第十二章「理想の果て」

 

 

 

 

 

 

来るべきプレリュード軍との戦闘に備え、タクトはウイングバスター・パラディンの整備をクレータの協力の元、終わらせていた。やはり、整備員、それもクレータの協力があると整備もはかどるというものだ。

今、彼女はミルフィーユのアルカナム・ラッキースターの整備に移っている。

「ん・・・?」

と、ハンガーデッキを歩いていると視界に捉えたものがあった。

赤と白の見慣れないIGを、睨みつけるかのように見上げる少年。

確か、あの機体はゼファー。そして、あの少年は・・・

(確か・・・エクス、だったよな?)

そんな彼の表情に惹かれたのか、タクトはエクスに声をかけた。

「や、エクス」

「あ・・・マ、―――タクト、さん」

一瞬詰まって、言い直す。

いわずと知れた、タクトのファーストネーム呼びだった。

当然、憧れを持つ新しいエンジェル隊にはかなり慣れないことだったが。

だが、実を言うとそれがかなり正論であったりする。何故なら、今の自分は司令ではないので、『マイヤーズ司令』では変だろう。かと言って、『マイヤーズさん』でも無理だ。何せ、結婚してミルフィーユの姓もマイヤーズになったのだから、どちらが呼ばれているかややこしい。よって、ファーストネームで呼ぶしかないのであったりする。

「何か、ご用ですか?」

「いや、用があるわけじゃないんだけどね・・・」

少しだけタクトは思考を廻らせた。

「エクス、ゼファーの整備は終わった?」

「はい」

「ふぅん・・・・・・――――――なぁエクス?」

「?なんですか?」

エクスは先程からタクトが何を言いたがっているのか理解できずにいた。

けど、憧れの人と会話できるのだから、不満など微塵もないが。

「ひょっとして・・・君はこの機体が嫌いなのか?」

「えっ・・・!?」

前置きもない、確信を突く言葉。

エクスは思わず絶句した。同時に、それが質問の肯定を意味していた。

「ど、どうして・・・?」

「さっき、君がこの機体を憎々しく睨んでたからさ。ひょっとして・・・と思ったんだけど」

たったそれだけのことで、ここまで確信をつけるものだろうか?

エクスは、タクトが英雄と呼ばれる理由を、垣間見た気がした。

だから、だろうか。

この人に、聞いてもらいたい。

かつて、フォルテにも話した、力の在り方を。

答えの見つからない、理想の話を。

「・・・自分は、IGや紋章機が、嫌いです」

「どうしてだい?」

「破壊と破滅をもたらすだけの、兵器ですから。―――例え、それで何かが守れるとしても、それは破壊したという事実の後についてくる結果でしかない・・・」

タクトは一切否定せずに、エクスの話に聞き入っていた。

「・・・俺は・・・ただ、守るだけの力が欲しかっただけなのに・・・」

「力を手にしたけど、それは望んだ力じゃなかった・・・ってわけだ」

「・・・はい」

言って、エクスは顔を下げた。

こんな、答えなんかあるわけがない話を、タクトは黙って聞いてくれた。

なんだか甘えているようで、少し自分が情けなかった。

と、タクトは唐突に優しい笑顔を向けてくれた。

「その考えは暗いよ、エクス。悩むのはいいことだけど、思いつめるのは良くないな」

「え・・・」

「どんな道具、どんな兵器だって、いい使い方をして役立ててやれば、いい道具、いい兵器になるんだよ。―――そういうものじゃないかな?」

思わず、呆気に取られた。

呆然としながらタクトの言葉を聞いている自分がいた。

「それにさ、兵器は使いようによっては、何も破壊しなくても何かを守れることだってできるよ」

「ど、どうやってですか?」

「・・・ただ、兵器がそこにある。それだけで、抑止力として働くんだ、兵器っていうのは」

「で、でもっっ!!兵器があれば、それを悪用してしまう人だって・・・っっ」

「だから、その力を持つ人がいい使い方をしてあげればいいんだよ。―――そうすれば、兵器は本当に守ることだけを可能にしてくれるハズさ」

なんて、なんて凄いのだろう。この人は。

自分があれだけ悩んで、フォルテですら出せなかった守護の答えを、この人はこうもアッサリと見つけていた。

ああ、これが、これが自分にとっての理想。

その理想の果てには、きっと、誰もが笑っていける世界が・・・

「けれど、今は戦うしかない。今みたいな現状では、戦ってでしか守れないものがあるから」

「・・・はい!」

顔が熱い。けれど、すこぶる気分はよかった。

胸が、熱いもので満たされた。

タクト・マイヤーズ。この人になら、どこまでもついていける。

その理想を、自らの道標として。

自分は、今を戦っていける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

デュナン星近海付近で、エルシオーネを筆頭とするプレリュード軍はすでに機体、戦艦を展開させていた。

そのほとんどのIGが、前大戦でリ・ガウスの主力量産機として活躍したヴァラグスであり、その中にみさきの駆るラピス・シリス、そして、遂に完成したAG、レイレックスの姿があった。

『心斗、レイレックスの調子はどう?』

通信から聞こえる英樹の声に、いつになく心斗は上機嫌で答えた。

「すこぶる快調だぜ。なんか、機体が自分の手足になったみたいに動かしやすいぜ」

『それはそうでしょ。ほとんど心斗に合わせて開発されたようなもんだから』

「ああ・・・これなら、俺たちの信念、理想を貫いていけるはずだ」

心斗の言葉に、モニター越しで英樹は深く頷いた。

自分たちに迷うことは許されない。

国に、自らの肉親を殺された自分たちに、迷うことなど・・・

「・・・にしてもよ、まーたここで戦闘なのかよ?」

『文句言わないの。プレリュード本部の動きを察知されないための陽動みたいなものなんだから』

「わかってるよ。――――――けど、この宙域・・・また、奴らが・・・?」

『わからないけど・・・、もし仮にゼロバスターとハーベスターが現れたら、戦いたくはないわ』

「・・・まぁ、それは同感、だな」

あの常人離れした、鬼神のような強さ。正直、勝てる気がしない。

「ま、出てきたら出てきたで臨機応変に、だろ?」

英樹は快く頷いた。

 

 

 

その中で、ろくに会話にも参加しない、みさきがいた。

先日から、なにか、予感めいたものを感じているのだ。

(なに・・・?この、もやもやした、懐かしいような感じは・・・)

そう、まるで、久しぶりに会う家族と再会するよな、暖かくて、優しい感じ。

(・・・タクト・マイヤーズ・・・?)

何故か、頭にその名が浮かんだ。

彼のことを思うと、胸が温かくなり、同時に悲しくなる。

だから、ずっと前から彼に会ってみたかった。

9歳以前の記憶が存在しない自分にとって、彼が唯一の記憶の手がかりなのだ。

ただ、脳裏に焼きついているものがある。

炎。

炎に包まれる自分。

全身が動かなくなり、炎の熱さも感じなくなった。

その瞳に映っていたのは、左目を失っていた、   ――――――

突然の恐怖感に襲われ、みさきは考えるのをやめた。

もうすぐ、戦闘が開始されるのだから、気を引き締めなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「識別確認。これは・・・エルシオーネです!!」

「やはり、か」

ココの解析結果に、レスターは当然のような顔で返す。

同じ戦闘宙域に、同じ部隊。解りやすいピースだ。

「その他に巡洋艦クラス、駆逐艦クラス、共に2。戦闘母艦が2です」

『なんとも中途半端な戦力だな』

話を聞いていたタクトがモニター越しに返事する。

「ああ。なにか引っかかるな」

「それと、すでにプレリュード軍は戦力を展開しています。―――確認しただけで、ヴァラグスが40機。強奪作戦に使用されたIGが一機。それと・・・?識別不能機が一機!!」

「識別不能だと?ココ、モニターに出せるか?」

「はい!光学映像、出ます!」

モニターに表示された、薄緑色の巨大な機体。人型を捨てた大量の武装を装備しているその姿。

「な、なんだ!?あの機体は・・・!?」

『へぇ・・・まるでアーセナル(兵器庫)・ギアってとこだな』

正樹がなんというか、偶然にもプレリュードの開発計画名と同じ名を口にした。

「いいだろう。以後、あの機体をAG(アーセナル・ギア)と呼ぶことにする」

レスターの口調は重い。

今までに見たことのない兵器だから対応策がないのだ。

『レスター、そろそろ行かないか?』

タクトのやんわりとした口調に、ブリッジの緊張感がほぐれていくのがわかる。

やはり、タクトはそこにいるだけで周りのテンションを高めることができるのだと実感する。

「わかった。―――全員、あの正体不明機には充分に注意しろ」

「「「「「了解」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

『全紋章機、下部展開デッキへ。―――アーム固定完了。展開位置クリア』

アルモの慣れ親しんだ声が格納庫に響き渡る。

その中で、今までにない数の機体の中で、それぞれのパイロットは発進準備を行っていた。

『ゼファー、グランディウスを第一、第二カタパルトへ。続いてウイングバスター・パラディン、バルキサスを発進させます』

カタパルトにIGが運ばれていく中、タクトが全員に通信を繋ぐ。

「みんな、ちょっといいかな?」

『なんだいタクト?』

代表してフォルテが答える。

ちなみに、新エンジェル隊は、あのタクトの初めての指令だと思い、真剣に聞き入っていた。

――――――が、タクトという男はそれをことごとく崩す人物であった。

「俺とミルフィーだけど、しばらくレバーすら握ってなかったから、大半はよろしく!」

あ、なんか空気が冷めてきた。

『ほ〜う?復帰そうそうサボろうってのかい?タクトは』

『冗談にしてはおもしろすぎるわねぇ・・・?』

『うふふふふ・・・』

なんというか、ミントが怖すぎる。

「すいません、ちょっとした出来心です」

即座に素直に謝罪する。と、そこに少女の笑いが混ざった。

「あ、ティアにセリシア。笑うことないだろ?」

『す、すいません・・・っっ。でも・・・っっ』

『ご、ごめんなさい・・・』

真剣に笑いを堪えている。なんというか可愛い。

『・・・タクトさん、鼻の下、伸びてません?』

「えっ!?そ、そんなことあるわけないだろ!?」

ぶすっとしたミルフィーユの声に慌てて取り繕う。なんというか、気の入らない時間である。

『なつかしいな〜』

正樹の懐かしむ言葉にエクスとクリスが驚愕する。

『え!?いっつもこんな感じなんですか!?』

『少なくとも前大戦の時はな』

『す、凄い・・・いろんな意味で』

が、それでも緊張感をとくには最適の行動だといえるだろう。―――気づく人も限られてくるが。

『カタパルト、進路固定。―――全機発進、どうぞ!!』

「ようし、いくぞみんな!!」

アルモの声に応え、全機一斉に発進していく。

『エンジェル隊、発進するよ!!』

フォルテの一声で、アルカナム・ラッキースター、カンフーマスター、イセリアル・トリックマスター、メテオトリガー、インヴォーカー、ピュアテンダーが展開デッキから一斉に飛び立つ。

『神崎正樹、グランディウス、行くぜ!!』

慣れ親しんだ機体の感触を確かめるように、正樹発進した。

『エクス・ソレーバー、ゼファー、行きます!!』

新たな決意と新たな機体を持って、エクスも発進する。

『クリス・フランボワーズ、バルキサス、発進する!!』

バルキサスが飛び立ったのを見てから、タクトはレバーを強く握り締める。

自分と、ミルフィーユと、みんなのため、今一度、翼と剣を手にする。

「タクト・マイヤーズ、ウイングバスター・パラディン、出るぞ!!」

銀河に、白き翼を持った聖騎士が、蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいなんだよ。向こうも新型がいるじゃんか」

レーダーに表示された機影を見ながら、心斗がぼやく。

が、続けざまの英樹の言葉が、全軍に震撼を与えた。

『・・・そのうちの二機は、ウイングバスター・パラディンと、アルカナム・ラッキースターよ!!』

「な・・・」

「え・・・?」

「馬鹿な!!なんで英雄、マイヤーズ夫妻がここにいるんだよ!?」

心斗の驚愕はもっともだが、みさきはそれどころじゃなかった。

(タクト・マイヤーズが、いる・・・!?あの白い機体に!?)

なりふり構っていられない。

誰にも相談しなかった、自分の過去の手がかり。

それが今、自分の見えるところに!!

みさきは問答無用で機体をウイングバスター・パラディンに向けようとした。

(どんな手段でもいいから、通信を繋げて・・・!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、激突する両軍の間に、極太のビームが放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両軍とも、およそ予測していたのか、前回のような驚きはない。

ただ、おかげでどう対処すればいいのかわからなくなってしまった。

全機、光条の飛んできた方向を見つめる。

 

 

 

遥か彼方の光星の光を背に、現れた機体。

紛れもなく、ゼロバスター・カスタムに、イネイブル・ハーベスターだった。

 

 

 

 

 

 

「来ました!!ゼロバスターに、ハーベスターです!!」

「やはりかっっ!!」

再び現れた二機に、レスターは叫ぶ。

そして、再び通信が全周波で飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『両軍に再度告げる。この宙域での戦闘は止めろ。場所を移せ』

その声。久しぶりに聞いたタクトとミルフィーユでさえ、間違えることはなかった。

間違いなく、裕樹の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美奈っっ!!」

久しぶりにヴァナディースの調整をしていた美奈は、格納庫に駆け込んでくる氷川京介を見て少し驚いた。

「京介?どうしたの?」

相当急いで来たのか、京介はしばらく呼吸を正すのに時間をとった。

「だ、大丈夫ですか?京介さん」

心配そうに音無春菜が声をかけると、京介は美奈に掴みかかる勢いでまくし立てた。

「今!デュナン星近海で、エルシオーネとプレリュード軍が戦闘を開始して・・・」

「して?」

「そこに!ゼロバスターとハーベスターがっ!!」

「・・・え」

瞬間、思考がドライになる。

ゼロバスター。どうしてその機体なのかはわからないが、一緒にいるのは間違いなくヴァニラ・H。あの娘だ。

考えるまでもなく、そこにいる人のことがわかる。

探して、望んで、求めた、かけがえのない、大切な人。

「裕樹・・・!!」

「裕樹さんが!?」

「うん、きっと裕樹だと僕も思う」

一瞬、三人の視線が交差した。

「春菜!私行くから!!」

「は、はい!!」

「美奈!僕は!?」

「京介は待ってて!!必ず・・・裕樹を連れてくるからっっ!!」

「わかった。頑張って、美奈!!」

力強く頷いた後、美奈はヴァナディースのコックピットに勢いよく滑り込んだ。

十秒程度の一瞬のうちに、美奈はコンソールを操り、一瞬にして機体の微調整を完了させる。

春菜の作業も手早く、超加速カタパルトにヴァナディースを運ぶ。

『・・・美奈さん』

「なに?」

『裕樹さんを、お願いします』

「うん・・・まかせて」

それっきり、二人はモニターを切り、作業に戻る。

やがて、全ての準備が完了した。

『進路クリアー。ヴァナディース、発進どうぞ!!』

「水樹美奈、ヴァナディース、行きます!!」

特殊改造したカタパルトのおかげで、一瞬にして加速していくヴァナディース。

今こそ、裕樹を救う時なのだ。

1000年もの罪と罰から、裕樹を解き放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕樹を救う、全ての想いを胸に秘めて。