第十二章「サヨナラ」
「目標まであと200」
その頃、都市郊外にまで、エルシオールは到着していた。EDENからの救援要請を受け、大急ぎで向かい、ようやくここまでたどり着いたのだ。
だが、大気圏内、更に現在のエルシオール搭載機をまとめた結果、出撃できる機体はタクトのウイングバスター・パラディン、ミルフィーユのアルカナム・ラッキースター、ランファのカンフーマスターの三機だけだった。修理もろくに出来ていない状態に、レスターは苛立ち混じりの疑念を抱いていた。
「光学映像、入ります」
ココが硬い声で告げる。
直後に映し出された映像にレスターたちは絶句した。都市は焦土と化し、辺り一面に炎が立ち上っている。崩れた建物などは見るも無惨な姿で、原型がまったくわからなくなっている。
「前線司令部・・・応答ありません」
ココが悲観的な報告を告げ、レスターは奥歯を噛みしめた。
これ以上、EDENを破壊させるわけにはいかない。
「熱紋による状況確認・・・」
手元のモニターを読み取ったココが、小さく息を飲んだ。
「・・・ラストクルセイダーです!!」
「そうか」
解りきったようにレスターは答える。違和感を感じつつも、ココは次々と反応する機影を読み上げた。
「―――および、ヴァナディース、ゼロバスター、プレリュード軍IG,ヴァラグスにディアグス・・・更にアンノウンAGと戦艦です」
ルシャーティの言った通りだった。
先程、EDEN付近の宙域に入った時、ルシャーティから通信が入ったのだ。“ヴェインスレイ軍は一足早く到着し、こちらを支援してくれている。エルシオールとは今回だけでも共同戦線を張りたい、と言っていた”と告げられたのだ。
無論、タクトもレスターもこんなところで彼らと争うつもりはない。あきらかにこちらが不利であるし、それ以上にプレリュード軍を放っておけるわけがない。識別不明の戦艦はおそらく彼らの艦だろう。
「総員、第一戦闘配備!!アンノウン戦艦のデータを忘れるな。―――アルモ、格納庫に繋いでくれ」
「了解」
格納庫に回線が繋がり、レスターはタクトたちに告げる。
「タクト」
『どうした?レスター』
「ルシャーティの言った通りだ。前線基地とは連絡が取れず、プレリュード軍のAGとは今ラストクルセイダーとヴァナディース、ゼロバスターが戦っている」
『・・・やっぱりね』
確信したように頷くタクトに、レスターは判断を迫る。
「どうする、タクト」
『タクトさん?』
『どうするのよ、タクト』
ミルフィーユ、ランファの声を聞きながら、タクトはアッサリと判断した。
『・・・ここで裕樹たちと戦っても意味はない。裕樹たちの言うとおり、ここは共同戦線を張ろう』
『タクトさん・・・』
タクトの判断は実に正しいが、中には反対したい者もいるだろう。
だが、そうしたものは今回は出撃できないし、今がそんな状況ではないことぐらいわかっているハズだ。
「ともかく・・・頼むぞ、タクト」
『ああ、わかってる』
一方、みさきのレイレックス・ノヴァに対して、裕樹と美奈はそれぞれ目まぐるしく機体を旋回させながら、ビーム、ミサイルを次々と撃ち込んでいく。だが案の定、光の膜がその全ての砲撃を阻んだ。
「・・・っっ!!キリがない・・・!!」
裕樹は一瞬、絶望に捕らわれそうになる。
飛び去るラストクルセイダーに今度は頭部から強烈なビームが放射された。その隙に下方の死角からヴァナディースが迫り、メノスソードで斬りかかるも、やはりリフレクターに防がれる。
「もう、これじゃ・・・」
手詰まりを感じ始めていた美奈の目に、立ち込める煙を突き抜けて6つの閃光が走った。
レイレックスの目元、つまりカメラのある所に6つのリニアレールキャノンが撃ち込まれ、さすがのレイレックス・ノヴァもバランスを崩す。
驚きと共に裕樹と美奈が発射された方向を振り向くと、そこには白銀のIG、ウイングバスター・パラディンと、アルカナム・ラッキースター、カンフーマスターが構えていた。
「タクトさん、私とランファはIG部隊を抑えますから、タクトさんはAGに!!」
「わかった。ゼロバスターがいるけど、手を出さなければ攻撃はされないはずだ。―――ミルフィー、ランファ、気をつけて・・・!!」
「はい!」
「タクトもね!!」
二機の紋章機は一機でIG部隊を押さえているゼロバスターの下へと向かっていく。
そしてタクトは、今だに驚きを隠せない二機の間に割って入った。
「タクト・・・?」
珍しく、裕樹がどうしていいかわからない声をあげる。
「・・・裕樹、美奈、今はアイツを止める。それだけだろ?」
「・・・ああ!」
「うん!」
頷き、三機は一斉にAGに向かう。
放たれた胸部のビームを避けつつ、タクトのウイングバスター・パラディンは6砲のリニアレールキャノン、ハウリングバスターキャノン、オメガブラスターをレイレックス・ノヴァの周囲のビル、及び足元に撃つ。その火力で地面がえぐれ、周りのビルがレイレックス・ノヴァに倒れ込む。さすがのリフレクターも衝撃までは防げず、レイレックス・ノヴァが大きくバランスを崩す。
そこを逃さず、ラストクルセイダーは腹部をダブルセイバーである“セイクリッドティア”で斬り裂き、その部分にヴァナディースがディバイダーミサイルをすかさず撃ち込み、内部で爆発が起きる。
「やった!!」
「まだだ・・・!!」
続いてタクトは機体を加速させ、プラズマブレードで更に斬りつけようとする。
――――――その時、タクトの目に信じられないモノが映った。
ラストクルセイダーのサーベルを受けた装甲がヴァナディースの攻撃によって深くえぐられ、破片がコックピットの中に飛び散った。みさきは反射的に頭をかばい、破片が腕に突き刺さり鋭い痛みが走った。
「痛っ・・・!!!」
みさきは身を震わせながら、目に涙を溜めた。
「い、痛い・・・・・・怖い、怖い・・・・・・誰か、助けて・・・」
地獄の真ん中でみさきは泣いていた。そこには、純粋な恐怖しか残っていなかった。
「こない・・・で・・・。来ないでぇぇぇぇっっっ!!!!!」
今のみさきに、迫るIGが誰の機体かを理解することは出来なかった。
「エ・・・エリス・・・?どうして!?」
思わず、タクトは機体をレイレックス・ノヴァの目の前で停止させてしまう。
直後、ヴァナディースが慌ててウイングバスター・パラディンを機体ごと押しのけた。
「タクト、どうしたの!?どこかやられたの!?」
心配する美奈の声にタクトは唖然としながら呟いた。
「あ、あのAGに・・・エリスが、エリスが乗って・・・」
「エリ、ス・・・?誰?」
そんな中、ラストクルセイダーが機体をひらめかせ、AGに斬りかかり、リフレクターがその光刃を跳ね返して鋭い光を放つ。タクトはハッとして我に返った。
「ま、待ってくれ裕樹!!」
タクトは機体を動かしてラストクルセイダーに迫る。裕樹も意表を突かれて、再突撃を止めた。
「タクト!?」
「待ってくれ、裕樹!!アレには・・・エリスが、乗っているんだ・・・!!」
「エリス・・・?」
誰かはわからないが、タクトの知り合いなのだろう。裕樹は攻撃を一旦停止した。
熱意が伝わったのかラストクルセイダーが構えを解いてくれた。タクトは感謝する間も惜しんで、全周波に切り替えて叫んだ。
「エリス!エリスッ!!俺だ、タクトだ!!」
だがウイングバスター・パラディンの接近に怯えたように、レイレックス・ノヴァの全身からビームが放たれた。慌ててタクトは回避するが、その進路上の建物は容赦なく消し飛んだ。
「タクトっっ!!」
「危ないっっ!!」
何故か急に動きが鈍くなったウイングバスター・パラディンに、ビームが迫り、ラストクルセイダーが斬り防ぎ、ヴァナディースがライフルで相殺した。
「くそっっ!!エリス!!俺が、わからないのかっっ!?」
タクトの叫びも虚しく、レイレックス・ノヴァは攻撃の手をやめようとしない。ラストクルセイダーとヴァナディースはウイングバスター・パラディンを上空まで退避させた。
「タクト、どうしたんだ一体!?」
「エリスって誰なの!?」
心配する裕樹と美奈の声に、タクトはすがるように呟いた。
「エリスは・・・俺の、妹なんだっっ!!」
「なっ・・・」
「えっ・・・!?」
「あの日、炎の厄災の時に死んだと思ってたのに・・・居るんだ、あそこに・・・!!」
タクトの必死の叫びに裕樹と美奈も困惑する。
「ど、どうしてタクトの妹さんが、プレリュードのAGに乗ってるの!?」
「知らない!!次に会ったら、もうあそこだったんだっっ!!」
「・・・・・・!!」
当のAGはこちらを攻撃することなく、ただ周囲に火力を撒き散らしている。
「裕樹、なんとか助けてあげられないの!?」
「・・・無理だ。あれだけ大きい機体だと、コックピットを残して破壊なんて出来ない。必ずどこかで誘爆する・・・!!話をしようにも明らかに錯乱してるし・・・・・・くそっ」
その間にも、レイレックス・ノヴァは攻撃をやめようとしない。ただ周囲の建物が無造作に破壊し、消し飛んでいく。
『おいタクト!?どうした!?』
レスターからの通信が届くが、まるで耳に入らない。
「・・・っく!!駄目だ、もう放っておけない・・・!!」
「裕樹・・・?」
「な、何を・・・?」
「・・・ごめん、タクト・・・」
告げられた言葉、その時の裕樹の表情が、タクトには死刑宣告を受けたような気分だった。
「これ以上・・・EDENの人たちを・・・!!」
迫るIG部隊に、ミルフィーユはアルカナム・ラッキースターを加速させる。直後、散開しようとしたヴァラグスたちにアルカナム・ラッキースターは副砲である4門の“クロノ・インパクト・キャノン”を周囲に放ち、無数のヴァラグスが撃墜された。
「ミルフィーッッ!!後ろっっ!!」
ランファの警告に瞬間的に機体を宙返りさせるが、背後から狙ってきたIGはゼロバスター・カスタムの連装バスターキャノンによって撃墜された。
「え」
「・・・ゼロバスターが・・・?」
思わずゼロバスターを見つめるミルフィーユとランファ。その間にもIG部隊が迫り、ゼロバスターは全ての武装を解放し、一気にヴァラグスを撃ち落とす。
「ラッキースター!!カンフーマスター!!まだ敵はいるんだ!!ぼーっとしないでくれっっ!!」
「は、はい!!」
「わかってるわよ!!」
突如、ゼロバスターからの聞き覚えの無い声に叫ばれ、ミルフィーユとランファは慌てて戦闘態勢に戻った。
まずはカンフーマスターが接近、ミサイル、ワイヤーアンカーで隣接するIGを叩き落としていく。その紋章機を落とそうと側面からもIGが迫るが、カンフーマスターは即座に上昇、機体を急転させる。取り残されたIGはアルカナム・ラッキースターが確実に撃ち落とし、陣形を乱したIG部隊を両機が一斉に主砲を放って撃墜していく。
(・・・すごい)
今更だが、京介はこの二機の紋章機の戦闘力、連携の良さに舌を巻いた。互いのクセをよく解っているのか、動きにまったく無駄がない。
京介も負けずと機体を加速させた。―――直後、彼方のレイレックス・ノヴァが全ての武装を解放したのが見えた。
「ゆ、裕樹・・・なにを・・・」
タクトは目を伏せて告げた裕樹の言葉に動揺を隠せなかった。
「・・・本当は、あのAGのパイロットを助けて、攻撃もやめさせるのが一番なんだけど・・・俺には出来ない」
彼は、一体何を言っているのか。
「俺には・・・・・・それだけの力が無い。―――だから、止めることしか出来ないんだ」
何を言っている?
何をしようとしている?
なんで・・・そんな決意に近い言葉を自分に向かって言うのだろうか。
「ごめんな、タクト。・・・俺は、これ以上EDENを破壊させるわけにはいかないんだ・・・」
「裕樹・・・待て」
「だから・・・・・・ごめん、タクト。・・・・・・ごめんな」
言って、ラストクルセイダーが“セイクリッドティア”を構え、瞬時にヴァレスティセイバーと両方の刃を掛け合わせ、“エターナルブレード”を展開する。
「あ・・・」
タクトが言葉を紡げないまま、ラストクルセイダーはレイレックス・ノヴァへ向けて加速した。
「ま・・・や、やめろっっ!!裕樹っっ!!」
慌ててタクトはラストクルセイダーを追うが、巧みに旋回するラストクルセイダーとは違い、ウイングバスター・パラディンの動きはあまりに直線だった。ウイングバスター・パラディンは放たれるビームの奔流を避けきれず、頭部、左腕が吹き飛んだ。
「いけないっっ!!」
咄嗟にヴァナディースはウイングバスター・パラディンを掴みながらエーテル・フィールドを展開し、迫るビームからウイングバスター・パラディンを庇った。
「やめろ裕樹!!あれにはエリスが・・・っっ!!」
だが、タクトの叫びは裕樹に届くことは無かった。
「許せ・・・っっ!!これ以上、EDENを攻撃されるわけにはいかないんだ・・・!!」
裕樹は叫びながらビームを巧みに避け、瞬時にヴァレスティ・シリンダーを展開する。展開したシリンダー全てのビームをリフレクターに一点集中で一斉射し、更にその部分に大型ティアル・ライフルをぶつけ、リフレクターに対し零距離で連射する。当然、ライフルは爆散したが、さらにその集中部分に“エターナルブレード”を突き、加速する。
――――――やぁ・・・来ないでぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!
誰かの叫びが、聞こえた気がした。
刃がリフレクターにぶつかり、凄まじい光と衝撃が発生する。その力の反発力は凄まじいもので、裕樹もスロットルを踏み込んでいる力を少しでも弱めれば弾き飛ばされそうだった。
だが、歯を食いしばり、全力で踏み込み、レバーを倒した。
「うおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!」
「やめろ裕樹!!!やめてくれぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!!!」
二人の叫びが重なった瞬間、ラストクルセイダーの刃がレイレックス・ノヴァのリフレクターを力任せに突き破り、同時にその刃はレイレックス・ノヴァの中心を深々と貫いていた。
「・・・っっっ!!!!でえぇぇぇぇいっっっ!!!!」
その光景を見ていた誰もが声を出すことも出来ないうちに、ラストクルセイダーは一瞬で横一文字に斬り払い、レイレックス・ノヴァを真っ二つに両断した。
直後、機体を維持出来なくなったレイレックス・ノヴァは、無惨にも大爆発した。
上空にたたずむラストクルセイダーに、ヴァナディースが隣接した。
「・・・大丈夫、裕樹?」
「・・・美奈」
モニター越しに頷いてから、裕樹はレイレックス・ノヴァの残骸を見下ろした。
その近くに着陸するウイングバスター・パラディンの姿を見ると、ひどい罪悪感に襲われた。
「俺・・・・・・あまりに無力だよな・・・」
「え?」
「タクトの、妹一人、助けてあげられないんだから・・・・・・」
「裕樹・・・・・・」
しばらく、二人はその場を見下ろしていた。
やがて、ウイングバスター・パラディンから降りてきたタクトを、これ以上見ていられなかった。
「・・・タクト」
「・・・・・・裕樹、行こう?―――私たちがこれ以上居ても、タクトには何もしてあげられない」
「・・・・・・」
「・・・ね?」
「・・・わかった。ヴェインスレイに戻って、EDENの宙域から離脱しよう」
機体を反転させ、加速させる。
裕樹は最後、心の中でタクトに謝り続けた。
ふと、誰かに抱きしめられていることに気づいた。
誰だろう。
けど、抱きしめられている腕が、温かかった。
――――――エリス!!エリスッ!!!
誰かが、呼んでる・・・
私を、私の・・・名前を。
みさきではなく、本当の名前・・・
声は泣いているけど、その声色は、何故だかとても落ち着く。
だって・・・この人は、私の・・・
なんとか目を開けると、目元に涙を溜めながら心配そうな顔が見えた。
「エリスッッ!!」
「・・・あ・・・・・・お、兄・・・ちゃん・・・」
「っ!?い・・・今なんて・・・!?」
今、ようやく全てが解った。
だから、弱々しくても精一杯微笑んだ。
「やっ・・・と、逢えた、ね・・・・・・お兄、ちゃん・・・・・・」
「あ・・・・・・・」
何故だか、とても寒かった。
けど、これ以上ないやすらぎに包まれていたから、安心して目を閉じた。
「エ、エリス!?う、嘘だろ・・・!?そんな、せっかく、また・・・・・・!!」
本当は、久しぶりに逢えたのだから、もっと・・・話したかった・・・
「くそっっ!!――――レスター!!レスターッッ!!医療班を早くっっ!!エリスが、エリスが・・・・・・っっ!!!」
けど、今は、なんだか眠たかった。
だから、次に目を覚ました時に、いっぱい・・・いっぱい・・・・・・話を、しよう。
やっと逢えた、たった一人の家族が泣き叫ぶ中、エリスは全ての意識を閉じた。