第八章「いつかの償いを」

 

 

 

 

 

 

意識は無かった。けれど、感覚だけはかすかに残っていた。

あの時、ゼロバスターのレールキャノンが目前に迫った直後、自分が急激に冷たくなった。

何が起こったかはわからなかった。

けれど、冷たくて、寒くて、酷く孤独に思えた。

だけど、しばらくして自分が何か暖かいものに包まれていた。

何だろう、人の温もりのように感じる。

これまで、ブラマンシュの一人娘として、人に包まれた記憶などないのに。

誰かはわからなかった。

けれど、とても安心できて、ミントは身を任せて意識を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ・・・」

意識が徐々に覚醒に促され、ミントは重たい目蓋をゆっくりと開けていった。

視界に入ったのは、見慣れぬ部屋の天井だった。

一瞬天国なのかと考えたが、隣の椅子で座りながら眠っている人物を見て違うのだと判断した。

(・・・あ)

茶色の髪をした、どこか幼い感じのする青年。彼の右手に濡れタオルが握られているところを見ると、彼が看病していてくれたのだろう。

あまりにスヤスヤと寝ているので声をかけにくかったが、現状を確認すべく、おずおずと声をかけてみた。

「あ、あの・・・」

と、パチッと目を開けて驚いたようにこちらに目を向けてきた。

その紺色の瞳があまりに綺麗で、少し心惹かれた。

「あ・・・起きたんだね。―――大丈夫?体、どこも痛くない?」

言われてみると体中がギシギシと痛む。手足もあまり自由には動いてくれない。

そのことを、目の前の彼は即座に読み取ったようだった。

「・・・ごめん、僕の・・・せいで・・・」

「・・・え?」

この声。この喋り方。―――聞き覚えがあった。

「あなたは・・・ゼロバスターのパイロット、ですの?」

肯定の意味で、頷いた。

「・・・僕は、氷川京介。初めまして、かな。ミント、さん」

「そうですの、あなたが・・・」

言われて、ここがどこなのかが理解できた。

「ここ・・・エルシオールなわけありませんわね?」

「うん、ここは僕たちヴェインスレイの艦、“ヴェインスレイ”」

ならば、瀕死の自分を助けてくれたのはヴァニラだろう。彼女のナノマシンなら充分に可能だ。

と、先ほどからの違和感に気づいた。

京介と名乗った彼。彼がなんだかバツが悪そうに、けれどどこか泣きそうな顔をしていたからだ。

「ええっと・・・京介さん、でよろしいですか?―――どうかいたしまして?」

「あ、えっと、その・・・」

言葉に詰まった。

ミントには彼が何をしたいのかがわからなかった。テレパスで覗き込もうとも、彼のリ・ガウスの人間らしく、セフィラムで妨害されている。

「僕・・・僕は・・・」

 

 

直後の彼が、ミントには信じられなかった。

 

 

「・・・君に、謝らなくちゃいけない・・・」

 

 

突然、彼は涙を流したのだから。

 

 

「・・・この傷のことなら仕方ありませんわ。戦った、結果なのですから」

「違う!!―――それもあるけど、違うんだ・・・」

「・・・?」

京介は、その場で膝をつき、頭を下げた。

「君に・・・ごめんって、言わないといけないんだ・・・」

「・・・どうして、ですの?」

言わなければいけない。

自分が、決して忘れてはいけない、“もしかしたら”の罪を。

彼女が、その被害者なのだから。

「僕は・・・一度、君を殺したんだ。・・・前大戦の“ザン・ルゥーウェ戦”で」

「・・・・・・」

ミントは思い出した。

前大戦、未来からやってきたという裕樹に時間を飛ばされた先で、彩から言われたことを。

 

 

――――――本当は、みなさんは死んでしまっていたんです。

――――――けれど、裕樹がそうならなかったように・・・したんです・・・

 

 

あれは、そういう意味だったのだ。

つまり本当は、自分は目の前にいる彼に殺されていたということだ。

「僕が・・・っっ、僕がこの手で、泣いてる君を撃ち抜いた・・・殺したんだ・・・!!」

けど、けれどだ。

「なのに・・・僕はのうのうと生き延びた・・・!!一番許されないことを君にしてしまったのに・・・っっ!!」

だからって、なんで彼が悲しむ必要があるのだろうか。

「だから・・・だから、僕は・・・君に謝らなくちゃ、いけないんだ・・・」

何より、彼の涙が痛かった。

自分の心に、痛かった。

「・・・もう、よろしいですわ」

「・・・え?」

「私は、怒ってませんし、恨んでもいませんわ」

「け、けど僕は・・・!!」

「京介さん・・・あなたが、この私(・・・)に何かなさいましたの?」

「え・・・」

京介は放心したように顔を上げた。

「京介さんがしてしまったことは・・・別の私であって、この私ではないのでしょう?」

そう、それは紛れもない事実。

今のこのミントを、京介が殺したわけではないのだ。

「けど、僕が君を殺してしまったことに、変わりないんだ・・・!!」

「それも・・・許してさしあげますわ」

ミントは傷む体を我慢してベッドから身を起こす。

そして、優しい目で京介を見つめた。

「例え、別の私をあなたが殺したとしても・・・許してあげますわ」

「どうして!?」

「・・・私とあなたが直接会ったのは、これが初めてですわ。・・・・・・なのに、あなたは悲しんでくださいました。泣いてくださいました。一度も話したことのない、私のために・・・」

「あ・・・・・・」

「知らない誰かのために泣いてくださる方を、それほどまで心がお優しい方を、私は恨めませんわ」

言って、ベッドに置かれた京介の手をそっと握った。

「・・・ありがとうございますわ。話したこともない、私のために泣いてくださって」

「・・・ごめん・・・っっ、ごめん・・・ミント、さん・・・!!」

京介は思わず咽び泣いた。ミントが握ってくれた手を、握り返して。

殺したのに。

決して許されないことをしたのに。

その相手が、“ありがとう”と言ってくれた。

これ以上の贖罪が、果たしてあるのだろうか。

京介が内に秘めてきた罪が、ミント自身の手によって祓われた。

「京介さん・・・」

「・・・っく、うぅ・・・っっ・・・・」

「もう、泣き止んでくださいませ。私が、困りますわ」

「ご、ごめん・・・っっ、ミントさん・・・」

慌てて涙を拭く京介が、なんだか可笑しかった。

と、ミントが不意にあることを思いついた。

「そうですわ。京介さん、一つ、お願いしてもよろしくて?」

「え・・・あ、うん。僕に出来ることならなんでも」

本心から言っているのがテレパスを使わなくてもわかる。

そんな彼が驚くのを垣間見てしまったのか、ミントがクスリと笑った。

「私のことを、“ミント”と呼んでくださいませ」

「・・・えっと・・・それで、いいの?」

肯定の意味で頷いた。

と、そこで京介は初めて笑顔を見せてくれた。

「・・・わかった。これからよろしく、ミント」

その曇りのない、眩しすぎるほどの笑顔。

不意打ちとも言える究極の笑顔に、ミントの頬が一瞬にして赤く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・大丈夫みたいだな」

ミントが寝ていた部屋の前には、実は裕樹と美奈が居たりした。

とは言っても決して聞き耳を立てていたわけではなく、部屋に入ろうとした時、中から会話が聞こえたので様子を窺ったのだ。会話はよく聞き取れなかったが、なんとなく空気でわかる。

「じゃあ京介が言いにくるまで待つか」

呼びかけたが、返事がない。

美奈は、何故か思いつめた顔をしてこちらを見ていた。

「美奈?」

「ね、裕樹・・・ちょっといい?」

「?別にいいけど」

どちらが先に歩き出したかはわからないが、二人は通路を歩き出した。

「ミント・・・大丈夫かな」

「しばらく体を休めれば大丈夫だろ。ヴァニラにも定期的にナノマシンの治療をしてくれって言ってるし」

「そっか・・・」

よほど言い辛いのかなかなか本題を話してくれない。

「美奈」

催促するように名前を呼ぶと、ようやく口を動かし始めた。

「へ、変なことだけど・・・」

「いいって」

「・・・私、この前ふと、“星水”の聖刻からの記憶がよぎったの」

「・・・何の?」

「私、前世の記憶でしか知らないけど・・・天人の統括者、ヴァリア・ピラって青色の髪に水色の瞳だったよね?」

記憶を探って確認してみるが間違いない。裕樹は頷いた。

「それで、ミルフィーの前世の時雨も同じだった?」

「ああ」

「それって・・・なんか、裕樹と似てない?」

もっとも、裕樹は瞳と髪の色が逆だが。

「・・・美奈は、俺が天人(・・)じゃないかって、言いたいのか・・・?」

紡がれた言葉と普段向けられることのない冷たい視線を受けると、禁句だったことに今更ながら気づいた。

そういえば前世の天人との事件は、理由はどうあれ原因は天人にあるのだ。しかし、力を望んだ自分たちも確かにいた。だからこそ、余計にやるせないのだ。

「そういうつもりで言ったんじゃないけど・・・・・・ごめん」

「・・・・・・」

珍しく、裕樹は美奈に対して怒りに近い感情を向けていた。

裕樹にしてみればずっと誰にも話さずに、頑なに秘密にしてきて、それでいて密かに悩んでいたことなのだ。ひょっとしたら、自分は・・・と。

「ん、ごめん。けっこう図星突かれたからさ」

「・・・気にしてたの?」

「まあ、ね。リアも、ジェノスも、俺が普通じゃないって言ってたから」

「・・・・・・」

会話が途絶えてしまう。

ひょっとしたら、裕樹の存在は普通の人以上に意味と理由があるというのだろうか。

「ねえ裕樹・・・裕樹の両親って・・・」

続きが言えなかった。

憶えている?―――と聞けばいいのか。

いたの?―――と聞けばいいのか。

どちらにせよ、確信を問いただしてしまいそうで、美奈には聞くに聞けなかった。

「・・・憶えてるよ。もう1000年前の記憶だけど」

「そう、なんだ」

「ああ。―――俺の両親は、本当に素晴らしい人だった。誰かのために何でも出来て、いつだって名前を知らない人たちを助けることが出来る、そんな人」

「・・・いい、ご両親だったんだね」

美奈の暖かい笑顔に微笑み返して、裕樹は頷いた。

「・・・うん。俺は、そんな父さんと母さんに憧れた。―――いつか、こういう人になりたいって」

「―――もうなれてるよ、裕樹は。胸を張っていいと思う。・・・私が証明してあげるから」

「ありがと、美奈」

美奈の力強い言葉に励まされる。

そう、何があっても美奈と一緒なら大丈夫だ。

お互いが、お互いを支え合っていけるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ・・・ティアは無事なんですね!?」

通路にエクスの声が響き渡る。

「ああ、ノアの話だとティアは一時的な仮死状態になってたんだってさ」

タクトがガラス張りの向こう側を見て、エクスもそれにならう。

向こうは集中治療室で、その中で患者衣を着せられたティアが目を閉じていた。

「よ、よかった・・・てっきり、俺・・・」

「・・・けど、今だ意識が戻らないのも事実だ」

タクトにピシャリと言われ、エクスの顔から笑顔が消える。

「ノアも言ってたけど、数日ぐらいで目を覚ますことはないらしい」

「・・・そう、ですか」

落胆するが、それでもエクスの顔には安堵の色が絶えなかった。

無理もない。それだけ大事だと気づかされた存在なのだ。

彼が絶望の淵から出てこれただけ、良かったと思う。

だからこそ、聞いておかなければならない。

「それで・・・エクス、君はどうするんだい?」

「え・・・タクトさん、それはどういう・・・」

「君が望むなら、ここで、エルシオールを降りてもらっても構わない」

「――――」

「えっと勘違いしないで欲しいのは、君に戦力外通告してるわけじゃない。ティアが心配なら、傍に居てあげてもいいって言ったんだ」

魅力的な誘いだった。

正直、ずっとティアの傍に居たいと思っていた。

今からでも、失った時間を少しでも取り戻せるのなら、と。

けれど、エクスは静かに首を横に振った。

「・・・どうしてか、聞いていいかな?」

「・・・確かに、ティアの傍には居てあげたいですけど、俺が居たって何かが変わるわけじゃないですから。―――それに、今の俺は、立ち止まるわけにはいきません」

強い意志の元の答え。

彼は、守るべき者のために、今持っている力で守ることを決意したのだ。

例え傍に居れなくても、必ずティアを守るのだと。

そのために、今手にしている力を野放しにするわけにはいかないのだ。

「・・・わかったよ、エクス。試すようなことを聞いてゴメン」

「い、いえ・・・!!――――――ですけど、その・・・」

「ん?」

「少し、一人にしてもらえませんか?」

「・・・わかった」

タクトは深く頷きながら、その場を立ち去った。

 

 

 

 

 

その場に残ったエクスは一人、ガラス張りの向こうにいるティアを見つめた。

ティアの顔に生気が窺えるが、目を覚ます気配は一向に訪れない。

「・・・なあ、ティア」

その場で、エクスはティアに話しかけた。

ガラス張りの向こうと、遠いけれど、心はずっと共にあると信じて。

「今更だけど、ごめんな。―――俺、行くよ」

ガラスの向こうのティアに、返事はない。

「やっと・・・わかったんだ。守るってことが。力を持って、守るってことが」

直接何かを破壊して守るということではない。

例え、傍にいなくても。

例え、会話を交わすことができなくても。

例え、その手に触れることができなくても。

その人が、いつまでも笑ってくれるなら・・・

――――――それはきっと、君を守れてるって、ことだと思うから――――――

「約束だ、ティア。目を覚ましたら・・・謝ろう。俺は、ティアに。ティアは、俺に。・・・そして、二人で謝ろう。―――子どもの頃の、自分たちに」

それは、子どもだからこそのすれ違い。勘違い。

けれど、子どもにはそれがわからず、ただお互いを傷つけ合った。

それも、きっと許し合えるから。

「目を覚ましたら・・・もう一度、会おうな。・・・幼馴染として、もう一度」

エクスは知らず、泣いていた。

失った時間は戻ってこないけど、その時間を取り戻せるように、笑い合おう。

「だから、待っててくれよ。俺も、待ってるから」

ガラス張りの向こうのティアに、返事はない。

「俺は、ティアが目を覚ますのを待ってるから。・・・だから、ティアは俺が帰ってくるのを待っててくれ。・・・約束だ」

ガラス張りの向こうのティアに、返事はない。

「・・・じゃあ、ティア。・・・・・・行ってきます」

ガラス張りの向こうのティアに、返事はない。

「・・・・・・約束だからな?ちゃんと、ただいま、って言えよ・・・?」

言って、エクスはその場を去った。

ガラス張りの向こうのティアに、返事はない。

けれど、ティアの頬を涙が流れていた。

誰にも気づかれず、ティアは一人、涙を流していた。

他でもない、たった一人のエクスのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、アタシはもう行くわね。―――クリス、手術頑張んなさいよ」

「・・・頑張るのは、手術してくれる人だけどね」

いつもどおりの笑顔で、クリスはランファに笑った。

「バァカ。まったくアンタって弟は・・・」

姉の明るい声を聞いていると、こちらまで明るくなれる。

そんな姉に憧れた。

だから、エンジェル隊に入った。

たった一つの才能だった、“心眼”を鍛えに鍛えて。

でも、それも・・・・・・

「・・・姉ちゃん」

「ん、何?」

「―――ありがと、頑張って」

「うん。アンタはしっかり休みなさいよ、クリス」

これで姉弟の会話は終わり。

ランファはいつものランファらしく、そのまま部屋を出ていった。

クリスの理想である、姉であるために。

「・・・・・・」

しばらくしてから、クリスは呼んでみた。

「・・・セリシア、いる?」

「・・・うん、いるよ。ずっと・・・」

返事が返ってきてくれた。

彼女がいてくれるだけで、心が安らいだ。

――――――もう、その姿は見えないけれど。

だが、セリシアにしてはクリスを見るのが辛かった。

クリスの両目に巻かれた包帯が、痛々しく見えてならないのだ。

数日後、クリスは手術を受ける。

両目に人工眼球を移植するという、大手術を。

だが、手術そのものは大掛かりでも、成功すると言われている。だから問題はないかのように思える。が、問題は手術後にあった。

人工眼球では、明らかに視力が落ちるのだ。

パイロットにとって視力とは必要不可欠なもの。それも、クリスがエースと呼ばれる由縁であるのは、彼が“心眼”の持ち主だったから。そんな彼から心眼を奪ってしまえば、何が残るというのだろうか。少なくとも、もうパイロットとして復帰はまず無理だろう。

「・・・はは、情けないよな」

「クリス・・・?」

「セリシアを助けても、俺から目を取ったら、何が残るっていうんだよ・・・」

「・・・・・・」

苦しくて、辛くて、言葉をかけてあげられない。

こんな時、どんな言葉をかけてあげればいいのだろう。

「治っても・・・もう、セリシアと一緒に戦えない。・・・セリシアと一緒に、居られないのにな・・・」

自虐的な言葉を続けるクリス。彼が、ここまで弱みを見せたのは初めてだ。

「はは・・・・・・・・・ちく、しょう・・・・・・ちくしょう・・・」

失った両目から涙も流せず、クリスは嘆いた。

「クリス・・・」

こんなことでどうする。

彼は、いつだって私を助けてくれた。

何があっても、私を助けてくれた。

だから・・・・・・今度は、私が助ける番。

私が、クリスを助ける。

「・・・大丈夫だよクリス。私・・・ずっと、クリスの傍にいるから」

「―――・・・え?」

「約束、したよね?何があっても、ずっと傍にいるって。・・・だから」

「で、でもセリシア!セリシアは無事なんだろ!?」

「私はね。・・・けど、紋章機は無くなっちゃったから。どっちにしろ、エルシオールに居る意味ないから」

「セリシア・・・」

「だから、ね?クリスの傍に、居ていいかな?」

「・・・居て、くれるの?」

震えるように紡いだクリスの言葉に、セリシアはクリスの手を握りながら答えた。

「今まで、ずっとクリスに助けてもらったから、・・・・・・今度は、私がクリスを助ける番」

そして、クリスは俯いた。

両目があったら、今、きっと泣いているのだろう。

「・・・・・・・・」

「・・・クリス?」

直後、セリシアは抱きしめられていた。

強く、何よりも強く。――――――けれど、すがりつくように。

「・・・ほんとは、ほんとは、さ・・・内心、すごい・・・」

「・・・うん」

「・・・怖い・・・怖いんだ・・・っっ!!・・・もう、何も見えなくて・・・目の前がずっと暗闇で・・・っっ」

「・・・うん」

「誰かに、助けて欲しいのに・・・助けて、って言えなくて・・・」

「・・・うん」

「もう、このまま一人なのかって思ったら・・・手術も怖くて・・・何もかもが怖くなって・・・っっ!!」

嗚咽と共に言うクリスの言葉に、セリシアは抱きしめ返しながら、答えてあげた。

「大丈夫だよ、クリス。一人になんて・・・絶対にさせないから」

その辛さは、他でもないセリシアが一番良く知っている。

親から虐待され、誰からも見放され、全ての人が自分を嫌ってると思えた時、クリスの明るさだけが、セリシアにとってたった一つの救いだったから。

「私が・・・ずっと、傍にいるから・・・・・・ね?」

「・・・ごめんな、セリシア・・・。・・・いや、違う・・・」

首を振りながら、クリスは言い直す。

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

自分を支えてくれるセリシアへの、精一杯の感謝の言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・酷い状態ですね」

エルシオール内格納庫で、ゼファーとグランディウスをチェックした彩の一言がこれだった。

「ゼファーはまだ修理できなくもないですが、グランディウスはまず無理ですね。直すより新しいのをもう一度作った方が早いくらいです」

相手がヴァナディースだったので仕方ないといえば仕方ないのだが、もしかしたら正樹は美奈に手心を加えてしまったのでは、と考えてしまう。

レスターはこめかみを押さえ、考えを整理する。

「・・・水瀬としてはどうするのが最良だと思う?」

「正直なところ、ただ直すより改造強化した方がいいかと。ですけど、やはり資金的な問題がありますから、クールダラスさんの許可さえ頂ければ」

頷くのは容易いが、そうなると様々な面で問題が起きてしまう。司令官になった以上、そうやすやすと白き月に負担をかけるわけにはいかないのだ。

「レスター」

振り向いたタクトの目は、あきらかにわかりきった目をしている。

レスターは観念したように許可した。

「ありがとうございます。―――付け加えますけど、人がたくさん居ても作業が早まるわけではないので少し時間がかかりますよ?」

それはレスターも覚悟していた。

修理だけでなく、強化改造するならまず強化プランを作成し、さらに部品、調整、コスト面などを考えていかなければならないのだ。さらにそれをまともに行えるのはエルシオールでは彩しかいない。クレータは紋章機専用なので、IGに関しては手伝い程度のことしかできないのだ。

「わかっている。・・・が、出来る限り早目に頼む」

それでも、レスターはそう言わずにはいられなかった。

ただでさえ、今のエルシオールは戦力が激減したのだから。

ミント、ティア、セリシア、クリス。―――彼らの抜けた穴は大きかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、修理、補給が完了したエルシオールはいつまでも白き月にいるわけにもいかず、出航することになった。

当然、エクスのゼファーと正樹のグランディウスは修理できておらず、運航しながらの修理改造するらしい。

出航する4時間前、エクスはセリシアと会っていた。

「・・・そっか、セリシア、エルシオールを降りるのか」

「うん、紋章機もなくなっちゃったから。・・・それに、クリスの傍に居てあげたいから」

出会ったころのセリシアとは見違えるようだ。

オドオドせず、素直に自分の気持ちを言えるようになっている。それも、そのクリスのおかげなのだろうが。

「・・・なら、一つ頼んでいいかな?」

「・・・ティアちゃんのこと、でしょ?」

「うん。俺は・・・ティアの傍に居てやれないから・・・・・・セリシアが、傍にいてやって欲しいんだ」

「わかった。ちゃんと毎日お見舞いするから」

「・・・ありがとう」

エクスは感謝を述べ、セリシアに頭を下げた。

そんな、らしくないエクスの行動にセリシアは思わず戸惑う。

「・・・・・・セリシア」

と、頭をあげながら、エクスは決意に満ちた瞳でセリシアに告げる。

「俺、俺が・・・セリシアの分まで、仇をうつから」

「エクス・・・・?」

「強くなる。・・・俺は、強くなってやる。あの二機を倒せるくらい・・・ティアとセリシアとクリスを・・・みんなを守れるくらい、強くなるから・・・!!」

ここに、誓う。

同期の4人は自分だけになった。

それでも、自分は止まらない。

去ることになった三人を守るためにも、ただ突き進むと。

「・・・うん、頑張ってエクス。けど、無理はしないでね」

「ああ」

力強く、エクスは頷いた。

ここにいるのは、迷える新米パイロットではない。

守るべきもののために戦う、不屈の戦士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?補充パイロット?」

司令官室にレスターに呼び出されたタクトは素っ頓狂な声をあげた。

「らしい。俺も会ったことはないが、つい先ほどシャトヤーン様とシヴァ陛下、ノアにルフト将軍から連絡があってな」

「ふぅん・・・」

頷きながら、タクトはレスターから補充パイロットのデータを受け取る。

「このタイミングでか?・・・なんか、タイミング良過ぎじゃねぇか」

「シャトヤーン様は、前から素質のあった者を調整させてたらしいが・・・」

と、データを眺めていたタクトが気になる項目を発見する。

「・・・GA9番機“ファウンダー”。初めて白き月が一から製造をして成功した紋章機、ね」

タクトは紋章機の性能よりも、パイロットデータを見てみた。

歳は16。見た目は小柄な少女だ。淡いグリーンの髪と紫の瞳が特徴的な、可愛らしい娘だ。

「・・・なんだ、コレ」

「タクト、どうした」

「いや、このパイロットの二つ名?みたいなのが、さ」

ちなみに、ミルフィーユなら二つ名は“幸運の天使”である。

ただ、そのパイロットの二つ名は少し奇妙だった。どうやらノアが名づけたらしいが・・・

 

 

 

――――――その二つ名は、“心なき天使”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアはノックされ、本を読んでいたミントは振り向いた。

「はい、どちらさまで?」

「・・・失礼します」

「失礼します」

入ってきたのは、ヴァニラとちとせだった。

三人は、思わず少し硬直した。

「・・・ヴァニラさん、ちとせさん。・・・このような形でお会いするとは、思ってもみませんでしたわ」

「お久しぶりです、ミント先輩」

けれど、三人の間に不穏な空気はなかった。

むしろ、純粋に久しぶりの再会を喜んでいるような、そんな空気だった。

 

 

 

「・・・終わりました。今日は、ここまでです」

「ありがとうございますわ、ヴァニラさん」

お礼を言ったが、ヴァニラは椅子から立とうとはせず、ちとせも近くに座ってきた。

逃げるつもりはないらしく、ここで話をするつもりらしい。

だが、話すよりも先に、ミントは二人の言いたいことを理解した。

「・・・お二人の気持ちはよくわかりましたわ」

「あ・・・」

「テレパス・・・」

久しぶりなのか忘れてしまっていた。

腰を入れて話をするつもりだったのに、なんだか唖然としてしまう。

「お二人とも、まだまだですわよ」

「ミントさん、らしいです」

「・・・参りました」

三人はいつのまにか、笑いだしていた。

それが、気まずさを吹き飛ばすミント流のやり方だと理解しつつ。

「それで、ミントさんに裕樹さんから伝言を預かってます」

ちとせはミントの腕の包帯を巻きながら話した。

「えっと・・・『情勢が情勢だけに、すぐにエルシオールに返すわけにはいかないけど、ミントを捕虜として扱うつもりはないから。客人としてこの艦に居てもらっていいから』・・・とのことです」

「・・・まったく、裕樹さんらしいですわね」

つまり裕樹は、あえて自分たちを見張らせているのだ。

自分たちのしていることを見せ、その意志を伝えようとしている。

しかもミントをヴェインスレイに引き込むつもりはサラサラなく、ただその行動を見てくれ、と。そう告げているのだ。

つまり、ミントがヴェインスレイに入るのも、エルシオールに戻るのもミントが決めていいと言っている。

「・・・わかりましたわ。ヴァニラさんやちとせさんがついて行く裕樹さんの意志、私も確認できるまでこの艦を離れませんわ」

「・・・ミントさん」

「ミント先輩・・・」

まったく、ズルイものである。

そんな風に言われると、意地でもこの艦を抜け出せなくなってしまう。

もっとも、そんなあけすけなところが裕樹の魅力でもあるのだが。

ミントはクスリと笑いながら、ヴァニラに紅茶を頼んだ。