第二十章「天命の矢」

 

 

 

 

 

 

宇宙空間。周囲に機影の一つも確認できないところに、ちとせの持ちうる、究極の紋章の力の具現、アストラル・シャープシューターは存在していた。

かつての戦いの時と同様に、ちとせは目を閉じ、意識を集中させる。

「準備できたよ、ちとせ」

「ちとせさん・・・お願いします」

京介、ヴァニラの声が届き、ちとせは少し目を開けて答える。

「わかりました。――――――30秒後に発射します」

「「了解」」

これが、ちとせに託された役割だった。

ヴァニラの新型紋章機は護るための力を強化したため、攻撃に関しては全てちとせに託されていた。だからこそ、ちとせは決意しているのだ。この距離から、超高速による狙撃。この宇宙で、ただ一人、ちとせだけが持つ攻撃オプション。―――だからこその、先制攻撃である。

新システムである“ドラスティックH.A.L.Oシステム”のおかげで、以前よりも“イグザクト・ペネトレイト”の使用条件は緩和されていた。普通に連射できるほどだ。――――――本当は、これ以上の、事実上“因果律を覆す、最強の必殺技”もこの機体は保有していたが、狙撃に徹するならそれは必要ない。何せ、向こうはこちらの存在すら認識できていないのだから。

チャージが完了し、砲身に光が集中する。ちとせは、最後にただ一つのイメージを集中させた。

 

何よりも速く、“貫け”と。

 

イグザクト・ペネトレイト(全てを貫く者)ッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すでにランファ、エクス、キャロルを初めとする降下部隊をアークトゥルスに降下させ、残ったエルシオールはテフラ・トリックマスター、クロノトリガーを展開させ、待機していた。プレリュード軍の第二陣は何故か現れず、以前戦闘は行われていなかった。

「タクト、不思議に思わないか?」

「んー、でも敵がいないのはラクだし、いいことじゃないか」

「・・・・・・降下部隊への支援部隊を編成しておくぞ」

そんな呆れ顔のレスターとの会話を楽しみながらも、タクトはモニター画面から視界を目の前の星空に向けた。

 

――――――刹那、一条の光が自然すぎるほど不自然に出現した。

 

「っっっ!!??」

その光はトランスバール軍の戦艦6隻のエンジンを貫いていた。次の瞬間には、その光は別の戦艦のエンジンを貫きつつ、先程の戦艦のメインスラスターを貫いた。

この光の攻撃に、タクトは即座に指示に叫ぶ。

「ココ!ミント!レーダーは!?」

「周辺距離50000に反応ありません!!」

『周辺距離70000に反応ありませんわ!!』

この認識不可能な距離からの、光の狙撃。視認することすら不可能な速さで放たれる光の矢。

こんな神技めいたことが出来る人物は、銀河中を探しても一人しかいないだろう。

全員が、恐らく光が放たれた方向を見る。

「「「「「ちとせっっっ!!!!!」」」」」

その叫びに答えるかのように、一対の光の翼を出現させた青き紋章機が確認できる距離までその姿を現した。アンノウンとレーダーに表示された赤点を見つめながら、ココは手元のコンソールを操作した。

「光学映像、出ます!!」

表示された紋章機をタクトは思わず睨みつけた。細部は違っているものの、その基本フォルムはまるで変わっていない。あれは間違いなく、シャープシューターだ。

「ちとせ・・・ここまで来て君が立ち塞がるか・・・!!!」

全員の注意がアストラル・シャープシューターに向けられた刹那、4つの射線がエルシオールのメインスラスターを撃ち抜いていた。

「・・・っっ!!どこからだ!?」

ブリッジが衝撃に襲われる中、タクトは司令席にしがみつきながらココに叫ぶ。

「7時の方角に熱源感知!!識別アンノウン、光学映像出ます!!」

モニターに映る、全ての砲口をこちらに向けているIG。その姿、前大戦終期で現れた、「エンドオブアーク」にどこか似ている気がした。――――――今、エルシオールを含め、トランスバール軍の意識が完全にこの2機に向けられた。その一瞬の隙を、彼女は逃しはしなかった。

「!!後方から接近する熱源・・・!?」

ココが言い終わるより速く、ブリッジの目の前を緑色の紋章機が瞬速の速さで通り抜けていく。一瞬、タクトはそのパイロットと目が合った気がした。あの赤い瞳が、自分を睨んでいるような気配。

全員が唖然とする中、リザレクトハーベスターはわき目もふらずアークトゥルスへ大気圏突入していった。どうやら、完全にヴァニラをアークトゥルスへ行かせるための準備でしかなかったのだろう。新しいシャープシューターと、見慣れぬIGは今だこの宙域に展開しているからだ。

タクトの直感めいた予測は、信じられないような未来を紡いでいく。

「タクトさん!私たちももう一度!!」

「・・・ダメだ。今は、まだ」

「え?」

驚きをあらわにするミルフィーユをよそに、タクトは自身の最悪の想像を掻き立てていく。

(確かに、美奈・・・彼女ならやりかねないけど・・・もしかして・・・?)

タクトの脳裏に、倒したはずの聖戦者の姿が浮かび上がった。

今は出撃する時ではない。少なくとも、彼女の存在がハッキリするまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっ!!タクト、交戦を開始するよ!!」

フォルテは荒々しく告げ、真っ直ぐにアストラル・シャープシューターへ向かう。それに気づいたか、アストラル・シャープシューターも加速しつつ旋回する。

「ちとせかいっっ!!」

「フォルテ先輩!!」

両者が飛び交う。直後、互いに放った反応弾が相殺し合い、眩いほどの光が膨れ上がった。

「ちとせ・・・・・・!!アンタって娘は、どこまでアタシ等の邪魔をすれば気が済むんだいっっ!!」

フォルテの叫びと共に無数のビーム、ミサイルが放たれ、ちとせは機体を旋回しながらビームファランクス、ガトリングガンポッドで全てを迎撃する。―――瞬間、クロノトリガーの機影が消え去る。ちとせは反射的に機体を縦にバレルロールさせ、先程まで自分が居た位置から瞬時に離れる。

その直後に現れたクロノトリガーに、真上から瞬時に“フェイタルアロー”を放つが、光の弦が現れた瞬間には、再びクロノトリガーは“ドライブトリガー”瞬間的に距離を離していた。

「フォルテ先輩は・・・私たちが邪魔だから、それだけの理由で撃つというのですか!?」

「アンタたちがアタシ等を撃つからだろう!?仲間を守るために・・・・・・何が悪いっていうんだいっっ!!」

瞬間的にクロノトリガーに光の翼が出現する。同時に、クロノトリガーの全ての武装が解放されていた。

「エルシオールを・・・あの場所を守るためなら、例えアンタだって倒してやるよ!!ちとせぇっっ!!」

「っっ!!」

ちとせは一瞬、クロノトリガーそのものが光に包まれたように見えた。

「ラスト・ストライクバーストッッ!!!!」

全武装を解放し、それらをドライブトリガーで跳躍、一瞬にして相手の目前へシフトさせる、恐るべき必殺技。

ちとせの瞳に、無数のビームやミサイルが映る。今から旋回していたのでは遅すぎる。ゼロ秒後の死が垣間見えた。

だが、あきらめるにはまだ早い。時間が掛かるより速く、もはや本能的な意識―――ちとせは、心眼で全ての射線を時間をかけずに見切っていた。

だが見切れたところでそれに対応できなければ意味はない。以前なら、見切れていたのに対応ができずやられていただろう。

しかし今は違う。それに応えるだけの力があった。―――ちとせはドラスティックH.A.L.Oシステムの効果を信じた。

瞬間、ちとせの手ではなく、脳内イメージをH.A.L.Oが読み取り、ドラスティックH.A.L.Oシステムがそれを紋章機の動きに反映。結果、ラスト・ストライクバーストの面にしか見えないビームの奔流を完全に見切ってすり抜けた。

「なぁ・・・っっ!?」

ドラスティックH.A.L.Oシステム。これは本来、機体の内部調整にしか働かないH.A.L.Oを機体の外部へ向けて働かせる効果を持っている。つまり、ちとせの操縦のイメージをダイレクトに機体操作へ投影したのだ。しかも、ちとせの“回避”のイメージで、数発のミサイルの軌道すら微妙にずらしていた。

「う、上手くいった・・・?」

だがこんな芸当、何度も成功するとは思えない。過信するわけにはいかない。

フォルテも外れるはずがない必殺技を回避され、思わず動揺していたが、ちとせが動くと同時に、対角線へ移動する。

一定の距離を保ちつつ、メガビームキャノン、プラズマキャノンを発射し、激しく交錯しながら撃ち合い続けた。

「フォルテ先輩は・・・自分たちを守るなら、周りを省みようとはしないのですか!?」

一瞬、クロノトリガーの攻撃の手が緩やかになり、ちとせも自然とそれに対応した。

「・・・アタシは、ちとせとは違うからねぇ。小さい頃に、何度も地獄を見た。死に掛けた。友達も殺された。・・・・・・自分の身すら、守れなかったんだよ」

「フォルテ、先輩・・・」

「だから、アタシは自分の居場所を、仲間を守ることが何より大事なんだよ!!それがアタシの正義だ!!誰に何を言われようが、変わりはしないんだっっ!!」

瞬間、ドライブトリガーでちとせの背後に跳躍。同時にクロノ・インパクト・キャノン、レールキャノンを発射した。これにちとせは機体の向きを変えず、そのまま二本のクロノ・インパクト・キャノンの隙間に機体を寄せ、見事なまでに回避。同時にカロリックレーザーを撃ちつつ距離を離した。ちとせの放ったビームファランクスは絶妙なタイミングでクロノトリガーに直撃したが、その光学兵器用コーティングされた装甲の前に、容易く弾かれてしまう。

「・・・そうですね」

「・・・・・・?」

「確かに、私にフォルテ先輩の正義を否定する権利などありません・・・」

アッサリと肯定したちとせに、フォルテは少し拍子抜けする。

だが、直後の言葉はあまりに鋭いものだった。

「ですが!!私だって・・・!!フォルテ先輩・・・私は、あなたとは違います!!―――周りを、撃たれた側を省みない、あなたとは違うっっっ!!!」

「っっ!?」

「あなたが自分の正義を信じるなら、私は私の正義を信じます!!――――――撃たれていい人なんて、一人だっているはずありませんっっ!!世界を・・・EDENとトランスバール、リ・ガウスのために・・・シャトヤーン様を止めるためにっっ!!」

アストラル・シャープシューターが再度輝き、光に包まれた。

「フォルテ先輩ッッ!!私は、あなたを倒しますっっ!!」

「いい度胸だ!!やれるもんならやってみなっっ!!」

急速に接近するちとせに、フォルテはレールキャノン、遅れて大量のフォトン・トーピードを周囲に発射した。この時間差攻撃を、ちとせは機体を反らしてレールキャノンを回避、そして、大量のミサイルを目一杯引きつけ、五条のビームの斬撃を発射する“エーテル・スライダー”で撃破する。

 

 

 

 

 

 

ちとせは、この戦闘の真髄を見切っていた。

撃ち合いでは決着が着きそうにない。機動性でもクロノトリガーは瞬時に加速移動しているので勝ち目はない。

つまり、この戦闘は、必殺の一撃を決めた時点で勝負が決まるのだ。

クロノトリガーの火力は凄まじい。いくら新型のシャープシューターでも正面から耐え切る装甲は持ち合わせていない。

ならば、決めるしかない。一撃を。たったの一撃。それで勝負が決まるなら――――――いや、エンジェル隊のリーダーであるフォルテを倒すには、もうアレしか手が思いつかない。だったら・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちとせは静かに目を瞑り、心を内に飛ばす。

あの秘技を放つというなら、一番の敵は自身のイメージだ。微かな歪み、ズレすら許されない。

精神を引き絞る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機体の輝きが、一瞬納まる。―――直後、信じられないほどの光が溢れでてきた。

「な・・・シャープシューターが・・・!?」

フォルテの驚愕の声が耳に入るが、それは頭に欠片も留まらなかった。

更なる光が集まるのを見て、フォルテは一気に全ての武装を解放、“ストライクバースト”を放ってきた。

眼を閉じているちとせに、視覚的に回避することは不可能だ。

だから、心眼を信じ、心のままに機体を動かす。

大量のビーム、ミサイルの奔流に正面から立ち向かい、その僅かな隙間をすり抜けた。

「そう何度も何度も、同じ手が通用すると思ってるのかいっっ!?」

フォルテは更にその先にレールキャノンを発射。確実にアストラル・シャープシューターを捉えていた。だが、直後に旋回したちとせに、何故かレールキャノンは逸れるかのように直撃しなかった。

「また・・・曲がった!?どんなシステムを積んでるっていうんだい・・・!!」

舌打ちをし、フォルテは更に攻撃を手を緩めることなくビームを連射し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分自身のイメージに、心に挑む。

自分の心を、形にする。

出来ないわけがない。

不可能なわけがない。

心を形に、行動にする。紋章機とは、そのための心の武器なのだから。

導く先はただ一つのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アストラル・シャープシューターに光の翼が更に出現した。4対、計8枚のエンジェルフェザー。かつて、一機の紋章機がここまで多くの翼を出現させたことがあっただろうか。

明らかにあらゆる限界を凌駕しているちとせに、フォルテは戦慄に近いものを憶える。

「なんだって言うんだい・・・これは・・・!?」

だがフォルテは決して攻撃の手を緩めはしなかった。

無数に放たれるビーム。その回避した先を更に狙うフォトン・トーピードが、アストラル・シャープシューターを掠める。いかにちとせ、新型機、そして“ドラスティックH.A.L.Oシステム”があろうと、フォルテを相手に長時間通用するはずがない。徐々に照準が正確になってきて、機体に衝撃が走る。

フォルテのいずれの攻撃も直撃ではなかったが、持ち前の火力の高さから、確実にダメージが蓄積していく。

それでも、ちとせはなおも意識を研ぎ澄まし続けた。

「ちとせっっ!!いい加減に墜ちなっっっ!!!」

メガビームキャノンが放たれ、アストラル・シャープシューターは回避しきれずに、装甲表面を焼き削られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心を形に。それは果てしなく不可能に思える。

だが、実のところ、ちとせはすでに可能としていた。

そのための心眼。肉体の目で見て理解するのではなく、心の眼で見て心で理解する。――――――それはすでに、心の中に一つの形を作っていたのだから。

“貫く”という、言葉だけでは無理だ。それはただの建前に過ぎない。

本当に、何にも止められないモノ。それこそ、自身の心だ。

自分が信じるモノ。

自分が信じたモノ。

烏丸ちとせとして、自分が信じた想いだけでも救えるなら、そのために戦おうと。

この理想、この想い、この決意。

これらは、誰であろうと決して揺るがぬ、邪念全てを“貫ける心”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっ!?」

更なる光が集まり、シャープシューターの長砲身に光が一気に集束していく。

フォルテはほぼ直感的に危険を察知する。―――このままでは危ない。ちとせは、何かとてつもないことをしようとしている。

実のところエネルギーはすでに危険だが、迷うことなく“ドライブトリガー”を発動。跳躍地点をちとせの遥か後方にポイントし、瞬時に跳躍した。

例えどんな攻撃だろうと、その砲身の向きから真後ろには放てないはずだ。

フォルテは、そう信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裂光が集中したアストラル・シャープシューターに嫌な予感を察知したのか、クロノトリガーは“ドライブトリガー”で瞬時に視界から消える。

だが、関係ない。

視界に捉えていなくても、モニターに捉えていなくても、照準に捉えていなくても、頭の中では今でも確実に捉えている。

砲身にありとあらゆる光が集中し、紋章機そのものにエンジェルリングが出現する。

ちとせの意識は、外界の全てを閉ざし、内界の全てを解き放った。

全ての邪念が壊れ、全ての意思が再生する中、ちとせは突き動かされるようにトリガーを握り締める。

この心なら、この想いなら、出来る。

放つ光は、全てを穿つ。――――――そう、それは時間という概念すら貫き穿つ、天命の矢・・・!!!

ちとせは眼を開け、トリガーを引き絞り、裂光を解き放った。

 

 

 

クロノ・アーク・テグジュペリ(時を穿つ全てを貫く者)ッッッッ!!!!!!」

 

 

 

放たれた光はあらゆる過程を凌駕しつくし、クロノトリガーを貫いた結果を、今の時間に具現化させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・っっっ!!!???」

フォルテは、目の前に起こった事実を理解することが出来なかった。

確かに自分はちとせの背後、それも大分距離が離れたところにいた。追尾式のビームファランクスなどでない限り、後方への攻撃など不可能なはずだ。

なのに、長砲身から放たれた裂光は、不自然なぐらい自然にクロノトリガーの連装主砲、およびサイドスラスターを貫いていた。

その光の軌跡から放たれた“矢”の動きがわかった。―――常識を超えている。どうすれば鋭角的に軌道を変え(・・・・・・・・・)、真後ろの相手を撃ち貫けるというのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、アストラル・シャープシューターの新必殺技にして、全てを凌駕する最強の必殺技―――“クロノ・アーク・テグジュペリ”。

クロノ・スペース内で放たれた、光の速さを超えた弾丸を瞬時にノーマル・スペースに転移。その際の転移エネルギーを更に爆発的な加速力にして放たれる。光の速さを超えた弾丸は、時間の概念を超え、過去へと放たれる。つまり、ちとせは過去のクロノトリガーを貫いていたのだ。――――――ならば回避など不可能。そうする意味が無い。なぜなら、過去の時点ですでに直撃しているのだから、今のクロノトリガー(・・・・・・・・・)がどこに動こうがすでに過去で直撃されている(・・・・・・・・・・・・・)のである。

故に、因果律を覆す。―――過去ですでに貫かれているのだから、弾丸が発射される以前に貫いたという結果が確定している。つまり、貫いた結果の後に弾丸が発射されているのだ。―――実行、過程、結果ではなく、実行、結果、過程の順に発動される技なのである。

ならば鋭角的に軌道を変えるのも頷けるだろう。貫いたという結果を実行するために、常識を超えてでも弾丸は屈折し、対象物へ放たれるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フォルテッッ!!』

通信回線からのタクトの声で、フォルテは我に返る。同時に、呆然としながらこちらに向き直ったシャープシューターを見つめる。

「負けた・・・のかい・・・」

呆然としながら、フォルテは呟いた。

メインスラスターはまだ生きているし、武装もまだ半分は残っている。―――だが、この勝負、すでに終わりだ。自分が何かをしようとすれば、即座にちとせはこちらを撃つだろう。

同時に、何もしなければちとせはこちらを撃ちはしないだろう。現に、今こうして対峙しているのにシャープシューターの武装は一つとしてこちらをロックしていないのだから。

(・・・甘いねぇ、ちとせ・・・)

ちとせは甘い。軍人としては致命的といえるほどに。こうして自分を逃がせば、修理して再び立ち塞がるのだと解っているだろうに。

けれど、それでもちとせは撃たないのだろう。彼女は、決して無益、そして無駄な殺生はしない。例え敵であろうと。――――――自分たちを守るために、殺して、倒す、自分とは違う。

ちとせは自分の正義を押し付けることなく、正義を貫き、勝利したのだ。

ならば、今日のところは黙って身を引こう。

互いの正義と信念を懸けて戦い、ちとせが勝利した。だから、今だけは、ちとせの想いに賛同してあげよう。

フォルテは悔しさの欠片も感じず、どこか嬉しさを感じながら、エルシオールへ帰艦した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アストラル・シャープシューターを包んでいた光は消え、エンジェルフェザーも翼を閉じるように消えていった。

 

 

――――――瞬間、例えようもない感覚がちとせを襲った。

 

 

「う、ぐ・・・・・・・っっっっ!!!???」

まるで肺が喉下までせり上がってきたような、強烈な吐き気。同時に、一瞬でも気を抜けば意識を失ってしまうほどの、強烈な疲労、脱力感。――――――それはまさに、自身の限界を超えてなお、精神を絞りつくした末路だった。

「は――――――、っづ・・・・・・ぎっ・・・・!!!」

肺が爆発する。止まっていた呼吸が堰を切って口から溢れ出た。

落ち着く。落ち着け。

ちとせは再度、だが今度は自身を安定させるだけのみに、精神統一を行った。

「ハァ、ハァ、はぁ、・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・ふぅ・・・ふぅ、ふぅ・・・・・」

呼吸を整え、心を整え、全てを落ち着かせる。

そのおかげか、強烈な吐き気、脱力感は徐々に和らいでいったが、意識を失いそうな疲労感だけは無くなってはくれなかった。

意識を失う、というより、今すぐにでも眠りたい。体が眠れと告げてくる。

だけど、ちとせは本能になおも抗った。

今ここで自分が意識を失えば、誰がここを守るというのか。当初の作戦では、トランスバール軍を無力化させた京介も、ヴァニラの援護のためにアークトゥルスへ降りる予定だ。ならば、ここでアークトゥルスへの降下を止めるのは自分しかいないのだ。

というより、ちとせがわざわざアークトゥルスへ降りる理由などない。支援のために、大気圏へ降りる意味などないのだ。そんなこと、しなくてもいいのだから。

「う・・・うぅ・・・」

閉じてしまいそうな目蓋を擦り、ちとせは携帯していたバックパックを探る。やがて、ヴァニラが処方してくれた疲労回復のための“ナノ・カプセル”を見つけ、口へ放り込む。同時に、バックパックからアンプル剤を取り出し、一気に喉へ流し込んだ。

正直、これほどにスタミナを消耗するとは思わなかった。“クロノ・アーク・テグジュペリ”、あれはやはり切り札、最秘奥義とも言うべき秘技だ。一度放つだけでこれである。もう一度なんて、とてもじゃないが無理だ。

ともあれ、ちとせは大きく息をつき、少しだけシートに持たれかかる。

周囲に敵影は確認出来ないし、こうして向いているだけでエルシオールもそう簡単に増援は出せないだろう。―――なら、少しだけ休めよう。眠ることは許されないが、単純に時間経過だけでも随分ラクになるだろう。

「・・・・・・裕樹さん、美奈さん・・・」

不意に、ちとせは彼等の名を口にしていた。

あの二人のことだ。今頃レスティを守りきり、こちらに駆けつけてくれているだろう。

裕樹は、自分たちを信じて先に行かせたのだ。なら、その期待に応えないと。裕樹が、彼が来てくれるまで。

「・・・よし、まだ・・・・・・行けます」

息をつき、しっかりと眼を開ける。

戦いは、まだまだこれからなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、まだやるべきことがある。

狙撃手である限り、戦闘距離に意味などないのだから。