第二十二章「決戦前夜」

 

 

 

彼がまだ幼かった頃の話。

彼は自分の一番好きな物があった。この星の自然、自分の家、そして自分の家族たち。

父と母と妹。彼にとって家族は何よりもかけがえのないものだった。祖父や祖母も彼にはいるが、彼らは違う星にいた。

彼は何よりも家族を大事に、大切に思ってきた。家族と一緒にいると、その時がとても平和な時間だと自然に実感できた。

 

 

 

 

 

 

彼の家の家系は、貴族の軍人家系だった。家のためにも分家でありながら義兄弟たちと階級争いを幼い頃からしてきたが、本人に軍人になる気はなかった。幼い頃からの友人は軍に入るらしく一度だけ誘われたが、彼に入る気はまるでないままだった。

今が平和ならそれでいい。――それが彼の考えだった。

 

 

 

 

 

 

彼が15歳の時、彼は正直、農業を経営したいと思っていた。自然と共に生き、その素晴らしい生命力をもらい、生きたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、彼は唐突に母から言われた。

――――いつか、家族よりも何よりも大切な人に出会うだろう――――、と。

彼には考えられなかった。この家族より大事な人などいるものか。ずっとみんなと一緒にいるつもりだ。

すると母親は優しく、彼を抱きよせ、それから彼にささやいた。

――あなたにはがある。先人にも得ることのできなかった楽園の力を。

そして、力のあるものは力のあるものと引かれ合うと。

そして、力を持つものはその役目を果たすまで死ねない存在なのだと。

それを聞いた時、彼は少し怖くなった。理由などなく、ただ、本能的に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数ヶ月後、彼の人生は大きく変わってしまった。

そして彼は今にして思う。あれは母親がひっそりと教えてくれていたのだ。

自分の中に秘められた大いなる力、EDENの力のことを。

確信する思いで、タクトはただ、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機体強化が終了した翌日、ランファ、ミント、フォルテの3人は少し遅めの昼食をとっていた。

 

 

 

「あの・・・フォルテさん・・・」

お馴染、普通のカレーの千倍の辛さを誇る[ランファ特製カレー]を食べつつ、ランファはフォルテに聞いてみた。

「なんだい?」

「その・・・ミルフィーのことなんですけど・・・」

「心配いりませんわ」

別にテレパスを使ったわけではないが、ミントはランファが何を言おうとしたのかは、顔を見ればわかった。もちろん、フォルテも同様である。

「そうだよ、別に心配しることはないさ」

「で、でもフォルテさん・・・!!」

「ランファさんらしくありませんわよ」

妙に落ち着いているのでランファは余計に不安になった。

「でも・・・アタシは」

「あのねぇランファ」

ランファの気持ちを分かってか、フォルテは顔こそいつも通りだったが声はとても優しかった。

「アンタ、そんなにミルフィーのことが信じられないのかい?」

「そ、そんなことはないです・・・けど」

「だったら信じてやりなよ。忘れたのかい?エンジェル隊の強さは、互いを信頼し、信じることさ。・・・今のアタシらに出来ることはミルフィーを信じて、支えてやることだけさ」

「そうですわ。次の戦いでは私たちはミルフィーさんをサポートしないと。ミルフィーさんがどうやってタクトさんを取り戻すのかはわかりませんけど、ミルフィーさんを信じてあげましょう?」

二人に励まされ、ランファはミルフィーユを信じることに決めた。

「・・・そうよね!昔っからミルフィーが何かしでかしたら後始末はアタシにまわって来るんだから、今回もアタシがしっかりしないと!!」

「うんうん、そうそう。ランファはそーでなくっちゃ」

「そーと決まれば・・・」

と、今まで中断していた食事を再開し、皿のカレーを食べつくす。

「おばちゃーん!カレー2皿追加ねー!!」

「ええっ!?ま、まだ食べるんですの・・・?」

「もっちろん!しっかり食べて力つけとかないと」

「はいよーおまちー」

やがて運ばれてきた黒いカレーをランファは美味しそうに食べ始めた。

カレーをあまりにも辛くしすぎたためにもはや赤を通り越して黒くなっている。匂いを嗅ぐだけで舌に辛さが伝わるほどである。

そのカレーを美味しそうに食べるランファを見てると、フォルテとミントは逆に自分たちの食欲が無くなってきたのに気づき、二人は同時にため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、お茶がおいしいです」

ティーラウンジでちとせは正樹、彩、春菜とお茶にしていた。

「・・・なんつーかエンジェル隊って・・・」

正樹のセリフに彩が絶妙なフォローを入れる。

「神経、図太い?」

「何ですか!その言い草は!」

普通、決戦が迫っている中でここまでのんびりできるパイロットは珍しいものである。

「いや、だってなぁ・・・」

「普通はそんなに落ち着けませんよ」

「・・・でも私も初めは皆さんと同じ反応してましたけど・・・ね」

えへへ、と笑うちとせを正樹はまじまじと見つめる。

「な、なんですか?」

「いや、ちとせってなんだか似てるなって」

「?誰にですか?」

「・・・あー・・・いや、なんでも・・・」

思わず名前を言ってしまいそうになったが、両側からの突き刺さる視線を受け、とどまった。

「え?一体なんですか?」

「あー何でもないのよ。気にしないで」

(このバカッ!!アンタ何考えてんのよっ!!)

(もっとよく考えてから話してください!!)

(・・・スイマセン)

二人の威圧に正樹は段々小さくなっていく。もっとも、ちとせからしたがコントのようにしか見えないが。

 

 

 

けど、ちとせにだって薄々分かっていた。

今のは、裕樹について深く関わってしまう発言に違いないのだ。

だから、追求することもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほぼ同時刻、裕樹は全ての準備を終え、展望台公園に来ていた。

そのまま、ためらいもなく芝生の上に寝そべる。

人工的な天気だが、温かい陽光が降り注ぎ、裕樹は眠気に誘われるまま眠りについた。

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。

ふと、頭の上で小さな声が聞こえた。

「・・・しーーっ、ユキ、ダメ・・・」

透き通るような綺麗な声。この声の主は・・・

「・・・ヴァニラ・・・?」

むくっと起き上がろと、やはりヴァニラがそこにいた。宇宙ウサギや宇宙スズメに囲まれてちょこん、とかわいらしく座っている。

「裕樹さん・・・すみません、起こしてしまいましたか・・・?」

「いや、そんなことないさ。丁度起きたんだよ」

もちろん嘘で確かにヴァニラの声で目覚めたが、それを言うとヴァニラは悲しそうな顔をして謝るだろう。ヴァニラはそういう娘だ。

裕樹はヴァニラのそんな顔を見たくないので、あえて嘘をついた。

「そうですか・・・」

「ところで、ヴァニラはどうしてここに?」

「はい・・・この子たちの・・・世話をしに・・・」

ヴァニラの周りでは宇宙ウサギが嬉しそうに飛び回っている。

と、そのうち2匹が裕樹の肩と膝の上に飛び乗ってきた。

「宇宙ウサギたち・・・裕樹さんに・・・とてもなついています」

優しく微笑みながらヴァニラは話してくれた。

(ヴァニラってこんな風に笑う娘だったっけ?)

まるで聖母のような慈愛に満ちた目で宇宙ウサギを撫でている姿を見ていると、なんだか神光しいものを感じてしまう。

(よく考えたら聖職者なんだから当たり前か)

「・・・?裕樹さん・・・何か?」

じっと見ていたのでヴァニラに気づかれてしまった。

「い、いや?別になんでも・・・」

上手く話を逸らした。

「・・・・・・」

「・・・?何だい、ヴァニラ」

一瞬仕返しか?と思ったが、

「・・・裕樹さんは・・・いつも、悲しい目を・・・しているんですね」

「な・・・」

(・・・いつも・・・?)

思わず絶句した。凄まじいまでの洞察力である。

「何に・・・そんなに、悲しんでいるのですか?」

「・・・ヴァニラは」

決して逃げではなく、本心からの問いかけだった。

「ヴァニラは・・・何のために戦う?何故、戦うんだ?」

「私は・・・私の信じるもののために・・・」

「それは・・・シスター・バレルの思いか?」

一瞬、ヴァニラの顔が曇ったように見えたがすぐに元に戻る。もっとも、傍らのナノマシンのリスが変わりに表情を暗くしているが。

「・・・それもありますが、みんな・・・エルダートや、皇国を平和にするために・・・私は、戦います」

真っ直ぐ、こちらを見つめ返してくる。迷いのない目だ。だがナノマシーンのリスは恥ずかしそうに手で顔を隠した。

「・・・えらいな、ヴァニラは・・・」

そう言ってヴァニラの頭を軽く撫でた。今度はナノマシーンのリスは真っ赤に、ヴァニラは少しだけ頬を赤く染めている。

「・・・俺は、そんな風には戦えない・・・誰かの、みんなのためになんか・・・」

「え・・・?」

ヴァニラは裕樹が何を言っているのか、理解できなかった。

「俺は、何かのために戦ったことなんて・・・一度もない。俺が戦う理由は、昔も、今も、多分これからも・・・」

全て、事実だ。

裕樹の時は、恐らくあの時から流れていないのだ。

きっと、いつまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ミルフィーユとレスターはタクトとの決戦について、司令官室で相談していた。

「あの・・・クールダラス副司令」

ある程度話が終わってきたところで、ミルフィーユは気まずそうに話をきりだした。

「どうした?」

「・・・その・・・」

やがて決心したように、話しだした。

「・・・・・・すいませんでした」

「・・・?」

「・・・私の、せいで・・・クールダラス副司令の左目は・・・」

そう、忘れてはいけない。

自分の運はタクトを傷つけただけではないのだ。

この人が左目を失うことになったのも、原因は自分にあるのだから。

「・・・気にしていない」

「でも・・・っ!!」

これが、自己満足のために罰を望んでいるのはわかっている。

そうしてくれたほうが、楽だから。

けど、それでもいいから、何か、許しが欲しかった。

「そう思うなら、アイツを、タクトを・・・助けてやってくれ」

その言葉に、ハッとした。

この親友は、それしか望まない。

いつだって、彼はタクトの側にいたのだから。

そして、誰よりも彼が救われることを望んでいるのだから。

「・・・はい!」

それが、彼が望む、ただ一つの望み。そして、自分を許すための口実。

だから、笑顔で力一杯、答えた。

「それよりも、ミルフィーユ。いったいどうやってタクトを・・・」

「それは・・・私に任せてください」

ミルフィーユはどうすればタクトを救えるか、実は明確に理解していない。

けれど、漠然と理解はしている。つい先日、裕樹が教えてくれた。

 

 

 

 

 

――――――悲しみに堕ちた者を、哀しみで救うことはできない。

――――――負は正でしか打ち消せない。それを・・・忘れないでくれ。

 

 

 

 

 

「・・・わかった。お前に任せる」

ミルフィーユがレスターに微笑んだ時、エルシオールのサイレンがけたたましく鳴り響いた。

『前方距離50000にクロス・ゲート・ドライブ反応!!パイロットは直ちに搭乗機へ!!繰り返します・・・』

「来たか・・・」

「はい、行きましょう。クールダラス副司令」

二人は、全力で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィーユとレスターが格納庫へ着くと、正樹、ランファ、ミント、フォルテ、ちとせの5人はすでに機体に乗っていた。

二人もそのまま自分の機体へと向かう。

「これで全員!?」

「裕樹さんとヴァニラさんがまだです!!」

クレータと春菜が叫んでいる中、裕樹とヴァニラが格納庫へとやってきた。二人も即座に機体へ向かう。

 

裕樹は各部電源を入れ、電源、エンジンを起動させていると、ハーベスターから個別通信が入ってきた。

(ヴァニラ?)

回線を開くと、いつもの無表情なヴァニラの顔がモニターに映る。

「・・・裕樹さん」

「どした?ヴァニラ」

「・・・さっきの話、黙ってます。・・・それだけです」

「ありがとな、ヴァニラ・・・」

その言葉を受け取り、ヴァニラは通信を切った。

 

 

 

『エンジェル隊、発進どうぞ』

「ミルフィーユ、行きます!!・・・必ず、タクトさんを取り戻します!!」

「頼んだわよミルフィー!!雑魚はアタシたちに任せて!」

「ミルフィーさんはタクトさんを・・・」

「アタシ等の司令官を」

「・・・お願いします・・・」

「頑張ってください!ミルフィー先輩!!」

エンジェル隊のテンションはすでに高まっている。これなら、きっと大丈夫なはずだ。

「よし!じゃあ作戦通り、ミルフィー以外のエンジェル隊は他の奴等を頼む。絶対にミルフィーとレスターに近づけさせないでくれ!コキュートス隊は俺と正樹でくい止める!!」

「おい・・・大丈夫なのか?いくらお前たち二人でも、相手は4機だぞ?」

レスターのいうことはもっともだが、この二人にそういう常識なんてまるで通用しないのだ。

「心配するな。だから、ミルフィー、レスター・・・タクトを頼む」

「ああ、わかってる」

「わかりました!」

そして、全機が発進する。

「朝倉裕樹、ゼロバスター、行くぞ!」

「神崎正樹、グランディウス、行くぜ!」

「レスター・クールダラス、インペリアル・メガロデューク、発進する!」

「ようし、エンジェル隊、発進だ!!」

「「「「了解!!」」」」

最後に、ミルフィーユが発進した。

「ミルフィーユ・桜葉、アルカナム・ラッキースター、行きます!!」

一条の光が、エルシオールから飛び立った。