第三十章「最後の聖戦者」
数日後、ようやく白き月へ到着したエルシオールは、やるべきことの多さにクルー全員が大忙しだった。
まずは修理及び補給。
更に春菜や彩のアイデアで開発が完了していた、アルカナム・ラッキースター以外の紋章機の強化パーツと追加武装の取り付け作業が行われていた。当然、ミルフィーユ以外のパイロットは機体データなどの調整作業が要求されるため、自分の機体に付きっきりである。
更に、春菜と彩がヴァナディースの「ホーリィ・シリンダー」のデータを流用させて、グランディウス用に「エーテル・シリンダー」を完成、追加装備させたので、正樹も機体整備に追われていた。
なにせこのシリンダー兵器は、セフィラムが異常に多い、裕樹や美奈ならともかく、それ以外の人物には連射ができない。強力なのだが、扱いが非常に難しいとされる。
一方、それに該当しないタクトやレスター、裕樹と美奈も、リ・ガウスのレジスタンスと協力体制になったことや、先日提案された合同演説について、シヴァ、ノア、シャトヤーン、ルフトと連日、話し合いを続けている。
この中で、唯一やることがないミルフィーユは、食事係に回り、全員の食事時間を至福の時間にしていた。
そして、白き月に到着して四日後のことである。
「裕樹と美奈をレスティに行かせる?」
白き月の謁見場で、シヴァ、シャトヤーン、ルフト、タクト、レスター、裕樹、そして美奈を前に、春菜は簡潔に結論だけを述べた。
「はい、それが作戦のためでもありますし、裕樹さん専用のIGが完成したからでもあります」
「裕樹・・・専用?」
「はい。今まで裕樹さんが乗ってきたIGって、誰にでも乗れる機体で、個人専用機ではないんですよ」
例として、美奈のヴァナディースや正樹のグランディウスがあげられる。パイロット個人の操作、早い話が、操縦のクセを機体に適応させているので、抜群の扱いやすさを誇るのである。タクトは例外で、EDENの力の恩恵による、適応力のおかげで、どんな機体にも自分から適応させてしまう。
基本的に裕樹が今まで乗ってきたIGだが、ウイングバスターは春菜が機動性を追及して開発させたものであり、ゼロバスターは元々、誰かがのるように開発されたのではない。とどのつまり、裕樹が自分の操縦に適応させた専用機に乗ったことがないのだ。
「じゃあ、そいつが完成したんだな!?」
「はい。その機体と美奈さんのヴァナディースの二機さえいれば、もう敵なしですね」
自信満々に答えるあたり、春菜も納得のいく出来だったのだろう。
「それで音無。作戦、と言ったが、どのようなものなのだ?」
シヴァは、いつものように悠然とした態度である。遠目に見ても、女皇らしい。
「はい。実はレジスタンスからの情報なのですが、およそ一週間後にリ・ガウスの本部隊がトランスバールに進行してきます」
「なっ・・・!?」
「なんじゃとっ!?」
「なら、すぐにでも防衛ラインを張り、防戦を、――――――」
とまぁ、真面目なシヴァ、ルフト、レスターの反応を見ながら、タクトはその悪知恵の才能を発揮させた。
「なるほど!その隙にリ・ガウスの演説する所に行けばいいんだな?」
「「「・・・えっ?」」」
「さすがタクトさん、冴えてますね。その通りです」
「この場合、悪知恵って言わないか?」
「むむっ、裕樹も言うようになったな」
「あははっ、タクトさん凄い変な顔してますよ」
「・・・美奈まで」
意気揚々とするメンバーとただ固まっているメンバー。気楽派と真面目派の境目でもある。
「む、むう・・・そなたたちの考えることはいつも突拍子なものだな」
「いいではないですか、シヴァ陛下。私も、春菜さんの案には賛成です」
シャトヤーンのお墨つきだ。これでこの作戦は決定したも同然である。
レスターは観念したようだ。ルフトは、楽しそうに笑顔を向けている。
「まあ要約しますと、本部隊が攻めている隙に手薄になっているリ・ガウスの演説会場。・・・後で説明しますけど、場所は解放戦争の中心地、惑星アークトゥルスですね。そこへ向かって演説して頂きます。軍もいないことも影響してきっと上手くいくはずです」
「だが、それではトランスバールの守りはどうする?本部隊なのだから数も相当なものだろう?」
「けどまぁ、精鋭部隊はあんまり多くはないだろうけど」
裕樹の言葉が、トランスバールの面々を一瞬、固まらせた。
「・・・裕樹、なんでさ?」
「やつらの攻め方だよ。精鋭部隊ってのはトドメの時に出撃するのが向こうじゃ当たり前なんだ。だから精鋭部隊はリ・ガウスに残ってるだろうな」
「・・・でも裕樹。そうだと演説してる時にその精鋭部隊に襲われない?」
美奈の言葉に裕樹は頷く。
もっともな話だ。
だからこそ、その精鋭部隊を凌駕する力が必要がある。
「だから、俺と美奈に単独行動をとれっていうんだろ?春菜は」
「はい。その方が機体も取りに行けて一石二鳥じゃないですか」
だが、それでも敵の戦力は未知数である。
だからこそ、こちらも精鋭部隊を分散させなければならない。
「メンバーをどうするかな・・・」
「タクト。この者たちのことはお主がよく知っているであろう。お主の判断に任せるぞ」
わかっているのにルフトが余計なプレッシャーを与えてくれる。
タクトは難しい顔をしながら、余計に考え込んでしまった。
(・・・ね、裕樹)
(ん?)
(助けてあげたら?タクトさん、かなり困ってるよ?)
(・・・まぁ、別にいいけど)
(はい、いってらっしゃい♪)
美奈もこう言っているのだ。仕方ないから手伝おう。
「タクト、よければ一緒に考えようか?」
「裕樹・・・ありがと」
どこか涙目に見えてしまうタクトがかなり面白かった。
数分後、裕樹の助けのおかげか、メンバーはあっさりと決まった。
「まず、リ・ガウスに渡るメンバーですが、これから向かう裕樹、美奈、演説する私は確定として、対少数の戦闘が予想されますので、エンジェル隊はミルフィーとランファで。一応、リ・ガウスのレジスタンスも協力してくれるという話ですので、戦力的に問題ないかと」
フムフムと納得するようにシヴァやルフトが頷く。――――――どっちにしろ、反対されるわけではないのだから、そこまで顔色を気にしなくてもいいと思うのだが。
「それで、トランスバールの防衛にまわるのが、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせ、レスター、正樹です。全体の指揮はルフト先生と、レスターに任せようと思います」
その文句の言えないような内容に、レスターがふと疑問を見出す。
「タクト。どちらかといえば、ちとせをリ・ガウスのメンバーに加えたほうがよくないのか?強化されたら充分にタイマンで戦っていける戦闘力があるだろ」
「いや、ちとせにはこっちに残ってもらったほうがいいよ」
有無を言わさず、タクトが即答する。が、すぐさま説明を要求している視線が浴びせられる。
タクトは観念したように説明した。
「ちとせの新機体の新必殺技をアテにしてるからだよ」
「シャープシューターの、新必殺技?」
「ああ、新必殺技『イグザクト・ペネトレイト』。あれなら待ち伏せにもってこいだし、上手くいけば敵戦力を一気に半減させられるかもしれない」
「なっ・・・半減、だと・・・!?」
驚愕するレスターに、今度は裕樹が頷き返す。
「ああ。なにせ、“視認出来ないほどの早さで、超遠距離から直線状の全てを貫通する弾丸”なら相手だって手の出しようがないだろ」
これだけでも凄いのに、更に裕樹と美奈と春菜が凄まじいことまでぬかしてくれた。
「でも、本当はもっと凄い技も考えてたんだよね」
「ああ。けど今はその技術と理論を考えてる暇ないし。第一、それをもし本当に実現できたら、」
次の言葉が、やけに謁見場に響いた気がする。
――――――シャープシューターに勝てる機体なんて、いなくなるだろ。
――――――相手のパイロットの腕前は関係ないですからね。
「・・・どういうことなんだ、裕樹・・・」
レスターが震えながらその場の全員の代表として裕樹に尋ねてみる。
「え?いや、単純にいえば因果律を覆す兵器になるから」
「因果律を・・・覆す?」
「ああ。相対性理論って知ってるか?単純に、光の速度を越える速度で移動したら過去に時間逆行するってやつ。まぁとどのつまり、光の速さ以上の速度で弾丸を発射するだろ?そしたらその弾丸は理論上、過去へいくわけだ。――――――つまり、そうなると、ちとせは狙った機体の過去に弾丸を当てようとしてるんだ。撃った時点で、過去の機体に直撃してるんだから、どうあっても今時点で回避することなんて不可能だろ。過去ですでに直撃したことになってるんだから」
つまり、撃った時点で直撃することが確定され、直撃したという結果が後からついて来るというわけである。
あまりにも常識を覆す、最強っぷりにシヴァやシャトヤーンまでもが硬直した。
「ゆ・・・裕樹。それって・・・完成してるのか?」
レスターがなんとか口を動かした。
「だから、そんな時間ないって言ってるだろ。今のシャープシューターには、視認できない速さで全てを貫く弾丸を発射する技しかつけれなかったって」
それでも充分反則的だとは、言わないでおいた。
「ゴ、ゴホン!――――――話を戻そう。マイヤーズ、今の人選で問題ない。各メンバーに知らせておくのと、敵軍を誘い込むような陣形、作戦を考えておいてくれ。ルフトやクールダラスも、共に頼む」
「御意」
「わかりました」
「では私からも。――――――裕樹さん、美奈さん。レスティ、というところに向かう時は、充分に気をつけてくださいね」
シャトヤーンが、それこそ心の底から心配そうに言ってくれた。だから、二人とも誠心誠意を込めて返事をした。
「はい。気をつけていきます」
「無理はしませんから」
そんな二人に、シャトヤーンは優しい微笑みを向けてくれた。
さて、今後に向けてのやるべきことも決まった。ならば、それに向けて頑張るしかない。
裕樹たちは、一度礼をしてから謁見場を後にした。
「レスティに・・・戻る!?二人だけでか!?」
その後、最速で準備をし終え、いざレスティに出発するというところで、正樹たちとエンジェル隊に格納庫で事情を説明した。当然、いきなりでみんなびびっている。
「ああ。相手を牽制させるのと、俺専用の機体を取りに行くってことで」
「私もヴァナディースに乗って行きますよ」
春菜が随分ワクワクしながら楽しそうに続けた。
「けど春菜。一応パイロットスーツは着てね?」
「わかってますよ、美奈さん」
勝手な勢いで話が進んでいる。もはや誰もが何を言っても無駄だと理解した。
「そうか・・・。まあ、一応気をつけて行けよ、裕樹、美奈」
「ああ。また作戦が始まった時にな」
「正樹も頑張ってね」
三人が別れの挨拶をしたのを合図に、他のメンバーも押し寄せてきた。
「ちゃんと美奈を守りなさいよ、裕樹」
「しっかりとエスコートしてあげてくださいませ」
「ま、気をつけるんだよ」
「どうか、ご無事で・・・」
「裕樹さん、美奈さん。二人ともお気をつけて」
と、一番最後にミルフィーユが、二人の側によってきた。
なんだか、随分と決意のこもった目をしている気がする。
そして、ミルフィーユはそっと耳うちした。
「え、えっと・・・・・・気を、つけてね?・・・ね、姉さん」
「えっ・・・?」
言われた事が、すぐに理解出来なかった。
――――――今、美奈を姉と・・・?
「その、タクトさんが教えてくれました。――――――私はミルフィーだけど、美奈さんの妹には違いないって・・・」
「・・・ミルフィー」
「だから、その・・・駄目、ですか・・・?」
ミルフィーユは、名前は違うが、それでも家族だと、姉妹なんだと言いたいのだ。
そんなこと、言われなくても美奈の返事は決まっている。
「・・・うん、いいよ。私たち、姉妹なんだよね?」
「・・・うん!」
元気に、二人が微笑んだ。
今はまだ、ぎこちなさが残るけど。
いつか、きっと。
――――――強く、笑い合える日が、必ず。
「けど、みんなの前だと恥ずかしいから、裕樹さんとタクトさん以外の前では、今まで通りでお願いします!!」
なんて見事な切り替えし。もう、笑うしかない。
「じゃあ、4人だけの秘密ね」
笑顔満開で頷く。
やはり、彼女はこうでなくては。
「裕樹さん。姉さんを、お願いします」
「言われなくても任せくれ」
ニカッと笑って、美奈を抱き寄せる。
これ以上ない、態度で証明してくれた。
「朝倉裕樹、ゼロバスター、行くぞ!」
「水樹美奈、ヴァナディース、行きます!」
威勢のいい掛け声と共に、裕樹と美奈は一足先にリ・ガウスへ向かっていった。
発進していった二機を、エンジェル隊たちはモニターで見送っていた。
「行ってしまいましたわね」
「そーだな」
「あら正樹、寂しい?」
ランファが小悪魔的な表情でこちらに寄ってくる。見ればフォルテもニヤニヤしていた。
「今の返事でどうなったらそういう考えになるんだ?」
「え〜、だって正樹って一途な感じがするし・・・」
「・・・どの辺が?」
さすがに見かねたのか、ちとせが助けに入ってきた。
「も、もうその辺で・・・正樹さん、困ってますし」
「いや、別に困っちゃいないけどよ、突拍子な事を聞くなぁって」
「え!?じゃあ他にも聞きたいことあるんだけど!!」
都合のいい方に勘違いし、話を勝手に進めていく。
正樹は、すでに諦めに近い考えを持っているのだ。
ヴァニラと、ちとせ以外のエンジェル隊は、止めることなど不可能だと。
彼女たちが飽きる、もしくは満足するまで付き合うしかない。
「ねえねえ正樹!彩さんとはどういう関係なの!?」
「幼馴染」
期待に膨らむ内容を正樹は一言で終了させた。
あまりにもストレート、それでいて動揺のかけらもない顔は、ランファをしばらく笑顔のままで硬直させた。
やがて、それはそれは不満そうな顔で睨んでくれる。
「え〜、つまんな〜い」
「面白くないねぇ・・・」
「そんなの個人の勝手だろ。・・・そりゃあ、彩は口は悪いけどいいヤツだけど、そういう風に見たことねぇなぁ」
「あ、彩さんが聞かれたら、怒りませんこと?」
「それこそないって。なんなら聞いてみろよ」
「よーし!なら今すぐ聞きに行ってやろうじゃない!!」
よくはわからないが、相当暇なんだろうか。ランファは即効で、走り去っていった。
「・・・嵐みたいだな」
「お、正樹。上手い表現使うね」
「フォルテ先輩・・・」
5分後、ランファがそれはそれはガッカリしたような顔で、帰ってきた。
「ランファさん、首尾は・・・・・・わかりましたわ」
ミントがテレパスすら使わずにその内容を理解した。
「言ったろ?」
「・・・〜〜〜っっっ!!!なんでそうなのよっっ!!!!」
なんでこんなに理不尽は怒りを受けているんだろうと、正樹はポツリと思った。
「実際、どうだったんだい?」
「それがですねえ・・・!!」
『え、正樹をどう思ってるかって?幼馴染、ですよ?』
『えと、そういうんじゃなくて、恋愛対象として・・・』
『え?正樹を?恋愛対象?・・・・・・新手の漫才ですか?』
「あの、清々しいまでに当たり前のように話てるのを聞いてるともう・・・」
「あ、彩さんは真面目な方ですから・・・」
「なんの面白みもありませんわね」
「うーん、候補外か・・・」
好き勝手に暴走していく彼女たちは、人によってはそれこそ面白く見えるだろう。
(・・・裕樹。お前、よくこんな奴らと付き合っていけたな・・・)
正樹は一人、心の中で思った。――――――当然、セフィラムで、ミントのテレパスを妨害しつつ。
そんな中、蚊帳の外にいたミルフィーユは、まだ、裕樹と美奈の飛んで行った方向を見ていた。
「・・・・・・」
「・・・ミルフィーさん・・・?」
「あ、ヴァニラ」
少し放心していたので、側に来るまで気配に気づかなかった。
「・・・顔が少し赤いです・・・。体調に問題が?」
「え!?あ、ううん、大丈夫。少し、嬉しかっただけだから」
「・・・・・・?」
「ありがとうね、ヴァニラ」
「・・・はい・・・」
ヴァニラは不思議そうにしながらも、納得してくれた。
(・・・・・・美奈、姉、さん・・・か)
少しだけ、先ほどの会話を思い出していた。
この、胸を満たす心地よい感情は、一体なんなのだろう。
(・・・あれ?でもそうなると、いつか、裕樹さんのこと義兄さんって呼ぶことになったりする・・・!?)
と、慌てて首を振る。
自分でも少し、妄想が進みすぎたと少し反省する。
そんな、笑いながら、落ち込んだり、更に顔を真っ赤にしているミルフィーユを見ていると、ヴァニラは無言で、ナノマシンをミルフィーユに差し向けていた。
三日後。
ようやくレスティに到着した裕樹、美奈、春菜は、通称春菜のアジトと呼ばれる場所のある、ウェイレス地方にやって来ていた。
「こっちです、裕樹さん」
言われるままに、裕樹と美奈は春菜の後について行く。
やがて、以前ゼロバスターを受け取った格納庫の隣の格納庫に、案内された。
「暗いね・・・」
「ちょっと待ってください、今・・・」
すぐに、格納庫内がライトアップされた。
そのライトに照らし出されたのは、巨大な、青く、それでいて白き機体。
なぜか、そこにあるだけで強烈な存在感を表すかのような、神々しささえ携えた、力の結晶。
「・・・これは・・・」
思わず、見とれてしまった。美奈にいたっては、声すら出てこない。
「裕樹さん」
春菜は、その場でこちらに振り返った。
「これが、裕樹さん専用の機体。――――――『X−DZ−007 ラストクルセイダー』です」
「ラストクルセイダー・・・」
最後の聖戦者。
これが、この機体の名だった。
まさに、裕樹に相応しい名であると、誰もが認めるような。
「裕樹さん、この力で、この戦争を・・・」
「止めよう。一緒に頑張って、ね?」
「ああ、もちろんだ」
力強く、頷く。
この機体に答えるように。
自分が、本当に最後の聖戦者になるために。