第二十八章「やがて訪れる終幕のために」
ブリッジに集まったタクト、レスター、裕樹、美奈、春菜、正樹、彩は今後の動きについて相談し合っていた。
「・・・とまあ、俺たちは何度もリ・ガウスと交戦してはいるが、本部隊などとは一度も交戦しておらず、ほぼ防戦しか行ってないのが現状だ」
「そう思うと随分悲しくなるな」
レスターの説明にタクトが思わずため息をつく。もっとも、これまでの自分たちの激戦がたいして意味がないと思うと仕方ないのだが。
「戦力だけは増えてるんだけどな」
と、タクトは裕樹たちを見ながら付け加えた。
「つっても5機しか増えてねぇけどな」
「まぁ・・・強さが破格ですし・・・」
「ねぇ?」
正樹の言葉に思わずココとアルモが付け加えた。
「・・・だけど数に関しちゃリ・ガウスのほうが圧倒的だしな。まともにやっても勝ち目は薄いし・・・どうするかな?」
「・・・なぁ裕樹。なんか、解放戦争の時よか辛ぇよな。状況が」
「・・・だな。まぁ、あの時は、――――――」
「なあ、裕樹」
続きを話そうとした裕樹をタクトが遮った。
もっとも、裕樹は嫌な顔一つせずにタクトに振り向いた。
「ん?」
「その、解放戦争って・・・何?確かレスティで星治とサクヤも話してたよな」
いきなり話題を変えてしまうあたり、さすがとしか言いようがなかった。このタクトのいう人物については。―――もはや誰も気にしていないが。
「ん、――――――まぁ、5年前に起きたリ・ガウス内での戦争っていうか・・・内乱だな」
「内乱?戦争じゃなくて?」
「ああ、内乱。けど戦闘にIG使って戦ったもんだから大規模の戦闘になってさ、そんで戦争って呼ばれるようになったんだ」
「へぇ・・・」
考えてみれば、今のメンバーにめぐり合えたのも解放戦争がきっかけだった。
けど、本当はもっと普通に、友人として、知り合いたかった。
「ともかく・・・今は白き月に戻るしかないけど、まいったな」
「タクト?」
自分で話題を変えておきながら、自分で話を戻した。――――――もはや誰も気にしてないが。
「いや、リ・ガウスとの現状のことだよ。このままじゃジリ戦だ。そうなるとどーしてもこっちが不利になる」
「本星への侵攻軍はトラップ機雷や電磁反転フィールドなどでなんとか防いでるみたいだな」
レスターの説明に正樹は思わず関心した。
「へぇ・・・よっく防いでるな。・・・ま、せいぜいアスグ程度の戦力じゃねぇかと思うがね」
「十中八九そうですよ。リ・ガウスはトランスバールの防衛の柱がエルシオールだってわかってたから、こちらに主力をぶつけてあちらには牽制程度だって・・・軍でそう言ってませんでしたか?」
春菜は首をかしげながら正樹に問い正す。それだけで正樹を落ち込ませるには充分すぎるほどの破壊力を持っていた。
正樹のことなどさして気にもせず、彩も裕樹に持ちかける。
「でもさ、そういうことならこの艦にやって来る主力部隊を倒していけばいいんじゃない?」
「いや・・・物量的にこっちが不利だ」
全員が黙りこんでしまった。
「・・・ねえ、裕樹」
それまで一言も喋らなかった美奈が不意に袖をくいっ、と引っ張ってきた。
「どした?美奈」
「・・・あのね、戦わなきゃ・・・ダメなのかな?」
裕樹だけでなく、その場の全員が美奈の言葉の意味が理解できなかった。
「おいおいおい美奈!何言ってんだよ!?今更どうこうできるわけねぇだろ!」
「正樹」
正樹を制してから美奈に向き直る。正樹は納得した感じではなかったが、とりあえず置いておく。
「美奈・・・どういうことか説明してくれないか?」
「うん・・・あのね・・・・・・なにも、リ・ガウス全てを敵にしなくてもいいと思うの」
「・・・・・・?つまり、どういうことですか?」
いまいちよくわからないといった顔で春菜が首を傾げる。美奈はなんとか上手く伝えようと、一生懸命な表情で説明した。
「えっとね、つまり私たちが戦っているのって、リ・ガウス軍といっても大方は議会派の人たちでしょ?だから多分、大半の人たちは上手く丸め込まれてると思うの」
どこかたどたどしい美奈の言葉だったが、確信をついていた。
「あっ・・・そうか!!」
裕樹がいち早くその真意を理解した。
「わかる裕樹?つまり大軍に思えるけどその8割以上は議会派とは関係のない正規軍だから、それを除外すれば・・・」
「つまり民衆をこちらの味方につけて、議会派だけを孤立させるってわけか。確かにそれなら!!」
活路を見出し、喜ぶリ・ガウスの面子にレスターが難しい顔で待ったをかけた。
「だが、果たして本当にリ・ガウスの民衆は動いてくれるのか?第一、具体的に一体何をするつもりだ?」
優しい言葉を知らないこの男。だが春菜と彩は心配ない、といった顔で答えた。
「大丈夫ですよ。リ・ガウスの人たちはEDENの世界を知らないだけですから。一度納得してしまえば和平派に一気に加勢されるはずです!」
「それに、俺がEDENで調べた、惑星グランの攻撃がEDENではないことを付け加えれれば・・・!!」
「となると・・・・・・具体的にはEDEN側の人とリ・ガウス側の人との混合による演説がいいかと。そうですね・・・EDEN側はマイヤーズ司令が良いですね。こちら側は・・・達哉さんが妥当ですね」
用は名前の知れ渡っている人物が最適なのだろうが、彩の言葉に聞き慣れない人物の名前があがり、タクト、レスターは疑惑に思う。
「彩、その、タツヤって人は誰だい?」
「あ、すいません。こちらの解放戦争終結後、解放軍リーダー代理として人民をまとめてくれた人です。・・・・・・裕樹がリーダーから逃げたもんだから」
ハァ、と正樹、春菜、彩はわざとらしくため息をつき、ジト目でこちらを睨んできた。こうなると裕樹は苦笑するしかない。一応、悪いとは思っているからだ。
「う・・・し、仕方ないだろ!あの時は、約束があったんだから」
「なんだよ、その約束ってのは?」
初耳なのか正樹だけでなく彩と春菜までもが興味あり、といった顔になっている。
答えるしか道はなく、隣にいる美奈を見つめる。美奈も不思議そうに首を傾げ、見つめ返した。
「解放戦争が終わったら、真っ先に帰るって。・・・美奈と」
「あ・・・」
思い出したのか、美奈が嬉しそうな顔になり、ピトっと寄り添ってきた。
「約束、したもんな」
「うん」
普段は真面目なのに彼女のことになるとその全てが崩れ去る裕樹らしい理由は見事に3人を納得させてしまった。
この状況をタクトは笑って見ていたが、ふざけてられないレスターがため息をつきつつ、話を戻す。
「・・・用途はわかったが、リ・ガウス側は裕樹ではダメなのか?」
レスターとしては、まだ会ったことのない達哉という人物よりも信用のある裕樹にやってもらいたいのだが。
「裕樹は・・・『白き翼』としては名知られてますけど、顔までは知れ渡ってませんから。いきなり『白き翼』と言われてもすぐには信じてもらえないでしょう。確証もありませんし」
逃げるから。―――と、3人が綺麗にハモる。
「・・・しつこいな」
「だめよみんな。裕樹で遊んだら」
果たしてフォローになっているのかよくわからないフォローに裕樹はうなだれた。
「あ、あれ?どーしてそこで落ち込むの?」
「・・・・・・」
「え、えーっと、とりあえずそういうことです!動く時はレジスタンスと和平派にも連絡しますから!」
レスターがいつかのようにびきり、とこめかみに効果音をたてたのに気づき、あわてて春菜がまとめに入った。
「・・・じゃあ、今回はこれでお開きかな」
タクトが立ち上がりながら伸びをして、全員が解散のムードに包まれた。――――――それを裕樹が引きとめた。
「待ってくれ。・・・正樹、彩、春菜、少しいいか?」
「?なんだよ裕樹」
「大事な話?」
彩の言葉に無言で頷き、そのまま美奈を見つめる。
それが、美奈に関する話だと気づくのに、時間はかからなかった。
「・・・わかりました。行きましょう」
タクトやレスターも、むやみに関わるべきではないと、彼らだけにしてあげた。
その後、展望台公園に、裕樹たち5人が集まった。
「・・・まず結論から聞かせてくれ。・・・美奈、どうやって再生したんだ?」
今までは、あえて聞かなかった。
美奈がいるだけで、幸せを実感できたから。
けれど、このままでいいわけがない。
今、自分たちは動く時なのだ。
「・・・ジェノス。あの人に再生させられたの。それも、わずか半年後に。――――――今から思うと、あのことは裕樹の目を逸らすために行ったものだと思うの」
「やっぱり、そうなのか・・・」
納得する裕樹と美奈だが、直接目撃したわけではない正樹、彩、春菜は困惑した表情になる。
「ちょっと待ってくれ裕樹。そもそも・・・なんで美奈は消滅したんだ?」
「その辺りから説明して欲しいわね」
考えてみれば説明、それもおおまかにしたのは春菜だけだった。
美奈の視線が、―――そうなの?――――と訴えており、苦笑するしかなかった。
仕方なかった。
あの時は、それこそ感情の大半が凍結していて、そんなことにまで気がまわらなかったのだ。
正樹と彩の要望に答え、一から説明することにする。
「えーっと・・・解放戦争が終わってから、俺と美奈が二人で暮らしてたのは知ってるよな?」
「ええ、もちろん」
「シャレたパン屋やってたな」
「ああ。・・・・・・で、俺が19の時だっけ・・・。・・・いきなりジェノスが現れて美奈を消滅させやがったんだ」
「「・・・・・・は?」」
なにか、過程を一気に省略して結論を言われた気がする。
だが、裕樹と美奈の顔を嘘を言っているようには見えない。本当にいきなりだったのだろう。
「・・・何で?そうした理由は?」
「・・・わからない。俺はその時、何か、“力”を暴走させただけだから」
「・・・あのね、裕樹」
それまで押し黙っていた美奈が不意に口を開けた。
「その、ジェノスに再生された後、ジェノスが何か・・・“聖刻”がどうとか、言ってた・・・」
「聖刻?」
聞き慣れない単語に、春菜が目を丸くする。
「何ですか?聖刻って」
「うーん・・・私もよくは・・・」
「何なのかしら」
「なんかの紋章とか、そういう飾りみたいなモンだろ」
「・・・・・・・・・違う」
楽観的な正樹の言葉を、ひどく不思議な様子の裕樹が答えた。
知らないのに。
知らないはずの言葉なのに。
何故か、その意味を知っている。
――――――何故?
「聖刻は・・・神の力の、化身・・・力を繋ぐ、門。・・・・・・それこそ、世界と同化するほどの」
「・・・裕樹?どうしたの?」
心配なった美奈が裕樹を揺さぶると、裕樹は我に返った。
「・・・あれ・・・。俺・・・?」
「・・・大丈夫?」
「・・・ああ」
よくはわからないが、先ほどの感覚はひどく気持ち悪かった。
「・・・とにかく、そのジェノスがリ・ガウスの議会派にいるのは確かなんだ。なら、ヤツを倒さないといけない・・・」
「・・・だな。そんな危ねぇヤツ、野放しには出来ねぇよ」
「私も同感。そいつを倒すのが、私たちの最終目標・・・ってことでいいのね?」
「ああ」
「なら、頑張りましょう。それに向けて」
「うん・・・みんな、ありがとね。私たちのせいで、巻き込んで・・・」
今更、といった風に、3人は笑ってくれた。
そんな彼らに感謝しつつ、裕樹と美奈も決意を固めた。
「・・・よもや、彼女まで失うとはな・・・」
自らのデスクに座りながら、ジェノスは珍しく苦々しい表情になる。
タクトとウイングバスター・パラディンだけでなく、美奈とヴァナディースまで失ったのだ。
特に彼女、美奈に関しては再生した時に記憶が削除されていると思っていた。
だが、結局のところ、最初から最後まで彼女に騙されていたということなのだ。
「やってくれる・・・。しかし・・・偶然か?」
そう、再び彼等は、朝倉裕樹の元に集まった。――――――偶然を必然に変えてまでも。
「・・・やはり、彼らの『聖刻』の作用とでも言うべきか」
朝倉裕樹。
水樹美奈。
タクト・マイヤーズ。
ミルフィーユ・桜葉。
「・・・もう一度、1000年前の再現となるか。何せ、朝倉裕樹の聖刻は・・・」
――――――世界の罪人の証、そのものなのだから。