第三十四章「終末を彩る最後の休息」
「議会派が、機動要塞を出現させた!?」
白き月で、裕樹たちとエンジェル隊は、レジスタンスの達哉からの報告に、耳を疑った。
もはや議会派はリ・ガウスにおいて孤立し、政治的権限も全て失くしたというのに、まだ抵抗するつもりなのだろうか。
『はい、我々が確認しただけでも、かなりの戦力が集中されています。しかも、超遠距離射程の掃射兵器も確認されています』
「ヤツラめ・・・一矢報いるつもりつもりか!?」
「そのようですわね。往生際の悪い・・・」
「だが、追い込まれたやつが何をしでかすかはわからんさ。なんとかしないとね」
「・・・リ・ガウスの、ためにも・・・」
「そうですね。言われない攻撃を受けさせるわけにはいきませんし」
『・・・すみません。本当は、我々でなんとかしなければならない問題ですが、我々だけの戦力では心もとないのです』
「いいんですよ!私たちが好きでやるんですから。ね、タクトさん」
「うん、そうだね。達哉さん、気にしなくてもいいよ」
ミルフィーユ、タクトの言葉に達哉は救われたような顔になる。
『ありがとうございます。――――――それと、タクトさん。先日の演説、感激しました。やはり本物の英雄は違いますね。私も見習いたいと思います』
「ま、まってください達哉さん!!・・・お願いですから、コイツの真似だけはしないでください・・・」
「同感よ。心臓止まるかと思ったわ」
レスターとランファのそれはそれは真剣な言葉に、達哉もなんとか頷いた。
『では、この機動要塞“ザン・ルゥーウェ”攻略戦の開始は、二日後ということで。――――――EDENの方々、それと、裕樹、正樹、美奈、リ・ガウスでお待ちしています』
礼儀正しく達哉はお辞儀をし、通信回線を閉じた。
「みなの者」
シヴァの声に全員が向き直る。
「長い戦いであったが、ようやく終わりが見えてきた。これも、他ならぬみなのおかげだ。――――――私は、この戦争が終結次第、リ・ガウスとの同盟を結び、両世界の発展をしていこうと思う。・・・だから、みな。最後に、力を尽くして欲しい。この世界と、向こうの世界のためにも・・・」
全員が、その場で敬礼した。揺るぎない、信念と決意を持って。
「よし、日付が変わる前にEDENを出発するぞ!!」
タクトの一声に、全員が頷いた。
彼らが居なくなってから、シャトヤーンは一人、祈っていた。
最後の決戦へ向かう、彼等のために。
「シャトヤーン・・・?」
ノアが一人で、シャトヤーンを発見する。
「何やってるの?」
「・・・祈っているのです。彼らが無事でありますように、と」
「相変わらず無駄なことをしたがるのね、シャトヤーンは」
ノアのいつものセリフに、シャトヤーンは苦笑した。
「ですが、今の私たちにはこうするのが一番だと思ったのです」
優しい微笑みに、ノアもやれやれ、といった風にシャトヤーンに並ぶ。
「ノア・・・?」
「・・・私も祈るわよ。白き月だけじゃ、祈りが届かないかもしれないし!!」
そんな照れたように誤魔化すノアが、シャトヤーンにはこの上なく面白く見えた。
「では、祈りましょうか」
「・・・ええ」
「「世界を救うべく、戦う彼等に、二つの月の加護があらんことを」」
「そっか、間に合わなかったか」
「はい。すみません、裕樹さん、ヴァニラさん」
「いえ、お気になさらずに・・・」
格納庫にやって来た美奈は、裕樹、春菜、ヴァニラがなにやら残念そうに相談しているのを見かけた。
「・・・?みんな、どうしたの?」
「あ、美奈さん」
気づいた春菜の手に持っていたのは、何かの設計図だった。
「?何の設計図?」
「エスペランスとエスペランサのだよ」
「え、IG?」
「いんや、ラストクルセイダーとイネイブル・ハーベスターの合体型追加武装だよ。随分前から考えていたんだけど、ついに間に合わなくってさ」
「・・・仕方ありません」
聞いて、美奈も納得した。
確かにラストクルセイダーは基本的に対複数戦闘や遠距離戦には向いていない。・・・いや、正確には遠距離複数戦に向いていない。そしてイネイブル・ハーベスターは強化されたといっても、火力が乏しいのは明らかであった。
が、どうも間に合わなかったのだろう。春菜の申し訳なさそうな顔を見ればわかる。
「ふぅん・・・。ね、裕樹。時間空いてる?」
「え、ああ、ラストクルセイダーの整備も終わってるし」
「・・・ちょっと話したいことがあるんだ。いいかな?」
「ん、わかった。――――――春菜、ヴァニラ、悪いな」
言って、裕樹は美奈に連れられるままに、格納庫を後にした。
「・・・さって、私はもうひと頑張りです!」
大きく伸びをしながら、春菜は笑顔で気持ちを引き締めた。
「・・・頑張ってください、春菜さん」
「ありがとうございます、ヴァニラさん。整備班は、今が戦場ですからね!頑張ります!」
春菜の笑顔に触発され、ヴァニラもうっすらと微笑んだ。
その一方、格納庫の反対側では、ちとせが正樹となにやら相談しているのを、彩が発見していた。
別に隠れる意味もないので堂々としていたが、なにやら会話はもう終わったようだ。
「ありがとうございます、正樹さん」
「おう。まぁ、頑張れよ、ちとせ」
「はい」
うやうやしくお辞儀をしてから、彩には気づかず、反対方向へと歩いていってしまった。
「・・・ふぅ」
「何話してたの?」
「どわっっ!!??・・・なんだ、彩か」
「何だとは随分ね、普通に声かけただけなのに」
今までの舌戦の通算成績を思い出し、正樹は早々に勝負を捨てた。
ため息をつきながら、正樹はグランディウスのコックピットに座り、データ調整を始めた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・なんだよ」
無言のプレッシャーに堪えられなくなり、正樹が先に根をあげた。
「さっきの質問の答え、まだ聞いてないんだけど」
彩はなんとも思ってないかのような真顔で問い直す。その顔が悪魔に見えた。
重ねて言うが、小悪魔ではなく、悪魔に見えた。
「・・・別に、裕樹のことについてだよ」
「ふぅん・・・」
彩はあえて視線は外しながら頷いた。当然、続きを催促しているのも態度でわかる。
「・・・ちとせは、頑張るってさ」
「・・・そう」
「春菜みたいに、支えてやりたいんだとよ」
「・・・そっか」
それは、ちとせが考えて、考え抜いた結果なのだろう。
だから、彩は決して否定しなかった。
それが、ちとせの選んだ道なのだから。
「・・・彩」
「何?」
「ちょっとシリンダー調整、手伝ってくれねぇか?この前使ったらすげぇ疲れたんだよ」
「アンタは見境なしにセフィラムを使いすぎよ。裕樹や美奈じゃないんだから」
と、ぶちぶち文句を言いながらも、彩は整備を手伝ってくれた。
これが、この二人の基本スタイルなのだ。
そんな時間が、やけに心地よかった。
フォルテはいつも通り射撃訓練場で銃を撃ち続けていた。
引き金を引くと刹那に襲ってくる反動、部屋に響く銃声、遅れてやってくる火薬の匂い。その空間にただそれだけの動作が繰り返される。
「・・・ふぅ」
弾を全て撃ちきり、リロードを行うようになると、ようやく周囲に気を配れるようになる。と、珍しい人物が訓練場に入ってきた。
「よう副司令官殿、珍しいねぇ、アンタがここに来るなんてさ」
「・・・フォルテか」
レスターはさして気にする様子もなく、フォルテの射撃結果を見てみる。
全てど真ん中。一寸の狂いもなく直撃している。
「どうだい副司令。アンタも撃つかい?」
言いながら銃を差し出してくる。
50口径のデザートイーグル。重量は2kgを軽く越えている。
レスターはそれを受け取り、一つの狂いもなく正しい姿勢で構え、トリガーを引き絞った。
直後、象をも即死させる弾丸が大爆音と共に放たれ、ど真ん中に命中する。タクトの時とは違い、マグレではなく、実力だ。
「さすがだねぇ。本当になんでも出来る男だね、お前さんは」
続けてフォルテも撃ち始めた。
そのまま二人はしばらく撃ち続ける。
「副司令、アンタ仕事はどうしたんだ?」
「すでに終わらせた。つまりは自由時間、ということだ」
「ほほう」
意味深な返事が返ってきた。
「フォルテ」
「なんだい副司令」
「今まで大して気にしていなかったが・・・裕樹をどう思う?」
「どうって、どう?」
「協力してくれているのはわかっているし、助かる。だがその目的が見えん」
「目的?そんなもん、気にしないといけないのかい?」
フォルテの言っていることはおおむね正しい。
戦う理由や信念はあっても、明確な目的を持って戦うことはほとんどない。
「・・・俺は、アイツから戦う理由や信念が感じられない。もっと、その先にある目的が目当てとしか思えん。――――――普通、戦うのなら理由や信念があるはずだ。そうでなければ軍人などやりはしない。・・・俺にも、多分君にもそれはあるはずだ」
フォルテはふと、愛用の銃を見つめる。
「クールダラス副司令、アンタには、その戦う理由ってのはあるのかい?」
「・・・・・・あるから、俺はここにいる」
もし、タクトの復讐に協力するだけが目的だったのなら、とうに軍人など辞めている。
けれど、辞めない。
迷いのない目で答える。フォルテは、それで何となく悟った。
それから、二人はしばらく銃を撃ち続けた。
「・・・火薬の匂いは、好きにはなれん」
「誰だってそうさ。こんな匂い、好きになるほうがおかしいさ」
「ああ・・・同感だ」
そうして、レスターは撃つのをやめ、デザートイーグルを置いた。
「副司令。次の決戦、勝機はあるかい?」
「知らん。だが、それを作るのが、アイツの仕事だ。――――それに答えるのが、俺たちだ」
言って、レスターは訓練場を後にした。
フォルテは微笑しながら、レスターを見送った。
レスターの撃った弾は、全て的に命中していた。
「はぁ・・・至福の時ですわ」
ミントはわざわざとり寄せた最高級のブレンドハーブティーを口に運び、もう一つの耳をピクピクと上下に動かしていた。
と、目の前に座っているランファがあさってのほうを向きながら、軽くため息をついた。
「あらランファさん、どういたしましたの?せっかくの紅茶が冷めてしまいますわ」
「ん〜〜・・・わかってるわよ」
言いながらティーカップを口に運ぶ。あれでは味わっているとはとても思えない。
「悩み事でもありますの?」
「別に。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「これで、本当に平和になるのよね・・・」
どこか、疑問めいた言葉だった。
ミントもテレパスをしようにも、心に靄がかかっていて読めない。
「どうして、そう思いますの?」
「・・・なんとなくよ、なんとなく・・・」
紅茶を飲んで一息ついたのか、ランファの顔に若干の笑顔が戻ってきた。
こういう時の紅茶は偉大だ。心を落ち着かせ、気持ちを和やかにしてくれる。
つねに精神に負担をかけてしまうミントにとって、これ以上ないリラックスの元である。
「そういえば・・・ミルフィーさん、見かけませんわね」
「今頃、タクトとラブラブやってんじゃないの?」
「・・・冷やかしに行きませんの?」
「決戦前にそんなことしないわよ。あの子の調子が悪いと、アタシたちが大変なんだから」
「同感ですわ」
二人は優雅に、決戦前のひと時を楽しんだ。
そしてタクトとミルフィーユはと言うと、ミルフィーユの部屋で二人してケーキを食べていた。
当然、ある種のフィールドを発生させており、近づける者などいないほどの、強力な力場を形成しながら。
「うーん・・・やっぱミルフィーの手作りケーキは絶品だなぁ」
「えへへ、どうも」
今日、ミルフィーユはいつもと違い、タクトだけにその腕前を振るっていた。
別に、誰にも分けたくないというつもりではない。単に、タクトと二人っきりで過ごしたかっただけなのだ。
「・・・なあ、ミルフィー」
「はい?」
「・・・その・・・」
「?」
タクトにしては珍しく歯切れが悪い。
「・・・この、戦いが終わったら、俺と・・・」
「俺と・・・?」
不思議そうに素で返されると、タクトはかなり赤面してそれ以上何も言えなかった。
「タクトさん?」
今だに追求してくるミルフィーユを、タクトは不意打ちが如く、額にキスをした。
一瞬、ミルフィーユは今、何をされたのか理解出来なかった。
「え・・・えっ・・・!?」
タクトは、自分でも恥ずかしそうにミルフィーユを抱き寄せた。
「必ず・・・二人で帰ってこような」
今のタクトには、これが精一杯の言葉だった。
個人的には、ミルフィーユを戦場に駆り出させたくない。
けれど、そんなことできるわけがない。
だから、タクトは自身も戦う力を望んで、彼女と同じ戦場に立つことができるようになった。
あとは、無理であろうと、ミルフィーユを守りきるだけだ。
「・・・・・・はい」
ミルフィーユは万感の思いを込めて、一言、そう返事した。
「で、美奈。話って?」
展望台公園は実に都合よく、誰も居なかった。
裕樹は美奈に連れられるままに、トプカフの木の下まで歩いていった。
「・・・裕樹」
「ん・・・?」
美奈は木の下に腰かけ、裕樹もその隣に腰をかけた。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね・・・」
「・・・ああ、随分、いろんなことがあったよな・・・」
「私は、ただ今まで通り、裕樹と暮らせたらいいって思ってた」
「・・・俺も。ただ、美奈がいてくれれば、それだけでよかった」
「けど」
美奈はゆっくりと、こちらに向き直った。
「それだけで、終わっちゃいけない気がする」
「・・・そうだよな。ちゃんと、この意味を理解しないとな」
――――――聖刻。
この単語の意味を、二人は調べなければならない。
思えば、この単語のせいで自分たちは戦争に巻き込まれ続けてきた。
だから、その意味を、知らなければならないと、そう判断した。
「・・・この決戦が終わったら、調べよう。EDENや、リ・ガウス中を」
「・・・うん、一緒に、頑張ろ?」
美奈に頷くように、裕樹は美奈に身を寄せた。
理由は出来た。
だから、後は一緒に帰ってくるだけ。
最後の決戦を、生き残るだけだ。
「随分と追い込まれたもんだな」
ヴァイスが相変わらずジェノスに向かって投げ掛けた。
機動要塞“ザン・ルゥーウェ”内のジェノスの私室でのやり取りであった。
「そうだな」
「・・・随分、あきらめがいいな?」
「何、別にこの勢力が負けることに意味などない。・・・お前だってわかっているだろ?」
「まぁな。・・・けど、またヤツラに負ける、と思うとやり切れないぞ」
「心配するな。もう充分だろう。あの聖刻が発動するさ、確実に」
ジェノスの言葉に、ヴァイスも大いに同意した。
「裕樹の聖刻・・・・・・天魂、罪罰か」
「ああ、彼は更なる罪を背負う、ということだ」
「・・・記憶も、戻るんじゃないか?」
「間違いなく、な。だが、それでどうする?――――――今更、遅すぎるのだよ」
そう、全てが遅すぎる。
いかに裕樹たちが勢力的に圧勝でも、
自分たちはその先を行く真実を握っている。
戦争には、敗北するかもしれない。
だが、勝負には、すでにこちらが勝利している。
彼等は、まだ何も知らないのだから。
「では、行ってまいります」
エルシオールのブリッジで、タクト、レスター、エンジェル隊、そして裕樹たちはモニターに写るシヴァ、シャトヤーン、ノアたちに対して敬礼をした。
『必ず、無事に戻れ』
『どうか、お気をつけて』
『死ぬんじゃないわよ』
三者三様の激励を受けて、タクトが返事をする。
「命ある限り、必ず」
それ以上の言葉は要らない。
言葉ではなく、意志で伝わる。
だから、互いに同時に通信回線を閉じた。
「レスター」
「了解。・・・エルシオールは、これよりリ・ガウスへ渡り、“ザン・ルゥーウェ”攻略戦に参加する!!全員、持ち場に着け!!」
レスターの一声でエルシオールが発進する。
長き果ての、決戦の地へ向かうために。
リ・ガウスに渡ると、すでにレジスタンスの勢力が展開していた。
リ・ガウスの正規軍は政治的やりくりがまだ残されており、実質上、その力を封印されている。
つまり、自分たちしかやれないのだ。
まるでいくつもの隕石を衝突させたような形の要塞が視認される。
あれが議会派の最後の砦、機動要塞“ザン・ルゥーウェ”であった。その巨大な要塞が、今もなお動いている。
エルシオールは第一戦闘配備につき、格納庫内があわただしくサイレンに包まれた。
『発進シークエンス、開始します。全紋章機は、下部展開デッキへ。各IGはカタパルトデッキへ』
アルモの声が響く中、各パイロットたちは機体を機動させ、各部電源を次々に入れていく。
『ハンガーロック、システム、オールグリーン。エンジェル隊、発進、どうぞ!!』
「ミルフィーユ・桜葉、アルカナム・ラッキースター、行きます!!」
「ランファ・フランボワーズ、カンフーマスター、行くわよ!!」
「ミント・ブラマンシュ、イセリアル・トリックマスター、行きますわ」
「フォルテ・シュトーレン、メテオトリガー、行くよ!!」
「ヴァニラ・H、イネイブル・ハーベスター、発進します」
「烏丸ちとせ、シャープシューター・レイ、参ります!!」
一人一人がそれぞれの思いを込めて、エルシオールから発進する。
天使が、銀河へと降り立つ。
ギャラクシーエンジェルとして。
『カタパルト接続。システム、オールグリーン、IG各機、発進どうぞ!!』
「タクト・マイヤーズ、ウイングバスター・パラディン、出るぞ!!」
「レスター・クールダラス、インペリアル・メガロデューク、発進する!!」
「神崎正樹、グランディウス、行くぜ!!」
「水樹美奈、ヴァナディース、行きます!!」
「朝倉裕樹、ラストクルセイダー、行くぞ!!」
各IG、エルシオールの守護天使たちが発進していく。
目指すは、全ての元凶。
今こそ、全てを終わらせ、世界を取り戻す時。
けど、誰もそんなことは考えていない。
自分たちが戦い、苦しみ、傷つくことを、
誰も知らなくても。
誰も感謝しなくても。
彼等は戦う。
世界を救うとか、そんな大それた事ではなくて。
ただ、自分の身近な人達の、悲しむ顔を見たくないから。
最終決戦、始動。