タクトは座席に座る。

二人が笑うのも無理はない。今のタクトは右耳に長さ30cm近い、巨大なティッシュが埋め込まれている。

「・・・おいタクト、何だそれは・・・」

「ん、ケーラ先生がさ、『こうすれば止まるでしょ』って言われてこーなった」

「ププッ・・・マ、マイヤーズ司令・・・よく我慢できますね・・・!」

アルモがまだ笑いながら心配()してくれた。

「まあね、ミルフィーユとのの証だからさ」

「ひ、開き直ってる・・・!」

ココも更に笑う。

「・・・タクト、後でヴァニラにちゃんと直してもらえ。このままじゃブリッジの緊張感がまるでなくなる」

「ああ、そのつもり」

(元々、マイヤーズ司令がいるだけなくなるケドね)

(うんうん)

もちろん、アルモやココでなくともそんなことぐらい分かっているが。

 

 

 

 

 

 

もうすぐでEDENに到着するという所で裕樹はタクトに呼び出され、ブリッジまでやって来た。

「あ、来たか裕樹」

「ああ、何か用か?」

「ん〜ちょっとね・・・」

口ごもりつつ、レスターと何か話し始める。

呼び出されたわりに妙に暇になった裕樹は、ココとアルモが自分に手をヒラヒラと振っているのに気づく。

「よ、アルモ、ココ。いつもお疲れ様」

「これが仕事ですからね」

「頑張ります〜」

そんな他愛のない会話をしていると、再びタクトに呼ばれた。

「で、なんだ?」

「裕樹、すまないけどEDENに着いたら共和党政府との会談に裕樹も参加して欲しいんだ」

「俺が?何で?」

横からレスターが説明してくれた。

「今のところEDENにリ・ガウスは現れていない。よってEDENの共和党政府も現実味がわからない、というか実証がない。・・・というわけだ」

「そこで俺?」

「ああ、実際リ・ガウスからやって来たお前がいれば話も進みやすい」

「それに会談の方は俺とレスターで何とかする。裕樹はいてくれればいいんだ」

要は面目上、必要ということだ。

裕樹は悩むことなく了承した。断る理由がない。

「わかった、タクトとレスターに任せるよ」

「すまんな、裕樹」

「別にいいさ。こっちだっていろいろ助けてもらってるしな。・・・それに、しばらくはEDENに居るんだろ?」

「ああ、しばらくはね」

タクトの言葉に裕樹は嬉しそうに頷いた。

裕樹はEDENに希望を託していた。

きっと、EDENになら、彼女を救う方法が見つかるはずだと。

 

 

 

そして一時間後、エルシオールはEDENに到着した。