第四章「彼と彼女とあなたと私」

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

レスターは、ブリッジで司令席に座りながら、じっと我慢していた。

その時間、実に約20分。普通ならとっくに我慢の限界だが、その相手が相手だけに、我慢せざるをえなかった。

およそ20分前。各パイロットに報告書を持って来いと連絡したのだが、ただ一人を除いて全員の報告書を受け取った。

そのただ一人こそ、入り口付近のブリッジの柱の後ろに隠れながらこちらの様子を伺っている少女。セリシア・フォームであった。

良く言えば、人見知りが激しい。

悪く言えば、対人恐怖症である。

ハッキリ言って、よくこんな少女にエンジェル隊が務まると、レスターは常々思う。

ま、彼女の特別な才能が8番機、ピュアテンダーに一致したのだから、仕方ないのだが。

と、ようやく勇気を出してくれたのか、セリシアはビクビクしながら恐る恐るこちらに近づいてくる。

そうして、ようやくまともな距離にまでやってきた。

「ク、クールダラス司令・・・。ほ、報告書です」

身を引きながら報告書を持った手だけを精一杯伸ばしてきた。

(ライオンか、俺は・・・)

思わず口にしたかったが、さすがに止めておいた。

「そ、それじゃ失礼します!!」

報告書を渡した途端、セリシアは脱兎の如くの速度で、ブリッジを駆け出していった。

 

 

 

「まったく・・・やれやれだ」

さすがのレスターも精神的に疲れ、思わず司令席に身を沈める。

「お疲れ様です、クールダラス司令」

労いの言葉をかけてくるアルモに反応して、レスターは身を起こした。

「司令?お疲れでしたら休んでいらしてもいいんですよ?」

「そうはいかんさ。・・・厚意は貰っておくがな」

目を少し瞑って、気を引き締める。

「・・・最近になって、ようやくタクトがただ遊んでいたわけではないとわかった・・・」

「司令・・・相当参ってません?」

「いや、本心だ。俺にはエンジェル隊のテンションを最高に保たせる術など知らんからな」

本気でそう思う。一体、タクトはどういう手法を取っていたのだろうか。

普段から女、子どもを嫌っていた性格がこんなところで災いしようとは。

正直、頭を抱えた。

「いい加減、セリシアのあの性格をどうにかしないとな・・・」

そこでふと気づいた。普段からエンジェル隊とも関わりが深い、彼等に任せてみればいいのでは?

思い立つが矢先、行動するべきだ。

「アルモ、艦内放送だ」

「了解。・・・・・・何を伝えますか?」

頭の中で、少しだけ人選する。

「・・・エクス、クリス、ミント、フォルテを、ブリッジに呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その10分後。

ブリッジに集まったのは、エクス、ミント、フォルテの三人だけだった。

「?クリスはどうした?」

「あの、正樹さんとトレーニングしていて・・・丁度いいところだから行けませんって」

エクスが恐る恐る答えた。

「・・・正樹が?」

「はい。『クリスを特訓する!!パラディンの権限だって、レスターに伝えといてくれ!!』・・・とのことです」

まさかそんなところで「パラディン」の権限を使うとは思ってもみなかった。やはり簡単に持たせては問題があったのでは、と思うのは今更すぎた。

「で、どのようなご用件ですの?」

ミントが、どこか楽しそうに聞いてくる。というより、テレパスでとっくに内容を知っているのではないだろうか。

ミントの真意を測りかねないまま、レスターは説明した。

「――――――実は、セリシアのことだが・・・いい加減、なんとかしたいんだが」

「え、セリシア、ですか?」

「あの娘の性格をなんとかしろっていうのかい?」

「随分と無茶なことを仰いますのね、クールダラス司令」

エクスはともかく、ミントとフォルテの視線が妙に痛い。

だが、仕方ないだろう。自分は、そういう人間関係についてはまったくの無力なのだから。

「・・・そうですわね、それがクールダラス司令でしたわね」

今、明らかにテレパスを使われた。が、説明する手間が省けたので良しとする。

「ともかく、そういうことだ。完全に直せ、とは言わん。―――せめて、報告書ぐらいは普通に届けられるようにしてくれ」

エクスとフォルテはその意味がわからなかったが、一人、その意味を理解したミントは、クスクス笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・で、どうします?」

ブリッジを後にして、とりあえずエクスが疑問を二人に投げかける。

「どうしろってもねぇ・・・」

「元々、こういうのはタクトさんの仕事でしたから」

「そうなんですか?」

エクスは一応、軍の志望動機が皇国の英雄に憧れて、ということになっているが、あながち間違いではない。

タクトに憧れて軍に入ったが、その時にはタクトはミルフィーユと結婚して、軍を退役してしまってたのだ。

「そうなんだが、――――――さて、どうしようか?」

「ここは一つ、直球で行きましょう」

「直球・・・ですか?」

「ええ、ストレートに、――――――セリシアさんのお部屋にいきましょう」

本当に直球すぎるミントの提案だが、他にいい案もなく、エクスとフォルテはそれに賛同した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、それが失敗だと思ったのが、セリシアの部屋に来てからだった。

突然の来客に驚き、とりあえず部屋にあげてくれたセリシアだが、自分の部屋だというのにその表情はすでに怯えきっている。その原因因子が、自分たちだというのも、痛いくらいわかる。

「お、お茶・・・入れてきます、ね」

「セ、セリシア?そんなに気を使わなくてもいいんだよ?」

「そ、そういうわけにはいきません」

小動物のように震えながら、セリシアは極力自分たちから離れ、お茶を入れに行った。

フォルテは、なんだが彼女に悪いことをした気分になっていく。当然、なにもしてないのだが。

「セリシア、手伝おうか?」

「い、いいのっ。エクスくんは座ってて!」

遠慮、というより、寄るな、という拒絶の意味が強かった。

正直、結構傷つく。

「あ、あの・・・みなさん、何を・・・」

セリシアがこちらにビクビクしながら声をかける。その度にキッチンの方から食器が次々と割れていく音が聞こえてくる。

このままでは、セリシアの部屋の食器が全て粗大ごみになってしまう。

仕方なしに、フォルテは撤退することにした。

「悪いねセリシア、ちょっと用事を思い出したよ。お茶のごちそうはまた今度にしておくれ」

「え!?は、はい。わかりました・・・」

残念そうな声と、安堵の声が混ざったような返事。

それを聞き届けて、三人はセリシアの部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直、参ったね・・・」

ミント、フォルテ、エクスはティーラウンジの一角に陣取り、疲れたようにお茶を飲んでいた。

「まさか、セリシアがあそこまで怯えるなんて・・・」

エクスも心底困り果てたようすで、コーヒーに口をつける。

「嫌われてるのかねぇ・・・」

と、そこでフォルテはまったく一言も話さなかったミントに気づいた。

「ミント、どうなんだい?」

テレパスをしたのか、という過程をすっ飛ばしての問いに、ミントも困ったような顔をした。

心なしか、もうひとつの耳が垂れ下がっているように見える。

「セリシアさんは・・・つねに相対する感情しか持ってませんわ」

「相対する・・・感情?」

意図がわからず、エクスは首を傾げる。

「そうですわ。―――例えばエクスさん、あなたは今、“面倒だけど、やらないと”・・・という気持ちですわよね?」

「え!?え、ええ、はい・・・」

いきなり思考を読まれ、かなり驚いた。こうも容易く思考を読まれるものなのだろうか。

―――言ってしまえば、エクスはリ・ガウスの人間だが、裕樹や正樹のように高いセフィラムを持っているわけではない。

   だから、彼等のように、ミントのテレパスを流す手段を知らないのだ。

「ところがセリシアさんの場合、先ほど部屋を訪れた時の感情は“嬉しい”、と“怖い”、でした」

そういうことなのだ。

セリシアの中では、他人を受け入れる感情と、拒絶する感情が同時に存在している。

相対する感情。その結果は、今のように怯えるしかない。

「・・・どうするんです?」

「打開策なら、ありますわよ」

実にサラリと、涼しげな顔でミントは告げた。

「あるっていうのかい?そんな方法が」

「ええ。・・・・・・あ、近づいてきますわ」

「え?」

「ホラ」

言われて視線を動かすと、疲れた顔をしたクリス・フランボワーズが歩いてきた。

始終、肩をコキコキ鳴らしながら、首を回している。

「あ、こんにちは。ミントさん、フォルテさん。――――――よ、エクス」

実に分かりやすい態度で、クリスは挨拶してきた。

「そういえばさっきブリッジに呼ばれたんですよね。なんだったんです?」

「実はねぇ・・・」

 

 

 

簡潔に、フォルテは説明した。

 

 

 

「そうですか、セリシアを・・・」

「ああ。みんな、彼女に嫌われてるんじゃないかと思ってるんだよ」

「いえ、それはないでしょう」

カフェオレを口に運びながら、クリスはあっさりと断言した。

「?なんでそう思うんだい?」

「なんでって・・・・・・――――――?あれ、なんでそう思うんだろ・・・」

自分で首を傾げるクリス。

なんでだろ?という顔をしているが、エクスからしてみればこっちが教えてほしい気分だった。

「まぁそういうわけでね。打つ手なし、って感じなんだよ」

「そこでクリスさん」

どこか子悪魔的な笑顔を覗かせながらこちらを見てくるミントに、クリスは激しく恐怖をおぼえる。

「な、なんですか?」

「後はクリスさんにお任せしたいのですが、よろしいですか?」

またなんということを言うのだろうか、この人は。

エクスは少し呆れたようにミントを見つめた。――――――直後、

「はい、いいですよ」

なんかとんでもないことが聞こえた。

「「「・・・え?」」」

思わず三人はクリスを凝視する。当のクリスは涼しげな顔をしているが。

「いえ、セリシアの性格をなんとかするんですよね?―――まぁ、やれるだけ、頑張ります」

言いながら立ち上がり、クリスはさっさとティーラウンジを後にしてしまった。

思わず、呆然となる。

「・・・どうかしたんですかね、クリス」

「まぁ、あれだ。クリスは青春してるってわけだね」

「?」

フォルテが一体何を言っているのか、エクスにはまったく理解できなかった。

ニヤニヤ笑うフォルテとは反対に、ミントは険しい顔で、即座にクリスの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミントさん?」

少しだけ息を切らして追いついてきたミントに、不思議そうに振り返った。

呼吸を整え、彼を見つめる。

確かめなければならない。

彼が、本当に彼女の光でいてあげられるのかを。

「クリスさん、あなたにお聞きしたいことがあります」

「・・・?―――はい」

彼女、セリシアの心を見て、ミントは悟った。

セリシアは、私と同じ。私と同じように、誰にも理解されることなく、孤独に生きてきた。

その孤独の闇から、クリスが救えるのか。

すぐにとは言わない。けれど、必ず救えるか。

確かめなければならない。

「―――セリシアさんを助けてあげられますか」

問いではない。確かめている。

「ずっと、セリシアさんの傍にいると、誓えますか」

その思いがわかってか、クリスはハッキリと言い切った。

「わかりません。ずっと傍にいるというのは、軽々しく誓えません」

けど、彼の心は真っ直ぐだった。

なんの迷いもなく、ただ、一つを思う。

「けど、出来る限り、セリシアの傍にいたいと思ってます」

ランファの弟らしい、まっすぐなクリス。

彼なら、大丈夫だ。

「―――あなたには、彼女を知っていたほうがいいと、私が思いました」

つまり、今から告げる内容は、彼女の責任だと。

クリスは、そう解釈した。

「・・・セリシアさんは、軍に入るまで・・・・・・」

「――――――え・・・」

続く言葉に、クリスは何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――親から、虐待を受けていましたの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと待っててね。すぐにお茶入れてくるから!!」

そう言って、セリシアは慌しくキッチンに向かう。

怯えている様子はない。みんなの言う通り、セリシアは自分だけは受け入れてくれている。

それがなんだか、わからなかった。

「・・・・・・」

つい、思い浮かべてしまう。

先程、ミントに言われたことを。

(虐待・・・?セリシアが・・・?)

そういえば、思い当たる節が何個かある。

最初、士官学校で出会った時、彼女は他人に触れるのを極度に怖がった。

――――――あれが、虐待を受けた結果・・・?

そういえば、セリシアは今でも自分の髪に触れられることを極度に嫌う。

親に、何をされたのだろうか。

「―――・・・」

正直、クリスには虐待というのが想像できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の家は農家で、貧しい家だった。

だが、その分、愛情で満たされていた。

特に、姉であるランファにはこれでもかというほどに、愛情を貰った。

だから、自分はそんな姉に憧れた。

いつでも明るく、いつでも優しく、いつでも明るくて。

時に厳しく、時に優しく、時に面白い。まさに、理想の姉だった。

長男として、ずっと思った。

姉のようになりたい。

姉のように、強く生きたい。

 

 

 

そうして、クリスは姉がいたエンジェル隊に入隊した。

そのために、必死で努力した。

正直、自分には才能が無かった。

かの英雄のように、策略に長けるわけでもなく、

驚異的なモノを作る整備の腕があるわけでもなく、

伝説とされる、ザン・ルゥーウェ戦のラストクルセイダーのようなIGの腕前があるわけもなく、

姉のように、強くもなかった。

 

だから、必死でIG操作の技量を鍛え上げた。

それだけが、自分の中で唯一マシなものだったから。

才能がなかったからこそ、積み重ねてきた鍛錬の数。それは、同期であるエクスの倍は軽く越えていた。

それしかなかったから、それだけを一心で鍛え上げた。

そうして、自分はエクスに並ぶだけの技量を身につけた。

それは辛くも、楽しい日々でもあった。

才能のあるエクスを羨ましいと思ったことは何度もあるが、妬ましく思ったことは一度もない。

姉のようになりたい。

その一心だったから、クリスは頑張れた。

 

 

 

けれど、セリシアからはそれが感じられなかった。

目的もなく、目指すものもなく、ただ、訓練するだけ。

誰とも関わらず、一人で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリス、どうかした?」

お茶を持ってきたセリシアに声をかけられ、ハッとする。

と同時に、いきなりセリシアの手をとった。

「え、ク、クリス・・・!?」

「セリシア」

有無を言わせない真剣な顔で、クリスは詰め寄った。

それに少し怯えながら、セリシアはクリスを見つめる。

「―――クジラルームに行こう」

それだけ告げられて、クリスは強引にセリシアを連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてクジラルームに連れてこられたわけだが、セリシアは文句の一つも言わなかった。

怖くて言えないのではない。

嬉しいから、言わないのだ。

「――――――夕日・・・」

今の時間、クジラルームは夕焼けの空を描いていた。

そうして、セリシアは今だ自分の手を握っているクリスの手を見つめた。

 

 

 

いつだってそうだ。

彼はどこか強引に、けれど、優しく、自分に色々なことを体験させてくれる。

出会いは士官学校時代。

すでにエンジェル隊になると確定されていた自分は、周りの人間からの妬みの対象だった。

けど、それは別に構わない。自分だって誰とも関わる気はなかった。

エンジェル隊に入ろうとするきっかけだって、単に、

――――――親から逃げたかっただけ。

だから、合同演習もずっと一人でやろうとしていた。

なのに。

彼、クリスは普通に自分に話しかけ、演習に誘ってきた。

他人に壁を作ってきたのに、彼はその壁を無かったかのように平然と越えてきた。

だから、思わず理由を聞いた。

 

 

 

――――――・・・なんで、私を誘うの?

――――――・・・?君を誘うのに、理由がいるの?

 

 

 

きっと、彼は知らない。

その言葉に、自分がどれだけ救われたか。

親から嫌われ、親戚からも見放された私は、ずっといらない人間だと思っていた。

けれど、彼はそんな自分を誘ってくれた。必要としてくれた。

ここに居ていいのだと。

そう、言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夕日、綺麗だね」

「映像だけどな」

思わず笑ってしまう。ムードの欠片もないセリフだ。

けど、彼のそんな真っ直ぐで、正直なところが嬉しかった。

波の音が、ずっと聞こえる。

どこか心を落ち着かせる、心地よい音。

その波の音を、映像とはいえ、ここまで綺麗な夕日を見れたことが、堪らなく嬉しい。

それを見せてくれた、彼。

なにか、してあげたいと、初めて思った。

「なあ、セリシア」

夕日を背に、クリスが話しかけてくる。

「なに?」

彼とは、自然に話せる。

それが不思議で、同時に嬉しかった。

「セリシアは・・・みんなのことが、嫌いなのか?」

「え・・・」

その顔が、あまりに心配そうで自分を気遣ってくれているのがわかり、私は正直に答えた。

「そんなわけないけど・・・・・・ただ、怖くて」

「みんなが?」

「・・・ううん、人が」

本心だ。人と関わるのが怖い。拒絶されるのが怖い。いらない人間だと言われるのが、怖い。

そんな言葉に、クリスは優しそうに微笑んだ。

「じゃあ、俺は?」

「え・・・!?――――――・・・クリスは、怖く・・・ない」

顔が真っ赤になっているのがわかる。

かなり、恥ずかしい。というより、なんでこんなに正直に言っているのだろうか。

「俺は、セリシアがみんなにもそういう気持ちになってくれると、嬉しい」

「嬉しい・・・?クリスが?」

「うん」

「・・・なら」

頑張って仲良くなる、そう言おうとした。

「でも、俺のために、っていうのはやめてほしい」

「え――――――」

絶句。言葉が出てこない。

クリスが何を言いたいのか、わからない。

「誰かのためじゃなくて、セリシアのために、仲良くなってほしい」

「私の、ため・・・?」

「うん、セリシアが、自分のためにみんなを好きになれて、そして・・・・・・セリシアが自分自身も好きになってほしい」

「――――――」

心を、打たれた。その言葉に。

同時に、理解した。

彼は、私の過去を知っている。

「―――クリス・・・」

正直言えば、彼には知られたくなかった。こんな、醜く哀れな過去など。

けれど、同時に知っていて欲しいという自分もいた。

彼には、知っていてもらいたい。

「・・・みんな、セリシアのこと、好きなんだからさ」

「・・・クリスも?」

聞き返した言葉に、今度はクリスが真っ赤になる。

「あ・・・お、おう。だから、セリシアが困ったりしたら、俺が必ず助けるから!約束だ!」

照れながら、クリスは指きりをしてきた。

不器用で、子どもっぽい。

けれど、そんな彼の気持ちが、この上なく嬉しかった。

だから、私はクリスと指きりをした。

他愛のない、けれど大切な約束。

彼は、私を少しずつ、孤独だった世界から、引き上げてくれる。

だから、私も頑張ろうと、自分に決意した。

他でもない、クリスと、自分のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日から、セリシアは“対人恐怖症”から、“人見知りする程度”、と、周りから呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

なんだかフラフラしましたが、今回はクリスとセリシアの話でした。

家族に愛され、育ってきたクリスと、まったく逆の環境で育ったセリシア。

これからクリスは、悩みながらもセリシアの孤独を祓っていくでしょう。そんなクリスとセリシアの活躍を長い目で見てくだされば、この上なく嬉しいです。

元々、セリシアは素直ないい娘なんですけどね。照れ屋で内気な可愛い娘です。

それでは、次も頑張っていきます。次からはストーリーが動いていきますので。