第二十四章「Remembrance of Darkness Wing

 

 

 

よろけながらも一緒に動き出す2機を見て、全てのパイロットとエルシオールのクルーは歓喜の声を上げた。

全員が望み、信じたようにあの二人は帰ってくるのだ。喜ばずにはいられなかった。

そんな2機を見て、裕樹、正樹、レスター、ちとせの4人は助けに向かう。

それは、少しでも、誰よりも早く、2人と話したいという気持ちのほうが強かった。

「タクト!!」

「よーやく目ぇ覚めたか?司令官さん」

「さて?俺はずっと起きてたつもりだけど?」

「・・・この後におよんでまだそういう事ぬかしやがるか、おめーさんは」

「ともかく・・・お帰り、タクト」

「・・・へへ、ただいま」

「ノンキな事言ってる場合か」

ぬっ、とインペリアル・メガロデュークが現れた。

「わあっ!?レ、レスター?」

「お前のために司令官の仕事をたっぷり残しといてやったぞ。さっさと帰ってとっととやってもらうからな」

「うわ・・・鬼だこの人・・・」

思わずぼやいた正樹だが、タクトには妙に嬉しかった。

帰ってくると、信じていてくれた裏返しなのだから。

「・・・レスター・・・ありがとな」

「・・・当然だ」

そう言って、ウイングバスターの肩を貸してくれる。それはまるで、本当にレスターが自分に肩を貸してくれているようだった。

と、それを見て正樹のグランディウスもラッキースターを支えてあげた。

「あ、正樹さん」

「ミルフィーも・・・よくやってくれたぜ。ホント、いいコンビだよ、アンタ等は」

ニパッ笑う。その笑顔はタクトが生み出したものだと、正樹にも理解できた。

「ミルフィー先輩!」

「あ、ちとせ。大丈夫?」

「私よりもお二人のほうが心配ですよ!」

「・・・大丈夫だ、ちとせ。ちょーっと、エンジンの調子が悪いだけだから」

「あ、私もですー」

「まったくもう、本当に心配したんですよ?」

言葉とは裏腹にホッとした表情で喋っている。その顔が、なんともいえず心地良かった。

「あはは、ごめんねちとせ」

「・・・ふぅ、春菜、すぐに修理できるように用意しといてくれ」

「はいはい、まかせてくださいな」

裕樹のにこやかな顔に春菜もほんわかとなる。

タクトが戻ってきただけでここまで明るくなるのだ。裕樹は改めてタクトの存在の大きさを感じた。

(よかった。本当に・・・よかった)

みんなが望んだこの空気。裕樹はその中に自分も包まれていると実感した。

 

 

 

 

 

――――――そんな空気は、刹那にかき消された――――――

 

 

 

 

 

はるか後方で突如ドライブ反応がおき、そこから色という色をぐちゃぐちゃにしたような色のIGが現れた。

「なっ!?」

「なんだ、アレは・・・!?」

『裕樹!正樹!』

即座にエルシオールの彩から通信が入る。

『気をつけて!あれは・・・ラルヴァよ!!』

「ラルヴァ!?」

『ええ。リ・ガウス軍が今後の機体開発の向上のために作り出した、実験的な意味合いの強い機体よ。けど、性能はケタ外れってデータがある!!』

「くそっ!誰が乗ってやがる!?」

正樹が叫ぶと同時に、すでにゼロバスターが加速していた。

「おい裕樹!?一人で行く気か!?」

「正樹はタクトたちを!・・・早く!!」

「裕樹さん!私も行きます!」

即座にシャープシューターも後を追う。だが2機とも激戦の後である。どう考えても不利だ。

「くっ、裕樹!」

「タクト!今のお前じゃ足手まといになるだけだ!」

「裕樹さん・・・」

「おいエルシオール!補給の終わった紋章機を援護に出せ!急げよ!!」

レスターの焦りにも似た叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クレータさん!」

春菜はラルヴァの戦闘力をわかっているからこそ、状況の危機を誰よりもわかってしまう。

「紋章機は!?」

「ヴァニラさんのハーベスターは完了してますけど・・・」

「すぐに出してください!一機でもいいから早く向かわせないと・・・!!」

「わかりました!ヴァニラさん!先の出てください!!」

その声に反応し、クロノ・ストリング・エンジンが起動し、ハーベスターが再出撃する。

「他の機体も再出撃を急がせてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラルヴァに接近した2機はまず、シャープシューターのロングレンジキャノンによる牽制をしかけ、ゼロバスターはティアル・ライフルによる射撃で距離をあけながら攻撃を仕掛けた。

それをエーテル・フィールドで防がれつつ、両肩の巨大な鋭角的な部分から電撃が走り、プラズマカノン砲を発射される。

それをかわしつつ、両手にプラズマソードを持ち、一瞬のうちにX字に斬りつけると同時にラルヴァを吹き飛ばす。

「ちとせ!!今だっ!!」

「―――っっ!!」

狙い済ました必殺の一撃、「フェイタルアロー」を放った。

放たれた光の弾丸は、一つの狂いもなくラルヴァの額部分に直撃した。

「やった!?」

「いや、まだこれくらいじゃ・・・」

直後、不自然なくらい自然すぎる動きで、ラルヴァはシャープシューターの目前まで移動した。

「え・・・」

「なっ!?」

何もできないまま「オルガ・キャノン」が無防備なシャープシューターに直撃する。

「きゃあああっっ!!??」

大きく吹き飛ばされながらも更にミサイルランチャーの追撃が迫る。

視界いっぱいに広がるミサイルを見て、ちとせは思わず逃げるように目を瞑った。

が、直撃するはずだったミサイルを防いだのは身をもってかばう、ゼロバスターの姿だった。

直後、すぐにラケルタ・プラズマソードを構えるが、瞬時に左腕を切断され、同時にシャープシューターの大型レーダーも破壊される。

「ぐっ・・・」

咄嗟にシャープシューターを庇うように移動し、ラルヴァと対峙する。

「・・・裕樹」

「!?京介か!?」

その声に、間違いはない。この通信が全周波なのか、正樹も驚いたように反応している。

「裕樹、僕は今ここで戦う気はないよ。ただ、一つ言いたいんだ」

その直後、後方から緑色の「波」がやって来た。

――――リペア・ウェーブ――――ちとせはすぐにわかったが、ラルヴァが少し構え直すのを見る。

「ヴァニラ先輩!」

「ヴァニラ!来るなっっ!!」

「え・・・」

叫ばれ、瞬時に止まる。それに合わせラルヴァは構えをとき、その頃にはシャープシューターの損傷が修復されていた。

今、ここにヴァニラを巻き込むわけにはいかない。少なくとも、こちらが圧倒的に不利なのだから。

「・・・で、なんだよ」

京介がヴァニラを狙わないためにも話を続かせた。

「・・・君には無理だ」

唐突に言われ、裕樹は無意識に身を堅くする。

「君が望み、君が取り戻そうとしているモノは、君じゃ無理だ。・・・・・・君一人で背負い込んで何が出来るっていうんだ?少なくとも、この世界でその手段を見つけたわけじゃないんだろ?」

裕樹は黙って聞いていた。京介が何を言いたいのかも、何となくわかる。

だが、心に一つ思う。

――――――コイツは何を言ってやがる?

「・・・その気があるなら、もう一度リ・ガウスに戻ってくれないか?君の力じゃ、救うことも守ることも出来なかっただろ。だから・・・」

「京介」

唐突に、自分でも驚くほどに静かに言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ以上ほざくな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背筋に、凄まじい何かが走った。

もはや殺気というレベルではない。機体越しで、しかもこちらのほうが有利であるのにも関わらず、即座に理解する。

 

――――――殺される

 

それだけ。

もはや京介は、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉と、その時の表情を、他の仲間を聞いて、見てしまった。

その瞳に宿すは比類なき死と殺を纏う視線と輝き。直にその目を見ればそれだけで死を確信するような、死神をも超越する殺意。

今の裕樹の瞳に青い瞳の輝きはない。そのまるで、死がそのまま形をもったようだ。

「裕樹・・・さん・・・?」

その殺意を誰よりも間近で受けてしまったちとせは、自分に対して殺意をもたれているような気分になる。

瞬間、ちとせは裕樹に対して初めて恐怖を感じた。いや、恐怖というより死そのものといったほうが正しい。それほどだった。

「ゆ、裕・・・樹、さん・・・。あの・・・その・・・」

話しかける。たったそれだけのことなのに、恐怖で涙が出てくる。

正直、ちとせは逃げ出したかった。今すぐにでも。

けど、それをやってしまうと、もう2度と裕樹に話しかけられなくなってしまいそうだった。

 

 

 

 

 

(誰だ・・・これ・・・)

タクトは半ば以上、本気で思った。モニターに映った男は、タクトの知る裕樹とは完全に別人だった。

だが、タクトにはわかった。それでも、裕樹は裕樹なのだと。自分にもう一つの顔があるように、彼にももう一つの顔があったに過ぎないのだから。

けれど、自分は救われた。

もう一人の自分は、きっともう出てこない。

だから、今度は。

彼が救われる番なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、たった一つしかなかった。

彼が彼でいられる、たった一つの証明。

彼にとって、彼女の存在が、彼の世界の全てだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、戦った。

彼女を失いたくないから、それだけのために戦った。

彼女を護りたくて、戦争を勝ち抜いた。

誰かを救う。何かを助ける。世界を救う。

 

 

 

――――――そんなこと、本当はどうでもよかった。

 

 

 

ただ、彼女さえいてくれれば。

失った自分を、優しさに包まれた笑顔と、明るさに包まれた手で、救い出してくれた。

多くのものを、それこそ、一生かかっても返しきれないほどの大切なものを、彼女は与えてくれた。

彼女がいれば、それでよかった。

それ以上、望むものなんてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、彼が救った世界にさえ、裏切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――お前は罪人だから。

――――――お前は世界の。

――――――世界の罪人だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな理由で。

そんなわけのわからない理由で。

彼は彼女を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣いている誰かを見たくないだけだ、と言った裕樹は。

 

永遠に、自身の泣き顔しか見ることができなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕樹がふと、モニターに映るちとせを見た途端、裕樹の死の瞳はいつもの青い瞳へと戻っていった。

裕樹は、モニター越しに涙を滲ませているちとせを見て、思わず慌てた。

「・・・ち、ちとせ?どうした?なんで、泣いてる?」

「裕樹・・・さん」

(いつもの・・・裕樹さんだ。・・・よかった)

本気で慌てている裕樹の顔を見ると自然に涙は止まっていた。

「・・・大丈夫か?」

「・・・はい、大丈夫です」

そして、もう一度京介をモニター越しに見つめる。

「京介、用が済んだなら帰ってくれ。もうこれ以上、ここにいる意味はないだろ」

「・・・・・・そうだね。・・・ゴメン、裕樹。僕は・・・」

「・・・いいよ。京介が仕方なく戦ってるのはわかってる。京介、優しいからな」

「・・・裕樹」

沈んだ表情をした京介に、裕樹は少しだけ微笑みながら話した。

「・・・じゃあね、裕樹。正樹にもよろしく伝えて」

京介はそれ以上何も言わず、静かにドライブアウトした。

後には静寂だけが残った。

と、こちらにゆっくりとタクトたちが近づいてきた。もうボロボロなんだから無理しなくていいのに。

「裕樹、京介は・・・」

正樹がどこか気落ちした表情をしている。

「・・・仕方ないさ。出来れば、戦いたくないけど、な」

そう、仕方ない。京介は、家族のために軍を抜けることなんて出来ないのだから。

「おい、裕樹」

「裕樹さん」

「・・・裕樹さん」

「帰ろう、裕樹。エルシオールに」

「・・・ああ」

全員が、自分を心配してくれているようだ。

申し訳ない気持ちを持ちつつ、裕樹たちは帰路へついた。

帰りを待つ人たちがいる、帰るべき場所へ。