第七章「散る天使と去る天使」

 

 

 

 

 

 

「よーし、やっと出れたぞ」

ラストクルセイダーがHLVから飛び出て、IGの各部チェックを行っていると、美奈の顔が正面に現れる。

「ね、ね、裕樹。あの辺で戦闘やってるよ?・・・ほとんど終わってるみたいだけど」

「来るのが少し遅かったかな・・・行こう」

二機が戦闘を行っていた宙域に近づくと、唯一戦っていたアルカナム・ラッキースターも動きを停止する。

戦闘を続行する意志もないようで、イネイブル・ハーベスターもゆっくりと近づいてきた。

「裕樹さん、美奈さん・・・大丈夫でしたか?」

「ああ。・・・けどヴァニラ、エスペランサ、もう使えるようになったのか」

「・・・はい。・・・駄目でしたか?」

ヴァニラは勝手にエスペランサを使ったことを気にしているようだが、無用の心配というものだ。そんなの、わざわざ自分に確認しなくてもヴァニラのことは信頼しているのだから。

「いや、ヴァニラなら大丈夫だってわかってるから」

途端、嬉しげに微笑んでくれた。

そして、ようやくアルカナム・ラッキースターと対峙する。

互いの機体の通信コードは知っていたし、高速で動いているわけでもないので、回線を繋ぐのは容易だった。

そして、裕樹は二年ぶりにミルフィーユと対面した。

「・・・裕樹さん」

「久しぶり、ミルフィー。――――――ミルフィー、今回の原因を作ったのは俺たちだけど、戦うつもりなんてないんだ。・・・見逃してくれないか?」

「・・・エルシオールに、戻ってきてくれないんですか?」

「悪いけど、今のトランスバールにはね」

「どうして!?」

直後、ラストクルセイダーの隣にヴァナディースが並んだ。

モニター越しの優しげな美奈の表情に、ミルフィーユの中に言葉にできない感情が膨れ上がってくる。

「ミルフィー・・・」

「美奈・・・・・・姉、さん」

「いいのよ美奈で。もう、昔のことだしね」

明るく笑い、張り詰めそうな緊張の糸をほぐしてくれる。

姉妹だけど、姉妹ではない。世界でたった一人の血縁の家族。けれど、それは互いのためにその絆を捨てている。

けれど、後悔はない。

こうして対面しても、そういう気持ちはないと言い切れる。(第一部29章参照)

「あのね、ミルフィー。私たちは、私たちの想いと意志で戦いを終わらせたいの。・・・トランスバールとは、違う道で」

「違う・・・道?」

「そう。―――ミルフィーも考えてみて。確かに今までトランスバールは正しいことをしてきた。・・・けど、だからっていつでもその全てが正しいとは限らないから」

「・・・・・・」

黙り込むミルフィーユ。

美奈もわかっているだろうが、これだけの言葉でこちらを信じてくれるとは思えない。けれど、今回はこれでいい。少しで良いから考えてくれれば大きな成果といえるだろう。

停止しているアルカナム・ラッキースターを見ながら引き返そうとした瞬間―――

 

 

――――大量のビームが進路を遮った。

 

 

振り返るとウイングバスター・パラディン、カンフーマスター、ゼファー、グランディウス、バルキサス、ピュアテンダーがやって来ていた。しかも反対方向からはトランスバール軍の第二、第三陣が迫ってきていた。

「くそ、こんな時に!」

直後、ヴァニラが一機でトランスバール軍へと向かう。

「こちらは私が引き受けます。・・・裕樹さんたちは、そのスキに・・・!!」

「わかった!頼むヴァニラ!!」

ヴァニラがこの宙域から離れた直後、全機が一斉に動いた。

 

 

 

全機の射撃によって、無数のビームが入り乱れた。

その中を掻い潜って、美奈のヴァナディースの前に現れたのは、バルキサスとピュアテンダーだった。

と、同時に裕樹一人にウイングバスター・パラディン、グランディウス、ゼファーが集中してしまっているのに気づいた。

(時間をかけてられない・・・速攻で!!)

ホーリィ・シリンダーを一気に解放し、二機に対して無数のビームを浴びせた。

が、バルキサスはピュアテンダーに隣接し、ピュアテンダーから放出された光の帯が二機を包み込み、こちらのビームすべてを弾き返した。

「弾いた!?」

ピュアテンダーの必殺技“ソル・リラクス(月光の鏡盾)”。全ての攻撃を弾き返す問答無用の強固なバリアである。

(裕樹が危ないのに・・・っっ!!)

両肩のミサイルを放つと同時に、ヴァナディースはディバインフェザーを展開。ピュアテンダーに突撃をかけた。

 

 

 

(いつもと・・・違う?どうして?)

迫りくるヴァナディースにセリシアは大きな違和感を感じていた。

今までのヴァナディースは基本的に射撃戦を主体とし、こちらが接近した時のみ近接戦闘を行っていた。なのに、今回はわざわざ向こうから接近戦をしかけてきた。どちらにせよ、接近戦でも強すぎるために先ほどからクリスのバルキサスがビームを連射している。だが相手は惚れ惚れしてしまうかのような鮮やかな動きでビームを回避している。

直後、一気に加速してソル・リラクスの光の帯に対してディバインフェザーを叩き付けてきた。

「っっ!!??―――まだっ!!」

一瞬でソル・リラクスを弾き飛ばされたが、装置をやられたわけではない。即座に展開し直そうとした。

―――だがそれよりも早く、ヴァナディースのライフルがこちらに直撃していた。

「きゃっっ!?」

「セリシア!?」

機関部も貫いていたのか、機体の姿勢を維持出来なくなる。

 

 

 

――――――ヴァナディースはこちらを一瞥した後、ラストクルセイダーの方へ向かっていった。

 

 

 

「ダメージが、想像以上に大きい・・・!!」

セリシアは先ほどからダメージコントロールをしているが、それでも対処できない。何せ発生直前のソル・リラクスの装置を撃ち抜いたのだ。更に運の悪いことに、機体の中枢部分にも被弾ダメージが届いている。さっきから鳴り響いている警告音が嫌な予感を沸々とさせた。

「このままだと・・・爆発・・・!?」

今になってようやく調べついた。

先ほどの被弾によって機体ダメージだけでなく、中枢部分、なおかつリアクターにまでダメージが行き届いている。

急いでリアクターとエンジンを停止させるが、――――――遅かった。

すでに臨界点まで到達していたエンジンとリアクターはもう爆発する寸前にきている。

 

―――脱出しないと。

 

新エンジェル隊は構造上の理由からパイロットスーツを着用しているから、このまま飛び出しても問題ない。

だけど、その後発見される可能性が恐ろしく低くなってしまう。

(どうしよう・・・どうしよう・・・!?)

完全にパニックに陥るセリシアだが、直後の通信の声に救われる。

「セリシア!!」

「ク、クリス!?」

気がつけば、目の前に巨大なIGの姿があった。こちらの様子がおかしいのに気づいて駆けつけてくれたのだろう。

いつも自分を助けにきてくれるクリスへの感謝の気持ちで、思わず涙ぐむ。

「セリシア、どうしたんだ!?何があった!?」

「クリス、どうしよう・・・・・・もうすぐにピュアテンダーが・・・爆発するの!!」

「な・・・!?」

驚く声が聞こえたが、直後、目の前のIGの腹部のコックピットが開く。

「と、ともかくこっちへ!!そのままだとセリシアが・・・!!」

「う、うん!!」

言われるままにベルトを外し、コックピットを開けた。それに合わせて、バルキサスがさらに近づいてくる。

セリシアはクリスの所へ行こうとコックピットを蹴った。

 

 

 

 

 

――――――直後、警告音が轟音に飲み込まれ、ピュアテンダーが無残にも爆発した。

 

 

 

 

 

「きゃあああっっっ!!!???」

セリシアは爆風に押され、どこかに何度も叩きつけられ、そのまま視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・ス、・・・シア!!・・・りとも、・・事なの・・・!?』

頭がグラグラしてすぐに働いてくれなかったが、セリシアはなんとか意識を取り戻す。

そこまできて、自分が背中から抱きしめられていることに気づいた。

「クリ、ス・・・?」

「・・・セリシア・・・」

ぼうっとしたような声が帰ってきたが、ともかく二人とも無事なようだ。

そこまでして、セリシアは慌てて通信回線を開いた。

「ランファさん!!すみません、こちらセリシア、クリス共に無事です」

『そう・・・焦らさないでよ・・・。―――ともかく、二人は一度白き月に戻りなさい。このままだと危険よ!!』

「了解です」

通信回線を切って、今だ抱きしめてくれているクリスに話しかける。

「クリス、聞こえた?一度白き月に戻れって・・・」

話かけたが、返事がない。

「・・・クリス?」

不安になって、振り返りもう一度呼びかける。

声に答えるように、腕に回す力が強くなった。

「どう、したの・・・?」

確かにクリスは無事だ。ちゃんとこちらに答えてくれているのだから。

なのに。

どうしてか、嫌な予感がした。

クリスは、今だ俯いた形でこちらを抱きしめている。

「ねえ、クリス・・・?」

「・・・セリシア・・・」

ようやく返事をしてくれて、思わずほっとした。

 

 

―――――この、瞬間だけは。

 

 

「セリシア・・・大丈夫なのか・・・?」

「―――え?」

「セリシアが、全然見えないから・・・。本当に、大丈夫なんだよな・・・?」

弱々しく話すクリスに、セリシアは慌ててクリスの顔を上げた。

「――――――っっ!!??・・・ク、クリ・・・ス・・・?」

クリスの両目は開いていなかった。

かわりに、痛々しいほどの傷が刻まれ、血が止まらなかった。

「そんな・・・!!クリス、どうして・・・!?」

そこまで考えてハッとなる。

強烈な爆発を受けたのに、自分には傷一つない。

そう、まるで誰かが自分の身代わりになってくれたかのように。

「わたし・・・・・・私の、せい・・・・・・?」

愕然としてクリスを見つめる。

自分が許せないくらいの気持ちなのに、クリスはどうしてか笑っていた。

「・・・・・・よかった」

「え・・・?」

「セリシアの、顔は見えないけど・・・・・・声が、元気だ。―――セリシアが・・・無事で、よかった・・・・・・」

 

 

 

どうして。

どうして、この人は、こんな時まで私のことを心配してくれるのだろう。

私なんかのために、両目を失ってしまうかもしれないのに。

なんで、笑っていられるのだろう。

なんで、笑ってくれているのだろう。

私なんかの、ために・・・・・・

 

 

 

「いや・・・いやぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」

止まっていた何かが、決壊した。

自分が自分でないくらいに、泣き叫ぶ。

「だ、だれか・・・誰か、クリスを・・・!!クリスを助けてぇぇぇぇっっっ!!!!!!」

セリシアの悲痛な泣き声は、クリスの耳にしか入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンフーマスターと対峙していた京介だったが、突如としてカンフーマスターが後退し、進路を変えて飛んでいった。

思わず京介は呆然とした。

一体、なにがあったのだろう。

 

 

――――――直後、6方向から同時にロックオンを受け、反射的に機体を反らせる。

 

 

周囲に展開されているのは“レナティブ・デバイス”。そして、それを持つ紋章機はただ一機。

「イセリアル・・・トリックマスター!?どうして、また!?」

確かヴァニラにフライヤーを全て撃ち落とされていたはずだが、残った武装とスラスターで応戦してきたのだろう。

躊躇わず、京介は機体を加速させ直接通信を繋いだ。

「どうして!?君はもう戦える状態じゃないだろ!?」

「敵に忠告・・・なさるおつもりですか・・・!?」

聞こえてきた声。

間違いなく、ミント・ブラマンシュの声だった。

「やめてくれ!!僕はもう、君とは戦いたくないんだ!!」

「敵の言う言葉を、信じるつもりはありませんわ・・・!!」

「僕は・・・僕は、敵じゃない!!信じてくれ!!」

「・・・っっ」

ほんの少しでも誠意が伝わったのか、話を聞いてくれそうだ。

「・・・確かに、あなたは私個人とは敵ではないと思いますの」

「・・・・・・!!」

「けど・・・・・・私はエンジェル隊であって、あなたはエンジェル隊にとって、敵ですわ・・・っっ!!」

この距離からミサイルを放たれ、思わず後退する。直後、そのミサイルに反応してレナティブ・デバイスは支援射撃を行ってきた。

それらを避けながらライフルを構えなおす。

「どうして・・・!!僕は、何より君個人と戦いたくないんだ!!ミント・ブラマンシュッッ!!」

「今更・・・!!何を言うおつもりですかっっ!!」

今度はアデッシブボムを発射し、同様にその攻撃にレナティブ・デバイスが反応、支援攻撃を行ってくる。

「くそっ!!」

レナティブ・デバイスの攻撃を受けながら、側面に回りこんだデバイスに向けてリニアレールキャノンを放つ。

だが最悪なことに、二つのレールキャノンはデバイスには直撃せずに、その先にいるイセリアル・トリックマスターに直撃してしまった。

「しまった!?」

慌てて京介はイセリアル・トリックマスターに取り付いた。

左右の円型の装甲は千切れ、装甲も大きく削られているがコックピットは問題ない。

だが、中にいる少女は気を失ってしまっている。その額から、血が出ているのに京介は気づいた。よく見れば、相当の衝撃に襲われたのか、全身に傷が見える。

(ぼ・・・僕はまた、この娘を・・・?)

最悪の過去がフラッシュバックされる。

それだけは、それだけは決して繰り返してはならない。

 

 

――――――咄嗟に、ヴァニラが頭に浮かんだ。

――――――どんな傷でも、一瞬で治してくれたヴァニラが。

 

 

「っっ!!」

京介は即決し、プラズマソードでイセリアル・トリックマスターの邪魔な装甲部分やスラスターを切り裂き、両手でなんとか持てるサイズにまで小さくした。

(ヴェインスレイに戻って、ヴァニラに直してもらえば・・・!!)

冷静な判断が出来なくなっている京介は、即座に機体をヴェインスレイに向けて加速させた。

 

 

――――――何があっても、この娘だけは、助けないと・・・!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウイングバスター・パラディン、グランディウス、ゼファーというエース機三機を相手に、ラストクルセイダーは互角以上に渡り合っていた。正しくは、裕樹が攻撃を放棄し、防御、回避に徹しているからである。今まで裕樹は攻撃と回避、防御を同時に行ってきたのだから、唯一つに徹すればタクト、正樹、エクス相手にでも引けを取らない。

「このっ・・・ラストクルセイダーッ!!」

エクスの駆るゼファーがビーム展開型銃剣「オベリスク」を振り下ろすが、ラストクルセイダーはそれをステップで回避。同時にダブルセイバー「セイクリッドティア」で斬り弾く。直後、残りの二機が同時に背後から襲い掛かるが、背中を向けたまま腰部のレールキャノンで二機とも吹き飛ばす。

その初めてできた攻撃のチャンスを逃さず、機体を加速させタクトのウイングバスター・パラディンに迫る。

(タクトと、戦うわけにはいかない・・・。後翼とスラスターを潰せば・・・っっ!!)

直前でウイングバスター・パラディンはビーム・レール砲を向けてきたが、直前で機体を沈ませ、一瞬のうちにスラスター、後翼を切り裂いた。

「ぐっ!?くそっっ!!」

タクトの声が聞こえたが、裕樹はそれ以上に違和感を感じていた。

(なんだ、この感覚・・・?―――何か、嫌な予感がする)

何かはよくわからないが、直感、もしくは聖刻がそう告げている。

今回の戦闘は何かいけない。はやく撤退しなければ。

そのラストクルセイダーの背後にゼファーはオベリスクを突き刺す構えで突撃する。

「でやぁぁぁぁっっ!!!」

このスラストチャージをラストクルセイダーはSCSで一瞬にして弾き、軌道をそらした。直後、その無防備な懐に強烈な膝蹴りを叩き込む。

「なっ!?」

「甘いっ!!」

「!!このっ・・・・!!」

エクスは機体の姿勢をなんとか立て直そうとするが、それより早くダブルセイバーの刃が振り下ろされる。

(!!やられる!?)

だが、その斬撃がギリギリのところで止まる。

遠距離からなんとか機体を動かしてインヴォーカーがビームを乱射しつつ支援に来てくれた。

「ティア!?」

「なっ、この紋章機・・・!?」

「エクス、離れて!!」

主砲を連射するが、軽々とかわし残る武装とスラスターを斬り裂こうとラストクルセイダーがインヴォーカーに迫る。

「きゃ・・・」

「・・・悪いな」

なぎ払う形で振り始めた直後、

「やめろぉぉぉぉっっっ!!!」

ゼファーが「オベリスク」のビームを放ったのだ。ラストクルセイダーをインヴォーカーから遠ざけるために。

裕樹は反射的に機体をずらし、回避する。

 

 

 

――――――だが、振り始めた斬撃は止まらず、その軌道が変わった。

 

 

 

「!しまっ・・・」

 

 

 

――――――ティアの視界が、全てを斬り裂く烈刃で埋まった。

 

 

 

ラストクルセイダーの「セイクリッドティア」は、インヴォーカーの中心を深々と斬り裂いた。

「あ・・・・・・」

直後、動力部分を破壊されたインヴォーカーは無惨にも爆散した。

 

 

 

エクスは、目の前で起こったことが理解出来なかった。

明るい天使の翼がもがれた。全てを炎に包んで。

明るくて、いつでも一緒にいて、軍にまでついてきてくれた、大事な、大切な幼馴染。

許してはいない。

けど、傍にいてくれることを望み、今までずっとそうだった。

失ったモノが理解できなかった。

自分は、何を失ったのだろう?

自分が手に入れた、この機体、力。

この力は何のために?

 

 

――――――許さなかったけど、もう二度と同じことを繰り返したくなかったから。

 

 

けれど、この力は何の役にも立ってくれなかった。

一番肝心な時に、何の意味も持たなかった。

無力感と絶望だけが、エクスを突き抜けた。

あの斬撃は、自分が受けるはずだったのに。

 

 

 

 

 

 

ゼファーとラストクルセイダーは、共に呆然としながら停止していた。

まるで、この二機の間だけ時間が止まったようだ。

「・・・・・・・・・――――――っっ!?」

咄嗟に、エクスの瞳が何かを捉え、機体をインヴォーカーの破片が漂う所まで向かわせる。

エクスは慎重に、けれど必死の願いと希望を込めて、破片をかき分ける。

 

それは、果たして奇跡だったのか。

宇宙空間を漂う、人影。

それはまさしく、ティアに間違いなかった。

「ティアっっっ!!!」

エクスは急いでゼファーの両手で漂うティアを包み、コックピットの中に押し入れた。

「ティア、ティア!!」

必死に呼びかけた。無事でいてくれと願って。

 

 

だけど、抱きしめる少女は段々と冷めていく。

「・・・ティア・・・?」

ティアの体温が下がっていく。

パイロットスーツ越しでもわかる。

「・・・嘘、だろ・・・?」

知識で知っていた。

人は死ぬ時、体温が下がっていくということを。

きっと、それはこういうことをいうのだろう。

ティアは、ただ冷たくなっていった。

もう、その体に暖かさは残っていなかった。

 

 

 

「・・・っっっっぁぁぁぁぁああああああああっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

エクスの瞳の奥で6つの結晶が集束し、光の粒子と共に弾け、解放(リバレート)した。

約束したのに。

ティアと、―――ずっと一緒に―――って約束したのに。

込みあがってくる感情は怒り。

自身に対する、そしてティアを落とした相手に対する、怒り。

もはや相手が自分にとっての命の恩人であっても、関係なかった。

 

全ての武装を解放し、「オベリスク」とプラズマサーベルを構え、ゼファーはラストクルセイダーに突撃した。

「アンタが!アンタがっ!!アンタがぁぁぁっっっ!!!!」

迫りくるゼファーにハッとして、ラストクルセイダーはそのまま大型ティアル・ライフルを構える。

だが、ゼファーは減速しなかった。

ラストクルセイダーのライフルをめざましい速度で回避し、「オベリスク」、ハイパーメガバスター、ヘビーキャノンを一斉射する。そしてそれらを回避した先のラストクルセイダーに「オベリスク」とサーベルを振り下ろし、即座に斬り返して大型ティアル・ライフルを破壊する。

「アンタはっ、アンタだけはっっ!!!」

「くっ!?」

そのままの位置でゼファーは回転し、ダブルセイバーと刃を弾き合わせた瞬間、オベリスクでダブルセイバーごとラストクルセイダーを突き放した。

「・・・っっ!!」

「許さねぇぇっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!いけない!」

完全にゼファーに押されているラストクルセイダーを見て、美奈は機体を向けたが、真上からグランディウスがセイント・ディバインセイバーを振り下ろしてきた。反応が遅れた美奈はエーテル・フィールドを展開しつつ、サーベルで受け止める。

「正樹!?どうして!?」

「・・・なんでだよ」

「え・・・?」

「なんで裕樹は・・・俺の仲間を殺すんだよっっ!?」

正樹の瞳の奥で6つの光が集束し、無数の光の粒子と共に弾け、解放(リバレート)した。

一気にスラスター全開でヴァナディースを押し、そのまま力任せに振りぬいてヴァナディースを吹き飛ばす。

「きゃあぁぁぁっっっ!!!」

「うおおぉぉぉっっっ!!!!」

グランディウスは間髪入れずにエーテル・シリンダーを解放し、対艦刀を構えてなおも突撃した。

 

 

 

 

 

 

「美奈!!」

ヴァナディースがグランディウスに攻め込まれるのを見て、裕樹は思わず機体を向けたが、その先に即座に「オベリスク」を振り溜めたゼファーが絶妙のタイミングで回り込んだ。

強烈に透き通る黄色の瞳の眼光が、ラストクルセイダーを捉えていた。

「逃がすかよっっ!!」

全力で振りぬくが、ギリギリのところで機体を倒れるようにそらし、回避される。驚愕した瞬間には、その体勢のまま蹴り上げられた。

(何なんだ!?接近するだけでまるで相手のテリトリーに入り込むみたいだ・・・!!)

エクスの体と瞳は燃えるように熱いのに、頭の中は極めて冷めていた。おかげで自分が暴走することがない。

体勢を立て直しつつ、再び加速する。

銃剣「オベリスク」のビームを連射しながらの突き上げ、直後の振り下ろしからのなぎ払い。確実な直撃こそしないが確実に押している。

「負けない・・・絶対に負けない!!今度だけはっっ!!!」

「ぐぅっっ!?」

体勢を崩したラストクルセイダーにプラズマサーベルを抜き払い、ダブルセイバーの柄部分を切断。「セイクリッドティア」を破壊する。

「これでぇぇぇぇっっっ!!!」

遂にラストクルセイダーの近接武装を破壊し、トドメの追撃をかけようとしたが、ラストクルセイダーはすでにヴァレスティ・シリンダーを展開しており、ビームレイ、レールキャノンを同時に放ち、ゼファーを一気に突き放した。

「う、うわっっ!?」

 

直後、裕樹は京介から通信がかかっていたのに気づいた。

「京介?どうした?」

「裕樹!!この娘が・・・ミント・ブラマンシュが、危ないんだ!!だからヴァニラにっっ!!」

「ちょっ・・・京介!?」

いきなりまくしたてられ裕樹も即座には理解出来なかった。

「ヴァニラをヴェインスレイに!!早く!!」

けれど、その言葉に秘められた気持ちは充分に理解できる。

「・・・わかった!!」

京介との回線を切り、今度はヴァニラを含む全員に繋げた。

「みんな!どうやらミントが重傷らしい。ヴァニラはすぐにヴェインスレイに戻ってくれ!!」

『・・・わかりました・・・!!』

「よし!ヴァニラを援護しつつ、全力でヴェインスレイに撤退するぞ!!」

「「「了解!!」」」

仲間に伝え、裕樹も機体を返したが、ゼファーがまだビームショットガンで追撃を仕掛けてきた。

「逃げる気か!?アンタは、俺が絶対にっっっ!!!」

「やめろ!お前と戦うつもりなんてないんだ!!」

伝わらないとわかりつつも、裕樹は思わず叫んだ。

だが、そんな勝手な思いがエクスに伝わるはずがなかった。

今のエクスは修羅と化している。ただ、ラストクルセイダーを撃つことだけが、行動原理だ。

けど、それだって裕樹は知らない。

裕樹とエクスは互いのことを何も知らない。だから、どちらも手加減するつもりはない。

更に追撃してくるゼファーにラストクルセイダーは振り返った。

「いい加減にしろぉぉぉっっっ!!!!」

裕樹の瞳の奥で6つの結晶が集束し、無数の光の粒子と共に弾け、解放(リバレート)した。

ゼファーが上段から振り下ろした銃剣を、ヴァレスティセイバーの剣先で受け止めた。

一瞬、エクスは自分が何をされたか理解出来なかった。

振り下ろされる刃を剣先で受け止めるということは、一寸の狂いもない位置合わせ、出力調整、更にタイミングが必要なのだ。ラストクルセイダーは、その全てをたやすく完全に決めたのだ。

「なっ・・・!?」

遅れて反応が出た直後、ラストクルセイダーはもう一本のヴァレスティセイバーを抜くと同時に銃剣を持っていたゼファーの両腕を切断。そのまま流れを殺さずに、受け止めていた右のサーベルで頭部を貫き、直後に機体ごと回転させゼファーの全身を乱れ斬る。

「う、うわっ!?」

「お前と戦ってる場合じゃないんだ・・・!!!」

勢いのまま回し蹴りを放ち、即座に反転。ヴェインスレイへスラスター全開で向かった。

 

 

 

 

 

 

その僅か数分前、美奈と正樹は機体を対角線に飛びあいながら一瞬のうちにせり合い、刃をぶつけあう。

「裕樹のしようとしていることが間違うわけがないってのはわかる!!けど、だからって何してもいいわけじゃねぇだろ!?」

「―――っっ!!」

互いのライフルの火が吹いたが、二機とも斬り防ぎ、同時にホーリィ・シリンダー、エーテル・シリンダーを展開し、無数のビームの嵐を回避しあう。

「・・・正樹の言ってること、それもわかる。・・・けど!」

「!?」

「けど、正樹にはわからないの!?裕樹が、どれだけ苦しんできたのかが!!」

「なっ・・・美奈!?」

「裕樹は・・・裕樹は1000年以上も、気の遠くなるほどの時間を、ずっと一人で関係ない人の罪と罰を背負ってきたのよ!?なのに・・・なんであなたがそれに気づいてあげられないの!?」

「な、何言って・・・!?」

戸惑いながら、両者は互いに均衡する。

「それで、全てを知ってしまったから・・・シャトヤーンを止めたいって思ったから、知らない人から恨まれても、憎まれても仕方ないって・・・。・・・なのに、どうして正樹はわかってあげないのよっっ!!!!!」

「み、美奈・・・どういう・・・!?」

正樹は混乱していた。

ひょっとしたら、自分はまた大切な事情を知らないで戦ってしまっているのか?本当の、世界の真実を知らないまま。

戦う道具なら、それでもいいだろう。

けれど、正樹は人間だった。

「それでもなお、私たちの邪魔をするのなら・・・」

(どうすれば・・・どうすればいい・・・俺は)

 

 

――――――俺は、裕樹の何をわかってやれてるのだろう・・・・・・

 

 

「なら、私が裕樹のために、あなたをっっ!!!」

美奈の瞳の奥で6つの結晶が集束し、無数の光の粒子と共に弾け、解放(リバレート)した。

ヴァナディースは2つのメノスソードを抜き構え、グランディウスに迫る。遅れてグランディウスもディバインソードを構え接近する。

肉薄するギリギリの距離でグランディウスは対艦刀を振り下ろすが、ヴァナディースは流れるような回転で鮮やかに避けつつ、サーベルを交差させ対艦刀を切断、同時にシリンダーを周囲に撒き散らした。

「な・・・」

「・・・・・・っ!」

無防備なグランディウスにヴァナディースはホーリィ・シリンダー、ツイン・オメガライフル、ディバイダーミサイル、マシンキャノンを一気に放ち、グランディウスを完膚なまでに撃ち貫き、コックピットを残して大破させた。

「ぐあああぁぁぁぁっっっっ!!!!????」

美奈は透き通るような赤い瞳をグランディウスに向け、反転して飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・どうして」

ランファと共にクリス、セリシアの乗るバルキサスを搬送しながら、タクトはただ、ポツリと呟いた。

裕樹たちは言った。戦いたくないと。敵対するつもりなんてないと。

けれど、彼等のせいでインヴォーカー、ピュアテンダーが墜とされ、トリックマスターも行方不明になってしまった。

撃ちたくないと言いながら、彼等は自分の仲間を次々と墜としていく。

何故こんなことをするのだろうか。はっきりと行動理由すら言わないまま。

それでもなお、自分はまだ裕樹を信じているのに。

裕樹をまだ仲間と信じている自分が正しいのか間違っているのか。

それすら、タクトにはわからなかった。

「どうして・・・こんなことになるんだよ・・・!!!」

タクトはただ、慙愧した。

誰に対してでもなく、他でもない自分に。

 

 

 

 

 

 

同じくして、エクスは呆然としていた。

透き通るような瞳の輝きは、もう消えている。

(俺・・・・・・何、やってんだろ・・・)

「・・・・・・ティア・・・・・・」

膝の上に横たわる少女の名を呼ぶ。当然、返事は帰って来なかった。

ティアは悲しげな顔で目を閉じている。傷だらけになって。

遅すぎた。

全てが遅すぎた。

もう、ティアを許してあげることも出来なくなったのだろうか・・・?

 

 

 

エクスは、深い絶望に落ちていった。