第十七章「動き出す三大勢力」
レスティのファクトリー本部に停泊したヴェインスレイは、メガホンによって拡張された声が飛び交う中、即座に修理・補給作業に取り掛かった。
春菜も忙しいらしく、裕樹たちを案内しながらも通信しっぱなしだった。
「紋章機二機の改造下準備はすでに終わっています!すぐに武装、システムの取り付け作業に取り掛かってください!」
言葉通り、イネイブル・ハーベスターとシャープシューター・レイがファクトリーのハンガーデッキに運ばれていく。自分の機体が運ばれていくのを少し不安に思いながら、ヴァニラとちとせは春菜の後に続いた。
「・・・ここです」
やがて別のフロアの格納庫に案内される。
裕樹、美奈、京介、ヴァニラ、ちとせは真っ暗なのに少し驚いたが、目の前にある巨大な存在感に意識が集中した。
「ライトをお願いします」
春菜の指示と同時に、格納庫がライトアップされる。
そこには、一機のIGがただ雄々しく存在していた。白と水色をメインカラーとし、巨大なスラスターと上下左右、計6枚の固定翼を備えたIG。その姿は、前大戦終末、京介が搭乗していた“エンドオブアーク”に似ている気がする。
「これが・・・」
「機体コード、『X−DW−016E』、“エンドオブウォーズ”です」
裕樹の感嘆の声に、春菜は付け加えるように告げた。
「これが・・・僕の新しい機体・・・」
ライトアップされた機体を、京介はただ見上げていた。
戦うことを嫌い、名前も知らない誰かのため、みんなのために戦ってきた京介。
だが、今は違う。
たった一人の少女のために。一人身を犠牲にして、今も苦しんでいる少女、ミントのために。それだけのために、今の京介は力を必要としていた。そして、この機体は京介の意志が具現化したような、相手を破壊せずに無力化することを前提に開発された機体。京介の意志に応えるだけの力を秘めていた。
「・・・・・・すぐに整備に取り掛かるよ。春菜、手伝ってくれるかい?」
その目に、迷いは一切無い。
その瞳に、春菜だけでなく裕樹、美奈も当然のように答えた。
「もちろんですよ」
「京介、俺たちも手伝うぞ」
「え?でも、裕樹と美奈も新しい機体が・・・」
続く言葉に苦笑いする三人に代わって、ちとせが補足する。
「京介さん、実は裕樹さんの機体は宇宙空間の適合性が、美奈さんの機体は大気圏内の適合性がまだ済んでいないんです」
「え、・・・ということは?」
「・・・実は、まだ完成もしていないんです」
要するにもう最後の仕上げなのだが、そこに今だてこずっているということだ。
「時間、間に合う?」
「ギリギリでなんとか。後は裕樹さんと美奈さんが最速で調整を済ましてくれることを祈るばかりです」
随分気楽に答える春菜に、裕樹と美奈もにこやかに続く。
「・・・というわけで、俺たち結構時間があるんだよ」
「だから手伝ったげるね、京介!」
彼らの心遣いに、京介は心の底から感謝を表した。
「・・・二人とも、ありがとう」
「うぐっ・・・・・・」
腹部になんともいえない激痛が走り、神崎正樹は意識を取り戻した。
周囲を見渡すと、ここが自分に当てられた個室なのだとわかった。更に遅れて、両手を縛られていることに気づく。
「・・・ま、当然っていやぁ、当然だよな」
あの時の自分の怒りはまさに自分でも抑えきれないほど、理性を吹き飛ばした凄まじい怒りだった。確かにあそこで彩に止められなかったら、本気でタクトとエクスに殺しかかっていただろう。
「・・・・・・・・・」
だからといって怒りが消えたわけではない。
と、唐突に部屋のブザーが鳴らされた。
「・・・・・・どうぞ」
一体こんな自分に誰がどんな用で訪れるのだろう。正樹は少しぶっきらぼうに返事した。
「・・・失礼しますわ、正樹さん」
入って来たのは、水色の髪の少女、ミントだった。
「・・・ミント・・・?」
そうだ、彼女には聞きたいことが山ほどある。ミントはつい先日までヴェインスレイに居たのだ。あの姿を変えたトリックマスターも春菜が作り直したのだろう。
だが、正樹が何かを言うより早く、ミントの口が動いた。
「正樹さん。私、あなたに伝えることがあって来ましたの」
「・・・伝える、こと?」
気遣うような言葉に正樹は違和感を覚える。
ミントはこんな感じの少女だっただろうか。何かが変わったように感じてならない。ヴェインスレイで彼女に何かあったのだろうか。
だが、そんな思考もミントの一言によって跡形もなく崩れ去る。
「・・・裕樹さんは、無事ですわ」
「なっ・・・!?」
「きっと、生きていますわ」
「な・・・どうして!?いや、それより・・・本当か!?」
「ええ。ヴァナディース・・・美奈さんが裕樹さんを回収するところをちゃんと見てましたわ」
正樹の全身から力が抜け、へたり込む。
「・・・そう、か・・・。よかった・・・」
先程まで頭の全てを占めていた裕樹が死んだという情報が霧散する。代わり、安堵感が全身を満たした。
と、即座に別の危機感を思い出す。
「おいミント。今の話・・・」
「彩さん以外には話していませんわ」
それを聞いて、再び安堵の息をついた。このことがタクトやレスターに知れたら、奴等は再び裕樹をつけ狙うに違いない。今の自分にどうにかする力も決意もない以上、それだけは阻止しなければならない。
「・・・正樹さん?どうかなさいました?」
「・・・大丈夫だ。安心して、力が抜けただけだからよ・・・」
落ち着いたところで正樹は再度ミントを見つめた。
言葉を出そうとして、詰まる。聞きたいことは山のようにあったはずなのに言葉が出てこない。裕樹が無事とわかって頭が落ち着いてしまったのだろうか。
と、ミントからその静寂を破って話しだした。
「・・・今の私の紋章機、裕樹さんや春菜さん、京介さんが直してくれたものですの」
「だろうな、わかる」
「それで裕樹さん・・・この力を、自分の信じた、自分が正しいって思ったことに迷い無く使ってくれって。たとえ、自分たちと敵対するようになっても、と・・・」
「・・・アイツらしいな、ほんとに・・・」
たとえ、直接会話しなくても手に取るように友のことがわかる。あの親友の信念は、こちらがあきれるほどに真っ直ぐなのだ。
「・・・ですが」
途端、ミントの表情は沈んだように暗くなる。
「それでも・・・自分が正しいと思うことが、わからないですわ・・・」
「ミント?」
「自分の居場所を信じればよろしいのか、自分の信念、思いを信じればよろしいのか、私には・・・・・・」
と、再び部屋のブザーが鳴り、正樹は入室を許可した。
入ってきたのは、薄緑色のロングヘアーの少女、キャロルに彩だった。
なんとなくその気配を読み取ったのか、ミントは軽くお辞儀してから踵を返した。
「・・・では、失礼したしますわ」
「・・・ああ、ありがとよ」
部屋を出る際、ミントは二人を一目見た後、退室した。
正樹は二人に向き直ったが、キャロルは無言、無表情のまま正樹の腕の拘束を解いていった。
「お、おいキャロル?いいのかよ、こんなことして」
無言のキャロルに代わり、彩が答えた。
「命令よ、クールダラス司令の」
「・・・レスター、が?」
やがて、正樹の両手は完全に自由になり、正樹は大きく伸びをしながらキャロルに礼を言う。
「ありがとな、キャロル」
相変わらずの無表情だが、微かに俯いたことは、キャロルが少なからず照れているのだとわかった。その後、キャロルは何も言わずにベッドに腰掛けている正樹の隣にちょこんと座った。
「にしても、どういうつもりだ?レスターのヤツ・・・」
「あの人たちにも罪の意識があるんでしょ、きっと。・・・だからよ」
正面の彩を見据える。
彩は、すでに裕樹の無事を知っている。その安堵感が少なからず顔に出ていた。
だから、まずはこの幼馴染に言わないといけない。
「・・・あのよ、彩」
「なによ?」
「・・・・・・その、ありがとな。あの時、止めてくれてよ」
それは、正樹が怒り狂い、タクトとエクスを殺しかねない時のことだ。今を思えば、彩にスタンガンで気絶させられていてよかったと思う。正樹とて、友である彼らを殺したくはなかった。
「・・・・・・いいのよ、そういう・・・約束でしょ?アンタと、私は」
「・・・ああ。――――――ってかよ、出力高すぎじゃねぇか?かなりしびれたんだけどよ」
「あはは、咄嗟のことでメモリ見てなかったのよ。まぁいいじゃない、無事なんだし」
「・・・ったく」
少し、笑い合った。
彩とこうして笑い合うのは、凄く久しぶりな気がする。気のせいかもしれないが、隣にいるキャロルのなんだか笑っているように感じられる。
少しだけ、楽しく笑っていた。
「・・・みんな、悩んでるな」
正樹が唐突に彩に話し出した。椅子に座っている彩は、黙って正樹の話を聞いている。
「裕樹も、タクトも、ミントも・・・・・・。みんな、明確な敵が見えなくて、悩んでいやがる」
「・・・戦争って、そういうものよ。絶対的な敵がいなくて、みんな、相対的な敵しかいない。・・・当然のことじゃない」
「・・・けどよ」
俯く正樹に、彩はサラリと問いかける。
「・・・正樹は?」
「・・・は?」
「正樹は・・・どうなのよ。アンタは、悩んでないわけ?」
「・・・・・・悩んでるに決まってるじゃねぇか。今更、こうして悩むとは思ってなかったけどな」
実のところ、今の正樹に敵はいなかった。
裕樹はなんだかんだ言っても、やはり親友であり、争うことなどできない。同時に、一緒に過ごした戦友である、タクトやレスター、エンジェル隊を敵と思うことなどできない。―――だからと言って、余ったプレリュードと敵対して戦うのは何か間違っている気がする。
「俺は・・・なんにもわかっちゃいなかった・・・」
正樹は隣に座るキャロルの頭を撫でる。それに反応し、キャロルが少しだけ体を預けてきた。
「・・・けど、一つだけ、わかったことがある」
徐々に引き締まってくる正樹の顔を、彩は少しだけ嬉しそうに見つめていた。
正樹は誰に対してでもなく、自分に語りかけた。
「今なら、俺は・・・・・・」
「裕樹さん、大変です!!」
ファクトリー内で裕樹と京介、ちとせが会話していると、美奈と春菜が慌ててやってきた。
「どうかした?二人とも」
「ト、トランスバールが、アークトゥルスに攻撃を開始しました!!」
「なっ!?」
「もう、なのか!?」
日にち的にまだ一日、二日の猶予はあるはずだ。そのことを理解した春菜が言いにくそうに告げる。
「・・・こちらの読み違いです。予想より早く・・・!!」
「くそっ・・・!!誤算だ!!」
考えてみればそのくらいのことは予想できたはずだ。完全にこちらのミスだ。
すでにファクトリー全体に通達されたのか、他の整備員たちも慌しく動いている。
「どうするの裕樹!?」
裕樹は混乱せず、落ち着いて現状を頭に浮かべる。
(ヴェインスレイの修理は完了してる。機体のほうも、京介、ヴァニラ、ちとせは間に合って完成した。・・・けど?)
ハッとして裕樹は春菜に詰め寄った。
「春菜!!俺と美奈の新型機は!?」
春菜も今思い出したように顔を強張らせる。
そう、裕樹と美奈の機体はラスト一日で完成させる予定だったのだ。だが、そのラスト一日は見事に消え去った。
「・・・ヴァナディースはウェイレス地方、ラストクルセイダーは衛星軌道上のファクトリーで機動テストを・・・!!」
裕樹と美奈が顔を見合わせていると、和人が更に悪いニュースを運んできた。
「裕樹、マズイぞ!!プレリュード軍の一派がレスティに侵攻してきやがった!!地上、衛星軌道上の両方に攻撃をしかけてきてる!!」
「どういうつもりなの!?」
「・・・俺たちを倒すつもりじゃないだろ。多分、足止めが目的のはずだ!!」
恐らく、プレリュードはこちらがアークトゥルスを援護することを先読みし、こちらを足止めするつもりなのだろう。あまりにも良すぎる手際の良さに、思わず唇を噛みしめた。
防衛するならほぼ確実に守りきることができるだろう。だが、それではアークトゥルスへの援軍は間に合わなくなる。かといって戦力を分散するのは危険が伴う。
やがて、裕樹は決断し指示を飛ばした。
「・・・俺と美奈が残る。京介、ヴァニラ、ちとせは先にアークトゥルスに行ってくれ」
「えっ!?でもそれでは・・・!?」
「いいから!!今トランスバール・・・エルシオールを止める力を持ってるのは京介、ヴァニラ、ちとせしかいないんだ!!だから、先に行ってくれ!!俺たちは機体を受け取ってレスティを防衛してからすぐに追いかけるから・・・っっ!!」
確かにそれが一番の行動だろう。今、裕樹と美奈は手元に機体がないのだ。だが、そういった意味でレスティ、つまりはファクトリーの防衛は大丈夫なのか、ということが気になった。けれど、今は議論する時間すら無い。
全員が、即座に行動を開始した。
「IG、紋章機は使い捨てのジェネレーターとブースターを装備してマスドライバーで直接出撃させるんだ!!でないと間に合わない!!」
「了解です!!・・・けど、裕樹さんは!?」
そう、美奈の新型ヴァナディースは地上のウェイレス地方にあるが、裕樹は宇宙まで上がらなければいけないのだ。
「・・・確か、第四格納庫に“オメガゼロバスター”があっただろ。それで上がる!!」
「で、ですけど・・・あの機体はエネルギー効率が悪すぎて、事実上3分間しか稼動できないんですよ!?」
「上がるだけならそれで充分だろ!!」
春菜は心配そうな表情をみせてから、無言で力強く頷いた。
「裕樹・・・!!」
格納庫内をせわしく人が動く中、美奈がやって来る。
「美奈・・・?」
「えっと・・・・・・気をつけて、ね・・・?」
「・・・なんだよ、今更」
「ん・・・なんとなく」
「わかった、ありがとな。美奈も気をつけてな」
明るく元気に頷き、裕樹と美奈は別れた。
それぞれ、まずは守らなければいけない場所があるのだから。
『各機固定、マスドライバー、以上なし。気候良好。―――発進どうぞ!!』
あっという間に出撃準備を整えた裕樹たちは、普通ではあり得ないほどの早さで出撃しようとしていた。
「では裕樹さん。お先に行きます」
「気を、つけてください・・・」
「ああ。ちとせ、ヴァニラ、・・・気をつけて」
モニター越しで頷き合った後、各機出撃していく。
「氷川京介、エンドオブウォーズ、行きます!!」
「ヴァニラ・H、リザレクトハーベスター、出ます・・・!!」
「烏丸ちとせ、アストラル・シャープシューター、参ります!!」
マスドライバーの加速を受け、新型3機はあっというまに上昇していく。続いて、裕樹もブースターを装備して発進する。
「朝倉裕樹、オメガゼロバスター、行くぞ!!」
大出力のバーニアを点火させながら、裕樹は一気に天空へ飛翔した。
同時刻、エルシオールを始めとするトランスバール軍はアークトゥルスを防衛しているプレリュード軍を捕捉し、戦闘を始めることなく相手の索敵範囲外の後方で停泊していた。この防衛ラインを突破しないと、アークトゥルスへの降下は不可能と言えるだろう。
ブリッジでタクトとレスターは惑星宙域図を見ながら作戦を練っていた。
「さて、どうするタクト。各機の修理、整備状況も万全だ。それに、エリスも加わった。戦力としては申し分ないだろう」
エリスの傷が完治すると、エリス本人が自分の戦うと申し出たのだ。なので、タクトは彩が元クリスの機体であったバルキサスを特殊改造した“Σバルキサス”をエリスの搭乗機にしたのだ。
「・・・だが、いいのかタクト?エリスを・・・お前の妹を戦わせて?」
「うん、いいんだ。パイロットに申し出たのはエリスなんだ。・・・今更、俺の都合でエリスを縛りたくない」
「・・・そうか、ならいい」
「大丈夫、ちゃんと守ってみせるさ」
レスターと頷き合う。タクトとしては、レスターもエリスの心配をしてくれていたのが嬉しく思った。
直後、ブリッジに話題の人物が入室してきた。
「失礼しまーす・・・。あ、お兄ちゃん、レスターさん」
見知った顔を見つけて安心したのか、不安げな表情がコロっと明るい表情に変わる。
「エリス!!」
「どうしたエリス。タクトに用か?」
心なしか、というより、明らかにレスターはエリスに対しては優しかった。
「あのね、ミルフィーさんがリラックスするためにお菓子作りをしてて・・・私が二人に届けにきたの」
ミルフィーユ、というよりエンジェル隊がテンションを高く保つために好きなことをするのは勝手だが、こう、数時間後に戦闘するというのにお菓子を作るのはどうかと思ったりする。けど、それが悪いことではないし、タクトは喜んでエリスの持っている包みを見た。どうやらケーキのようだ。
「カスタードシフォンケーキだって。―――はい、お兄ちゃん」
「ありがとエリス」
二人、にこやかに笑う。幸せそうだが、すんなり受け取る辺りに兄弟らしさも見えてきた。
「それと・・・はい、レスターさん」
エリスがにこやかにレスターに差し出す。
普通、他のエンジェル隊などがこうしてお菓子などを持ってきても、レスターは受け取らないだろう。
だが、重ねて言う。レスターもエリスにだけは甘かった。
「ん・・・すまんな」
「えへへ・・・」
笑顔になるエリスに、レスターはそっぽを向きながら答える。これがレスターなりの照れ隠しなのは、タクトはもちろん、エリスだって知っていた。レスターは小さい頃からこういう癖を持っていたのだから。
だが、この微笑ましい幼馴染であり兄弟である三人の談笑を、素直に喜べない人物がいたりした。
(ううぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・)
アルモだった。アルモもタクト、レスター、エリスの事情を少なからず知っているので、10年ぶりにもなる彼らの会話を邪魔するわけにはいかない。事実、エリスは可愛い子だと思うし、気が利くし、礼儀正しくて真面目だ。タクトの妹とは思えない完璧ぶりである。正直、文句の付けようがない。――――――そこまではいいのだ。だが、エリスは小さい頃からのレスターと幼馴染であるという、最強のファクター(作者基準)を持っているのである。
(アルモ・・・)
さすがに気の毒に思ったか、ココが励ましの声をかける。
(わかってる。わかってるけどさぁ・・・・・・)
振り向いて、彼らの見つめる。以前ではレスターがブリッジで明るい笑顔を見せるなど、考えられなかっただろう。そうさせているのは、間違いなくエリスであることもわかっているが。
(大丈夫と思うけどなぁ。副司令とエリスちゃん、仲は良いけどお互い恋愛感情はないんじゃないの?)
(・・・どうしてそう思うの?)
(だって・・・エリスちゃんって表面上気づきにくいけど・・・お兄ちゃんっ子でしょ?言い方変えればブラコンだし)
(うぅ・・・そうだけど・・・・・・そうだけどぉ・・・・)
ココの着眼点は概ね正しい。が、それを解っていても納得できないのが乙女心というものである。
アルモの想いが叶うのは、まだまだ遠い。
エリスがブリッジを出てから、タクトとレスターは再び作戦会議に戻った。
「で、どうする。向こうが展開しているのはあくまで第一陣の防衛線だろう」
「ああ、だからいきなり全機出撃したら後が大変だ。――――――俺とミルフィー、フォルテ、それにエリスでいいだろ」
「いきなりエリスか?」
「ああ。・・・実際、エリスはプレリュードの中では相当腕のいいパイロットだったらしいし・・・何より、俺が一緒だし」
兄であるタクトがこう言っているんだ。追及はもうやめておこう。
惜しむべきは、レスター自身が出撃できないことか。
「なあ・・・・・・・・・グランディウスは?」
ここであえてあのIGを出してみる。その意図を理解したか、レスターは端的に告げた。
「・・・まだ出力調整が良くないらしい。アテにはするな」
「・・・わかった」
そのパイロットである正樹には一切、口にしなかった。無意識的に意味がないとわかっていたから。―――それでもタクトが聞いたのは、少なからず正樹に申し訳ないという気持ちがあったからである。レスターもそれがわかっていたので、昨日正樹の拘束を解かせたのだ。もっとも、それ以来正樹とは会話の機会がなかった。向こうも恐らく無意識的に避けているのだろう。
だが、そうした中での彩の行動は不可解だった。心境としては正樹と同じくらいのはずなのに、黙々と整備協力をしてくれた。その中でエリス用に“Σバルキサス”を改修したようだが。
(協力してくれるのは嬉しいけど・・・・・・なんだろう、不気味な気がする)
「ともかくタクト。一時間後に出撃だ」
「ん、ああ、わかった」
レスターに促され、タクトは思考を中断させ格納庫へ向かった。
「ん、あれは・・・」
格納庫へ入ると、タクトはすぐにミルフィーユの姿を確認する。
向こうもこちらに気づいたか、笑顔で駆け寄ってきた。
「タクトさん!」
「ミルフィー。―――ケーキありがとね、凄く美味しかった」
「ありがとうございます!また焼いて、今度はエリスちゃんとも一緒に食べましょうね」
「うん、・・・って、あ・・・・・・」
ミルフィーユにエリスと言われて思い出す。急に気まずそうになるタクトに、ミルフィーユは首を傾げた。
「・・・タクトさん?」
「ええっと、その・・・・・・最近、ごめんな、ミルフィー」
「え?どうしてですか?」
「う・・・俺、最近エリスに構ってばっかりで、最近・・・ミルフィーと二人っきりになれてないし・・・・・・」
事実、ここ数日ミルフィーユと二人っきりに一度もなっていない。
タクト自身、妹であるエリスが無事だったことが嬉しくて、エリスをよく気にかけているのだ。
無論、気になることだって山ほどある。どうして死んだはずのエリスが無事で、リ・ガウスで雨宮みさきとして生きていたのか。エリスに聞いたこともあるが、エリスもその部分の記憶がキレイに抜け落ちているのだ。―――もっとも、エリスが無事ならそれでいい。という考えも強く、あまり気にしないようにしているが。
ともあれ、最近は妻であるミルフィーユにあまり構っていないのだ。
「いいんですよ。タクトさんがエリスちゃんのことを凄く大事に思っているんですから」
「でも・・・・・・」
「・・・もうっ、タクトさん!!」
急に額をくっつけて(ぶつけて)きた。視界いっぱいに映るミルフィーユはむ〜っ、とこちらを睨んでいた。
「な、なに?」
「私・・・そんなことで焼きもち焼くような奥さんじゃないですよ?」
「え・・・・・・」
「だって、エリスちゃんは・・・私の家族でもあるんですから。―――怒りませんよ?」
それは本心からの言葉なのだろう。ミルフィーユが嘘をついているように見えない。というか、ミルフィーユが嘘をついたってすぐに見破れる。だから、ミルフィーユは本当に怒ってないのだろう。
「あ、じゃあ一つだけお願い・・・いいですか?」
「なに?今ならなんでもきくよ?」
「もう、タクトさんったら・・・。・・・・・・えっとですね、今度時間が出来たらでいいですから、デートしたいです」
「うん、わかった。約束な」
そのまま、おでこを軽く合わせる。それが、二人の約束になった。
一時間後、プレリュード防衛線との戦闘が開始され、タクトたちも出撃することになった。
『紋章機はミルフィーユ機、フォルテ機を下部展開デッキへ。IGはタクト機、エリス機をカタパルトデッキへ。――――――カタパルト接続、各機発進スタンバイ完了』
アルモの声が格納庫に響く中、タクトは他の3機と通信回線を開いた。
「みんな聞いてくれ。今展開されているプレリュード軍の他に敵影の姿は確認されていない。つまり、今の第一陣を撃退すれば第二陣がやってくるまで時間ができる。その隙に降下部隊がアークトゥルスの国防本部を制圧するってわけだ」
『つまり・・・アタシ等が肝心ってわけだね?』
『そういうことだフォルテ。お前たちはその後補給に戻る。長期戦は考えるな』
フォルテの返答に、ブリッジのレスターが答える。
『うん!頑張ろうね、エリスちゃん』
『は、はい!頑張ります!』
見る限り、ミルフィーユとフォルテのテンションも問題なく高まっている。これなら撃退するのも不可能ではないだろう。タクトは更に指示を加えた。
「ミルフィーとフォルテは戦艦を頼むよ。バシバシやってくれ」
『はい!タクトさん!』
『まぁ任しときな』
「任せたよ。・・・で、エリスは俺と一緒にIGを相手をしよう。・・・大丈夫、だよな?」
『大丈夫だよ、お兄ちゃん』
この場合、タクトはエリスが元自分が所属していたプレリュード軍と戦えるのか、という意味なのだろう。だがエリスは性格的に切り替えが早いというのか、意外とサバサバしているのか、そういう困惑はない。今はただ、家族である兄と義姉のために戦うと決めたのだ。
全員は頷いて、タクトが激励する。
「よし、行こうみんな!!」
『各機発進、どうぞ!!』
同時にアルモの声が響き、発進を開始する。
「タクト・マイヤーズ、ギャラクシーウイング、出るぞ!!」
「ミルフィーユ・マイヤーズ、アルティメットラッキースター、行きます!!」
「フォルテ・シュトーレン、クロノトリガー、出るよ!!」
「エリス・マイヤーズ、Σバルキサス、発進します!!」
4機は一斉に発進し、すでにトランスバール艦隊が戦闘を開始している空域へ向かった。