第四章「無情の月影」
「進路、403S22に固定しました」
「うーっし、それでいい。クルーも少しのんびりしていいように伝えてくれ」
「了解です」
ヴェインスレイのブリッジで和人は進路指示を終え、大きくのびをしていた。
そこに、報告書を持った春菜が訪れる。
「失礼します、和人さん」
「春菜?なんか用か?」
「あ、整備報告書です。一応、和人さんにもお見せしようと・・・」
「一応ってなんだよ、一応って・・・」
しかし春菜の天使のような晴れやかな笑顔の前に、和人はあまりに無力だった。
敗北感を感じつつ、報告書に目を通していく。何より驚くところは全機、装甲修理率ゼロというところである。
「・・・相変わらずスゲェな・・・」
「資金不足なヴェインスレイ軍には助かります」
「・・・しっかしよ」
「?」
報告書の内容ではなく、報告書そのものをヒラヒラと見つめる。その行為に春菜は首を傾げる。
「べっつに正規軍じゃねーんだから報告書なんていらねーんじゃねーの?」
和人の適当すぎる言葉に、春菜は冷ややかな目で見つめた。
「・・・だから一応なんですよ」
「うぐわっ!!」
和人の心に言葉のトゲを突き刺したまま、春菜は周囲を見渡した。
「・・・裕樹さんたちは?」
「あー、パイロットは全員風呂に入ってる」
「お風呂・・・ですか」
春菜は直感めいた予感を感じていた。
あのメンバーで、果たして何もおきないと言い切れるだろうか。
(・・・心配です)
不安はつのる。
ヴェインスレイは正規軍の戦艦ではないため、レストランめいた食堂や、シャワールームなどおおよそらしくない施設が多数ある。もっとも、エルシオールはその典型的な例である。
今、パイロット5人が入っている風呂も、石造りの露天風呂風に作られていた。
女性陣三人、美奈、ヴァニラ、ちとせはすでに湯船に浸かっていた。
お風呂好きな美奈は、長い赤みの強いピンクの髪をまとめ、のんびり風呂を楽しんでいた。が、じっとこちらを見つめているちとせの視線に気づいた。
「な、何?ちとせ」
「美奈さん・・・胸、大きいですね」
いきなり何を言うかと思えば、と美奈は少しあきれてしまった。
ちとせも長い髪・・・というか3人とも髪は長いので頭の上でまとめている。
「ちとせだって充分に大きいと思うよ?」
「でも・・・美奈さんの胸、形も綺麗だし・・・」
「え、えーっと・・・」
ちとせが(珍しく)しつこくつっかかってくるので、美奈は話題を変えようとした。が、まだちとせは下がらなかった。
「サイズ・・・いくらです?」
「さ、さあ?最近計ってないから・・・」
「ブラのは?」
「・・・イ、E・・・だけど」
ちなみにちとせはDでヴァニラはBである。(作者基準)
さらに、ヴァニラが話題に参加しないのは年齢的に張り合うのが無駄だとわかっているからである。ヴァニラはじっ、と二人のやり取りを冷静に見ていた。
「なんで・・・そんなに大きくなったのですか?」
「う〜ん、昔はそんなに大きくなかったんだけどなぁ・・・」
と、美奈は自分の胸を掴みながら記憶を廻らせる。
「あ、やっぱりアレかな」
「何ですか!?」
この一言がいけなかった。
「やっぱり、揉まれてるからかな」
「ふーん・・・て、えぇ!?」
これにはちとせだけでなく、ヴァニラも顔を真っ赤にして美奈を凝視する。
「も・・・揉まれて・・・る!?」
過去形ではなく、現在形。これの表す意味をヴァニラとちとせはしっかり理解してしまった。
「・・・誰に、ですか?」
「裕樹に決まってるじゃない」
ヴァニラの問いに美奈は恥ずかしがりもせずに即答する。それも、二人の憧れの青年の名を、である。
まぁ、当然といえば当然である。それ以外の人物など想像もできない。
「い、いつ・・・ですか・・・!?」
聞かなければいいのに聞いてしまうちとせ。
美奈も捻ればいいのに、バカ正直に答えてしまうのだった。
「んー、一緒に寝てるし、ま、その時にちょくちょく・・・かな」
もはや完璧といえるラブラブっぷりに、ヴァニラとちとせは大きく後ずさる。
「あれ、逃げられた」
「だ、だって・・・」
「・・・私も、ヴァニラ先輩と同じです」
言葉にせずとも言いたいことは充分伝わっている。
女風呂の空気がなんだか無言に包まれかけた時、男湯の方から話し声が聞こえてきた。
「あ、裕樹だ」
「!?」
「み、美奈さん!!静かにしてください!!」
(・・・ちとせの声の方が充分大きいと思うケド・・・)
とりあえず、美奈はちとせの意見を尊重し、静かにすることにした。
ちなみにこのお風呂、男湯と女湯の敷居は竹と藁で作られたものなので、耳を澄ませば会話はつつぬけなのだ。
「おー、すごいな」
「へぇ・・・僕も初めて入るけど・・・すごいね」
裕樹と京介の声だ。三人はますます静かにした。
女性としては男同士の会話が気になるものなのである。逆もまたしかり。
かけ湯をする音が聞こえ、続いて湯船に入る音が聞こえてきた。
「さて・・・これからどう動くかな」
「両軍とも、随分混乱させちゃったけど」
「けど、あきらかに・・・」
「・・・これから敵として認識されちゃうだろうね」
女性陣と違い、男性陣の会話は非常に真面目である。
「けど、それでもあの時は行くべきだって思ったんだ・・・」
「誰も裕樹の判断を責めはしないよ。むしろ正しいって思ってる。実際、行かないとエルシオールはどうなってたかわからないし」
「ああ、そうだよな・・・。俺たちは、その時その時に正しいと思ったことを決めるしかないからな・・・」
「・・・ところでさ」
「ん?」
京介の顔が急にニヤッとしたので、裕樹は嫌な予感がした。
「裕樹さ、美奈とはどうなの?」
女性風呂にて、三人は大きく身を乗り出す。
「どうって・・・別に、変わってないさ」
「・・・進展してないの?」
「これ以上、進展しようがないから変わらねーの」
「うわぁ・・・すごいね」
「わっはっは。・・・てかさ、京介はどうなんだよ。そういう話はないのか?」
「え、僕?―――僕は、そういう話はないよ」
「なんでだよ?京介、かなりモテると思ってるんだけど」
「僕は・・・そういう機会がないし、ね」
一方女湯では・・・
(なんていうか、裕樹さんと美奈さんって憎たらしいくらい・・・)
(相思相愛、ですね)
(あ、あはは・・・)
美奈は思わず苦笑する。ただし、決して困っているのではなく、喜びを懸命に抑えようとしているためである。
(それにしても・・・京介さんって格好いいのにそういう話、聞きませんね)
(・・・京介さんの、自由と思います)
(そうだね〜、京介ってそういうことに関しては随分ニブチンだからね)
その後、裕樹と京介は湯船からあがった。
「裕樹、背中流すよ」
「お、サンキュ」
やがてタオルの布が人の肌をこする音が聞こえてくる。
「裕樹、やっぱり体つきがいいよ。なんていうか、筋肉のバランスが」
「京介だって悪くないだろ。細身の筋肉質っていい感じって言うし」
この二人の会話に、女性陣の心拍数が一気に跳ね上がった。
やがて耐え切れず、美奈が行動に移った。
(み、美奈さん!?何をするつもりですか!?)
(え、いや、それだけ体つきいいなら覗いちゃおっかなーと)
(本当に・・・覗くつもりですか・・・?)
(うん、ヴァニラも覗く?)
なんとヴァニラは顔を真っ赤にしながら美奈についていってしまった。いくら兄妹のようになったからといって、そこまでいくものなのだろうか。
(ちょっ・・・ヴァニラ先輩!?―――美奈さん!!いつも見てるのでしたら別に・・・)
(え〜、でもベッドで見るのとは色気が違うと思うし・・・)
(そこは答えないでくださいっ!!!)
(・・・で、ちとせはどうするの?)
(う・・・)
結局、ちとせも従ってしまうのだった。
無論、ちとせにだって見てみたいという願望が無いわけではないのだ。
(ん、しょ・・・よいしょっと)
やがて煙の向こう側に見えてきたものは・・・・・・引き締まった体つきに、バランスのいい体格、筋肉と、ある意味男性にとっての理想的なボディを持つ、裕樹がいた。
風呂の中なので、しっぽ頭をほどいているため髪がバラついており、いつもとは違う印象の裕樹だった。なので、見慣れぬヴァニラとちとせは一気に心拍数が加速した。
「ところで、裕樹」
「ん?」
「裕樹は・・・なんで白き月の聖母、シャトヤーンが黒幕だって気づいたの?」
「黒幕っていうか・・・うーん・・・」
「やっぱり、その、聖刻の力?」
「いや、それだけじゃないんだ。なんていうか・・・名前に――――――」
直後、もはやお約束といえばお約束だが、敷居は3人の重さに耐えられず、メキメキと音を立てて男湯に倒れていった。
「わ、わわわわ〜!!!」
「ッ!!」
「きゃあっ!!」
「な、何だあ!?」
バターン、と大きな音を立てて倒れてきた敷居を見て、裕樹と京介はしばし呆然とした。
やがて、ようやく美奈、ヴァニラ、ちとせは起き上がった。
「いたたた・・・二人とも大丈夫?」
「問題、ありません・・・」
「な、なんとかです・・・―――・・・!?」
直後、5人は決して出会ってはいけない場所で出会ってしまった。
裕樹、京介は鼻血を抑えるのに全気力を使用し続けた。
同時に、裕樹と京介は数秒後の死を直感した。
ああ、本当なら願ってもない状況、もとい、チャンスなのにじっくり堪能することも許されないのか。
で、凍っていた時間がようやく再生し始めた。
「き・・・・・・」
最も早く我に返ったのはヴァニラだった。
「きゃあああああぁぁぁっっっ!!!!」
「いやああああぁぁぁっっっ!!!!」
「み、見ないでくださいぃぃぃぃっっっ!!!!」
立て続けに美奈、ちとせも絶叫をあげ、一体どこにこれだけの量があるのあろうと思わずつっこみたくなるほどの怒涛の桶や風呂椅子などが飛んできた。
裕樹と京介はその持ち前の運動神経で全ての理不尽な攻撃を避けまくった。が、
「ナ、ナノマシン!!」
直後、ヴァニラが作りだした男風呂全てを埋め尽くすほどの巨大な“ビンタ”に、裕樹と京介は戦慄につつまれる。
「ちょっ・・・ヴァニラ!?」
「なんで僕がこんな・・・!?」
そして、二人は容赦なく文字通り、風呂床にめり込まれた。
「ご、ごめんね・・・?」
「・・・ごめんなさい」
「す、すいませんでした・・・」
風呂から出てきた裕樹と京介に対し、美奈、ヴァニラ、ちとせは素直に謝った。
「・・・なあ京介」
「・・・何?」
「俺たち・・・普通に風呂に入ってただけだよな?」
「それだけ、だったんだけど・・・ね」
二人とも顔面に所々に傷をつくり、ぼやいていた。
「あ、あの・・・傷を治しますから、じっとしていてください」
そう言うとヴァニラは二人に向けてナノマシンを差し向ける。
目の前が緑色の光に包まれたかと思うと、傷は全て完治し、痛みも残らなかった。
「うわ・・・やっぱりすごいね、ヴァニラのナノマシンって」
「ああ、ありがとな、ヴァニラ」
言いながら頭を撫でてあげる。
今度は恥ずかしがらず、おずおずといった感じで尋ねてくる。
「あの・・・怒って、ないんですか?」
「ああ、もう傷も治してもらったし、それに・・・」
ヴァニラを撫でながら、美奈に向き直る。
「どーせ主犯は美奈だろ」
「あうぅぅぅ〜何でわかるの?」
「・・・普通に考えればヴァニラもちとせもそんなことしないだろ」
裕樹はあきれながら、美奈をつれて通路の隅に寄せる。ようは、他の人に会話を聞かれないようにするために。
半ば強引に連れてこられ、美奈は少しだけ焦る。
「わ、わ、―――裕樹、もしかして・・・怒ってる?」
「・・・怒ってないよ。―――その、2年も美奈を一人っきりにさせたんだから、なんていうか、その・・・」
裕樹が何を伝えたいのか、美奈は即座に理解した。
―――怒ってなんかいない。今まで、ずっと一人っきりにさせてきたのだから、何をしたって怒れるわけがない。
普通に考えれば自虐的な考えにも聞こえる。
けれど、今の美奈には笑うしかなかった。
「裕樹、それって・・・今までとあんまり変わってないよ?」
そう、何をしたって怒れるわけがない、というより裕樹がこういうことで美奈に怒ったことが一度もないのだ。
「・・・そうだっけ?」
「そうなのっ!」
美奈の元気で明るい笑顔。
それを見て、裕樹も自然と笑顔になった。
「おまたせ」
裕樹と美奈の密談が終わり、3人の所へ戻る。
5人は自然と、ブリッジへ歩を進めていった。
「・・・ところで裕樹。さっきのシャトヤーンの話だけど」
歩きながら自然と京介は話出したが、ヴァニラとちとせは少しだけ居心地の悪さを感じた。
「あ、ごめん二人とも」
「辛かったら話さないけど?」
無理もない。自分や美奈、京介はリ・ガウスの人間だからいいが、ヴァニラとちとせは前までエンジェル隊でシャトヤーンを敬愛していたのだ。あまりそういう話をするべきではなかった。
「いえ、構いません。そういう話は、私たちもちゃんと聞かないといけませんから」
「・・・気になさらず、続けてください」
二人の顔を見たが、無理をしているようには見えなかった。
裕樹は二人の言うとおり、話出した。
「さっき京介には話したけどな、名前が引っかかったんだ」
「名前・・・はぁ」
「・・・ヴァニラとちとせに聞きたいんだけど、いいか?」
「はい」
「構いません」
「―――シャトヤーンってのは、白き月の聖母を表す名前であって、本名じゃないんだろ?」
「はい、そうですけど・・・」
「じゃあ、シャトヤーンの本名って・・・知ってる?」
「・・・いえ」
重苦しい表情でヴァニラが答える。
本能的に、確信に迫るのに恐怖感を感じているのだろうか。
「そこだよ。―――多分、誰もシャトヤーンの本名を知らないんだ。黒き月の管理者には、“ノア”っていう本名があるのに、だ。・・・おかしいと思わないか?」
「そう、言われると・・・」
「それと・・・前に白き月で紋章機のことを調べさせてもらった時のことだけど、ちとせ、憶えてる?」
「はい。私が見張りをした時のことですね」(第一部 第六章参照)
「あの時に、過去の経歴を調べたんだけど・・・・・・これはヴァニラじゃないと知らないかな。エオニア戦役の時の話だけど」
確かにそれならばちとせには無理だろう。何せ、彼女がエンジェル隊に入隊したのはエオニア戦役が終わってからなのだから。
「はい・・・なんですか?」
「紋章機に初めて光の翼が出現した時・・・A・R・K―――“アーク”と呼ばれるシステムが発動したって調べたんだけど?」
「はい、そうです。・・・初めて光の翼が現れた時・・・そのシステムが発動し、人工脳が『アーク開封』と言いました」
「“アーク”・・・?人物名じゃないし、固有名詞でもないよね?」
首を傾げる美奈に、全員がつられる。
ただ一人、裕樹だけは考えが確信に繋がっていったようだ。
「裕樹?わかったのなら考えを聞かせてくれない?」
「僕も聞きたいな」
「私もです」
「・・・私も」
「待った、待った。俺だってまだ確証できたわけじゃないんだ。―――それを確認するために、今から情報収集するんだから」
4人とも素直に納得はしてくれなかったが、とりあえず頷いてくれたようだ。
(・・・でも、もしかしたら、シャトヤーンの本名は・・・)
「何なんですか!アイツ等は!!」
格納庫内にあるブリッジの室内にエクスの声が響いた。
裕樹たちの介入によって、エルシオール、プレリュードは壊滅的な打撃を受け、撤退するしかなかった。
これは両軍にとってあまりに屈辱的な事だった。わずか5機を相手に、手も足も出なかったからである。
よって、エルシオールは今は白き月に帰還している途中である。
「あれがあの伝説のラストクルセイダー?なんなんですか!!」
エクスの叫びに、タクト、ミルフィーユ、正樹、彩を除くレスターとエンジェル隊は黙り込む。やはり、前大戦のメンバーはあのパイロットを知っているようだ。
「落ち着けよエクス。・・・クールダラス司令、姉ちゃん、知ってるなら教えてくれよ。それくらいの権利はあるはずだろ?」
クリスの正等論に誰も反論できず、レスターはやむなく手元のパネルを操作していく。
「・・・前もって言っておくが、今から見せるデータは表向きでは失われたデータだ。聞く以上、黙認しろ。いいな?」
エクス、ティア、クリス、セリシアは無言で頷く。
レスターは頭を整理しつつ、全員の中心にデータを表示させる。
「・・・あのラストクルセイダーのパイロットの名は、朝倉裕樹という。彼は・・・」
「な・・・!?」
表示された顔と名を聞いた途端、エクスは驚愕した。
「どうした、ソレーバー少尉」
「い、いえ、何でも・・・」
(この人・・・前に不時着した俺を助けてくれた人じゃないか!ど、どうして!?)
そのエクスをじっと見つめていたのはミントだった。
エクスは、驚いているものの、密かに会ったことがあるという事実を喋ろうとは思っていないようだった。
(以外と冷静・・・なのでしょうか?まぁ、私がどうするかはエクスさん次第ですけど)
確かにこの状況で以前に助けられたことを話しては、みんなを混乱させるだけである。
だからミントも約束を守っているのだ。
彼がこのことを話そうとしない限り、決して自分も他人に話したりしないと。
「続けるぞ。彼は前大戦初期にエルシオールを助けて以来、最後まで協力してくれた人物だ。彼がいなければ前大戦は終結していなかっただろう。また、彼は7年前のリ・ガウス内での解放戦争で『白き翼』と呼ばれていた。大戦中も、機体をウイングバスター、ゼロバスター、ラストクルセイダー、と乗り換えている」
「そんな凄い人・・・どうして私たちと敵対しちゃったのかな?」
ティアの素朴な疑問に、レスターの表情が険しくなる。
そのレスターに変わって、フォルテが前に出た。
「敵になったわけじゃないよ。単に、選んだ道がアタシ等とは違うだけさね」
「そ、それだけで・・・!?」
「じゃあ聞くけどねクリス。軍属じゃなくて、それでも戦ってまで何かを成そうとすることを、“それだけ”で済ますつもりかい?」
「そ、それは・・・」
フォルテの正しすぎる言葉に、クリスは言葉を失う。
そんな弟を助けに、ランファが歩み寄る。
「・・・私たちだって、どうしていいのかわかんないのよ」
「姉ちゃん?」
「裕樹たちは・・・確かにあの巨大兵器を破壊してくれて、エルシオールを救ってくれた。―――けれど、彼等は私たちにも攻撃をしかけてきた。・・・理由も示さずにね。これがどういう意味だかわかる?」
「・・・?」
クリスたち4人はそろって首を傾げた。
そんな彼等を見つつ、軽くため息をついてレスターが続けた。
「彼等の存在は完全に中立、ということだ。基本的に警戒する必要があるが、完全に敵対しているわけではない。いつか、話をする機会があればいいが・・・」
考えを捻らせるレスターたちをよそに、エクスも自問する。
先ほどから感じていたことだが、レスターたちは彼等を信用しすぎている気がする。かといって自分も助けられたこともあり、何も知らない人よりは信用してしまっている。
エクスも、一度話をしてみたかった。
それほどまでにみんなから信用されている、隠された大戦の英雄、朝倉裕樹に。
一方、格納庫の片隅でタクトは一人、苦悩していた。
(裕樹・・・どういうつもりなんだ?)
あの時、戦場でなげかけてきた裕樹の言葉。その言葉が、タクトの頭の中で何度も繰り返されていた。
――――――敵になんて、なるつもりはないんだ・・・!!
――――――だけど!味方になるわけにはいかないんだ!!
(どういうことなんだ・・・?)
裕樹は自分たち、シヴァやシャトヤーンの味方、つまりは彼女等と同じ道を歩むことが違うとでもいいたいのだろうか。
いや、そんなことはない。彼女たちの言うことに間違いなどあり得ない。
では何だというのか。少なくとも自分が軍に服役したのはシヴァやシャトヤーンの言う事が正しいと思っただけではない。純粋に、守りたかったのだ。ミルフィーユを含み、レスターやエルシオールのみんなを。だからこそ、もう一度戦いの中に身を置いたのだ。
それが、間違いだというのだろうか?
(守るために戦うことが・・・間違いなのか・・・?)
そうは思わない。
何かを守るために、今あるべき力を使う。この行為が間違っているとはとてもじゃないが、思えない。
(裕樹は、何をしようとしているんだ?)
とにかく、直接話がしたかった。そのためにも、なんとかして連絡手段を見つけなければ。
そこまで考えると、角からミルフィーユがひょこっと出てきた。
「タクトさん、どうしたんです?」
愛らしい声。その声が自分だけに向けられていると思うと、悩みなど全て吹き飛んでしまいそうだ。
「いや、別に・・・。―――ところで、ラッキースターは?」
「しばらくは、出撃できませんね。ちとせに・・・コテンパンにされちゃいましたから」
無理している笑顔が辛い。ミルフィーユには、いつだって笑顔でいて欲しいのに。
「・・・そっか」
タクトのウイングバスター・パラディンも、裕樹のラストクルセイダーに壊滅的な打撃を受け、修復にも時間がかかるとされている。
(ちとせ・・・ちとせも、どうして?)
あの巨大兵器をたった一撃で沈めるその腕前は、まさにちとせならではの芸当だ。と、不意にミルフィーユが顔を近づけてきた。
「タクトさん」
「な、なに?」
「また一人で考えてません?」
「・・・なんでわかったんだ?」
「そんなの、顔を見ればわかりますよ」
どうも結婚してからミルフィーユは自分に対して鋭くなった気がする。これが夫婦というものなのだろうか。
「い、一応、その・・・タクトさんのお嫁さん、ですから・・・」
恥ずかしながら言うミルフィーユは果てしなく可愛い。結婚して一年は経つが、今だに結婚当時の初々しさを残しているのは、タクトも嬉しかった。
「だ、だから!・・・その、一人で悩まずに、何でも話して欲しいです・・・」
俯き加減になるミルフィーユの肩を抱き寄せる。腕の中の彼女はますます顔を赤面させた。
「ありがと、ミルフィー。・・・単に、裕樹と話をしたいって思っただけなんだ。
「裕樹さんと?」
「うん。一度、じっくりと話したい。何で、こんなことになってしまったのかを」
「そうですね。私も美奈さん・・・姉さんと話たいです」
切実に、二人はそう思った。
かけがえのない仲間だから。
大切な、本当の肉親だから。
だからきっと、話し合えば、なんとかなると。
―――――――――そう、思っていた。
タクトたちの反対側のデッキでは、正樹が一人、グランディウスの整備を行っていた。先ほどまで一緒に整備をしていた彩は、クレータに呼ばれ、別の整備を手伝っているようだった。
実際、被害を受けた中で、一番マシだったのがグランディウスだった。対艦刀を切断されただけなのだから。
が、整備をしていても頭に浮かぶのは裕樹のことばかりだった。
(・・・裕樹)
どうしてまた、自分たちは対立の立場になってしまうのだろう。いつだって、一緒の道を歩むと思っていたのに。
そこまで考えて、目の前に人の気配に気づいた。ふわりとした金髪のロングヘアー、こんな髪をしているのはエルシオール内でもただ一人、ランファしかいなかった。
「ランファ・・・?」
呼びかけるが返事はない。というか、なんでか顔がそっぽを向いているのはいかに?
「どした、なんか用か?」
「べ、別に!用があるわけじゃないわよっっ」
(だったら何しに来たんだ?)
と、口にはせず、正樹は整備を続行した。
が、ランファは今だ立ち去る気配を見せず、じっとこちらを見ていた。振り返らなくても、気配でわかる。
「・・・な、なんていうか・・・元気、出しなさいよ」
突然の言葉に、それが先ほどの会話の続きだと気づくのに、数秒はかかった。
正直、驚きながら振り返る。
「なんだよ、突然」
「だ、だって・・・アンタ、裕樹と戦ってから随分沈んでる感じだし・・・」
からかってやろうと思っていたが、ランファの真剣な姿勢にそんな気が霧散する。
薄々、正樹は気づいていた。
ランファは見た目以上に強くなく、どこか心が脆いところがある。―――思わず、守ってあげたくなるほどに。
だからだろう。ランファは、自分の心が不安なのを敏感に感じ取って、無理をしてまで励ましてくれたのだ。
「・・・そうか。―――ありがとな、ランファ」
「えっ・・・」
だからこそ、素直にお礼を述べる。
実際、ランファが来てくれなければずっと引きずっていた。彼女のおかげで、少しだが気持ちを入れ替えられたのだから。
「な、なによ。今日は随分素直なのね」
「まぁな。・・・実際、さっきまで沈んでたし・・・ランファのおかげだ」
「う・・・」
ランファは、自分で自分の顔が赤面しているのがわかるくらい、顔が真っ赤になった。
いつもなら真っ先に正樹にからかわれているのに、今日はそんなことがない。
それに、なんていうか、正樹の優しい笑顔が・・・頭に焼きついて離れない。
「・・・そうだよな。なんか、気分転換でもしねぇと」
正樹がぼんやりと口にした言葉に、ランファはピン、と思いついたように話した。
「なら、白き月に着いたら一緒にトランスバール本星に行かない?クリスとセリシアが行くっていってたから」
「それは別にいいけどよ・・・、・・・なんていうか、クリスたちの邪魔にならねぇか?」
「大丈夫よ!むしろ二人じゃ恥ずかしいから誰か一緒に・・・って言ってたから」
「・・・初々しいな。―――ま、ならいいか。たまにはランファの買い物にでも付き合うか」
「そういうコト!!たっぷり荷物持ちしてもらうから覚悟しときなさい!」
「うへぇ・・・」
正樹は苦笑しながらも、どこか笑顔になりながら整備に戻った。
ランファは、しばらく正樹を見つめてからタッと駆け出した。
顔が、熱い。もの凄く火照ってるのがわかる。
もの凄く自然に、正樹と出かける約束をしてしまった。
どうしよう。どこに行けばいいんだろう?
ああでも、クリスたちもいるんだから向こうに合わせないといけないし、困ったな。
(おめかし・・・するのは変に気を入れてるみたいでヘンよね・・・)
困っているのに、ランファは体の中から溢れてくる喜びを抑えることが出来なかった。
ヴェインスレイ艦内ブリッジでは、裕樹、美奈、京介、ヴァニラ、ちとせ、春菜、和人の7人が集まり、今後の方針を相談していた。
「さて、今後のことだけど・・・トランスバールに潜入しようと思う」
「戦闘に介入しちゃったから、随分やりにくくなったけどね」
美奈の言葉にふと、和人が思いついたようにちとせに尋ねた。
「そういやさ、ちとせの『パラディン』の階級ってどうなったんだ?」
「恐らく・・・剥奪されていると思います。いかにシヴァ陛下やシャトヤーン様といえど、仲間を攻撃した者を軍が許すとは思えないですし、きっと抑えられないと思います」
落ち込んでいるようには見えないが、ちとせの目頭がどことなく今の心境を表しているように見えて、裕樹たちは軽い罪悪感に包まれた。
「ごめんちとせ。せっかくの地位をみすみす捨てるようなことになって・・・」
「いいんですよ京介さん。私は、『パラディン』の地位よりも大切なもののために、ここにいるんですから」
そのまま、ちとせは裕樹と京介に笑いかける。
彼女の笑顔と迷いのない言葉に、少なからず救われた気持ちになった。
「・・・じゃあメンバーを発表するぞ。まず白き月だけど、これは本当に潜入する必要がある。更に顔を知られていない人物が適任となると・・・京介、和人のどちらかだけど・・・」
「なら僕が行くよ。一人の方が動きやすいし、和人は艦長だしね」
「わりぃな京介。いざって時のためにゼロバスターは持っていけよ」
「え・・・?どうやって持っていけと?」
真顔で京介が答える。なんというか、どことなく抜けていたりするのだ。この京介という人物は。
「そらー輸送品のゴミに紛れて持っていくとして・・・・・・―――ヴァニラ、ちとせ、白き月で物資がごちゃごちゃしててあまり調べられにくい倉庫ってなかった?」
裕樹の発言はともかくとして、果たしてあの白き月にそんな場所があるのだろうか。
「・・・ちとせさん、確か7番格納庫の第31番倉庫が・・・」
「ですね。別名、『ゴミ捨て場』の倉庫ですから。裕樹さん、そこなら・・・」
「・・・白き月にも、そんな所があるんですね・・・」
春菜の率直な言葉に、ヴァニラとちとせはどことなく気まずくなる。更に裕樹と美奈がしっかりと追い討ちをしかけた。
「なんていうか・・・大都会の下水道?」
「豪邸パーティーの裏方っていうほうがしっくりこない?」
「お前等・・・フツーに美しいものにはトゲがあるって言えねーのかい」
「なんか、白き月がボロクソに言われてますけど・・・」
一番かわいそうなのがヴァニラとちとせで、こういう時どのような表情をとればいいか分からず、ひたすら困り果てていた。
「裕樹、そろそろ話を戻さない?」
「む・・・そだな」
「うん」
この会話を聞いていたブリッジのクルーは全員が思った。―――なんてベストなリーダーとサブリーダーだろう、と。
「次にトランスバール本星だけど、人も多いし俺と美奈と春菜で行こうと思う。人が多い、といってもヴァニラとちとせは俺たちより有名だからな」
ヴァニラとちとせは了承の意味で頷いた矢先、春菜がおずおずと手を上げた。
「あのぅ・・・いいですか、裕樹さん」
「春菜?どうした?」
「私、ヴェインスレイに残りたいんですけど・・・」
「春菜どうして?春菜が居てくれると随分助かると思うんだけど・・・」
美奈が疑問だらけの顔で問いかけてくるが、春菜はちゃんと理由を話した。
「今は・・・機体開発の方を優先したいからです。それに、3人も必要ないと思いますし、何より」
「・・・?」
春菜がちらりと、裕樹と美奈を見る。
「お二人のお邪魔をするのも野暮ですし」
「・・・そんなつもりはないんだけどな」
「そこまで言うなら裕樹と楽しんでくるねっ」
言いながら美奈は裕樹の腕に抱きついた。
(すげー・・・誰も否定しねー・・・)
和人が思うのも無理はない。
というか、裕樹自身否定しないので美奈と楽しむつもりなのだろうか・・・
「わかった、じゃあ春菜は残ってくれ。・・・明日にはトランスバール本星の領土に入るから、それまでに準備を頼む」
「はーい」
「わかった」
美奈と京介の返事後、裕樹は他のメンバーに向き直る。
「それと・・・春菜、ヴァニラ、ちとせ、和人」
「・・・?なんでしょう、裕樹さん」
ちとせが代表で答えた。
「・・・しばらく・・・留守番、頼むな」
この艦がみんなの家なのだという、裕樹の気持ち。その思いに気づいてか、全員が笑顔を返してくれた。
「はい、どーんと任せてください!」
「気をつけて、ください」
「無事をお祈りします!」
「早めに帰ってこいよー」
それ以上の言葉が必要ないくらい、ブリッジが笑いに包まれた。
「そうだ、京介。忘れるところだった」
ブリッジを出たところで、裕樹は京介を呼び止めた。
「何、裕樹」
少し躊躇してから、真っ直ぐに京介を見る。
「―――春菜が特製のハッキング用プログラムディスクを作ってくれたから、多分白き月のメインコンピューターを使えるだろ?」
「うん、そうだけど」
「そこで・・・出来るならシャトヤーンの本名を調べてくれないか?」
「白き月の聖母の・・・本名?」
「ああ。後、白き月と黒き月が作られた時の歴史背景のデータがあるならそれも。最後に、紋章機のA・R・K―――“アークシステム”についてもう一度じっくり調べて欲しいんだ」
その内容が、これ以上ないくらい重要なものなのだと、裕樹の顔を見ればすぐに理解できる。
「それが・・・?」
「・・・直接的には無理かもしれないけど・・・シャトヤーンの正体と真なる目的を暴けるかもしれないんだ」
「・・・・・・」
確信にせまる事実に、美奈も思わず押し黙る。
しかし、疑問にも思う。
果たして、今裕樹が言ったことで、本当に真実を見つけられるのだろうか・・・?
が、考えるのをやめる。
裕樹がそう言っているんだ。彼を、信じよう。
「けど、京介。無理しないでいいから」
「無理してでも調べてくるから。そのつもりで」
面食らったような顔になる裕樹。思わず、美奈が笑いだした。
「アハハ・・・二人ともおっかし〜」
つられて、裕樹と京介も笑いだした。
自分たちが強い絆で結ばれていることが、垣間見えた気がした。
プレリュード軍、エルシオーネ艦内の格納庫にて。
ヴァナディースにボロボロにされたラピス・シリスをみさきはボーッと眺めていた。
正しくは、心ここにあらず、といったところか。
だが、その心にはいつの間にか指定席にずっといたかのような人物がいた。
タクト・マイヤーズだ。
彼の言葉を拒絶すると、何故か心が痛んだ。
そうするのはやめろ、と言われんばかりに。
何で?
何故?
どうして?
「・・・知りたい、あなたのことを・・・」
あなたが私の兄なら、私は・・・・・・