第十五章「命の欠片」

 

 

 

 

 

 

コックピット内で、タクトは息を切らしながら目の前の光景を見ていた。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・あ・・・?」

先程まで映っていた機影は消えていた。ラストクルセイダーの姿はどこにもない。

そう、自分がトドメを刺した。

――――――裕樹・・・あの、宿敵(友人)を。

 

「う、ぐっ・・・!?」

途端、強烈な吐き気に襲われ、タクトは必死に耐え忍んだ。

遂に倒したのだ。青き聖戦者を、ミルフィーユとエリスに危険を及ぼす敵を。

――――――けれど、同時にタクトは友人を殺したのだ。前大戦を集結に導いた、誰も知らない英雄を、この手で。

「ぐ・・・・・・これが、罰・・・なのか・・・?」

裕樹の言葉が頭に響く。それが、全然消えない。

 

――――――迷うな

 

タクトは自分にそう言い聞かせる。

迷うな、決して迷うな。自分で決めたのだ。守るために、大切な人を守るために、裕樹を倒すと。

何度も何度も、タクトはそう言い聞かせた。この気持ちを、誤魔化してしまうように。

そうしないと、何故かわからない罪の意識に、捕らわれてしまいそうだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこ・・・裕樹・・・・・・!?」

美奈はアルティメットラッキースターの攻撃を受けながらも、爆発した場所を必死になって探していた。

裕樹が死んだとは、信じたくなかった。生きている、きっと生きているのだと信じ、がむしゃらになってモニターを見つめ、探し続ける。

目尻が熱い、目の奥が熱い、額が熱かった。“聖刻”その力に逆らうことなく従い、機体のモニターを向ける。

「・・・・・・!・・・・・い・・・た・・・」

それは、どれほど低い確率を呼び寄せたものなのだろうか。

ほんの小さな人影でしかないけど、そのパイロットスーツ、何より存在の力を疑うわけがなかった。

ひたむきな想いを込め、近づこうとしたが、――――――その先を全包囲からのビームが遮った。

驚きと共に振り返ると、エンジェル・シリンダーを展開したアルティメットラッキースターが構えており、美奈は一瞬で絶望に捕らわれた。

「こんな、時まで・・・・・・やめてよ・・・」

無数のビームが撃たれ続けるが、避けるわけにはいかなかった。ヘタをすれば、裕樹にまでビームが当たってしまう。

今、自分が動いたら裕樹が危ない。だが、動かなくても裕樹が危険な状態であることに変わりはない。板挟みの状態で、美奈は何も出来なかった。

(どうすればいいの・・・?どうすれば裕樹を・・・!?)

美奈の瞳から涙が溢れてきた直後、あの(・・)機体から全周波で少女の声が響いた。

 

「やめてくださいませっっ!!もう・・・っっ!!」

その声に、全員が驚き、動揺する。

「・・・え・・・?」

唐突に戦場のど真ん中に現れたのは、淡い水色をカラーリングとする、姿を変えた紋章機、“テフラ・トリックマスター”だった。その突然の登場、ミントの声は、エルシオールの攻撃を止めるのに充分すぎる効果を持っていた。

直後、ミントはヴェインスレイのクルーたちにのみ、瞬間的に通信回線を繋げた。

「皆さん、今のうちにお逃げくださいませっっ!!」

「ミント!?どうして君が出てくるんだ!?」

京介の言葉に、一瞬ミントが詰まる。

「こんなことをしたら、まるで君が犠牲に・・・!!」

「よろしいのですわ、京介さん」

「な・・・」

「・・・これが、私の選んだ道ですわ。私は、何より・・・あなた方を助けたかったのですから」

「ミント!?でも、君が・・・っっ!!」

京介の戸惑いの言葉も、ミントの鬼気迫る迫力に押し返される。

「みなさん、まだやるべきことがあるのでしょう!?だから、早く逃げてくださいませっっ!!」

直後、ミントは再び全周波回線で何事も無かったように話し出した。これが、最後のチャンスと言わんばかりに。

「・・・機体は変わっていますが、私、ミント・ブラマンシュですわ!!」

「ミ・・・ミント・・・やっぱり無事だったん――――――」

タクトのギャラクシーウイングを初め、各々の機体がミントの声が発せられている紋章機へ向き、動いた。――――――刹那、ゼロバスター・カスタム、イネイブル・ハーベスター、シャープシューター・レイは方向転換し、空間跳躍直前のヴェインスレイへ向かう。

「・・・ミント、さん・・・!!」

「申し訳ありません、ミント先輩・・・!!」

「くそ・・・くそっ!!ミント・・・っっ!!」

ヴァナディースは瞬時に左手で宇宙に浮かぶ裕樹を優しく回収し、スラスターを稼動させながらもコックピットへ入れる。

パイロットスーツ越しでもその体温が急激に冷めていくのがわかる。力なくうな垂れる四肢を、美奈は右手で抱き寄せながら機体を動かす。

(待ってて、裕樹。・・・必ず、助けるから・・・!!)

 

 

 

その後、ようやく気づいたか、エルシオールの機体が一斉に射撃を放ってきた。

機体を掠めるようにビームが放たれる中、その援護に戦艦ヴェインスレイの副砲を中心とするミサイルが放たれ、ヴァニラはイネイブル・ハーベスターとエスペランサを分離。同時にゼーバーキャノンでエスペランサを撃ち抜き、武装の誘爆を利用した爆発を引き起こした。

その隙にシャープシューター・レイ、イネイブル・ハーベスター、ゼロバスター・カスタムがヴェインスレイに着艦していき、最後にヴァナディースが着艦した直後に、ヴェインスレイはクロス・ゲート・ドライブで空間跳躍した。

消え行くヴェインスレイを、ミントはやるせない気持ちで見送った。

みんなが受け入れ、優しくて、エルシオールのように規則に縛られず、戦っていた彼ら。何より、あの艦には京介がいる。――――――けれど、もう自分が乗る事は無い。遠く、離れていってしまったから。

(・・・京介さん、みなさん、無事で・・・。裕樹さん・・・死なないで、くださいませ・・・)

もう自分が彼らに出来ることは終わった。なら後は流れに身を任せるしかないだろう。

エルシオールが近づいてくる中、ミントはヴェインスレイの無事を一心に祈り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・なんとか振り切れたか?」

和人が尋ねると、CICのクルーが息をつきながら答えた。

「はい、なんとか・・・」

和人も力を抜きながら息をつく。

ボロボロになったヴェインスレイは星間とアステロイドベルトの間を身を潜めるように運航していた。―――リ・ガウスの宇宙を。

「―――そうだ!!裕樹は!?」

咄嗟に思い出し、和人はオペレーターに叫ぶ。

オペレーターも即座に格納庫へ通信を繋げた。

 

 

 

 

 

 

たとえヴァニラがいるとわかっていても、美奈は気が気でなかった。裕樹を抱きかかえるようにしてコックピットを降りると、すぐに床に寝かせてパイロットスーツを脱がせようとする。

「裕樹・・・裕樹・・・!!」

ヘルメットを脱がせたところで絶句した。即座にパイロットスーツを脱がせたが、あまりに酷かった。

裕樹は全身血だらけで、血の気がなく、気を失っている顔からは生気がまったく感じられない。結んでいた髪が解けてしまったのもその印象を強くさせた。

「裕樹・・・!?」

傍に来ていた京介も思わず絶句してしまい、美奈は思わず呼びかける。

「裕樹、裕樹!!・・・どうして、どうして、こんな・・・」

「裕樹!!しっかりしろ裕樹!!・・・君はまだ、こんなところで・・・!!」

京介も必死になって呼びかけるが、裕樹からは何一つ反応が返ってこなかった。

「ヴァニラは!?ストレッチャーも、早くっっ!!」

整備員に京介は必死になって叫ぶ。

「裕樹・・・!!お願い・・・なんでもいいから、返事して・・・!!お願いだから・・・!!」

美奈の泣き声が格納庫に響く中、ヴァニラとちとせ、そしてストレッチャーを持った春菜が駆けつけた。

「ゆ・・・裕樹さん・・・!?」

血だらけの裕樹を見て、ちとせは思わず青ざめる。だが、ヴァニラはわき目もふらずに裕樹に駆け寄る。

「・・・裕樹さん!!」

やがて、ヴァニラのナノ・ペットが消え、裕樹の全身を緑色の優しい光が包んだ。

(・・・必ず・・・必ず、助けます・・・!!もう、大切な人を・・・失いたくない・・・!!)

ヴァニラは目を閉じ、精神を研ぎ澄まし、意識を集中させていく。

美奈のため、みんなのため、何より、自分のために、裕樹を死なせるわけにはいかない。

もう二度と、目の前で大切な人を失いたくない。

ヴァニラは意識を集中させながらも、シスター・バレルへ祈った。

(・・・この人を、裕樹さんを助ける力を、どうか・・・!!)

驚いていたちとせも、すぐに我に戻り、意識を集中しているヴァニラの意図を感じ取った。

「京介さん!!春菜さん!!このままストレッチャーに乗せて医務室へ!!」

「わかった!!」

「わかりました!!」

京介は即座に裕樹とヴァニラをストレッチャーに乗せ、医務室へ走り出した。走っている間も、ヴァニラは決して治療を止めずに精神を集中させていた。

その間も、美奈は泣きながら裕樹の手を握り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルシオールでは、戦いを終えた各機体が次々に格納庫へ運ばれていた。

続いて遅れて、姿を変えたトリックマスター、“テフラ・トリックマスター”も格納庫へ運ばれ、その前に多くの人だかりが出来ていた。

ミントが帰ってきたのだから、クルーやエンジェル隊の気持ちも解らなくも無い。

だけど、正樹は正直そんな気持ちにはなれなかった。

正樹はどうしていいのかわからなかった。裕樹を撃ったタクトとエクスに怒りをぶつければいいのか。それともそれを止められず、裕樹を理解しようとしなかった自分に怒ればいいのか。どうすればいいのか、まるでわからなかった。

ただ、親友を亡くしたという事実だけが、正樹に突きつけられていた。

「・・・正樹・・・」

正樹を励ます彩だが、彼女とて気持ちは同じだった。

裕樹とは、解放戦争から7年の付き合いだろうか。彼女自身、彼のことは友人としては好きだったし、彼らと共にいる時間はこの上なく好きだった。

けれど、それはもう戻ってこない。

正樹と彩は人だかりの外から、呆然とクルーの様子を見ていた。

と、同じく人だかりの外にいた、タクトとミルフィーユの声が、やけに耳に入ってきた。

「お疲れさまです、タクトさん」

「・・・ああ、やったよ、ついに」

それは、恐らく自然に出てきた言葉なのだろう。タクトは、無意識でそう言ったのだろう。

瞬間、正樹の頭で何かがキレた。戦ってもいないのに、正樹の瞳の奥で6つの結晶が集束し、無数の光の粒子と共に弾け、リバレートした。

透き通る瞳のまま、正樹は怒りを隠さずにタクトの胸ぐらを掴みあげる。

「ま、正樹!?なにするんだ!?」

驚きの表情を見せるタクトを、正樹は目の前で睨みつける。―――その怒りの全てを込めたかのような瞳に、タクトは思わず絶句した。ミルフィーユはそのあまりの迫力に声すら出なかった。

「タクト・・・ッッ!!てめぇにとって、確かにミルフィーやエリスは大事だよな!!―――だがな、俺にとって裕樹は、大事な親友なんだよっっ!!」

力を込めて、さらに叫ぶ。

エリスは死ななかった。ミルフィーユなんて今でも無事だ。ティアも、クリスも、セリシアも、重傷だったり機体を失ったりしたが、全員無事だ。

なのに、タクトとエクスは裕樹を・・・・・・っっ!!

「それをお前等は・・・!!よくも・・・っっ!!」

友を奪われた怒りと憎しみに取りつかれ、正樹が叫ぶ。

「ま・・・正樹さん!!タクトさん!!」

周囲の空気が凍りつき、ミルフィーユが戸惑った声をあげ、タクトは正樹の手を振りほどこうともがいた。

「やめろ正樹・・・!!離してくれ!!」

「やった、だと・・・!?アイツを討って・・・やった、だと!?」

正樹は同時にエクスを睨みつける。―――その、凄まじい憎悪のこもった睨みにエクスも思わずビクッとする。

「結局アイツは・・・ティアも、エリスも殺しはしなかった」

正樹はエクスを流し見ながら、再びタクトを正面に捉える。

「なのにお前は・・・お前等は・・・・・・っっよくも・・・・」

正樹の血が逆流する。考えるまでもなく、拳に力が込められていた。

「よくも・・・っっ!!裕樹を殺したなぁぁぁぁっっっっ!!!!!」

全力の拳がタクトの頬に飛び、タクトは冗談抜きで数メートル後ろに吹き飛び、ハデな音をたてながらデッキの上を転がった。

「エクスッッ!!テメェもっっ!!」

殴りかかろうとしたのを、フォルテ、ランファ、彩が懸命に止め、ミルフィーユは思わずタクトに駆け寄っていた。

「やめな正樹!!」

「正樹、どうしたのよ!?」

「・・・・・・正樹、やめて・・・」

だがそんな声も正樹の耳には入らず、怒りが尽きることなく溢れ出てくる。

「タクト、テメェならわかるよな・・・?大切な人が殺され、殺した奴をどれだけ憎んでるかが・・・!!!」

タクトは本気で正樹から殺意を感じていた。―――このままでは、本当に殺されかねない。

その光景を見ながら、エクスはようやく自分のしたことに罪の意識が生まれてきた。

(・・・俺は、誰かを守れる力を求めて・・・殺した、のか・・・)

正樹はなおも落ち着かず、三人を振りほどいた。

「・・・ッッ!!絶対ッッ!!!許さ・・・・・・ッッ!?」

直後、正樹は突然その場に崩れ落ちた。

傍には、振りほどいたはずの彩がスタンガンを自分に押し当てていた。

「あ、彩・・・て、めぇ・・・よくも・・・」

だけど、彩は泣いていた。

裕樹に対して、今の自分に対して、泣いていた。

なんだか、彩が泣いているのを見るのは随分久しぶりな気がする。

そして、正樹はその場で意識を失った。

「ごめん、正樹・・・。・・・でも、今のアンタは・・・っ!!」

彩は泣きながら、倒れた正樹にすがりつくように泣き続けた。

泣き崩れる彩を見て、格納庫がとてつもなく重い空気に包まれる。

タクトは口の中に血の味が広がるのを感じつつ、ただ苦しく、それでいていたたまれない気持ちで謝った。

「・・・ごめん、正樹。・・・ごめん、彩・・・」

その声が、二人に届くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、では話してもらおう」

司令官室にて、レスター、タクト、そしてミントが集まり、レスターとタクトがミントに質問していた。

あの格納庫での事件の後、彩は何事もなかったかのように機体の整備を始め、正樹は気を失っている隙に両手を拘束し、自室に監禁させている。

立場的にタクトと正樹は同じ『パラディン』なので、問題があるというわけではないが、あの状態の正樹を放っておくと、冗談抜きでタクトとエクスの身が危ないと判断されたからだ。

そのタクトだが、口内の傷も癒えぬまま、ミントの話を聞きにきていた。彼女は、ヴェインスレイに居る間どうだったのか。あの強化された新しい紋章機はどうしたのか。―――聞きたいことはたくさんある。

ミントはレスターとタクトの視線を絶妙に流しつつ、話出した。

「・・・別に、どうもありませんわ。私はヴェインスレイでヴァニラさんに怪我を治していただき、裕樹さんたちが壊した責任と仰って、トリックマスターを改造していただいただけですわ」

「そんなバカなこと・・・・・・」

「・・・あなたには決して解りませんわね。根っからの軍人である、あなたには」

少なからず侮辱されたことにレスターの眉間にしわが寄る。

「そんなことよりミント、聞きたいことがあるんだけど」

「・・・・・・何故、あのタイミングで私が出てきたか、ですわね」

咄嗟にミントはタクトの心を読み、考えを先読みした。

その感情は、自分に対する疑惑と、そうでなくて欲しいという願いだった。

「・・・・・・」

ミントにとって正直に話すのは簡単だった。

だけど、それだとこのエルシオールで、・・・何より、エンジェル隊に、自分は・・・・・・

(・・・・・・ごめんなさい、みなさん・・・)

ミントはヴェインスレイのクルーがみんな好きだった。だがそれ以上に、エンジェル隊という場所を失いたくなかった。

エンジェル隊は、腐敗した自分の心を解きほぐし、心を拠り所とさせてくれた場所なのだ。なにがあっても、捨てるわけにはいかない。

だから、ミントは甘えてしまった。

ヴェインスレイのみんなに言われた通り、自分の逃げ道を作ってしまった。

「・・・・・・ヴェインスレイのクルーに、あそこでエルシオールに呼びかけろ、と言われましたからですわ。現に、後ろからヴェインスレイの主砲でロックオンされていましたから」

「・・・・・・」

「・・・・・・そっか、ならよかった。ごめんねミント、わざわざ時間をとらせて」

驚くほどにタクトは話を信じ、聞き入れ、話そのものを終わらせようとした。これにはレスターも驚き咄嗟に対応出来なかった。

「いえ、よろしいですわ。では」

ミントはタクトの言葉通り、さっさと司令官室から退出した。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

しばらく、残された二人の間に沈黙が流れる。

「・・・どういうつもりだ、タクト」

レスターが我慢できずに話しかける。だが、当のタクトは考えごとでもしているかのように虚空を見ている。

「ミントが、奴らのスパイかもしれないという可能性が無いとは言い切れないんだぞ・・・!!」

「・・・わかってるよ、レスター。・・・でも、それはない」

「・・・何?」

「ミントにとって、エンジェル隊はとても大事な場所なんだ。前に聞いた。・・・だから、裏切るなんてことはない」

タクトの言うことは理に適っている。だが、それだけではあるまい。

「・・・それだけか?」

親友だからこそ、相手の深いところまで読み取れる。レスターも、解った上で聞いているのだ。

「・・・いいじゃないか、今は。・・・今は、ミントが帰ってきてくれただけで」

それは、きっとタクトの本心なのだろう。

何より、今はタクトだって苦しみ、悩んでる。

自分の決めたことを、迷わずに進み、やり遂げるということに。タクトは、必死になって自分の思いが変わらないように努力しているのだ。

だから、今はレスターもわかってあげた。

今は少し、時間が必要なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミントは一人、部屋に戻ってベッドに腰掛けた。

随分久しぶりに感じる自分の部屋。掃除はしてくれていたのか、埃はたまっていない。

(・・・京介、さん・・・)

頭に浮かぶのは、裕樹の右腕として頑張って、誰よりも優しい青年の顔。

ヴェインスレイでは、彼の笑顔を見ると頬が熱くなり真っ直ぐに見れなかった。だけど、今はその笑顔がひどく恋しく思う。

彼は、無事なのだろうか。裕樹は、ちゃんとヴァニラに治してもらっているだろうか。

ミントはヴァナディースが裕樹を回収したところをちゃんと確認していた。だけど、誰にも話していない。ただ、彩だけには話した。彼女は信用できるし、なにより彼女も苦しんでいたから。

そうして思い返してみると、やはり浮かんでくるのは京介の笑顔だった。

そして、ミントは気づいた。

(・・・ああ、そうなのですわね。やはりこれが・・・)

苦しくて、切なくなくて、でも、愛おしいこの想い。これが――――――

「私は・・・京介さんに・・・恋、しているのですわね・・・」

一人静かに、理解した。

だけど、その相手は、敵だった。

自分がエンジェル隊である限り、京介は敵でしかない。

なのに、自分はこのエンジェル隊の場所を失いたくはない。

「・・・・・・どう、すれば・・・・・・」

一人、呟く。誰にも聞いてもらえず、誰にも聞かれるわけにはいかない、言葉。

「・・・・・・京介・・・さん・・・」

ミントの言葉はだれにも伝わらず、虚空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃声が、鳴り響いた。

もう白き月は爆発しようとしているのに、やけに銃声がよく聞こえた。

見慣れた、小型のリボルバー。―――フォルテが愛用している拳銃だ。

ただ、違っていたのは・・・・・・撃ったのがシャトヤーンで、撃たれたのがタクトさんだということだ。

「タ・・・タクトさんっっ!!」

涙を流しながら、私はタクトさんに縋りつく。

タクトさんは、もう全身が傷だらけで、血まみれだった。

なのに、倒れなかった。意地でも倒れなかった。――――――この瞬間までは。

撃ち抜かれた腹から、信じられないほどの血が溢れてくる。

それが、助かる傷ではないと、即座に理解してしまった。

「・・・う・・・あ・・・・・・ミ、ミル、フィー・・・?」

「タクトさん!!喋らないでください!!お願いですから・・・喋らないで・・・っっ!!」

「は、はは・・・やっぱ、フォルテの・・・言った通り、だな・・・」

「・・・え・・・?」

血を流しながら、口から血を吐きながら、タクトさんは話した。

見たくない。お願いだから、これ以上、苦しまないで。

「エ・・・オニア、戦役の・・・ローム星系、での・・・パーティーで、さ・・・言われたんだ・・・」

「もう、もう・・・いいですから・・・!!タクトさん・・・!!」

「“この先また・・・ミルフィーを、泣かせたら・・・”」

タクトさんは震える手で、撃たれて血が止まらない場所を示した。

「“ここに(・・・)、風穴があくよ。・・・私の、拳銃でね”って。・・・・・・ほんと、そうなっちゃった、な・・・」

「・・・タクト・・・さん・・・・・・タクト、さん・・・」

「・・・ま、た・・・ミルフィーを、泣かせ・・・て・・・・・・」

そうして、私の涙をぬぐっていた手は、力なく、ゆっくりと、崩れ落ちた。

「・・・タクト、さん・・・?タクトさん・・・?・・・・・・そ、そんな・・・」

揺すっても、声をかけても、手を握っても、タクトさんは何も返してくれなかった。

目を閉じて、静かに・・・ んでいた。

「い、や・・・いや・・・いやです!!タクトさん!!タクトさんっっ!!私を、私を一人にしないでください・・・!!お願いですから、返事してください!!タクトさん・・・!!タクトさぁぁぁぁぁんっっっっっ!!!!!」

溢れる涙が止まることなく、流れていく。

どうして?どうしてこんなことに?

どうして・・・こんなことになってしまったの。

「・・・ミルフィーユ」

頭上から、静かに優しい声が聞こえる。

見上げると、そこには同じくボロボロで、血を流しているシャトヤーンが立っていた。

「・・・どうして・・・どうして・・・っっ!?」

その手に、散々タクトさんを傷つけたレイピアを持って、私を見下ろしていた。

「・・・私は、シャトヤーン。白き月の意志と、目的を具現化する者・・・。それは、何があっても・・・どんなことをしても・・・・・・!!!」

わからなかった。

言っている、言葉の意味がわからなかった。

唯一つ、もう誰も助からない。

白き月の臨界点はすでに超えている。今から脱出しようとしても、間に合わない。

それでも、シャトヤーンはそれすら許さないのか、私に向かって剣を振り上げた。

「ごめんなさいね、ミルフィーユ」

「・・・・・・タクトさん」

最後に、私は動かなくなったタクトさんを抱きしめた。

「今度こそ本当に・・・さよなら、ミルフィーユ」

剣が振り下ろされ、風を切る音が、最後に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、私は悪夢から覚める。

今度もまた、悪夢をみた。

また、額が熱かった。―――――――――“虹翼”

頭に浮かんだ、その単語。

悪夢は、私になにを見せたがっているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

気づいた時、私は涙を流していた。

その涙の流した理由に、私はまだ気づけなかった。