第十三章「たった一つの求めるもの」

 

 

 

EDENのスカイパレスに到着したタクトたちを待っていたのは、EDENの英雄として祝福して向かえてくれる、EDENの民の人々だった。

その人だかりに裕樹はただ、驚くばかりだった。

気になったのはエンジェル隊と同じくらい、いやそれ以上にタクトに人気が集まっているようだった。

「タクトって意外とカリスマ性あるのか?」

裕樹としては思ったことを述べただけなのだが、ランファはすがすがしいまでに撥ね返してくれた。

「EDENの中でだけ(・・)、ね」

(・・・強調した)

「なんで?」

「う〜ん・・・めずらしいからじゃない?タクトみたいな奴がEDENの中で」

「・・・別にEDENでなくても珍しいと思うぞ、タクトみたいな人は」

「う〜ん・・・それを言われるとツライわね」

「というか、エンジェル隊自体、個性ありすぎるからタクトに限定なんて出来ないけど」

その言葉がよほどのNGワードだったらしく、ランファは目つきを変えて睨んできた。

「うわっヒドッ!!裕樹ってアタシたちのことそーいう風に見てたの!?」

「いや、だって・・・そうだろ?・・・違うのか?」

「ぐっ・・・」

何も言い返せないのは少しでも自覚はあるのだろう。

と、端から見ればかなり仲良く会話しているように見える裕樹とランファを見て、ちとせはずずいっ・・・と話に入ってきた。

「何を話してるのですか?裕樹さん、ランファ先輩」

「あ、ちとせ。それがねぇ、裕樹ってばヒドイのよ。アタシ等のことタクトみたいに個性ありすぎて珍しすぎるって言うのよ!」

「・・・そこまで言ってないって」

が、ちとせの反応はかなり予想外のものだった。

「あ、そうですよね。私も最初はビックリしましたよ。みなさんをファーストネームで呼べ、とか言われましたし。・・・でも裕樹さんもその内に慣れますよ」

「認めてどーすんのよちとせ!!」

「え、えっ?何をですか?」

ランファの怒涛のツッコミにオロオロするちとせ。

「・・・自覚ないだろ、ちとせ」

「え、えっ?えっ?」

あきれられ、ため息をつくランファに、妙に納得している裕樹を見て、ちとせは更にオロオロしていた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、エンジェル隊と別れたタクト、レスター、裕樹はEDENのスカイパレスの会議室へと案内された。

しばらくすると、除々に各々の代表者たちが集まってくる。

それぞれがタクトに挨拶しに来たり、遠くからお辞儀をしている。よほどタクトに人気があるのだろうか。

と、裕樹はその中で一際綺麗な少女に注目した。

「なあタクト」

「ん?」

「誰だ、あの娘。妙に若すぎないか?」

だからといって裕樹は別に偏見はしなかった。かつての自分がそうだったから。

「ああ、ルシャーティか。彼女はEDENのライブラリの管理者だからね」

「管理者?」

「ようはシャトヤーン様やノアみたいな立場の人さ」

「へぇ・・・って、こっちに来るぞ」

金髪のロングヘアー、様々な飾りに加え、フリル付きのローブスカートを着ている少女、ルシャーティは嬉しそうに手を合わせながらこちらにやってきた。

「タクトさん、レスターさん、お久ぶりです」

「やあルシャーティ、久しぶりだね」

「元気そうだな」

「はい、おかげさまで。・・・こちらの方は?」

ルシャーティは笑顔のまま、こちらに向き直った。

「彼が前に連絡した、リ・ガウスから来た協力者だ」

レスターに紹介されたのち、裕樹は立ち上がった。

「朝倉裕樹だ。よろしく」

互いに手を差し出して握手する。

「ルシャーティです。よろしく、朝倉さん」

握った手は細くて、柔らかくて、華奢だった。

「それではタクトさん。そろそろ始まりますから」

「ああ、じゃあよろしく」

そのままルシャーティは自分たちから見てだいたい反対側の席に着いた。

間もなく、会談が始まった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・以上が現時点でのリ・ガウスの主な情報です」

会談が始まり間もなく、タクトとレスターはリ・ガウスとトランスバールの対応の現状を報告した。何より、どよめきが多い。実物でも見ない限り半信半疑なのだろう。

「しかしマイヤーズ殿、本当にリ・ガウスなる勢力が存在するというのですか?」

「マイヤーズ殿の言うことだ、信じないというわけではないが・・・」

「・・・実際に見てみぬことには」

待ってましたといわんばかりにタクトは裕樹に目を向けた。

「でしたら、彼にご注目ください」

視線が一気に自分に集まる。

更にレスターに立つように目で催促され、裕樹は立ち上がった。

「彼が、リ・ガウスからやって来た我々の協力者、朝倉裕樹です」

裕樹はその場で各代表者に軽く会釈した。

「ほう、彼が・・・」

「ふむ、なるほど・・・」

「確かに、彼には私たちには感じられない『力』を感じますね」

(・・・セフィラムに気づいた・・・。いや、それより・・・)

______私たち?

わかりました、マイヤーズ殿。確かに彼にはこの世界の人とは違うモノを感じます。リ・ガウスの存在を信じましょう」

「ありがとうございます。では・・・」

「あ、あの!ちょっと、いいですか?」

話を遮り、裕樹は声を上げた。

その場の全員が少し驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。

「なんですかな?朝倉殿」

裕樹少し考え、やがて先ほどの疑問点を話し出した。

「先ほどの力のことですが、『私たち』と言いましたね。・・・私もこの世界のことを調べまして、そしてEDENとヴァル・ファスクという勢力があったということも調べました」

EDENの人々は黙って続きを待った。タクトとレスターも話をじっと聞いている。

「・・・ヴァル・ファスクの人間には無人のインターフェイスの能力があるのは知っています。では、EDENには?そういった特殊な力があるのですか?」

周りの反応を見る限り、EDENの人々は知っていそうだが、タクトやレスターはまるで知らないようだ。顔を見ればわかる。

「・・・素晴らしい洞察力ですな」

やがて共和党政府の一人が観念したように話し出した。

「分かりました。ご説明しましょう。・・・マイヤーズ殿やクールダラス殿もお聞きください」

「はい」

「わ、わかりました・・・」

やがて目で合図され、ルシャーティが話しだした。

「朝倉さん、このEDENにもそういう力は存在したんです」

(存在した(・・)・・・か)

恐らくもう失われているのだろう。これならタクトやレスターが知らないのも頷ける。存在しないものなど知る意味がないからだ。

「その力は・・・『EDEN』と呼ばれています」

「EDEN・・・力と世界の二つの意味があるのか。で、どんな力なんだ?」

「なんでも、場、空気、空間、領域など、全てのモノに対して驚異的な適応性、適応力を発揮するというものらしいです」

と、話を聞いていたレスターが思いついたようにタクトの肩をたたいた。

「何だよレスター」

「今のEDENという力、まるでお前みたいだな」

「はあ!?何を根拠に?」

「今までのエンジェル隊への早すぎる慣れ方や、士官学校時代の訓練など、その他モロモロだ」

「そう言われてみれば、そうですね」

妙に感心したようにルシャーティも頷いた。

「おいおいルシャーティまで・・・何を言ってるんだい?」

だが、その中裕樹だけは真剣に捉えていた。

(タクトと初めて会った時の、力の違和感・・・あれが、タクトのEDENという力だったのか・・・?)

除々に脱線しつつある会話に、EDENの人々は見かねたように咳払いをした。

「ゴホン・・・・・・話を戻してよろしいですかな?マイヤーズ殿」

「あ、あぁはい。・・・いいな?裕樹」

「ああ、・・・すまない」

「では、リ・ガウス軍への予防策としてEDENにもトランスバールの戦艦を数隻・・・・・・」

裕樹はそれ以上何も言わず、黙っていた。

会話の内容もうわの空だった。もっとも、いるだけでよかったので聞く必要はなかったが。

タクトは、裕樹が何を考えているのか気になったが、会談中だったため、詳しく聞くことはできなかった。

______当然、話しかけようとしたがレスターに止められたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

2日後、裕樹はタクトたちと別れ、スカイパレスのラウンジに一人で佇んでいた。

2日前の会談が終了してから、裕樹はルシャーティなどから許可を取り、EDENのライブラリに篭りっきりだった。だが、それでも裕樹の目当てとなる物は見つからず、事実上、途方に暮れていた。

(みつからない・・・どれだけ探しても、見つからない・・・)

トランスバールにおいて最大の技術、情報のあるスカイパレスのライブラリでも、救い出せる方法は存在しなかった。

つまり、EDENの世界において、裕樹の求めるモノはほぼ存在しないということだ。僅かな可能性として、今だ発見されていないロスト・テクノロジーに期待するという手もあるが、それこそ途方のない話だった。

(これから・・・どうする?)

事実上、EDENにいる意味はあまりない。だからといって、リ・ガウスに戻るワケにもいかない。それなら、まだ可能性が残っているEDENにいたほうがいいに決まっている。

(・・・・・・)

しばらく無心でいた。

少しだけ、頭と心を休ませたかった。

言葉で言い表せないほどの美しいスカイパレスの風景に、裕樹は自身が溶け込んでいく感覚を覚えた。

「裕樹さん」

不意呼ばれ、振り返る。

そこには、ライブラリに篭っていた時、何も言わずに協力してくれた少女、ルシャーティがいた。

「ルシャーティ、どうしたんだ?」

「あ、いえ、その・・・」

「?」

何故か恥ずかしそうな顔になり、オロオロしている。

そんなルシャーティを見てると、裕樹は何となく直感で理解した。

「・・・道に迷ったとか?」

図星のようだ。

ルシャーティは更に顔を真っ赤にし、小さくなっている。

「ま、まあ誰にだって苦手なものはあるよな」

「・・・・・・すみません」

消え入るような声でルシャーティは呟いた。

仕方ないので裕樹はわかる所までルシャーティを連れて行くことにした。

 

 

 

歩き出して数分、そろそろ中央部に差し掛かる所でルシャーティは話しかけてきた。

「裕樹さん」

「ん?」

「さっき、随分悲しい目をしてました。______何を考えていらしたのですか?」

「・・・やけに鋭いな」

「え、そ、そんなことは・・・」

ルシャーティはどこかおもしろくて、可愛い。

何故か、気を許せてしまう。

「いやさ、これからどうしようかな・・・って」

「・・・?タクトさんやエンジェル隊の皆さんと一緒にいるのではないんですか?」

「うん、まあそうなんだけど」

裕樹が何を考えているか分からず、ルシャーティは不思議そうに首をかしげた。

______けど、何となくわかっている。彼が、ただ協力するためだけにエルシオールにいるわけではないということが。

「俺の目的はさ・・・もっと、別のものだから・・・」

「そう、なんですか」

一瞬、辛そうな顔をした裕樹に、ルシャーティはとびっきりの笑顔を向けた。

「けど、頑張ってください」

「え?」

「私でよければ、いつでもお手伝いしますから」

そんなルシャーティの純真な思いに、裕樹は心から感謝した。

「・・・ありがとな、ルシャーティ」

と、唐突に裕樹のクロノ・クリスタルのコールが響いた。

「うおっとっと、・・・もしもし?」

『もしも〜し、裕樹さ〜ん?』

聞こえてきたのはミルフィーユの声。聞いているだけで気分がポワポワしてくる。

「ミルフィー?俺だけど、何?何かあったのか?」

『はい、え〜っと・・・タクトさんが呼んでますからエルシオールに戻ってきてもらえます?』

「?とりあえず了解。すぐに戻るよ」

通信を切り、ルシャーティに向き直る。

「えっと、そういうわけだから俺は戻るよ。ここでわかるか?」

「はい、大丈夫です」

走り出そうとして、思い出したように止まった。

「裕樹さん?」

「・・・ルシャーティ」

「・・・?」

「・・・ありがとな。頑張るから、俺」

それだけ言って、裕樹は走りだした。

迷いはない。消してくれた、彼女が。

EDENで会った、どことなく美奈に似ていた少女、ルシャーティ。

彼女はいつまでも、見えなくなるまで、裕樹を見送っていた。