第九章「崩れぬ双璧、平和の英雄たちに」
戦場は一時休戦状態に陥っていた。
エルシオールも、プレリュード軍も、目の前で起きたことにまったく頭が理解できなかったのだ。
撃たれるはずだったクロノ・ブレイク・キャノンはまったく知らない勢力なのかもしれない、二機によって妨害された。
妨害されたことで混乱しているのはエルシオール。そして、妨害した機体に対して混乱しているのがプレリュードであった。
若干、武装は追加されているが、あのIGは間違いなくゼロバスター、そしてあの紋章機はハーベスターである。
本来、エルシオールの機体であるはずの二機が自分たちを庇った?―――それが、プレリュードの混乱理由だ。
対して、エルシオールは邪魔されたことは二の次。目の前に現れた機体、正しくはそのパイロットに驚愕していた。
「裕樹・・・ヴァニラ・・・?」
あの声、そしてあの紋章機に乗れる人物など、限定するほうが容易いというものだ。
絞り出たレスターの言葉が、エルシオールの硬直を溶かす要因となった。
「裕樹!ヴァニラ!!―――くそっ、通信回線、繋がらんのか!?」
「はい、通信コードが変えられているのか、ジャマーが掛かっているのかはわかりませんが、繋がりません!!」
「―――アルモ、繋がるまで作業を続けてくれ。全機、ひとまず待機だ。相手がしかけてくるまで攻撃はするな」
ともかく、今は様子を見るしかない。
先程の裕樹の通信、この戦闘を別の場所でやれ、とのことだった。
まったく理解できないうえ、ノコノコそれに従ってプレリュードに背中から撃たれるわけにもいかないのだ。
ランファ、ミント、フォルテ、正樹が個別にあの二機に通信を試みる中、エクス、ティア、クリス、セリシアはただ呆然としていた。
ランファたちが個別通信を送ろうとしている理由は、うかつに彼等の名前を全周波で呼んでしまっては、プレリュードにもその正体がばれてしまう。彼等の目的がわからない今、うかつに呼ぶことはできない。
ともかく、あの二機が現れて、こちらの攻撃を妨害してから戦闘は休戦状態になってしまった。
そんな中、エクスたちはそのうちの一機が、紋章機、ハーベスターであることはわかるが、ゼロバスターはまるで知らなかった。
それも無理はない。ゼロバスターの存在を知るものなど、前大戦の経験者ぐらいしかいないからだ。それに、人々の間で伝説化されたIGは、ゼロバスターではなく、ラストクルセイダーとヴァナディースである。新人である彼等が知らないのも、無理はなかった。
中でもエクスは呆然ではなく、混乱していた。
エルシオールに戻ってから、行方不明の紋章機、ハーベスターの存在と、そのパイロットをランファから教えられた。だから、その名前が一番驚きだった。
(ヴァニラ・・・?まさか・・・・。―――いや、何かの偶然だ。)
自分の知り合ったヴァニラは、自分を心配し、看病してくれた心優しい少女だった。そんな少女が、あんな破壊を齎す紋章機などのパイロットであるはずがない。
エクスはなんとか自分なりの解釈をして、気持ちを入れ替えた。
ともかく、今は司令の言うとおり、待つしかない。
自分たちがどう動くか、それは相手の動き次第なのだ。
すると、再びあのIGから全周波で通信が放たれた。
『最後の通告だ。今すぐここから去れ。別の場所でやればいい』
その声は、どこかあの人の声に似ていた。
一方、プレリュード軍も唖然としていた。中でもエルシオーネのクルーたちの同様は格別だ。
一瞬、こちらを貫いてくると思われた、クロノ・ブレイク・キャノンの砲撃から、あの二機、ゼロバスターとハーベスターは自分たちを助けてくれた。
だが、その直後の通信はまるで理解出来なかった。
戦闘を止めろ、というのはまだわかる。だが、“別の場所でやれ”というのはまったくもって理解できない。
『ああ、くそっ!!英樹、どうするんだ!?』
イラだった心斗から通信が届く。
それもそうだ。相手にクロノ・ブレイク・キャノンを先制されたのは迂闊だったが、それさえ無くなれば、こちらが襲撃する予定通りにエルシオールを追い込めるではないか。
あの二機は気になるが、僅か二機で何ができるというのだ。
「・・・いいわ。全機、攻撃を再開して!!」
躊躇わず、英樹は攻撃命令を下す。
――――――その認識の甘さに、彼女は後悔するとも知らずに。
直後、プレリュード軍は不意打ちの如く、各戦艦の主砲を一斉に放ってきた。
狙いは当然、エルシオールだ。
「まずい・・・っっ!!セリシア!エルシオールを守ってくれ!!」
『あ・・・は、はい!』
即座にレスターは防御支援紋章機に乗るセリシアに指示をとばす。
ピュアテンダーのリフレクターシールドなら、敵艦主砲からもなんとか耐えしのげるだろう。
そう思った矢先、
今度はプレリュードの艦主砲を、ゼロバスター・カスタムは連結させた「ツインバスターキャノン」、イネイブル・ハーベスターは「ゼーバーキャノン」で、エルシオールに直撃するビームだけを見事に相殺させた。
「なっ・・・!?」
今度はこちらを助けたのだ。あの二機は。
レスターが思わず驚愕の声を上げた次の瞬間。
―――ゼロバスター・カスタムとイネイブル・ハーベスターは戦場のど真ん中へ突撃していった。
その動きを見ていたココは驚くようにレスターを見る。
「ク、クールダラス司令!ゼロバスターとハーベスターが・・・!!」
レーダーを見ると、二機は恐るべきスピードでこちらに迫ろうとしていたプレリュードのヴァラグスらを恐るべき速度で片っ端から強制無力化させていく。
「裕樹、ヴァニラ・・・!!どういうつもりだ!?」
彼等は別の場所で戦えと言い、出来ないのなら力づくで止めさせる、と。
わからない。戦いを止めるというのなら、別の場所でやれということなど言わないだろう。
「一体・・・何を・・・!?」
一分にも満たない時間でプレリュード軍の大半の戦力を奪った二機は、折り返す形でエルシオールへと向かってくる。
「なんなんだ!?あのIGは!?」
迫るゼロバスター・カスタムにエクスはビームスラッグを連射していた。
「ゼノン・・・」
目の前に映るIGは、つい先日、自分たちが助け、修理した機体。
一瞬、裕樹は躊躇した。
ゼロバスター・カスタムのプラズマソードの刃が煌めいた瞬間、ゼノンのビームショットガンが切断され、ゼノンは近くの小惑星に蹴り飛ばされていた。
すれ違った一瞬のうちに、ゼロバスター・カスタムはゼノンのショットガンを回転しながら切断。その回転の流れを殺さずに、ゼノンを蹴り飛ばしたのだ。まさに神業といえる動きに、エクスは思わず唖然とした。
直後にゼロバスター・カスタムは向きを変え、一瞬のうちに両肩、両腰の砲口を一斉射し、インヴォーカーとゼンの武装を吹き飛ばした。
「きゃっ!?」
「な・・・えっ!?」
ティアとクリスは思わず驚きの声を上げる。
ゼノンを吹き飛ばしてから僅か数秒。その一瞬で、自分たちはあのIGに敗れ去ったのだ。
直後、ピュアテンダーがリフレクターを展開しながら迫るが、ゼロバスター・カスタムはリニアレールキャノンでピュアテンダーを吹き飛ばし、バランスを崩した先に連装バスターキャノンを発射。武装だけを撃ち貫いた。
「そん、な・・・」
時間にして十秒。たったそれだけの時間で、エクス、クリス、ティア、セリシアはゼロバスターに敗北したのだった。
「裕樹!!裕樹ッッ!!!―――くそっ!!裕樹ッッッ!!!」
正樹は必死になって通信コードを変えながらゼロバスターに通信回線を繋ごうとした。
やっと、やっと見つけたのだ。
この二年間、みんな、ずっと探していた。無論、自分もだ。
なのに、ようやく見つけた親友は、エクスたちを瞬敗させ、更に迫ろうとしているプレリュード軍にとって返した。
「チクショウッッ!!!」
正樹は叫びながら、機体をゼロバスターに向けた。
こうなったら、直接通信するしかない。なんとかして、裕樹と話を・・・!!
エルシオールに隣接したイネイブル・ハーベスターは容赦なく、ゼーバーキャノンでエルシオールのレーザー砲を一気に破壊。続けてミサイル発射口も間髪入れずに撃ち抜く。
「ヴァニラ!?どうして!!」
叫ぶランファに対し、ヴァニラはエイミングレーザーの発射で返事をする。
思わず愕然とする。
探しに探し求めた少女、ヴァニラ。
なのに、今彼女は自分たちを攻撃しているのだ。
が、ランファは直後に思考を切り替える。
(ともかく・・・力づくでも、あの娘を止める!!)
「キツイの行くわよ。我慢しなさいっっ!!」
あろうことか、ランファはイネイブル・ハーベスターに向かってアンカークローを打ち出した。
襲い掛かる鋼鉄の拳は確実にハーベスターを吹き飛ばすだろう。
が、直後に信じられないとこがランファの目の前で起こる。
イネイブル・ハーベスターは絶妙なタイミングで急制御をかけ、その場でバレルロール。先程までいた空間に、アンカークローが空しく直進する。
「えぇっ!?」
直後、大型エネルギーサーベルを展開したイネイブル・ハーベスターが、カンフーマスターのアンカークロー有線装置を切り裂いた。
「う、そ・・・?」
唖然とするランファには目もくれず、イネイブル・ハーベスターはイセリアル・トリックマスターに迫った。
「ヴァニラさん!!どうして!?」
ミントの必死の叫びも空しく、イネイブル・ハーベスターは動きを緩めない。
どうして、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
もう一度会いたかった仲間。もう一度、話したかった仲間。
その仲間は今、自分たちを倒そうとする敵となっていた。
「――――――っっ!!」
考えを振り払い、目前のイネイブル・ハーベスターを見ようとした時には、彼女の機体は視界から消え去っていた。
慌てて周囲を見ようとした時には、ゼーバーキャノンがフライヤーの遠隔操作ユニットを撃ち抜いた。
「な・・・そん、な・・・?」
自分が受けたことが理解出来ない。
あの一瞬の隙に、ヴァニラは自分の視界から消え、真下に回り込んでフライヤーの操作ユニットだけを破壊したのだ。
以前のヴァニラからは想像もできないほどの腕前。
ミントは、背筋が震えるのを感じた。
イネイブル・ハーベスターはそこで動作を止めることなく、フォルテのメテオトリガーに急迫する。
「ヴァニラッ!!いい加減にしなっ!!」
メテオトリガーの武装が火を噴く。が、その時には斜線上のイネイブル・ハーベスターの姿はなく、フォルテは咄嗟に回避行動に移ろうとした。直後、メテオトリガーの連装リニアレールキャノンが切断されていた。
「な、なにぃっ!?」
他の武装に誘爆させることなく、その砲身のみを切り裂くその姿。まさに、天使のように超然として見えた。
三人は、飛び去っていくイネイブル・ハーベスターを、ただ呆然と見ることしか出来なかった。
エルシオールに迫ろうとしていた心斗とみさきは、突如目前に迫るゼロバスター・カスタムに咄嗟に武装を構える。
が、それよりも早くゼロバスターは手にしたプラズマソードの刃を煌めかせ、みさきのラピス・シリスの両腕、心斗のインペリアル・メガロデュークの頭部を切断した。
「なっ・・・」
「えっ・・・!?」
驚愕する二人のことなどまるで気にせず、今度は両手にプラズマソードを構えインペリアル・メガロデュークに迫る。
心斗は咄嗟に身構えたが、遅かった。
回転を主軸とした螺旋の如くの斬撃。
例えインペリアル・メガロデュークが強固な装甲を持っていようと、この無数の剣戟の前には意味を持たなかった。
裕樹の操作技法であるSCSの前に、心斗は赤子の手を捻るかのようにねじ伏せられた。
この光景を遠方から見ていた正樹は思わず息をのんだ。
久々に見る裕樹の技量。
かつて、自分も憧れたその強さ。
その強さは今、意味を持たない破壊の力となってしまった。
やるせない。
止めたい。
止めなければ。
正樹は、怒りよりも悲しみよりも何よりも先に、その感情がわき上がった。
裕樹に何があったかは知らない。
けれど、まずは止めなければ。
「裕樹っっ!!もうやめろぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
サーベルとシールドを構え、正樹は突撃する。
それに即座に対応し、ゼロバスターが目前に迫った。
「司令!!イネイブル・ハーベスター、接近!!」
徐々にエルシオールに迫るイネイブル・ハーベスターに、ココは叫ぶように告げる。
「くっ・・・!!」
思わずレスターは判断に迷う。
今、彼等はこちらを攻撃している。ならば敵と認識できるだろう。
なのに、レスターにはそれが出来なかった。
彼も、他の仲間に負けないくらい、彼等を心配していたのだ。
例えこちらを攻撃してきても、迎撃することなど命令できなかった。
その躊躇の間に、イネイブル・ハーベスターはエイミングレーザー、ゼーバーキャノンでエルシオールの残る武装を次々と貫いていった。――――――余分なところには一切攻撃せずに。
「ああ・・・っっ」
「ヴァニラ、さん・・・」
「くそっ・・・、何が目的なんだ・・・っっ」
慙愧するようにレスターが呟くと、突如通信から少女の声が聞こえてきた。
『・・・・・・ごめん、なさい・・・』
久しぶりに、本当に久しぶりにヴァニラの声を聞いた。
けれど、その声は今にも泣きそうな、悲しい声。
その声に、エルシオールのブリッジは何も言えず、ただ、イネイブル・ハーベスターを見送ることしかできなかった。
「っっっ!!!」
攻撃にも回避にも移れない絶妙の間合いから放たれたゼロバスターの一斉射に、正樹はカルナヴァーレを突撃させることで回避する。
もし、ここで回避行動に移れば確実に裕樹のSCSが自機を切断してくる。
ならば、相手の予想を覆す行動をしなければ、裕樹には触れることもできないだろう。
「くっそ!!」
通信が繋がらなければ、手加減もできない相手だ。
ならば、全力を持って戦うしかない。
カルナヴァーレがビームショットガンを放った刹那、ゼロバスターが視界から消え、次の瞬間にはショットガンが切断されていた。
だが、それすら正樹には予想できたことだった。
一瞬、距離を離すゼロバスターに後方から特殊拡散弾である「マルチブラスト」を追撃で放つ。が、無数に拡散する「マルチブラスト」すら裕樹は回避しつくし、再びこちらの間合いに踏み込んでくる。
そこが狙い目だった。
自分の腕だけではなく、今のこの機体では決してゼロバスターには勝てない。今では製造方法が抹消されている半永久機関である「セフィロート・クリスタル」を搭載しているゼロバスターの機体性能はずば抜けている。ならば、勝てるわけがないのだ。
だが、“ただ相手と直接通信を繋げる”というたった一つの目的を達成するだけなら、この機体でも不可能ではない。
瞬間、ハンドグレネードを投げつけ、それをマルチブラストで撃破。爆煙を撒き散らす。その視界が消えた一瞬で、正樹はシールドを構えながらゼロバスターに突撃した。当然、ゼロバスターはシールドを構えている手首を切断しにかかるが、それを見捨て、更に加速、ついにゼロバスターと機体が衝突した。
「裕樹!!裕樹っっ!!聞こえてんだろっっ!?俺だ、正樹だ!!」
まくし立てるように正樹は必死に通信機に叫んだ。
――――――けれど、本当は
――――――ただ、裕樹と話したかった。
――――――それだけだ。
時間にしては一瞬、けれど、体感時間は永遠に感じる程の時間。
やがて、ずっと慣れ親しんできた声が返ってきた。
『・・・知ってるさ。セフィラムで、正樹だってわかってた』
「ゆ・・・裕樹・・・っっ」
正樹は情けなくも、思わず涙が出そうになった。
探しに捜し求めた親友が、今はこんな目の前にいるのだから。
だが、今はぐっと堪えた。
何より、聞きたいことや言いたいことは山のようにある。
「裕樹・・・お前、今まで何してたんだよ?何で、何も連絡をよこさねぇんだよ?」
『・・・なんで今こうしているか、聞かないのか?』
「んなもん、後だ」
本心で答える。
今は今の状況を聞くより、これまでの過程が聞きたかった。
そんな、ぶっ飛んだ考えを正樹は言っているのに、いつもの裕樹の笑いはなかった。
「裕樹、お前・・・なんで帰ってこないんだ?美奈がどれだけお前のことを・・・っっ」
『・・・眩しすぎるんだ』
「・・・あ?」
『俺にとって・・・美奈は眩しすぎる。自分が汚い罪人だって、自覚させられる・・・』
そんな、心の底から悲しんでいる声で、裕樹はポツリと告げた。
本当に、泣きそうな声で。
「裕樹、お前・・・っっ」
『・・・正樹、頼むから、俺の近くで誰も死なせないでくれ。・・・でないと、俺は・・・・・・』
続きを言い切る前に、裕樹のゼロバスターは自然すぎる一振りで、カルナヴァーレの右腕と両足を切断した。
と、ゼロバスターが即座に旋回する。
その先には、唯一無事なゼノンが見えた。
「くっ・・・!!裕樹止めろ!!もう・・・っっ!!」
裕樹とエクスでは、勝負の行方は目に見えている。
けれど、今の自分に彼を止めるだけの力は残されておらず、正樹はただその行く末を見届けることしか出来なかった。
エクスはわかっていた。
あの機体、ゼロバスターには決して勝てない。機体的にも、実力的にも。
それでも、引くわけにはいかなかった。
何故なら、あれは自分の理想の姿そのものだから。
破壊と破滅しか齎さない紋章機、そしてIG。なのに、あの機体は誰も殺すことなく、全てを無力化させた。多少強引であるが、それでも自分の信念と願いの果てを叶えた一つの姿であった。
だからこそ、エクスは引けないのだ。
いつしか、自分がその境地に立つのであれば、その強さ、戦いを正面から向き合わなければならない。
だから、小細工などしない。
正面から全力を持って攻撃をしかける。
「・・・・・・来るっっ!!」
迫るゼロバスターに対してシールドを突き出し、レーザーサーベルを大きく構える。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」
肉薄するギリギリの位置で、エクスは全力でレーザーサーベルを振り下ろす。――――――刹那、相手の機体がスッと沈んだ。
「なっっ!?」
次の瞬間、いつの間にかラケルタ状になっているプラズマソードでシールドを構える左腕をすくい上げる形で切断。立て続けに背後のスラスターを二連斬、その三撃目を偶然にも背面のままレーザーサーベルで受け止める。
「ぐっっ!!」
その偶然に躊躇した瞬間、ゼロバスターは刃をSの字に振るい、ゼノンの右手、頭部を流れるように斬り裂いた。
「あ・・・・・・」
僅か三秒足らずの出来事。
それだけで、相手と自分の腕の差が天地よりも離れていることを自覚させられた。
その神がかり的な剣撃を受け、エクスはただ去り行くゼロバスターを呆然と見送るしかなかった。
ほんの僅かな時間で、戦場は戦場で無くなった。たった二機のIGと紋章機によって。
プレリュード軍は傷付けられた機体をノロノロと動かし、撤退していく。そのいずれもが、彼方へ去り行くゼロバスターとイネイブル・ハーベスターを睨みつけているようだった。
その気持ちは痛いほどにわかる。
突然現れた機体によって無理やり戦闘を終わらされたのだ。それも、ただこの空域での戦闘の終了が目的なだけで。
撤退していくプレリュード軍を見据え、レスターは自軍の機体を見る。その全てが機体の一部を失っているか、武装を奪われていた。
やがて、全機ゆっくりと帰艦してくる。
彼等に、なんと言えばいいのだろうか。言葉がまるで思いつかない。
エクスたちにはあれが誰かは知らないだろうから、なんとでも言い繕えるが、ランファたちや正樹はそうはいかない。
結局、レスターから動いて何か出来ることなど何もないのだ。今まで、ずっとあの親友に任せていたのだから。
最後に、レスターは飛び去っていく二機を見つめる。
その意図は解らず、こちらの受けた被害は馬鹿にはできない。
けれど、それでも、彼等は無事だったのだ。
二年間、捜し求めた仲間は失われていなかったのだ。
ただ、それだけが救いだった。
Interlude
水樹美奈
ジェノスとヴァイスが時雨(ミルフィー)を狙っていると知り、私と健治(タクト)は立ち塞がった。
けれど、圧倒的すぎる力の前に、私たちは赤子の手を捻るかのように敗北した。
理由はわからなかった。
聖刻という単語の意味も知らなかった。
ただ、時雨を無理やりに奪っていくのだけが、理解できた。
その直後、時雨が唐突に私たちに謝ってきた。
――――――ごめんなさい・・・美奈さん、健治さん。あなたたちを巻き込んでしまって・・・
その時雨の顔は、悲しそうで、同時に決意に満ちていた。
――――――二人とも、死なせない。私の聖刻を引き継げば、きっと助かるから。・・・だから、
―――聖刻という運命を刻んでしまって、ごめんなさい・・・
直後、私の額に星水の聖刻が、健治の右手に裂刃の聖刻が、刻まれた。
驚くジェノスとヴァイスに向かって、私たちは本能のまま、聖刻を発動させた。
―――それは、単に暴走と言えるものだった。
純粋な破壊力だけのエネルギーを解き放った。そんな、制御の欠片もない行為は、それでも二人を引かせることだけはできた。
ただ、確実に私たちの生命は削られたが。
その後、私たちはまともに立っていられなくなり、その場に倒れこんだ。
あの天人の二人、ジェノスとヴァイスは一時的に後退しただけ。すぐにでも起きなければいけない。
――――――なのに、彼はなんて間が悪いのだろう。
そんな時に、裕樹は帰ってきた。
惨状を目にして、泣きそうな顔で私たちを運び、手当てをしてくれた。
――――――逃げ、て・・・裕樹・・・
何度も、何度もそう言ったのに、彼は断り続けた。
裕樹は知らないのだ。あの天人や聖刻のことを。
彼は、彼だけは巻き込みたくない。
裕樹だけは、こんなことに巻き込みたくないのに。
なのに、どうして
こういう時に限ってあの二人が現れるのだろうか。
――――――やめ、て・・・裕樹・・・っっ
私の最後の意識は、きっとこれから死に逝く裕樹の背を見たまま、停止した。
「――――――裕樹っっ!!」
思わず、叫んで飛び起きた。
割り当てられた部屋の中、ただ自分の呼吸する音だけが響いている。
「・・・裕樹・・・っっ」
段々と理解してきた。1000年前の出来事を。裕樹の受けた苦しみと罪を。
途絶えた記憶を求めるのが、怖い。
その先にあるのが悲劇でしかないというのが、嫌になるくらいわかってしまったから。
「痛っっ・・・」
頭痛が美奈を襲う。
だが、それは仕方のないことでもある。
例え自分の前世とはいえ、それはまったくの別人といってもいい。そこに聖刻という触媒があるとしても、それは他人の記憶を穿り返すようなものである。ならば、自然と負担がかかってしまうだろう。
そう、つまりこの頭痛は危険信号なのだ。
これ以上は危険だと。超えてしまえば、二度と帰ってこれないと、そう告げているのだ。
「・・・でも」
それでも、私はやめるわけにはいかなかった。
この苦しみ、世界と同化する苦しみは、裕樹はきっと耐え切れないほど味わっているはずだから。
何より、知らなければならないから。
でないと、裕樹を救うという世界の条件が満たされない。
「―――・・・」
だから、頑張ろう。
どこにいるのかわからないけど、裕樹は今だって苦しんでいるはずだから。
それに、約束したから。
必ず、裕樹を救ってみせると。
そう想い、美奈は休めるために瞼をゆっくりと閉じていった。
Interlude out
「クレータ班長、状況は?」
ファイルを片手に、正樹は急ピッチで修理が行われている格納庫でクレータ班長に話しかけた。
あの唐突に終わった戦闘の翌日、エルシオールは第一方面基地のラマシア基地に入港していた。
第一方面の中ではかなりの規模を持つラマシア基地は資材も豊富で、即座に紋章機、及びIGの修理が開始されていた。
「紋章機、カンフーマスター、イセリアル・トリックマスター、メテオトリガーは充分に修理可能です。・・・ですが、ゼノン、カルナヴァーレ、ゼンは・・・」
「・・・ま、仕方ねぇよな」
IGが不利な点はここにある。
汎用兵器として人型に拘ったため、紋章機と比べると耐久力においてかなりの差が出てしまう。細部が細かく、機体が損傷した時の稼働率の悪さはIGがかなり高い。紋章機は戦闘機という特性ゆえに、多少の損傷は問題にならないのである。
つまり、クレータ班長はIGを修理するのは無理だと言っているのだ。
「直すぐらいならもう一度作ったほうが早いですね、正直」
「ハァ・・・。―――ったく、こんな時にレスターはどこに行ってんだよ?」
基地についてから半日。正樹と彩は唐突にレスターに呼び出されたのだ。
「しばらく艦を離れる。それまで、エルシオールを頼みたい」
そこまで信頼されているのは正直嬉しかったが、行き先をどうしても教えてくれなかったのだ。本人曰く、
――――――シヴァ陛下やシャトヤーン様、ルフト将軍の許可も貰っている。
だ、そうだ。
そこまでして行く先とはどこなのだろうか?まぁ、任された以上はキチンとするつもりだが。
「正樹」
IGを失った穴をどうするか考えていると、唐突に彩が話しかけてきた。
「なんだよ」
「基地本部から伝達。アンタとエクス、それとクリスに出頭命令が出てるわよ」
「・・・なんだって?」
思わず聞き返した。
何故呼ばれているのかは、大方予想がつく。が、いくらなんでもタイミングが良すぎるのではないだろうか。
その辺り、かなり不信に思うのだが。
「・・・・・・」
「―――・・・」
彩を見ると彼女もそう思っているらしく、表情がどこか浮かない。
が、仲間内を疑うわけもないので、正樹はアッサリ考えを切り替えた。
「わかった、とりあえず行ってくるわ。―――彩、後任せた」
ポン、とファイルを彩に手渡す。彩も当然といった顔でそれを受け取った。
「早く行ってきなさい、正樹。――――――クレータ班長、紋章機のサイドスラスターについてなんですが」
整備するもの同士、話す会話が同レベルなのか凄い会話が展開されている。
正樹はそそくさと格納庫を後にした。
そこに、どれだけの逡巡があったのだろうか。
望み、願い、求めた、かけがえのない仲間。
その仲間に撃たれたこと、敗れたこと。敵ではないが、味方でもなくなってしまっていた。
そこに、どれだけの苦しみがあったのだろう。
少なくとも、今の自分たちには到底理解出来ない事だった。
虚無も絶望もない。喪失感もない。
ただ、未だに理解出来なかったのだ。ヴァニラと裕樹に、あんなふうに再会してしまったことが。
「・・・・・・姉ちゃん?」
クリスの声にランファはハッとする。
リフレッシュルームに着いてから、ほとんど放心状態だったのだろう。クリスたち4人が心配そうにこちらを見ている。
「その・・・大丈夫ですか?先輩方」
「え、えと、その・・・元気ない、みたいです」
励ましてくれながらもクリスの服をキュッとつかんでいるセリシアを見て、ランファたちはようやく笑いだした。
「ん、ごめん。ありがとね」
「大丈夫ですわ」
「心配かけたね」
空元気でもいいから、笑顔になってくれてよかった。
そして、それなら聞かないといけないことがある。
「フォルテさん。この前のあの二機、一体何者なんです?」
「・・・・・・」
「IGの方は知らないですけど、もう一機は・・・」
「イネイブル・ハーベスター、ですよね」
再び無言になる彼女らに、エクス、ティア、クリスはまくしたてる。
敵なしと思っていたエンジェル隊が、ああもあっさりとやられてしまったのだ。先輩たちはイネイブル・ハーベスターに、自分たちはあの見慣れぬIGに。
だからこそ、確認したい。あの紋章機に乗っている人が、誰なのかを。
「・・・ヴァニラさん、なんですか?」
躊躇うようなティアの言葉。続きが始まらず、永遠のように時間が長く感じられた。
そんな時間は、唐突に終わった。
「そう、あのパイロットがヴァニラ。ヴァニラ・H、エルダートの癒し手であり、ナノマシンを自在に操れますの」
「―――え」
答えたミントの言葉に、エクスは呆然とした。
「・・・?エクス?」
思わず、心配そうにティアが話しかけるが、エクスの耳にその声は届かなかった。
「嘘、だ。そ、そんな・・・」
やはり、真実だった。
違うと否定したいが、頭でもそれは違うと理解してしまった。
(やっぱり、デュナンで会った、あの娘が・・・)
昨日のように思い出せる、悲しい目をした二人。その内の、一人の少女。
(ヴァニラ・H、なんだ・・・)
「エクス?どうかしたのかい?」
「・・・いえ」
ファルテの問いに、即座に答える。
あのハーベスターに乗るヴァニラが、自分を助けたヴァニラであることは間違いない。
けれど、それでも、あの人たちとの約束を破りたくなかった。
だから、このことは誰にも言わない。
ずっと、秘密にしなければ。
――――――けれど、エクスは忘れていた。
――――――ミントが、テレパスだということに。
「な・・・エクス、さん・・・!?」
「――――――っっ!?」
その言葉でようやく気づいたが、すでに遅かった。
ミントは、完全にこちらの考えていることを理解しただろう。
「あ・・・」
自分に嫌気が差す。まさか、こうも簡単にバレてしまうとは。
「・・・?ミント?エクス?」
「二人ともどうしたんだい?」
「おいエクス?ミント先輩?」
周りの声が気にならないくらい、二人は無言だった。
が、そこで更なる違和感に気づいた。
――――――なんで、ミントまで黙っているのだろうか?
そんな空気を破ったのが正樹だった。
「エクス、クリス、いるか?」
「おや、正樹じゃないか」
「よ、フォルテ。悪いけど二人を借りていくぞ。本部から出頭命令だ」
「あ、はい・・・」
戸惑いながらもクリスは正樹に並ぶ。が、その視線は今だ尚、エクスに向けられていた。
その違和感に正樹が気づく。なにやらとてつもなく居心地が悪いのだけは即座に理解したが。
「―――――――っっっ!!!ミントさん!!!」
「な、なんですのっっ!?」
突如、エクスがミントの両肩をがしっと掴み、勢いよくまくし立てる。
「さっきのこと、少しだけ黙っててください!!お願いします!!」
「は・・・え・・・!?」
「だって、昨日の戦闘のこと、詳しくは報告されないんですよね!?何より、」
と、エクスの声のトーンが急に下がった。
「俺・・・あんな悲しい瞳を見たの、初めてなんです。だから・・・」
「・・・エクスさん」
「だから、戻ってきたら必ず説明しますから!それまでっっ!!!」
お願いします、と言い切る前に、ミントはゆっくりと頷いてくれた。
「え・・・ミント、さん?」
「わかりましたわ、エクスさん。お戻りになるまで、誰にもお話いたしませんわ」
一言。けれど、この人が嘘をつかないことはわかった。
「あ、ありがとうございます!!」
ふと、思った。
なんで、自分はこうまでしてあの人たちを弁護しようとしているのだろうか。
けど、考えても答えは出なかった。
「・・・で?ミント、なんの話だい?」
エクスたちが去ってから、フォルテはすぐにミントに問いかけた。
「そうそう、何の話なのよ」
「わ、私も気になります」
「・・・私は、別に、その」
フォルテとランファはとても楽しそうな顔で、ティアは不安そうな顔で、セリシアは怯えた顔だった。
まぁ、話したほうがいいのはわかっているが、約束したばかりで破るのも気が引ける。
だから、いつもどおりミントはこう答えた。
「ふふ、秘密ですわ」
「・・・ここか」
ようやく辿り着いた町で、レスターは軽く息を吐く。
この地に足を踏むのは何年ぶりだろう。
郷愁、とでもいうのだろうか。この感情は。
ともあれ、先を急いだ。懐かしむのは、もう一度会ってからだ。
すでに日は傾き、夕焼け空となっている。
(・・・本当は、何度も来いと言われていたんだがな)
けれど忙しくて、行けなかった。
本当に本気で一度は行こうと思ったのだが、忙しかったのだ。
それが今、忙しい中で来ているのだから不思議だ。
と、唐突に視界が開けた。
その先にある小さなカフェ。
50メートル先程先に、懐かしい人物の姿があった。
「ありがとうございましたーっっ!!」
相変わらず元気な娘だ。もう二年も経っているのに、まったく変わっていない。
「さてと、そろそろ店じまい、かな」
腰に手を当てて、彼女は周りを見渡した。
「・・・あれ?」
そこで、こちらの存在に気づいたようだ。
久しぶりに会う彼女になんて言葉をかけていいかわからず、戸惑った。
「え・・・レスター、さん?」
そんな驚いた顔を見て、レスターもぶっきらぼうに返した。
「ああ、久しぶりだな、ミルフィーユ」
なんとなく、笑顔になってしまった。らしくもない。
と、ミルフィーユは一瞬固まってから即座に花のような満開の笑顔になった。
「本当にレスターさん!?わぁ、お久しぶりです〜!!―――って、それどころじゃなかった!!」
ミルフィーユは即座に店に反転。駆け込んでいった。
「タクトさ〜ん!!タクトさ〜ん!?」
なんというか、かなり騒がしいので、止めさせようとレスターもミルフィーユに続いて店に入った。
そこで、ばったりと再開した。
「どうしたのミルフィー?もうお店閉めていいけ、ど・・・?」
奥のドアから出てきた姿。あまりにもエプロンが似合いすぎて、思わず笑いそうになる。
「あ、え・・・え?」
固まる彼に、レスターから挨拶した。
「久しぶりだな、タクト」
「レ、レスター!?レスターじゃないか!!ははっっ、久しぶりだなぁ!!来るなら来るって連絡してくれればよかったのに!!」
「まぁ、な。いろいろとな」
互いに本心から笑いながら、レスターとタクトは手を合わせた。
ここに、二年ぶりに、レスターは親友であるタクトと再会を果たしたのだ。
懐かしい時間を、レスターは確かに感じていた。