第二十一章「英断の時」

 

 

 

「裕樹さん!」

格納庫の中で自分の機体、ゼロバスターの整備が終わったところで裕樹はクレータに呼び出された。

「クレータ班長、何か?」

「今、白き月から届いたんですけど、コレ・・・各紋章機の追加武装パーツが・・・」

エルシオールは、タクトを見捨てることなど到底できるはずもなく、今の宙域で待機していた。当然、タクトとケリを着けるために、である。そんなわけで、レスター白き月を上手く誤魔化して、完成した紋章機の追加武装パーツを直接運ばせたのだ。

「やっと来たか」

「ええ、それでさっそく取り付けに・・・」

「いや、ちょっと待って」

「え?」

思いもよらないことを言われ、クレータは驚きの表情で裕樹を見た。

「何でですか?」

「・・・次、タクトのウイングバスターと戦うなら何より優先しないといけない紋章機は・・・」

「まさか・・・ラッキースターですか!?」

「ああ。ただ、ミルフィーに戦う意志があれば、の話だけどな」

「・・・・・・」

クレータもわかっているのだ。次、タクトと戦うことになれば、勝敗の鍵を握るのが、やはりミルフィーユだということを。

ただ単に、倒せというならばそんな必要はない。だが、タクトを過去から救うにはミルフィーユにしか出来ないことだ。当然、レスターの助けも必要になるが。

けど、正直酷な話だった。愛する人と戦えなどと。

「でも、ミルフィーさんは・・・」

「わかってる。だから、確かめなきゃならない。ミルフィーが、これからどうするのか・・・」

しばし考え込み、やがて納得したようにクレータは頷いた。

「・・・わかりました。では、私たちは・・・」

「ああ、他の機体の整備をしつつ、いつでも改造できるように待っててくれ」

「わかりました。では何人かをメガロデュークにまわして後は待機してます」

「・・・ちょっとまって、メガロデュークに?・・・レスター、メガロデュークをどうする気だ?」

「何か改造しているみたいでしたよ?あ、それで裕樹さんに来て欲しいって」

「俺に?」

「ええ。それでは、私はこれで」

クレータは手元のデータを見ながら、整備班の元へ戻っていった。

そして、裕樹は格納庫の奥、ゼロバスターやグランディウスなどのIGが置かれているエリアに足を運んだ。そこではクレータの言う通り、数人のメカニックがメガロデュークに取り付いて改造作業を行っている。当のレスターはコックピットの前でデータを見つめていた。

近づくと向こうがこちらに気づいた。

「裕樹」

「レスター、俺に何の用・・・って、まあだいたいわかるけどな」

「ああ。察しの通りメガロデュークの改造を手伝って欲しい。・・・もちろん、リ・ガウスの技術を持っている者としてな」

レスターの言葉に少しだけ表情が歪んだ。

「それって・・・」

「わかっている。・・・だが、今はアイツを、タクトを止めるだけの力が必要なんだ。・・・頼む」

レスターは真剣な顔で頭を下げた。それを見て、いや、それを見ずとも裕樹の答えは決まっていた。

「・・・いいよ」

その言葉を聞いてレスターは顔を上げ、微笑んだ。

「すまない、裕樹」

「ああ、でも・・・」

「どうした?何か問題が?」

「・・・ちょっとな。大丈夫、変わりに正樹と彩を呼んでおくから。機体調整などに関したら、アイツ等も相当な腕前だから」

「そうか・・・ありがとう、裕樹」

「いいさ、この艦に乗ってる人はみんな、タクトを助けたいと思ってるからな」

「ああ・・・そうだな」

二人は、軽く微笑み合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

展望公園の中で、ミルフィーユは座り込んでいた。

顔をうずくめ、トプカフの木の陰に隠れるように座っていた。

今、ミルフィーユの頭の中は混乱していた。これからどうすればいいのか、自分が何をすればいいのか、何もわからなかった。

(私のせいで、タクトさんの家族は・・・私に何が出来るの?私、なんかが・・・)

ミルフィーユは更に顔を沈ませた。

(私なんかが・・・タクトさんにしてあげることなんて・・・あるわけない。あるわけ・・・)

そこで、足音が聞こえた。こちらに近づいて来るようだ。

「・・・誰?・・・・・・タクト・・・さん?」

「残念だけど違うよ」

声の主はミルフィーユの側までやって来て、優しく微笑んだ。

「裕樹・・・さん」

「やっぱりここにいたな」

あくまで、裕樹は優しく話しかけた。

「・・・どうして、ここが・・・?」

「なに、タクトならどう考えるかなって思ってみて、そしたら多分ここだろうってな」

「そう・・・ですか」

ミルフィーユは裕樹が優しく接してくれても元気にはなれなかった。

裕樹は何も言わずにミルフィーユの隣に座った。

「・・・裕樹さん」

「何?」

以外にもミルフィーユから話しかけてきた。

「私・・・どうすればいいんですか?」

それだけだった。決して多くは話さなかったが、それでも裕樹にはそれだけで全てを理解した。

「それは・・・自分で答えを出さないと」

「・・・でも、私は・・・」

「これは、俺が答えを持っているんじゃない。ミルフィー、君が、君だけにしか答えを出せないんだ」

「・・・・・・」

ミルフィーユは裕樹から目を逸らし、また俯いた。それでも、裕樹はまだ話し続けた。

「俺は、君に助言をすることは出来ない。でも、君が一度こうだと決めたことを助けることは出来る。・・・だから、決めるんだ。タクトと戦うのか、戦わないかを」

ミルフィーユの肩がビクッと震える。

「次・・・タクトが攻めてきたら、タクトを救えるのはミルフィー、君だけなんだ。・・・それでももし、君が戦わないと決めても、誰もミルフィーを責めはしないよ。ただ、俺たちはまだ、撃たれるわけにはいかない。だから、俺と正樹とレスターでタクトを倒すしか・・・ない」

「・・・でも、私・・・私は・・・」

「・・・もし、戦うと決めてタクトを救うつもりなら、俺がなんとしてもラッキースターを強化されたウイングバスターと互角に戦えるように強化してみせる。だからもう、ミルフィー次第なんだ」

ミルフィーユはいつの間にか涙を滲ませていた。泣いてはいない。ただ、涙を溜めているだけだ。

「・・・一つだけ、助言してあげれる」

「・・・?」

「・・・悲しみに堕ちた者を、哀しみで救うことはできない。負の感情に包まれている者を救うには、同情などの負の感情では、ダメなんだ。負は正でしか打ち消せない。それを・・・忘れないでくれ」

「・・・・・・」

「・・・俺はラッキースターの前にいる。ミルフィー、君の答えが出たらそこまで来てくれ。・・・辛いと思うけど、ミルフィー、決めるんだ。・・・これは、君にしか答えを出せないから」

そして、裕樹はもう展望台を後にしてしまった。

残されたのはミルフィーユ。孤独が、更に彼女を悩ませた。

(私・・・私は・・・)

何度、自分に問いかけても答えは出てこない。

(・・・誰か・・・助けて・・・・・・誰か・・・)

そんなミルフィーユの思いは、空しく心の中に響いた。

 

 

 

 

 

 

気がつくと展望台の風景は夜になっていた。

自分はまた気を失ったんだと、ミルフィーユは思った。

ふと、誰かの上着が自分にかけられていることに気がつく。隣を見ると、そこにいたのは緑髪の青年、正樹だった。

「お、気がついたか」

自分が話しかけるより早く、正樹が気づいた。

「こんなとこで寝てると風邪ひくぞ」

正樹がここにいるということは、自分にかけられている上着は正樹の物だろう。

それから正樹は何も言わずにトプカフの木にもたれかかった。

しばらく無言が続いたが、不意にミルフィーユの口が動いた。

「今・・・何時ですか?」

「・・・夜の8時半だ。飯の時間はとっくに過ぎてるぞ」

顔こそ見てないが、恐らく正樹はニカッとしながら言っただろう。

(・・・あれから、5時間経ったんだ)

「あのよ、ミルフィー」

「・・・なんですか?」

「こんな事、言うべきじゃねぇんだろうけど・・・」

正樹にしては珍しく、ためらいがちに話した。

「アイツ・・・裕樹が5時間前から、格納庫を一歩も出てねぇんだ」

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裕樹さん・・・まだいるのかな」

独り言を言いつつ、裕樹のいるであろう格納庫へとちとせは向かっていた。

夕食の時、食堂に顔を見せなかったので、夜食用にとささやかな差し入れを持っていくことにした。

格納庫のドアを開け、少し奥に進むと自分の機体、シャープシューターの前で整備をしている裕樹を見つけた。

ちとせは静かに歩いて後ろからそっと声をかけた。

「裕樹さん」

「うわっ!?」

「ひゃっ!?」

「な、なんだちとせか・・・もう少し早めに声をかけてくれればいいのに」

「す、すいません・・・なんだか、つい・・・」

別にちとせ自身、驚かすつもりはなかったのだが。

二人とも、少し恥ずかしい感じだったが、さいわい格納庫には今、誰もいなかった。

「あの、裕樹さん・・・夕食、食べてないのでしたら、これどうぞ」

そう言って弁当箱の中を開けると、おにぎり、たくあん、玉子焼きなどの、何ともちとせらしい感じの中身が詰まっていた。

「おいしそうだな・・・じゃ、さっそく頂きます」

「どうぞ」

急に空腹感を覚えた裕樹は、作業を中断し、差し入れを食べ始めた。

「あ、うまい。やっぱちとせって料理上手だよな」

「どうも」

ちとせがニッコリと笑った。その笑顔が、どことなく眩しかった。

「そういえば・・・シャープシューターはどうですか?」

「ああ、整備してるとわかるけど、ちとせはシャープシューターを大事にしてるよな。余分なデータは残さないし、チェックも済ましてるし、標準機の整備は自分でやってるし・・・同じパイロットとして尊敬するよ」

「いえ、そんなこと・・・」

なんだか照れているようで、頬を少し赤らめている。

「・・・あの、裕樹さん・・・」

「?何だ?」

不意にちとせの笑顔が消え、裕樹は不思議に思った。

「その・・・ミルフィー先輩、どうでした?」

「・・・まだ迷ってたな。・・・まぁ、ミルフィーの気持ちは痛いぐらいわかるけどな。――――でも、決めるのは、決められるのは、ミルフィーだけだ」

「・・・なんで・・・」

「え?」

「なんで、裕樹さんはミルフィー先輩やタクトさんを、ここまで助けようとするのですか?・・・それは、裕樹さんが・・・」

不意に、続きの言葉が消え、裕樹は違和感を持った。

「・・・何だよ」

「いえ・・・・・・なんでもないです」

何かを話そうとしたのに言わないちとせ。きっと、ちとせはちとせなりに何かを考えているのだろうが、裕樹にしてみれば深く考えたつもりはなかった。

 

――――――誰かを助けるのに、果たして理由がいるのか?

 

それが、裕樹の当然の思いだった。

「・・・俺はさ、」

ある意味、決意する気持ちを話した。

「タクトとミルフィーには、幸せになってほしいんだ」

「?」

急に何を言い出すのかと、ちとせは思ったが、

「なんか・・・昔の俺たちみたいなんだ。・・・あの二人って」

「え・・・?」

ちとせは、気になる単語が耳を通ったことに気づいた。

(昔の・・・俺たち・・・?)

そういえば裕樹は今まで一度も昔のことについて話してくれたことがなかった。

「あの二人は・・・俺みたいになっちゃ、いけないんだ・・・」

「・・・裕樹・・・さん?」

ちとせは、もしかしたら自分は決して触れてはいけない裕樹の過去に触れてしまったのではないか、と思った。

「あ、あの・・・裕樹さん・・・」

「とにかく!」

裕樹は半ば強引に話を切り替えた。

「俺はあの二人には幸せになってほしい。・・・それだけだよ」

「裕樹さん・・・」

ちとせはあらためて思う。

裕樹の過去に何があったかは知らない。けど、裕樹を守りたいと心から思った。

(たとえ、私の方が弱くても・・・)

守りたい。この人を、裕樹を守ってあげたい。

それは、愛おしさにも似た感情だった。

「・・・・・・私、みなさんの所へ戻りますね」

「ああ、うん。差し入れ、ありがとな」

ちとせは少し微笑みながら包みをまとめ、出口へと歩きだした。

その後ろ姿をぼんやりと見る。

歩くたびに大きく揺れる長い黒髪。それと同時に揺れている、頭の後ろに結ばれている、以前自分がプレゼントした青いリボン。

「ちとせ」

「?」

ちとせが振り返る。また、その髪がなめらかに舞う。

「ありがとう・・・嬉しかった」

「・・・?」

ちとせは首を傾げながら格納庫を出て行った。

「・・・ふぅ」

裕樹は大きく息を吐き、そのまま寝そべって天井を見つめる。

(・・・ちとせの髪・・・・・・似てる、美奈に・・・)

裕樹はぼんやりと、昔のことを思い出していた。

大切で、愛おしくて、何より自分の全てだった彼女。

別れたあの光景が、あまりにも鮮烈すぎて。――――――頭にずっと、記憶の中にずっと焼きついたままだった。

(・・・ちとせ・・・か)

少なくとも自分に好意を抱くようになってくれたちとせに対し、少なからず好感を持っている。だが、それだけだ。

裕樹はあらためて、それを自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィーユはまだ黙り込んでいた。格納庫でずっと自分を待っている裕樹のことを聞かされても、決心することはできなかった。

「俺は、最近こっちに来たばっかだから、よくわからねぇけど・・・」

ミルフィーユは黙ったままで正樹の言葉に耳を傾けた。

「何で、ミルフィーはタクトを助けようと思わないんだ?」

あまりにも不躾な言葉に、キッと正樹を睨みつける。

「・・・私は!タクトさんが告白してくれた時、私の運のせいでタクトさんが傷つくんじゃないかって思ってました。怖かったんです。・・・でも、タクトさんは私の運を「楽しい」って言ってくれました。・・・だから私はタクトさんをより好きになれました。――――けど!それ以前にやっぱり私の運はタクトさんを傷つけてた!タクトさんの・・・大切なモノを奪ってしまったんです!!・・・もう、どうすればいいか・・・わからないんです・・・」

途中から涙声に変わっていたことに、今気づいた。

あふれんばかりの涙が出てくる。

「・・・そんなの、結果論だ」

「・・・ッッ!!!!!

「今までの話を聞いてると、その運がなかったらタクトには会えなかったんじゃないのか?」

「・・・それは・・・」

言葉がでない。それもまた事実なのだ。

正樹の言葉は不躾なぐらいストレートだが、決して間違った事は言っていない。

「なあ、ミルフィー」

改まって、正樹は話しかけた。今度は、ちゃんと正樹を見る。

「ミルフィーは、どうしたいんだ?・・・何を望むんだ?」

「何って、それがわからないから・・・」

「そうじゃなくて・・・ミルフィーは、タクトに何をしてあげたいんだ?タクトと、どういう生き方を望むんだ?」

時間が、止まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの人を好きになったのは、いつの頃だっただろか。

そう、いつの間にか、私はあの人を目で追うようになっていた。

あの人の全てに、私は魅かれていた。

――――――いつから?

わからなかった。

気がついたら、あの人は私の心の大半をさらっていった。

あの人の、何に魅かれたのだろう。

――――――自分の運を、楽しいと言ってくれたから?

・・・違う。それもあるけど、それは安心させてくれた言葉。

その言葉が、きっかけじゃない。

ならば、いつ?

何に、私は魅かれたのだろうか。

何に・・・・・・

 

 

 

 

 

――――――これからよろしく、ミルフィー(・・・・・)

 

 

 

 

 

そこだ。

やっと、本当に理解できた。

なんて単純な。けれど、自分にとっては何より嬉しかった。

タクトさんが、私を呼んでくれた、あの時。

あの時から。

本当に気づかないくらい微かな変化だったけど。

あの時から、私は好きになったのだ。

タクトさんを。誰よりも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞳の輝きが変わったのに、正樹は気づき、最後の手助けをした。

「決めたことがあるなら、それをするために何かをするんだ。じっとしていても何も変わらない。変えられることも変えられなくなっちまう。――――ミルフィー、今のアンタにはアンタにしか出来ないことがあるはずだ」

「・・・私にしか、出来ないこと・・・」

涙は止まっていた。心が決まったから。

正樹は、フッと笑った。

「決めたなら、格納庫にいるやつに会ってこいよ。アイツ、きっと待ちくたびれてるぜ」

「はい!正樹さん・・・ありがとうございます!!」

激しくお辞儀をし、全力で駆け出していった。

その場に残された正樹は上着を拾い、寝転びながら星を眺める。

格納庫で今頃ミルフィーユと会っている友のことを思いながら、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィーユが格納庫に着くと、裕樹と春菜はラッキースターの前で座り込んでいた。

ゆっくり歩いていったが、向こうがこちらに気づき、顔を上げた。

「やあ、ミルフィー」

「・・・どうも」

なんとなく気まずい空気だったが、裕樹はそんなこと気にしなかった。

「決断・・・出来たのか?」

「はい」

その一言に決意の全てが込められていた。

「戦うんだな、タクトと」

「・・・はい。今、私が出来ることは・・・これしかないですから・・・私は、タクトさんの側にいたいですから・・・」

本心からの言葉を聞き、裕樹もまた、決意を固めた。

「わかった。なら今すぐラッキースターを強化改造するよ。―――悪いけど、クレータ班長たちを呼んできてくれないか?」

「はい!わかりました!」

笑顔で頷き、走って格納庫を出て行った。

そこで、春菜が気まずそうにこちらを見た。

「裕樹さん、あの・・・」

言うまでもなく、改造の話だ。確かにラッキースターはこのまま強化すると、エネルギー容量が少なすぎてすぐにガス欠になるだろう。クロノ・ストリング・エンジンがあるため、エンジンを増やすことも出来ない。

「わかってる。だから春菜、アレを・・・搭載する」

「え!?・・・でも、あれは・・・!?」

「大丈夫、ミルフィーならきっと・・・正しく使えるはずさ。・・・な?」

「・・・はい」

頷く春菜に、ちゃんと宣言する。

「・・・ラッキースターに、セフィロート・クリスタルを搭載する・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事の置かれたトレーを持った青年が一人、格納庫へと入っていく。その青年は一機のIGの前に止まると、コックピット部分を軽くノックした。

言わずと知れたウイングバスター・パラディン。今のタクトの機体だった。

ノックの音が聞こえたので、タクトは目を開きコックピットを開けた。

「食事、持ってきたよ」

前々からタクトはこの人物、氷川京介に対して不信感を持っていた。

普通、敵が寝返ってくると、その人物はスパイの可能性があるため、警戒されるものだ。

もちろん、タクトもリ・ガウスの連中からそういう目で見られていることはわかっている。ただ一人、この京介を除いて。

「タクトさん、たまには食堂に来なよ。こんな暗い所で食べずにさ」

「・・・普通はそうはいかないだろ」

タクトは京介からトレーを受け取ると無言のまま食事を始めた。その間、京介は座り込んでこちらの食事風景をじっと眺めていた。

その行為にタクトはますます不信感を募らせた。

「何かようか?」

じっと見られるのが嫌になり、自ら話かけた。

「いや、別に。・・・たださ・・・」

「ただ・・・?」

「君ってなんとなく裕樹に似てるなって。そう思っただけだよ」

エルシオールでミルフィーユに同じことを言われたのを思い出し、すぐにその考えを振り払う。

「・・・いつになったら出撃できるんだ?」

「まだ準備がね。・・・・・・それより」

京介はまるでこちらを探るような目で見ながら尋ねてきた。

「君は、本当にあの・・・ラッキースターを落とせるの?」

「・・・なんだと?」

今までの自分の行動を全否定されるような言葉を言われ、タクトは本能的に反論した。

「お前・・・それはどういう意味だ?」

「・・・ただ、なんとなくね」

何も言えずに食事を続けた。

「・・・不味い飯だな」

「軍隊なんだ。それくらい当たり前じゃないか」

そんなことはない。エルシオールにいた頃はいつも彼女がこれ以上ないくらいおいしい物を作ってくれた。

タクトは俯いたまま、苦悩する。

(俺の・・・信念・・・。どっちが?)

8年前の自分は殺せと言っている。司令官になってからのタクトは戻れと言っている。

過去の自分と今の自分。二つの意志が、互いの信念を相殺し合っている。

今のタクトに、どちらが本心からの信念か、わかる術はなかった。

(父さん・・・母さん・・・エリス・・・。・・・俺は、一体・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日後、エルシオールではラッキースターとメガロデュークの改造が終了していた。

その名を、「アルカナム・ラッキースター」と「インペリアル・メガロデューク」と改め、更なる力を得ていた。

――――――全ては、タクトを救いだすために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――タクトを覆う闇との、決戦の時は近い。