第二十九章「明かされた真実の姉妹」
裕樹と美奈は、その後、二人に割り当てられた部屋に戻ってきていた。
今、自分たちに出来ることはほとんどない。なら、ゆっくり休んでもいいはずだ。
裕樹は大きく伸びをしながら、キッチンに向かい、ポットにお湯を注ぐ。
「美奈、紅茶飲む?」
「・・・・・・」
呼びかけたが返事がなく、ベッドに腰掛けていた。どうも、落ち込んでるわけではなさそうだが。
「・・・美奈?」
「えっ!?あ、ごめん。聞いてなかった・・・。何?」
「いや、紅茶飲むか?」
「あ、うん欲しい。それと・・・」
「ミルクティー、だろ?わかってる」
嬉しそうな笑顔を向けてくれる。
裕樹は紅茶をテキパキと入れ、ミルクティーを作り、二人分持って美奈の隣に座った。
「はいよ」
「ありがと」
二人でのんびりとミルクティーを味わう。のどかな時間だったが、
「・・・ねえ裕樹」
美奈が沈黙を破った。
「何も・・・聞かないの?」
当然、さっきのちょっとしたやり取りのことだ。
「・・・話したくないなら、無理して聞かない。話してくれるなら、ちゃんと聞くけど」
「・・・ありがと、裕樹」
この、お互いを完全に信頼している絆が、たまらなく嬉しかった。
だから、美奈は話してくれた。
「あのね、裕樹。・・・これ、見て」
「・・・写真・・・?」
渡された写真に写る人物は、見たことがないひとだった。
中央に女性がいて、その女性が二人の女の子を抱きしめている。二人の女の子は、赤ん坊だ。
「・・・・・・?」
と、何か違和感に近いものを感じる。―――――この写真の人物を、知っている・・・?
「・・・この、左にいる女の子って・・・美奈か?」
「やっぱりわかるんだ。・・・ちょっと嬉しいかな」
少し照れたような顔になる。まぁ、誰よりも早く分かったのだから、美奈の気持ちもわからなくもない。
「・・・ってことは、この人は・・・奈緒子さん、だよな?」
本名、水樹奈緒子。
美奈の母親であり、自分を美奈と同じくらい可愛がってくれた、恩人でもある。
――――――早い話が、この3人は家族なのだ。
けれど、裕樹が水樹家に拾われた時には美奈しかいなかった。
だから、この右に写っている女の子は・・・?
「美奈・・・この子は、誰?」
「・・・妹」
「え?」
「私・・・妹がいたらしいの」
「・・・らしい?」
どこか不安になったのか、美奈は体ごとこちらに預けるようにもたれかかってきた。裕樹もそれを受け入れ、美奈をそっと抱き寄せた。
こんな時になんだが、手に触れる美奈のロングヘアーがこれ以上なく、心地よかった。
「らしいって・・・憶えてないのか?」
「だって、この頃って私まだ2歳になる前だったんだよ?憶えてるわけないよ・・・」
「そう、だよな・・・」
ふと、何気なく写真を裏返すと、二つの名前が書かれていた。
――――――美奈、日奈(ひな)、と――――――
やはり聞き覚えがなかった。なのに、どこか、会った記憶があるような気がした。
「わからないかな?」
美奈のこの言葉。つまり、会ったことがあるのだと言いたいのだろうか。
「・・・ちょっと待って」
イメージを膨らましていく。
この、眩しいくらいに可愛らしい笑顔。このピンクの髪。
(・・・・・・髪・・・?)
髪の長さを変えつつイメージを膨らませていくと、段々とピースが埋まってきた。
(・・・まさか・・・?)
可能性の一環として、あの花のカチューシャをつけてみた。
――――――そしたら、それは見事に彼女になった。
「・・・ミルフィー!?」
「うん・・・私も驚いた」
驚いたとかそんなレベルの話ではない。
ミルフィーユはEDENの世界の人間ではなく、リ・ガウスの人間なのか?
いや、そもそもどうやってミルフィーユはEDENの世界に渡ってしまったのか?
それに、この写真が真実なら、美奈とミルフィーユは姉妹ということになる。
頭が混乱する。何が真実なのか、まったく繋がってくれない。
「え・・・え・・・?」
答えを求める思考を、一度大きく落ち着かせた。
「・・・美奈、どうしてこの写真を、――――――いや、どうして今になって見せるんだ?」
これが美奈の所有物なら、もっと昔に相談してくれてもよかったはずだ。
怒りはしないが、どこか疎外感を感じてしまう。
「違うの裕樹。この写真、ジェノスが持ってたんだよ?」
「なっ、ジェノスが!?・・・どういうことなんだ?」
「わかんない。・・・私がヴァナディースに乗る直前に盗ってきたんだけど」
「・・・・・・」
「・・・どうしよう」
位置的に上目使いでこちらに体を預けながら見つめてくる美奈を、裕樹はキュッと抱き寄せた。
「裕樹・・・?」
まったく抵抗せずに、美奈は体を預けてきた。
そんな美奈に、裕樹は髪を優しく撫で続けた。
「ん・・・」
不安がっていたのが嘘のように消え、安心したような気持ちになってくれているのが、こちらにも伝わってきた。
「・・・美奈」
「なに?」
「このこと・・・ミルフィーは知ってるのか?」
「・・・多分、知らないと思う」
ならば決まりだ。答えは見つからないかもしれない。けど、それでも知らせなければ。
何故か、本能がそう告げていた。
「ミルフィーに話そう。何もわからなくても、教えないと」
「・・・うん、わかった」
頷く美奈を抱きしめながら、裕樹はクロノ・クリスタルを繋げた。
数分後、部屋にはミルフィーユだけでなく、タクトもついてきた。
丁度いいと思い、裕樹は写真を見せ、事の事情を掻い摘んで説明した。
「え・・・何、ですか、これ・・・」
写真と美奈を交互に見ながら、ミルフィーユは驚きを隠せずにいた。
「・・・どういうことなんだ?裕樹」
「俺だってわからない。ただ、この写真は真実なんだと思う」
「じゃあ・・・ミルフィーは、美奈の・・・妹・・・?」
無言でタクトに頷いた。
タクトも、思わず二人を見比べる。
そう言われると、似てないこともない。――――――けれど、
――――――どうして、彼女たちははぐれてしまったのだろう?
と、それまで静かだったミルフィーユが、いつもの笑顔を向けた。
「えーっと、これから美奈さんのこと、姉さんって呼んだほうがいいですか?」
あっさりと受け入れるその順応の早さに、裕樹、美奈、タクトは固まってしまった。
「あれ?どうしたんですか?」
「いや・・・順応早いなって」
「だって、これが本当なら仕方ないじゃないですか。なら前向きに受け止めないと!」
いつものミルフィーユらしい、ポジティブな考え方だ。
――――――だけど。
「ミルフィー」
美奈が、いつものようではなく、家族に対して向けるような、優しい口調で話しかけた。
「美奈さ・・・ええっと、姉、さん?」
「ミルフィーは、ミルフィーだからね」
「え・・・?」
まるで、ミルフィーユの心を読み取っているかのように、美奈は優しく続けた。
「確かに、あなたは水樹日奈かもしれない。――――――けれど、あなたは桜葉家で育った、ミルフィーユ・桜葉でしょ?だから、ミルフィーは、ミルフィーでいいのよ。・・・・・・無理に、日奈に戻る必要なんてないんだから」
「・・・・・・っ!」
ミルフィーユは、美奈の顔を見ることもせず、裕樹と美奈の部屋を飛び出していった。
「あ、ミルフィー!?」
咄嗟に反応出来なかったタクトが、どうしていいのかわからず硬直する。
「・・・タクトさん、後は、お願いします」
「え・・・美奈?」
「今の彼女は、ミルフィーユだから。・・・だから、後は、タクトさんが・・・」
何かを必死に我慢しながら、顔を背けて美奈は告げた。
一瞬の躊躇の後、タクトは走り出した。
「わかった!後は任せてくれ!」
言い終わる前に、タクトは部屋を飛び出していった。
部屋に残された裕樹と美奈は、二人とも無言だったが、裕樹が沈黙を破った。
「・・・美奈」
返事をしてくれない。
けど、何も言わない。
美奈の気持ちが、わかるから。
だから。
今は、自分が美奈を支えてあげないと。
「よく、頑張ったな」
その一言で、美奈の張り詰めていた緊張は崩れ、裕樹に抱きつきながら美奈は泣いた。
「う、あ・・・ああ・・・・あああ・・・」
そう、美奈はずっと昔に、自分に妹がいると知っていたのだ。
けれど、いなくて、二度と会えないと思っていたのだ。
そうして、ようやく再会した姉妹は、――――――お互いの手で、姉妹であることを放棄した。
むせび泣く美奈を、裕樹は優しく抱きしめた。
「あそこで、ミルフィーの提案を受け入れてたら、ミルフィーの今までの人生が、意味を失くしちゃうもんな」
美奈は無言で頷いた。
「だから、ああしたんだろ?姉として、妹の幸せを望んだから」
無言で、頷いた。
「・・・美奈は偉いよ。妹の幸せを願って、自分の甘えを、我慢したんだから」
泣きながら、頷いた。
「だから、な。・・・我慢しなくて、いいんだよ」
そんな、そんな優しい言葉をかけてくれるのだから。
美奈は、我慢するのをやめた。
「うあ・・・うあああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」
裕樹は、何も言わず、ただ、優しく、美奈を抱きしめていた。
「・・・辛いよな。やっと、見つけた、やっと会えた、妹なのにな」
「う、ん・・・っっ!でも・・・で、も・・・!!あの娘、は・・・!!」
「うん、そうだな。あの娘の、ためだもんな」
「・・・ううっ・・・!・・・うぅっ・・・!!」
ミルフィーユのために、美奈は、残されていた、たった一人の家族を。
――――――手放したのだ。
「でもさ、美奈。・・・俺がついてるから。俺だと、不満かもしれないけど、俺でよければ、ずっと・・・美奈の側にいるから、な?」
「ううん・・・!!不満なわけない・・・!!」
もう、泣くことを我慢する必要はなかった。
「裕樹・・・お願いだから・・・ずっと、そばにいて。私を、一人にしないで・・・お願い・・・」
「うん、もう一度、約束だ。俺は、ずっと美奈のそばにいるよ。絶対に、美奈を一人になんてさせない」
「うん・・・ありがと・・・・・・。裕樹・・・ありがと・・・」
自分の腕の中で泣き続ける少女を、裕樹はずっと抱きしめていた。
美奈が泣き止むまで。
美奈が、笑えるようになるまで。
美奈が、ミルフィーユの前でも、強く笑えるようになるまで。
裕樹は、美奈を抱きしめていた。
「はぁ・・・はぁ・・・、・・・ミルフィー・・・」
タクトがようやくミルフィーユに追いつき、捕まえたのは、クジラルームの砂浜だった。
時間が時間なだけに、今は誰もいない。
「・・・・・・タクト、さん」
ミルフィーユは振り返らず、背を向けたまま、話した。
「私・・・あの写真の、女の人・・・懐かしいって思ったんです」
「・・・うん」
「だから、私は、本当に、美奈さんの妹だと思うんです」
「・・・うん」
「・・・でも」
ミルフィーユはその場で振り返った。
瞳に、涙を溜めて。
「でも!私には家族がいるんです!!お父さんだって、お母さんだって、妹だっているんです!!・・・私に、桜葉家の家族を捨てるなんて、できるわけありません・・・っっ!!」
「・・・それで、いいんじゃないか?」
タクトはいつものように、優しい、頼れるような顔で答えた。
「ミルフィーは、桜葉家で育った、ミルフィーユ・桜葉なんだろ?だったら、それは嘘なんかじゃない。血は繋がっていないかもしれないけど、けれど、ミルフィーの家族は、桜葉家の人たちだよ。それは・・・紛れもない事実だ」
「あ・・・・・・」
「だから、ミルフィーはミルフィーでいいんだよ。・・・俺も、ミルフィーでいて欲しいから」
そんな、自分を包み込んでくれるような笑顔をしてくれるのだから。
ミルフィーユは、タクトに抱きついて、泣いた。
「・・・う・・・ううぅ・・・・・・うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
タクトは、ずっと笑顔のままで、ミルフィーユを抱きしめ返した。
泣いてるミルフィーユを笑顔にするのは、自分の役目だから。
「・・・けれどっ!私、美奈さんを傷つけたかもしれない・・・!!ずっと、探していてくれたのかもしれないのに、差し出してくれた手を、見捨ててしまった・・・!!」
「・・・・・・」
「たった一人の、本当の家族かもしれない人を・・・っ!!」
「・・・ミルフィー」
自らを卑下してしまうミルフィーユを、タクトが優しく諭す。
「それも・・・否定しなくていいんだよ」
「え・・・?」
すがるような瞳が、向けられた。
「ミルフィーは、ミルフィーユ・桜葉だ。これは、紛れも泣く事実だ。けれど、美奈の妹ってことも、事実なんだ。――――――だから、どっちも否定しなくていい。ミルフィーはミルフィーで、美奈の妹なんだから」
「・・・・・・タクト、さん・・・」
「だから、そんなに苦しまなくていいんだよ、ミルフィー。・・・・・・いつか、必ず、名前が違っていても、姉妹として笑い合える時が、必ずくるから」
どうして、この人の言葉はこんなにも強いのだろう。
この人の思いに、見とれてしまうほどに。
「は、い・・・はい・・・!!」
「だからさ、ミルフィー。今は泣いてもいい。今は、俺がついてるから。だから・・・」
――――――だから、笑って、ミルフィー。
「はい、タクトさん・・・・・・」
だから、今だけは甘えよう。
この人の胸の温もりに。
だから、今だけは泣こう。
笑うために。
いつか、家族として向き合って。
強く、笑い合えるように。
例え、名前が違っていても。
例え、願いが違っていても。
例え、想いが違っていても。
――――――彼女たちは、家族に他ならない。
心の中で、お互いを想っているのだから。
今は、違う道を歩み、離れていても。
いつか、姉妹に戻れる日が、きっと。
――――――願わくば、二人の家族に安らかなる時間を。
――――――いつか、二人が。
――――――強く、笑っていけるために。