第三十一章「更なる紋章の力」

 

 

 

 

 

 

「・・・?裕樹さん・・・?」

ラストクルセイダーの整備データを持ってきた春菜は、つい先ほどまでコックピットに座っていてはずの裕樹がいないことに、少し驚いていた。これから少し適合性を確かめたかったのだが。

美奈がどこかに連れていったのでは、と思ったが、予想は外れた。

「ねえ春菜。ちょっとセンサーの帯域を変えてほしいんだけど・・・」

真面目にヴァナディースの整備ログを片手に、こちらへやって来たからだ。

「?どうかした?」

「・・・裕樹さんが忽然と居なくなってしまって・・・」

「裕樹が・・・?」

と、考える過程をすっ飛ばして美奈が答えを理解する。

「あー・・・ちょっと待ってて。すぐ連れてくるから」

「え?美奈さん知ってるんですか?」

「多分ねーっ!」

返事をしながら走り去っていった。

「・・・・・・あ、そっか」

遅れて、春菜も理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜〜・・・相変わらず寒いなぁ、ここは」

美奈は今、羽毛いっぱいのコートを羽織って、マフラーもしていたが、それでも寒いものは寒い。たとえ長年この星に住んでいたとしても、だ。

出かけに販売機でミルクティーを二本、買っておいた。

きっと、彼は寒がっているだろうから。

(・・・・・・)

万年雪の星であるレスティは、雪こそ止まないが、降る量は目まぐるしく変わっていく。

今日はそれほど雪は降っていない。歩いていてもサクサクと雪を踏む程度で、むしろ心地よい。

ふと、美奈はその場で空に向かってほぅ、と息をはいた。白い吐息が大気に混ざりながら空へ舞い上がっていき、自分の肺に冷たい空気が入ってくる。

(雪・・・止まないな・・・)

なんだかいたたまれない気持ちになる。

個人的には雪は好きだが、裕樹はどうも好きになれないみたいだからだ。

それでも、裕樹は自分のためになんとか好きになろうと努力してくれたのだが。

「・・・懐かしい、かな」

小さい頃、裕樹とよく真っ白な丘を走り回って遊んだことを思い出していた。

あの頃は、裕樹はよく一人になろうとしていたが、それでも自分の我がままに付き合って遊んでくれたことを、美奈は今でも感謝している。――――――もっとも、裕樹からすれば逆に感謝したい気持ちらしいが。

だからこそ、忘れていない。

裕樹は、今でこそ明るい青年だが、昔は、暗い子供だった。

それが何なのかは美奈も分かっていない。

けれど、必ず理由はある。

裕樹が、暗い気持ちだった頃の理由が。

それを癒してあげるのも、自分の役目だということも。

自分たちは、お互いを支えあっているのだから。

自分だって、裕樹の前だと気持ちのままに泣くことができる。

だから、裕樹にだって泣いて欲しい。心のままに。

せめて、自分の前でだけは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕樹を見つけるのに、時間はかからなかった。

どこにいるのかなんて、わかっていたから。

ここの雪は、冷たくて、悲しい。

ずっと昔から、この丘には3つの石がある。

石を積み上げただけの、墓石。

誰かに言われるでもなく、それがわかった。

その石を見下ろしながら、冷たい雪に降られている青年がいた。

美奈は、後ろからそっと近づき、そのまま裕樹を優しく抱きしめた。

 

お互い、何も言わない。

けれど、お互いがお互いの存在を許している。

だから、何も言わずにこのままでいた。

 

 

 

温かかった。

裕樹の背中が。

今、大気はとても寒いのに。

裕樹に抱きついていると、寒くなかった。

触れ合っている時が、心地よかった。

 

 

 

温かかった。

背中の美奈が。

さっきまで、凍えるほどに寒かったのに。

美奈がいるだけで、寒さが吹き飛んだ。

そばに居てくれる存在が、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、裕樹は美奈の腕を解き、振り返った。

「・・・よく、わかったよな。ここだって」

「一応、裕樹の恋人さんだから、ね」

照れたような微笑みだ。もう付き合い始めて7年になるというのに、美奈は時たま初々しいことを言ってくれる。

だからだろうか。

また、甘えてしまった。彼女の優しさに。

「この場所・・・」

「うん」

「憶えてるか?」

単純に場所を憶えているか、という質問ではないとすぐにわかった。

美奈は記憶を幼いころにまで遡った。

この場所は。

ここは。

「・・・俺が、言ったこと」

「・・・今、思い出した」

そう、以前、幼い頃に裕樹をここまで連れてきたことがあった。

その時、裕樹は。

 

 

 

 

 

 

――――――この、ばしょ・・・

――――――え、しってるの?

――――――え、と・・・・・・

――――――このばしょはね、よくわかんないけど、おはかなんだよ。

――――――・・・しってる

――――――え?

――――――このおはか、だれのおはかなのか、しってる・・・

 

 

 

 

 

何故なら。

この、石を積み上げただけのお墓を作ったのは。

他でもない、――――――

 

 

 

 

 

幼い裕樹は、その場で泣いていた。

理由なんて知らなかった。

けど、裕樹が、

あまりにも苦しそうで、

あまりにも悲しそうで、

だから、私もつられて泣いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、よく頭をかすめるんだ。あの時の、自分でもよくわからない、記憶が・・・」

「裕樹・・・」

美奈は、自分が巻いていたマフラーを外して、裕樹の首にそっと巻きつけた。

――――――もういい。

視線で、裕樹に伝えた。

苦しまなくていい。

悲しまなくていい。

今は、私がついてるから。

裕樹のことを、必ず護るから。

だから。

「ありがと、美奈」

裕樹は微笑みながら、答えた。

けれど。

その笑顔が。

あまりにも悲しげで。

もう、何も言えなかった。

「・・・帰ろっか」

「・・・うん」

並んで歩き出しながら、美奈はもう一度決意した。

 

――――――裕樹は、必ず私が救ってみせる。

――――――裕樹の悲しみを、必ず癒してあげるんだ。

――――――裕樹が、誰よりも大切だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・首尾はどうなんだ?ジェノス」

「今まで遊んでいたお前には言われたくないな」

「悪かった」

ジェノスの正面に座る人物は、反省の色などまったくないかのように笑ってみせた。

めずらしく、ジェノスも笑って返す。

もっとも、無邪気さなどとは程遠い、かなり嫌な笑みだが。

「ヴァイス、お前の方こそ首尾はどうなんだ?」

ヴァイスは、すこしだけ面白そうな顔をしながら伝えた。

「ああ、人物の特定もすんだ。聖光、月晶の聖刻は一人が二つとも宿していた」

「やはり、な。・・・その人物は?」

ヴァイスは、まるでイタズラが成功したような子供のように笑いながら、その人物の名を告げた。

それには、ジェノスも笑うしかなかった。

「まさか、彼女とは」

「ああ。傑作だろ?」

「・・・だが最後の二つ、再生と許心の聖刻は誰が宿している?」

「それがさっぱりだ。なぜかは知らんが、共鳴反応すら感知できない」

「仕方ないか・・・。それより、今はこちらが先だ」

「ん?今度の作戦か?・・・・・・なんだ、ただの力押しじゃないか」

表示されたデータを、ヴァイスはつまらなそうに見つめた。

「正攻法に勝る物などないからな」

「・・・アンタが言うなよ」

ジェノスはフッと笑い、再度ヴァイスに向き直った。

「お前はどうする?」

「ん〜確か、ラルヴァがあまってたよな。乗っていいなら乗るけど?」

「ああ。前のパイロットには新型を用意したからな。好きにしてくれ」

「へいへいっと」

立ち上がったところで、なんとなく尋ねてみる。

「・・・健治は、いるのか?」

「・・・今はタクト・マイヤーズだが」

「そうだったな、なら行くさ」

満足げに笑って、ヴァイスはジェノスの部屋を後にした。

ジェノスも、笑って見送った。

重ねていうが、無邪気さの欠片もない、かなり嫌な笑みで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして四日後、リ・ガウスの本部隊が大軍を引き連れて、トランスバールに現れた。

その大軍さは、今までの戦いの比ではない。

正直、ネフューリアが皇国まで攻めてきた時のほうがマシといえるほどだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、リ・ガウス軍は気づいてない。

これが、裕樹たちの張った、究極の罠なのだということが。

――――――力に力で対抗するなんて、馬鹿のすることさ。

このタクトの言葉が、やけにマッチしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リ・ガウス軍がレーダーで感知できないほどの前方に、エンジェル隊を中心としたトランスバール軍がすでに待ち構えていた。

タクト、ミルフィーユ、ランファの三人は、すでにリ・ガウスに渡り、惑星アークトゥルスの近くで待機している。

つまり、後はこの大軍をこちらに引き付ければいい。

 

紋章機の編成の中で、中心にいるのはシャープシューター・レイ。ちとせの新たなる、紋章の力だった。

ちとせは目を瞑り、無言だった。

これはちとせにとっての精神統一方法だ。

意識を極限まで集中させ、力を集中する。すでにH.A.L.O.の輝きは最高へと到達しており、紋章機にはエンジェルフェザーが出現していた。

ただの一時も無駄にせず、ちとせはただ力を集中する。そして、通信が入ってきた。

「準備できましたわ、ちとせさん」

「ちとせ、頼む」

ミント、レスターの声が届き、ちとせは目を閉じたまま答える。

「はい。では、30秒後に」

作戦だった。

何よりも先に先制攻撃をしかける。それも予測できないほどの超高速による攻撃。

そのために、ちとせは現時点での最強必殺技を放とうとしていた。

この新必殺技は全ての邪念を捨てることが条件、つまりは何よりも強く、何よりも真っ直ぐな思い、“イメージ”が重要なのだ。

威力、命中精度は問題ない。全て自分の実力で何とでもなる。

故に、ちとせはただ一つを思った。

 

 

早く、何よりも速く、ただ、“貫け”と。

 

 

シャープシューター・レイの長砲身リニアレールキャノンに、光の弦が4本出現していた。

そして、この世の全ての光が収束したかと思うほどの裂光が発せられた瞬間、ちとせは目を開け、トリガーを引き絞った。

イグザクト・ペネトレイト(全てを貫く者)ッッッッ!!!!!!!!!!!!」

裂光が、解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間もなく、トランスバール領星内です」

本部隊の旗艦のブリッジで、オペレーターが司令官に告げた。

「・・・よし、総員、第一戦闘配備!!領星内に入ると同時に攻撃を開始する!」

司令官の指示を部隊全軍に繋げだした。

――――――刹那、一条の光が出現した。

「っっっ!!??」

その光はこちらの戦艦数十隻を全て貫いてきた。

光が飛んできたのではない。光が現れたのだ。

そう、それは視認が不可能なほどの速さで放たれているから、そういう風にしか見えない。

次の瞬間には、その光は12隻の戦艦のスラスターを貫いた。

「なっ・・・!?今のは!?」

「周辺距離40000に反応ありません!!」

「索敵距離をさらに拡大・・・周辺距離60000に反応ありません!!」

「まさか・・・最低でも60000以上の距離からの狙撃なのか・・・!?」

「狙撃・・・?今のは、狙撃なのですか!?」

驚いた様子でオペレーターが聞いてくる。

「それ以外にどう説明付けれるというのだ!?」

しかし、なんということだ。

これだけの距離から、本当に狙撃を行っているとしたら、なんて常識外れの腕前なのだろうか。

わずか数ミリのズレが大きく照準をずらす遠距離において、さっきはスラスターのみを貫いていた。

もはや、神の領域の腕前だ。

「!!長遠距離に熱源反応!光学映像、出ます!!」

映し出されたのは、光の中に存在する機体。

その時、司令官は確かに見た。

あれは、天使だと。

これ以上進むのなら、容赦なく叩き潰すと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強の守護天使の戦いが、幕を開けた。