最終章「果てしなき流れの果てに」
確固たる世界が、揺らめく影のように融解していく。
肉体と精神を支える世界が喪失し、自分が存在しているということさえ、錯覚であるように思えてくる。
世界と世界の狭間に存在する空間、閉鎖空間。
そこへ着いた裕樹とヴァニラの前に、
ラストクルセイダーと、イネイブル・ハーベスターが存在していた。
『くそ・・・!!ここはどこなんだ!?ヴァニラ、何かわかった?』
『・・・わかりません・・・。・・・裕樹さん、前方に熱源感知・・・です』
『!?他にも誰か来たのか・・・?』
直後、朝倉裕樹とヴァニラ・Hは目を疑った。
その目の前に居るのは、
完成されなかった、追加武装を装備した、自分たち自身だったのだから。
「・・・・・・聞こえるか?朝倉裕樹」
「・・・・・・聞こえますか?ヴァニラ・H」
裕樹とヴァニラは、それぞれ自分自身に通信を繋げた。
『・・・・・・誰だ、お前』
『・・・・・・何者です、あなたは』
まったく同じ声が返事してきた。
なんだか、かなり奇妙な感じがする。無理もないが。
だが、迷いはない。
迷うくらいなら、こんなことはしていない。
「俺は・・・」
「私は・・・」
ハッキリと、名を告げた。
「浅倉裕樹だ」
「ヴァニラ・Hです・・・」
『馬鹿なっっ!?どうして、俺がいるんだ!?』
向こうのヴァニラ・Hもひどく混乱しているようだ。
「悪いけどな・・・」
『・・・?』
「生き残るのは、どちらかだけだ」
『・・・!?何をっっ!?』
「悪いけど・・・俺は死ぬ気はない。・・・死んでくれ」
「私もです。・・・消えて、もらいます・・・」
はっきり言って、かなり悪役のセリフだ。
けれど、否定しない。
今の自分たちは、彼等からすれば確かに悪役なのだから。
有無を言わせる前に、裕樹とヴァニラは機体を加速させ、突撃していく。
『なんだかわからないけど・・・・・・言われるままにやられるかっっ!!』
朝倉裕樹の瞳の奥で、6つの結晶が収束し、無数の光と共に弾け、解放した。
『・・・やられません、絶対に・・・!!』
ヴァニラ・HのH.A.L.Oの輝きが一気に増した。
ここに、自分自身同士の戦いが幕を開けた。
接近しつつ収束火線砲を放ち、更にHLプラズマブレードを振りぬき、振り下ろす。
朝倉裕樹はその全てをいとも簡単に回避し、「セイクリッドティア」を抜きつつ、ライフルを連射してくる。
大きく旋回してから、後方に向けて対艦ミサイルを発射、振り返りざまにHLプラズマブレードを振りぬくが、ミサイルは「ハイパーベロシティ」で全て迎撃、HLプラズマブレードを容易く回避し、右のHLプラズマブレードの展開装置を破壊する。
反射的に両者は同時に「ヴァレスティ・シリンダー」を展開。全てが完全に相殺される。
『ッッ!!なんだかわからない理由で・・・殺されるわけにはいくかっっ!!』
「墜とす・・・この世界からっっ!!」
連装収束火線砲、長距離ビームを一斉に発射。その先に左のHLプラズマブレードを振り下ろす。が、その軌道を完全に予測していたかのような動きで全てを回避し、残るHLプラズマブレードの展開装置を破壊。流れる動作でエスペランス本体にも深々と斬撃を与えてくる。
「っっ!!」
『でぇぇぇぇぇぇぇいっっっっっ!!!!!!!!!!!!!』
距離を離し、朝倉裕樹は「ソニックスラッシャー」を二つ同時に投げつけ、シリンダーを再度展開、「セイクリッドティア」を構え突撃してくる。
自分のこの攻撃がどういう誘いなのかが瞬時に理解し、裕樹は躊躇いもなくエスペランスを分離。犠牲とする。
『やった!?』
爆煙に包まれた瞬間、裕樹は「セイクリッドティア」、「ラケルタ・ヴァレスティセイバー」を両手に構え、一気に隣接。
両者はまったく同時にSCSを繰り出し、その怒涛の斬撃の嵐を全て弾き合う。
弾かれ合い、距離を空ける。
裕樹は正直、絶望に襲われた。
自分自身だからこそ、次に何をするのかわかるし、その対処もどうするのかがわかる。
正直、決着が着くのだろうか。
自身との戦いが、ここまで苦戦するものだと、初めて理解できた。
―――けれど、
アイツは朝倉裕樹であって、
浅倉裕樹ではない。
それが、
勝負を決めるたった一つの要因。
「あと・・・少しだけ。・・・もってくれるか・・・?俺の体は・・・」
嘆いても仕方がない。
裕樹は泣きたくなる気持ちで、再度聖刻に力を集めた。
両手が急激に熱く―――――――――限界、危険
頭に何かが浸食してくるような感覚―――――――――維持、不能
それでも、裕樹はその力を解き放った。―――――――――失う。大事な、 を。
正面からヴァニラはエスペランサ全ての武装を一気に解放する。
そのフルフラットをヴァニラ・Hは、即座に旋回。スラスター全開で逃げ切る。
互いに対角線上を飛び交いながら、それぞれ一撃必殺の「ゼーバーキャノン」を放ち合う。
『・・・こんな所で・・・私は・・・!!』
「それでも、私は消えるわけには・・・いかない・・・!!」
回り込む過程でHLプラズマブレードを展開、全力で左右から振りぬく。が、それをギリギリの所で回避、一気に接近され「ゼーバーキャノン」が収束火線砲を貫いた。
「っっっ!!!」
『覚悟・・・してください・・・!!』
その体制のまま「エイミングレーザー」、再度「ゼーバーキャノン」を放ち、長距離ビーム砲、片方のスラスターが撃ちぬかれた。
だが、ヴァニラは即座にHLプラズマブレードを展開したまま縦にバレルロールを行う。
その予測出来なかった動きに、ヴァニラ・Hは対応しきれず、ナノマシン収納アームが切断される。
「・・・私は、あなたとは違う」
『・・・・・・?』
自分自身。それに間違いはない。
しいて言えば、自分の方が四ヶ月ほど、歳をとっている。
だが、そこが明確な差だった。
その四ヶ月で得たもの、決めたものは、
決してこのヴァニラ・Hでは得られないもの!!
ヴァニラ・Hの放つ「ゼーバーキャノン」をエスペランサを分離して、誘爆するようにエスペランサを爆発させる。
その直後、ヴァニラ・Hが反応するよりも早く、ヴァニラは機体をヴァニラ・Hの真正面に持っていき、相手がこちらを見た瞬間を狙って、「ハイ・リペアウェーブ」を至近距離から放った。
『・・・!?』
当然、ヴァニラ・Hは驚愕した。
何故、ここで自分も修復する「ハイ・リペアウェーブ」を発動させたのか。
その意味を、ヴァニラ・Hは数秒後に理解した。
『・・・いない・・・!?』
緑色の光、ナノマシンの光を、なんと目くらましの理由だけで放ったのだ。
次の瞬間には、ヴァニラはヴァニラ・Hの真上に位置し、「ゼーバーキャノン」を構えていた。
『・・・っっ!!』
「・・・この、決意。裕樹さんを・・・何があっても支えるという、決意・・・」
砲身に、光が収束される。
「この決意が・・・私とあなたの、決定的な、違い・・・っっ!!!」
躊躇いもなく、「ゼーバーキャノン」が放たれる。
その、コックピットを完全に捉えた射撃は、イネイブル・ハーベスターを完全に撃ち貫いた。
『この・・・力・・・!?』
朝倉裕樹が気づいたその時には、裕樹は全てのシリンダーを展開して、朝倉裕樹に襲い掛かっていた。
即座に反応し、相手もシリンダーを展開する。
その互いに放ったシリンダーのビームは互いのビームを相殺していく。
そのビームが放たれている隙に、裕樹は「ソニックスラッシャー」を二つとも打ち出し、両手にダブルセイバーを構えたまま相手に突撃。朝倉裕樹は即座に防御のSCSの構えを取る。
それこそが、狙い目だった。
2本のダブルセイバー、打ち出した二つのビームブーメラン。計6本の刃だと、今、朝倉裕樹はイメージした。
打ち出した二つの「ソニックスラッシャー」が届く直前に、裕樹は「ラケルタ・ヴァレスティセイバー」を全力で投げつけた。
『なっ!?』
直後、真正面に突撃していた軌道を急激に変更、真上から襲い掛かるようにスラスターを全開にする。
朝倉裕樹は三つの飛ぶ斬撃をSCSでなんとか受け流した。
その直後、真上に流した「ラケルタ・ヴァレスティセイバー」を裕樹は瞬時に「セイクリッドティア」に装着。「エターナルブレード」を展開して、神速の速さで振り下ろした。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
『ぐっ!?』
朝倉裕樹は瞬時に「セイクリッドティア」で刃を受け止めようとした。
それを、出力の高さと神速の早さ。更に世界に対する優先力の三つを全て掛け合わせ、
セイクリッドティアごと、朝倉裕樹のラストクルセイダーを両断した。
「俺と、お前では・・・」
『・・・・・・・・・』
「見てきたモノが違うんだっっっ!!!」
この朝倉裕樹は知らない。
自分が、どれだけの地獄に近い記憶を思い出し、苦しむ結果になったことを。
それが、浅倉裕樹と朝倉裕樹の決定的な差だった。
自分自身を倒した裕樹とヴァニラ。
が、その直後、予想通りに存在の確定がされてしまい、閉鎖空間が世界を維持出来なくなってきた。
「裕樹さん・・・!!」
「くそっ!!聖刻で・・・!!」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ
「っっっ!!!!」
「・・・!!裕樹、さん・・・?大丈夫ですか・・・!?」
頭が、自分自身の存在が悲鳴をあげた。
もう、もたない。
あと一度でも聖刻を発動しようものなら、
その存在が世界に飲み込まれる。
「・・・ぐっっ!!・・・駄目だ、もう・・・」
「裕樹、さん・・・」
世界が捻じ曲がっていく。
世界の存在が無くなっていく。
この世界に、自分が存在する意味すら消えていくような、
そんな、世界だった。
「・・・・・・ごめん、ヴァニラ。もう、俺たちは・・・」
「・・・いいです。・・・・・・お疲れ、さまでした・・・」
崩れゆく世界の中で、
ヴァニラは、
これ以上ない、やすらかな笑顔を向けてくれた。
そんな少女を助けてやれない。
ここで、終わりなんだと。
それが、ただ一つの心残りだった。
その、全てが失っていくような世界に引き込まれる中、裕樹は自らの意識の中に沈んでいった。
どこか優しく、どこか落ち着く、それでいて、悲しい場所。
それが現実の世界でないことぐらい、裕樹にもわかっていた。
「・・・ここは・・・」
――――――深層意識の中、だよ。
どこからか、いたわりを携えた優しい声が響いてきた。
次の瞬間には、声の主が目の前に現れていた。
たややかな青い長髪をもち、水色の瞳をした、美しく、なのに、150cm半ばしかない、小さな身長。
それこそ、シャトヤーンに匹敵するほどの美しさを持った少女。
記憶の中から探り出す。
――――――・・・・・・
――――――ヴァリア・ピラ。
天人の、統括者である女性(少女)だ。
「リア・・・?」
いつか、そう呼んでいた愛称が、自然と口にでた。
「久しぶりだね、お兄ちゃん」
自分をお兄ちゃんと呼び、嬉しそうな笑顔をしている。
こんな見た目と外見でも、彼女は立派に天人の統括者としての責務をまっとうしている。
「・・・やっと、思い出したんだね」
「・・・ああ。忘れたら、いけないことなのに・・・」
「無理もないよ。お兄ちゃん、あんな喪失状態で千年間も生き続けたんだから」
「・・・けれど・・・」
結局、自分は救われなかった。
その結果が、これだ。
自分は、閉鎖空間で自分自身と戦い、その存在を世界から消した。
救いを信じた結果が、これだ。
「・・・リア、あの時言ったよな。美奈の生まれ変わりが、俺を救うって・・・」
「・・・うん」
「けど、やっぱ駄目だったよ。結局、美奈の魂も俺が取り込んじまった・・・」
「お兄ちゃん・・・」
心配そうなリアの視線が痛い。
けれど、これは事実だ。
決して、自分は救われないと。
世界に、そう言われた気がする。
「・・・・・・きっと、条件が足りなかったんだと思う」
唐突に、リアは不思議な事を言い出した。
「え・・・?」
「きっと、美奈お姉ちゃんがお兄ちゃんを救える、条件がそろってなかったのよ」
「なんだ・・・それ。・・・条件・・・?」
「うん、世界の条件」
意味がわからなかった。
リアは、何を言いたいのだろう。
「じゃ、ヒント。あのね、私たちの世界ってね、存在している場所じゃないの。“世界そのものが、生きている”のよ」
「世界が・・・生きている?」
うん、と頷くリア。
この少女はいつだってこうだ。
決してストレートの真実を教えてくれない。
真実は、自分で見つけるものなのだと。
それが、天人の統括者なのだから、仕方が無い。
「ん・・・これも条件の一つかも。ちょっとサービスしちゃったかな」
てへ、と可愛らしく舌を出すリア。その容姿は、本当に妹と思えるほどだ。
「・・・なあ、リア」
思わず、裕樹は珍しく、弱気になった。
「俺・・・どうすればいいんだ?やっぱり、永遠に罪を償わなければいけないのか・・・?」
そんな弱気の裕樹を見て、リアの顔が無表情になっていく。
リアから、ヴァリア・ピラへと変わった。
「浅倉裕樹」
唐突に呼ばれ、思わず驚いた。
「あなたの存在は、この世界の中でいずれ台風の目となるでしょう。それから、逃げ出すことなど許されないのですよ」
「・・・・・・・・・」
そんなことはわかってる。
けど、今は道が見えない。
第一、これから助かるかも怪しいのだ。
「・・・あのね、お兄ちゃん」
ヴァリア・ピラからリアへ戻り、リアは優しく傍へ寄ってきた。
「お兄ちゃんが世界の罪人であっても、その世界に生きてるってことは、必ず意味があるんだよ」
「・・・・・・」
「だから、諦めずに、生きて。どれだけ苦しくても、どれほど悲しくても、いつか、きっと・・・・・・」
「リア・・・」
目の前で両手を合わせ、祈るようにこちらを向いている。
「お兄ちゃんが、浅倉裕樹ではなく、朝倉裕樹になれるのを、ずっと祈ってるから」
心の底から、そう思っているのだと、理解できる。
と、この世界が急に不安定になってきた。
「私の鏡門の聖刻の力も、ここまでかぁ・・・」
残念そうに、リアはため息をついた。
「え、と・・・リア・・・」
「お兄ちゃん、だから生きて。諦めないで。あのヴァニラっていう娘をこの閉鎖空間からどうにか出来るのも、お兄ちゃんだけなんだよ?」
「・・・・・・・・・」
「・・・お兄ちゃんっっ」
元気出して、と言わんばかりに笑顔を向けてくれる。
だから、裕樹も決意した。
これから、きっと想像も出来ないほどの苦しみが自分を襲うだろう。
けれど、それでも、
自分は、生きなければならない。
たとえ希望が欠片もなく、
あるのが絶望だけだとしても。
「・・・じゃあな、リア」
「うん、バイバイ、お兄ちゃん」
そういって、深層意識の世界は泡のように消えていった。
「・・・ッッッヴァニラ!!」
取り戻した最後の意識で、裕樹は機体をイネイブル・ハーベスターに寄せた。
「裕樹、さん・・・!?」
「ヴァニラ、この瞬間だけでいい。自分と、俺を信じてくれ!!」
「え・・・?」
「たとえ、今いる世界がどうなっても、自分の存在は消えないって、強く思ってくれ!!」
立て続けの言葉を、ヴァニラは疑いせずに、信じてくれたようだった。
もう閉鎖空間という世界が世界を維持出来ない。
全てが消え去ろうとする直前、
裕樹は、全ての力を両手の聖刻に集中させた。
自分を、世界と同化できるのなら、――――――壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる
その力を応用して、――――――無くなる消える消える無くなる無くなる消える存在が消える無くなる無くなる消える
自分、そのものを、――――――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
世界へ模造することが、――――――失う失う失う失う失う失う失う失う失う何かを失う失う失う失う大切な失う失う
出来るはずだっっ!!――――――――――――――――――――――――限界、崩壊
全てを失ったような感覚の中、
もう消えようとしている世界の中、
裕樹は、ただ、その意識と力を、
未来、あの世界へ。
直後、世界は霧散し、
ラストクルセイダー、イネイブル・ハーベスターは、
時間と空間の狭間に、消えていった。
エピローグ
音無春菜の日記より
皇国暦413年 11月7日
裕樹さんとヴァニラさんが過去へ行ってから、僅か数時間後、タクトさんたちはいきなり、前置きもなく、白き月の前に現れました。あまりのことに、みなさん、しばらく固まってましたけど・・・すぐに歓喜の声をあげました。―――それも、白き月に響き渡るほどの声で。
今だ、事情を読み込めないタクトさんたちは、彩や、シャトヤーン様の説明を何回も聞き直して、ようやく事実を理解しました。―――自分たちは、本当は死んだ存在なんだ、と―――
でも、
そこまできて、みんなが落ち着いてから、
みなさんは、ようやく違和感に気づきました。
――――――裕樹さんと、ヴァニラさんが、いないと。
私は、覚悟してました。
事情を聞かされた時から、裕樹さんとヴァニラさんは、帰ってこれないのでは、と。
そうして、みなさんは例えようのない後悔と罪悪感に襲われました。
タクトさんたちが助かるという言葉だけを聞いていて、あの二人のことを考えられなかった、と。
正直、思いっきり引っ叩きたかったです。
なんで、今頃になって、そう思うのかと。
どうして、すぐに気づいてあげられなかったのか、と。
そうして、再開を祝うこともなく、
裕樹さんとヴァニラさんの捜索が開始されました。
皇国暦413年12月11日
裕樹さんとヴァニラさんの捜索が開始されたから、およそ一ヶ月。
今だ、なんの手がかりもなく、ただ時間だけが無常に過ぎていく日々。
心のどこかで思った。
本当に、二人とも助かっているのか、と。
そう思った自分が、信じられなかった。
皇国暦414年 2月10日
二人の捜索が始まって三ヶ月。
みなさんに疲労と絶望の表情が見え隠れしてきました。
無理もないと思います。
今だ、手がかりの欠片すら、見つからないのですから。
美奈さんが、人知れず隠れて泣いているのを見た時、
私も、思わず泣いてしまいました。
皇国暦414年 5月21日
この日をもって、裕樹さんとヴァニラさんの捜索が断念されました。
トランスバールもリ・ガウスと協定条約を結んでおり、政治的にも非常に忙しい時期なのです。
それでも、私と美奈さんとちとせさんだけは、まだ裕樹さんとヴァニラさんの捜索を続けようと、心に決めていました。
ちとせさんは、新たにシヴァ陛下やシャトヤーン様が作った、白き月直属の独立特殊部隊、「パラディン」に即座に申請、合格して、捜索を続けることになりました。
この「パラディン」という独立特殊部隊は、シヴァ陛下やシャトヤーン様が、裕樹さんたちがいつ戻ってきても、白き月に帰ってこれるような配慮なのだということです。軍の指揮系統に縛られることのないこの制度を、ちとせさんは裕樹さんとヴァニラさんの捜索に当てたというわけです。
およそこの日を境に、みなさんはバラバラになっていきました。
まるで、みなさんを繋ぎとめていた、裕樹さんの存在が無くなったの思わせるように。
皇国暦414年 9月27日
この日、ついにタクトさんとミルフィーさんが結婚しました。これから二人のことをマイヤーズ夫妻と呼ぶとなると、なんだかおもしろい気がします。
二人共、軍を退役してタクトさんの母星で小さなカフェを営んでいるようです。
みなさん、ようやくそれぞれの道を歩き出したようです。
ですが、私と美奈さんとちとせさんは、今だに捜索を続けています。
三人とも、最近はほとんど連絡を取っていません。ですから、美奈さんとちとせさんがどこにいるのか、まったくわかりません。二人の結婚式には、顔を見せてくれたのですが・・・
年 月 日
今、私はリ・ガウスにある「ヴェインスレイ」という部隊に身を寄せています。
主に前大戦のレジスタンスの発展型といえる組織で、京介さんや和人さんたちも、ここに身を寄せていました。
私はここで、両世界の様子を見ながら、裕樹さんとヴァニラさんを探しています。
今日で、日記を書くのを止めることにします。
あまりにも、悲しいことしか書けませんので。
いつか、裕樹さんとヴァニラさんに会えるその日まで、
この日記は、止めることにしました。
皇国暦413年11月
朝倉裕樹、ヴァニラ・Hの捜索開始。
後に、この二名の行った戦いを「ラストクルセイド」と命名。
皇国暦414年5月
朝倉裕樹、ヴァニラ・Hの捜索を断念。
トランスバール、リ・ガウスとの更なる相互関係を深めるために、留学制度を実施。
ランファ・フランボワーズ、この第一責任者に立候補。リ・ガウスとの親善大使に任命される。
皇国暦414年6月
シヴァ・トランスバール、独立特殊部隊、「パラディン」を設立。
烏丸ちとせ、初の「パラディン」に任命され、独自の権限を得る。
皇国暦414年9月
タクト・マイヤーズ、ミルフィーユ・桜葉、両者結婚。同時に、軍を退役。
その際、アルカナム・ラッキースターは白き月へ返還。ウイングバスター・パラディンは、音無春菜、神崎正樹、水瀬彩らの賛成意見により、タクト・マイヤーズ個人が管理を任されることになる。
皇国暦415年1月
トランスバール皇国、白き月を中心として、IGによる紋章機支援機体開発計画「Y計画」を始動。
リ・ガウスからの技術を応用し、今後の主力量産機開発の中枢を担うとされる。
皇国暦415年3月
新たなる二機の紋章機が発見される。
同時に、使用不能だった7番機を、修理。通常の紋章機へと改良する。
しんしんと雪が降る中、美奈は目の前の石を見つめていた。
ここはレスティ。そのウェイレス地方。
自分と裕樹の故郷の地方。
その中で、唯一理解出来ないものがあった。
それが、この石を積み上げただけの墓石。
このレスティに伝わる伝説の中で、この石だけが、今だ謎めいたままだった。
美奈にはわかる。
これが、全ての発端なのだと。
裕樹の悲しみを、知ってしまったから。
裕樹の苦しみを、知ってしまったから。
裕樹の罪の深さを、知ってしまったから。
だから、その謎を解き明かさないといけない。
でないと、自分ではまだ、裕樹を救えない。
この石を、ただ一人理解しかけたのが、裕樹だった。
だから、この石が何を意味しているのか。
裕樹を探すより、こちらを優先しなければならないと思った。
裕樹を救うと決めた。
だから、その条件を探している。
裕樹を助けると、心に決めた。
だから、今でも私はこうしている。
天からの悲しみが降りしきる中、自分の吐息がやけに白く見えた。
裕樹は、きっと生きてる。
必ず、また会える。
だから、その時こそ。
私が、裕樹の罪を祓ってあげる。
そう、決意した。
――――――それでも、
「・・・・・・裕樹・・・」
誰に問うのでもなく、美奈は天に向かって言ってみた。
「・・・会いたいよ、裕樹・・・」
抱きしめて欲しい。名前を呼んで欲しい。傍にいて欲しい。
ただ、裕樹に会いたかった。それが、本心だった。
雪風が美奈の赤みの強いピンクの髪を撫でる。
その、冷たい風を感じてから、
美奈は、丘を後にした。
裕樹に会える、その日を信じて。
GALAXY ANGEL
ENDLESS OF ETERNIA
第一部 完