第二十章「真実のタクト」

 

 

 

裕樹たちとエンジェル隊は会議室に集まっていた。

いつもなら、会議室というイメージと空気を覆し、和やかにする人物がいるのだが、その人物はいなかった。そのことが、会議室にいる全員がその人がいないということを自覚せざるをえなかった。

「じゃあ・・・レスター、話してくれ」

裕樹が話をきりだした。あんなことがあった以上、レスターはタクトの過去を話さざるをえなかった。

「ああ。・・・どこから話すかな・・・」

しばらく考えた後、レスターは心に決めたように話し出した。

「まず確認したい。・・・ここにいる者は全員、タクトのことについて知りたいんだな?」

全員が、無言で頷いた。

「それなら、みんなは疑問に思ったことはないか?タクトという存在を」

「・・・どういうことだい?」

フォルテが鋭い視線を向けていると、裕樹が直感的にレスターが何を言いたいのかを理解した。

「・・・なんで、タクトみたいな人が軍にいるか、か?」

「「「「「「「!!!!!!!!」」」」」」」

「そう、みんなは疑問に思ったことはないか?何故、タクトみたいなやつが、タクトみたいな怠け者が、タクトみたいな・・・優しすぎるやつが、軍に入っているかを」

ミルフィーユも含む全員が硬直する。みな、漠然と思った。

――――――そういわれてみれば、そうだ。

――――――何故、タクトは軍に入ったのだろう?

貴族の出身だから、といっても、何も必ず軍人にならなければならないわけでもない。

ならば、何故?

「全てはそこからだな・・・。あれは8年前、当時のタクトはまだ14歳の子供だった。俺はもう士官学校に入っていたが、アイツはいたってノンキだった。家の畑を育てて、農家になりたいなんて言ってやがったっけ・・・」

レスターが昔を懐かしむように、思い出しながら話した。

そこで、ちとせが疑問に気づいた。

「あの・・・今の話、おかしくありません?」

「え?」

「だって・・・タクトさんとクールダラス副司令は、仕官学校で出会ったのではありませんか?それに、マイヤーズ家といえば・・・家の中で階級争いをするもので、兄弟たちと争った、と、以前タクトさんが話してませんでした?」

ちとせの着眼点は素晴らしいものだ。ここまできたら、もう隠さなくてもいいだろう。

「ちとせ、それは違う。俺とタクトは同じ星出身で、小さい頃からの幼馴染だ。それに、マイヤーズ家といっても、アイツは分家の生まれだ。本家とは違う。だから、正しくは兄弟ではなく、義兄弟だ」

何かが、覆った気がした。

レスターは決して嘘は言っていないのはすぐに分かったが、理解できないのは、何故そんな嘘をついたかだ。

レスターも、それをすぐに感じ取った。

「・・・お前たちに気づかせないためだ。特にミント、お前はテレパスを持っているからな。だから俺たちは自分自身にも嘘をついた」

「どうして・・・ですの・・・?」

少し混乱しながら、ミントが尋ねる。

「・・・誰にも知られたくなかったんだ、昔のことを。――――それこそ、自分が復讐鬼だって証明になるからな」

全員が無言になり、レスターは話を続けた。

「まあともかく平和に暮らしてやがったよ、アイツは。・・・でも、あの日・・・全てが狂ってしまった」

途端、昔を思い返す顔が、過去を拒絶するかのような顔へと変わっていく。

 

 

 

 

 

「・・・皇国暦5年、5月15日。その日・・・タクトは全てを失った。大切な物も、大切な人も・・・」

ミルフィーユの顔が死人のように青ざめている。――――そんな彼女に、ランファは励ましの言葉さえ出てこなかった。

「あの日・・・俺は休みの日で、それを知ったタクトに無理やり遊びに誘われた。・・・・・・だが、待ち合わせの時間を1時間過ぎても、何の連絡もなかった。――――――こちらから連絡しても、繋がらなかった。・・・悪い予感がして、俺はタクトの家に急いだ。そしたら・・・」

レスターの顔色が見る見る悪くなっていく。彼自身、封印しておきたい記憶だったのだろう。

けど、それでも今は、知りたかった。

「・・・タクトの家に着いたら、アイツの家は・・・燃えていた。すさまじいまでの火力でな。・・・俺はいたってもいられず、消防車と救急車を呼んで、家の中に飛び込んだ」

今のレスターとはまるで違う、もっと感情的なレスター。それほどまでに、タクトが心配だったのだろう。

「中はいたる所が焼け落ちて、長くは持たないと思った。・・・だが、すぐにリビングで壁に持たれかかり、座り込んでいるタクトを見つけた。・・・だが、タクトは・・・」

「・・・どうだったんだ?」

正樹が腕を組みながら、率直に言った。

「アイツの・・・左目が無かった。血が大量に流れていて、一瞬気を失いそうになったほどだ」

ミルフィーユは思わず口元を手で押さえた。あまりにも残虐な事に、非常にショックを受けているようだった。

「・・・あの時は・・・あの、光景は・・・・・・」

「何が・・・あったのですか・・・?」

あまりにも辛い話に、ヴァニラが耐え切れず、レスターに問いかけた。

「タクトの家族、両親と妹が・・・死んでいた。いや、正確には殺されていた。・・・人がやったとは思えないくらいに、残忍な殺され方だった・・・」

その時の状況を、レスターは詳しく話しだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タクト!おいタクト!どうしたんだ!?しっかりしろ!!タク・・・」

燃えさかる家の中、全身を血に染め、死んでいるかのように意識を失っているタクトをようやく見つけ、レスターはあわてて駆け寄った。力なくうなだれる四肢を、必死に揺さぶる。

と、不意に背後の火が急に燃え上がった。

思わず、レスターは後ろを振り返ると、突如襲ってきた胸の奥から込みあがってくる不快感と戦うのが精一杯だった。

マイヤーズ家の人たちは横たわっていた。全員、赤い海の上で。

「お・・・おじさん・・・?おばさん・・・?エリス、ちゃん・・・・・・・?」

愕然とした。彼らは、一人として人の原型を留めていなかったのだから。

体が縦に切断されていた、おじさん。首から上と、膝から下がどこかへいってしまった、おばさん。

そして、心臓への一撃で即死していた、タクトの妹のエリス。

全員が、炎の中で、血の海に浮いていた。

 

レスターの頭から決して忘れることの出来ない、むせ返るような血の臭い。人の肉の焼ける臭い。・・・・・・それも自分も会ったことのある、親しい友人の、幸せな家族の変わり果てた姿。

思い出した今でも、気分が悪くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィーユは、愕然と崩れ落ちた。

こんなものを、自分の家族がこんなふうになったのを見て、果たして正常でいられる人間がいるのだろうか。

「・・・それから、タクトは奇跡的に助かり、3日後、俺はタクトに会いに行った。――――――アイツは、涙を流しながら、怒り狂っていた・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう!ちくしょう!!ちくしょう!!!」

右目だけから涙を流しながら、タクトはただ、ただ、自分の膝を叩き続けた。

「俺にもっと力があれば・・・!!俺にもっと・・・力が・・・!!」

「タクト・・・」

タクトにかけてやれる言葉なんてなかった。いや、あるわけがない。こんな目にあった親友に対して、何て言葉をかければいいのか。

目の、前で、最愛の家族を惨殺された、タクトに。

 

レスターが苦悩している間、タクトの心には果てしない憎悪が渦巻いていた。

この悲しみを、この憎しみを、この怒りをどうすればいい?いったい、何に対してぶつければいい?もう戻ってこない大事な家族のために、何をしてやれる?

やがてタクトは、ありったけの憎しみと決意の込め、顔を上げた。

「俺は・・・許さねえ・・・。こんな事をした奴、こんな原因を作った奴を、俺は許さねえ・・・。見つけ出して、八つ裂きにして、俺が味わった苦痛をそのまま味あわせてやる・・・っっ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、俺も同じく許せなかった。タクトを・・・あの平和ボケしてたタクトに、あんな言葉を言わせた奴を許せなかった。・・・・・・だから俺は・・・俺の左目をアイツにやった。アイツが、自分の目的を果たせるために・・・」

ミルフィーユは愕然としたまま、レスターの左目にある眼帯を見つめた。

自分の自分勝手な運は、タクトだけではなく結果としてレスターまでも傷つけていたのだ。絶望的な気持ちに襲われていく。

「じゃあ、クールダラス副司令の左目は・・・?」

「・・・俺は高性能の義眼をつけた。性能は良くて、まあ見えないわけじゃない。だが、この目をさらしているだけで、アイツが苦しむだろう。・・・だから、俺は」

「・・・だから、副司令は・・・眼帯を・・・?」

ヴァニラの問いに頷くレスター。

ようやく、何故レスターがあの奇怪な眼帯をつけているか、全員が理解した。

 

 

だが、裕樹が今の話に不信点を見出した。

 

 

「それは・・・おかしいだろ」

「え?」

全員が裕樹の方をハッと見る。

「なんで、そんなことが可能なんだ?」

裕樹はレスターの心理を聞いているのではない。何故、眼球の移植が可能なのか(・・・・・・・・・・・)を言っているのだ。

「生体拒絶反応・・・ですね?」

春菜の言葉に裕樹は頷いた。

 

 

 

 

医学的な話になるが、人の体の中に他人の違う物を移植すると、確実に生体拒絶反応が起きる。

例えば、左腕が粉砕骨折したとする。そうした場合、骨が再生しなくなるため、移植するしかないのだが、ここで他人の骨を移植すると、確実に生体拒絶反応を起こし、激痛と共に左腕は壊死してしまう。これは自分の体の中に、他人の遺伝子情報を無理やり組み込んでいるのと同じなわけで、だから拒絶反応が起きるのである。よって、こうした場合は人工骨を移植するしかないのだ。

ならば、臓器移植はどうなるのか、という話になるが、これはドナー登録などの調査により、非常に適応性の高い人物を探し当て、移植しているのである。だからといってまったく拒絶反応を起こさないわけではない。肝臓などを移植された人物は、免疫抑制剤を大量に摂取して、身体機能を維持しているのである。これはつまり、自分の体の防衛反応、つまり免疫力を抑制することによって拒絶反応を抑えるためである。

ならば同じ条件で眼球なども移植できるのでは?という疑問が出てくるが、肝臓などや、眼球や骨では、神経の数や遺伝子の詰まっている量がまるで違うのだ。つまり、肝臓やすい臓程度の遺伝子量や、神経数が移植する限界のラインなのである。

以上の理由から、眼球の移植など普通は到底不可能なのである。

 

 

 

 

「・・・俺もその頃はそんなものがあるなんて知らなかった。・・・だがな、」

レスターが再び思い起こすように考え込む。

「・・・アイツは・・・次の日にはもう包帯を解いて、普通に見えるようになっていたぞ」

「そんな!ありえませんよ!そんな話・・・!!」

「待て、春菜・・・まさか・・・!!」

驚愕する春菜を落ち着けて、裕樹は一つの結論を導きだした。

そう、普通はこんなことはありえない。普通(・・)の人間なら。

「・・・EDEN・・・か・・・!?」

そう。それなら全てが結びつく。

タクトは、生体拒絶反応を引き起こす、他人の遺伝子までも適応(・・)させたのだ。

そう、確かそうだった。EDENは・・・どうなものにでも、全てを適応させる力なのだ。

「そんな・・・馬鹿な話が・・・」

「だが、事実だ。現に、タクトの目は左右でほんの少しだけ色が違う」

裕樹は唖然としながら、レスターを見やった。

レスターは、再び話を戻した。

「そして・・・最後にアイツはこう言った・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・レスター・・・」

「ど、どうした?タクト」

虚ろな目で、しかし口調だけはハッキリと、タクトは言った。

「・・・俺は、軍に入る」

「・・・何?」

思わず、聞き返していた。あれほどまでに軍職を嫌っていたタクトが、自ら入ろうなどとは。

「軍に入って、軍の資料やデータ、地位を使って、犯人を見つけ出す!必ずだ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・そして、アイツは軍に入った・・・」

全員が、呆然としていた。

「復讐のために・・・それだけのために、アイツは軍に入ったんだ。だから・・・アイツは軍人なんだ・・・」

「・・・じゃあレスター、お前がタクトの下に着いている理由って・・・」

ほぼ確信してように、裕樹は尋ねた。

「ああ・・・タクトを支えてやりたかった。・・・それだけだ」

たったそれだけのために、レスターはずっとタクトを助力して行こうと決めたのだ。

「・・・タクトは、自分の非力さに初めて泣いて、こんな決断をしたんだ・・・」

レスターの言葉が、重かった。どんなことよりも、ずっと。

 

全てを聞いて、ミルフィーユは愕然としていた。

ミルフィーユには言葉も出なかった。タクトが軍に入り、命を危険に晒すような事に巻き込み、あげく自分を殺そうとしている理由も、全て自分の運、タクトが笑い、タクトが楽しいと言ってくれた運のせいなのだ。

結局そうなのだ。楽しいと言ってくれ、好きだと言ってくれた運も、結局はその人を苦しめ、傷つけていたのだ。

もう、どうすればいいのか、ミルフィーユにはわからなかった。

そして、そのままミルフィーユの視界は薄明から漆黒へ変わり、ミルフィーユは意識を失い、倒れた。