第七章「最果ての星の罪人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       Interlude    水樹美奈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真紅の機体、ヴァナディースが空気を切り裂くほどの速度で、加速している。

私は、そんなヴァナディースを駆りながら、動悸を抑えるのに苦労していた。

楽しみでも、恐怖からでもない。

何故、こんなにも胸が苦しいのかわからない。

その胸の苦しみを抑えるかのように、私は更にスロットルを踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

目的の場所。

その場所にゆっくりと着地すると、そこにはすでに春菜と京介が待っていた。

元々彼等が連絡をくれたのだ。居ても不思議ではない。

「美奈さん・・・」

「久しぶりだね、美奈」

「ほんと、久しぶり。タクトさんとミルフィーの結婚式以来、かな?」

にこやかに再会を喜んだ後、表情が一転する。

「――――――こっちです」

必要以上に春菜も京介も語らない。

そんなものなど、意味を持たないから。

だから、私も無言で二人の後についていった。

 

 

 

そうして、そこにソレ(・・)はあった。

この二年間、捜しに捜し求めたモノ。

どんなものでもいい。ただ、このきっかけが欲しかった。

目の前にあるのは、見るも無残な姿に成り果てた、伝説とも言えるIG。

青き聖戦者、ラストクルセイダーだった。

両腕などすでに無く、足も片方しかない。

頭部も割れているし、他にも全身のいたるところがボロボロだった。

――――――けど、この機体がここにある。それだけで、よかった。

「・・・裕樹・・・」

そう、彼が乗っていたという証明。同時に、傍にいるはずのイネイブル・ハーベスターがいない。それが、理由になった。

――――――彼等は、この世界に帰ってこれたのだ。閉鎖空間を抜けて。

「けど、どうして裕樹は・・・」

ポツリと、京介がそんな疑問を口にした。

春菜も、そんな疑問をしているのが表情でわかる。

けれど、私にはわかる。

どうして、裕樹は私たちの前に現れないかが。

それは、自身の聖刻の力を恐れているから。

傍にいる人の魂を奪い、自身の力に変えてしまう、呪われた聖刻。

何故、ヴァニラ、彼女だけがその力を回避できるかは謎だ。

けど、今はそんなことはどうでもいい。

 

 

 

「聖刻、星水」

 

 

 

そういって、私は自身の聖刻を発動させた。

全ては、この聖刻が知っている。

1000年前の、私と、裕樹と、タクトと、ミルフィーユに何があったのかを。

―――美奈さん・・・!?

―――美奈、何を!?

意識の彼方に、春菜と京介の声が聞こえる。

倒れた私の体は、この二人に任せよう。

それよりも、私は聖刻の中に意識を運ばないと。

1000年前の事実を知り、裕樹を救う条件を知り、理解しなければ。

私の意識は、自身の聖刻の中に堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude    out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕樹と呼ばれた青年はヴァニラと呼ばれた少女から花を受け取ると、その足元にある石の前にたむけ、二人で小さく祈った。少女の肩に乗っているリスのようなペットも、同様に祈るポーズをとった。

「お墓・・・ですか?」

「・・・ああ。大切な人たちの・・・もう一つのね」

「?」

もう一つ、という意味はわからなかったが、お墓だということはわかった。

と、裕樹と呼ばれた青年は唐突に話してきた。

「自己紹介がまだだな、俺は・・・朝、いや、浅倉裕樹だ」

「ヴァニラ・Hです。よろしく・・・」

「あ、えと、エクス・ソレーバーです。どうぞよろしく」

遅れて、何故か照れるように挨拶する。

何故だろう。この人たちは、不思議な感じがする。

「エクスさん・・・ですね。突然で申し訳ありませんが、一つだけお約束してください」

「え・・・何です?突然」

ヴァニラの顔は真剣だった。裕樹はというと、また海と空を見ている。―――悲しい目で。

「約束してもらわないと、あなたの機体をお返しできなくなります」

一瞬、二人を警戒する。

やはり無理やりにでも力づくで・・・、と思ったが、今の体の調子では、まず無理だ。

第一、彼等がそんなに悪い人には見えない。

「・・・何ですか?」

「それは・・・」

「君がこの星を出た後、決して俺たちのことを誰にも話さないと約束してくれ」

突然、というかいつのまにか裕樹はこちらに振り返っていた。

約束については何故かと聞きたかった。

ひょっとしたら、彼等は犯罪者か何かなのでは・・・?という考えが、エクスの脳裏に広がる。

けれど、やめた。

これは、自分の嫌う力による一方的な干渉だと思ったからだ。

それに、彼等は命の恩人なのだ。余計な詮索はやめておいた。

「わかりました、約束します。俺が、この星を出ても、あなたたちのことは誰にも話しません」

「・・・ありがとう」

裕樹の、ほんの少しだけの笑顔。それですら、悲しみに包まれている気がした。

「じゃあ・・・帰ろうか、ヴァニラ」

「はい。―――エクスさんも、どうぞ」

「え、俺も?」

「はい。あの小屋はただの荷物置き場みたいなものですから。私たちの家に、どうぞ」

エクスは戸惑いながらも二人の後についていった。

エクスはまだ、二人の正体に気づいてなかった。その約束の真意にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エクスは二人の家に着くとすぐに休まされた。ヴァニラが自分の体を心配しているためである。実際、体中が悲鳴を上げていたので大人しく従った。

ゼノンのことも気になったが、裕樹に体が回復してから、と先回しにされた。

どうにも、すぐには出発できそうにないようだ。何より、身体的に。

まぁ、敵中継基地の爆発をまともにくらったのだ。生きていること自体、奇跡である。

(みんな・・・心配してるかな・・・)

「エクスさん」

「うあ!?は、はい?」

突然ヴァニラに声をかけられ、思わずビクッとする。

「夕ご飯ができました。一緒に、どうぞ・・・」

「あ、はい。どうもです」

エクスはベランダの腰かけから立ち上がり、家の中に入った。

二人が住んでいる家(というか小屋)はかなり大きめだった。だからエクスが入って三人になってもなんら問題なかった。

エクスはテーブルに着くと、裕樹とヴァニラと一緒に手を合わせ、食事を始めた。

メニューは山菜のシチューに魚の甘酢かけ、あとサラダにパンがついている。

三人は食事をしながら、たまに会話を交わしていた。

「エクス、君はパイロットスーツからして軍属みたいだけど・・・どこの所属だ?」

「あ、えと・・・」

恩人、というイメージがあるのであまり隠さずに軍属の証を見せた。

その証―――翼と剣が一体になっている紋章―――を見た途端、二人の目に驚きが走る。

「この紋章・・・エクスさん、ムーンエンジェル隊なのですか・・・?」

「はい、そうですけど・・・やっぱ有名ですね」

ノンキに答えるエクス。その傍らで二人は目を見合わせていた。

(ヴァニラ・・・エンジェル隊は基本的に女性だけじゃないのか?)

(わかりません。もしかしたら、この二年で変わった・・・のではないでしょうか・・・)

ふむ、と頷いてから、裕樹はシチューを頬張る勢いで食べているエクスに向き直る。

「エクス、君はIGのパイロットだろう。なのに、エンジェル隊?」

「ええ、トランスバールが先のザン・ルゥーウェ戦でのデータを元に作り上げたもので、主に紋章機の支援機体として量産されるようになったからです。――――――これって、皇国の人なら誰でも知ってますよ?」

「ここは、開拓星ですから・・・」

至極真っ当な理由に、エクスは大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食後、ベッドに横たわっているとヴァニラがやってきて、リスによる治療をしてくれた。

光に包まれたかと思うと、次の瞬間には全身の激痛が嘘のように治まった。

「今日は、ここまでです。まだ無理をしてはいけませんよ」

「ありがとうございます。・・・ヴァニラさんって、ナノマシンが使えるんですね」

「はい」

ナノマシンを元のリスの形に戻しつつ、頷いた。

「じゃあ、エルダートの癒し手なんですか?凄いですね」

純粋に喜んでいるエクスを見ていると、眩しいくらいに若さを感じられた。

(私のほうが・・・年下なんですけどね)

それは単に、乗り越えてきたモノの差。

エクスはまだ、本当の世界を知らないのだ。世界の真実すら。

「ヴァニラさん」

部屋を出ようとして、呼び止められる。

「なんですか?」

「すいません。あの・・・裕樹さんは、なんで・・・あんなに悲しい目をしてるんです?」

やはりエクスはそれに気づいた。いや、気づかないほうがおかしいだろう。あの悲しい目を見て、気づかないほうが・・・

「あの、よければ、ですけど」

返答しないのに不安を感じたのだろう。少し申し訳なさそうに言った。

「・・・それは、聞かないほうがいいです。だから、言えません」

「そ、そうですか。すいません、変なこと聞いてしまって・・・」

「いえ、ではおやすみなさい」

ヴァニラはそのままエクスの部屋を後にした。

そのままリビングに足を運んだが、先程の話題の人物がいないことに気づいた。

(・・・裕樹さん?)

周囲を見渡してもその気配すら感じられない。

だが、ヴァニラは焦らず、ベランダに出てみる。と、そこに裕樹はいた。

もう二年近くもヴァニラはその目を見てきた。

救われることのない罪に縛られている、悲しみの目を。

気がつけば、ヴァニラは裕樹の隣に並んでいた。

裕樹はヴァニラの存在を受け入れ、夜風を感じていた。

そんな裕樹を慰めるかのようにヴァニラのナノ・ペットは裕樹の肩へと飛び乗った。

裕樹もナノ・ペットを優しく撫で、ナノ・ペットも嬉しそうに喜んでいた。

「また・・・戦いが始まったんですね・・・」

「ああ、そう・・・だな・・・」

しばらく、二人は無言だった。

その沈黙を破ったのは、裕樹自身だ。

「俺は、行けない」

「え?」

「俺は、みんなのところへ行くのが・・・怖い」

「・・・裕樹さん」

と、裕樹は優しく笑いかけながらヴァニラに向き直った。

「ヴァニラは、行ってもいいんだぞ?」

首を振って、即座に否定した。

「いえ、私は裕樹さんの傍にいます。そう、決めましたから」

今、この人の下を離れたら、誰がこの人を守って、助けてあげられるというのか。

ヴァニラは、その役目を担えるからこそ、傍にいるのだ。

「・・・ありがとう、ヴァニラ」

少しだけ嬉しそうに、裕樹は笑った。

この人を笑顔にさせる。

それが、どれだけこの人を助けてあげられるのか、ヴァニラは充分理解していた。

だけど、本当に心の底から救えはしなかった。そのことも、充分にわかっていた。

その役目は、自分ではないのだ。

きっと、この人を救えるのは、たった一人・・・あの人だけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、エルシオールでは調査隊と共にエクスの行方を探っているのだが、一向に見つからず、もどかしい時間を過ごしていた。

現に今、エンジェル隊の調整を行っているのだが、やはりというかティアの調子が著しくない。一言で言えば、とてつもなく悪い状態だ。

「やっぱり・・・ティアさんとセリシアさん、特にティアさんのテンションがあまりにも低いですね」

テンション率のデータをレスター、正樹、クレータの三人がまとまって見ている。

「危険な状態、だな」

「ええ、今出撃してもまともに戦えません。シールドも恐らく発生しませんから危険すぎます」

「うーん・・・今ここでインヴォーカーに戦線離脱されたらまともに応戦できねぇぞ。ゼノン・・・エクスもいねぇし」

「・・・それが一番の原因なんですけどね」

クレータは苦い顔をしながらデータ調整を終わらせた。

『みなさん、ご苦労さまです。あがって下さっていいですよ』

ガラス越しの向こう側で紋章機のコックピットが次々と開いていく。

やはりその中でもティアの表情が一番沈んでいる。いつもの彼女らしい笑顔はほとんどなかった。

「とにかく、次に戦闘が起きてもインヴォーカーに出撃許可は出せません。危険すぎます」

「わかった、クレータ班長」

軽く会釈してからクレータは機材をまとめて抱えると、格納庫へ降りていった。

その場には、レスターと正樹が残された。

「・・・レスター、これからどうする気だ?」

「・・・・・・」

返答がない。

恐らく彼自身、ずっと悩んでいるのだろう。エクスの生死を確かめる必要があるし、第一見捨てられない。だが、次に戦闘が起きれば非常に危険となる。まさに立ち往生だ。

「・・・こんな時・・・」

レスターは独り言のように呟いた。

「こんな時、アイツなら・・・タクトなら、どうするかな・・・」

「・・・レスター」

親友を思うレスターに触発されたか、彼も思った。

かけがえのない、親友のことを。

(裕樹・・・お前は、どこに・・・?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、目覚めたエクスはヴァニラからナノマシン治療を受け、そのまま家の地下に案内された。

「ここに、ゼノンが?」

「ああ、そうだよ」

振り返らずに裕樹は答える。

そんな裕樹を不思議に思いながら、エクスはただ裕樹の背中を追った。

と、裕樹が立ち止まり、証明の明かりをつける。

そこにあったのは、紛れもなくゼノンだ。驚いたことに、スラスターやバランサーはすでに修理されていた。もっとも、装甲表面は良く見れば少し傷が残っていたりするが。

「え・・・いつのまに・・・?」

「昨日のうちに、な。ちょっと徹夜したけど」

エクスは思わず裕樹に感謝したくなった。まさか、わずか一晩でゼノンを直せるなんて・・・!!

体がヴァニラに治療してもらい、機体は裕樹に修理してもらった。

感謝しても、しきれないだろう。

「背中に大気圏脱出用のブースターパックを装備しておいた。後はそのまま宇宙に出られるだろ」

「裕樹さん、その・・・・・・ありがとうございます」

なにも返せないけど、それでもお礼だけは言っておきたかった。

「いいんだ。―――正し、約束は、守ってくれ」

――――――彼等のことを、誰にも言わない。

「はい、必ず守りますから」

お礼はできない。なら、せめてその約束だけは何があっても守ろうと、エクスは誓った。

 

 

 

 

 

地上への扉が開けられ、朝日が差し込んでくる。

エクスはモニターで裕樹とヴァニラが見送ってくれているのを見てから、スロットルを踏みしめた。

直後、大出力のブースターパックが点火し、もの凄い速度で加速、上昇していく。

強烈なGが体にかかるのを耐えながら、エクスはもう一度だけ、地上を見下ろした。

この平和な星。そこで出会った青年と少女。彼等を、戦火に巻き込むわけにはいかない。

ならば自分は、この破壊の力で彼等を守る。必ず。

心に誓い、エクスは宇宙に飛び出した。

後は、エルシオールに向かうだけなのだが。

 

 

 

―――問題は、どのような言い訳を言うかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕樹は、これであの少年との関わりを無くし、世界に変化をもたらさないと、そう思った。

けれど、裕樹とエクスが出会った。そのことが、すでに世界が動く条件の一つであった。

世界が、動きだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャトヤーンッッ!!!!!!あなたって人は・・・っっっ!!!!」

怒りの叫びと共に、タクトがシャトヤーンに銃口を向ける。

その銃口から光が放たれるより先に、一条のビームがタクトのわき腹を貫いた。

「―――っっ!!タクトさんっっ!!」

慌てて、私はタクトさんに駆け寄った。血がドクドクと流れているけど、まだ生きている。

涙がこぼれる瞳で、ビームの方向を見ると、そこには、――――――

―――震えながら、ビームガンを握り締めている、シヴァの姿があった。

「シヴァ、陛下・・・」

「あ・・・わ、私が、マイヤーズを・・・?」

シヴァは自分が今行った行動に信じられないといった様子で、震えている。

と、そこにシャトヤーンの腕が上がる。

その手に握られた銃の的は、私だった。

「ミルフィーユ・・・」

「なんで・・・なんでですか、シャトヤーン様・・・」

信じられなかった。

なんで、こんなことになってしまったのだろう。

「これが私・・・いえ、白き月の意志です」

いつものような優しい声で、シャトヤーンがこちらを見てくる。

全てが、いつものような慈愛に包まれていた。

ただ一つ、その手のビームガンさえ無ければ。

「さようなら、ミルフィーユ」

最後まで優しい声で、シャトヤーンは私に向かって、引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――っっっっはぁっっ!?」

咄嗟に、飛び起きた。

心臓が、もの凄い速度で脈打っている。

悪い汗が、全身に流れている。

目が、一瞬で覚めてしまった。

「な、に・・・今の夢・・・」

思い出そうとした。

なのに、何故かもう思い出せない。

ただ、それがとても怖い夢なのだということはわかった。

「ん・・・ミルフィー・・・どうしたの?」

と、隣で寝ていたタクトさんを起こしてしまった。

私の勝手で夫を起こすなど、妻失格だ。

「なんでも・・・ないです」

「嘘だ。ミルフィー、すごく怯えてる」

ハッキリと、タクトさんはそう言いきった。

やっぱり、私はこの人には嘘がつけない。

「ほら、おいで」

そう言って、タクトさんは優しい笑顔で自分を迎え入れてくれる。

だから、私もタクトさんに身を預けた。

お互い、パジャマ越しだけど、互いの体温はすぐに伝わってくれる。

その暖かさが、なにより心を落ち着かせた。

 

 

 

「・・・で、どうしたの?ミルフィー」

しばらく私の髪を撫でてくれて、私が落ち着いた頃合を見計らって、タクトさんは話しかけてきた。

「怖い、凄く怖い夢を見たんです。・・・けど、どんな夢か、思い出せなくて・・・」

「そっか・・・」

私の言葉を信じてくれて、タクトさんはそれ以上、何も聞こうとしなかった。

私は、いつだってタクトさんに甘えてる。それが、少し情けなかった。

もっとも、それをタクトさんに打ち明けたら、―――もっと甘えてくれていいよ―――などという、照れてしまう返答をされたことがある。

「・・・もう、大丈夫です。ありがとうございます、タクトさん」

「じゃあ、寝ようか」

「はい。―――・・・って、タクトさん!?」

なんというか、タクトさんは私を抱き締めたまま、ベッドに横たわったのだ。

嬉しい。凄く嬉しいのだが、それ以上に照れる。というか、恥ずかしい。

「タ、タクトさん・・・?あの、その・・・」

「またミルフィーが怖い夢を見るかもしれないだろ?なら、こうしてれば怖くないかなって思って」

もう顔がこれ以上ないほどに真っ赤になっているのがわかる。

恥ずかしくて、まともに顔を見れない。

「・・・迷惑、だった?」

「そ、そんなことないです!!」

「そっか、よかった」

「・・・タクトさん、その笑顔は反則です・・・」

そんな笑顔をされたら、私はきっと、どんなことだって頷いてしまう。

「え?」

だというのに、タクトさんはまったく気づいていない。

だから、こうも毎日が幸せなのだ。

さて、本当にそろそろ寝よう。

明日も、仕入れが早いから、早く寝ないと・・・。

 

 

 

幸せの温もりに包まれながら、私は目を閉じた。

隣に感じる温もりが、本当に幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、あの夢だけが、自分の知らない脳裏に、焼きついた。