第十四章「思い出は永遠に」
タクトに呼び出されて間もなく、裕樹はエルシオールへ帰ってきた。
「ん、お帰り、裕樹」
「ただいまフォルテ」
「裕樹、さっそくで悪いんだけど」
タクトは事の説明を伝えた。
「偵察任務?」
タクトによればスカイパレスのレーダーが機影を捉えたらしい。
現状で、リ・ガウス軍はトランスバールとエルシオールを主な目標にしている。このままEDENにいれば、EDENがより危険になる場合もある。よって、トランスバールへ帰還しようとした矢先、機影を発見したのだ。
もしこの機影がリ・ガウス軍ならEDENに被害が出てしまう危険があるため、うかつに出航できないのだ。
そこで機動性、索敵力に優れた、ウイングバスター、トリックマスター、シャープシューターが抜擢されたのだ。
「ようは様子見か?」
「そうだ。だが万が一の事もある。よって3機で行ってもらう」
「・・・随分用心深いんだな」
「この間までここはヴァル・ファスクの占領地だったからな。今だに立ち直りきれていないところがあってな、余計な心配事は無くしておきたい」
レスターの言うこともわかるが、少し気にしすぎだと思う。だからといって断るわけではないが。
「わかった、じゃあすぐに出る」
「気をつけるんだよ裕樹」
フォルテに頷いて、裕樹はブリッジを後にした。
「・・・やけにすんなり引き受けてくれたな」
「そうだねぇ」
「裕樹はもう仲間さ。向こうだってそう思ってくれてるからこそ、さ」
今ではそれが最も説得力がある。
少なくとも、タクトはそう信じている。
「朝倉裕樹、ウイングバスター、行くぞ!!」
「ミント・ブラマンシュ、トリックマスター、行きますわ」
「烏丸ちとせ、シャープシューター、参ります!!」
各々3機は、偵察のためにスカイパレスから出撃した。
「大型索敵レーダー、最大範囲で起動・・・ミント先輩、裕樹さん、そちらはどうですか?」
「同じく起動しましたわ、ちとせさん」
「こっちもだ。でもレーダー的にはそっちらのほうが優れてるけどな」
「そうですけど、2機だけでは不安ですし」
ようは護衛役というわけだ。
「わかってるよ」
少しぶっきらぼうに言いながら、3機は指定されたポイントへ向かった。
「周囲に機影なし。熱源、金属反応もありませんね・・・。どういうことでしょう?」
「見間違い・・・とかだったら笑うしかないな」
「ホントですね」
すぐに帰るわけにもいかず、3機はしばらくその場で索敵を続けた。
「ところで裕樹さん、少しよろしいですか?」
戦闘の気配がまったくないせいか、3人ともかなりリラックスしている。
「ん、何だ?ミント」
「そろそろ・・・話して欲しいのですが」
「ミント先輩?」
「裕樹さん・・・あなたは一体、何が目的でEDEN、そしてトランスバールへとやって来たのですか?」
「・・・・・・」
「ミ、ミント先輩!?」
思いもよらぬ質問に、ちとせは驚き、裕樹は押し黙った。
「ご安心を、ちとせさん。別に疑ってるわけではありませんの。ただ・・・仲間として、知りたいんですの」
「ミント・・・?」
「もしかしたら私たちで何か手助け出来ることがあるかもしれませんし・・・」
「・・・裕樹さん、私も、どちらかと言えば・・・話して欲しいです」
二人の心が本心からだというのはすぐにわかった。
正直、人にはあまり話したくないが、ここまで親身に思ってくれているミントとちとせを邪険にするなど、そちらのほうが無理だった。
「・・・・・・」
しばらく、口に出せなかった。いや、口が動いてくれなかったというのが正論か。
この話をするのは、もう随分昔のことだから。
「・・・・・・人を・・・」
「え?」
「人を・・・救いたいんだ・・・。何よりも、誰よりも、大切な人を・・・」
2人は裕樹が何を言っているのかすぐには分からなかった。
「・・・亡くなった、人なのですか?」
「・・・違う、死んだんじゃない・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
消えてしまいそうなほどの声。けど、ミントとちとせは聞いてしまった。摂理に反した、その言葉を。
_________消滅、したんだ・・・・・・
求めたものはなんだったのか。
自分には何かが欠けている。
足りないものがあるから、欲しいと願う。
それは、一体なんだったのだろうか。
わからない。・・・けれど、
許されるのなら、もう一度・・・・・・
____________彼女を抱きしめたかった。
リ・ガウスの首都星、グリム・ガリスにて、正樹はメガロデュークの調整を終わらせたところだった。
上層部からの命令は「エルシオールの撃墜」ただそれのみ。
命令そのものに文句はない。だが、正樹はどうにもやるせない気分になった。
以前、あれだけの作戦を失敗したのに、何故か自分は少尉にまで昇格したのだ。
おかげで、部隊のひとつを任されてしまった。
だが、やはり納得がいかなかった。
「神崎少尉!!」
後ろから話しかけられ、振り返る。
いたのは、新たに自分の部隊に配属された年下の軍曹だった。
「どうした、工藤軍曹」
「いえ、次の作戦・・・自分なんかがエルシオールを撃つ役割でよろしいのかと・・・」
「自惚れるなよ工藤」
軍人として冷静に言い放つ。
「お前一人で撃つんじゃねぇ。全員で落とすんだ・・・そのくらい自覚しろ!!」
「も、申し訳ありませんでした!!」
瞬時に敬礼し、謝罪する。
正樹は、今度は逆に励ますように話す。
「だが工藤、お前の射撃の腕前が認められたのも事実だ。自身をもって、自分の仕事をしろ」
「は、はい!了解です少尉!!」
すぐに元気になり、自分の機体へと向かっていった。まだまだ若いパイロットだ。______といっても、正樹自身、まだ22歳なので充分若いのだが。
「威厳があるね、正樹」
「京介・・・」
いつのまにか隣にいた京介がにこやかな顔を向けている。
「茶化すなよ」
「そんなことないよ。やっぱり正樹は上に立つタイプだよ」
「・・・そうだ、京介、聞きたいことがあるんだが」
ひょっとして京介なら・・・という願望を持ちつつ、聞いてみる。
「なあ、俺なんで昇格したんだ?」
「え?」
「いやだって、あんだけ作戦失敗したのに、だぜ?」
「・・・ごめん、僕も軍上層部の考えてることはわからないんだ」
目尻を下げながらすまなさそうに言った。
決して顔をそらしてないので、嘘ではないとすぐに理解した。
「それに・・・」
「それに?」
「今・・・極秘なんだけど、正樹専用の後継機の開発が進んでいるんだ」
「は、はあ!?何だそりゃ!?」
途端、京介に口を塞がれ、しーっとせばまれる。
「わ、悪ぃ・・・」
「・・・なんでも現時点で、最新鋭の機体みたいで・・・完全なエース機らしいよ」
「・・・何で、俺に・・・?」
「解放戦争の活躍が効いてるんじゃないかな?」
「一理あるけど・・・今さらか?もう5年も前のことだぜ?」
「・・・ひょっとして、嬉しくない?」
「いや、そんなことはねぇけど・・・なんか釈然としないからな」
なんだか困ったような顔の正樹を見ていると、京介は放っておけない気分になった。
思わず、苦笑いしたくなるような性分だ。
「わかった、僕がそれとなく上層部に探りを入れてみるよ」
「本当か!?すまねぇな」
すぐにパッと明るくなる。そんな変化が無性に面白い。
「・・・にしてもよ」
「何?」
急に思い出した感じで、正樹が言い出した。
「ここんところ彩を見かけねぇのはその機体開発に関わってるからか」
「・・・寂しくなった?」
「アホゥ、んなわけねーだろ。ただちょっと気になっただけだよ」
素で力説している。
「いやいや、いなくなってからわかるその人の存在の大きさってものが・・・」
「どこのラブコメだよ。彩とはそんなんじゃねぇよ、ただの幼馴染だ」
「・・・まさに最強属性じゃないか」
「おい待て、属性ってなんだ!?属性って!?」
「更に勝気でサッパリしてる性格で、活発系なショートヘア・・・無敵だね」
「まてぃ!京介!!呟きながら立ち去るな!!」
しばらく、二人の全力鬼ごっこが繰り広げられた。
裕樹たちが帰還してから、エルシオールはトランスバールへの帰路についていた。
結局、何も発見出来なかった裕樹たちはありのままを報告しただけである。
ともかく、EDENに対する対策は完了した。ならばこれから激化されるであろう戦いのため、白き月にも戻るべきだった。クロノ・ドライブでも一週間はかかるという予定だが、艦内の雰囲気は明るいものだった。
「時間の問題だろうね。リ・ガウスは来るよ、もう一度」
裕樹、タクト、ミルフィーユの三人でティーラウンジに来て、唐突に言ったタクトの言葉がこれだった。
「・・・だろうな」
当然といった感じで答える裕樹だが、ミルフィーユだけはよく分からないといった顔をしている。
「え?そうなんですか?」
「ああ、多分ね。前の戦闘から随分時間も経ったし、何より帰路には何もないんだ」
「?」
「つまり、リ・ガウスがクロス・ゲート・ドライブしてくるってことだよ」
以前、春菜が説明したことをミルフィーユも思い出したようだ。
「でも戦力的に厳しいですよね」
「まあね。で、暇潰し程度にウイングバスターのデータで訓練してるんだ、俺」
「えっ!?」
まあもっともな話、あまり意味がないのだが、タクトの熱意に負けて裕樹も特訓に付き合っているのである。
「いや、実際凄いぞタクトは。機体がタクトのタイプに合ってるのか、操縦センスとかがものすごく上手い」
「へぇ、すごいですねタクトさん」
「いや、なんていうか・・・慣れたのかな」
「・・・・・・」
タクトの言葉に、裕樹は数日前のルシャーティの話を思い出していた。
(・・・EDEN・・・?)
驚異的な適応性、適応力。_________彼女はそう言った。
(もしかして、本当にタクトは・・・)
じっとタクトを見つめていたため、タクトが気づく。
「?裕樹?」
「あ、いや、何でも」
と、唐突にミルフィーユが楽しそうにとんでもないことを言い出した。
「それにしても、タクトさん、そのままウイングバスターに乗ってみたらどうです?」
「おいおいミルフィー、そしたら俺の乗るIGがなくなるじゃないか」
「あ、そうですね。忘れてました〜」
「・・・おいおい・・・」
いつになく、脱力してしまった。
「・・・まあ、いつか俺が別の機体に乗り換えたら、ウイングバスター、譲ってやろうか?」
「え!?裕樹、乗り換える機体あるのか!?」
「いや、ないなぁ。軍属じゃないから新型まわってくることもないし・・・」
あるいは春菜に頼む、という手もあるのだが。何せウイングバスターを作ったのも彼女だ。
(・・・でも春菜は春菜で忙しいだろうし・・・無理に頼むのも、な・・・)
そんな考えを断ち切ったのは突如艦内に響く警報だった。
『前方距離30000に熱源感知!総員、第一戦闘配備!マイヤーズ司令はただちにブリッジへ!!』
「っ!!」
「来たか・・・!!」
「ああ。ミルフィー、裕樹、頼むな!」
2人は頷き、格納庫へ向かった。
2人に習い、タクトも急いでブリッジへと向かう。
激戦の、予感がした。