第三十九章「たった一つの希望」
裕樹が自分と約束をして、別れてから四ヶ月。
彼等以外は、今だ、今の生活が日常になっていなかった。
今回の戦争は、失ったものが多すぎる。
死んだ人は返ってこない。そんな当たり前が、中々受け入れられない。
それも、無理はなかった。
今まで、どんな窮地も切り抜けてきた人たちだったのだから。
――――――今度も、きっと。
そう信じていたのだろう。
けれど、現実は残酷だった。
誰もが予想しなかった結果になった。
――――――私も、そう思う。
ヴァニラは、誰に尋ねるでもなく、思った。
ヴァニラは最近、昔のように一人になることが多くなった。
別に心を閉ざしているわけではない。
単に、色々考えてみたくなったのだ。
彼、――――――裕樹のことを。
何度も思い直して、何度も考え直して、ようやく聖刻の意味、そして裕樹の言葉の意味が理解出来てきた。
だからこそ、今のみんなには会いたくなかった。
エルシオールのクルーや、シヴァ、ノア、シャトヤーンまでもが裕樹の言葉を心の支えにしていた。
“必ず、取り戻す”
この言葉に。
だから、みんな気づいていない。
そうすることが、どのような結果になるということが。
間違いなく、裕樹はさらに世界の罪人としての罪を重ねてしまう。
それはつまり、彼が更に苦しむということだ。
なのに、みんなはそれを望んでいる。
そんな人たちと、会いたくなかった。
別に、美奈の変わりになろうとは考えていない。
ただ、
彼を支えてあげたい。
その一身だった。
そんな中、彼は唐突に返ってきた。
今だ発見されたことのない、ロストテクノロジー、「時流環」と「世交環」を持って。
「時間軸と、平行世界を利用する・・・?」
裕樹は約束通り、ヴァニラにだけ、詳しい事情を説明した。
シヴァたちや、エルシオールのクルー、春菜や彩にまで、何も説明していない。
ただ、なんとか出来る。と、それだけ告げて。
―――やめてほしかった。
―――それ以上、自分を苦しめるのは。
「・・・どういうことですか?」
「・・・ちょっと長くなるぞ?」
ヴァニラは無言で頷いた。
「・・・この“時流環”は、時間軸をずらした世界を見ることが出来る。そして、この“世交環”は、もう一つのあるべき世界を見ることが出来る」
「・・・それで、どうやってみなさんを救うのですか?」
時間を遡る、というのなら納得が出来る。
が、見るだけでどうやってみんなを助けるのだろう。
「ヴァニラ、俺が欲しかったのは、過去へ繋がる条件だったんだ」
「・・・条件・・・?」
「ああ。今のこの世界で過去を見ている事実。その状態で、この聖刻で“世界と同化する”。そうすると、どうなると思う?」
わからず、ヴァニラは首を振った。
「・・・世界が自分そのものになり、世界の中で過去と繋がっているという事実を肥大化させることができる。――――――つまり、過去を見ているだけを、過去へ飛ぶということに強化させることが出来る」
「・・・裕樹さんが、世界そのものになって、世界の力を使う・・・ということですか?」
「そういうこと。ヴァニラ、賢いな」
少し、照れた。
なんだか、彼に褒められると嬉しい。
「・・・では、私たちは過去へ行き、皆さんが死なないようにすればいいんですね」
「いや、それだけじゃ駄目だ。それだけだと、意味がない」
「え・・・?」
青いリング状の時流環と赤いリング状の世交環を見つめて、裕樹が話し出した。
「俺たちが過去へ行くと、それだけで過去の世界は平行世界になって、この世界とはなんの関係も持たなくなる」
「・・・・・・?」
「・・・ヴァニラ、平行世界って、わかるか?」
「・・・もう一つの可能性、IFの世界ということだけは・・・」
「充分だ。――――――その考えでいくと、昔、何かをしないと、それは平行世界になるよな?・・・例えば、俺があの戦いに出撃しなかったとか」
「はい・・・」
「同じだよ。つまり“過去の時間の流れの中に含まれていない”、“未来からの人物がやって来た”という事実だけで、あり得ない可能性が出たわけだ。つまり、その時点で平行世界として確立されてしまうんだ」
「・・・では、どうするのですか・・・?」
「全員を助けた後、全ての事情を説明してから、時流環で未来に、――――今のこの世界に飛ばす。・・・世交環も一緒に使って」
「・・・?」
「つまり、未来へ戻す途中に世交環を発動、同時に俺は世界と同化。時間を未来に進むと同時に平行世界の境界線も越えさせる。――――――これなら、過去で助けたみんなが未来に行っても平行世界にはならない。すでに世界を跳躍の条件を満たしているんだからな」
納得したように頷いた。
ヴァニラは、後でまとめようと、心の中で思った。
「それに、問題はそれだけじゃない」
「・・・他に、何か・・・?」
「まず、過去へ行って、平行世界となったら、俺たちの存在の確定が大事になる」
「・・・存在の・・・確定・・・?」
「ああ。“一つの世界に同じ人物は居てはならない”。どんな世界にも、この条件は当てはまる」
「・・・無視は出来ないのですか・・・?」
「多分な。試したことないから確定出来ないけど・・・多分、その世界の防衛反応が出るだろ、きっと」
「・・・防衛、反応・・・」
「多分、その世界の俺たちだろうな。最優先でこっちを排除しにかかってくるだろ」
あまり想像したくない状況である。
何せ、自分自身と戦うなどこれ以上にふざけた出来事がないほどに。
「・・・では、どうするのですか・・・?」
「・・・過去の俺は、聖刻の使い方を・・・・・・思い出していない。その隙に、俺が聖刻でまた世界と同化する。そうして、世界に“俺たちの存在が、その世界では優先されるように”作用させるさ」
ふと、疑問点が残った。
そうなると、その世界の自分たちはどうなるのだろう。
ヴァニラの顔を見て、裕樹も彼女の意図を察知した。
「さすがに、別の平行世界に送る、なんてことは出来ないからな。・・・・・・多分、世界と世界の狭間の、“閉鎖空間”に送られると思う」
「閉鎖、空間・・・」
とりあえず、閉じ込めておく、という事実だけ、ヴァニラは理解した。
「まだある。今度は“時間の復元力”をなんとかしないとな」
「時間の・・・復元力・・・?」
もはやヴァニラが困る顔しても、裕樹は即座に説明するようにした。
「ヴァニラ、時間・・・時空ってのは変更を加えようとすると、元へ戻ろうとする力が働くんだ」
「はい・・・」
「俺たちは過去へ行って、みんなを死なせないようにする。本当は死んでしまうはずの歴史を変えてまで。――――――つまり、たとえ誰か死ぬはずだった原因を排除しても、時間の復元力が作用してしまえば、別の形で死なせようとするんだ」
「つまり・・・その時間の復元力、それが作用する前に・・・皆さんを助けないといけないんですね・・・?」
「ああ、そうだ」
「・・・ですけど、裕樹さん」
「うん?」
珍しく、ヴァニラから聞いてきた。
「私たちが行く世界は・・・平行世界なのですから・・・その、時間の復元力は関係、ないのでは・・・?」
「・・・いや、それは違う。あくまで“未来の俺たちが来た”っていう可能性が追加されただけで、歴史はこの世界のように流れていくはずだ」
「・・・わかり、ました・・・」
ヴァニラは大人しく、頷いた。
「・・・以上のことから、最後にもうひとつだけ、問題点がある。・・・わかるか?」
「・・・戦力、ですね・・・」
「そういうこと。・・・まぁ、それについては春菜と彩に開発してもらった「エスペランス」と「エスペランサ」でどうにかするしかないけどな」
「・・・完成、したのですか・・・?」
エスペランスとエスペランサ。
この二つの合体型装備追加武装ユニットは、本来はザン・ルゥーウェ戦に間に合うように開発されていたのだが、結局間に合わなかったのだ。
それが、遂に完成した。 (機体の詳しいことは、メカニック設定4を参照)
「これで、とりあえずの問題は終わりかな」
「つまり・・・」
ヴァニラが簡単な要約に入った。
―――――過去へ戻るだけでは駄目。
平行世界へ行くことになるので、みんなを未来に帰す時に、世交環で平行世界を飛び越える。
次に、平行世界では、自分たちの存在がその世界の自分たちよりも優先されない。
そのため、その世界の自分たちを閉鎖空間に閉じ込めておく。
更に、歴史を元に戻そうとする時間の復元力の作用もあるため、行動は迅速に。
最後に、以上のことから戦力が要求され、エスペランス、エスペランサで対処。後は自身の腕前。
「・・・こういうことでしょうか」
「あってるよ。・・・ヴァニラは本当に偉いな」
嬉しい言葉だが、ヴァニラは気づいている。
みんなを未来に送ると言った時、
自分たちは含まれていなかった。
その考えを、裕樹は目線で理解した。
思わず、視線を背ける。
ヴァニラも、追って裕樹を見つめる。
「・・・正直なところ」
観念したように裕樹は話し出した。
「みんなを未来に送ったあと、その世界は潰れると思う」
「・・・何故、ですか・・・?」
「可能性だけで生み出した世界だぞ?そんな、世界の意志にこれ以上ない反作用を生み出すんだからな。その世界はそれ以上、世界を維持出来なくなって、潰れるだけだ」
「そうなると・・・私たちは・・・?」
あまり聞いてはいけない内容だったかもしれない。
なんとなく、ヴァニラはそう思った。
「・・・多分、さっき生み出した閉鎖空間に、運ばれると思う」
「・・・向こうの世界の、私たちがいる、ですか・・・?」
「ああ」
「・・・あの、そう、なると・・・」
存在の確定は大丈夫なのだろうか。
聞く前に、裕樹が答えた。
「大丈夫だよ。閉鎖空間は存在の確定された世界ではないから。でも、どちらかの存在を、一つにしないと、その閉鎖空間からは抜けられないと思う」
「・・・・・・」
「それに・・・」
次が、一番言いにくい内容だった。
「もし、自分たちに勝てたとしても・・・その後、どうなるかは、まるでわからない」
「どうして・・・ですか?」
「平行世界を生み出したから、出来た閉鎖空間という世界だ。初めは、俺たち同士の存在の確定のため、世界を維持できてるけど・・・。その存在が確定されたら、その世界の維持する力が無くなる。なぜなら、片方の世界はすでに潰れているからだ」
「つまり・・・」
ヴァニラが更に要約に入った。
――――――それだけのことをすると、平行世界が維持できなくなる。
結果、自分たちは先程もう一人の自分たちを送った閉鎖空間に運ばれる。
その閉鎖空間を抜けるには、自分自身を倒さなければならない。
何故なら、その閉鎖空間でのお互いの存在が確定されておらず、世界が維持する力が働いているため。
だが、そうして世界の維持する力が無くなると、どうなるかはわからない。
二つの世界が存在して発生している閉鎖空間なのに、すでに片方の世界は消滅しているから。
だから、自分たちが最後、どうなるかはまるでわからない。
「・・・こうですか?」
「ああ、その通りだよ・・・」
重苦しい空気が、流れた。
「ヴァニラ・・・」
「やめません」
裕樹が続けようとした言葉を、ヴァニラはハッキリと断った。
思わず、裕樹はヴァニラを凝視した。
「・・・けど、ヴァニラ。全てが上手くいったとしても、その後、俺たちは・・・」
「・・・だから、です」
「え・・・」
「・・・今、裕樹さんの傍に居られる条件を持っているのは・・・私だけです。・・・だから・・・」
息を大きく吸い込んでから、ヴァニラは祈るように言った。
「・・・私では、裕樹さんを・・・支えられない、ですか・・・?」
泣きそうなヴァニラの顔。
そんな顔をしてまで、
そんな決意をしてまで、
ヴァニラは、俺を支えてくれるのか。
「・・・俺は、世界の罪人なんだぞ?」
「・・・裕樹さんは、裕樹さんです。・・・罪人でも、構いません」
ハッキリと、決意の言葉を述べる。
裕樹は、心の底から泣きそうな顔になって、
「・・・ありがとう。本当に、ありがとう、ヴァニラ・・・」
ニッコリ笑って、そう返事した。
それから二人は、三日間だけ、特訓の時間を作った。
腕を上げる、というより、「エスペランス」、「エスペランサ」の操作に慣れる、といった意味合いが強かった。
その間、春菜と彩は何も言わずに、ただ協力してくれた。
それが、今の裕樹とヴァニラには、何より嬉しかった。
――――――そして、三日後・・・
「ヴァニラ・H、イネイブル・ハーベスター、発進します」
「・・・・・・浅倉裕樹、ラストクルセイダー、行くぞ」
二人は白き月の目の前に停泊しているエルシオールから、最後の出撃をした。
続けて、二機の追加武装ユニットが射出される。
『エスペランス、エスペランサ、射出。両機、合体シークエンスを開始してください』
アルモの声を聞きながら、裕樹とヴァニラはそれぞれエスペランスとエスペランサと軌道を合わせ、ゆっくりと接続、合体が完了した。
全長が90m近い、この武装。確実に両機の被弾率を上げてしまうだろうが、ほとんど戦艦並の武装を備え、巨大な推進装置を持つこのユニットは、両機に怪物的なまでの火力向上と推進力を飛躍的に向上させることができる。
いろいろ、欠点もあるが、これは対軍隊よう武装ともいえるだろう。それこそ、「クロノ・ブレイク・キャノン」と同様の禁武装と言えるほどに。
発進したのはラストクルセイダーと、イネイブル・ハーベスターのみ。それ以外の例外はない。
本当に、二人だけで前大戦のザン・ルゥーウェ戦をなんとかしようとするのだ。
はっきり言って、無謀にもほど遠い。
それでも、誰もが二人を信じた。
きっと、なんとかしてくれると。
――――――裕樹の罪が重ねられるとは、誰も知らずに。
最後に、二機に通信が入った。
映し出されたのは、エルシオールのブリッジ。
シヴァ、ノア、シャトヤーン、ルフト、アルモ、ココ、春菜、彩など、主要人物がそろっていた。
『すまぬ、朝倉、ヴァニラ。そなたたちだけで向かわせるなど・・・』
出撃を決めた日に、裕樹は全ての事情を全員に話した。
誰にも、意見させる前に。
『必ず、帰ってきなさいよ』
『お主たちを、信じるからの』
『裕樹さん、ヴァニラさん。あの、その・・・』
つまるアルモに変わって、ココが明るい顔で告げた。
『気をつけて、くださいね』
春菜と彩が、前に出る。
『裕樹・・・みんなを、頼むわ。みんながこっちへ来たら、私がなんとかするから』
「・・・頼むな、彩」
『裕樹さん・・・』
春菜の言葉を裕樹は静かに聞いていた。
『・・・無事に、帰ってきてくれますか?』
「・・・・・・」
返事しなかった。
いや、出来なかった。
もし、たとえ、無事に帰ってこれたとしても、
裕樹は、もう、誰も傍にも居てはいけない存在なのだ。
でないと、また、傍にいる人を死なせてしまうから。
『・・・裕樹、さん・・・』
沈黙が答えだと春菜は理解した。
『朝倉!ヴァニラ!』
シヴァの叫びにも、返事できない。
『・・・裕樹さん、ヴァニラ・・・』
シャトヤーンが、悲しそうな顔で、自分たちに話しかけてくる。
あんな美人にあんな顔をさせているという事実が、辛かった。
『・・・命ある限り・・・必ず、帰ってきてください』
その言葉に、裕樹とヴァニラは、
「・・・今まで、ありがとうございます。・・・さようなら」
「・・・さようなら・・・」
それだけを告げて、二機は機体をゆっくり前進させた。
裕樹は手元の時流環を発動させ、過去への繋がりを作った後、聖刻を発動させようとした。
その手に刻まれた、憎むべき力、証。
けれど、今だけは、
その力に頼った。
「・・・いくぞ」
精神、意識、力を左右の聖刻、天魂と罪罰に集中する。
直後、何かが記憶を捩じ上げた。
辛い。
この上なく辛い。
世界と同化する。
これはつまり、
自らを世界に委ねる、それと同じ行為だった。
コーヒーにミルクが混ざるのと同じ理屈。
同化してしまえば、後には戻れないのでは?
頭にそんな単語がよぎった。
けれど、無視した。
それよりも、今は、
世界と同化しなければ。
意識は自分と世界と混合し存在が世界と同等に感じられる。
世界が体を侵食していく。
そのままで、
自分は、
世界の力を引き出した。
過去に接続している条件を、世界に――――――解析→訂正。
この場限りに限定。
接続しているこの空間、世界を、
過去に跳躍させる。
世界に、そう叩き込んだ。
直後、ラストクルセイダーとイネイブル・ハーベスターは、時間を跳躍。
その時点で平行世界へと確立された、可能性で生み出された、もう一つの世界のザン・ルゥーウェ戦の場面に現れた。
二機はモニター越しに視線を交わし、機体を一気に加速させた。
最大速度で向かう、裕樹の視線の先には、あの機動要塞があった。
あとがき
あとがき、というより懺悔コーナーでしょうか、ここは。
ではいきなり結論です。
「エスペランス」と「エスペランサ」。私的に言えば随分違いますが、面倒な方は早い話、ミー○ィアみたいなものと考えてくださって結構です。・・・私的には細く、鋭角的なデンド○ビウムがとりあえずのイメージですが・・・いかかなものでしょう?なにより、完全な使い捨てというあたりが大きな違いですが。
さらに今回の時間移動の設定ですが、これは単に過去へ行って歴史を変えるという単純なことで終わりにしたくなかったのです。ありとあらゆる可能性を詰め込んでみました。何か質問があるかたは気楽にどうぞ。
それでは、第一部も残すとこ後二話。最後のスパートです。