第十六章「記憶の雪」

 

 

 

 

 

天から、白い涙の結晶が降っている。

――――雪が、悲しみの雪が、深々と降っている。

何故、この雪は降り続くのだろうか。

誰が、雪の一つ一つには悲しみが込められているのだと、言ったのだろう。

何故、こんなにも白いのだろう。

誰かが、泣いているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――誰が?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、きっと・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天からだろうか、その声が聞こえた。

その声は、確かにこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――きっと、あなた自信の悲しみなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪が、更に積もっていった。

すべてを埋め尽くさんと、言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、1時間後、ちとせを除くエンジェル隊とタクトはウイングバスター、及びメガロデュークの調査、それと周囲の探索を行っていた。

「・・・・・・」

わかっていた。ほんの僅かな希望すらないことが。

それが、今こうしてウイングバスターとメガロデュークの激戦の後を見せつけられると、生き残っているはずがないと、嫌でもわかってしまう。

全員、何も言わなかった。

それほどまでに、2機は無残な姿と化していた。

「・・・裕樹さん、本当に・・・」

ポツリと言ったミルフィーユの言葉を、咎める者は誰もいなかった。

みんな、心の中で思っているのだ。

――――裕樹は、もう、いないんだと・・・・・・

そして、全員のその考えを否定する言葉すら出てこないタクトは、自分を酷く嫌悪した。

「・・・タクトさん・・・この二つのIG,どう・・・なさるのですか・・・?」

行く先を失ったようなタクトの思考は、ヴァニラの言葉によって再び動きだした。

「・・・エルシオールに回収しておこう。・・・このままにしておくのも、あんまり、な・・・」

その提案に、誰も反対しなかった。

いや、そんなこと・・・もうどうでもよかったのだ。

いつの間にか、雷を含んだ雨は止み、変わりに、微かな雪が降り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・うっ・・・」

全身を激しい激痛が駆け巡り、正樹はゆっくり目を覚ました。

頭や腕など、全身包帯巻きだった。

「気がついた?」

呼ばれて初めて、部屋の中に人がいることに気づいた。

「・・・彩・・・」

「アンタ、運ばれて来た時はひどい怪我だったのよ」

なんだか睨みつけるように近づいてくる。

彩の気持ちからすれば、自分をここまで心配させた正樹が単に腹立だしいだけなのだが。

が、正樹のすぐ横に座ると、彩も落ち着いてきた。

「ホント、アンタは人に心配かけすぎなのよね」

「・・・何だ、やけに・・・優しいじゃねぇか・・・」

正樹は皮肉のつもりで言ったのだが、彩は普通に心配してくれた。

「こんな時ぐらいはね。・・・大丈夫?痛いところある?」

「・・・全身痛ぇよ・・・」

珍しく、彩はクスリと笑った。そんな彩を見ながら、正樹はようやく記憶を探っていった。

「なあ・・・彩・・・」

「ん、何?」

「・・・俺・・・どうやって助かったんだ?」

「なんか、一機だけ残ったディアグスが吹っ飛んだアンタを見つけて、回収したらしいわ」

「そうか・・・・・・メガロデュークは?」

「・・・回収できなかったけど、完全に大破したみたいね」

「・・・・・・」

「落ち込まないの。アンタのために最新鋭の機体、作ったげたんだから」

けど、笑顔になれなかった。

「なあ・・・彩・・・」

「なに?」

「・・・俺・・・どうして(・・・・)助かったんだ・・・?」

その言葉に、彩は黙り込んだ。

なんて、どんな、言葉をかけてあげればいいのか。

「本気の裕樹と・・・戦ったんだぞ?・・・生きてるワケ、ねぇじゃねぇか・・・」

「正樹・・・」

「やっぱり・・・アレか?自分の命が惜しくて、脱出スイッチを、押したからか?」

「正樹・・・!!!!!

彩は、そのまま正樹を抱きしめた。

震えながら涙を流す正樹を、そのままにしておけるわけがなかった。

「アンタは、生きてるのよ!!!今、こうやって!!!!

「俺が・・・アイツを、裕樹を殺したんだ!!!!

泣き叫ぶ正樹を、彩は更に強く抱きしめた。

「・・・親友を、殺したのに・・・ッ、俺だけ、生き残った・・・!!俺が・・・俺だけがッ!!!!!

「バカッ!!何でそんな風に言うのよ!!」

腕の中で、正樹が少しだけビクッとした。

「・・・アンタが死んだら、アンタまで死んだら・・・残された人は、どうするのよ・・・」

「・・・でも・・・俺は、裕樹を・・・殺したんだ・・・」

「・・・それでも・・・」

彩は抱きしめながら、そっと呟いた。

「正樹がいなくなったら・・・・・・アタシは、悲しいよ・・・?」

しばらく、正樹は泣き続けた。

そんな正樹を、彩はずっと抱きしめ続けてあげた。

大事な、大切な幼馴染が、心に深い傷を負ったのだ。

だから彩は、正樹をほんの少しでも助けてあげられるのなら、それだけでよかったのだ。

安らぎと、悲しみに包まれた時間が、流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・じゃあ、大気圏内でもクロノ・ドライブすれば宇宙に出られるんだな?」

タクトとレスターはDブロックの通路を歩きながら話している。

「ああ、前例はないが可能なはずだ」

あれから、もう半日が過ぎていた。

すでにウイングバスターとメガロデュークを回収し、エルシオールはエンジン、スラスターの修理とシャープシューターの修理を行っている。だが、スカイパレスを出航して時のような明るい空気は欠片もなかった。

全員が無言。誰も、必要なこと以外、何も話そうとしなかった。

たった一人、欠けただけなのに。

それほどまでに、裕樹の存在が大きかったのだろう。

「・・・じゃあ、俺はここで・・・」

「タクト?」

タクトは気まずそうに医務室の前で立ち止まった。

この事を、タクトはちとせに伝えなければならない。――――司令官として。

レスターは何も言わず、タクトを見送った。

 

 

 

「・・・あら、マイヤーズ司令・・・」

やはり沈んだ様子のケーラだった。

「ケーラ先生・・・ちとせは?」

「奥のベッドよ。・・・もう目は覚めてるわ」

「そうですか。・・・ケーラ先生、少し・・・外してもらえますか?」

ケーラは、タクトの表情だけで、何をする気なのかを理解した。

「・・・わかったわ。・・・しっかりね、マイヤーズ司令・・・」

ケーラはそのまま医務室を出て行き、タクトは一息ついてから、奥のベッドへ足を進めた。

 

 

 

ちとせはずっと水槽を眺めていた。

やがて、タクトの気配を感じたのか、ちとせはタクトへ向き直った。

ちとせの黒い髪と患者衣の組み合わせが、何故かちとせを弱々しく見せる。

「タクトさん・・・」

「ちとせ・・・大丈夫か?」

「はい・・・。あの、タクトさん・・・」

「ん?」

「・・・その、裕樹さんは・・・?」

「・・・あ、・・・・・・」

言葉が詰まる。言わなければならないのに、続きが出てこない。

「・・・・・・タクト、さん?」

「・・・その、ちとせ・・・。・・・裕樹は・・・」

喉の奥から、必死に声を引きずりだす。

「・・・もう、いない・・・」

「・・・・・・やっぱり、そうなんです・・・ね」

「え?」

ちとせの口から、以外な言葉が出てきた。

「薄々・・・わかってました。・・・誰も、一言も言わないから・・・」

「ちとせ・・・」

「・・・どうして・・・どうしてですか・・・?」

「・・・・・・」

「何で・・・裕樹さん、死んで・・・しまったのですか?どうして?」

「・・・それは・・・」

まるで張り詰めていた何かが崩れるように、ちとせは大粒の涙を流しはじめた。

「やっぱり・・・私のせい、ですよね・・・。私が、余計なこと・・・しなければ・・・」

「違う・・・ちとせは何も悪くない・・・!!」

「・・・でも、それでも・・・」

涙目をタクトに向ける。タクトには、何とかしてやりたくても、何も出来なかった。

「もう・・・裕樹さんは・・・戻ってこないのですね・・・」

「・・・ッッ!!!!

その言葉が、タクトの胸に突き刺さる。

逃げようもない事実。

「タクトさん・・・すみませんが、一人に・・・してっ、くだ・・・っ・・・・さ・・・っ」

最後の方は、言葉になっていなかった。

泣き崩れる寸前なのに、必死に耐えようとするちとせを見てしまうと、タクトは黙って部屋を出るしかなかった。

 

 

 

医務室を出ると、目の前にミルフィーユが待っていた。

見るからに心配そうな顔をこちらに向けている。

「・・・タクトさん・・・」

「・・・・・・」

タクトは無言のまま、ミルフィーユを抱きしめた。ミルフィーユもそれを受け入れた。

「そうなんだよな・・・もう、裕樹はいないんだよな・・・」

「・・・・・・」

「俺はまた・・・大切な人を・・・失ったのか・・・」

「タクトさん・・・」

ミルフィーユをさらに強く、奪うように、それでいて、すがるように抱きしめた。

「・・・しっかり・・・してください、タクトさん・・・」

自分に顔を埋め、泣いているタクトに、ミルフィーユは泣くのを必死に我慢して言った。

「タクトさんまで・・・落ち込んでしまったら、私たちは・・・誰に頼ればいいんですか・・・」

やがて、二人は泣き出していた。

エルシオールが、断ち切ることの出来ない、闇に包まれていった・・・

 

 

 

 

 

 

 

翌日、正樹は京介と会っていた。

京介は、自分だって辛いくせに正樹を励まし続けた。それは、京介が上の立場で多くの人を導かねばならないからだ。――――悲しむ暇さえないのだ。

「とにかく・・・正樹がウイングバスターを討ったのを軍本部は高く評価しているよ」

「・・・そうか」

「・・・それで、前から言ってたけど、新型機『X−D003 グランディウス』が正式に正樹に授与されることになったから。体調が戻り次第、授与されるって」

正樹は無言だった。前ほどではないが、それでも落ち込みは消えない。

「それと、次の作戦・・・エルシオールを墜とす作戦には、正樹は入ってないから」

「・・・え!?」

「あの艦・・・かなりの被害を受けたらしいからね。正樹が行かなくても大丈夫だろうって・・・」

軍本部が、と京介は付け加えた。だが、正樹は少し複雑だった。

裕樹が、本気で守ろうとした艦を、本当に墜としていいのだろうか。

もう少しちゃんと、あの艦のことを知りたかった。

正樹は、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――・・・・・・」

不意に、痛みもなく、静かに意識が覚醒の兆しへ向かっていった。

どうやら、自分を布に包まれているようだった。

やがて視界がはっきりしてきて、何気ないどこかの天井が見えてきた。

「・・・・・・」

ここはどこなのか、という疑問が出てこないほど、頭が働いてくれない。

と、どれくらい時間がたったのか、部屋のドアがノックされる。

返答もしていないのに、ノックした人物は中へと入ってきた。

ミディアムヘアーで、長いもみあげを三つ編みに結び、その先をリボンで結んでいる少女。――――どこかで見たことがある。

少女は、自分が目を覚ましていることに気づくと、駆け寄ってきて、嬉しそうな笑顔を向けてくれた。

「目、覚めたんですね。大丈夫ですか?・・・裕樹さん」

少女、音無春菜の声を聞いて、裕樹はようやく自身の存在が安定したように思った。

 

 

 

 

 

 

 

30分後、裕樹は春菜が運んできてくれた食事を食べ、ようやく頭が回転し始めてくれた。

ベッドの上で起き上がった姿勢で、窓の外を見ている。

春菜はすぐ隣で、りんごの皮むきに悪戦苦闘している。

数日前からは想像もできないほどに平和だ。

(・・・数日前・・・?)

そうだ。たしか自分は、正樹と本気で戦ったのだ。

何故か、不思議と悲しさはなかった。それだけの覚悟があったからか。

後に残った感情は、暗澹だった。

それに、春菜もその話題に触れてこない。だから、特に話そうともしなかった。

部屋の中は暖かいが、窓の外では雪が深々と降っている。

「・・・春菜・・・」

「わっ!とっとっ・・・何です?」

「ここ・・・どこなんだ?」

あまりにも、見覚えがある。――――本当は、きっとわかっていることなのに。

「・・・・・・レスティ、ですよ。裕樹さんと美奈さんの故郷の、惑星レスティです」

「・・・そっか、そうだよな。この雪は・・・そうだよな」

「わかるんですか?」

「まあ・・・ね。16年以上も居た所だからな・・・」

そう、何故だかわかる。この星の雪は、悲しさがある。

「・・・レスティの、どこだ?」

「ウェイレス地方です」

まさに、裕樹と美奈の出身地だった。

「俺・・・なんで、レスティに・・・?確か、EDENの世界にいたはずなのに・・・」

「それは・・・私も。・・・裕樹さんは、倒れてたんですよ。すぐ近くに」――――――罪人だから。

頭の中で、何か言葉がよぎった気がした。

「そっか・・・倒れてたのか・・・」――――――お前は、世界の、

まただ。さっきから、何かノイズのようなものが走った気がする。

「ええ、偶然私がいなかったら大変でしたよ」―――――――罪人だから。

無理やりノイズを意識からかき消した。

「・・・そういや・・・なんで春菜はレスティに?」

「・・・今、軍内部が完全に議会派の手に落ちてしまって・・・イロイロややこしいんですけど、和平派の一部がレジスタンスみたいなのを作って、議会派と対立してるんです。で、前々から協力しようとしてた和平派のレジスタンスに入ったんです。・・・そのレジスタンスの基地の一つが、このレスティのウェルフェア地方にあるからですよ」

ウェルフェア地方、ここウェイレス地方とはかなり離れた場所である。

「・・・なんで春菜はココにいるんだ?」

「ほら、私イロイロ私個人でやってるじゃないですか。で、ここ私専用の場所。っていうかアジトにしてもらったんです」

表現が果てしなくおかしい。

春菜は裕樹の顔を見て、それに気づいた。

「あ、あはは・・・そ、そうだ!りんご、どうですか?」

「切り分けられたリンゴをフォークで刺し、渡されたが、形が変だ。あえていうならジャガイモの形に近い。

「・・・春菜って、一部の料理スキルが苦手だよな」

「うっ・・・」

「包丁の使い方、今度教えようか?」

「い、いいんです!いつか、絶対裕樹さんより上手になるんですからっ!」

プイッ、とそっぽを向かれてしまった。

結局、裕樹はリンゴを全て食べてあげたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪の降る中、雪を踏みしめながら、裕樹はあの(・・)場所へ向かっていた。

途中、裕樹のよく知る建物や店があったが、立ち寄る気にはなれなかった。

本当は、ここへ来ることは絶対にないと思っていた。

でも、来てしまった。

本意ではないにしろ、来た。だから自分も行く。――――あそこへ、あの場所へ。

そして、たどり着いた。この場所に。

周囲を見渡せる、丘の上に。

何故か、ここの雪だけは周りが止んでも、決して止まずに振りつづけ、そして何より、ここの雪はとても、悲しかった。

丘の上には石を積み上げただけの、墓石らしきものが三つある。

それが関係しているのかはわからないが、裕樹にとってここは、

――――全てを失った場所なのだ。

じっと、振り続ける雪を見ていた。

一つ一つが、とても冷たくて、儚い雪だった。

あの日のことは、よく覚えていない。きっと、自分自身が記憶を封印しているのだろう。

不意に、頭へ降り注いでいた雪が止まる。後ろで、春菜が傘を差してくれていた。

「冷えますよ?・・・まだ完治したわけじゃないんですから」

「・・・サンキュ、春菜」

春菜から傘を受け取る。そして、春菜は自分の傘を差した。

「何、見てるんですか?」

「・・・雪だよ」

しばらく、二人は無言で雪を見ていた。

「・・・これから」

「え?」

「これから・・・俺は、どうしようか・・・」

二つの世界に美奈を救う手立てはなかった。まだ、EDENには未発見のロスト・テクノロジーという希望の欠片はあるが。

どちらにせよ、絶望的だった。――――行くべき道が、見えない。

「・・・いつか裕樹さん、言いましたよね。あきらめたら、そこまでだって。――――だから、あきらめないでください」

迷える自分を、この少女は天使のように、優しく導いてくれる。

「裕樹さんが、その時その時、正しいと思ったことをすればいいんですよ。それに、私はいつだって、裕樹さんの味方ですから」

「・・・・・・ありがとな、春菜」

感謝の言葉を述べると、満面の笑みが返ってきた。

いつだって、春菜は自分の味方でいてくれた。解放戦争の時も、美奈を失った時も、EDENへ渡る時も、いつだって、自分を支えてくれる仲間だった。

恐らく裕樹は、彼女にずっと頭が上がらないだろう。

「そろそろお昼ですね。・・・帰りましょう?裕樹さん」

「・・・・そうだな」

二人は、もう足跡すら雪に埋められた道を、引き返していった。

二人の吐息が、冷たい雪の大気に混じっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日後、エンジン、スラスターの応急処置が完了したエルシオールは、白き月へと再び向かうことにした。

この時、タクトは途中でリ・ガウス軍が待ち伏せしていることに薄々感づいていた。

それでも、白き月へ帰らないといけないのだ。そうするために、みなを守り、消えてしまった、戦士のためにも。

「タクト・・・今、敵に遭遇したらまずいぞ。エンジェル隊がまるで使いものにならない」

「わかってるさ、それくらい・・・。それでも、ミルフィーやフォルテは立ち直りかけてるけどね」

「その二人でもテンション値はギリギリだぞ」

「・・・何とかしてみせるさ、俺が。・・・必ず、生き延びてみせる・・・!!!」

「ああ、俺たちはまだ、こんなところで死ぬわけにはいかないからな」

実際、出来るかどうかではない。やるしかないのだ。

エルシオールは稼動と同時にクロノ・ドライブを行い、すぐにクロノ・スペースから抜けると、もう宇宙だった。

「アルモ、艦内マイクにつないでくれ」

「・・・・・・」

「アルモ!!」

「は、はい!!すみません!!」

ハッとして作業に移るアルモを見て、タクトはため息をついた。

『・・・艦員全員、聞いてくれ。司令官のタクト・マイヤーズだ。これよりエルシオールは白き月へと向かう。だが、その前に聞いてくれ。・・・俺たちは何があっても白き月へ帰らないといけないんだ。それが・・・もういない裕樹のためでもある。だから・・・・・・いい加減、目を覚ませ!!!!!!!!!!!!

タクトの叫びが、エルシオールに響いていく。

『・・・恨んでくれてもいい。人でなしと言ってくれてもいい。・・・・・・・・・・今後、確実にリ・ガウスの待ち伏せをくらうだろう。だが、それでも全員生きて帰るんだ!!!!俺たちはまだ、死ぬわけには行かない!!!!!!!。・・・・・以上だ。全員、幸運を』

終わって、大きく息を吐く。

「・・・よくやった、タクト」

「・・・ちょっとクサかったかな?」

二人で笑う。――――それだけが、救いであるかのように。

 

 

その僅か2時間後、エルシオールは待ち伏せをうけ、戦闘へと突入する。

――――裕樹がそれを知ったのは、僅か5分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・裕樹さん・・・?」

部屋に入ると、裕樹は全身の包帯をとき、服装を整えていた。

いつもどおり、多くのポッケがついたズボン、上着に、左の二の腕にバンダナを巻いている。そして最後に、慣れた手つきで髪をしっぽ頭に結んだ。

「春菜・・・俺は、行くよ」

「どこに、ですか・・・?」

迷いのない目で、裕樹は春菜に向き直った。

「エルシオールと、大切な仲間を助けに・・・・・・それが、今、俺のやるべきことだから・・・」

春菜は、微かに微笑んだ。

「・・・わかりました。じゃあ、ついて来てください」

春菜の微笑みに、裕樹も微笑み返した。

 

 

 

案内されたのは、地下の格納庫だった。

春菜がライトをつけると、巨大な固定水平翼が目につく、鋭角的なイメージのIGが姿を現した。

「・・・これは?」

「機体コード『X−D001 ゼロバスター』。全てのIGの元であるプロトタイプの機体です。開発当時、あまりに強力すぎたため、設計段階で開発は中止されましたけど、残っていた設計図から、私が完成させました」

春菜一人で作り上げたのだ。相変わらず、凄い。

「これを・・・俺に・・・?」

「今の裕樹さんに、必要なものだと思ったからです」

「春菜・・・」

「というか、今裕樹さんに渡せるIGがこれしかないんですよね、実は」

思わずガクッとなる。

「な、何だよそれ・・・」

「でも、機体のパワーはウイングバスターとは比べものになりませんよ」

にっこり笑う春菜。やはり彼女には敵わない。

「・・・エルシオールを助けたら、一度、ここに戻ってくるよ。エルシオールを連れて」

「はい、じゃあウェルフェアの本部で待ってますね。・・・あと、クロス・ゲート・ドライブのポイントは・・・」

「そっちにまかせるよ」

春菜は頷き、準備に駆け出そうとする。

「待って、春菜」

呼び止められた春菜は、不思議そうに振り返る。

「ありがとう、春菜・・・行ってくるよ」

言いながら、キュッと春菜を軽く抱きしめた。

「え、ええっ!?・・・ふぇ・・・」

真っ赤になって、恥ずかしそうに頬を両手で押さえる春菜を見ながら、コックピットに入った。

 

 

各部に電源を入れながら、エンジン、データ、OSをチェックする。その中で、気になる項目があった。

「セフィロート・クリスタル・・・?こ、これは・・・!?」

X−Dの機体コードの意味、それがこの技術だった。

起動させつつモニターを見ると、春菜が手を振っている。

(待ってろ、みんな・・・今、助けに行くからな・・・!!)

「朝倉裕樹、ゼロバスター、行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

万年雪の惑星、そして、裕樹と美奈の母星であるレスティ。

何故、この星だけ雪が降り続けるのだろう。

何故、四季があるはずのレスティは、雪が決して止まないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――昔、この地には天人と呼ばれる人が存在した。

    はるか昔、何者かが天人の怒りに触れ、怒った天人が雪を降らした。

    そんな伝説があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説を聞いた時、裕樹は信じなかった。

だったら何故、この雪はこんなにも悲しげなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――雪の一つ一つには、人々の悲しさや切なさが込められている。

    だから、この雪はこんなにも冷たく、悲しいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつか聞いた、この言葉。

この言葉に込められている深い思いを、裕樹は知らなかった。

裕樹は何も知らなかった。

この星から自分に絡まってくる、逃れようのない、悲しみの輪廻を。

この星を包む、永遠の闇を。

そして、それらを断ち切る術も。

 

 

 

 

それでも裕樹は、今自分がやるべきことを理解し、その上で再び戦場へと戻ろうとしていた。

 

 

 

 

仲間を、助けるために。

自分の信じる、信念を持って。