第十三章「果てしなき絶望の虚無」

 

 

 

 

 

 

突如現れた二機に、戸惑うプレリュード軍に対し、エルシオールはすでに対応策を打っていた。

「くそ・・・っっ、行くぞ正樹、エクス!!」

「ああ、わかってる!!」

「了解!!」

タクトの言葉に頷き、三機は迷いもなく、ゼロバスターへと向かっていく。

「ミルフィー、ランファ!!二人はヴァニラを!!」

「はい!」

「わかったわ!!」

即座に答え、二人はハーベスターへ向かう。

「後のみんな!なんとか持ちこたえてくれ!!」

「「「「「了解!!」」」」」

タクトが咄嗟に考えた、見事な布陣だった。

高性能IGはゼロバスターに。少数戦闘が有利な紋章機はハーベスターへ回す。とにかく、止まって話をしようにも、数が多くなければこちらが不利である。そして、残りに対複数戦闘が得意な機体を残しておく。エルシオールの護衛は防御支援専門のピュアテンダーに一任する。バランスとしてはまったく問題ない。

唯一、予想外の因子さえなければ、完璧であったのだが。

 

 

 

 

 

「凄い・・・なんて機体だ」

ゼファーを駆るエクスはその機体の軽さに驚いていた。

機体の動きがまるで自身の体のように動かしやすい。まるで、IGと一体化したみたいな感覚だ。

もちろん、それはエクスの心の持ち方の影響も当然あった。今まで嫌悪していたIGだが、タクトのおかげでその迷いが消えた。

破壊することは今でも嫌いである。けれど、今自分が戦ってこそ守れるものだって、確かにある。

いつか、この兵器があるだけで守れる力を持つためにも、今は戦う。

この想いとこの機体なら、どんなことだってやってのける。

そのせいだろうか。ゼロバスターに、以前程の圧倒感を感じないのは。

エクスはゼファーの新武装、ビーム式銃剣「オベリスク」のビームの刃を展開し、構える。

そして、突撃するグランディウスに合わせて、展開したビームの刃を発射した。

 

 

 

ゼファーからのビームの支援を受けながら、グランディウスはディバインソードを構え、ゼロバスターに突撃する。

前回の戦闘では、機体性能の差からまるで歯が立たなかったが、このグランディウスなら性能的にはゼロバスターを抜いている。

(今なら、裕樹を!!)

ゼファーのビームを回避した先に、刃を振り下ろすが、それをやすやすと回避する。が、正樹にもそれはよめ、返す二の太刀で、背後まで振り抜く。ゼロバスターはそれを咄嗟に持ち替えた2本のプラズマソードで受け止める。

「裕樹!!一度止まれ!!話を聞け!!」

必死になって正樹は叫ぶが、返す返事とばかりに腰部のリニアレールキャノンを発射、大きく吹き飛ばされる。

「ぐっっ!!」

間髪入れずに接近しようとするが、それをウイングバスター・パラディンの光条が遮った。

ゼロバスターとウイングバスター・パラディンが刃を構え、突撃したのはほぼ同時だった。互いの刃とウイングバスター・パラディンの盾が激突し、激しく火花を散らす。

「裕樹!!せっかく会えたのに・・・無事でいてくれたのに、どうして!?」

タクトの叫びにすら、裕樹はまったく答えてくれなかった。

直後、

「タクトさん!!」

ゼロバスターの背後に回ったゼファーが、銃剣「オベリスク」を全力で振り下ろした。

その刃が届くより先に、ゼロバスターはSCSでウイングバスター・パラディンの刃を斬り流し、上昇して回避した。

が、その先にはすでにディバインソードを大きく構えたグランディウスの姿があり、瞬間、横一文字に対艦刀を振りぬいた。驚異の反応速度でなんとかプラズマソードで受け止めたゼロバスターだが、吹き飛んだ先にウイングバスター・パラディンの6連装リニアレールキャノン、ゼファーのハイパー・メガバスターの追撃が迫っていた。

ウイングバスター・パラディン、グランディウス、ゼファーの見事なまでの連携は、着実にゼロバスターを追い込んでいた。

 

 

 

「ぐっっ・・・!!」

吹き飛ばされた先に7つの砲撃が迫るのが、裕樹の視界に入った。

「・・・・・・」

あれ。

―――――――――あれ?

???

なんだろう、頭が働かない。思考が追いつかない。

なんでだっけ?

ああ、そっか。

確か、理性とか、その全てを聖刻を抑えるために使っているんだっけ。

ああ、だからか。頭がバカになってるのは。

自分が誰なのかは、かろうじてわかる。

けれど、自分がなんで戦っているのか、どうしてこんなところにいるのかなんて、すでにわからない。

こんな調子じゃ、心配されるはずだ。えっと、確かあのこ・・・

?だれだったっけ・・・

あの、緑色の髪で、赤い瞳の、優しい娘。

ああ、なんでだろう。ずっと一緒にいてくれたのに、名前が出てこない。

えっと・・・・・・?

ああ、ダメだ。どんどんきおくがこわれていく

このままだと、またくりかえしてしまうのに。

それがなにだったかさえ、おもいだせなくなってきた。

ああ、こわれていく。じぶんのなかのいろんなものがこわれていく

 

 

 

――――――絶対に!!裕樹を・・・っっ!!!

 

 

 

なんだろう、ずっと、こころにのこってきえないものがある。

え、と・・・これは・・・?

そう・・・み、な・・・

美奈。

美奈の、

美奈の言葉だ。

 

 

 

「――――――っっ!!」

瞬時に意識が再び戻り、目前に迫る7つの砲撃を睨みつける。

裕樹の瞳の奥で6つの結晶が集束し、無数の光の粒子と共に弾け、解放(リバレート)した。

透き通るような瞳の色へと変わった瞬間、ゼロバスターは二丁のライフルを含めたフルフラット(全弾発射)を放ち、迫る砲撃全てを相殺した。

それにしても、危ない。

ほとんど意識が消えかかる瞬間だった。それほどまでに聖刻が脈動しているのだろうか。

急がないと、本当に危ない。

裕樹は即座に機体を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

「今のを・・・防いだ・・・?」

必殺の一撃であった攻撃を防がれ、エクスは驚愕の声を上げる。

それはタクトにしても同じだった。

久々にみる裕樹の技量は、いつ見てもズバ抜けている。あのタイミングの砲撃を防ぐなど、熟練したパイロットでも難しいだろう。

と、唐突に通信機から焦るようなレスターの叫びが飛び込んできた。

『マズイぞタクト!!あのアーセナルギア・・・ピュアテンダー並のリフレクターを搭載してやがる!!しかも機動性が想像以上に高い!!紋章機では不利だ!!』

「くそっ・・・!!こっちも手一杯なのに・・・!!」

「タクトさん、俺が行きます!!」

迷うタクトに、エクスが即座に答えた。

「相手がリフレクターを搭載していても、ゼファーのフィールドキャンセラーなら突破できます!!」

「ああ、けど・・・」

「お前もだ、タクト。二人で行け」

静かに放たれた正樹の言葉。一瞬、彼が何を言っているのかがわからなかった。

彼は、自分一人でゼロバスターの相手をすると言っていることを理解するのに、大分時間がかかった。

「ま、正樹さん!?」

「無理だ正樹!!いくら君でも一人で裕樹の相手は・・・!!」

「だからだよ。・・・頼む、二人共」

一瞬だけ聞こえた、正樹の心からの言葉。

かつての親友と対峙することを選んだ彼に、反論など出来なかった。

「・・・わかった。行こう、エクス」

「あ、は、はい・・・。正樹さん、気をつけて!!」

躊躇する暇などない。

今の戦況に、そんな余裕などないのだから。

「さて・・・・・・待たせたな、裕樹」

ゼロバスターに向かって、グランディウスは対艦刀を構える。それに合わせるように、ゼロバスターはプラズマソードをラケルタ状に掛け合わせた。

向き合う両機。そこになにを思うか。

そして、これがかつての親友たちだとは信じたくない。

「・・・行くぞ」

二機が加速したのは、まったくの同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いた!ハーベスター!!」

イネイブル・ハーベスターを視界に捉えたミルフィーユとランファは機体を一気に加速させた。

先に加速するカンフーマスターと違い、アルカナム・ラッキースターの速度に一瞬、迷いが見えた。

(ヴァニラ・・・無事でいてくれて嬉しい。・・・けど、どうして・・・?)

即座に、その迷いを振り払う。

今は悩む時ではない。ヴァニラと話をするためにも、今はあの少女を止めなければならない。

カンフーマスターが隣接するタイミングに合わせて、ビームブーメランを射出し、追撃のビームファランクスを放った。

 

 

 

「っっ!!」

隣接するカンフーマスターと距離を取ろうとした直後、アルカナム・ラッキースターがヴァニラの視界に入った。

(ミルフィーさん・・・!?)

なぜ彼女がこの場にいるのかが、ヴァニラには即座に理解出来なかった。

タクトと結婚して、幸せな生活を送っていたはずの彼女が何故・・・?

ふと、ヴァニラは以前、裕樹が言っていたことを思い出した。

 

 

――――――パレスティル統一戦争もそうだけどさ、今の戦争にも元凶者ってのがいるんだ。

――――――元凶者・・・ですか?

――――――ああ。前回の戦争も、今回の戦争も、元凶者は恐らく・・・

 

その名を聞いた時、ヴァニラは寿命が縮まるほどに驚いた。

 

――――――そ、そんな・・・そんなわけ・・・

――――――いつか、わかるさ。・・・彼女のせいで、いつかタクトとミルフィーも戦場に戻されるはずだから。

――――――・・・・・・

 

 

事実だ。現に、今ミルフィーユは自分の目の前に、伝説の紋章機に乗って現れている。

「・・・っっ!!」

思わず、ヴァニラは唇を噛みしめる。

自分は今まで、ずっとあの女性に騙されていたということなのか?

直後、目の前にビームファランクスが迫り、ヴァニラは慌ててシールドを展開した。

それを読まれていたのか、直後にビームブーメランがこちらのシールドに直撃し、機体バランスが崩れる。

「そこよ!!」

側面から隣接していたカンフーマスターがミサイルを一斉に発射。直後、爆煙に包まれている隙に、下部から容赦なく「アンカークロー」を放たれ、イネイブル・ハーベスターの大型エネルギーシールド発生装置を破壊される。

「くっっ・・・」

「話を聞きなさい、ヴァニラ!!」

「ヴァニラ!お願い!!」

即座に二機と距離を取りつつ、ヴァニラは通信回線を開いていた。

「・・・戻れません」

無骨なまでの率直な一言。

だが、そこに秘められた想いは、どうあっても覆ることのない意思が具現化されているかのようだ。

「どうして・・・っっ」

ランファの悲痛な叫び。本当は、そんな声すら聞くのが辛いのに。

「・・・あの人を、今の裕樹さんを一人にするなんて・・・出来るわけがありません・・・」

ヴァニラにとって、例え何を言われようが彼の傍を離れるわけにはいかなかった。

あの人は、本当は泣いているのだから。

罪と罰という闇を恐れて、暗闇でただ一人、救いのない涙を流しているのだ。

本心を言ってしまえば、自分は彼のことが好きなのだろう。だから、離れたくないという気持ちも確かにある。

けれど、自分に彼は救えない。

その役目は、自分ではなく、水樹美奈なのだから。

それでも、自分がいることでほんの少しでも裕樹の気が晴れるのなら。

きっと、ずっと彼の傍にいるだろう。

だから、なにがあっても、自分の信念は変わらない。

「・・・・・・私、は・・・」

ヴァニラのH.A.L.Oの輝きが急激に増した。

即座に放射されたハイ・リペアウェーブは、周囲を緑の光で包み込み、シールド発生装置を即座に修理する。

同時に、その光に怯んだ二機を見捨てて後退する。

「待って、ヴァニラ!!」

ミルフィーユの静止の声が届いたが、気にしない。

裕樹のために、誰かを死なせるわけにはいかないのだ。

ヴァニラは、激突する両軍に加速していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くよ・・・!!」

ティアの頭上のH.A.L.Oの輝きが増し、インヴォーカーの機体が鋭角的に変形し、全身をビームブレードが覆った。

インヴォーカーの必殺技、ディファイアンス・エングレイブ(滅すべき斬刻殺)

その全てを切り裂く突撃で、ティアは目の前の艦隊を次々に切断していく。

――――――だめぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!

ふと、誰かの声が聞こえた。少女の声だったような。

直後、大きな脈動を感じた。

まるで、世界そのものが脈動したような・・・

けれど、それっきり収まったようだ。――――――――――――代償として、

ティアは気にせず、他のIGへと銃口を向けた。――――――――――――裕樹の理性が砕け散った

 

 

 

一方、ティア同様、クリスとミントは大群のIGと真っ向から対峙していた。

クリスもエクス同様、機体の性能の高さに驚いていた。

今までにこのような機体には乗ったことすらない。機動性、加速性、旋回性能、火力、パワー、全てにおいて一級品だ。

クリスはメガビーム・バズーカでヴァラグス二機は同時に貫き、他に隣接してくるIGには後退しながらの集束ミサイルでしっかりと迎撃していく。

「調子がよろしいみたいですわね、クリスさん」

「はい!・・・けど、ミント先輩に言われても説得力ないですよ」

「あら、そうですの?」

モニター越しに指を立てて首を傾げるミント。

モニター越しでは可愛いものだが、イセリアル・トリックマスターはフライヤーとレナティブ・デバイスを自機周辺に展開させて、恐るべき速度で片っ端から撃ち落としていく。見ていて空恐ろしいものすら感じる。

と、レーダーに編隊を組んで迫るプレリュード軍のIGが見えた。

こういうのは厄介だ。どれか一機を破壊しても、即座に対応した対処方でこちらに反撃してくる。

が、クリスは鍛錬で培った心眼で、相手の穴を見事に見出した。

「俺が切り崩します!!ミント先輩、援護をお願いできますか?」

「わかりましたわ」

笑顔で頷かれ、クリスは少しドキリとする。

バルキサスはレーザーサーベルを抜き構え、相手ヴァラグスの編隊に突撃していった。その後方に、フライヤーが隣接しているのを確認しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、厄介なモンだねぇ、そのリフレクター!!」

フォルテはAG、レイレックスに苦汁を味わらせられていた。

こちらの攻撃のほぼ全てがあの光の膜に弾かれ、本体まで攻撃が届いてない。

拠点攻撃用の反応弾なら多少は効果があるかもしれないが、相手のIG並の機動性の高さのおかげで、直撃させるのは不可能に近い。

何より、絶対的な盾。こちらを超える武装、火力。そしてIG並の機動性と、いくらメテオトリガーでも、戦闘機という性質上、相性が悪すぎる。

刹那、レイレックスから放たれた大量のビームの放射を、スラスター全開で回避する。

「こんのぉっっ!!」

追撃のチタンメタリックワイヤークローをすり抜けるように回避し、旋回する。

向き直ったメテオトリガーからメガビームキャノン、レーザーキャノンが放たれるも、レイレックスは回避の必要がないと言わんばかりに、リフレクターで全て弾き返した。

「・・・化け物かいっっ!!」

互いに再び武装を解放しようとした直後、トランスバールの新型機、ゼファーが側面からプラズマサーベルで斬りかかる。が、弾かれ、ビームショットガンを連射しながら距離を空けた。

「フォルテさん!!コイツは俺が引き受けます!!フォルテさんは他の援護に!!」

「エクスかい!?―――・・・タクトはどうしたんだい?」

レスターからの連絡ではタクト機とエクス機が支援に来てくれるようだったのだが・・・

「タクトさんは途中で追撃部隊の迎撃に行きました。ですから、俺で!!」

以前のような迷いがエクスには感じられない。かといって、過大評価して突撃していく雰囲気でもない。

「・・わかった、任せたよ。充分に気をつけな!!」

言って、躊躇すらせずに、メテオトリガーはエルシオールに向かっていく。やはり補給が必要なのだろう。

その刹那のうちに目前に突撃してきたレイレックスに、ゼファーは反射的にシールドを構えた。吹き飛ばされつつも体制を立て直し、銃剣「オベリスク」を構えた。

(フィールドキャンセラーは隣接しないと効果がないんだよな・・・行けるか?)

エクスは操作の仕方とタイミングを確認してから、レイレックスに突撃した。

雨のように襲い掛かるビームを、ゼファーは驚異の機動性で回避していき、瞬く間に隣接。同時にオベリスクを振り下ろした。それをレイレックスは大型レーザーサーベルで当然のように受け止め、周囲に火花が散った。

『ちっ、こぉの新型が!!』

通信から聞こえてきた声、エクスには覚えがあった。

(確か・・・前にインペリアル・メガロデュークに乗ってたヤツ・・・!!)

「そっちだって新型だろ!!」

随分レベルの低い返答。こちらの声に、相手も気づいたようだ。

『お前・・・前に!?』

「そういうことだっっ」

スラスターを一気に加速させ、巨体の差を覆し、ゼファーが押す。

『・・・いつか聞いた問いの答え、聞かせてもらおうか!エンジェル隊!!』

以前、彼に敗北した時に問われた言葉。

―――自分たちだけが正しいと、何故お前たちだけが力を持つことが許される!!

「・・・間違ってないさ、アンタたちの思いは」

『・・・・・・』

おおよそ、予想外の答え。

心斗は、こうも素直に答えたことに内心驚いた。

「・・・・・・けどな、」

『・・・・・・!?』

瞬間、ゼファーがレイレックスから離れ、その場でとんぼ返りする。

「・・・関係のない、普通に暮らしている人を巻き込むなっっっ!!!!」

裂帛の気合と叫び。

それに機体が答えたのか、ゼファーはオベリスクを構えたままフィールドキャンセラーが発動した。

レイレックスが展開したリフレクターを、触れた一瞬で瞬時に中和、強制解除させた。と同時に、相手が対応行動を取るよりも早くゼファーは相手の懐にとびこみ、全力でオベリスクを振り上げた。直後、レイレックスの右手にあたる部分が斬り飛んだ。

エクスが気合と共に放った決死の一撃。それは確かに、無敵と思われたレイレックスを追い込んでいくものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、このIGは!?」

追撃のヴァラグス全てを撃墜したタクトだが、その直後に現れた黄緑色のIGに困惑していた。

そのIG、ラピス・シリスは武装を全て解いており、必死になにかをしたがっているようなのだが・・・

恐らく、中のパイロットは個別通信を開こうとして悪戦苦闘しているのだろうと、タクトは容易に想像できた。

直後、通信はようやく繋がりをみせたようだ。

一応、タクトは周囲を確認したが、なんだかこの空間だけ戦場から外れているかのように、戦闘が起きていない。とりあえず、タクトも安心した。

向こうが何を話したいかわからないが、上手くいけばプレリュード軍の情報を聞き出せるかもしれないのだ。

『あ、あなたが、タクト・マイヤーズ?』

「ああ、そうだ。・・・君は?」

『あ、えと・・・雨宮みさき、です』

聞いた感じ、まだ少女といった声色だ。さて、彼女は一体なんの話があるのだろう。

『モ、モニター繋げます。あの、聞きたいことがあっ・・・・て・・・・・・?』

「・・・・・・・・・え・・・・・・?」

両者、モニターが繋がり、お互いの顔を見た瞬間、全てが停止した。

タクトの瞳に入ってくる、少女の顔、髪、瞳の色。その全てが、嘘のように一致した。

タクトは、信じられないものを見たような声で尋ねた。

「エ・・・エリ、ス・・・?エリス・・・?」

今となっては10年も過去の出来事。炎の災厄と呼ばれた日のこと。タクトが、家も家族も何もかも、全てを失った日。

その中には、タクトの妹もいた。

そう、あの時に、妹―――エリスは死んだはずだ。

ならば、この目の前に映る少女は?

というより、10年も見てない少女の顔を何故エリスと判断したのか。―――――――――それが

でも、本能が理解している。あれは、紛れもなく、エリスだ。―――――――――彼の聖刻の力

「エリスッッ!!」

タクトはもう一度、最愛の妹の名を呼んだ。

 

 

 

その名を呼ばれた瞬間、みさきの中で自分の知らない―――――――――忘れていた

記憶が溢れ出した。

それと同時に、雨宮みさきとしての記憶が酷く不安定になってくる。

(な、なに・・・!?この感覚・・・!?)

言うなれば、自身の存在そのものが世界から否定されたような感覚。

――――――どっち?

不意に、みさきは誰かに尋ねられた気がした。

いや、違う。もう一人の自分が、尋ねてきた。

――――――あなたは、みさき?それとも、エリス?

(わ、私、は・・・)

『エリスッッ!!』

直後、あの人の声で意識が現実に引き戻された。

「エリスなんだろ!?俺だ、タクトだ!!」

「あ・・・あぁ・・・・・・」

名前を。

その名前を呼ばれると。

自分が酷く、脆くなっていく。

「やめてっっ!!」

「っっ!?」

「もう、その名前を呼ばないで!!」

直後、ラピス・シリスは背を向けて飛び去っていった。

「待ってくれエリス!!エリスッッ!!」

必死になってタクトは叫ぶ。

けれど、それ以上、彼女を追うことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゼロバスターに乗る裕樹。

いや、もうすぐ裕樹だったモノに変わろうとしている体。

どんなに頑張っても、意識を保つことが出来なくなっていた。

たくさんの魂が、右手に吸い込まれていく。

あれだけ頑張ったのに、やはり、一人の死者をも出さないなんて不可能だったのだろうか。

「裕樹、おい、裕樹!?」

ああ、誰かが叫んでる。

随分と懐かしい声。なのに、名前も顔も思い出せない。

記憶と、想いと、意志と、それらがどんどん壊れていく

 

 

 

様子がおかしいゼロバスターを前に、正樹はどうすればいいのかわからなくなっていた。

いくら呼びかけても返事はなく、この機体に本当に裕樹が乗っているのかさえ疑わしくなってきた。

「な、これは!?」

直後、レーダーに表示されたプレリュード軍のヴァラグスがこちらに接近してきている。

「裕樹、敵だ!!――――――・・・おい、裕樹!?」

返事すらないまま、機体も動かない。

直後、正樹は反射的にゼロバスターを庇ってヴァラグスに向き直った。

確認しただけで4機。

ここから一歩も動けない今の状態では、かなり厳しい。

 

 

 

――――――刹那、降りそそぐ8つの光条が、ヴァラグスの武装、スラスターを吹き飛ばした。

 

 

 

「な・・・!?」

慌てて見上げる正樹。

そこにいたのは、伝説とされた女神の名を持つIGだった。

 

 

 

 

 

 

もう、もたない。

あと数分で、きっと自分が誰だかすらわからなくなる。

けれど、それでも忘れないものがあった。

最後まで覚えていた、約束。

闇の中、最後まで光ってくれた小さな希望。

それすら、壊れようとしていた。――――――その時だった。

 

 

 

『裕樹っっ!!』

 

 

 

声が、届いた。

目を向けると、真紅の機体、ヴァナディースが存在していた。

そこに乗るパイロットが誰であるか、考えるまでもなかった。

――――――瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕樹の全てが、壊れ、砕け散った