第三章「望んだ力と手にした力」
雨。
冷たい雨が、自分の体を冷やしていく。
雨。
その雨と一緒に、自分は涙を流していた。
目の前の、少女を睨みながら。
――――――許さない。
――――――えっ・・・?
――――――絶対、許さない。
――――――エクスっ、私・・・!!
――――――ティアなんか、許さない。
雨。
冷たい雨が、自分の心を冷ましていく。
もう戻れないと、告げられたようだった。
「――――――っっ!!」
飛び起きるようにして、エクスは目を覚ました。
今の時間は昼の4時。自分の部屋で寝転がっているうちに、ついウトウトしてしまったのだろう。
気づけば、自分は信じられないほどに汗をかいていた。
肌に張り付く服が、これ以上なく気持ち悪い。
喉も渇いている。なんでもいいから喉を潤したかった。
ふらつく足取りで冷蔵庫を空ける。スポーツドリンクのキャップを空け、喉に流し込んだ。
喉が潤されてから、ようやくまともな思考が戻ってくる。
「・・・シャワー、浴びよう」
汗でベトベトになった服を脱ぎ、バスルームへと入っていた。
寝起きのせいか、ぼーっとしながら温めのシャワーを浴びる。
お湯の温度が丁度良く、このままではまた眠りそうだ。
が、こんな格好で寝るわけにはいかないので、お湯を熱くして目を覚ます。
しばらくシャワーを浴び、汗を流してから、シャワーのコックを止めた。
「・・・・・・」
エクスはしばらく、バスルームに備えられている鏡に写る、自分の顔を見つめた。
思い出すのは、先ほどの夢。
幼い自分が経験した、苦い思い出。
―――いや、そんなものじゃない。
後悔してしまうような夢も、何度も見続けるとなると、それは悪夢だ。
悪夢なのだから忘れてしまいたいのに、忘れてはいけないと、自分自身が分かっている。
あの出来事が、エクスにとっての、全ての始まりだった。
ぬれた体を乾いたバスタオルで拭き、エンジェル隊の制服に着替える。
そういえば、ゼノンの定期整備がまだ終わっていない。
エクスはキュッと顔を引き締めて、部屋を出る。
足どりは格納庫へ進ませながら、エクスは再び思考を頭に戻した。
力を望んだのは、あれがきっかけ。
力が欲しかった。 を る力が。
――――――何故?
あの時、力さえあれば。
――――――そうして手にした力は、望んだものか?
違う。こんなのじゃない。
俺は、こんな破壊の力を望んだわけじゃない。
ただ、守れると思った。他者が届かない、絶対的な力があれば。
けど、違った。
力は、守るためのものじゃない。
破壊のために、存在するのが力だ。
そして、破壊の先に守ったという、結果が残る。
――――――だから、そのための犠牲は仕方が無い。
本当に、そうだろうか。
本当に、仕方ないのだろうか。
どうして、犠牲がなければ、何かを守ることすら出来ないのだろう。
「エクス、どうかしたのかい?」
考えが顔に出ていたのだろうか。
格納庫に着くと、いきなりフォルテに話しかけられた。
いつもは豪快な笑顔を見せてくれるフォルテだが、今は少し心配そうな顔をしている。
「フォルテさん・・・」
「悩み事かい?あたしでよければ付き合うよ」
そんな、大人の女性の笑顔に心を許してしまったのだろうか。
話してみようと、エクスは思った。
格納庫内ハンガーの隅に移動し、格納庫を覗き込む形で手すりに持たれかかる。
フォルテも、同じように付き合ってくれた。
「で?どうしたんだい?」
「・・・俺・・・」
心を決めて、話し出す。
「俺、ゼノンが嫌いです」
ハッキリと、自分の搭乗機に、嫌いという意志表示をした。
フォルテも、いきなりの発言に少なからず驚いたようだ。
「ゼノンだけじゃない・・・レガータや、インヴォーカー、カルナヴァーレ、・・・・・・紋章機だって、嫌いなんです」
「ほう・・・どうしてだい?」
別に怒りもせず、フォルテは聞いてくれた。
「どれだけ、守護天使って美化されても、結局は破壊の力じゃないですか。なんと言おうと、アレは破壊の力です」
「そうだろうねぇ・・・。間違いじゃないさ」
以外にも納得したようにフォルテは頷いた。
だから、自分はもっと続けた。
肯定してほしいのか、否定してほしいのか。それさえ、わからない。
ただ、答えが欲しかった。
他人の助けを借りてでも、道標となる、答えが欲しかった。
「・・・別に、戦わないっていうわけじゃないんです。ただ、認めることだ出来なくて・・・」
「あのなエクス」
駄々をこねる子どもをあやすように、フォルテは話かけた。
「そんな力でも、何かを守ることは出来るだろ?」
そんな、そんななし崩しみたいな答えが聞きたいんじゃない。
伝説のエンジェル隊のリーダーも、その程度の考えしか持ってないのだろうか。
「そんな・・・そんな破壊の先にある守護なんて・・・っっ!!!」
「エクス・・・?」
「どうしてなんですか!?なんで、何かを破壊しないと、何も守れないんですか!?ただ守るだけの力が、なんで無いんですか!?」
睨みつけながら、エクスは叫ぶ。
相手がたとえリーダーであろうと、関係ない。
自分の考えを、そんななし崩しみたいな考えに固まらせたくない。
「落ち着きな、エクス」
なだめる、というより脅すようにしてエクスを落ち着かせる。
「・・・別にアンタの考えを否定するわけじゃないけどね、そんな考えだと、いつか身を滅ぼすよ」
「じゃあ、どうしろって言うんです・・・」
「・・・戦士としての、永遠の葛藤だね。それは・・・」
やれやれ、といった風に、フォルテは帽子を脱いだ。
赤い、真紅の髪に眼を惹かれる。
「こうとは考えられないかい?―――何かを破壊した。だから、守れるモノだあるって」
「でも・・・それでも犠牲は出るじゃないですか。・・・俺は・・・」
「その犠牲も出したくない、か・・・」
わかっていたように、まるで、自分も同じ事を考えたかのように、フォルテは遠い目をしながらため息をついた。
まただ。
フォルテがこのような目をするのは、これで二度目。
彼女は、自分の知らない答えを知っている。
正しい答えが、別にあると。
「エクス、アンタのその理想は間違っちゃいないさ。理想としてはね。けれど、それじゃあなんにも出来ないさ。何かを、守ることさえ、出来なくなっちまう」
「――――――っっ」
わかっている。そんなことはわかっている。
けれど、
だからって、いけないのか。
――――――違う。それはきっと、違うと思う。
わかっている。
犠牲なしに救いは訪れないと、わかっている。
大人になったのだから、それが現実なのだと理解している。
――――――あの時とは、違う。
全てを救うことは出来ないと。
「・・・・・・でも」
例え、それが人としての答えだとしても。
「それでも、俺は・・・何かを犠牲にして、守れるモノだけを守るなんて・・・っっ!!」
「なら、それでいいじゃないか」
てっきり反論されると思っていたが、違った。
フォルテは、なんだか親が子の成長を喜ぶような笑顔で、笑ってくれた。
「自分でそう決めたなら、アタシは何も言わないよ」
そこまで言ってくれて、ようやくわかった。
この人も、同じだ。自分と同じことで、悩んだことがあったのだ。
けれど、この人は答えを見つけたのだ。
フォルテ・シュトーレンとしての、ただ一つの答えを。
「頑張りな、エクス。アンタのその道は試練の道だ。行くのなら、ただ突き進みな」
それだけ言って、フォルテは帽子をかぶった。
その姿が、やけに眩しく見えた。
「あの、フォルテさん」
「ん?」
「一つ・・・聞いていいですか」
「なんだい?答えられることなら答えるよ」
大きく息を吸い込む。
聞きたいこと。それは極めて単純。かつ、大事なこと。
「フォルテさんは・・・何を、守っているんですか?」
その言葉を待っていたかのように、フォルテは再び遠い目になった。
「・・・ここだよ」
「え?」
「この、エンジェル隊という居場所をくれた、みんな・・・だね」
「・・・?」
エクスにはわかるまい。
血なまぐさい、乾き切った人生を送ってきた自分にとって、ここが。この場所が。
エンジェル隊という居場所が、唯一つの自分の世界だと。
そして、それを与えてくれた、仲間。
多くの仲間が、この艦を去った。
それでも。
仲間が守ろうとしたモノ。仲間が守ろうとした世界を、自分がこれからも守っていけるなら。
――――――それはきっと、自分にとっての最初で最後の理想郷。
フォルテが見つけた、フォルテだけの答え。
今だ疑問符を浮かべるエクスに、今度がフォルテが聞いてみた。
「お返しだ。エクス、あたしもアンタに聞きたいことがある」
「え、なんですか?」
「・・・アンタは、どうして力を望んだんだい?」
衝撃が走った気分だ。言うなれば、ハンマーで頭を叩かれた気分に似ている。
力、何かを守りたいと思って望んだ力。
何を、守ろうと?
――――――いや、違う。
そう、違う。
自分は、その前に思ったことがある。
あの、雨の日に思った、ただ一つの答え。
あれが、力を求めた理由。
「・・・それは」
続く言葉の意味が、フォルテには理解出来なかった。
「・・・・・・ティアを許せなかったから」
「・・・ティア、だって?」
確かに、彼女がエクスの幼馴染だとは知っている。
が、今のエクスの言葉はなんだ?
彼等に、一体何があった?
と、そこまで考えて、フォルテは帽子をかぶり直した。
「そうかい、悪かったね」
これ以上、過去に立ち入るべきではないと、フォルテは即座に理解した。
「あたしの聞きたいことはそれだけさ。―――ゼノンの整備がまだなんだろ?早く済ませときなよ」
少し呆然とするエクスを残し、フォルテは格納庫を後にするべく、歩みを進めた。
――――――正直に言えば、これ以上お互いのことに関わりたくなかったのだ。
自分が、何を考えているのかが、わからない。
この力が、何をもたらすというのか。
後悔はしていない。
けれど、
先が、まったく見えない。
「あ、エクス」
と、急に目の前にティアが現れた。正しくは、ぼーっとしていた自分が悪いのだが。
ティアはいつものように長い髪をポニーテールにしており、いつもながら活発なイメージがある。
「整備終わった?私これからセリシアとミント先輩と一緒にお茶しようとしてるんだけど、よければエクスも・・・」
「俺、まだ整備終わってないんだ」
「え・・・そ、そうなんだ・・・」
気まずそうに、ティアは顔をしかめる。
エクス自身、もう少し言い方があったと思ったが、自然と出てきた言葉がこれだったのだ。
「えっと、じゃあしばらくしたら・・・」
「いいよ。女の子ばかりのところに、男の俺がいたら場がしらけるだろ」
しまった、と思うが遅すぎた。
「・・・うん、わかった。整備、頑張ってね」
それでも精一杯の笑顔を向けてから、ティアは格納庫を後にした。
幼馴染だからわかる。
さっきのティアは、泣きそうだった。
「エクス、お前ってティアと仲悪いのか?」
ゼノンのコックピットに座って、整備をしていると、正樹がぬっと現れ、こんなことを聞いてきた。
不躾もいいとこな質問に、エクスも少し困りながら答えた。
「いえ、別にそういうわけじゃ・・・」
「さっきのやりとり、悪いけど見てた。―――どう見ても仲がいいとはいえねぇぞ」
そういうことか。
いきなりな質問かと思ったが、正樹は先程のティアとのやりとりを見て、疑問に思ったのだろう。
それなら、多少な納得できる。
「心配ですか・・・?ティアのテンションが下がるのが」
「ん・・・?・・・・・・まぁ、そういうことにしておくか」
嫌でもわかる。この人は、そんなこと微塵も思っていなかった。
どういう神経をしているのだろう。ティアのテンションが下がり、戦力が低下するから心配したのかと思った。
だが、正樹という人は、単に気になった程度の考えで聞いてきたのだろう。
「・・・別に」
「まぁ、別にどうでもいいけどな。―――けどよ、エクス。一つだけ忠告してやる」
いつになく真剣な顔が迫り、エクスも作業の手を止め、思わず見つめ返す。
「なん、ですか?忠告って・・・」
「誰とでも仲良くしとけ。そういう信頼関係が、エンジェル隊の強さなんだからよ」
子どものようにニカッと笑い、正樹は顔を離した。
結局、この人は何が言いたいのだろう。
エクスには、まるで理解出来なかった。
ただ、モヤモヤした気持ちが吹き飛んだことは、正樹に感謝した。
いろいろあったけど、今日見る夢は、きっと悪夢ではない。
そう、確信できた一日だった。
〜あとがき〜
迷える新章主人公、その一。といったところでしょうか、今回の話は。
破壊の先にしかない、守るという結果。守るためには、破壊しかないのだろうか?という、エクスの苦悩を書きました。
その中で、その思いを昇華させ、自分なりの答えを見つけたフォルテ。今だ、答えが見つからないエクス。彼の成長を長い目で見てくだされば、嬉しいです。
ちなみに、最後の正樹の行動は、ふざけているのではなく、エクスを元気付けるためのものです。
それでは。引き続き頑張ります。