最終章「いつか、強く笑うために」

 

 

 

 

 

 

そこは、漆黒の世界だった。

確固たるものは何もなく、ただ闇だけが存在する世界。

罪と罰の意志が空間を染め、強い意志を持たなければ、意識が飲まれる。そんな世界。

それが、裕樹の心情世界だった。

その世界を、美奈は深淵へと進んでいく。

後戻りはできない。

今度こそ、裕樹を救う時なのだ。

だから、あえて身を闇に沈めていく。

 

 

 

過去を調べた。

前世の事件を知った。

裕樹の罪を理解した。

条件は、全て揃った。だから、後は私次第。

水樹美奈の心にかけて、浅倉裕樹を救い出す。

 

 

 

 

 

 

闇の中心、裕樹の存在を感じるようになってから、

世界に、1000年前の出来事が染まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1000年前、私と裕樹と健治(タクト)と時雨(ミルフィー)は、孤児として4人で暮らしていた。

そんなある日、裕樹がいない時に、天人のジェノスとヴァイスがやって来た。天人である時雨、いや、フィリスを追って。

――――――あの時、俺が出かけてなければ・・・

(違う)

そして、二人に殺されかけた私と健治を助けるために、時雨は自身の聖刻を私たちに刻んだ。

その場はなんとか助かったけれど、私たち三人はボロボロになった。何より、聖刻の反動で、生命力が危なかった。

そうして、帰ってきた裕樹は、再度やってきたジェノスと戦い、負けた。

――――――あの時、俺が、生きたいなんて、思わなかったら・・・

(・・・違う)

そして、死にたくないという裕樹の意志は、最強最悪の聖刻、「天魂」を呼び寄せ、ジェノスを倒した。

同様に、駆けつけた健治も、聖刻の力でヴァイスを倒した。

その時の、「天魂」の反動で、私と時雨は魂を奪われ、死んでしまった。

天の罰を、互いに負わせるわけにはいかなかった。

だから、裕樹と健治は全力で殺し合い、・・・裕樹は健治を殺した。

そして、裕樹は悲しみから聖刻を暴走させ、「セフィラム」を世界に撒き散らした。

こうして、裕樹は「罪罰」の聖刻も刻まれ、世界の罪人となった。

――――――俺サエ、イナケレバ・・・

(違うっっ!!)

1000年間、転生を繰り返し、死ねなくなった裕樹は、転生後の私と再会した。

そして、数々の経験をして、タクト、ミルフィー、ジェノス、ヴァイスとも再会した。

その戦い、「パレスティル統一戦争」の「ザン・ルゥーウェ戦」において、裕樹は死んでしまった仲間の魂を例外なく吸い取った。

そうして、忘れていた罪の記憶を思い出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・そうだね。これは、変えようのない、事実だもんね」

美奈が認めた瞬間、過去の世界は霧散し、再び闇の世界に戻った。

再び、美奈は深淵に向けて、裕樹のいるであろう、裕樹の世界の中心へ、向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の中・・・・・・裕樹が、いた。

ようやく、見つけた。だから、私に出来ることは裕樹を救い出すだけ。

「裕樹」

声をかけて、近づく。―――それを、

「駄目だ、来るな・・・!!」

今まで聞いたことのない声で、裕樹は拒絶した。

「――――――裕樹」

「・・・帰って、くれ。今近づかれると、俺はまた聖刻で・・・」

「―――帰ろう?裕樹。みんな、待ってるんだよ」

「・・・美奈」

裕樹は僅かに唇を振るわせた後、

 

「今更、どこに帰れっていうんだ」

 

そう、言い捨てた。

 

 

 

「・・・裕樹」

「いいんだ美奈。俺なんかに無理に構う必要はない」

なら、何故、そんなにも悲しそうで、泣きそうな顔をしているの・・・?

「・・・もう、知っているんだろ?俺がなんなのか、俺が、なにをしてきたか。・・・なら、もうこれで」

全て終わりだ、と。

声にならない言葉を、裕樹の瞳が告げていた。

「・・・そんなこと言わないで。私が知ったことなんてどうでもいいの。私が知ってる裕樹は、今まで一緒にいた裕樹だけだよ・・・?」

「いや、駄目だ。俺が・・・誰かの傍にいるだけで、俺は、無意識にその人の魂を奪ってしまう。―――俺の、こんな聖刻のせいで・・・!!」

裕樹は自らの右手の甲に爪を立てた。

まるで、そこに刻まれた聖刻を削り取ろうかというほどの強さで。

「・・・それだけじゃない。俺は、ずっと忘れてたんだ。忘れてはいけない罪を、忘れてしまったんだ・・・」

「―――裕樹」

「今の美奈に会えて、嬉しくて、忘れてしまったんだ。・・・許されるはずがないのに、救いを求めたから・・・」

裕樹の言葉は、ただひたすらに自身を傷つけるものだけだった。

――――――止めないと

1000年前・・・俺が、思わなければよかったんだ・・・。“死にたくない”、“生きたい”って・・・」

おかしくない。

それは、人である限り、当然の思いだ。

なのに、どうしてそれまでも罪へと昇華させてしまうのだろうか。

「・・・あげくの果て、前世のタクト、健治まで殺して・・・。自分で終わらせることも出来なかった。―――――――――嫌だったんだ。痛いのが、怖いのが、死ぬのが、みんなより自分が大事で、そんなことさえ、思わなければ・・・!!」

泣いている。

裕樹は、ただ泣いているだけ。

悲しくて、どうしようもなくて、泣いている。

「―――――――――」

そして理解して、後悔した。

「泣かないで、裕樹」

「だから、俺が悪いんだ。俺が、生きたいなんて思わなければ、あんなことにはならなかった。俺が、素直に死んでいればみんなを巻き込むこともなかった・・・!!俺が、俺が・・・!!」

 

 

 

――――――俺サエ、居ナケレバ・・・

 

 

 

後悔した。

悪くない。本当に、誰も悪くない。

けれど、だからこそ、裕樹は自分で自分を責めた。

積もりに積もった自責の念が、レスティに雪を降らせ、自身を闇に堕としいれた。

裕樹の罪は、天からのものじゃない。

そんなの、きっと初めからなかった。

裕樹の、1000年にもわたる、罪は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ただ、裕樹が自分で自分に与えた、罪。

      自分で、自分を世界の罪人と、断定した。

      ただ、それだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が、守りたいもの。

私にとって、大切なもの。

失うことすら、考えられなかったもの。

その人を、これ以上泣かせたくない。

 

 

 

「ごめんな、美奈。俺・・・美奈の傍にいていい人間じゃなかった。――――――閉鎖空間から帰ってきて、美奈とは会わないって考えた・・・。美奈さえ無事なら、それでいいってあきらめようって・・・!!」

 

 

――――――そこまで思いつめていたなんて、想像もできなかった。

      結局、私だって裕樹をずっと泣かせていたんだ。

 

 

「でも、出来なかった・・・!!そう思うだけで体が震えて、怖かった・・・!!怖くて、一人で消えようって思った時より怖くて、会ってはいけないのに、会いたいって思って、それが怖くて、もうどうしていいのかわからなかった・・・っっ!!!」

 

 

――――――だから、これ以上、裕樹を泣かせられない。

      裕樹が自分で自分を責めて、罪を重ねるしかないのなら・・・・・・

 

 

「でも・・・っっ!!それでも会いたかった・・・!!美奈との時間を、ただ大切にしたかった・・・っっ!!・・・俺にとっては、それだけが、ただそれだけが大切なことだったのに、美奈、どうして君は・・・っっ!!!」

 

 

――――――他の誰も、裕樹を許さなくても、私が、裕樹の変わりに裕樹を許し続けるだけ。

 

 

「あ・・・・・・」

そして、震えて泣いている裕樹を、抱きしめた。

ただ、傍にいてほしくて、傍にいてあげたかった。

裕樹を抱きしめている腕。その腕に、裕樹の腕が触れることはなかった。

裕樹はただ、私に抱きしめられているだけ。

涙を流しながら、ただ、涙を流し、泣いている。

受け入れることも、拒絶することもできずに。

ただ、私に抱きしめられている。

「美奈、俺・・・―――」

「もう、いいから。裕樹が、自分のことを悪く思ってるって、よくわかったから」

「――――――」

息を呑む音。

裕樹の戸惑い、どうすればいいのか。

許しを請いていいのか、罪を受け続けるのか。

だから、そんなことを思わせないために。

いつも通り、私は。

心のままの、言葉を伝えた。

「だから、私が守る。たとえ、どんなことになっても、裕樹は私が守る」

「み、な・・・」

放心するような声。それに、心を続けた。

「だから、私・・・裕樹が何をしても、裕樹の味方をしてあげる」

心のままに、決意を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前が、真っ白になる。

美奈の、たった一言で、何かが。

 

 

 

――――――漆黒の世界に、一筋の亀裂が走った。

 

 

 

「俺の、味方・・・・・・?」

「うん。だって、好きな人のことを守るのは、当たり前でしょ」

温もりを伝えながら、美奈は優しく微笑んだ。

抱きしめてくれながら、ただ、優しく。

 

 

 

――――――漆黒の世界に、更なる亀裂が走った。

 

 

 

「でも、俺は・・・っっ!!前世の美奈も、タクトも、ミルフィーも・・・殺した・・・っっ!!」

「それは、誰も悪くないよ。裕樹は、タクト・・・健治を助けるために、そうしたんでしょ?」

「でも・・・っっ!!」

今更、そんなことがあっていいのだろうか。

今更、許しを請いていいのだろうか。

今更、救いを求めていいのだろうか。

今、俺は許されるのだろうか・・・?

「俺は、それでも、数え切れないほどの、罪を・・・」

「だから、私は裕樹の味方なの」

その言葉が、胸に宿る。

なんて、暖かいのだろう。

 

 

 

――――――漆黒の世界に、光の亀裂が、走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裕樹・・・裕樹が、自分を許してあげられないなら、私が・・・裕樹を許してあげる」

「――――――っっ!!」

今、解放されようとしていた。

その、1000年にもわたる、罪から。

「あ・・・あぁ・・・い・・・ぅぐっ」

低い、嗚咽を漏らした。

肩が震え、表情がゆがんだ。

「・・・ぁっ・・・っぁあぁぁっ」

「裕樹。良く、頑張ったね。たった一人で・・・1000年間も。―――これからは、私が、裕樹の味方だから」

 

 

 

裕樹の涙が、決壊した。

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!、っっっぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!、ああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

奔流のような叫びと共に、亀裂から眩い光が射し込んでくる。

亀裂は、裕樹が叫ぶごとにひろがっていく。

裕樹は、これ以上ないほどの力で、美奈を強く抱きしめた。

――――――そっか、この闇は・・・

全て、裕樹自身が生み出した、自責の念。自らに与えた、罰だった。

ここは、自分を閉じ込めるために作った、罪の監獄だった。

何百年も溜まった闇が、一気に崩壊していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(天よ、もし、本当に裕樹に罪があるなら、許してほしい)

泣き叫ぶ裕樹を抱きしめながら、美奈は天に祈った。

(裕樹の罪は・・・もう、とっくに許されているのだから・・・)

その時、裕樹の両手の甲に光が集まったのを、美奈は気づかなかった。

聖刻の、形が変わる。

 

 

 

――――――天魂の聖刻は、再生の聖刻へ。

――――――罪罰の聖刻は、許心の聖刻へ。

 

 

 

今ここに、裕樹の罪は祓われた。

1000年間、世界の罪人であった裕樹は。

今ここに、生まれ変わった。

浅倉裕樹から、朝倉裕樹へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

そうして、美奈はある変化に気づいた。

ここは、裕樹の罪の世界なのに、気づいた。

「雪が・・・・・・止んだ・・・」

悲しみの雪は、1000年降り続けた。

そして、今ここに、その雪は止むことになった。

 

 

 

「・・・ありがとう」

唐突に、裕樹の言葉が聞こえた。

「美奈、本当に、ありがとう」

「裕樹・・・」

「だから・・・必ず・・・」

「・・・・・・?」

「また、会おうな。美奈。・・・約束だ」

「わかった、約束だよ。裕樹」

それが、別れの言葉になった。

全ての闇は崩壊し、

世界は、光に、満たされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――だから、今度は、俺が光になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――裕樹っ!?」

ガバッと身を起こす。

傍に裕樹はいない。

そうして立ち上がって、――――――唖然とした。

雪が、止んでいる。

そればかりか、雪は全て解け、美しい花畑が辺り一面を覆っていた。

風に運ばれ、花の香りが届く。

芽生えた息吹を感じて、美奈は丘へ目を向けた。

石を積み上げただけの、3つの墓。

健治と、時雨と、前世の自分の墓。そして、4つ目の裕樹の墓。

そのすべてが、消えていた。

ここに残る罪は、欠片もないのだと。

春を告げる風が、そう語りかけてきた。

「裕樹――――――!!」

次の瞬間には、駆け出していた。

どこにいるのかは、わからない。

けれど、約束した。

――――――また、会おうな。

だから、必ず再会できる。

信じれば、必ず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、美奈は丘を降りた。

そこは、辺り一面すべてが花で埋めつくされていた。

ずっと冬だった星、レスティ。

今ここに、1000年ぶりの、春を迎えた。

「・・・・・・」

その春の中に、裕樹はいない。

裕樹は、一体どこに・・・・・・

 

 

 

不意に吹き上げた風が、美奈の髪を乱した。

「・・・・・・っ」

それ以上、言葉にならなかった。

胸が震え、熱いもので満たされた。

春の花畑の中で、水色の髪をし、青い瞳を持つ青年が、

その透き通る瞳で、美奈を見つめていた。

 

 

 

「・・・ただいま、美奈」

 

 

 

美奈は走り出した。目に、涙が浮かんでくる。

(やっと・・・やっと、やっと、やっと・・・っっ!!)

心の中で必死に叫んだ。

愛おしさで気が狂いそうだった。

青年、―――朝倉裕樹は、こちらを見ながら、じっと美奈を待っていた。

美奈は花の世界を走り、全力のまま、

裕樹に抱きついた。

裕樹も、美奈を抱きしめた。

強く、強く、決して離さないと。

涙が溢れるのを隠さず、美奈は、裕樹に返事をした。

「・・・おかえり、裕樹」

それ以上の言葉は、要らない。

今はただ、互いの温もりを、確かめたかった。

一陣の春風が、世界を駆け抜けていった。

そして、美奈が見つめる中。

裕樹は、これ以上ない喜びに満ちた顔で、

 

 

 

――――――強く、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

快晴の青空の中。

優しい日の光が、彼等にふりそそぐ。

天で、ヴァリア・ピラが微笑んだ気がした。

そして、少しの間だけ、空が、輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんのつかの間、美しい光の輝きの中にいたのは、多分、彼等だけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GALAXY ANGEL

ENDLESS OF ETERNIA

 

第二部     完