第二十五章「過去と決意と約束と」

 

 

 

「えーそれでは!我らが司令官、タクト・マイヤーズ大佐が帰って来たことを祝して、――――カンパーイッ!!!」

「「「「「カンパーイ!!!」」」」」

ブリッジ(・・・・)で開かれたパーティーを、正直タクトは何が起きているのかわからなかった。

「どうしたタクト?お前がパーティーの主役だぞ」

非常に珍しく、乗り気なレスターがグラスを持ってきてくれた。

「い、いや・・・。・・・普通、俺は謝るべきだと思ってたんだけど・・・」

「・・・このパーティーはな、エルシオールのクルー全員が同意の上で用意したものだ」

「全員!?500名もいるクルー全員が!?」

「ああ・・・つまり、お前はそんなことしなくていいんだよ」

レスターは一口、グラスに入ったワインをあおった。タクトも何となく、一口だけ口にする。

「・・・どういうことだ?」

「気にしなくていい・・・その答えがコレだ」

無性にタクトは嬉しくなった。この艦こそが、自分の帰る場所なんだと実感する。

と、レスターはじっとこちらを見てくるタクトの視線に気づいた。

「どうした?」

「レスター・・・俺、やっぱりお前には謝っておかないと・・・」

「・・・タクト?」

「俺・・・俺の勝手な思いに、お前を巻き込んで・・・それに、俺の左目は・・・」

言われ、タクトの両目を見る。

右はタクトの本来の瞳の色、茶色だが、左目はレスターの瞳の色である薄紫色が適応させたため変色した薄い茶色。それこそ、間近でじっくり見ないと違いはわからないほどだ。

「レス、ター・・・?」

それこそ、人によっては良からぬ方向へ勘違いされそうな距離だったが、幸い、誰も見てなかった。

「気にするな。お前らしくもない。・・・俺たちは、親友(・・)なんだろ?」

幼い頃、タクトが冗談半分で口にしたレスターとの関係。それを、レスターが口にしたのは初めてだった。

タクトは、その返事として満面の笑みで応えた。

「・・・レスター、お前眼帯は、どうするんだ?俺は、もう気にしてないけど」

「・・・あいにくと、これが癖づいているんでな。俺はこのままだ」

タクトとレスターは目を合わせ、まるで子供のようにニカッと笑い、グラスを鳴らして乾杯した。

「タクトさーん!!」

と、ミルフィーユが笑顔全開で走ってくる。

「なんだい、ミルフィー」

「向こうに私の作ったケーキがあるんです。一緒に食べましょう!!」

そして有無を言わさずに腕が引っ張られる。

「ミ、ミルフィー?一体いつの間に作ったんだい?」

「えへへ、秘密です!」

ミルフィーユに連れて行かれるタクトを見ながら、レスターはもう一口、ワインをあおった。と、そこへアルモが食べ物が盛り付けられた皿を持ちながらやって来た。

「クールダラス副司令、どうぞ!」

「ん?ああ、すまんなアルモ」

適当にピザを取り、かじった。それをアルモはじっと見てからタクトの方を見た。

「やっぱり、マイヤーズ司令がいると空気が違いますね」

「まあ、そういう奴だからな。昔から」

「・・・素直じゃないですね」

思わず、レスターは苦笑した。

もっとも、アルモからすれば今のは自分にも置き換えられる言葉であったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、タクトさん」

ちとせはタクトとミルフィーユが二人でやって来るのを見て、笑顔で手を振った。

「ようタクト。やっぱアンタにはその軍服が似合うよ」

「ぶっちゃけ、アタシたちタクトの私服姿なんてほとんど見たことないわよ」

「そうですわね。もっとも、艦内を私服で歩かれても部下の士気に問題がでますけど」

思わずタクトは苦笑した。それも、これがみんなの優しさだと、タクトは気づいていた。だからこそ・・・

「みんな・・・ごめん」

タクトの言葉に、ヴァニラが気遣うようにいたわった。

「タクトさん、それは・・・」

「いや、これだけは言わせて欲しい。ごめん。――――だけど、決めたから。俺は、俺の心のままに生きて、守ってみせるって。――――必ず、絶対に。」

その言葉にエンジェル隊全員が赤くなる。ミントにいたっては心を読んだのか、もう一つの耳まで赤くなっていた。

「・・・か、かっこいいじゃない、タクト」

「ホントだよ、いい表情(かお)だ。男らしいよ」

(でも、少し恥ずかしい・・・です)

もちろん、そう思ったのはちとせだけではないはずだ。

「見事に・・・開き直ってますわね」

「あはは、まあね」

ふと、誰かが足りない気がした。

「あれ?そういえば裕樹たちは?」

「裕樹はここにはいねぇよ」

と、正樹と彩と春菜がやって来る。酒が入ってるのか、少しだけ顔が赤い。

「タクトさん、裕樹さんに何か?」

「あ、いや、一言お礼が言いたくてさ。みんなに聞いてると一番協力してくれたみたいだし」

と、春菜は何かを探るようにタクトの顔を覗き込むように見つめた。

「・・・裕樹さんなら展望台公園にいますよ」

「ありがと。・・・ちょっとミルフィーと行ってくるよ」

「あ、もしよろしければ・・・私も」

「うん、ちとせも一緒に行こ!」

3人は早足に、ブリッジを出て行った。

「ん?どーしたんだい彩たち」

少しだけ顔を曇らしている3人にフォルテは気づいた。

「いえ、別に・・・。大丈夫かしらね?」

「知るかよ。ま、なるようになるだろ。――――もっとも、タクトみたいにはいかねぇだろーけど」

「そう・・・ですよね」

3人の会話が何を指しているのか、フォルテには分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕樹は一人で芝生の上に座っていた。ただ、ぼーっとするように。だが、その頭の中は複雑な思いではちきれそうだ。

どうしても見比べてしまう。自分と、タクトの存在を。

「お、いたいた。裕樹―っ!!」

と、考えていた当の本人がやって来た。ミルフィーユとちとせのおまけつきで。

「ああ・・・タクト、どうした?」

「いや、お礼を言いたくってさ。――――色々、ありがとな」

「ありがとうございます、裕樹さん!」

お似合いの二人に礼を言われ、裕樹は笑顔でかえした。

「それより、裕樹さんこんなところで何を?パーティーに参加しないのですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだ、ちとせ」

一瞬、辛そうな顔になる。無論、ちとせは見逃さなかった。

「そういえば、どうしてこんなに助けてくれたんですか?もちろん、いつもに比べてですけど」

「あ、それ俺も」

ミルフィーユの悪意のない問いが逆に辛い。だけど――――

「――――似てたから」

「え?」

「似てるんだ。タクトとミルフィーの二人が、昔の俺たちみたいで。・・・だから、かな」

「“たち”?・・・え?そうなると、裕樹さんって恋人・・・」

「ミルフィー先輩ッッ!!!!」

ちとせの叫び。それが何を意味したのか、タクトとミルフィーは瞬時に理解した。

「あ・・・」

そして、それが決して言ってはならない事だというのが、今頃になって理解できた。

言葉を失うミルフィーユに、裕樹は笑いかけた。

「いや、いいんだ。気にしないで」

少しだけホッとした。――――けど、

 

 

 

「・・・・・・守れなかった、俺のせいだしな・・・」

 

 

 

その言葉が、あまりにも悲しさに包まれていて。

その一言が、あまりにも哀しくて。

その顔が、今にも泣き出しそうに見えて。

 

 

 

誰も、何も言えなかった。

 

タクトには分かった。裕樹がそこまでしてくれて自分を助けようとした理由が。

それは、――――繰り返さないため。

かつての、裕樹のように。

 

裕樹自身、あの日のことは昨日のように思い出せる。

それは、裕樹の心の時間が、進んでいないことの裏づけだった。

 

あの日、いや、いつだって、雪が降っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・き、・・・・・・ゆうき・・・」

朝、心地よいまどろみから裕樹をひきずりだしたのは、聞きなれた可愛らしい声と、優しく自分を揺さぶる暖かい手の感触だった。

「もう・・・早く起・・・よ!もう・・・・・だよ!」

体を揺する力を共に強め、彼女は裕樹に起床を促した。が、裕樹にしてみればもっと彼女にかまってもらいたくて、目覚めを拒否し続けた。

「・・・あと、5分・・・」

「いー加減にしなさいっ!」

だらしのない言葉にしびれを切らし、彼女は強行手段に出た。

毛布を力ずくで引っぺがし、裕樹を布団から放り出した。

「起きなさい裕樹!朝ごはん冷めちゃうよ」

「・・・まだ眠いんだよ・・・」

「知らないよ、そんなこと。夜遅くまで本を読むからでしょ。夜更かしは寝坊の言い訳にはならないの」

彼女は、それはそれは胸を張って言い切った。

「・・・わかった。起きる」

裕樹は寝ぼけ眼をこすり、なんとか意識を目覚めさせようとした。

と、そんな自分に、彼女は顔を覗き込むように身を屈めた。赤みの強いピンクの長髪が、幻想的なほどに美しく見えた。

「・・・美奈?」

「おはよ、裕樹」

朝一番の満面の笑顔。やはり、裕樹も笑顔で応えた。

「おはよう、美奈」

言って、水樹美奈(みずき みな)は喜んだ顔をしてくれた。

裕樹はおもむろに、美奈の長髪に手を触れた。

「裕樹?どうしたの?」

まったく嫌な顔すらせず、当たり前のように気にしていなかった。

「ん・・・美奈の髪、今日も綺麗だなって」

「そりゃあ、女の子だからね」

もっともな意見を言いつつ、美奈はほんの少しだけ口を尖らせた。

「それにしても・・・」

「?」

「いつから、「可愛い」から「綺麗」になったのかなぁ・・・って」

「・・・気にするところなのか?そこ」

「わかってないなぁ、裕樹は」

しょうがないなぁ、といった顔で立ち上がり、手を差し出してきた。

その手をしっかりと握り、裕樹の一日が始まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、裕樹の日常だった。

解放戦争を勝ち抜き、何よりも先に美奈のところへ戻った。

高望みなんてしない。

ただ、美奈さえ側にいてくれれば。

 

特別なものなんていらない。

なにかに選ばれなくても構わない。

普通に。平凡に。けれども幸せに、ずっと――――

(俺は、ここで生きていく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのに。

なんでそれすら許してもらえないのか。

どうして。

なんで。

なぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――それは、お前が罪を犯したからだ。

――――――昔、気の遠くなるほど昔。

――――――お前は、あの時から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――死ねない存在になったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから。

そんなことで。

こんなことがあっていいと、許されるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろおぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!

裕樹は声の限りに絶叫した。まさに、大気が震えるほどに。

だが、奴は振り返らない。裕樹の存在を完全に黙殺したまま行動を実行し、――――そして、完遂した。

―――――裕樹の目の前で。

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

その様子を、裕樹は否応なく見せつけられた。愛しい少女が、その存在の全てが失うのを。

「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

何も出来なかった。少女を救い出すことはおろか、奴の行動を遅らせることさえも。

何もできず、何一つ成せずに。

一番、本当に大切なものを失った。

「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

手足は全て砕かれ、立ち上がることもできない。

自分に積もっていく雪の冷たさなど、感じることさえできない。

ただ、叫ぶことだけ。それだけだった。

「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

声の限りの絶叫。

喉が、壊れるほどの。

「・・・ジェ・・・ノス・・・」

かすれた声で、奴の名を呼ぶ。

「・・・美・・・奈・・・」

紡がれた言葉は、たった一言。

守りたくて、護れなかった少女。

そして、ほんの少しだけ、彼の記憶は消えた。

 

 

 

――――ただ、頭に単語が残った。

 

 

 

――――“天魂”、“罪罰”、と。

 

 

 

 

 

 

気づいた時には、自分たち以外誰もいなかった。

真っ白な白銀の世界に、二人だけ。

まだ、形ある少女を、裕樹は抱き寄せた。

すると、美奈が消え入るような声で言った。

「・・・ね、裕樹・・・。約束・・・」

「・・・?」

その名を呼ぼうとしても、声がでない。

「また、――――――、ね・・・」

聞き取れない。聞きなおそうにも、声が出てくれない。

「約束・・・だよ、裕樹・・・・・・」

「・・・まっ・・・」

やっと絞り出た声だが、その直後。

美奈が、塵に、粒子になり、大気に溶け込み、その存在が、――――――消えた。

「・・・・・・・・・ッッッッッッぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

今頃になって声が出る。

最後に、その名を呼んであげることすら、出来なかった。

「っっっうわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

あまりにも多くのものを与えてくれた美奈に、自分は何も返せなかった。

もう、返してやることすら出来ない。

「・・・・・・っっっっ美奈ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

今になって、ようやくその名を言えた。

だが、遅すぎた。もう、言ってあげることすら出来ないのだ。

いつか、自分がプレゼントしたペンダントに、雪が降り、涙のように溶け、流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、後になって、思い出した。

あの時、美奈はこう言ったのだ。

 

 

 

――――――また、会おうね・・・

 

 

 

だから、守る。約束だから。

美奈と交わした、最後の約束だから。

必ず、もう一度、なんとしても。

―――――また、会う。

だから、世界を駆け巡った。

方法を。

美奈を救う方法を求めて。

 

 

 

今も、これからも、ずっと。

 

 

 

必ず、もう一度。

あの笑顔を見るために。