第一章「聖戦者たち」

 

 

 

 

 

 

「さーて、出発したはいいが、どうするんだ?」

ヴェインスレイのブリッジの艦長席に座りながら、裕樹と京介になげかけているのは和人だった。艦長に任命されても、リーダーに任命されないのは、この適当な性格のためである。とは言っても、本人も自覚していそうだが。

「しばらくは情報収集がメインになるな。力押しで行ってもこちらが不利なだけだし、それじゃあ意味がない」

「そうだね。いくらファクトリーっていうバックがあっても、物量戦は厳しいから」

和人とは反対に、裕樹、京介は非常にしっかりしており、リーダー、サブリーダーにはうってつけだった。

というか、このヴェインスレイ軍は、前大戦におけるレジスタンスが母体であり、更にそのレジスタンスは解放戦争における、解放軍なわけで、解放軍リーダーだった裕樹は、当然のようにヴェインスレイ軍のリーダーとなった。―――無論、本人の意見はすべて却下されてだが。

「・・・でも裕樹。リ・ガウス側のプレリュード軍の情報収集はともかく、トランスバールの方はどうする?協力してもらえそうな人はみんなエルシオールだし。・・・それに、僕たちのやろうとしていることは・・・」

「一度でも関わったら、間違いなく敵として認識されちまうだろーな」

「・・・覚悟の上さ。それを踏まえてどうするか、だけど。・・・せめて、エルシオールにいる正樹が戻ってくれたら、いろいろ解るんだけど」

居場所をずっと隠していた自分が悪いのだが、今の裕樹には正樹との連絡手段がなかった。よって、トランスバールが最難関の障壁なのだ。

「・・・タクト・マイヤーズさんさえいれば、大分ラクなんだけどね」

「こっちがそうする前に、タクトは軍に戻されたからな。――――――誰の意図かは知らないけどな」

皮肉混じりに告げる。

恐らく、直接頼んだのはレスターだろうが、その原因と理由を作ったのは、間違いなく彼女、シャトヤーンのはずだ。

随分と手が早いものだ。

今更考えても仕方の無いことだが、裕樹と京介はそろって黙り込んだ。

そもそも、今回は相手が悪すぎる。ただでさえ白き月の聖母として人々から敬われてきた人だ。どう考えても自分たちを支持する者などいないだろう。第一、例え真実を告げたとしても、それを信じてくれるとは限らないし、そう言いきれる証拠もないのだ。だからこその情報収集なのだが、こうまでくると強行手段しか思いつかない。

京介もそう考えたらしく、その答えも、同じだった。

「・・・潜入、しかないか」

「ちょっと危険だけどね」

考えた結果、これしか思いつかなかった。出来れば、あまりやりたくない行為だが、今の自分たちでは仕方がない。

「・・・なあ、今思ったんだけどよ、ちとせに行ってもらえばいいんじゃね?彼女、独自で動けるパラディンなんだろ?だったら・・・」

「それはダメだ、和人」

裕樹に即決され、和人は少し驚いた。

「ちとせは、エルシオールを敵にまわしてまでも俺たちの所に来てくれたんだ。・・・・・・本人も覚悟してるだろうけど、スパイをさせるなんてこと、させたくない」

「そうだね、僕たちが彼女を裏切るなんてこと、したくないし」

「・・・そーだな、悪ぃ裕樹」

即座に間違いを認める素直さに、裕樹や京介は心が和むのを感じた。

「・・・じゃあ潜入って方針でいくとして・・・メンバーは?」

「裕樹、前もって言っておくけど、どのクルーも自分の作業だけしか特化してないからね」

ようするに、クルーは無理で、パイロット構成でいくしかないというわけだ。

頭痛がしそうだったが、頭を切り替え、メンバーを搾り出す。

「・・・あえて決めるなら、プレリュードの方にはリ・ガウスで顔を知られていないヴァニラとちとせだ」

「俺たち、何気にものごっつい有名なんだよな」

もっとも、ヴェインスレイ軍のファクトリーがリ・ガウスに存在しているのだから、プレリュード側に潜入することはないだろう。そんなことしなくてもファクトリーの工作員がすでに潜入捜査しているはずだ。

ま、あくまでこの艦から人員を出す、と仮定した場合というわけだ。

「で、トランスバールだけど・・・白き月はさすがに俺や美奈、春菜では無理だな。顔が知られてる」

「・・・となると僕か和人だね」

「ああ。けど俺たちでもトランスバール本星ぐらいなら大丈夫だ。人も多いし」

「うーっし、じゃあそういうことで」

和人のまとめ声でとりあえず当初の打ち合わせを終了する。途端、ブリッジに漂っていた緊迫していた空気が穏やかなものへと変わっていく。

「ん?裕樹、京介、二人ともどこ行くんだ?」

「僕は格納庫。早いうちにゼロバスターに慣れないとね。使いまわしとはいえ、ゼロバスター・カスタムも凄い性能だから、自分のものにしないと・・・」

「悪いな京介。京介の専用機、ようやく開発スタートしたらしいからしばらくはゼロバスターで頼むよ」

「うん、わかってる。―――そういう裕樹はどこに?」

「俺も格納庫。ヴァニラとちとせの様子見と、ラストクルセイダーの整備かな」

ヴェインスレイ軍は、ラストクルセイダーの残骸を発見した直後から、春菜先導の元、即座にラストクルセイダーの修復を開始したのだ。そのおかげで、こうしてヴェインスレイとして活動する頃には使用可能になっているわけである。

実質上、この艦には前大戦時に伝説とされたIGである、ラストクルセイダーとヴァナディース、更に二機の紋章機を搭載しているわけであったりする。

二人は手を振る和人に振り返し、ブリッジを後にした。

 

 

 

 

 

 

「そういえばずっと気になってたんだけど」

格納庫への通路を歩きながら、京介はふと裕樹に尋ねてみた。

「ん、なに」

「裕樹、あのゼロバスター・カスタムだけど・・・どうしたの?作り直した、とか?」

まぁ、よくよく考えてみればかなり不思議に思うだろう。以前はそんなことを考える余裕もなかったが。

裕樹も別に隠す意味もないのか、すんなりと答えてくれた。

「ああ、あれね。和人から譲ってもらったんだ」

「―――え」

「いやさ、デュナンに着く前に偶然、和人と再会しちゃってさ。で、その時に作り直してたゼロバスター・カスタムを譲ってもらったんだ。―――当然、会ったことは黙っててくれって頼んで」

ならば、和人に罪はないだろう。

僕はよく解らないけど、その時の裕樹はなりふり構っていられなかったのだから。

「その、さ」

「?」

「僕は、聖刻とか、そういうのはよく解らないけど・・・大変だったんだね、裕樹は」

「・・・ああ。けど、おかげさまでもう大丈夫だ。ありがとな」

裕樹の笑みに、京介も笑み返した。

 

 

 

 

 

 

格納庫で京介と別れた裕樹は、格納庫のスミにある仮想(バーチャル)訓練(トレーニング)装置(システム)へと向かう。と、その装置の前で特徴的な赤みがかったピンクの長髪が揺れる。間違えるはずのない彼女だった。

「美奈!」

「あ、裕樹」

パッ、と明るい笑顔で迎えてくれる。

美奈のこの笑顔には救われっぱなしだと、再度自覚した。

「どう?二人の調子は」

「んー・・・ヴァニラも凄いけど・・・ちとせは、凄すぎるね」

ヴァニラとちとせは今、美奈指導の下訓練を行っているのだ。

そうするのも、今のヴェインスレイは本当に人員不足であり、特にパイロットにいたっては5人しかいない。(艦長の和人も含めるなら6人)そのため、戦闘では確実に対複数戦闘になるため、それに対応するための訓練である。最悪、エンジェル隊とも戦わなければならないため、全体的な実力の底上げというわけだ。

「ヴァニラも調子いいんだろ?」

「そりゃ、普通と比べたらヴァニラだって飛びぬけてるけど・・・・・・ちとせは、その・・・常識外れなのよね」

「やっぱし?」

とどのつまり、二人の才能の話である。

 

 

 

ヴァニラは、空間把握力、というより空間認識力がずば抜けているのだ。

というか、あくまでヴァニラの才能に名前をつけるなら、空間把握ではなく、空間認識なのであったりする。

空間把握力とは、早い話、自己から形成される空間への位置、それ以外の物体の位置を空間から理解、把握するものである。解りやすく言えば、離れている敵機の距離がどれほどのものか頭で理解しているため、自らが放つ弾道がどのくらいで直撃するのかが理解出来ており、同様に敵の弾道も放たれた瞬間に理解するものである。まさにパイロットには必須の才能といえる。

が、ヴァニラのは少し異なり、一般的な空間把握力も持っているが、その空間に存在する物体に対する認識力が並外れているのだ。

これも解りやすく説明すると、ヴァニラは無意識のうちに自己周辺にある種の結界を張っているのである。そして、その領域に入ってきた機体との距離、速度、そこから割り出される時間、方向、行動を瞬時に理解、認識してしまうのである。それもその領域に入っている機体全ての。

つまり、自己周辺の全ての機体の距離、空間に対する位置、果ては次の行動を先読みできたりするのだ。もっとも簡単に述べてしまえば、対複数戦に非常に有利なわけである。まさにナノマシンを散布するさいに味方機の位置とそこまでの距離を計算しなければならない、ヴァニラならではの才能といえる。

 

 

 

これに対しちとせは、以前も述べたが“心眼”の持ち主なのである。

クリスが鍛錬を重ねて編み出した“視覚情報処理能力”をちとせはすでに会得しているのである。

自己の周囲に見える範囲の動きを、計算、修正、処理し、理解する。限定された空間把握力の強化版といえる。

が、ちとせはこれだけではない。ちとせが“心眼”の持ち主として言われるのは、まさに狙撃においてである。

言ってしまえば、ちとせは自身ですら視認できないほどの距離を的を理解しているのだ。

それはつまり、眼で的を狙うのではなく、感覚―――脳で理解して的を狙っているという、常識離れした才能である。

故に、脳の理解を増幅し、補助するH.A.L.Oの助けがある限り、ちとせに見えない的は無いということになる。

理論上、ちとせが理解しようとすれば、“心眼”としての脳はどのような対象に対してもそれを理解しようと働きかける(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)わけである。当然、脳の負担は大きいが、可能とすれば全てを超越する、究極の力になるだろう。

 

 

 

これが、二人が持つ才能である。

 

「・・・心眼、か」

裕樹のその単語に美奈は残念そうにため息をつく。

「パイロットとして、羨ましいね、ちとせが」

かく言うこの二人は、周りから最強のパイロットと言われていたりするのだが、当の本人たちにその自覚はなかったりする。

「――――――二人ともお疲れさま。今日はこのくらいにしておきましょ」

美奈がマイクで呼びかけると、特に疲れた様子もなく、二人は元気に出てきた。

「あ・・・裕樹さん」

ヴァニラがすぐに自分に気づき、優しい笑顔を向けてくれる。

もう16歳になるヴァニラは身長も伸び、ヘッドギアを外して髪を下ろしており、その儚げな可愛さと、聖母の如き優しい雰囲気は、ヴァニラの魅力を最大限まで引き出す結果となっている。

こうまで可愛いのなら異性も放っておくこともなく、実際ヴェインスレイのクルーの中で思いを寄せている人は少なくない。

「お疲れ、ヴァニラ」

「裕樹さんは、整備ですか?」

「あ、うん。―――じゃなくって、ヴァニラ、疲れてないか?」

「問題、ないです」

「そっか」

自然と、裕樹はヴァニラを撫でていた。

二年間一緒に居たせいか、二人とも随分親密になっているのである。

といっても、裕樹はヴァニラのことを妹のように見ているし、ヴァニラも裕樹のことを兄のようにしか見ていない。

だから、この行為が人前であまりやるべきではないと気づくのがあまりにも遅すぎた。

「・・・・・・裕樹」

「ハッ!?」

途端、背後からドロドロした美奈特製のオーラが放たれた。

一人冷静にその光景を見ていたちとせは、―――美奈さんもやきもちやくんだ。―――と、素朴に思っていた。

「・・・・・・」

「な、なんだよ・・・」

拗ねたような顔でじっと見つめてくる美奈。

と、裕樹はヴァニラの頭を撫でている右手に気づいた。

(これ、か・・・)

「おいで、美奈」

言葉通り、美奈はトコトコと裕樹の前にやって来た。

優しく左手で美奈の頭を撫でてあげると、なんとも幸せな顔になってくれる。

「よしよし」

「えへへ・・・」

「・・・・・・」

単に自分も撫でて欲しかっただけという、なんとも美奈らしいやきもちに、ちとせは少し呆然とした。

(さ、さすが美奈さん)

裕樹の両手の下で、美奈は至福の笑みを浮かべており、ヴァニラは恥ずかしがっている。

「ん?ひょっとして・・・ちとせも?」

「い、いえ!私は遠慮します!!」

思わず断ってしまったが、美奈とヴァニラを見ていると少しもったいない気もした。

だが、二人とも裕樹がもっとも辛い時に傍にいて、彼を支え続けたのだ。自分にその資格があるかと思うと、正直、答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――エルシオールBブロックにて―――――――――

 

 

 

『エクス、起きてる?』

「おう。今行く」

インターホンのティアの声に返事しつつ、エクスはザッと髪をかき上げた。

エクス流、髪のセットである。彼のボサボサ頭はこうして作られていたりする。

部屋を出ると、ティアがほっとしたように笑う。

可愛いのだけれども、それが決して恋焦がれる笑顔でないことはわかっている。

それだけ、自分がちゃんと来てくれるかが不安なのだろう。

それがまた、ひどく心を締め付ける。

罪悪感という気持ちに。

 

 

 

 

 

 

ティアと二人で並んで歩く。

他人が見れば恋人同士に見えるかもしれないが、自分たちはただの幼馴染。自分だってそう思ってるし、向こうもそう思ってるだけ。

それでも、一緒にいるのは罪悪感からだった。

自分のつまらない意地のせいで、ティアには随分つらく接していた。

本当は、今すぐ謝りたい。

ティアがまだ許してもらっていないという思いを、解放してあげたい。

でも、出来なかった。

勇気がないのか機会がないのか、それとも、何をどう許してあげればいいのか、それすらわからない。

だから、せめてもの罪滅ぼしに、ティアと一緒にいることにした。

「エクス」

「なに?」

「最近、明るくなったよね。何かあったの?」

「うん、タクトさんと、ちょっとね」

「へぇ・・・」

ティアは純粋に会話を楽しんでいる。

まるで、失った幼馴染の時間を取り戻すかのように。

それでも、明るくなれたのはタクトのおかげだった。

ずっと苦しんでいた、兵器に対する嫌悪感。

それを、あのタクト・マイヤーズはいとも簡単に振り払ってくれた。

――――――正しい使い方をすれば、兵器だってきっと・・・

自分は変われたのだ。

だから、きっと、ティアとの関係も、いつか昔のように戻れるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちだ!セリシア!」

「ク、クリス?」

同時刻、セリシア・フォームはクリス・フランボワーズに半ば強引に展望台へと連れてこられていた。

当初は対人恐怖症とまで言われていたが、最近はクリスの影響か、そういう兆しはまったくなかった。これにはセリシア本人が一番驚いていた。

「この時間は空がすっげーキレイなんだ」

「本当・・・すごい、綺麗・・・」

「でも映像だけどな」

せっかくの雰囲気をぶち壊す一言だったが、セリシアにはそれが嬉しかった。

一般的なモノの常識に捕われず、ありのままの人柄でいろいろなものを見せてくれるクリス。

いつしか、彼の存在はセリシアの心の一部になり、心許せる存在になっていた。

「・・・クリス」

「ん?」

「・・・ありがとう」

「な、なんだよ、いきなり・・・」

「ううん、ゴメンね。ただ、そう言いたかったの」

予期せぬセリシアの言葉に、クリスは大いに動揺する。

(ど、どーする?どーするオレ!?)

混乱し、頭の中の姉、ランファに助けを求めたが、その姉は強気で押せ、としか返事してくれなかった。

(よ、よし・・・!!)

心を決め、行動に移す。

「セ、セリシア・・・」

「?」

「よ、よかったらだけど・・・コレ、・・・も、もらってくれないか?」

差し出されたのはリボンでラッピングされた手のひらサイズのケースだった。

「・・・私に?開けて、いいかな?」

無言で何度も頷くクリス。

セリシアは丁寧にラッピングを解いていき、ケースを開けた。―――中には、白い花の飾りのついた、可愛らしい髪止めが入っていた。

「わあ・・・」

「ね、姉ちゃんがさ、女性に会うならプレゼントの一つは用意しとけって・・・・・・で、セリシア、髪長いから・・・ど、どうかな?」

が、歓喜の声を上げてくれたはずなのに、セリシアは髪止めを見てじっと俯いている。

クリスは不安になり、セリシアの表情を覗き込もうとすると、彼女は俯き気味に話し出した。

「私ね・・・ずっと、自分はいなくてもいい人間なんだって思ってた」

その悲しみを押し伏せた表情に、クリスは何も言えなくなった。

「小さい頃から周りの人は私が嫌いで、私、本当にいてもいいのかなって、何度も思ってた」

クリスは心の中で即座に否定した。

一体誰が、そんな風に思えるのだろうか。

内気なのに、いつも頑張り屋で、そして、いつも暗闇で一人で泣いている少女を、放っておけるわけがなかった。

「でも、クリスやエクス君、ティアちゃんに会って、触れ合って、わかった。―――私は・・・ここに、みんなの傍にいて、いいんだよね?」

「・・・当たり前」

多くの言葉は要らない。この一言だけで、充分だった。

「・・・ね、クリス。この髪止め、クリスがつけてくれない?」

「オレが?」

「うん。私、小さい頃に親に髪を切られてから誰にも触れて欲しくなかったの」

あまりに悲痛な話だった。

セリシアが虐待を受けていたのが、改めて事実なのだと思い知る。

「でもクリスは、クリスには・・・いいの。だから・・・」

「・・・わかった」

クリスは髪止めを手に取ると、セリシアの右目にかかっている髪に優しく、そっと髪止めをつけてあげた。

セリシアはゆっくり目を開けるとクリスに微笑んだ。

「・・・ありがと、クリス」

その微笑に、クリスの心からの笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちとせから連絡が来ない?」

格納庫でカンフーマスターの整備を終えたランファは、ミントとフォルテの連絡に眉をしかめた。

マメなちとせのことだ。忘れた、ということではなさそうだが。

「ええ、4日前から一度も。前は2日に一度は必ず連絡が来たのですが・・・」

「単に忙しいだけじゃないの?ちとせ、『パラディン』なんだし」

「そうですけど・・・少し気になりませんこと?」

「ただでさえ今の情勢はややこしいんだ。だからちとせにもエルシオールに帰ってきてほしいんだけどねぇ・・・」

「でも遠慮するわよね、ちとせは。『パラディン』ならフォルテさんと同じ階級みたいなものだし、あの娘はアタシやミントには命令できなさそう」

ちとせを良く知る三人は声をそろえて笑った。

「でも、何でシヴァ陛下やシャトヤーン様は『パラディン』なんて特別階級を作ったのかしらね?」

「それは・・・」

「?」

返答につまるあたり、ミントはその理由を正確に知っているだろうが、つまるところを見ると、失言だったかもしれない。

「・・・いなくなった、タクトやミルフィー、ヴァニラや裕樹がいつ帰ってきてもいいように、作られたのでしょう」

やはり失言だった。

彼等、―――タクトとミルフィーユは戻ってきたが、―――彼等のために、彼等がいつでも帰ってこれるよう、作った特別階級だが、皮肉にもその彼等は自分たちに銃口を向けたのだ。

殺す気や、明確に敵対する意志はなくても、彼等は圧倒的な力で自分たちを無力化したのだ。

ふと、ランファの目がある人物をとらえる。

その裕樹の親友である、正樹と彩だった。

話しかける彩に対し、正樹は空元気でもなんとか笑顔を作っていた。

「正樹さんも、お辛いでしょうね」

ミントはランファになげかけ、ランファも同意したように頷いた。

「ホント、いつまでも悩んでるなんて・・・バカよね」

正樹が見せた、明らかな空元気の笑顔。

その寂しげな横顔が、ランファの心に焼きついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上のことを報告するぞ。いいか?」

「・・・・・・」

パラディンであるため、司令官室に呼ばれたタクトとミルフィーユだが、レスターの発言に対してまったくの無言だった。正しくは、心、ここにあらず、といったところか。

「・・・おいタクト!聞いているのか?」

「聞いてるよレスター。今現在の戦況報告、今ので充分だよ。・・・というかさ、今の司令官はレスターなんだから自分で判断すればいいじゃないか」

タクトは言ってしまってから軽率だったと後悔した。

「・・・いつになく捻くれてるな」

「・・・ごめん、レスター」

ずっと自分の下で自分を支えてくれた親友は、司令官になった今でも自分を支えてくれようとしている。なのに、自分のことで頭がいっぱいで、そこまで気がまわらなかったのだ。

なのにレスターはたいして気にする様子もなく、振舞ってくれた。

「まあ、気持ちがわからんでもないしな」

そう、レスターしか知らないタクトの正確な過去。それゆえの言葉だった。

「・・・あの、みさき、とかいうパイロットのことだろう?」

「・・・ああ」

この前の戦闘で対峙したラピス・シリスのパイロット、雨宮みさき。その容姿は面影でしかないが、あの炎の厄災に死んでしまったはずの妹、エリス・マイヤーズそのものだった。

「それに、あのペンダント・・・エリスの誕生日に、俺があげたものなんだ・・・」

対峙した時に目についたペンダント。レスターも知っているそれは、タクトが何時間も悩んで買ったものなのだ。

「・・・アイツは、みさきは・・・エリスなんだ」

「・・・だとしても、悩んでもどうしようもないだろ」

厳しい言葉だったが、タクト自身わかっていることなのだ。

「そう、だよな・・・すまない、レスター」

レスターフッ、と笑うと、実質上タクトの私室かしている司令官室を後にした。

残されたのはタクトとミルフィーユだった。

ミルフィーユは優しく微笑みながらタクトの隣へ腰を下ろした。ミルフィーユの重みでソファーが更に深まる。

「大丈夫ですか?タクトさん」

「ミルフィー・・・」

そこでタクトは初めて気づいた。

悩んでいるのは自分だけではない。ミルフィーユもだ。

それは、タクトとエリスが死別してしまうような原因を作ってしまったミルフィーユが罪の意識を持っていることに気づいたからだ。

タクトは自分が情けなく思えた。これでよく夫が務まるな、と。

「大丈夫だよ、ミルフィー。きっと、・・・きっとなんとかしてみせるから」

ミルフィーユに微笑みかける。

ミルフィーユは無理しないで、とそれだけをタクトに伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレリュード軍所属艦、エルシオーネの廊下で、一人の少女が窓から星々を眺めていた。

ショートの髪に小柄な少女、雨宮みさきだった。

星空を見た後、服の中のペンダントを取り出した。

小さい頃の記憶はないがこのペンダントを見ていると、懐かしくて優しい気持ちになってくる。

不意に、あの人の顔が浮かんだ。

自分のことをエリス、と呼んだあの人、タクト・マイヤーズ。

あの人の顔をこれまで写真や映像で見ても何も感じなかったのに、直接会うと―――それが戦闘中であるにもかかわらず―――なんともいえない、懐かしい気持ちになる。

考えを振り払うように顔を振る。と、丁度向かいの通路から強気そうな少年がやってきた。

「おー、何やってんだみさき。こんなところで」

「・・・心斗」

同期にプレリュードに入隊したパイロットの心斗を正面から見据える。

「ううん、何でもないの」

「そうか?・・・今からジグリス基地との合同作戦なんだから早くIGに乗っとけよな。でないと前回の陽動戦闘が無駄になっちまうし」

それだけ言うと、心斗はさっさと立ち去ってしまった。

みさきは笑いながら格納庫への道のりを歩き出した。が、一人になると再び自問してしまう。―――あの人との関係を。

(タクト・マイヤーズ・・・あの人は・・・何?誰?)

あの瞬間の光景が蘇る。

自分を見て驚き、そして思わず駆け寄りたくなるほどの笑顔。

―――記憶の欠片が引っかかった。自分は、前にも同じように見つけてもらったことがある。忘れてしまっている、甘えん坊の頃の自分が。

(あの人は・・・私の、兄、さん・・・?)

だとしたらなんだというのか。

今さらこのプレリュードを抜けるというのか。

そんなことはない。

このプレリュードに入ったのは自分の意志だ、抜けるつもりはない。

けれど、もし、タクト・マイヤーズが自分の兄だというのなら・・・もし、その時の記憶が戻ったら、自分はどうなってしまうのか。

みさきの心に、確かにタクトが宿り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

どうも、言い訳すら言えない数ヶ月ぶりの更新です。

なんというか・・・申し訳ないの一言です・・・・・・

 

さて、懺悔が済んだ所でいかがだったでしょうか。

今回は第三部の初めということで、主要キャラ全員を出してみました。面子はこれ以上増えません。これらの面子で第三部をなんとかしていきたいと思います。

 

えーと、懺悔するためだけのあとがきですし、こんなものでしょうか。

ではでは、次の更新の日まで・・・