第九章「心なき天使」

 

 

 

 

 

 

「補充パイロット・・・・・・ですか」

エンジェル隊を中心に主要メンバーをブリッジに集めたレスターが告げた言葉に、ミルフィーユは静かに言葉を繰り返しただけだった。

「・・・・・・」

ミルフィーユの疑惑の目をレスターは黙って耐えていた。

他のエンジェル隊ならともかく、今のミルフィーユは“パラディン”であるため、司令官であるレスターにすら意見、場合によっては命令すらできる階級なのである。――――――もっとも、ミルフィーユは階級をそのようには使わないが。

レスターだって違和感を感じてならない。確かにパイロットが一度に4人も戦線離脱したのだから補充されるのもまだわかるが、あまりにタイミングが良すぎる。

まるで、こうなることを予測しているかのようなタイミングの良さなのだ。

(・・・いや、偶然だろう。シヴァ陛下やシャトヤーン様を疑うなど・・・)

エンジェル隊もそう思っているらしく、全員無理やり納得させるしかなかった。

「今更だけど、ミントまでいなくなったからね・・・」

「ゼロバスターが機体の一部を回収したのを確認している。少なくとも無事だろうが・・・捕虜となると、厳しいな」

「・・・そうはならないさ。絶対に」

タクトの裕樹を信じての言葉。だが、その言葉に賛同する者はあまりに少なかった。

ミントも、ティアも、クリスも、セリシアも、全て彼らのせいで戦線を離脱したのだから。

思わず、タクトは自己嫌悪した。

だが、その嫌悪というものが何に対してなのかはわかっていない。

裕樹を恨んでいるからか、それとも恨めないからか。

それすら、わからなかった。

「―――ねえタクト。その補充されるパイロットってのは誰なのよ?」

「いい加減気になるんだけどねぇ」

「え?あれ?・・・ここにいるんだけど」

「「「「「「―――え」」」」」」

全員が絶句した直後、全員から見て司令席の死角から一人の少女が歩み出た。

淡い緑の長髪に、紫色の瞳、それでいて小柄な体。頭につけているフリル付きの白いリボン。

目を引き付けるには充分すぎるほどに綺麗だった。

「彼女は、キャロル。9番目の紋章機“ファウンダー”のパイロットだ」

タクトがみんなに紹介する。

全員、この後にキャロルが自分で何か言うのだろうと思ったが、予想に反してキャロルは何も言わなかった。

「え、と・・・」

これにはタクトも予想外だったらしく、慌ててキャロルを見たが、キャロルはまったくの無表情のままだった。

「キャロルさん・・・ですね。私、ミルフィーユって言います!よろしくお願いしますね!」

だがそんな気まずさなど気にもしないミルフィーユが元気に話しかける。それに周りも続いていった。

「アタシはランファ・フランボワーズよ」

「フォルテ・シュトーレンだ。まぁ、よろしく頼むよ」

「エクス・ソレーバーだ。・・・よろしく」

全員がまくしたてるように話しかけ、自己紹介した。が、当のキャロルは今だに無表情のままだった。唯一、紹介後に一度だけ頷いただけだ。

これにはエンジェル隊全員がお手上げだった。なにせ照れているわけではないのだ。無口どころの話ではない。一切の言葉を喋っていないのだ。

(・・・心なき天使、ね。―――ノアがそう呼んだ理由、わかる気がする)

そう、いい例えるなら心がない。まるで人形のような、ただそこにいるような存在。

ブリッジに気まずい空気が流れてきたところで、傍観していた正樹が動いた。

「そろそろやめてやれよ。その娘、困ってる(・・・・)じゃねぇか」

「え―――?」

正樹の言葉に、タクトがギョッとする。

「ったく・・・。―――キャロルっていったな、俺が艦内を案内してやるよ。・・・いいか?レスター」

「あ、ああ構わない」

咄嗟のことに戸惑うレスターだったが、キャロルは彼らの間をすり抜け、正樹の前までやってきた。

その表情は、相変わらず無表情だった。

「ちょ、正樹!」

ブリッジの扉を開けたところでタクトが呼び止めた。

「なんだよタクト」

「その、さ。・・・・・・なんで、困ってるってわかったんだ?」

「・・・?そんなの顔を見ればわかるだろ」

当然のように告げ、正樹はブリッジを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通路を歩きながら、正樹はキャロルの顔を振り返り見た。

まったくの無表情。そこまできて、先ほどのタクトの言葉が鮮明に蘇った。

(・・・そういうことか)

タクトたちは返事もせず、表情をまったく変えないこの少女が何を考えているのかわからなかったのだ。

と、キャロルと目が合い、キャロルは立ち止まった。

「・・・・・・」

正樹はじっとキャロルの顔を見つめる。

その顔がなんとなく、「何か用ですか?」と告げているように見えた。

「いや・・・なんでもねぇよ。ほら、ここからCブロックだ」

正樹の言葉に納得したのか、キャロルは言われるままに正樹の後について行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェインスレイ内格納庫にて。

完治とまではいかなくても歩き回れる程度に回復したミントは、格納庫のデッキから作業場を見下ろしていた。左右を見れば触れることすら敵わなかった伝説とされるIGと二機の紋章機が整備されている。

それより、ミントが気になっているのは修理している何かの機体であった。ところどころにトリックマスターらしき残骸が見られるのだが。

「ミント、こんなところにいたのか」

裕樹に呼ばれて、振り返る。彼は笑顔で傍にやってきた。

丁度良い。裕樹にあれは一体何をしているのか聞いてみることにした。

「あれ、何を作っているんですの?」

「作るというか・・・作り直してるんだ、紋章機を」

「・・・え?」

真顔で答えられた返事が理解できなくて、ミントは素っ頓狂な声をあげた。

「ミントの紋章機だよ。京介が随分責任感じてさ、直してやれないかって言ってた」

「それで・・・承諾しましたの?」

「ああ。京介の気持ちはわかってるからな」

「・・・どうして、そんなことを?」

不意に、顔が真剣になっていく。

ミントの言葉の意味は二つあった。

何故、直しているのか。

そして、どうしてその力を自分に与えようとしているか、だ。

「私は・・・敵、なのですよ」

「・・・俺たちは、一度も君を敵と思ったことはないよ」

「・・・いつか、その力があなた方に向けられないとも限らないのですわよ・・・?」

「そんな時は・・・そうするしかない状況なんだろ。なら、仕方ないさ」

どこか苦笑しながら答える裕樹が何故かとても切なく見えてくる。どうしてか、彼を見ているのが耐えられなくなっていく。

結局、ミントは視線を反らしてしまった。

「迷惑だった?」

「・・・そんなこと、ありませんわ」

「なら良かった」

裕樹は笑顔で答えながら、修理されている紋章機を見た。

「あの紋章機は、君の力だ。ミントが正しいと思った時に使ってくれればいい。・・・それが、俺たちにその銃口を向けることになっても、な」

「・・・不思議なことを仰るのですわね、裕樹さんは」

「・・・?」

意味ありげに微笑するミントに、裕樹はストレートに疑問符を浮かべる。

「普通は仰いませんわよ、自分たちを撃ってもいいなどと」

「・・・別に俺たちは自分たちが絶対に正しいとは思ってないからな。それが間違いだと思うなら素直に認めるさ」

「では、今のトランスバールが正しいとはお思いでないのですか?」

「全てを否定するつもりじゃなけどな。自分たちの場所を守るってのは、ある意味人の基本心理だから」

完全否定しているわけではないとわかると、ミントに疑問の感情が渦巻いていく。

それでも、裕樹という人物が誰よりも先を見ているのだと、漠然とわかった気がした。

「ミント・・・!!」

と、背後から唐突に京介が走り寄ってきた。随分心配そうな顔をしている。

「京介さん?」

「駄目じゃないかミント!まだ完治したわけじゃないんだから」

(・・・過保護だなぁ)

二人のやり取りをしばらく見ていた裕樹だが、やがてようやく京介がこちらに気づいた。

「あ、裕樹・・・。・・・ごめん」

「いや、別にいいけどさ。―――ま、いいや。ミントを頼むな、京介」

「うん、わかってる」

京介の言葉に満足し、裕樹は一足先に格納庫を後にした。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

後に残された二人はしばらく無言だった。

しばらく裕樹を見ている京介を見ながら、ミントは耳をピクピク動かした。

こんな時、テレパスが使えれば京介の考えてることがわかるのだが。生憎、彼らのセフィラムは強く、テレパスなど簡単に妨害されてしまうのだから仕方ないが。

「じゃあミント、部屋に戻ろう。あんまり無理すると体に悪いよ」

「・・・わかりましたわ」

少しばかりため息をつきながら歩き出そうとした矢先、急に自分の足が重力から離される。

「きゃっ・・・!?」

京介が実に鮮やかな手際の良さでミントを持ち上げ、背中に背負う形にしたのだ。

「よ、よしてくださいませ!京介さん!」

「・・・ミントは、軽いね」

「・・・え?」

「翼が生えてるみたいに・・・本当の天使みたいだ」

ミントの顔が一瞬にして赤く染まった。

この青年はなんてまぁ、こうも恥ずかしいことをサラリと言えるのだろう。しかも、本人にはあまり自覚がないように見える。

「京介さん、子ども扱い・・・しないでくださいませ」

「そんなことしてないよ?―――怪我人扱いはしてるけどね」

完敗だ。

どうしてか、この人相手には得意の口論で勝てる気がまるでしない。

「・・・もう、いいですわ」

あきらめたように、ミントは体の力を抜き、京介に預けた。

背中から伝わってくる、本当に軽い重みがなんだか嬉しかった。

「・・・京介さん」

「なに?」

「・・・ありがとう、ございますわ」

一瞬、間が空いた。

京介からすれば何に対してお礼を言われたかわからないだろう。

―――けれど、

「うん、どういたしまして」

彼は、ごく自然にそう言った。

今度はこちらが悩む番だ。彼が、何に対してお礼を返したのか。

きっと、今も彼は優しい笑顔をしているだろう。

(京介さんの笑顔には・・・敵いませんわ)

先行く京介の背中を見つめながら、ミントはただ、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、格納庫っと。・・・ふー、なんとか全部回れたな」

エルシオールの格納庫に正樹とキャロルが入ってきた。

別に急いでいたわけではないが、なぜか一気にエルシオールを全部回っていたのだ。

「・・・でも一日じゃ覚えきれねぇか?」

キャロルに問いかける。

彼女の口も顔も動くことは無かったが、

「そうか。でもまぁ、迷ったら呼べよ。すぐに来てやるから」

何故か、キャロルの言いたいことがわかった。

案内している間、ずっとこんな調子で、事実上喋っているのは正樹だけだった。なのに彼女とは意思疎通できるのだから面白いものだ。

「・・・そういや、キャロルの紋章機ってどれだ?俺まだ見たことねぇんだ」

言うと、キャロルの右手が格納庫の奥を指差した。どうやらあっちにあると言っているのだろう。

「よし、見にいこうぜ。結構興味あるんだよ」

キャロルは無言のまま頷き、正樹の後に続いた。

 

 

 

 

 

キャロルの紋章機“ファウンダー”の前にはクレータと彩が二人でデータをチェックしていた。

「あれ、正樹じゃない。その娘は?」

「その紋章機のパイロットだよ」

言って、彩とクレータがキャロルの前に並んだ。

「あなたがキャロルさんですね。初めまして、紋章機の整備を担当しているクレータです」

「私は水瀬彩、IG担当だけどよろしくね」

随分好印象な自己紹介だと評価できるが、生憎とキャロルは当然のように無言だった。

「・・・?あ、あれ・・・?聞こえなかったかしら?」

「いいんだクレータ班長。キャロルってこういう娘らしいから」

「そうなんですか・・・」

どこか納得しない顔をしたクレータとは反対に、彩はより笑顔で返していた。

「はい、これからよろしくお願いしますね」

これにはクレータだけが驚いた。

「彩さん・・・?キャロルさん、何か言いました?」

「いえ?何も言ってませんよ」

「・・・・・・?」

クレータは彩の対応が今一つ理解できず、首を傾げる。

無論、正樹だけは理解していた。

自分と彩は、相手の微かな感情の変化を異常といえるまでに敏感に感じ取ることができる。それは、幼い頃に正樹が親を失い、同じ経験をしたことがあるから。そして、彩はそんな正樹をずっと面倒をみていたから。

だから、二人はキャロルの感情が微かながらわかっていた。

決して、この娘に心がないわけではない。単に、心を封印しているだけなのだから。

「キャロル、そろそろブリッジに戻るぞ」

キャロルは頷き、正樹の後に続いた。

「キャロルさん、またね」

「後で紋章機との調整、お願いします」

彩とクレータの言葉にキャロルは振り返り、―――それが返事であるかのように、再び正樹の後についていった。

「・・・不思議な娘ですね」

クレータの言葉に彩は頷きつつ、考えてしまう。

「不思議・・・・・・そう、不思議、って言えるのよね・・・」

それだけ言って、彩とクレータは再び紋章機の整備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

久しぶりのあとがきです。

・・・とまぁ、私のあとがきって大抵、懺悔の時間だったりするのでした。

えー、そういうわけですみません。これ以上キャラ増やさないと宣言しておきながらいきなり増えました。

あぁ・・・優柔不断(意味違う)――――――えっとですね、先のストーリーを構成したところ、どうしても外せない重要な位置にいるキャラが必要で、復活させました。・・・いきなり新キャラの重要性暴露して大丈夫かなぁ・・・

さて、お気づきの方は気づいているでしょうが、第二部あとがきで紹介したキャラである“キャロル”をそのまま持ってきました。何故か地元の友人に絶大な人気を誇ったキャラでして、皆様にも受けがよければいいかな、と思います。あと、紋章機の設定はまるで違うものにしてみました。よろしければご期待ください。

 

 

うーん、こんなものにしたいのですが・・・いいでしょうか?

さてさて、なんかイロイロ大変なことが立て続けに起きていますが、この辺りでノンビリしてください。もうすぐに、タクトと妹であるエリスの話に決着がつく話を構成しておりますので。

ではでは。