第十一章「真実の投影」
「・・・エクスさん?聞いてますか?」
「え・・・」
唐突にクレータに話しかけられ、エクスはハッとした。
「あ、すいません・・・」
「・・・どうかしたんですか?体調が悪いとか?」
「いえ、別に・・・」
何気なく視線を移すと、バルキサスの前で意気揚々と説明を受けているクリスの姿が目に入った。
今は少し、彼の陽気さが羨ましかった。
「じゃ、続けますよ。新武装の銃剣「オベリスク」の限界出力は、ブレード部分の形成に必要な・・・―――」
再び始まったクレータの説明に耳を傾けながら、エクスは目の前の機体を見上げた。
全体的に赤と白のカラーリングで構成されている、最新鋭の機体、ゼファー。
このIGがとてつもない性能を持っているのは、解析書と詳細に目を通した時点で理解した。
だからこそ、エクスはこの機体を好きになれなかった。
破壊と破滅しか齎さない、IG。それは紋章機も同じだ。例えそれが何かを守るためだと聞いても、それは偽善にしか思えない。破壊し、破滅の先にある、守るという結果。そんな矛盾した行為。正直、嫌気がさす。
けれど、軍を辞めるわけにはいかなかった。
たった一人の、幼馴染との約束があったから。
ティアがいつか、昔のことにとらわれなくなり、笑ってくれるようになるその日まで。自分は、逃げるわけにはいかないのだ。
(・・・・・・)
だからこそだろうか。自分が憧れた、一人の人物。
(浅倉・・・裕樹、さん・・・)
あの後、ミントだけに裕樹とヴァニラに会った時のことを説明した。ミントも時期が来るまで黙ってくれるらしいが。
その時聞いたことで、確信した。先日の戦闘、自分を瞬敗させたゼロバスターのパイロットこそ、あの悲しい目をした浅倉裕樹だったのだ。
彼の戦い方は、相手にとっては屈辱以外の何でもないかもしれない。
けれど、誰も傷つけることなく戦い抜いた彼に、憧れた。
そう、戦うと選んだ場合の一つの理想。
けれど、自分にそこまでの技量はない。
ならば、自分はがむしゃらにでも戦うしかないのだろうか・・・?
「―――・・・ですから、フィールド・キャンセラーの発生時の力場は・・・」
クレータの言葉が再び耳に入ってきた直後、エルシオールの格納庫のハッチが開き始めた。
「え?」
「な、なにかあったんですか?」
クレータの表情を見る限り、彼女も状況を理解できていない。
「ちょっと待ってくださいね。――――――どうしたんです?・・・え?なんですって?帰ってきた?誰が・・・・・・って、えぇ!?」
クレータの顔が驚きから一転、喜びの表情に変わった。
「はい、わかりました!」
通信を切り、クレータはこちらに見向きもせずに走り出した。慌てて後を追う。
「どうしたんですかクレータ班長!?」
「帰ってきたんですよ!ついに!!」
「誰がです?」
「・・・タクトさんと、ミルフィーユさんです!!」
告げられて、エクスは思わず立ち止まった。
頭が、瞬時に働いてくれなかった。
タクト・マイヤーズ。銀河にその名を知らないほどの英雄。
ミルフィーユ・マイヤーズ。銀河にその名を轟かせた、エンジェル隊のエースパイロット。
結婚を期に退役した二人。その二人が、帰ってきた・・・?
自分が憧れた、あの英雄と呼ばれた人が・・・?
(マイヤーズ夫妻が・・・?エルシオールに・・・?)
直後、エクスの胸に熱いものが満たされ、もの凄い勢いで走り出した。
展開した格納庫のハッチから、白き翼のIGが姿を現す。紛れもなく、前大戦時に活躍した機体、ウイングバスター・パラディンだ。
やがて、機体は固定され、ゆっくりとデッキまで運ばれてくる。
この時間が待ち遠しい。
いつの間にか、エンジェル隊や主要クルー全員が集まっていた。
それほどまでに、彼らが待ち遠しかった。
やがて、固定された機体から、コックピットがゆっくりと開かれ・・・・・・
――――――伝説の英雄と、幸運の天使が、姿を現した。
「あー・・・懐かしいなぁ、エルシオール。随分改良されてたけど、基本は変わってなかったね」
「そうですね。・・・あ、みんな〜っっ!!」
無邪気に手を振るミルフィーユ。それに合わせて、みんなが駆け出した。
「ミルフィー!タクト!」
「お久しぶりですわ、お二人とも」
「元気にしてたかい?お二人さん!!」
「ランファ!ミント!フォルテ!」
「みんな、久しぶり〜!」
昔からのエンジェル隊が真っ先に駆け出し、再会を喜んだ。
「ミルフィー、アンタ主婦になったっていうのに、子どもっぽさが抜けないわねぇ」
「あ、ランファひど〜い!」
「お店の景気はよろしいですの?タクトさん」
「ああ、まぁね。ミントに話聞いてて助かったよ」
「なんだい、まだ子どもは生まれてないのかい?」
「そ、それは、ちょっと・・・」
「は、はい・・・」
真っ赤になって照れる二人。
英雄でもある二人をからかう辺り、エンジェル隊の信頼度の高さが伺える。
続いて、ゆっくりと正樹と彩がやってきた。
「よぅ、お二人さん」
「お久しぶりです。タクトさん、ミルフィーさん」
「正樹!それに彩!来てくれてたんだ」
「二人とも、お久しぶりです!」
自然な表情で会話する彼等は、やはり見ていて和めるものを感じる。
「さて、と・・・」
一通り再会を喜んでから、タクトは人垣を見つめた。
「どうしたのよタクト」
「いや、新しいエンジェル隊がいるって聞いてさ。その中にランファの弟もいるんだろ?会ってみたくてさ」
果たしてこのような姉を持つ、弟とはどんな人物なのだろう。今からかなり楽しみである。
「そうですわね、紹介しておきませんとね」
「おーい4人とも、ちょっとこっちに来な!!」
フォルテに呼ばれ、4人の少年少女たちが進み出た。
なんというか、ランファの弟が一発でわかってしまったのが少し面白かった。
「・・・君が、ランファの弟?」
「は、はい!!クリス・フランボワーズです!!お会いできて光栄です!」
「よろしくね、クリスくん」
「は、はい!!」
緊張して声が裏返っている。
ランファが、あちゃー、と言っているのを楽しみつつ、隣のロングヘアーの少女に話しかけた。
「えっと、君は?」
直後、その少女はすすす、と後退し、クリスの制服を片手でギュッと握り締めた。
「え〜っと・・・?」
思わず戸惑うタクトに、クリスが即座にフォローを入れた。
「あ、すいません!!セリシア、ちょっと人見知りがあって・・・」
「そっか。まぁ、これからよろしく、セリシア」
「よろしくね」
「・・・・・・は、はい。よろしく、お願いします・・・」
本当に小さな声だったが、タクトとミルフィーユはそろって微笑んだ。セリシアも、真っ赤になりながらも笑み返す。
二人の暖かな雰囲気は、セリシアの人見知りのガードをいとも容易くすり抜けたようだ。
「で、こっちが・・・」
タクトが視線を向けるより早く、ポニーテールの少女はミルフィーユと握手を交わしていた。
「ティア・ブレンハート少尉です。英雄であるマイヤーズ夫妻と直に会えるなんて、光栄です!」
「ティア、だね。よろしくね」
「うん、よろしく」
二人して少女の笑顔につられて笑い返す。
不思議な魅力を持つ娘だな、とタクトは思った。
「で、最後に・・・」
一人、少年が進み出る。
勝気そうな少年。だが、その瞳に宿る光は、苦悩する戦士の眼差しを宿しているようだ。
(この少年・・・?)
「・・・エクス・ソレーバー少尉です。俺、いえ自分は、あなたに憧れて軍に志願しました。・・・お会いできて、感激です」
「そっか、よろしくね、エクス」
「ああ、よろしく、エクス」
タクトとエクスは固い握手を交わした。
そこに、どれほどの想いがあったのか、
きっと、エクスだけにしかわからない。
「―――ここに、シヴァ・トランスバール、及びシャトヤーンの名を借りて、タクト・マイヤーズ、ミルフィーユ・マイヤーズを“パラディン”に任命する」
レスターが叙勲の儀よろしく、ブリッジで二人にパラディンの紋章を手渡した。
「へぇ、これがパラディンのエンブレムか・・・」
「エンジェル隊のとは少し違いますね。翼と盾ですし」
大した感動もなく、二人は紋章を見回した。
実際、パラディンとは相当に名誉ある階級なのだが、この二人にそんなものを求めるほうが可笑しい。
もっとも、パラディンという制度自体が、タクトなど退役してしまった人がいつでも戻ってこられるような措置に過ぎないのだが。
「さて、タクト、ミルフィーユ。二人はパイロット兼パラディンとしてエルシオールに協力してくれ。エルシオール、及び戦闘指揮は俺が引き受ける」
「じゃあ、俺はエンジェル隊の指揮をとれはいいんだな?」
「ああ、それだけはお前の専門分野だ。テンションを高めるのも頼んだからな」
なんだか珍しいレスターを見ているようで、タクトはストレートに聞いてみた。
「ひょっとしてさ、レスター、苦手なこと俺に押し付けてない?」
「・・・その分、司令官の仕事をしろとは言ってないだろう」
ま、妥当といったところか。確かに前々からこういう風に分野を分けたほうが効率がいいと思っていたのだ。
「それで、次はどこに行くんですか?」
「ここだ」
モニターに表示された星間座標を、レスターが示した。
「え・・・!?クールダラス司令、そこは・・・」
「先程、本部から連絡があった。―――プレリュード軍が、再度この宙域に展開しているとのことだ」
「待ち伏せ・・・?そんなに自信があるのかな?」
純粋に考えればそうだろう。
前回の戦闘で一応、大敗を受けているのだから、普通は手筈を変えてくるはずだ。なのに、それを変えずに待ち伏せするということは、よほどの自信があるのか・・・
「戦力では問題ないだろう。新型も受け取ったし、正樹もグランディウスに乗り換えた。何より、お前たちが戻ってきたんだからな」
すんなり言う辺り、レスターも心から彼等の戦力を信頼しているのだろう。
「あの〜・・・レスターさん?」
「なんだ?ミルフィーユ」
「私・・・機体がないんですけど・・・」
「あ・・・」
タクトも今の今まで忘れていた。
つい、自分の機体に乗っているものだから忘れてしまっていた。
ラッキースターは、白き月に返還していたのだ。
「問題ない。―――丁度今、収容作業に入っているところだ」
「え・・・?い、いつの間に・・・?」
「エクスたちが新型の機体を授与した時、ついでに持ってきていたそうだ。―――俺が、お前たちの所へ行くとシヴァ陛下やシャトヤーン様に報告しておいたからな。気をきかせてくれたんだろう」
「そっか。シャトヤーン様に感謝しないとね」
笑顔でミルフィーユは言う。
けれど、タクトはどこか、違和感を感じた。
それが何かとは、解らないままであったが。
「さて・・・ここからが最大の問題なんだが・・・」
「裕樹さんと、ヴァニラのことですね」
レスターも表情を苦しげにして頷く。
彼等の目的がはっきりしない以上、こちらからうかつに手を出せない。
けれど、それでは前回の戦闘のように、被害を蒙るだけだ。
考えど考えど、解決策も打開策もまるで思いつかない。あの宙域で戦闘するということは、もう一度現れる可能性が高いのだから。
(裕樹・・・ヴァニラ・・・)
タクトは一人、かけがえのない仲間のことを想い、少しだけ祈った。
いつか、もう一度戻ってきてくれるように、と。
Interlude 水樹美奈
一閃。
裕樹の手にしたダブルセイバーが健治(タクト)の剣舞を掻い潜り、その体を一閃した。
健治は、僅かに笑顔を見せた後、声もなく倒れた。
今、裕樹は健治を殺した。
健治を巻き込まないために。
健治を天の罪から逃れさせるために。
そして、裕樹は膝をつき、天を仰いだ。
その、全てを失った瞳から、ただ虚ろな涙を流して。
やがて、雪が降ってきた。
季節は間違いなく夏なのに、雪が降り出した。
この雪は、裕樹が生み出した悲しみの結晶。
それが、レスティを包み込んでいった。
裕樹は、健治、時雨の順に、二人を丘の上まで運んだ。
そして、周囲を見渡せる丘の上に、石を積み上げただけの墓を作った。
――――――そうか、あの積み上げられた石は・・・・・・
二人を埋葬している間、裕樹の表情は全ての感情が消えていた。
ただ、機械のように二人を埋め、石を積んでいく。
――――――前世の私たちの、お墓だったんだ・・・・・・
最後に、私を背に背負う頃には、雪はかなり降り続け、すでに積もりに積もっていた。
そして、それすら罪なのか、――――――私は、命の欠片で意識が戻ってしまった。
――――――裕樹・・・
――――――み、美奈・・・!?無事で・・・
言って、裕樹は続きが言えなかった。
すでに、美奈の体からは人の体温が感じられない。
先が、見えてしまったのだ。
――――――・・・裕樹・・・
――――――ん?どうした?
――――――前に、約束したよね・・・?二人で、どこかに出かけるって・・・
――――――そうだな。美奈はどこがいい?
――――――あのね・・・海がいいな・・・
――――――わかった。海だな?
――――――うん・・・一度、海を見てみたいんだ・・・
――――――よし、じゃあ海に行くからな。
もっと、声を聞きたかった。
美奈の声を。
明るくて、優しさに包まれた、美奈の声を。
――――――海に行って、たくさん泳ぐんだよな?
――――――うん・・・
――――――魚とかも、たくさん採るんだよな?
――――――うん・・・
――――――それに、健治と時雨にも話すんだよな?いつか、俺たちが一緒になることを。
うん・・・、と嬉しそうな声が背中から返ってきた。
――――――また、二人で湖に行こうな?
――――――・・・うん
――――――美奈のために、猪とかも狩るからな?
――――――・・・・・・うん
――――――それから・・・えっと、それから・・・
約束を重ねるごとに、虚しさで溺れそうになる。
嫌な予感、いや、わかりきっている確信が、迫ってくる。
だから、せめて最後まで、美奈には笑っていてほしい。
――――――・・・美奈?
美奈の返事が途絶えていた。
沈黙が、背筋を凍らせた。
寒い。
体が震えているのは、寒いからではなかった。
――――――ね・・・眠いのか?
――――――・・・・・・少し・・・だけ・・・
――――――そっか・・・
――――――・・・わたしね・・・
――――――なんだ?して欲しいことがあるのか?いいぞ。今ならどんなことだってしてやるからな。
――――――幸せ、だったよ・・・
――――――な・・・っ
――――――親を亡くして・・・裕樹と一緒に暮らして・・・ずっと・・・
――――――まだだ・・・まだ、一緒に暮らそう。
――――――・・・うん・・・そうだね・・・
幸福な夢の欠片。
果たされない約束。
届くことのない未来。
全てが、すべてが・・・
消えてしまう・・・
――――――・・・ん・・・
――――――美奈?美奈っ?
――――――ごめん・・・目蓋が・・・勝手に・・・下りてきて・・・
――――――・・・っっ
――――――裕樹と・・・もっと・・・話、したい・・・のに・・・ね・・・
――――――ああ、いろんな話を・・・
呼吸音が、小さくなっていった。
――――――・・・裕樹・・・
――――――なんだ?美奈。
――――――・・・・・・・・・
――――――美奈?
――――――・・・・・・ごめん、ね・・・
――――――え・・・
――――――・・・ごめんね・・・裕樹を・・・一人に・・・一人きりにしちゃって・・・
――――――・・・美奈・・・
――――――ごめん、ね・・・ずっと、傍に・・・いて・・・あげられなくて・・・
――――――・・・・・・
――――――・・・裕樹・・・・・・ずっと・・・大好きだよ・・・
――――――・・・ああ、俺も・・・大好きだ。
――――――・・・ごめん、ね・・・・・・・・・裕樹・・・ありが・・・・・・・・・
――――――美奈?み・・・
ずし、と背中の重みが増していた。
背中が、冷たかった。
泣きたかった。
いや、泣いていた。
声を漏らすことなく。
結局、最後まで泣かせてしまった。
ずっと、笑っていてほしかったのに。
自分のせいで、泣かせてしまった。
夢ならば覚めてほしかった。
白い雪が世界を覆う。
なにもかもが、見えなくなっていた。
裕樹はただ、歩を進めた。
――――――どこへ・・・?
わけもわからず、ただ、瞳から涙を零して。
ただ、ただ、真っ白な世界へ・・・
全てを失った裕樹は、決して救われることのない、罪と罰を背負って・・・
とめどなく涙が溢れていた。
なんて、なんて悲しくて、残酷な過去。
こんな悲しさ、人が耐えられるわけがない。
「・・・でも・・・」
溢れてくる涙を拭こうともせず、美奈は身を起こした。
「裕樹に、裕樹一人に全てを背負わせてしまたのは・・・私なんだ・・・」
だから、悲しみに浸ることなど出来ない。
裕樹は、今もこの罪に苦しんでいるのだから。
「・・・・・・・・・よしっ」
涙を拭いて、勢い良く立ち上がる。
聖刻の痛みもほとんどない。これなら問題なく動けるだろう。
「・・・・・・待っててね、裕樹。今度こそ・・・」
1000年前の悲劇を知った。
これで、世界の条件は満たされた。
だから、後は私次第。
星見美奈ではなく、水樹美奈だからこそ、できること。
裕樹が、自身の罪に押し潰される前に。
水樹美奈として、浅倉裕樹を救いにいく。
裕樹を救うために、
遂に、美奈が動き出す。
あとがき
さて、今回はサブタイトル「真実の投影」よろしく、過去の話がメインとなりました。
これで過去の話はひとまず終了です。解りにくかった方は、もう一度、7章からのInterludeだけを読んでいただけるとわかりやすいかもしれません。
まぁ、それでも大分、要所しか書いてませんから解りづらいかもしれませんね。
この過去の話って大体、十章ぐらいの量が本来の量なんです。
解りにくいって方はメールなんかで質問していただけたら、ちゃんと説明いたします。ま、余裕があれば本来の原稿のデータなんかを個別に送れたらな、なんて思ってます。
それでは。第二部もそろそろ大詰めなので、スパートかけていきます。