第十章「心に誓う希望」
「・・・で、どうなんだ?店の調子は」
タクトとミルフィーユに再会してから、レスターは自然とその流れでカフェでタクトと雑談していた。ミルフィーユは会話には参加せずに、夕食を作ってくれている。
「まあまあだよ。とりあえず毎月黒字は維持してる」
「ほう・・・俺はてっきり火の車かと思ったぞ」
「おーきなお世話だ。これでもちゃんと経営維持するために苦労したんだぞ」
まるで子どものようにしかめっ面をして、タクトはこちらを睨んでくる。
けれど、正直ほっとした。なにせ、二人の式が終わってからろくに連絡もしなかったからだ。それでもタクトとミルフィーユは自分にメールを送り続けていてくれたのだが。
「・・・・・・」
「・・・レスター?」
「・・・タクト、ミルフィーユを幸せにしてやっているか?」
自分でも馬鹿げていると思う。今更、確かめるまでもないのに。
――――――けれど、
「・・・親みたいなこと言うなよ」
「すまん」
「あー・・・そういえば式の時にも同じようなこと聞かれたなぁ」
「誰だ?ミルフィーユの両親か?」
「それもあるけど・・・妹。ミルフィーの」
「・・・ああ、そういえばいたな。小さいのがチョロチョロと」
「リコだよ。アプリコット。家族なんだから覚えててくれよ」
「俺はお前の家族でもなんでもないんだが」
「つれないなぁ・・・」
言って、タクトはカウンターにあるコーヒーポットに火をつけた。
「随分本格的なんだな」
「まーね。俺とミルフィーの趣味さ」
心の底から楽しそうに、タクトはコーヒーミルでコーヒー豆を摩り下ろし始めた。
ほどなく、店の中にコーヒー独特の落ち着いた香りが漂ってきた。
なんと、心安らぐ場所なのだろうか。
店は小さい方で、こぢんまりとしているが、それならではの落ち着いた雰囲気はなんともいえない空気を味わえる。恐らく、初めてこの店を訪れた客も、そういう空気を味わっているのだろう。
まさに、タクトとミルフィーユの二人だからこその芸当だ。
だから、だろうか。
そんな彼らを見てしまったから、言えなくなる。
それを伝えるために、自分はここまで来たというのに。
「そうそうレスター」
「ん・・・なんだ?」
「そっちこそどうなんだ、仕事の方は。―――アルモとは、どうなった?」
かなり目を輝かせているので、微妙に返答に困る。
「なんでそこでアルモが出てくる?」
「あー・・・・・・そうですか、わかった」
その返答だけで、タクトは即座に理解した。思わず、アルモに同情したくなるほどに。
「まぁ、軍の方なんだが・・・・・・タクト」
「あいよ、なに?」
「そのことで、話が・・・―――」
レスターが続きを言おうとしたところで、厨房のドアが勢い良く開かれた。
「タクトさん!レスターさん!お待たせしました〜!!」
ミルフィーユがトレイの上に溢れんばかりの料理をのせてやってきた。
無論、三人分であるために、かなりの量になっているのだが。
「待ってました!!ミルフィー、今日のメニューは?」
「今日はアッサリ系で攻めてみました!!―――え〜っと、“潮風のスープパスタ”に、“自家製ハーブサンド”、あと“絹ごしクラムチャウダー”です!」
「・・・???なんだか店のメニューにありそうな名前だな」
なんというか、潮風、自家製、絹ごし、の辺りにそれを感じる。
「はい、新メニューに挑戦してみたんです。タクトさんとレスターさんが美味しいって言ってくれたら明日からメニューに加えようかなぁ、って」
「久しぶりだね、試食ついでの夕食って」
「えへへ、そろそろ新メニューを開拓しなきゃ、って思ったんです」
なんというか、微笑ましい光景である。
二人とも二年も経っているのに、根本的なところはまったく変わっていない。
その上、二人とも幸せそうに笑い合っている。まったく、仲のいい夫婦だ。
「よっし!レスター、何飲む?酒もあるぞ」
「あ、ダメですよタクトさん!―――タクトさん、お酒飲むとでろんでろんになっちゃうんですから」
「う・・・ミ、ミルフィーだって同じだろ!?」
「それは・・・その、そうですけど・・・」
「・・・水でいい」
レスターとしては騒々しいのを早く終わらせて、久しぶりのミルフィーユの手料理が食べたかったのだが、
「えぇ〜〜〜」
「それはつまんないぞ、レスター」
「・・・・・・俺にどうしろっていうんだ・・・」
やはり、レスターであってもこの二人を相手にしては振り回されるのであった。
「・・・で、どうしたんだよ、レスター」
食後、ミルフィーユの入れてくれたコーヒーを飲んでいると、タクトが唐突に話してきた。
いくら平和ボケしているようでも、やはりタクトはタクトだ。鋭いところは今だ健在である。
「何か、用があって来てくれたんだろ」
「用・・・?」
よくわからず、ミルフィーユは一人首を傾げる。
「・・・さすがだな、タクト。――――――単刀直入に言おう」
レスターは、どこか罪悪感を感じながら、二人を見て言った。
「タクト、ミルフィーユ、お前たちの力が必要だ。・・・エルシオールに、戻ってきてくれないか?」
しばらく、時間が止まった気がした。
なんというか、予測していたことなのに、空気が重かった。
「え・・・レスターさん?」
「俺たちに、服役しろって言いたいのか?」
「・・・そうだ」
タクトの、真っ直ぐな感情の言葉が痛い。
だからこそ、下手な誘いや理由など何も言わずに、答えを待った。
きっと、今のタクトに理由なんて必要ないから。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あの・・・そのぅ・・・」
一人慌てふためくミルフィーユ。そんな彼女をこっそりと見ながら、タクトが尋ねてきた。
「そんなに今の情勢が危ないっていうのか?」
「ああ、・・・話せば長くなるが・・・」
そして、レスターは今までの出来事、情勢を掻い摘んで話し、説明した。―――当然、裕樹とヴァニラのこともだ。
「ヴァニラが!?それに、裕樹さんも!?」
「そっか・・・無事だったんだな、あの二人・・・」
まず最初に二人の安否を気遣う辺り、やはり二人らしい。
「しかし・・・わからないな。裕樹は何が目的だったんだ?」
「アイツは、ただその空域での戦闘を避けたがっているようだったがな」
「・・・・・・」
「・・・ミルフィー?」
押し黙るミルフィーユが心配になったか、タクトはミルフィーユの傍に寄った。
「・・・ヴァニラと裕樹さん、二年間で、何を見たんだろうって・・・」
「え・・・?」
「だって、そうじゃないですか。でないと、エルシオールを、みんなに向けて刃を向けるなんてこと・・・っっ」
それだけの地獄を見た。ミルフィーユはそう言いたいのだろう。
それはレスターにもわかる。少なくとも、先日の彼等は自分たちの行為に苦しんでいた。
かつての仲間に刃を向けなければならないほどに、彼等は追い込まれているのだろうか。それも、何に対して?
「それに、プレリュードの動向も気になる。―――公には明かされていないが、この騒乱は水面下まで来ている。俺たちで、なんとしても止めなければならないんだ。・・・トランスバールを守るためにも、裕樹とヴァニラと話をするためにも」
――――――だから、帰ってこい。
レスターの言葉の中にはその思いがひしひしと込められている。
――――――けれど、
――――――即決できなかった。
今のミルフィーユとの生活を失うのは、タクトにとって辛すぎた。
何より、またミルフィーユを危険な戦いに巻き込むことは、どうしても許せなかった。
かつて、自分がパイロットではなく、司令官だった頃。
笑顔でみんなを送り出し、指揮をとる自分。
結果的にテンションが高まってくれていたので、なんとかして死地をくぐり抜けてこられた。
けれどその実、心の中では怯えていた。
彼女、愛するミルフィーユを自らの手で戦場に送り出していくことが。
もう、そんな思いをしたくないし、させたくなかったから、自分たちは軍を退役したのだ。
けれど、レスターの思いも無視出来なかった。
彼がここを尋ねてきた、ということは本当に切羽詰っているのだろう。
親友である彼が、昔の復讐鬼だった頃の自分を支えてくれた彼を、無碍に扱うことも、タクトには出来なかったのだ。
「・・・一晩、時間をくれないか」
「タクト・・・」
「空き部屋があるからさ、レスターも今日は泊まっていってくれ」
「あ、じゃあ私、部屋の準備をしてきますね!」
無理して笑顔を作ってホールから出て行くミルフィーユを、残された二人は黙って見送っていた。
タクトの胸にある想い。
そのいずれもが、優先付けることなど出来ないものなのだ。
正樹、エクス、クリスを乗せた車は、巨大な格納庫の前で止まり、運転していた兵士が降り、こちらを誘導する。
「こちらへ」
「・・・ここは?」
港についてからその日のうちに本部より呼び出されるとは、エクスとクリスはまったく理解出来ていなかった。
ただ一人、正樹だけは格納庫の前で止まったということで、予想が確信に変わった。
言われるままに三人は格納庫の中に入る。そこには見覚えの無い、見るからに新型と思える二機のIG、そして、
「え・・・」
「正樹さん、あのIGって・・・」
「・・・グランディウスだ」
前大戦時、正樹の愛機として多大なる戦果を上げたIG、グランディウス。パレスティル統一戦争後、白き月に預けていたのだが・・・
と、ようやく正面に立つ人物に視線を向ける余裕が生まれ、―――同時に驚いた。
「な・・・!?」
「い・・・!?」
「・・・」
厳格なる雰囲気を漂わせた老兵。
そこにいるのは紛れもなく、トランスバール皇国軍将軍、ルフト・ヴァイツェンだった。
「ル、ルフト将軍!?」
「久しぶりじゃな、神崎正樹。それに・・・エクスとクリスじゃったな」
皇国軍将軍に名前を覚えてもらっていたのがよほど嬉しかったのか、エクスとクリスは顔を見合わせて喜んだ。
その中、正樹は事のカラクリに理解できないふちであった。
「ルフト将軍、あなたがわざわざ物資の輸送に?」
「うむ、何せやっかいなモノじゃからな。そうそう誰かに任せるわけにはいかんのじゃよ」
そのやっかいなモノというのが、見慣れぬIGとグランディウスということなのか。
「勘がよいの、お主は」
「・・・で、あのIGは?」
正樹の言葉に、ルフトは誇らしげに機体を見ながら告げた。
「STY−10G“ゼファー”、GYT−B30S“バルキサス”そして、X−D003“グランディウス”――――――お前たちの新しい機体じゃよ」
告げられた言葉に、エクスは拒否するような視線を機体に向け、クリスは感嘆の息をつく。
ゼファーと示された機体は、大きく張り出した後翼のスラスターが特徴的だ。中でも、ビームライフルにしては大きすぎる、右肩後方に装備されているライフルのような武装が気になる。
一方、バルキサスと示された機体は、背中の翼がスラスターの役割を果たしていないのがここからでもよくわかる。恐らくブースターの役割を果たしているのだろう。武装も見た感じバランスが良く、万能型の機体だとわかる。
そして、グランディウスは前大戦時とまったく変わりようがなかった。それでも、前大戦時にはズバ抜けた性能を持っていたこの機体は、今でも充分にズバ抜けた性能を発揮してくれるだろう。
「ゼファーはエクスの、バルキサスはクリスの、グランディウスは・・・言うまでのないの。――――――二機とも、従来の機体を遥かに超える性能を持つ最新鋭の機体じゃ」
「・・・」
「す、凄い・・・」
「ゼファーはもはや支援機という枠組みを超えて開発された新世代の機体じゃ。―――バルキサスは、これでも量産計画の機体なのじゃが、コストが掛かりすぎてのう、まだロールアウトしたばかりなんじゃよ。二人とも、詳細は後でしっかり確かめておくんじゃぞ」
「・・・・・・」
「了解です!」
純粋に認められて喜ぶクリスだが、エクスはまったく喜んでいなかった。
自分はまた、より大きな破滅の力を与えられ、使えと言われたのだ。
確かに、相手を倒すならより大きな力の方がいいに決まっているが、それでも・・・
(俺は・・・)
だが、そんな顔を将軍に見せるわけにもいかず、エクスはクリスと共に新たな自分の機体を見つめていた。
「・・・随分とタイミングがいいな」
随分無粋な言葉だが、ルフトは笑って気にしなかった。
「なにがじゃ?」
「・・・まるで、俺たちの機体が破壊されることがわかってたみたいなタイミングだったからな」
「・・・・・・」
「それに、なんて速度で機体が開発されてんだよ。この間までゼノンぐらいの性能の機体も作れなかったのに・・・」
「・・・お主の言いたいことはわかる。―――開発については、白き月が全面協力したためじゃ。届けるように言い付かったのも、白き月じゃがな」
「・・・・・・」
どうにも不信感が拭えない。
戦力が増えることに不満はないが、どうも何かが引っかかる。
「おお、忘れておったわ。―――後一つ、届けるものがあるんじゃ」
「?まだ何か?」
と、ルフトが差し出した書類に記載されていた名前を見て、正樹は驚愕した。
「な・・・っっ!?」
同時に、理解した。
「まさか、レスターがわざわざ許可とってまで向かったところって・・・!!」
惚けた様子もなく、ルフトは素の表情で頷いた。
「資材はすぐに本部基地から回してくれるらしいけど・・・」
技術主任が言いながら、目で母艦、エルシオーネを見る。続けて艦長である英樹もそれに続いた。
「・・・酷いものね」
「うん、ちょっとすぐには修理できないかな、この被害は」
旧知の仲である二人は、敬語を使うことなく、気軽な口調で話した。
プレリュード軍の中心的存在である母艦、エルシオーネは武装、スラスターを全破壊とかなりの被害を蒙っていた。それも、たった一機のIGによって。
「あれが、ゼロバスターなんだね」
「ええ。前大戦中期にエルシオールに現れた、全てのIGの元となったプロトタイプの機体。・・・まさかあれほどの戦闘力を持っているなんて・・・」
正直、わけがわからない。
あの二機、ゼロバスターとハーベスターは本来エルシオールの機体であったはずだ。ならば彼等がエルシオールを援護するなら理屈としてはわかる。が、彼等は仲間であるはずのエルシオールに向けても刃を向けたのだ。
「・・・・・・はぁ」
まったくわけがわからない。あるいは、あの時聞こえた通信の声に従っていたら、ここまでの被害は受けなかったかもしれないのだ。
「あ、英樹。それともう一つ」
「何?」
「本部から。・・・・・・完成したって、AG(アーセナル・ギア)が」
その言葉に、英樹の表情がキュッと引き締まる。
「そう。―――適正は?」
「変わらず、心斗です。みさきさんはもっと、大型の方が、とのことでした」
「わかったわ。後で心斗を呼んでおいて」
「わかった」
頷き、技術主任は背を向ける。
それを見ながら英樹は、喜びを抑えるのに苦労していた。
ついに、ついに完成したのだ。
IGという枠を超え、人型という汎用性を捨てた結果生み出された、プレリュード軍の新兵器、AGが。
これさえあれば、トランスバールにおけるもっともやっかいな相手である紋章機など敵ではない。更に、今のトランスバールのIGの性能ではまるで太刀打ち出来ないだろう。
まさに、主導権を握ったようなものなのだ。
「あ、そうそう」
と、技術主任が振り返る。
「そのAGの機体名、“レイレックス”だから」
「レイレックス・・・そう、ありがと」
英樹はもう一度、その名を繰り返し呼んでみた。
自軍の希望を込めるつもりで、何度も力強く。
「――――――・・・・・・っっっ!!!!」
暗い闇の中、一人、その苦しみに耐えていた。
ああ、頭が痛い。壊れてしまいそうだ。
ああ、腕が痛い。ちぎれてしまいそうだ。
ああ、両手が痛い。もう、抑えるのも限界に近い。
何より。―――もう、心がもたない。
「・・・!!裕樹さん・・・!!」
不意に目の前がパッと明るくなった。
ああ、どこかで聞いたことのある声が、心配そうな声が自分を呼んでる。
え、と・・・・・・誰、だったっけ・・・?
「大丈夫ですか・・・?苦しいんですか・・・?」
ライトグリーンのフリルがかった髪と、赤い瞳の少女。彼女は・・・
「・・・ヴァニラ?」
そう、ヴァニラ。ヴァニラ・Hだ。二年前から、ずっと自分を支えてくれた少女。なぜか、彼女には魂の守護がかかっていて、自分の聖刻の影響をまるで受けなかったのだ。
彼女曰く、シスター・バレルという女性のおかげらしい。
「裕樹さん・・・?」
「・・・ごめん、大丈夫だから」
そんなの嘘だ。と言わんばかりの表情だ。
まあ確かに、もう笑顔を作る余裕もないのだが。
「・・・最近さ」
「え?」
「記憶が、あやふやなんだ。なんか、いろんなことが・・・・・・そう、記憶が壊れてきてるんだ。―――今だって、俺、一瞬ヴァニラのことがわからなかった」
「・・・それは・・・どうしてですか?」
「きっと、世界と同化しすぎた反動だよ。その上、もう聖刻を抑えるのも限界に近い」
そんな裕樹の顔を、ヴァニラは見てられなかった。
もう、救いなどとうに諦めた表情。
自分を罪人だと決め付けた、救われようの無い顔。―――なのに、とても悲しそうで、今にも泣いてしまいそうな・・・
「きっと、誰か一人でも俺の近くで死んでしまったら・・・。その人の魂を吸ってしまったら・・・」
もうもたないと、続きは言わず、表情で答えた。
きっと、聖刻が暴走すると。そうなったら、本当にどうなるかわからなかった。
「・・・ですから、私たちは戦闘を止めたんですよね・・・?」
「ああ。あのままだと、絶対に誰かが死んでしまってたから」
せめて、この星の宙域でなければよかったのだが、そうもいかずやむを得なく、自分たちは出撃したのだ。
かつての仲間に、刃を向けてでも。
「・・・もう、だめなのかな・・・」
ぽつりと、裕樹が呟いた。
その言葉に秘められた想いを嫌というほど理解してしまう。
だから、ヴァニラは祈った。
この世界でただ一人、裕樹を救える人のことを。
(・・・美奈さん、早く・・・。このままでは、裕樹さんは・・・・・・)
Interlude 水樹美奈
次に視界に入ったもの。
それは、血まみれになった裕樹の背中だった。
絶対に敵わないのに、絶対に助からないのに。
なのに、それでも裕樹はジェノスとヴァイスを前にしながら、必死になって私たちを庇っていた。
――――――ご、めん・・・ごめんね、裕樹・・・
――――――私たちのせいで、裕樹は・・・
そう、口だけで言った直後。
不意に、本当に時間だ止まった。
そして聞こえた。裕樹の、心の声を。
――――――死にたくない・・・・・・
――――――まだ、死にたくない・・・・・・
――――――生きたい・・・まだ、生きていたい・・・
驚くほどに純粋に聞こえた。
死を怖がり、生を望んだ、裕樹の言葉。心の言葉。
次の瞬間、裕樹は光に包まれた。
裕樹の心の想いが、天まで届いたのだろうか。
――――――その右手に宿る聖刻は、“天魂”。
直後、その生と死を司る聖刻は、裕樹の意思に同化したように、周りの生者の生を集め、目の前の敵、ジェノスに死を与えた。
その光景に驚いたヴァイスには、不意打ちで健治(タクト)が裂刃の聖刻を解放。ヴァイスの命を散らした。
ここに、あっけなく二人の天人を撃退することに成功した。
ただ、残ったのは――――――
聖刻の力によって、無残と化した地上。
肌で感じれるほどに、罪と罰を理解した。
生き残る者に、確実に罪と罰が降りかかる、と。
そして・・・・・・
裕樹の聖刻に巻き込まれた、私と時雨(ミルフィーユ)だった。
先が見えない、絶望と虚無の中、裕樹は告げた。
――――――健治、このままだと生き残った人に罪と罰が襲い掛かる。だから・・・
――――――俺は、お前を生かしておけない・・・
――――――なら裕樹。俺も、お前に罪と罰を受けさせるわけにはいかない。
――――――だから、俺は、お前を・・・殺す。
憎しみなどない。
恨みもない。
怒りすら、なかった。
ただ、お互いが、お互いを助けるために。
想像することすら出来ない、天の罪と罰から逃れさせるために。
裕樹と健治は、互いの命を奪い合った。
「・・・・・・・」
飛び起きることなく、美奈は目覚めた。
あまりにも残酷で、悲しい出来事。
けれど、自分は泣けなかった。
自分たちは、裕樹一人に全ての罪を背負わせてしまったのだ。
ならば、泣くのはずるい。自分で自分を許してしまっている気がするから。
――――――けれど・・・・・・
「裕樹は、それが出来ないでいるんだ・・・・・・」
そう、まさにそこだ。
裕樹の罪を救う、たった一つの方法。
それは、本当に自分にしか出来ないことだった。
(もう少し。後少しで、1000年前の全てが・・・)
何故か、痛みもなく、苦しみもなく。
ただ、自然なままで、美奈は再び前世の自分の記憶を同化を始めた。
ダブルベッドに横になりながら、タクトは今だ眠れずにいた。
隣には愛しいミルフィーユの寝息が聞こえるのに、今夜に限ってそれは子守唄のようにはならなかった。
ただ、頭の中には軍人だった頃の自分の姿があった。
(・・・・・・)
自分を頼って来てくれたレスター。
そして、ついに姿を見せた裕樹とヴァニラ。
彼等のために、自分も何かしてあげたいとは思う。
けれど、そのために、今の生活を捨てることが、どうしてもできなかった。
「・・・・・・俺は、どうすれば・・・」
「・・・・・・行ってあげましょうよ、タクトさん」
唐突に、眠っていたはずのミルフィーユが答えた。
「ミルフィー、なんで・・・」
「タクトさん、すごく困った顔してましたから」
優しい笑みを浮かべながら、ミルフィーユは体を起こして、自分に寄り添った。
互いの体温どころか、息がかかってしまう程の距離で、ミルフィーユは続けた。
「タクトさん、レスターさんの助けになってあげませんか?裕樹さんや、ヴァニラのことだってあるんですから」
「・・・でもミルフィー。俺は・・・・・・」
自分勝手だと思う。
けれど、これは本心だから。
だから、ミルフィーユには話さないといけない。
「・・・・・・俺は・・・君を、失いたく、ないんだ・・・」
「えっ・・・?」
「俺は、君を戦場に戻すなんてこと、出来ない。君を、もうこれ以上危険な所へなんて・・・」
言いながら、沈んでしまう。
と、不意に暖かいものに包まれた。
ミルフィーユが、自分を抱きしめている。
「え・・・ミルフィー・・・?」
「・・・ありがとうございます、タクトさん」
嬉しそうで、幸せそうで、自然な声で、ミルフィーユは話してくれた。
「私、ずっと幸せでした。タクトさんと二人で、小さなカフェをやっている時間が。―――朝、なかなか起きてくれないタクトさんを起こすのが。タクトさんが、私の料理を食べて、美味しいって言ってくれる時が。夜、タクトさんに抱きしめてもらいながら眠るのが。・・・何より、タクトさんと、二人で笑っていられるのが・・・・・・」
「・・・ミルフィー・・・」
照れてしまいそうなことを、ミルフィーユは本当に幸せそうな顔で、ゆっくりと言ってくれた。
「でも、だからこそ、私たちだけが、幸せでいていいとは思えないんです」
「・・・・・・」
「レスターさんや、ランファやミントやフォルテさん、それにちとせだって、今を一生懸命頑張ってます。みんなと、自分のために」
「みんなと、自分のために・・・」
「はい、だから・・・行きましょう?私たちで、みんなを幸せにしにいくんです!!」
ああ、なんて単純な、けれど、真っ直ぐな答えなんだろう。
そう、ミルフィーユはいつだってそうだった。
自分の幸せだけでなく、他人の幸せも考えてしまう。言ってしまえば、ミルフィーユは優しすぎる。
けれど、自分が魅かれたミルフィーユは、そういう女性だった。
いつだって、どんな時だって、みんなのことを考えている、そんな娘。
そんな、太陽みたいに明るく、優しい娘に魅かれたのが、自分なのだ。
ならば、そんなミルフィーユを、自分の都合で束縛していいはずがないのだ。
「・・・ありがと、ミルフィー」
心は決まった。
迷いはない。
みんなと、何より自分とミルフィーユのために、もう一度・・・
「どういたしまして、タクトさん」
「はは、なんか、格好悪いな、俺」
「そんなことないですよ。それに、タクトさんが私に相談してくれて、嬉しかったです」
「ミルフィー・・・」
「私、タクトさんの妻なんですから・・・その、なんていうか・・・・・・タクトさんの力になってあげたかったんです」
暗くてよくわからないけど、きっと真っ赤になっているんだろう。
だから、今度はこちらからミルフィーユを抱きしめた。
「・・・タクトさん」
「俺にとって・・・ミルフィーが笑ってくれるだけで、それだけで充分、力になってくれてるんだよ、ミルフィー」
お互いに、幸せを感じあいつつ、二人は目を閉じていった。
「今更だが・・・本当にいいのか?」
レスターが怪訝そうな顔で何回目かわからない質問を繰り返してきた。
「いいんだよ、一度決めたんだから、そうするよ」
「・・・そうか」
そういうレスターの顔も、まんざらではないという表情だ。
「ミルフィー、忘れ物はない?」
「はい!え〜っと、荷物はまとめてますし、お休みしますって看板もかけてきましたし、おみやげに焼いたケーキも持ってますし・・・・・・はい、大丈夫です!」
「・・・いつの間にケーキなんて焼いたんだ?」
レスターの素朴な疑問は、二人でさらりと流した。
実際、結婚してからタクトはミルフィーユの特技でもある『瞬間焼き』の秘密を知ることができたので、一応はその秘技を理解している。
「さて、それじゃあ行こうか。コイツに乗るのも二年ぶりだなぁ」
「なっ!?お、おいちょっと待て!!聞いてないぞそんなこと!!」
「大丈夫ですよ、レスターさん。タクトさん、この機体を管理するようになってからちゃんとマメに整備してましたから」
「い、いや・・・だがな・・・」
「話してると舌噛むぞ、レスター」
至極まっとうなことを言われ、レスターは押し黙る。
やがて、上部ハッチが開かれ、日の光が差し込んでくる。
タクトは二人を見、進路を見上げ、飛び立った。
「タクト・マイヤーズ、ウイングバスター・パラディン、出るぞ!!」
その声と共に背中のブースターパックが点火され、急激な速度で飛び立っていった。
この速度なら、もう間もなく大気圏を出るだろう。
久しぶりの感覚を確かめながら、タクトとミルフィーユは決意を込めて星空を目指した。
かつて、二人が幾度となく救った、銀河を目指して・・・・・・
あとがき
え〜本当に久しぶりの八下創樹です。みなさま、ご無沙汰しております。
さて、こうして活動再開することができたENDLESSですが、少しペースが落ちるかな、と思ってます。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。日々、向上を目指していきますゆえ。
余談ですが、ミルフィーの妹のリコを名前で出しましたが、彼女がパイロットとして出てくることはありませんので。まざに名前だけでの登場です。ご了承くださいませ。