第十四章「たどり着いた心の果て」

 

 

 

 

 

 

すべてが壊れた。

もう、なにが壊れたのかすら、わからない。

この体は昔、裕樹と呼ばれたもの。

誰かが呼んでる。誰かの名前を。

ああ、それにしても、凄い力だ。

全身を突き抜けるような衝撃。すべて、この右手の力なのか。

共鳴している。

あの、赤い機体の中にいるヤツのものと。

あの力、あの力を自分は・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、自分の中の自分じゃない誰かが、泣いた。

言うなれば、パンドラの箱に残された希望と同等のもの。

すべてが壊れた裕樹。

けれど、それでも残ったものがあった。

裕樹としての、たった一つの最後のモノが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――あ・・・・・・」

壊れたはずの自我。

壊れたはずの記憶、意志、想い。

そのすべてが、最後に残った何かで、ほんの僅かな時間、再生した。

「あ、あ・・・・・・」

けれど、それは残酷な再生だった。

「あ、ああ・・・・・・・・・」

自分は、美奈の魂を欲しいと願った。

その魂と力を、欲しいと思った。

かけがえのない、なにより大切な、美奈のすべてを。

「あ、ああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!!!!」

嘘だ。

最後の最後まで、彼女を想っていたかったのに。

結局、最後に残った感情は、自身の延命だったのだ。

そう、1000年前となんら変わりはない。

自分はまた、繰り返したのだ。

自分の意思で、美奈を殺そうとした。

自分が生きたいなんて思ったから。

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

すべてが信じられない。

自分も、世界も、なにもかも。

何より、自分の存在と想いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、ゼロバスターは信じられない速度で戦場を離脱した。

「待って、裕樹!!」

それを追うヴァナディース。遅れて、気づいたイネイブル・ハーベスターも二機に続いた。

それを、唖然と見つめる両軍。

戦場を混乱させた因子は、全て勝手に去っていった。

そんな中、プレリュード軍の信号弾が打ち上げられる。

まるで、時間稼ぎは充分だといわんばかりの撤退。

けれど、状況は圧倒的にエルシオールの方が攻勢だった。ならばこの撤退は敵ながら正しいと言えるだろう。

エルシオール側も充分に消耗していたのだろうか。レスターも追撃はせず、帰艦信号弾の発射を指示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・」

エルシオールの格納庫内、ハンガーデッキに降り立ったミルフィーユは、歩み寄る親友に笑顔で答えた。

「ランファ、お疲れさま」

「さすがねミルフィー。腕はまったく落ちてないってわけね。・・・ったく、2年もろくに操縦しなかったくせに・・・」

皮肉交じりの笑みを浮かべてくる。そんな昔に戻ったような空気に居心地の良さを感じていたのだが。

一つ、気になることがあった。

戻ってきてから、タクトの様子がおかしい。

いつもなら労いの言葉の一つでもくれるのに、今回はそれがなく、すぐにどこかへ行ってしまったのだ。

一瞬だけ見えた、寂しげな顔が目に焼きついた。

「ごめんねランファ。私、ちょっとタクトさんを探してくる」

「はいはい。夫婦でイチャついてきなさいよ」

見事なまでに勘違いされたが、それを取り繕うこともせず、ミルフィーユは格納庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

「・・・どうかした?姉ちゃん」

不意に背後から声をかけられ、ランファは振り返る。

そこにはクリスとセリシアが並んで心配そうにこちらを見ていた。

「・・・別に、なんでもないわよ。―――にしても聞いたわよクリス!アンタ結構活躍したらしいじゃないのよ!!」

「う〜ん、ミント先輩のほうが凄いと思うけど。あ、でもバルキサスは凄いな。なんていうか、手に吸い付くみたいだった」

「相性がいいみたいね」

ランファは弟を褒めた後、セリシアにも労いの言葉をかける。

「セリシアもありがとね。おかげでエルシオールの護衛を気にしなくて済んだわ」

「ど、どういたしまして」

まだ言葉に緊張を感じるが、クリスの服を掴んでいない辺り、セリシアは自分に慣れてくれたようだ。

それが、何故か嬉しかった。

「じゃあ姉ちゃん。俺たちコンビニ行くから。―――行こう、セリシア」

「う、うんっ」

初々しさをかもし出しつつ、二人は格納庫を後にする。

彼等を笑顔で見送った後、ランファは反対側にいる正樹のところへ向かった。

 

 

 

「なにやってんのよ、こんな所で」

「・・・なんだ、ランファじゃねぇか」

「随分な物言いね」

なんだか塞ぎ込んでいる様子の正樹を見るのは初めてだ。

けれど、なにか面白くない。

「元気ないわね、どうしたのよ」

「関係ないだろ」

「・・・・・・」

何を言っても、正樹は拒絶するばかりだ。あろうことか、一度もこちらの顔を見ようともしない。

「ねぇ、正樹?」

「・・・ごめん、本当に、いいんだ。悪いけど、一人にしてくれねぇか・・・」

そんなふうに言われると、ランファはもう何も言えなくなる。

「わかったわ・・・」

それだけ告げて、ランファはその場を離れた。

 

 

 

「・・・随分酷いわね」

今度は正面から彩がやってきた。

「いいんだよ、別に。・・・彩には関係ないだろ?」

「ま、どーせ裕樹のことでも考えてるんでしょ」

図星なだけに何も言えない。

なんだか彩を直視することができず、正樹は顔を背ける。

直後、彩の両手が正樹の顔をがしっ、と掴み、力づくで前を向けさせる。

突然のことに、正樹は頭が理解についてきてくれなかった。

そして、彩は正樹を見据えながらはっきりと告げた。

「辛いのは、アンタだけじゃないんだからね」

頭をハンマーで叩かれたような気分だった。言ってしまえば、少し目が覚めた気がする。

それだけ告げると、彩は背を向けて行ってしまった。

正樹には、その背を見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・タクト、さん?」

探していたタクトは、丁度司令室から出てきたところのようだ。

だけれど、その表情はどこか浮かなかった。

「じゃあ、ありがとなレスター」

『ああ、しっかりしろよ、タクト』

部屋の中から聞こえる、レスターの気遣うような言葉。

なんだか顔を出すのが躊躇われ、部屋のドアが閉まったのを確認してからミルフィーユは顔を出した。

「タクトさん」

「・・・ミルフィー」

やはりだ。いつもの元気さが見られない。

一体どうしたというのか。

「どうか、したんですか?」

「いや、別に・・・・・・」

と、言いかけたタクトの顔を、ミルフィーユは更にじっと見つめる。

やがて根負けしたのか、タクトはゆっくりと話してくれた。

ただ、事実だけを直球で。

「妹、さん?」

「ああ。もう、死んだはずなのに・・・。なのに、エリスは生きてたんだ・・・」

話してくれたが、多くを語ろうとはしない。

だからこそ、ミルフィーユはそれ以上、追求しなかった。

タクトだけが知る、心の痛み。それも、妹を失った炎の災厄は、自分が原因なのだから。

けれど、タクトはそのことを一切気にしてないと言わんばかりに、言ってこなかった。

同時に、それは“これ以上、関わらないでくれ”と言われた気がした。

互いに何も言い出せず、ミルフィーユはただ、タクトと手を優しく握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、ほとんど直感だけを頼りに、ヴァナディースはレスティへ大気圏突入を行った。

途中でゼロバスターを見失った美奈は、考えられる可能性にかけて、レスティへ戻ってきた。

それは、予想通りだった。

雪に埋もれるように倒れているゼロバスターの姿が上空からでも確認できた。

美奈は即座に機体を下ろし、コックピットから飛び降りた。

外の気温は低く、激しくはないが、吹雪いている。

それでも、防寒具を身に着ける時間すら惜しかった。

「裕樹!?」

急いでゼロバスターのコックピットを覗き込むが、すでにもぬけのからだった。

「裕樹・・・どこに・・・」

言って、たった一つの場所が思い浮かんだ。

1000年前、裕樹が泣きながら作った、前世の自分たちの墓。それがある、丘。

そこしかない。

もう、そこしか考えられない。

美奈は落ち着いて周囲の地形を見る。

大丈夫。ここはウェイレス地方そのものだ。ここからなら、歩いていけるだろう。

美奈は髪に積もる雪を払おうともせず、駆け出した。

積もった雪が、進行の足枷になる。

それでも、美奈はただあの丘を目指して、進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、そ・・・・・・」

丘に着いて、愕然とした。

目の前の事実を、直視できなかった。

裕樹が作った墓は3つ。

星見美奈。

菊池健治(タクト)。

雛菊時雨(ミルフィーユ)。

その三人の墓しかなかったのに。

なのに。

なんで、今。

墓石が4つ(・・)、あるのだろう。

瞬間、いや、見たときから理解していた。

あれは、あのお墓は・・・。

 

 

 

――――――・・・美奈・・・

 

 

 

不意に、裕樹の声が聞こえた気がした。

 

 

 

――――――・・・さよなら・・・

 

 

 

その泣きそうな声に、自分が泣きたくなった。

間に合わなかった。

裕樹を救うのが、遅すぎた。

裕樹は自分の罪と罰に耐えられず、押しつぶされ、

この世界から、自らの存在を消したのだ。

最後に、自身に聖刻を使って。

この墓は、その軌跡の証拠。

もう、裕樹は『ここ』にも、世界にも存在していないのだ。

「ゆう、き・・・裕樹・・・。ごめん、ね。助けて、あげられなくて・・・・・・」

もう、自分に出来ることなどない。

ただ、泣き崩れることしか、今の自分に出来ることはなかった。

「・・・ごめん・・・ごめんね、裕樹・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、風が止んだ。

誰かに、呼ばれた気がした。

そこで、泣くのをやめてみた。

 

 

 

―――――――――あきらめないで、美奈お姉ちゃん。

―――――――――美奈お姉ちゃんならわかってるはず。まだ、まだなんだよ・・・

 

 

 

その声。

1000年前にも、聞いた気がした。

「ヴァリア・ピラ・・・?」

聖刻を通じて、その名を理解した。

天人の統括者である少女。

彼女は、確かに言った。

まだ、と。

「・・・・・・・・・」

考えろ。

考えろ。

なんでもいい。

まだ、可能性があるなら。

裕樹を救える可能性があるなら。

裕樹と、笑えるようになる可能性が、欠片でもあるなら・・・!!

「――――――あ」

自分で、理解した。

正しくは、理解していた。

自分は、この4つ目の墓石を、裕樹が消えた軌跡だと・・・?

「裕樹っっ!!」

墓石に飛びつく。

瞬時に、意識を聖刻に繋げる。

額が熱い。けれど、そんなこと苦にもならない。

 

――――――裕樹がこの場所から消えたというのなら、

――――――この軌跡を追って、世界と同化すれば、

――――――あるいは、裕樹の意識へと行けるかもしれない。

 

「まだ諦めない、まだ、諦めない!!約束したから。裕樹と、約束したからっっ!!」

必ず救うと。

そして、もう一度笑えるようになりたいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、美奈の意識もこの世界から離れた。

行き着く先は、裕樹の心。

それはつまり、裕樹の世界。

裕樹の世界に行き、そこで、裕樹を連れ戻す。

美奈は漆黒の闇に包まれた世界へ、躊躇いもなく飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕樹の闇を払う、たった一つの光として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

うーん、思い返してみると長かったなぁ。

ともあれ、ここで懐かしんでも意味はありません。

GALAXY ANGEL ENDLESS OF ETERNIA第二部は、次回で最終章となります。

皆様、長らくお付き合いありがとうございます。

最後に、裕樹と美奈の結末を持って、第二部を終了といたします。

ではでは。最後まで気合入れまくりです。