第八章「望んだはずの襲撃者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude    水樹美奈

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い遠い、遥か昔。

私は、星見美奈として、この世界に生をうけていた。

孤児であった私は、同じく孤児でありながら、一人で生きていた浅倉裕樹と出会った。

そのうち、菊池健治、雛菊時雨も加わり、4人は一緒に生活することになった。

このうち、健治はタクトさんの前世の姿。時雨はミルフィーユの前世の姿だった。

 

 

 

私たちは、決して裕福には暮らせなかったし、住んでいるのは浅倉家のものである神社である。もっとも、参拝客は微塵も訪れることはなかったが。

それでも、自然の恵みを受け、慎ましくも、私たちは日々を楽しく暮らしていた。

今と全然変わらない裕樹。

同様に、全然変わっていない私。

健治(タクト)は少しぶっきらぼうなところ以外は、見た目もタクトさんそっくりだ。

時雨(ミルフィー)は、少し臆病な性格をしてる。髪の色は青く、瞳は水色だった。

4人でいれば、大丈夫だと思ってた。自然の恵みを受け、生きていけると。

 

 

 

 

 

 

――――――それが崩れたのは、いつだったか。

 

 

 

 

 

 

 

裕樹が町に買出しに行っている時に、彼等はやって来た。

ジェノスとヴァイスが。

二人の天人は時雨を追ってきたらしい。

そう、時雨は人ではない。天人だったのだ。

本名、フィリス・テラ。

その出来事が、私たちの崩壊の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う・・・」

どこか狭いところで、私は意識を取り戻してしまった。

「美奈、気がついた?」

「京介・・・―――ここ?」

気がつくと、自分はベッドに寝かされてた。

京介の心配そうな顔が視界に入る。

「ファクトリーのベッドだよ。美奈、あれから全然目を覚まさなくって・・・」

「そっか・・・ごめんね、京介」

ふらつく意識で身を起こす。

身体上、問題はない。ただ、頭痛がするだけだ。

頭痛――――――違う。額の聖刻が軋んでいるのだ。

「――――――っっ!!」

「美奈?頭痛いの?」

「ん・・・大丈夫だから」

京介を制してから、ベッドに倒れこむ。

しばらくは無理だ。けれど、頭痛が治まったら、また聖刻に意識を飛ばそう。

だから、今は休もう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Interlude  out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺、エクス・ソレーバーがエルシオールに帰艦してから三日が過ぎた。

 

 

 

初め、何事もなかったかのように帰って来た俺を、みんなは祝福してくれたが、クールダラス司令の尋問で答えたことがまずかった。

約束通り、裕樹さんとヴァニラさんのことは誰にも言わないでおいた。だから、自分は知らないジャンク屋にゼノンを修理してもらったと報告したのだ。

結果、軍の機体を勝手に他人に明け渡したということで、二日間の独房入りを命じられた。

ティアたちやランファさん、フィルテさんは心配してくれたけど、このくらい、どうってことなかった。

この程度であの二人との約束を守れるのなら、甘んじて受け入れた。

 

 

 

そうして三日目。やっと自由になったと思ったら、エルシオールはなんだか慌しく出航していた。

何か、作戦でも命じられたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エンジェル隊全員をブリッジに集めたレスターは、エクスからの報告をまじえて、プレリュード軍の在りようを説明した。

エクスも、先日のインペリアル・メガロデュークのパイロットの言葉を思い出しながら、説明した。

「つまり・・・プレリュードの奴らは国に捨てられた戦士の居場所のために戦っているってのかい?」

「ああ、そういうことになるな」

つまり、相手のしてきたことは単なるテロ行為ではなく、ちゃんとした理由の元に行動してきたということである。

無論、それは戦争後の処理としては仕方の無いことでもある。

例え誰も悪くなくても、誰かが責任を負わなければならない。その生贄にされたのだ。

「奴らの言い分はわかったけど、だからって何をしてもいいわけないじゃない!!」

ランファの意見はもっともだ。誰もが頷くだろう。だが、

「ですが、そこまで彼等を追い込んだのは、前大戦での、私たちですわ・・・」

ミントの意見が、全員に突き刺さった。

確かに、原因を作ったのは自分たちだ。それは許されることのない罪。

でも、だからって今を壊されるわけにもいかない。

プレリュードとは、いがみ合うしかないのだろうか・・・。

「ともかく、だ」

暗い雰囲気に包まれかけたブリッジをレスターが正した。

「このまま黙ってトランスバールを焼かれるわけにはいかん。頭を切り替えろ」

それで切り替えれる人はそうはいない。が、エンジェル隊はテンションが命の機体だ。ここは無理にでも切り替える必要があるのだろう。

「・・・では、作戦説明に入る」

「え?」

思わず素っ頓狂な声を出したのはエクス。思わず全員の視線が彼に集中した。

「う・・・あの、俺、独房に入ってたから・・・」

居心地が悪そうにエクスは小さな声で言った。

そんな彼にティアがそっと囁いた。

「あのね、私たちの運航ルートにエルシオーネを含めたプレリュード軍が待ち伏せしてるって情報が入ったの」

「え?―――そんな情報、どこから?」

「周辺惑星の現地住民の人からだって」

「ふうん・・・。―――ありがと、ティア」

「え・・・、あ、う、うん」

思わず戸惑うティア。

そんな彼女が少し可愛く見えた。

 

――――――先日、自分はようやく気づいたのだ。

力を求める原因はティアだった。

けれど、それは結局ティアのためでもあったのだ。

なら、こんな破壊の力でも、きっと道は見つかる。答えが出るはずだ。

いつか、フォルテさんが教えてくれたような。

 

「・・・では始めるぞ。――――――先日、周辺惑星の現地住民からの情報で、プレリュード軍が待ち伏せしていることが判明した。場所は・・・バナー星系だ」

「え!?」

「・・・なんだ、エクス」

レスター、及び正樹に睨まれる。

「い、いえ。何でもないです・・・」

(なんてこった・・・!!デュナンのすぐ傍じゃないか!!)

思わずエクスは愕然となる。

あの星には、自分の恩人が、―――自分が守らなければいけない人がいるのだ。

ずっと悲しい目をしていた、裕樹さん。

ずっと、自分を看病してくれた、ヴァニラさん。

あの二人を、戦火に巻き込むわけにはいかないのだから。

エクスの瞳に決意の炎が宿る中、さらに話は続く。

「―――で?レスター、待ち伏せはわかったけど、具体的にどういう作戦でいくんだよ」

「今から説明する。―――相手が現れると同時に全機出撃。同時にクロノ・ブレイク・キャノンのチャージを始める」

「相手を一掃するのですか?」

「表向きは、な。その狙いは後退しようとした艦、エルシオーネだけを狙う。だからチャージは3割〜5割程度でいい」

「なるほど、相手をちょろまかすってわけかい。面白そうな作戦じゃないか」

思わずフォルテが意気揚々な笑顔を向ける。

「ああ。この作戦ならエルシオーネを撃沈させられるだろう。―――見てきた限り、あの艦が旗艦に間違いないからな」

「・・・それにしても」

作戦説明が一通り終わったところで、ランファが持ちかける。

「どうかした?姉ちゃん」

「なんていうかさ、クールダラス司令の作戦、タクトのやつに似てきたなぁって」

「あ、私もそう思いましたわ」

「お、二人ともかい?アタシもなんだよ」

「なんだ、じゃあそう思ってたのは俺だけじゃなかったってことか」

ランファ、ミント、フォルテ、正樹が口々に言いまくる。

で、その視線は自然とレスターに集まった。

「む・・・―――確かに、タクトならどうするか、と思いはしたが・・・そんなにか?」

「そんなによ」

「そんなにですわ」

「そんなにだねぇ」

「そんなにだな」

前大戦からの仲間は容赦なく、言葉の牙をレスターに突きたてた。

「あ、あの・・・」

思わず、新人代表でエクスが名乗りをあげる。

「噂には聞いてましたけど・・・タクト・マイヤーズって、いっつもこんな作戦ばっかり考えてたんですか?」

特にエクスはタクトに憧れて入隊したのだから、気になるところだろう。

「そうね。いっつもこんな作戦だったわね」

アッサリ答えるランファに、新人4人は段々と青ざめていく。

ま、想像していた英雄像がガラガラと崩れているのだ。仕方ないだろう。

「―――ともかく、これでブリーフィングは終了する。時間まで、各自調整をしておけ」

「「「「「了解」」」」」

 

 

 

「さて、どうしようかな・・・」

解散命令が出て、エクスは大きく伸びをした。そこに、

「あの、エクス・・・」

ティアが少しオドオドしながらやってきた。

「・・・何?」

「えっとね、その・・・よかったらティーラウンジで、お茶しない?・・・って」

なんだか、セリシアの病気がうつったみたいに見える。

まぁ、そうさせてしまっていたのは自分なのだから、自分が悪いのだが。

だから、もう不安にさせたくはない。

「おう、いいよ。行くか」

「あ・・・うん!」

本当に嬉しそうにティアが喜んだ。

「あ、二人ともティーラウンジ行くんだ。俺たちも行っていいか?」

と、本当に空気の読めないランファの弟、クリスがやってきた。

「え・・・と」

思わず救いを求めるようにセリシアを見たが、彼女はすまなさそうに表情を暗くしているだけだ。

退路なし。観念するしかなかった。

「うん・・・いいっすよ」

「おう、ありがと。―――行こう、セリシア」

「あ・・・う、うん」

せめてもの抵抗でくぐもった声を出したが、この男にそんなもの通用しない。

流されるセリシアも困っていないのだろうか?見る限り、嬉しそうだが。

「・・・じゃあ、行くか」

最後にエクスの声に頷き、4人はティーラウンジに移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気に入らないね」

「・・・プレリュード軍が、ですか?」

宇宙コンビニにて、フォルテになし崩し的にミントはついてきた。

まぁ、気にしてないし、話相手が欲しかったからいいのだが。

「・・・別に、やつらのあり方を否定するつもりはないよ。どちらかといえば、賛同してあげたいくらいだ」

「ですが、気に入らない、と?」

駄菓子を片っ端からカゴに入れながら、ミントは続けるように尋ねる。

「ああ、そのやり方がね。――――――他人を巻き込むのと、力づくってところが」

フォルテもカップ酒を吟味しながら答えた。

やがて、お気に入りの酒のラベルでも見つけたのか、同じ種類の酒を2、3本カゴに入れていく。

「ですが、それは我慢の出来なくなった民衆の暴動のようなものですわ」

「わかってるよ、ミント。―――だから、否定しないけど、肯定もしない」

ハッキリと、決意ある言葉でフォルテは告げた。

「向こうの正義はわかった。けど、だからってアタシの正義は変わらないねぇ。・・・どう考えても」

「同感ですわ、フォルテさん」

二人は顔を合わせることもなく、同時にレジへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!ヤッ!タァッ!!」

「へー、やるじぇねぇかランファ」

一人でトレーニングルームでカンフーの特訓をしていたのだが、突然の声にその手を止める。

「・・・なんだ、正樹か」

「随分なご挨拶だな」

正樹はマットの上に座りながら、言葉とは裏腹にまったくの真顔で答える。

つまり、全然気にしていないのだ。

「アンタも随分暇なのねぇ・・・」

「わざわざランファに会いに来たんだけどな」

一瞬にして、顔が赤面する。

「・・・て言ったら、嬉しいか?」

「死んでしまえぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!乙女の純情弄ぶなんてぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!!!!!!!!

飛び蹴りから始まる、足払い、回し蹴り、直後の拳底を軽やかにかわしきった。

「・・・冗談通じねぇなー」

「しゃーらっぷ!!」

ビッ、と指を指して正樹を睨む。

なんでか、最近、正樹は妙に私に絡んでくる。いや、からかいにくる。

まぁ、ちょうどプレリュードのことを考えていて、むしゃくしゃしていたのだが。

「・・・・・・ちょうどいいわ。正樹、アンタちょっと付き合いなさい」

「ン?何に?」

「手合わせするに決まってるでしょ」

やる気満々で構えるランファ。

どーも逃げられそうにない。

「しゃあねぇなぁ・・・ちょっと待ってろ」

「?」

何を思ったか、正樹は物置からごそごそとなにかを探し当てた。

「あったあった。つーか、マジで何でもある艦だな」

その手に握るは二つの訓練刀。双剣ともいう。

「アンタ・・・二刀使いだったの?」

「ああ、実はな」

そして、構える。

その隙のなさ。少なくとも、二刀使いとしては相手のほうが上だ。

けど、自分はもっとも得意とする武術で戦う。勝てないわけじゃない。

「―――行くわよ」

その刹那、正樹が目前まで迫り、左右の刃を同時に振り下ろす。それを反射的にバックステップして刃の軌道から退避、カウンターで右足の蹴りを放つ。

もはや蹴りというレベルではない鋭い蹴りは、正樹を完全に捕らえていたが、彼は左の刃を即座に逆手に持ち替えて防ぎきる。

「えっ!?」

戸惑った隙に右で突き上げられ、それを体をずらしてなんとか避ける。が、今度はそちらも逆手に持ち替え、振り下ろす。

体を回転させるように飛び退く。が、再び正樹は目前に迫っていた。

「なんだ、そんなもんかよランファッッ!!」

「―――っっ!!上等!!本気でいくわよっっ!!」

正直、本気で夢中になっている自分がわかる。

それが正樹の心使いだということに気がつけば、完璧だったのだが。

 

 

 

 

ともあれ、クルーはそれぞれの過ごし方で、プレリュードとの戦いに気持ちの整理をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、作戦開始の日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレリュードの待ち伏せ場所までやって来たエルシオールは、奇襲準備万全の状態で何気なく運航していた。

「・・・・・・」

しばらくの間、無言の空気がエルシオールを包み込む。

なんというか、誰でもいいから何か一言喋って欲しいと思った瞬間、サイレンが鳴り響いた。

あっという間に前方にプレリュード軍の機影がワラワラと現れる。

いつもなら、ここは慌てる場面だが、今回は違う。

「よし、来たか!!全機発進!!クロノ・ブレイク・キャノン、チャージ開始!!ブースターを使用して構わん!!」

「了解!!エンジェル隊、及び正樹機、発進してください!!―――クロノ・ブレイク・キャノン、ブースター使用でチャージ開始!!」

この流れるような即座の対応に、さすがのプレリュード軍も焦りを隠せないようだ。

 

 

 

「ようし、全気展開!!敵を引き付けるんだよ!!」

「「「「「了解っっ!!」」」」」

フォルテの指示に、全員が頷く。

全機、言われた通りに展開し、敵機をそれぞれに引き付ける。

誘い通りに敵が接近してきたのを見て、正樹はほぼ勝利を確信した。

後は、エルシーネがノコノコ後退するだけだ。

 

 

 

 

 

 

その僅か二分後。

「―――っっ!!後方に位置する敵艦、エルシオーネ、動きます!!」

「よし、クロノ・ブレイク・キャノン、敵艦、エルシオーネに照準合わせろ!!チャージは!?」

「現在、41%まで完了!!」

「充分だ!それだけの出力があれば敵艦を落とせる!!」

レスターの指示に、火器管制のクルーが手早くコンソールを操作する。

「カートリッジ、5割まで解放。予備調整システム、無使用。最終セーフティー、解除します」

「よし、クロノ・ブレイク・キャノン、発射っっっ!!!」

レスターが、席を握り締めながら叫ぶ。

エルシオールの砲首から、白い閃光が迸る。歴代最速ともいえる速度で、クロノ・ブレイク・キャノンは放たれた。

その眩い光は、確実にエルシオーネを貫く。

 

 

 

そのはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだ!?」

真上に位置するところから、二条の高出力の光の波動が、クロノ・ブレイク・キャノンのビームに突き刺さる。

かき消されることはなかったが、その軌道をずらされて、エルシオーネはまだ落とせていない。

いや、落とせなかったのだ。この2本のビームに邪魔されて。

「な、何なんだ!?これは・・・!?」

正樹に限らず、他のエンジェル隊もその二つの光条が放たれた方向を見る。

遥か彼方の光星の光を背に、現れた機体は、――――――

 

 

 

シルバーメタリックにグリーンの装甲色を持つ、戦闘機。

4枚の固定翼を持つ、白き姿のIG。

 

 

 

その二機の姿に、いや、正しくは彼はIGの姿に唖然とした。

腰に二つの砲口が追加され、手に持つライフルも二つになっている。が、その姿。もはや見違えるものか。

前大戦中盤、多大なる戦果をあげた、伝説上のIG。

「ゼロバスター・・・?―――裕樹・・・!?」

その姿は、ただ雄々しく存在していた。

 

 

 

 

 

 

「なんだ!?今の攻撃は!?」

レスターの叫びに、ココが素早く手元のコンソールを操作する。

「接近する熱源を確認。識別適、ご・・・う・・・・?」

ココの表情が、段々と信じられないものを見たように変わっていく。

「ココ?どうしたの?」

アルモが思わず心配になって声をかける。

だが、今のココには、その声すら聞こえなかった。

そして、震える声で、その名を告げた。

「・・・イネイブル・ハーベスターに、ゼロバスター、です・・・」

「えっ!?」

「な、なにぃっ!?」

ブリッジ中が驚きと混乱が広がる。

次の対処も指示しないうちに、ゼロバスターから全周波での通信が発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『両軍に告げる。ただちに、この周辺での戦闘を止めろ。別の場所でやってくれ』

思わず、全員が息を飲む。

そして、両軍全ての機体が動きを止めた。

『さもないと、力づくでも止めさせる』

その声は、紛れもなく、朝倉裕樹の声だった。