第十七章「雪の残したもの」

 

 

 

クロス・ゲート・ドライブポイントを抜け、ゼロバスターはEDENへと移動した。

そして、バーニア全開でエルシオーネへと向かっていく。

(間に合わせる。必ず!!)

もう、二度と仲間を失いたくない。

今、守るべきモノのために、ゼロバスターは更に加速していった。

 

 

 

 

 

 

 

 エルシオールが戦闘に突入して、すでに20分が経過した。

裕樹がおらず、更にエンジェル隊のテンションも決して高くない今、まさにエルシオールは墜とされる直前だった。

「艦稼働率、60%まで低下!シールド、もう保ちません!!

「Cブロック、及びDブロック、第1〜第7ゲートまで閉鎖!!

もはや、時間の問題だった。

今から退艦しようにも、おそらく間に合わないだろう。

「タクト!!このままじゃ本当に墜ちるぞっ!!!

「分かってる!!・・・けど、どうしようもないだろ!」

その言葉にレスターは青ざめてくる。

「お前でも・・・無理なのか・・・」

思わず黙り込んでしまうタクトとレスターだが、艦の危機はそれすら許してはくれない。

「大型ミサイル6!更に接近!!

「ッ!!意地でも避けろ!」

更に被弾。火気完成も大きく破損してしまう。

「ぐぅ!!!・・・ク、クソ!!!

大きく揺れるブリッジの中で、アルモはポツリと言葉をもらした。

「裕樹さんがいてくれたら・・・絶対、なんとかしてくれるのに・・・」

小さな独り言なのに、その言葉はタクトにもレスターにも、ココにもブリッジのクルー全員の胸に突き刺さり、

――鋭い、痛みを残した。

 その間にも、更なる攻撃がエルシオールに向けられていた。

 

 

 

 

 紋章機はディアグスの多大なる攻撃を迎撃するので手一杯の状態だった。

「くっ、このままじゃマズイわよ!」

「何だってんだい、こいつ等は!!

 紋章機自体はそうやすやすとやられはしないが、敵の数が多すぎる。30機近いディアグスが飛び回っているのだ。

「もう・・・保ちませんわ!」

「・・・・・・!!」

 ふと、ちとせがエルシオールを見ると、大量の爆煙に包まれている。――まさに、墜ちる直前だ。

「!ミルフィール先輩、エルシオールが!!

「エルシオール、・・・タクトさん!!

 

 

 

 

 

「推力低下していきます!!もうダメです!!

「全砲門解放!迎撃間に合わせろ!振り切れぇぇぇぇっっっ!!!!!

タクトの叫びもむなしく、エルシオールにミサイルが次々と直撃する。

「・・・ッッッ!!!!!

激しく揺れるブリッジの中でクルーが見たものは、剣を構え、真っすぐこちらに突撃してくるディアグスだった。

 「・・・!!」

直撃するまで、わずか数秒。ココとアルモは思わず手で顔を隠し、レスターは驚きのまま正面を見ていた。

タクトはエルシオールを守りきれなかった悔しさゆえに、歯を食いしばり、突撃してくるディアグスを睨み付けた。

そして、タクトも思わず目を閉じた。――――刹那、

ディアグスはエルシオールの目の前で微塵にバラバラになり、爆発した。

爆発音がしたのに、来るはずの衝撃が来ないことにタクトは恐る恐る目を開ける。

そこにいたのは、――見覚えのないIGだった。

全員が何が起きたのか理解できなかった。

ただ、某然とそのIGを見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

唐突に現れたそのIGに、ミルフィーユとランファも驚愕の声を上げる。

「何!?

「あのIGは!?

見慣れぬIGはまるでエルシオールを守るかのように、エルシオールの前で身構える。

 

 

 

 

 

その直後、エルシオールに入った通信にブリッジが、エンジェル隊が耳を疑った。

『こちら朝倉裕樹、エルシオール、援護する!!』

「・・・え?」

「裕樹さん・・・裕樹さんですよ!!

アルモとココの顔が見る見る笑顔へと変わっていく。

それはエンジェル隊においても同じだった。

『裕樹!?ウソ!?

『アイツ・・・生きてたのかい!?

『そんなことって・・・でも・・・!!

『・・・・・・裕樹さん・・・』

『ちとせ!裕樹さん、裕樹さんが!!

『・・・裕樹さん・・・!!!

眼の奥が熱くなっていくことに、ちとせは抵抗しなかった。

あそこに、あのIGの中に裕樹がいるのだ。もう、二度と会えないと思っていた裕樹が。

「裕・・・樹・・・?」

タクトはいまだに信じられないという表情で裕樹の乗るIGを見つめていた。

 

 

 

 

 

エルシオールを見ていた裕樹は、こちらに攻撃してくるデイアグス4機に向き直る。

 

 

 

 

 

力に対する嫌悪は、この際どうでもよかった。

ただ、仲間を助けるために、力を解き放つ。

難しいはずはない。

不可能なことでもない。

もとよりこの身は、

魂の荒れ狂う、セフィラムの貯蔵庫――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

裕樹の瞳の奥で6つの結晶が収束し、無数の光の粒子と共にはじけ解放(リバレート)した。

リバレート状態になった裕樹は直後、バーニアを展開しながら即座に肩の連装バスターキャノンを取り外し,連結させ、ツインバスターキャノンを正面に構える。そのまま4機のディアグスを同時にロックオンし、発射する。

ディアグス等はその高出力のバスタービームで、なす術もなく、撃墜された。

「くそ!!何なんだ、あのIGは・・・!?」

黒いディアグスに乗る、あのパイロットは思わず唇を噛みしめる。

 

 

 

エルシオールでは、再度、今度はモニター付きでゼロバスターから通信が入る。

『タクト!早くこの空域から離脱しろ!!

今度は落ち着いて対処できた。

「・・・エルシオールのエンジン、スラスター共にかなり被害を受けたんだ!通常の半分以下の速度しか出ない!!

『何!?

「もう、敵を全滅させるしか・・・」

『分かった!!

即答された。――その意味も含めて

「・・・え?」

タクトは、レスターと顔を見合わせるしかなかった。

 

 

 

 

ゼロバスターはプラズマソード、ティアル・ライフルを構え、バスターキャオンすら展開させつつ、回線をフルオープンにし、この空域の機体全てに呼びかけた。

「リ・ガウス軍に告げる!!ただちに戦闘を停止し、リ・ガウスに戻れ!!・・・さもなくば、俺が全機、叩き墜とすっ!!!!!

話しながらも、迫ってくるディアグスを次々に撃ち落とし、瞬殺といえる速度で斬り裂いていく。

そんな裕樹に、タクトとレスターは再び鬼神を垣間見る。

と、黒いディグアスは的確な射撃をしつつ、こちらに迫ってくる。

『勝手なことをっっ!!!!!

放たれたビームを振り返り様に斬り防ぐ。

「!あのディアグス・・・!!

あの動き、あの射撃、何度も自分たちを足止めしたパイロットの動きだ。

ゼロバスターはティアル・ライフルをしまいつつ、迎えうった。

『でやぁぁぁぁあああっっっ!!!!!

斬りかかってきたディアグスをプラズマソードで受け止め、更に殴りかかろうとした左手を受け止めた。

「やめろと言っただろ!死にたいのか!!

『何をっ!?

少なからず侮辱されたパイロットは、そのままの体制でバルカンを放つ。

が、完全に読んでいたゼロバスターは、ディアグスを突き放し、バレルロールと同時にプラズマソードをかけ合わせ、ラケルタ状にする。瞬く隙すら与えずに、そのまま斬りかかった。

『う、うわあああぁぁっっ!!??

相手が叫ぶより早く、ゼロバスターはディアグスの頭部、両腕、両足を一瞬で切断した。

そしてゼロバスターはその黒いディアグスには見向きもせず、ほかのディアグスへと向かった。

黒いディアグスのパイロットは他のディアグスに回収されつつ、頭の中で理解する。

(あのIGに乗ってるのは・・・『白き翼』だ。間違いない・・・!!

あの神速の斬撃は、あの人しか出来ない。――確信すら出来る。

その後もゼロバスターは圧倒的だった。その抜きん出た機体性能、圧倒的なパイロットの技量、全てがだった。何せ、相手にしてみればゼロバスターの刃がきらめいた次の瞬間には機体は切断されているのだ。

結果、時間にして3分程度でディアグス全機はほぼ壊滅した。

敵が一機もいなくなったのを確認してから、裕樹はエルシオールへと通信をつないだ。

「着艦許可・・・願えるか?タクト」

「もちろん・・・決まってるだろ!!

透き通るような青い瞳が、にっこりと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

一番最後にゼロバスターが格納庫に入ってきたときには、格納庫は人の海だった。

まるで以前、ルシャーティとヴァインがやってきたときのように、ほとんどの人が集まっている。

そして、全員が見つめる中、ゼロバスターのコックピットが開かれる。中から、全員が待ち望んだ人物――裕樹が出てきて、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

「・・・・・・!!裕樹さん!!

一番最初に駆け出してきたのはちとせだった。続いて他のエンジェル隊、クレータ、クロミエ、ケーラなども次々と走り出す。タクトとレスターだけは、後ろでじっとその様子を見ていた。

ちとせは、涙を流しながら裕樹に飛びついた。

裕樹も避けようとはせず、しっかりとちとせを受け止めた。

「うぅ・・・よかった・・・裕樹さんが、無事で・・・!!本当に・・・よかった・・・」

ひしっと自分に抱きつき、泣きじゃくるちとせを、裕樹は優しく慰めた。

「心配かけたな、ちとせ。・・・ごめん、ありがとな」

と、前方180度から同時に飛びつかれるさっきを感じ、ちとせを抱えたままバックステップした。

「よっと」

「きゃっ!?

抱えられながらバックステップされ、ちとせは小さな悲鳴をあげた。

直後、裕樹とちとせの目の前に人の海がドミノ倒しのように倒れていった。

「ゆ、裕樹さん〜〜〜!ひどいです〜〜!!

「・・・少し、ひどいです・・・」

全員代表で、ミルフィーユとヴァニラに文句を言われてしまう。裕樹は思わず苦笑した。

「いや、だってさ、かなり恐かったし・・・」

「もう!裕樹ったら!!

ランファもふてくされながら文句を言った。

裕樹は、そんな空気がたまらなく嬉しかった。自分はここにいていいのだと、全員がそれを当たり前のように認めてくれる。

と、人ごみの奥からタクトとレスターの二人が歩いて来るのが見え、裕樹はちとせを降ろし、歩みだす。人込みもサッと道を空けた。

「裕樹・・・本当に、よく無事で・・・」

「ああ、ありがとな、タクト。心配かけた」

感謝の意味を込めて、タクトの肩に手をのせた。

「しかし裕樹、お前どうやって助かったんだ?あのタイミングでは・・・」

「レスター、・・・それも含めて話がしたい。・・・いいか?」

「ああ、じゃあティーラウンジ・・・じゃ、人が集まるな。じゃ、俺の部屋で」

タクトの提案に周りからブーイングの嵐がやってきた。

「はいはい、文句言わない。今、この艦相当ヤバイんだから修理を急いで!!

ブツクサ文句を言いながらも、みんな笑顔でそれぞれの持ち場へと戻っていった。

やはり裕樹が居るだけでこうまで空気が変わるものだと、タクトは再確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・じゃあ、気が付いたら自分の母星に倒れてて、あの春菜さんに助けてもらったってことか?」

「しかも彼女がリ・ガウスに対抗するためのリ・ガウスのレジスタンスだと?」

いきなり話された事実全てに、タクトとレスターは少なからず混乱した。

裕樹はミルフィーユの入れてくれたコーヒーを飲みながら頷いた。

「ああ、だからこの艦に修理と補給をかねてリ・ガウスのレスティに来てほしいんだ。きっとエルシオールの味方になってくれるハズだ」

「・・・まぁ、今のエルシオールの状態を考えればぜひとも嬉しい提案だけどね・・・」

修理資材も物資もすでに底を付きかけている。選択の余地はないのだが

「相手の世界に乗り込むのか・・・大丈夫なのか?」

レスターの考えはタクトも同感だ。罠ではないという保障があるわけではない。

「大丈夫だ、信じてくれ。・・・みんな、昔の俺の仲間なんだ」

「・・・どのみち、そうするしかないからね。わかったよ裕樹」

「で、どうやってリ・ガウスに渡るんだ?」

タクトたちからすれば当然の疑問だろう。別次元へなど、行ったことは無いのだから。

「ああ、それは・・・ポイント302SP110Wに向かってくれ。クロス・ゲート・ドライブを起動してくれてるから、そのポイントまで行けば勝手に渡れるから」

「了解だ。ではそのポイントへ向かうように指示してくる」

コーヒーを飲み終え、さっさと部屋を出て行くレスターを見、二人は少し笑った。

しばらく、裕樹とタクトは裕樹の母星レスティについて、いろいろ話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、リ・ガウスのグリム・ガリスの軍本部は大騒ぎだった。

グランディウスの調整を終えたばかりの正樹は、事情が読めず混乱した。

「な、何だってんだ?一体・・・」

「正樹!!

直後、正面から京介がやって来た。正樹も駆け寄る。

「京介!一体何の騒ぎだ!?

「・・・エルシオールの撃墜に失敗したらしいんだ」

「な、何だって!?

「それに・・・ひとつ情報がある。――あの元アスグ小隊の隊長知ってる?」

「ああ、あの黒いディアグスだろ?彼がどうした?」

「・・・彼が気づいたらしい。突如、エルシオールを助けたIGがいたんだ。・・・識別アンノウンのね」

「・・・何なんだ?そのIGは」

「・・・乗っていたのは、裕樹らしいんだ」

「な、何だって!!?

「・・・機体の動きが、同じだったらしいよ。それに、SCSの動きも見られたみたいだ」

「う、嘘だ!!アイツは・・・」

そう、自分が殺した。

もう二度と、会うことの出来ない存在のはずだった。

「とにかく・・・そういうことだよ。・・・また、何かわかったら知らせるから」

京介は励ますように、正樹の肩に手をのせる。正樹の反応は返ってこなかった。

「正樹・・・しっかりね・・・」

それでも正樹は、半ば放心状態だった。ふらつく足取りで、格納庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

正樹が自室に戻ると、彩が待っていた。

なぜか荷物をまとめ、別れるような目でこちらを見ている。

「あ、彩・・・?何、やってんだ?」

「正樹、アタシ行くね」

「い、行くって・・・どこに?」

戸惑う正樹とは対照的に彩は実にサバサバと答えた。

「アンタも聞いたでしょ。裕樹が生きてるってこと。それを含めて春菜が『助けてほしい』ってね。それに、グランを攻撃したのってトランスバールじゃないってわかったから、軍にいる意味ないし」

「な・・・何言ってんだ!?それに、グランを攻撃したのって・・・」

「裕樹がね、調べてくれたんだって。春菜が言ってた。きっと、裕樹はアタシたちと戦いたくなくて必死だったのよ」

サラサラ答えていく彩に正樹は呆然となる。

正しく言えば取り残された気分に近い。自分だけ、何も知らなかった。

彩はこんなにも知っているというのに。

「・・・本当に、行くのか?」

「ええ、アタシは今、自分が正しいと思ったことをするのよ。春菜と、裕樹を助けてあげたいって思ったから。――もちろん、正樹も助けてあげたいけど、ね」

けど、もちろん、その言葉の理由は言わなくても分かっていた。

「・・・けど、俺は・・・」

「正樹、コレ」

そう言って彩は何かを渡してきた。

それは、携帯用のレーダーマップだった。開いてみると一つの星がチェックされている。

「そこに、裕樹がいるわ」

「・・・・・・」

「一度、話してみれば?・・・もちろん、直でね」

混乱する頭の中で、答えが繋がってくれない。

「じゃあ、アタシそろそろ行くね」

「・・・彩、大丈夫かよ?」

「大丈夫に決まってるでしょ。イザとなったらちょっとハッキングするし・・・」

さりげなく、しかもサラリと恐ろしい事を言ってくれる。

「じゃあ、またね(・・・)、正樹」

もはや正樹の行動など分かりきってる上での言葉。もちろん、今の正樹には理解すら出来ないが。

正樹は黙って見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

一方、エルシオールはやっとの思いで、レスティのウェルフェア地方の基地へとたどりついた。

氷結している湖の崖に隠れるようにドッグがある。

ドッグに入ったエルシオールはレジスタンスの人たちを入艦させつつ、すぐに修理を開始した。

ブリッジではレジスタンスの3人を裕樹たちが迎えていた。そのうちの一人は春菜だったが、残りの二人は裕樹にとって懐かしすぎる人物だった。

「星冶!?サクヤ!?・・・まさかレジスタンスってお前らが作ったのか!?

二人そろって頷く。まるで悪戯をしてるかのようなイヤな笑顔だ。

「いよぅ!久しぶりだなぁ。逃げ出した解放戦争の英雄!!

「・・・まだ根に持ってるのかよ」

「よく言うよね裕樹。いきなりいなくなってあの後大変だったんだからね!!急いで代わりのリーダー決めなきゃならなかったし・・・」

嫌味たっぷりの星冶に素直なまでに言ってくれるサクヤ。――5年前と何も変わってない。

そんな様子を見ていたタクトたちは思わず首をかしげる。

「裕樹・・・何かやったのか?」

「裕樹さん、5年前にリーダーだったのに、戦争終わったとたん逃げ出したんですよ。メンドくさいってだけで・・・」

「あ〜〜〜そりゃあ怒るわな。ま、なんと言うか裕樹らしいというか・・・」

「はい、裕樹さんらしいです」

と、自然に会話していたタクトと春菜は目を合わせた。

「直に会うのは初めてですよね。タクト・マイヤーズさん」

「ああ、春菜さん、だよね。よろしく」

どことなく似ているタクトと春菜は笑顔で握手する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半日後、自分の機体であるハーベスターの修理、調整を終えたヴァニラは、ふと、一人で外に出ていく裕樹を発見し、何故かその後を追っていった。

外はまた雪がちらほらと降り出していた。

白い、雪の結晶が自分の身に降りかかり、積もっていく。

そして、湖を見渡せる岬となるところに裕樹はいた。

ヴァニラにはすぐに理解できた。彼は、哀れみにも似た目で降りゆく雪の一つ一つを見ている。

不思議な感覚だった。

初めて会ったときから感じた、あの人を包む悲しみと、この雪の悲しみが見事なまでに一致している。母星と言っていたこの星で、彼に一体何が起きたのだろう。

と、急に裕樹が自分に振り返った。どうやら気配を感じたらしい。

「ヴァニラ、どうしたんだ?こんなところで」

「・・・いえ、その・・・」

思っていることをそのまま口に出来ず、言い逃れる言葉を探してしまう。

「・・・裕樹さんこそ・・・何をしているのですか・・・?」

何故か苦笑されてしまった。

「・・・この雪が残してくれたものって、何かなって、考えてた」

「・・・雪の、残したもの・・・?」

言われた意味が分からず、返答に困る。そんな自分を知ってか、裕樹は頭をポンポンと叩いた。

「・・・なんでもないさ。さ、そろそろ冷えてきたし、戻るか」

裕樹は歩き出し、ヴァニラもその後ろをトコトコついていく。

少しだけ、雪が気になった。

 

 

 

 

 

 

 

二日後、大分修理を終えてきたエルシオールの格納庫内を春菜はクレータに連れられながら移動していた。その後ろには裕樹とタクトもいる。

「・・・ここです」

言いながらクレータは格納庫内の別ブロックの扉を開けた。

「・・・!!

「こ、これは・・・」

そこに存在していたのは、――破壊されたはずのIG、ウイングバスターだった。

「以前、裕樹さんからもらったデータを元に直してみたんです。どうですか?」

データを渡された春菜は画面をまじまじと見つめる。

「ほぼ完璧ですね。でも、このクラッカーエンジンは陽子ロイドシャフトではなくて、カシスコンバーターと直結させているんですか?」

「ええ、それはちょっといじくったんですよ。そうした方が活動時間が下がりますけど、全体的な出力はこちらのほうが高まりますし」

そんな二人をよそに裕樹とタクトはウイングバスターを見上げていた。――思うことは別々だが。

「で、誰がコレに乗るんだ?俺はもうゼロバスターがあるし・・・」

「何を言ってるんだ裕樹。・・・俺が乗る!!

驚く二人をおいといて、裕樹も当たり前、といったふうに話を進める。

「全然OKだけど、いいのか?それにエンジェル隊の指揮はどうするんだ?」

以前のシミュレーションの事もあるので、大きな戦力アップにはなるが、逆にエンジェル隊の戦力がダウンしては元も子もない。

「大丈夫だよ。操縦しながら指揮してみせるさ。・・・それに、見てるだけってのは、もう嫌なんだ・・・」

タクトの心情を理解し、裕樹はタクトに笑いかける。

「わかった。じゃあタクト、このウイングバスター、タクトに託すよ。・・・いいかな?春菜」

一応、開発者である春菜に訪ねてみる。もちろん返答は決まっている。

「はい!裕樹さんの決めた事なら、私は賛成しますよ」

「なら、決まりだな。タクト、後で自分専用に調整しておきなよ」

話がまとまった直後、突然後ろのドアから明るい声が聞こえてきた。

「春菜に裕樹!!も〜、こんな所にいたのね」

「あ、彩!?

「彩、来てくれたんだ〜」

ショートヘアーでボーイッシュなスラットズボンに少し大きめの上着を着ている彩は、やっほー、と気楽に裕樹と春菜にヒラヒラ手を振っている。

呆然とする裕樹をよそに春菜と彩は嬉しそうに抱き合った。この二人、かなり身長差があるためはたから見れば姉妹のように見えてしまう。

「久しぶりね〜春菜。あんまり変わらないわね」

「彩こそ。元気そうで良かった」

「おーい・・・彩ぁ・・・?」

彩はしばらく春菜と懐かしんでから、こちらに向き直った。

「裕樹・・・久しぶりね。あと、グランの事・・・ありがとね」

「こっちこそ。・・・正樹は?」

「置いてきた」

「・・・おいおいおい・・・」

毒舌による即答。相変わらずの彩だ。

「大丈夫よ裕樹。・・・正樹は来るわよ、きっと」

「彩がそう言うなら、そうなんだろうな」

正樹が彩を知り尽くすように、彩もまた正樹を知り尽くしている。だからこそ、誰よりも信用がある。

裕樹としては、正樹に会いたかった。話がしたかった。何より、そうしたかった。

「なあ裕樹、そろそろ紹介してくれないか?」

「いい加減、待ちくたびれたタクトがもらした。

「ああ、悪い。彼女は水瀬彩。・・・で、彩、彼がタクト・マイヤーズだ」

「EDENの英雄の?それは光栄だわ。よろしく、マイヤーズさん」

二人は軽く握手する。と、彩が思い出したようにとんでもないことを言ってくれた。

「あ、そうそう。もう少ししたらリ・ガウス軍が攻めてくるわよ」

「「「なぁっ!?」」」

綺麗に声が重なる。

そして、責任を押し付けるかのような視線を彩へと向ける。

「か、勘違いしないでよ!?別につけられたとかそういんじゃないからねっ!?」

その直後、基地中のサイレンが響きわたった。

「・・・やだなぁ・・・アタシ疫病神みたいじゃない」

「かもな。――――行くぞ、タクト!!」

二人の英雄は、それぞれの機体へと向かった。